山崎智美prj. 女の子気分 / 第三章 三学期  一月一日(火)  お正月。さすがに振り袖着たりはしないけ ど、近くの神社に初詣。 「ねえ薫、こっち来なさい」 「こら、舞。また変な服着せようとしてるわ ね、まったく」 「お揃いの服にしようってだけだもん」  オレンジ色の服と黒のパンツ、というだけ で、かわいい柄が付いてる訳でもない。舞が 着るとちょっと大人っぽくてかっこいいって 感じ。でも私が着ると、いかにも小学生って 感じ見える。確かに背は小さいけど、よく分 からない。でも、舞と同じ服っていうのもい いよね。姉妹って感じがする。  神社に行って願い事。今年も絵理ちゃんや 千明ちゃんと一緒に楽しく過ごせますように。  一月八日(火)  三学期のはじまり。千明ちゃんとは毎日の ように会ってたけど、早紀ちゃんとは今年始 めて。早紀ちゃんと通知表を交換する。小学 校の通知表には、早紀ちゃんのお母さんが 「注意力が散漫にところがあったらどんどん 叱ってください」なんて書いてある。早紀ち ゃんの事じゃないのに。でも先生に叱られる のは私かな。早紀ちゃんのお母さんに連絡さ れるような事がないようにしなきゃ。  一月十六日(水)  九日に中学校で実力試験があったんだって。 その結果を見せてもらったら……二百六十八 人中八十八番。五教科とも平均よりいい。早 紀ちゃんは本当にうれしそう。でも、これを お母さんに見せないといけないんだ…。  今日は身体測定。女子の中で下着だけにな るの、なんかもう慣れちゃった。でも気をつ けないとね。 「清水さん、一五一・六」 「とうとう百五十センチだね」 「早紀ちゃんはきっともっと高いよね」 「えーと、高見さんは一五○・三センチ」 「あっ、礼子ちゃんの方が高いんだー」  へー、そうなんだ。でも本物早紀の方がも っと高そうだし、そんなとこかな、と思った。  でも、保健室から教室に戻る時に気付いた。 本物早紀は中学校に行ってて、私が代わりだ った訳だから、今までは四年四組の中で一番 背が高いのは私だった。だから背の順番で並 ぶと私が一番後ろだった。でも今日からは二 番目。もう一番高い訳じゃないんだ。まあ別 にいいんだけど。どうせ普通の小学四年生な んだから、そんなに背が高くなくても。でも、 今まで小さく見えていたクラスのみんなが、 なんとなく、ちょっとだけ、おっきく、目線 が近く思えるようになった。自分が他の子と 同じくらいの身長になったような気持ちにな った。  うちに帰って、お母さんに成績を見せる。 なんかもう、小学生がおつかいでプリント渡 しているような気持ち。もう私とはなんの関 係もない成績表なんだもん。お母さんが何で 喜んでいるのかよく分からなくなってきた。  もうすぐ舞の中学受験の日みたい。直前だ から勉強しているのかな?部屋にいる時間が 多い。でも、居間で何か書類をいっぱい広げ てる事もあるけど。今日はお母さんに頼まれ て、舞に夜食を持っていってあげる。 「あっ薫、ありがとう。その服着てるんだね」  嬉しそうに笑ってる。がんばってね、きっ と合格するよ。私の自慢の立派なお姉ちゃん なんだもん。  一月二十一日(月) 「ねえ、薫ちゃんのお姉さん、どこの中学に 出願したの?」 「うんとね、百合園と三島女子」 「うちのお姉ちゃんもそうなんだ」 「一緒に合格するといいねー」 「そうしたら、お姉ちゃん同士同級生だね」 「私達も同級生になりたいな、同じクラスに」 「今は住んでる所がちょっと離れてるからね」 「だからー、お姉ちゃん達みたいにすればい いんだよ」 「その前に、まず塾は一緒のとこにしようよ」 「お姉ちゃん達だってそうしてたんだしね」 「うん、そうしよう」 「五年生になったら通うのかな?」 「じゃあどこにするか考えなきゃ」 「お姉ちゃん達と一緒でいいじゃない。入試 終わったらお姉ちゃんに聞いておくから」 「でも、塾も放課後だけなんだよね」 「なんだ、今までと一緒なんだ」 「でも、中学校からはみんな一緒になれるか もしれないんだから、がんばらなきゃ」 「うん」  …でもどうやって通おうかな。お母さんに 言う訳にもいかないし。やっぱり早紀ちゃん と交代で、私が小学五年の塾に通って、早紀 ちゃんが中三の塾なのかな…。  二月四日(月)  昨日は三島女子の合格発表で、舞も美穂さ んも合格したみたい。今日は百合園の合格発 表。発表は昼前らしいから、もうとっくに分 かっているはずなんだけど、四年の教室にい る私には全然分からない。  授業が終わるとすぐにうちに帰る。 「ねえねえ舞の入試の結果はどうだったの?」  見ると舞がニコニコ顔でVサイン。 「じゃあ美穂さんは?」 「二人ともって事よ、これ」 「おめでとう!」  これで舞と美穂さんが、あの百合園の同級 生になるんだ。私も、いつか絵理ちゃんと同 級生になれるといいな。出来ればあの百合園 で。見習ってがんばらなきゃ。  二月七日(木)  絵理ちゃんで遊んだ後、うちに帰ると、お 母さんが、 「カバンの中を見せなさい」 「三学期は中間試験ないし、別にお知らせも ないけど…」 「いいから見せなさい」 「教科書しか入ってないし…」 「だったら見せなさい」 「でも…」 「とにかく見せなさいっ」  カバンを取られた。 「高見さんってとこから電話があったの。福 井さんの所にも電話したし、学校にも電話し たし、机の中も見たし、写真も全部見たし、 それに学校にも電話しました。中学校と小学 校。カバンの中……こんな物入れて、今日ど こ行っていたの?中学校にこんな物持ってい かないわよね。どこに行ってたのかはっきり おっしゃいっ。……言えない所なのね、でも 高見さんという人からもう話は聞いてるから。 最近試験の点数がいいと思ったら、あれは高 見さんとこの子が代わりに受けていたのね。 お母さんがっかりしたわ。でもカンニングと いうのはまだよくある話だし、薫は成績悪か ったから、悪い事だけど、しても不思議では ないと思うの。でもね、その間、女の子の代 わりに小学校に通ってたんですって?どうし てそんな事したの?もう中学二年生、もうす ぐ三年生なのよ?もうすっかり大人じゃない。 確かに背は小さいけど、立派な男の子に産ん だはずよ?同級生のお友達なんて、もう髭も 生やしている子もいる、そんな歳なのよ。最 近、舞が自分のお下がり着せたりして変だな、 とは思っていたけど、こんな事をしていたな んて。しかも小学校の四年生なんかに。なん とも思わないの?もう中学二年生の男の子が、 小学四年生の小さな女の子達と同じ服着て一 緒に遊ぶなんて、変だと思わないの?もちろ ん舞に着せられた服もあるでしょうけど、そ んな恰好させられたり、そんな恰好で舞と写 真を撮ったりして、なんにも言わなかったの? そんな子に育て…」 「お母さん、なに薫いじめてるのっ」 「舞、あなたもここに座りなさい。薫を呼び 捨てにするくらいならいいかなと大目に見た けど、自分のお兄さんを着せ替え人形みたい にして、ちょっとは責任を感じなさい」 「責任感じてるから、薫は私の妹にするのっ。 …そうだ、私の合格祝い、薫を妹に欲しいな。 他の全然いらないから」 「何馬鹿な事言ってるの」 「だって、こんなの今更お兄ちゃんなんて呼 べる訳ないじゃない。こんなの中学校に通え る訳ないじゃない。だから責任取って妹にす るの。さっ、あっち行こう、薫。」 「待ちなさいっ。明日は二人とも学校は休み です。高見さんと福井さんと、それに学校の 先生方とお話合いをしますからね」  二月八日(金) 「いやー、確かに成績が段々伸びたり、女子 と仲良くなったりして、変わったとは思った んですが、気がつかなくて」 「良く見たら顔も結構違うと思うんですけど」 「実に申し訳ない。成績が伸びたんで、がん ばっておるな、くらいにしか思わなかったも ので。修学旅行の前も、実に積極的に調べ物 をしていたし、委員会活動も立派にやってお ったし。周りの生徒にも良い影響があって、 何も言わないのが一番いいかと思いまして」 「はあ…」 「しかし、いくらいい生徒でも小学四年が中 二に混じっていたのはいかんですな。しかも 女の子が男子の中で着替えていたなどとは。 まっ、残念ですが…いやなんというか、とに かく、来週からはちゃんと薫くんの方が登校 して、三ヵ月半ですか、その穴を埋めなけれ ばなりませんな。」 「あの、四年の方は…」 「ええ、なんというか、集中力がなくなって、 成績もちょっとだけ悪くなったような印象が あって気にはしてたんです。ただ以前は、友 達はいるけど、ちょっと付き合いが浅いとい うか、塾や習い事の友達がいたのかも知れま せんが、クラスではお話には付き合うけど、 積極的にお友達と何かするという事がなかっ たのに、友達と実に楽しそうに遊ぶようにな ったので、しばらく見てみようかと…。でも、 中学生の男子が、小学四年生の女子と一緒に 体位測定というのは、気付かなかったとはい え大変申し訳ない事です。来週からは、早紀 ちゃんが登校してくるように……ところで、 中学校ではお友達は出来たのでしょうか?」 「ええ、女子の四人組と仲良くしてましたよ。 いつも楽しそうに話してたし、学校外でも何 かやってたようだし」 「そんなお友達が出来てたんですね…」 「そちらの方は、まあ小学校四年ですから勉 強も難しくはないでしょうが…」 「早紀ちゃんが成績のいい子ですから、その 代わりという事で、努力はしてたみたいです。 その努力が、今思うとちょっと空回りしてた のかも知れませんが」 「まあ、あの子が努力というのをやったとい うのもいいかもしれませんね、はははは」 「あの、笑い事ではないんでして…」 「あ、失礼。では来週から、きちんと登校す るように……でもまた入れ替わったら分から ないですな、もう二ヵ月以上も見てない顔だ し。しかし、他の生徒にはどう説明したら…」 「あの子には、もう二度とこんな事をする事 がないように、みんなに言ってもらった方が 良いのではないかと…」 「元に戻れば、成績の違いを始め、色々と周 りも気付くでしょうから、今日説明しても同 じなんでしょうが……二百七十人中九十番だ った生徒が小学四年生だったというのはちょ っと…」 「こちらは、小さな女の子の中に中学生の男 子が混じっていたというのが問題ですね。説 明する相手がまだ小学四年生ですからなかな か難しいのですが、保護者にもご協力頂いて 説明したいと思います」  「先生方とお話合い」って、どこに連れて いかれるんだろうと思ったら小学校だった。 ただでさえ着たくない中学の制服を着て、み んながいる小学校に着て入るなんて…。小学 校に着いた時には既に授業が始まっていて誰 とも会わなかったけど、校門から建物に入る までの間、四年四組の教室から誰か見てるん じゃないかと思うと恥ずかしくて仕方がない。 舞もむっとした顔してる。 「薫をこんな恰好で小学校に連れてくるなん て、私の方が恥ずかしいわ。もうちょっと可 愛い恰好させればいいのに」 「中学生なんだから中学生らしい恰好で出掛 けるのが当然です」 「中学生らしいのは服だけじゃない」  校長室の奥の部屋に入ると、早紀ちゃんと 千明ちゃんと千明ちゃんのお姉さんがいた。 先生達と親達が隣の部屋で話しているのが聞 こえてくる。 「…三ヵ月半ですか、その穴を埋めなければ なりませんな…」  全然分からない中学の勉強しなくちゃいけ ない…だったら小学校でやったって一緒なの に。暗い気分になってくる。 「薫ちゃん、小学校に来れなくなるだろうけ ど、放課後は絵理ちゃん達と遊べるんだから、 そんな悲しそうな顔しないでよ」  千明ちゃんはなぐさめてくれるけど、隣の 部屋からは 「…中学生の男子が、小学四年生の女子と一 緒に体位測定というのは、気付かなかったと はいえ…」  あんな事言ってる。みんなと一緒に身長と 体重測っただけなのに。私、もう小学四年の みんなと一緒にいられないんだ、もう美幸ち ゃんと遊べないんだ。手芸クラブで作りかけ の編み物、終わりまでやりたかったのに… 「…二度とこんな事をする事がないように、 みんなに言ってもらった方が良いのでは…」  あんな事言ってる… 「あんな事言ってるけど、どうせ中学じゃみ んな知ってるから同じよ」  千明ちゃんのお姉さんが言った。千明ちゃ んも 「もうみんなに話して、堂々とみんなで遊べ るようになっちゃおうよ、ね」  中学の男子なんてもうどうでもいいから、 何言われたっていいのはいいけど…。  隣の部屋からこっちの部屋に先生達がきた。 あれは千明ちゃんのお母さん、あの人が早紀 ちゃんのお母さんかな?千葉先生が恐い顔を して話し出す。 「高見さんと高橋くん、自分の学校に通わな いで、ご両親にも内緒で、友達まで騙して、 こんな事をしていたなんて許される事ではあ りませんよ」  友達騙してなんかいないもん… 「高橋くん、あなたはもうすぐ十四歳、立派 な大人の男なのよ、みんなを騙して保健室で 女子の下着姿を見るなんて犯罪なのよ、分か ってる?」 「そんな、薫ちゃんも下着だけになったもん ね、私なんて薫ちゃん押し倒してパンツの中 見ちゃった事あるし…」 「私、中学校で着替えの時に男子の裸いっぱ い見ちゃった…」 「あのね。福井さん、高見さん、あなた達は 高橋くんがみんなの下着姿を見る事になると 知ってて、こんな事やってたって事になるの よ。あなた達も後でみんなに謝らないといけ ないわね。本当に、もう二度とこんな事をし ちゃ駄目よ」 「高橋、中学にもいっぱい友達がいたじゃな いか、小学生の友達なんかで楽しかったか?」  ……楽しかった。 「お前ももうすぐ中三なんだ、受験勉強で忙 しいくなるぞ。来週からは中学校で頑張るん だぞ」 「それじゃ今日はこれで家に帰って、二人と も教科書を元通り交換するのよね?来週から 自分の学校に通うための準備をすること。分 かった?」  やだ…  先生達が立ち上がり、部屋のドアを開けた。 その時、千明ちゃんのお姉さんが尋ね始めた。 「…あのー、早紀ちゃんのお母さん、私と早 紀ちゃんとあと三人、三月から一緒の塾に通 うと約束して、もう入塾手続きもしちゃった んですけど、一緒に通えるんでしょうか?」 「え?そういえばこないだ塾に通いたいって 言ってけど、中学受験のための塾だとばかり 思ってたわ…まさか高校受験の塾なの?」 「…ええ、そうなんですけれども…」 「それはいくらなんでも…」 「中二で学年二百七十人中八十八番だったん ですよ、鴨中高校なら余裕で合格出来ます。 全然問題ないです。塾だけでも一緒だとみん な嬉しいなって…」 「そうねえ、まだ来年度は五年生だし、他の 習い事と両立出来れば…」 「良かったー」 「じゃあ薫ちゃんも私と一緒の塾に通おうよ」 「一緒の塾って、小学四年生?ダメですっ」 「えーそんな、早紀ちゃんはいいのに?」 「薫、もう小学四年生の子と会ったりしたら ダメなのよ。塾通うのなら高校受験のための 塾に通いなさい。来年は高校受験なのよ。そ うね、翔鳶高校にでもしなさい」 「翔鳶高校って、あんな不良がいっぱいの高 校に薫ちゃん入れるなんてかわいそう。一緒 に百合園に行こうねって約束したんです、一 緒の塾に通って…」 「百合園なんて入れる訳ないでしょ。馬鹿な 事言わないで頂戴」 「千明、もうほどほどにしなさい。もうこん な子と遊んじゃいけませんよ。圭子も一緒に なって…」  お母さんや千明ちゃんのお母さんが恐い顔 で千明ちゃん達を叱っているのを見ていて、 恐くなって舞の後ろに隠れたら 「薫、なに舞の後ろに隠れてるの。妹の後ろ に隠れてどうするのっ。もっとしゃんとして なさいっ」 「いいの、どうせ薫はこんな子なんだから」 「ダメです。どうしてこんな子になっちゃっ たのかしら…」 「元からこんな子だったの、ね。」 「ダメです。今までがそうでも、これからは ダメです。やっぱり今すぐ四年生のみんなに 自分で謝ってきなさいっ」  お母さんは私の手をつかんで外に連れ出そ うとした。 「あっ、そんなに慌てられなくても」 「そういう事は今夜じっくりとお話しになら れればよいかと。祝日を含め三日ありますし」 「でも、こんなうじうじしてたのでは区切り がつきませんし。それでは……四年の教室と いうのはどちらでしたかしら」 「ですから、その件についてはまた後日」  みんな廊下に出て、校長室の前でもめてる ところに、 「あっ、千明ちゃん、いないと思ったらこん な所にいたー。校長室にいたなんて、何か悪 い事したの?早紀ちゃんも…本物の方?なん でこんな所に…こっちにいた、なんで男の子 みたいな変な恰好してるの?」  美幸ちゃんに香織ちゃんに綾子ちゃんまで …こんな服着てるところ見られちゃった… 「あー泣かないで、変じゃない変じゃない、 可愛いよー」 「あなた、この子をよく知ってるの?」 「はーい、同級生、とっても仲良しでーす」 「この子が男子中学生だって知ってるの?」 「うーん、前そういう事を聞いたことがある ような……あっ、だからそんな服着てるんだ。 でもやっぱり女の子らしくしてる方がいいよ」 「そちらの二人は知ってた?」 「中学生だったけど成績悪くて早紀ちゃんと 交代して小学生になったって、そう聞いたん ですけど」 「えー男の子だったの?変なの」 「そうよね、変よね。体育の着替えや身体測 定の時に一緒に着替えたそうだけど、男の子 と一緒に着替えて、何とも思わない?」 「男子と一緒はやだなー」 「そうでしょ?男子と一緒なんて嫌でしょ?」 「子供な早紀ちゃん仲良しだから一緒の方が 楽しいけど」 「偽早紀ちゃんは女の子だもんっ」 「えーでもー」 「もう小学校に来る事はないから安心してね。 ほら、嫌な思いをした子がいるのよ。ここに いる人だけにでも謝りなさい」 「…え?小学校にこないの?」 「そうよ、男子中学生だもの。女の子の恰好 して小学校に通うなんて変よね?」 「……だめっ、偽早紀ちゃんは渡さないもん。 私と遊ぶんだもん。」 「えーでもー」 「来週も学校来るよね?もうすぐ遠足もある し。社会科見学一緒に行けなかったから今度 は絶対一緒に行くんだもん」 「本物の早紀ちゃんがいるでしょ?他にもた くさんお友達が…」 「……だめっ」 「まあ今日はこんなところでお帰りになられ た方が…」 「ほら、次の授業が始まるわよ。三人は教室 に戻りなさい」 「偽早紀ちゃんと千明ちゃんは教室に来ない の?」 「千明ちゃんはまた来週会えるから」 「薫はもう来ませんから、安心してね。それ では失礼しました」  二月九日(土) 「かーおーるーちゃん、あーそーぼっ」 「だめよ、他のお友達誘って遊びなさいね」  美幸ちゃんだ。わざわざ遠くから来てくれ たのに…。  机の上には早紀ちゃんちから戻ってきた中 学の教科書が積まれている。机の引き出しの 中はからっぽ。教科書は全部早紀ちゃんのお 母さんが持って行っちゃった。小テストも持 っていっちゃったのかな。千明ちゃん美幸ち ゃんと一緒に図書館で調べて書いたノートも。 写真もない。絵理ちゃん達と撮った写真も、 舞のお友達と撮った写真も。残ってるのは… …社会科見学の、私が写っていない写真。み んなが写ってるから無いよりマシかな。十一 月に受けた模試の結果。百合園の学校案内。 恵ちゃんにもらったリカちゃん人形の服。こ の一年間、もっといろんな事があったはずな のに…。でもこれだけでも残ってて良かった かな。お母さんに見つかって捨てられると困 るから、ベッドの下にでも隠しておこう。 「かーおーるー」  …舞だ。 「…なーに汚いかっこしてるの」 「だってタンスの中にはこんなのしか…」 「じゃあこれ着なさい」 「…でもお母さんに見つかったらぶたれて脱 がされちゃうよ」 「いいこと?今までこっそりやってたから中 途半端な妹でも大目に見てあげてたけど、も う許さないからね。誰が見ても薫の方が妹だ って言うようにならなきゃダメよ。」 「…うん」 「まずはこの服を着て…」 「うん…」 「次は…よくも今まで私を呼び捨てにしてた なー」 「あっ、それは、舞が…じゃなくて…」 「おねえちゃんでしょっ」 「あっ、はい、…おねえちゃん」 「よし、それをお母さんの前で言う事」 「…え?」 「当然でしょ」 「お母さんに叱られる…」し、恥ずかしい… 「言わなきゃ私が叱るんだから」 「…はい」 「薫、舞、ご飯ですよ」  お母さんに叱られるのが恐いけど、せっか く舞…じゃなくておねえちゃんが持ってきて くれたんだから、勇気持って行かなくちゃ。 居間のドアを開けて中に入る… 「さあご……薫、またそんな恰好してっ。舞 が着せたの?自分でどこからか持ってきた訳 じゃないでしょ?」 「ま…ま…………お、おねえちゃんが持って 来てくれたのっ」 「…おねえちゃんじゃないでしょっ、あなた の方がお兄さんなのよっ、何馬鹿な事いって るの」 「お母さん、薫を叱るのはやめてっ」 「何馬鹿な事言ってるのっ」 「…姉が妹をかばうのって普通よね」 「二人とも昼ご飯抜きですっ」 「ごめんね、ま……おねえちゃん」 「いいの、あんなにひどく叱られそうな時に 『おねえちゃん』って言ってくれて嬉しかっ たわ。きっとすぐに四年生のみんなと一緒に 遊べるようになるからね」  二月十二日(火)  何ヶ月か振りに行く中学校。なんだか入学 式の時みたいに、全然知らない所に行くよう な気分。私が小学校の方に行かないようにと、 担任の先生が車で迎えに来ている。 「おねえちゃん、行ってきますっ」  歩いて行く距離を車で行くから、あっとい う間に中学校に到着。小学生になっちゃった 自分が中学校なんかに来てしまったのが恥ず かしくて、おっきな人ばかりの教室に行くの が恐くて、うつむいて歩く。教室に入るため にちょっと顔を上げると、すぐに千明ちゃん のお姉さんが目に入ってほっとする。すぐに 福井さんのもとへ駆け寄る。 「やっぱり薫ちゃんがこっちに来たんだ…。 席は私の隣だから大丈夫よ」  池田さんがやってきた。 「今日から薫ちゃんなんだね。昨日まで小学 四年生だったのに、突然中学二年生だなんて 大変だね。早紀ちゃんは小学校通わされるの かー。それもかわいそうよね」  三人で話していると、突然後ろから 「おい、高橋。今日は日直だぞ。これ」  野田くんが日誌を渡して、逃げるようにど こかに行ってしまった。 「男子の事は気にしなくていいわよ。以前、 からかいに来た男子を早紀ちゃんがぶん殴っ て、それ以来誰も近寄らなくなったから。陰 口くらいは叩かれてるかもしれないけどね。」 「えー、すごーい」  でも、野田くん、すごく背が伸びたような 気がする。前は、四月頃は、私とほとんど同 じだったはず。なんだか、大きな中学生のお 兄さんって感じだった。  今日のところは先生は何も言わず、私が早 紀ちゃんと違って小学四年生だってばれる事 もなく、一日の授業になった。帰りは先生に 連れて行かれる事もなく、一人で校門を出る と、 「あ、薫ちゃん、こっち」 千明ちゃんと美幸ちゃんがいた。二人に会え てすっごく嬉しいけど、自分だけ男子中学生 の制服なのが悲しい。 「二人と遊んでいきたいけど、すぐに帰らな いとお母さんに叱られちゃう…」 「じゃあ一緒に薫ちゃんちまで歩こう」 「美幸ちゃん、遠なるんでしょ?」 「いいの、何もしないで帰ったってつまんな いもん」 「二人と一緒に歩くのに、こんな服じゃやだ」 「これから毎日なの?かわいそう」 「小学校に着てきた服とランドセルで中学校 に通えば?」 「先生に叱られるし、みんなに何言われるか」 「だって小学生なんだもん、いいじゃない」 「金曜日から絵理ちゃん達に会ってないけど、 みんなどうしてるかな…」 「私もまだ会ってないの。塾の事とか、話し たい事あるのにね」 「ねえ中学校ってどんなとこ?」 「久し振り過ぎて分からなくなっちゃった。 早紀ちゃんに聞いた方がよく分かるよ」  二月十三日(水)  今日は校門までお母さんの監視付。でも途 中まではおねえちゃんが一緒だったから、そ の間ずっと後ろにくっついて歩いた。 「それじゃ薫、いってらっしゃい」  おねえちゃんと小学校に一緒に登校出来る のは後ちょっとなのに、それが出来ないなん て…。  教室に入って椅子に座る。まだ福井さんや 内本さんは来てない。 「おい、高橋」  川島くんが声をかけてきた。 「うちの弟が同級生の妹から聞いたって話な んだが、お前、先週まで小学校に通ってたん だって?」 「うちの妹もそんな話をしてたぞ。『お兄ち ゃんの同級生は小学四年に通ってたんだって、 お兄ちゃんはその同級生だから、似たような ものね』なんて言われたぞ」 と石川くんが言い出した。中井くんは 「その話は知らないけど、この中学の二年に 小学四年か五年が紛れ込んで、試験で九十番 とか取ったらしくて、百番以下の奴が小学生 の弟に馬鹿にされたって話なら今朝聞いたぞ」 「げっ、俺百八十番だぞ」 「帰り道に小学生に馬鹿にされるぞー」 「一組に、昨日の帰り道で馬鹿にされてた奴 がもういたぞ」 「やっべー」 「なんで小学生が紛れ込んで試験受けられる んだよ」 「それなんだよ。小学生みたいな奴ならこい つとかいるけどよ、本物の小学生って…」 「小学生といえば、高橋、昨日一緒に帰って たのは誰だ?」 「あ、あれは…福井さんの妹」 「福井の妹って、うちの妹よりも下だよな」 「女子とばっかり話していると思ったら、福 井の妹にまで手出してるのか、ロリコンか?」 「福井本人だったらロリコンじゃないよな、 どう見たってあっちが老けて見えるわ」 「老けてて悪かったわねー」  福井さんが来ていた。 「あ、トイレいこっと」  男子がみんなあっちに行ってしまった。 「あのね、昨日千明ちゃんと歩いてたの見た 男子が、私の事『ロリコン』って言うんだよ ……ロリコンって何?」 「知らなきゃ気にしなきゃいいのよ」 「うん…」 「でも、なんだか噂が広がってるわね」  体育の時間は持久走。校庭の外道を十周。 「高橋、今日は全然気合が入っておらんぞ」 先週の私の名前で書いてある早紀ちゃんの記 録を見てびっくり。こんなの私には絶対無理。 私、早紀ちゃんじゃないのに。  昼休み中に、バラバラだった噂がまとまり 始めた。  クラブの時間。中学校のクラブの時間なん て、いったい何ヶ月振りだろう。将棋の駒の 動かし方はなんとか覚えているけど。 「よっしゃ、高橋に勝ったぞ」 「…馬鹿、お前知らないのか、先週までお前 が負けてた高橋は、小学四年生のそっくりさ んの女の子だって話だぞ。だいたい駒の動か し方が全然違うじゃないか」 「…そういう話は聞いたけどよ、じゃ俺は今 まで小学四年に負け続けてたって事になるの かよ」 「そういう事になるねー」 「おまえが悪いんだ」  ノートで頭を叩かれた。  放課後のホームルームが終わると、逃げだ すように教室から出た。外には千明ちゃんと 美幸ちゃんが待ってた。 「待ってた?」 「そんな事ないよ」 「さっ、いこ」  歩き始めた時、 「小学生の女の子は、お手手つないで帰りま しょー、か」  後ろを向くと石川くんと川島くんだった。 「なによあれ、あれで中学生?」 「いいじゃない、お手手つないで帰ろうよ」  三人、お手手つないで走った。後ろから笑 い声が聞こえる。 「…ねえ、四年四組のみんな、私の事で何か 言ってる?」 「言ってない言ってない、薫ちゃんはみんな と仲良くしてたもん、悪く言う人いるはずな いもん」  千明ちゃんは何も言わなかった。  二月十四日(木)  今日もお母さんの監視付で校門まで来る。  福井さんが先に来てるといいな、と思った けど、まだ来てなかった。 「よっ、小学生が来たぞ」 「あの子達とお手手つないで小学校にお遊戯 しに行くんじゃなかったのか」 「なんだなんだ?どっちが来たんだ?」 「どっちにしたって小学生じゃないか」 「そりゃそうだが、こっちは小学生になった 方の高橋らしい」 「女子の身体検査に混じってたって方か?」 「つまりロリコンの方か」 「ちょっと待った。ロリコンというのはな…」 「そんな学ランなんか着ずに、女子の制服を 着ればいいのによ」 「さっき落とし物を探したんだが、でかいの しかなかったんだよ」 「違う違う、ピンクのお洋服にランドセルだ ろ、やっぱり」 「…うちの妹、ピンクのお洋服なんて持って たかなー」 「お前の妹、女かよ」 「うーん、多分そうだったと思うが」 「明日着て来いよ、でも小学校行ったら来れ ないか」 「何話してるのかな?小学四年生より成績悪 かった君達」 「妹さんの大事なお友達をいじめてる訳じゃ ないですからねー」  男子は散らばってしまった。 「大丈夫?薫ちゃん」 「…いいんです、本当の事だから」  一時間目は理科。理科室へ向かう間、一メ ートル以上福井さんから離れないように、ぴ ったりとくっついて歩く。だって他に「知っ てる」人いないんだもの。もちろんみんな顔 は前から知ってる。でももうみんな「知らな い」人だもの。  だけど三時間目は体育。小学校での体育は あんなに楽しかったのに、中学校のは全然楽 しくない。持久走だから校庭ぐるぐる回って るだけだからかな。でも、もし他の種目だっ たら…。  放課後のホームルームが終わると、逃げだ すように教室から出た。外には千明ちゃんと 美幸ちゃんが待ってた。 「…ねえ、中学校って楽しい?」 「…千明ちゃんのお姉さんがいるから、まだ なんとか」  二月十九日(火)  朝ご飯を食べながら 「ねえおねえちゃん、中学校にはランドセル で行った方がいいかな」 「どうして?」 「中学校の同じクラスの人が『ランドセルで 来い』って言ってたの」 「その制服じゃ似合わないよ」 「もちろんちゃんとした服で」 「…もうすぐ私のランドセルいらなくなるか ら、使っていいよ」 「ほんと?おねえちゃんのなら喜んで使う」 「なに馬鹿な事言ってるの、さっさと食べて しまいなさいっ。舞、あなたは今日は中学の 合格者招集日なのよ、あなたももうすぐ中学 生なのよ、分かってる?」  中学校に通うようになって一週間、全ての 科目の授業を一通り受けたけど、全然分から なかった。それは当然かな。私が「小学生に なった方の高橋」だってみんなが分かってか ら、いじわるを含めてみんなが「小学生扱い」 するようになった。千明ちゃんのお姉さんも 含めて。だったらランドセルで通ってもいい かな、って気もするけど、お母さんと先生が 許してくれない。それに、千明ちゃんと美幸 ちゃんに会えるのが帰り道のほんの数分間だ け、絵理ちゃん達にはまだ会えない。  そういえば中二の人達の中に、「早紀ちゃ んに期末試験を受けさせろ」って言ってる人 がいるんだって。早紀ちゃんより悪かったっ ていうのを気にしてる人がいるんだね。もし かしたらそうなるかもしれない。代わりに私 が小学校に行っていいって訳じゃないけど。 でも早紀ちゃんに会えるかな?  六時間目は「進路について考えよう」。来 年、四年後、十年後、どんな人生を送ってる か考えよう、だって。来年の今頃はね、みん な「もうすぐ中学入試だね、みんな百合園に 合格して同級生になろうね」って誓い合うの。 四年後は白雪中の中二…そうか私は四年後、 本当の中二になってるはずなんだ。今は嘘の 中二、小学生扱いされるような中二。十年後? …分からない。だって四年後も予定通りにな るか分からないのに。  ほんの数分間、千明ちゃんと美幸ちゃんと おしゃべりしてうちに帰り着くと、おねえち ゃんがもう帰っていた。合格者招集日だった っけ?もうすぐ百合園中の生徒になるんだ。 いいなー、私もおねえちゃんみたいになりた いな、なりたいけどな。 「薫、おかえり。ねえ今日面白いもの見つけ てきたよ」  おねえちゃんから百合園と書かれた封筒を 手渡された。中を出してみると 『百合園学院小学校 編入生募集について』。 「へー、小学校もあったんだ、女子小ってあ るんだ」 「違うの。ほらこの辺」 『五年生 若干名(男女)』