山崎智美prj. 女の子気分 / 第二章 二学期(続き)  十二月一日(土)  今日は、今日必要な教科書を早紀ちゃんか ら受け取るために千明ちゃんちへ。早紀ちゃ んから中学校の教科書を受け取ってカバンに 入れる。こんな教科書、私には合わないよね。 早紀ちゃんの代わりに教科書を持って机に座 りにいくみたい。そのくらいのお使いなら私 にも出来るよ。 「今日学校終わったら、修学旅行の話聞かせ てね」  中学校の教室では、座ってじっとしてるだ け。池田さんや酒井さんは前ほど話しかけて くれない。だって私は早紀ちゃんじゃないん だもの。早紀ちゃんが中学でみんなとどんな 話をしてたのかしならいし。千明ちゃんのお 姉さんと内本さんのお姉さんは割と話しかけ てくれる。 「久し振りの中学でしょ、分からないことが あったら私達に聞いてね」 「勉強の方は大丈夫?早紀ちゃんが随分張り 切ったから色々大変かもしれないけど、勉強 をするちょうどいい機会かもね」 「中学では話す相手いないし、みんなの話分 からなくてつまらないかもしれないけど、我 慢しなさいね」 「…はい」  朝の小テスト。中学の問題ではもう早紀ち ゃんみたいな点数は取れない。でもあんまり 悪いとばれちゃうかな…ばれると困るもん、 小学生みたいな私がこんなとこにいるなんて。 小学生でも解けるところだけでもなんとか解 こう。それで何点とれるか分からない。でも 小学校のところは一ヵ月間まじめに勉強して きたんだから、もしかしたら前よりはいい点 がとれるかも知れない。  数学の授業。一ヵ月の間に随分進んだんだ。 「一週間振りの授業だから、復習という事で 簡単なところからやるぞ」  問題を黒板に書きはじめた。当てられたら どうしよう。早紀ちゃんなら答えられるんだ ろうな、私には出来ない。教科書丸暗記でな んとかしよう。えーと、グラフの傾きってい うのは、うんうん、これは計算出来る。切片 っていうのはこういうんだ。えっと… 「次は高橋、このグラフの傾きは?」 「えっと…………………3です」 「そうだ、まだ簡単なうちだな」  良かった、あんな簡単な問題で。 「次の問題は…池田、このグラフの切片は?」  あんなのどうやって計算したらいいんだろ う。多分、xが右に4ずつ減っていったらy が2ずつ減るんだよね。ということは、2減 って… 「えっと、2分の5です」  池田さん答え出しちゃった、えっと、また 2減って、また2減って…あー次は半端だ… 2減れば1減って、1減れば2分の1減るで いいのかな、うん2分の5になるね。でも池 田さんみたいにすぐに答えが出ない。こんな 苦労して時間をかけないと私は答えを出せな いんだ。毎日こんな大変なことやってられな い。小学校のところからこつこつやろう。私 には中学なんてまだ早いんだ…  千明ちゃんちに戻る。 「ねえねえ、修学旅行のお話、早く聞かせて」 「えっと、何から話せばいいのかな」  早紀ちゃんは修学旅行のしおりを広げて 「順番通りでいいよ。鴨中駅はよく知ってる けど…朝6時くらいなんだよね。暗かった?」 「うん、でもライトが明るくついてたよ。不 思議な感じだった」 「人は少なかった?」 「うん…でもあんな朝早くから駅員さんがい るんだよねー」 「次は新幹線だよね、大きかった?」 「うん、鴨中の電車より全然大きかった」 「早かった?」 「うーん、どうかなぁ」 「窓の風景は?」 「トンネルばっかりでよく分からなかった」  早紀ちゃんが嬉しそうな顔しながら私に質 問し続ける。 「仁徳陵は…この言い伝えはガイドさんに聞 いたの?」 「近くの看板に書いてあったの。砂利道のそ ばに立ってた」 「砂利道?」 「うん、その先に鳥居があって」 「どこにあったの?」 「真ん中辺り」 「真ん中って、どこの真ん中?」  早紀ちゃんは仁徳陵の絵を書いた。 「まっすぐな道だったから…この辺かな?」 「こんな所に?こっちの丸い方は行ったの?」 「すごく遠そうだったから行かなかった」 「本当に大きいんだね」 「うん」  早紀ちゃん、まるで小さな子とお話してる みたいに話してる。私の方が小さな子みたい。 早紀ちゃんってこんなにお姉さんだったんだ。  長い時間かけて、一通り修学旅行のお話を し終わった。 「ところで、今日の授業はどこやったの?」 「1週間振りの授業だからって、復習みたい な授業だったけど。この辺の事を黒板で問題 解いたりしたの」 「あんまり進まなかったんだね。ねえ、池田 さんと酒井さん、何か言ってなかった?」 「今日は何も言ってなかったけど……池田さ んと酒井さんとずいぶん仲いいんだね」 「うん、勉強いつも一緒にしてるの。一緒に 模試受けたりもしたし」 「模試って中二の?」 「そう」 「すごいね」 「あっ、その後にね、とうとう買っちゃった んだ、中学の制服とカバン、あと体操服」 「え?」 「ちょっと高かったけど買っちゃった。今度 交代した時には私、自分ちから通えるよ」 「早紀ちゃん、自分ちから中学の制服着てて もいいの?」 「お父さんもお母さんも朝早くて夜遅いもの。 洗濯もさせられてるけど、お蔭で自分で洗え るから全然平気。薫ちゃんは…自分ちからは ダメなのかな?」 「うん…」 「じゃあ、千明ちゃんちかどこかでカバンと 服を替えなきゃいけないかな……服は必要か な?」 「舞…お姉ちゃんからもらったお下がりがあ るけど、毎日は無理かな…」 「じゃあ、必要な時は私のを貸してあげる、 返すのは次の日でいいから」 「早紀ちゃん待たずにそのまま絵理ちゃんち に遊びに行ってもいいんだね」 「そうよ。でね、次いつ交代する?期末テス トいつからだったかな」 「…来週から、でもいいな」 「…ほんと?」 「…うん」 「じゃあ来週からにしよっ」 「あっ、でも修学旅行の感想書かなきゃ…」 「書ける?」 「自信ない…」 「もうちょっと色々聞かせてくれたら、私が 書いちゃってもいいな」 「ほんと?ありがとう」  中学校のことはみんな早紀ちゃんに任せよ う、早紀ちゃんのものなんだもの。  十二月三日(月)  千明ちゃんちへ行く。早紀ちゃんは中学の 男子の制服で現れた。 「早紀ちゃんってすっかり中学生だよね」  千明ちゃんが喜んでる。  早紀ちゃんから小学校の教科書を受け取り、 服を借りる。けっこうかわいいワンピース。 「今日は私、そのまま家に帰るから。服は明 日の朝返してね」  私も早紀ちゃんみたいに小学校からこの服 のままでうちに帰りたいな。 「あっ、そうそう忘れるとこだった、生徒手 帳を貸して」 「あっ、そうだよね、必要だよね」 「おはよう、美幸ちゃん」 「偽早紀ちゃんの方だよね、薫ちゃんの方だ よね」 「うん」 「よかったー」  本当に嬉しそう。 「薫ちゃん、この一週間すごく寂しかったの」 「…私も中学校はつまんなかった」 「これからずっと一緒にいようよね」 「うん」 「本物早紀ちゃんは、なんだかすごく大人に なってたよね。もう私なんかと全然違うんだ もん。小学四年の教室にいる早紀ちゃん、つ なんなさそうだったし、私達と一緒にいるの が大変そうだったし。まるで小学校の教室に 中学生がいるみたいだった。やっぱり早紀ち ゃんは中学校でお勉強してる方が合ってるん だよね、きっと。会えないのはちょっと寂し いけど、もう私達とは違うんだから仕方ない よね」  下駄箱で鶴岡さんに会う。 「おはよう、香織ちゃん」 「…元に戻ったの?早紀ちゃん」 「うんと、どっちが元なのかっていうと…」  千明ちゃんが説明しようとしてる。 「えっと、つまり、大人な早紀ちゃんじゃな いのね。よかったぁ」 「えっと、私が偽物早紀ちゃんだって知って るのかな…」 「綾子ちゃんと香織ちゃんには教えちゃった。 だって、急にあんな早紀ちゃんに会えば誰だ って驚くもの」 「じゃあ先生は?」 「元に戻っちゃったと思ったみたいだけど、 あれは元どころじゃないわよねぇ」 「じゃあ大人な早紀ちゃんは中学校で頑張っ てるんだ。それがいいよね」  授業が始まった。一週間欠席してたような ものだから、ちょっと不安。これからしばら くはおうちできちんと勉強しなきゃ。  お昼休み、掲示板に先生が撮った社会科見 学の写真が張り出された。みんな楽しそうだ な、こっちの方に行きたかったな。先週の修 学旅行の思い出は本当は早紀ちゃんのもの、 私が持ってたって面白くもないもん。先週の 事は全部忘れて、この写真とみんなのお話で 私の思い出の穴を埋めるんだ。私に必要なの はこっちなんだもの。  放課後、千明ちゃんちに荷物だけ置いて、 着替えも何もしないでそのまま絵理ちゃんち へ。早紀ちゃんに借りたかわいい服、こんな 服のままで絵理ちゃんちまで行けるなんて嬉 しいな。  絵理ちゃんちで遊んだ後、千明ちゃんちに 戻ってきて、中学校の制服に着替えて帰る。 胸ポケットが軽い…生徒手帳は早紀ちゃんに 貸したんだ…貸すと言ってもいつ返ってくる のかな。私が小学校に行ってる間はいらない んだし、早紀ちゃんが中学校に行ってる間は 早紀ちゃんのもの。教科書みたいに返ってこ ないのかな。あれは私が中学生だという証拠 みたいなものだけど、ずっと早紀ちゃんのも のなのかな…その方がいいよね、中学校で勉 強してるのは早紀ちゃんなんだから。もう私 が中学生だという証拠は何もないんだ…  十二月四日(火)  朝、千明ちゃんちに行き、早紀ちゃんに昨 日借りた服を返して、教科書と今日の分の服 を受け取る。今日は体育があるから体操服も。 「これ早紀ちゃんが洗濯するんだよね。やっ ぱり、私がうちから服持ってきた方がいいか な…」 「でも体操服があるでしょ?」  そうか、体操服はうちじゃ洗濯出来ない。 「ところでね、昨日理佐ちゃんに聞いたんだ けど」  理佐ちゃんて……池田さんの事かな?そん な名前だったような気もするけど、酒井さん かもしれない。よく知らない。でも、池田さ ん達をちゃん付けで呼ぶなんて。早紀ちゃん がすごく大人のように見えた。 「1年の時に泊まり掛けの研修があったって 聞いたんだけど、みんないじわるして詳しく 教えてくれないの。その時の写真とか持って る?見てみたいの」 「どのくらい持ってたかな……今夜探して、 あったら明日持ってくる」  早紀ちゃんはその後すぐに中学校へ。私は 着替えてから、千明ちゃんと小学校へ。先週 は丸々小学校を休んじゃったけど、先週の事 なんかさっさと忘れて、千明ちゃんたちと一 緒の毎日を楽しく過ごさなきゃ。  学校に着くと、美幸ちゃんや香織ちゃんが 笑顔であいさつしてくれる。 「おはよう偽早紀ちゃん」 「おはよう美幸ちゃん」  中学校と違って仲良しがいっぱいいる。や っぱりこっちの方がいいよね。  体育の時間は千明ちゃんと美幸ちゃんと固 まって、寒いからおしくらまんじゅう状態で おしゃべり。小学校には制服はないけど、体 操服は一緒だもんね。  手芸クラブでは、先週早紀ちゃんが作りか けた物があったけど、思い切ってほどくこと にした。美幸ちゃんは 「もったいなーい」 なんて言ってたけど、嬉しそうに教えてくれ た。下手でも、美幸ちゃんに教えてもらいな がら私が最初から作る。だって私が提出する んだもの。  放課後、絵理ちゃんちへ。美穂さんの部屋 から雑誌を借りだしてみんなで読む。「こん な服着たいよね」「スタイルいいなー」なん て言いながら眺める。モデルさん達、中学生 とか小学6年とかなんだね。この人よくテレ ビで見かけるけど、6年生なんだ。おとなっ ぽいなー。舞や美穂さんと同じ歳……そう、 舞も美穂さんもおとなっぽい。私とは違う。 私もこんな風になれるかな、なりたいな、み んなと一緒に。  もう一度千明ちゃんちに行き、着替え直し てうちに帰る。これだけは本当に面倒だけど どうしようもない。ランドセルから中学のカ バンに教科書を入れなおして、中学校の制服 を着てうちに帰る。うちに着くまでの道で、 遊びおわってうちに帰る小学生の女の子達を 見かけると、どうして自分だけこんな恰好し てるんだろう、といやになってきちゃう。う ちに帰り着いて玄関に入ると、「おかえりな さい」というお母さんの声。お母さんの前で は中学生の振りしてなきゃならない。いやだ なー。 「そうそう薫。最近、体操服を洗濯に出して ないみたいね。冬だからって、学校に置きっ ぱなしになんてしてちゃダメよ」  …しまった。早紀ちゃんが自分ちで洗濯し ちゃってるから、あまり気にしてなかった。 でもどうしよう。全然使ってない体操服を洗 濯に出す訳にもいかないし、着る機会は全然 ないし。体操服だけちゃんと交換しておこう かな。  自分の部屋に入って、宿題と明日の用意。 算数、理科、国語、体育と。机の引き出しを 引っ張り出すと、そこには小学校4年の教科 書や小テスト、こないだ受けた模試の問題。 中学校のはほとんど早紀ちゃんに渡してしま ったから、机の中は小学4年用の物ばかりに なってきた。別の引き出しを見ると……2年 前、私が小学6年の時の修学旅行の写真。男 子の中に混じって写ってる写真。ちょっと離 れた所に千明ちゃんのお姉さん…千明ちゃん はこの時は2年生…千明ちゃんと一緒に写っ てない写真なんていらない。捨てようかな。 そういえば今朝、早紀ちゃんが去年の写真が 見たい言ってたっけ。この袋の中かな。これ もいらない。これ、全部早紀ちゃんにあげち ゃおう。卒業アルバムもいらない。これは5 年の時の社会科見学の写真としおり…こんな のいらない。これは4年の運動会の時の…こ れもいらない、3年の時のも、2年の時のも、 1年の時のも、入学式の時のも、幼稚園の時 の写真も。こっちの引き出しは…通知表もい らない、卒業証書も。全部早紀ちゃんにあげ ちゃおう。これ全部持って行くのは重たいけ ど、出来るだけ早くこの部屋から持ち出した い。  十二月五日(水) 「こんなに持ってきたの?」  千明ちゃんちに持ってきた写真や卒業アル バムの山を見て早紀ちゃんが驚く。 「どうやって持って帰ろう…帰りに持って帰 ろうかな。千明ちゃん、それまで置いててい い?」 「いいよ。この写真は…小学1年生の時のお 姉ちゃんだ!」 「えっと…わはは、理佐ちゃんかわいい。こ れ全部見るのにどのくらいかかるかな。いつ まで借りてていい?」 「別にいら…いつまででもいい…代わりに、 早紀ちゃんが持ってる写真とか、貸してくれ ない?」 「じゃあ明日にでも持ってくるね」 「私が1年生だった時の写真の事?ちょっと 恥ずかしいな」  先週早紀ちゃんがやった宿題が返ってきた。 きれいな字。もちろん全部大きな丸がついて る。私が昨日やった国語の宿題の字と比べる と、何か言われるんじゃないかと心配になる。  十二月六日(木)  昨日早紀ちゃんにお願いした写真、持って きてもらった。思ったより少ない。昨日私が 持ってきたのより全然少ない。小学4年まで の分しかないから当たり前かな。まだ九才な んだもん。十三才までの写真と比べて少なく て当然。…自分の思い出がこんなに少なくて 軽くなっちゃうのかと思うとなんとなく寂し い気もするけど、千明ちゃん達と一緒の九年 の方が何もなかった十三年よりずっといい。 九才分の思い出だけでいい。千明ちゃんや絵 理ちゃんと同じだけでいい。余計な四年間は 早紀ちゃんにあげちゃうんだから。  今日の六時間目は委員会活動だって。 「早紀ちゃんって何委員なのかな?」 「んーと、確かここら辺に書いてあるんじゃ ないかな?」  …安全委員か。  五年一組の教室へ、綾子ちゃんと一緒に行 く。教室には五年生六年生がたくさん。名前 はよく知らないけど、顔は知っている人が何 人かいる。二年前見た事のある顔が。 「安全委員会を始めます」  前に座っている男子は、舞の同級生だった 人かな?今は違う組かもしれないけど。六年 の時、美化委員で一緒だった。あの時は小さ なガキだと思ってた。だってあの時は私が小 学六年生であの人が小学四年生だったから。 今は安全委員、あの人が委員長みたい。隣に いる副委員長の男子も顔は見たことある。背 は前から大きかったけど、ガキっぽいと思っ てた。私の前に座っているのは、確かうちの 近くに住んでる小沼さんちの妹さんの方。今 は五年生だよね。二年前に見た時はすごく小 さな女の子だと思ってた。だってあの時は三 年生だったんだから。でもみんな今は私より 上級生。二年前に二年生だった綾子ちゃんと 同じ組、あの小さい下級生よりも下の学年に なったのだから。今でも私の方が背は高いん だけど、あの人達の方が大人に見える。だっ て私より上級生なんだもん。あの時ガキだと 思ってた小さな女の子よりも、私の方が小さ な女の子なんだ。そう思うと恥ずかしくなっ てきた。でも、そもそも二年前に六年生だっ たのが、あの人達の上級生だった方がおかし かったんだ。あの時から二年生の千明ちゃん 達と同じクラスの方が良かったんだ。二年前、 ガキっぽかったあの人達よりも、私の方が下 級生だったはずなんだ。なんであの時、この 人達より上の学年のクラスになんかいたんだ ろう。あの人達より上級生だなんて思ってた んだろう。そんなの間違いなのに。あの時か ら下級生だったら、何も恥ずかしく思うこと なんかないのに。最初っからあの人達は上級 生だったはず。  うちに帰って、早紀ちゃんからもらった写 真を一年の時から見ていく。この頃からみん なと同級生だったら良かったのに。違う、こ の時からみんなと同級生のはずだったんだ。 一年の遠足の写真。これもみんなと一緒に行 ったはずなんだ。五年の教室にいたなんて間 違ってる。私も千明ちゃんとお弁当を食べた はずなんだ。二年の時の写真の中に、なんの 写真か分からないけど、舞と小沼さんと千明 ちゃんと早紀ちゃんと、その他大勢が一枚に 写っている。もちろん私は早紀ちゃんの代わ りにここにいるはずなの。小沼さんの方が上 級生。…もちろん舞の方がお姉さん。この時 から舞より小さかったはずなんだから。  一通り見終わって、机の引き出しの中に入 れる。もう中学生の持ち物はほとんどない。 千明ちゃん達と同じ物しか持ってない。思い 出のある写真も千明ちゃん達と同じものだけ。 思い出も千明ちゃん達と同じだけでいいんだ。  十二月十一日(火)  朝御飯を食べていると、お母さんが 「今日は昼から町内会の用事があるから、夕 方は家にいないの。カギ持っててくれる?」 「わ…ぼく…が?」 「薫の方が先に帰ってくるでしょ?それにお 兄ちゃんが持ってた方が安心だし」  舞がこっちをにらみつけてる。 「…安心かどうか分からないけど、薫の方が 先に帰ってくるのは確かよね。外で待ってる んなら私が持っててもいいけど」  別に千明ちゃんちで時間まで待ってたって いいんだけど、それも言えないし。仕方なく お母さんからカギを受け取る。 「ところで、学級通信はまだかしら?」  ……そんなの分からない…でももう貰って てもおかしくないかな… 「…学校におきっぱなしにしてた」 「早くもって来なさいね」  家を出て千明ちゃんちに直行。服を受け取 った後、 「ねえ早紀ちゃん、学級通信とか、親への連 絡のプリントとかある?」 「えっと……これかな?そうか、薫ちゃんの お母さんに見せないといけないんだよね。他 になかったかな。でもちょっと待って、メモ するからね」  早紀ちゃんがメモした後、学級通信をちら っと見ると… 「えっ、期末試験?」 「そうだよ」  そういわれればそういう時期だけど、小学 校にいたから全然気付かなかった。 「今は授業は昼までなんだ」 「うん、そうだよ」  放課後は早紀ちゃんはそのまま帰っちゃっ て全然会わないから、分からなかった。 「中間試験の時から、修学旅行の間は別だけ ど、ずっと中学校で勉強したし、今度はいい 点取れるかな」  今度の試験も早紀ちゃんが受けるんだ。中 学校に通っているのは早紀ちゃんなんだから 当然だよね…。  早紀ちゃんはさっさと中学校へ。私は中学 の制服を脱いで受け取った服を着替える。セ ーターとスカートと黒のタイツ、それにピン クのコート。 「薫ちゃん、かわいいよー」  千明ちゃんと一緒に小学校へ。  授業が終わって、まず千明ちゃんちにラン ドセルを置きに帰ろうと校門へ向かう途中、 「あっ、あれって薫ちゃんじゃないの?」  …内本さんと今村さんだ。…そしてもちろ ん舞もいる。 「そうだよね。かわいいね、ランドセル姿だ し。一緒に帰ろうよ」  舞はむっとした顔のまま。 「でも…千明ちゃんちに色々置いてるから…」 「いろいろって?」 「えっと…」 「中学校の制服とか着替えなきゃなんないか ら、それをうちに置いてるんです」 「…そうだよね、今朝は中学校の制服着て家 出たんだから」  スカートにピンクのコートとランドセルと いう姿を舞にじろじろ見られている。 「だからそれを取りに…」 「後でいいじゃない、ね」  内本さんが無責任に言う。 「でも…」  その時、舞が私の手をつかんで歩き出した。 「えっ、あっと」 「あっ、じゃあ後で来てね、薫ちゃん」  内本さんと今村さんと、四人でうちの方へ 歩きだした。二年前にも毎日通った、よく知 ってる道。でもあの時は私が小学六年生で舞 や内本さん達は四年生だった。今は六年生の 舞に手を引っ張られて下校する、赤いランド セル姿の小学四年生の私。舞がちらちらと私 を見る。バカにしてるような、子供を見てる ような目で。中学生の兄のはずのぼくが、こ んな恰好を舞に見られて、手を引かれて一緒 に小学校から下校するなんて…でも、これが 普通の小学生の姉妹だよね、前からこうだっ たら良かったんだ。一年生まの時からこうや って舞に手を引っ張られていれば良かったん だ。これでいいんだ。  六年生三人がおしゃべりして、私がそれを 聞きながら歩いていると、前を歩いていた人 が振り返った。 「あ、高橋さんと今村さんだ、こんにちは」  …五年生の小沼さんだ。 「…えっと、高橋さんの妹さんですか?でも 妹さんなんていましたっけ?お兄さんはいた ような気が」 「いえ、四年の妹しかいません」  なんて舞がきっぱりという。そんな事言っ ちゃって大丈夫なのかな、小学校では一応高 見早紀なんだし。それに小沼さんは安全委員 で学校で会うかもしれないのに。 「四年生ですか。かわいいなー。五才のいと こはいるんですけど、歳が離れてるとちょっ と…姉も離れてるし。歳が近い姉妹ってうら やましいなー」  この五人、結構家が近いんだよね。近所の 小学生の五人。前は私が一番年上だと思って いたのに、今は一番年下。みんな私のお姉さ ん。でもそれでいいんだ。そっちの方がいい。 でもなんかちょっと不安な気もする…。 「ねえねえ、ちょっとこっちに来ない?」  内本さんがみんなを呼んでる。確かこっち は… 「おねーちゃーん、いるー?」 「なによ、試験勉強してるのにー」  内本さんのお姉さんが出てきた。 「あら、薫ちゃん。ランドセルなんかしょっ ちゃって。小学校から帰ってきたのね。こん な恰好で小学校に通ってたんだ。舞ちゃんと 手をつないで下校かー、仲のいい姉妹だね。 小沼さんもいるんだ、久し振りだね。そうだ、 写真撮ってあげよう」  舞に手をにぎられたまま、何枚か写真を撮 った。その後みんなと別れて、うちへ向かう。 ちょっとドキドキする。でも、確か今日はお 母さんはいないはずだよね。いないと分かっ ててもドキドキする。 「薫、カギ出しなさい」 「…はい」  舞がカギを開けて、うちの中に入る。二年 振りにランドセルをしょって家の中に入る。 でもあの時は黒いランドセルだった。今は赤 いランドセル、スカート、ピンクのコート。 とりあえず自分の部屋に行って着替えて、ラ ンドセルの中の教科書を出して、早紀ちゃん から借りた服を代わりに入れておく。 「なんだ、もう着替えちゃったの?もったい ない」 「また帰って着てから着替えるよりも、お母 さんが帰って来てからも着てられる服がいい かなって思って…」 「それでももうちょっとかわいい服があるで しょ。お下がりいっぱいあげたじゃない」 「うん…」 「せめて…これにしなさい」  おっきな熊さんと犬の絵が描かれたトレー ナーと黒いパンツを引っ張りだした。 「これならお母さんの前でも大丈夫でしょ。 小学四年生にはこれがお似合いよ」  大丈夫な訳ない、ないけど… 「…うん」  絵理ちゃんちではかわいいと言ってもらえ たこの服、お母さんが見たらなんて言うだろ うと、うちに帰ってテレビを見ながら不安に なってくる。何言われても舞が選んだって言 えばいいんだけど…。  舞が帰ってきた後、八時過ぎにお母さんが 帰ってきた。 「おそくなってごめんね、すぐ御飯作るから ね」  すぐに台所に行ったので、お母さんは何も 気付かない。ずっとドキドキしっぱなし。 「さあ、出来たわよ。舞、早く来なさい」  テーブルについて食べ始める。少ししてよ うやく気付いたみたい。 「…薫が着ているその服、舞のじゃない?」 「小さくなったからあげたの」 「そんな熊さんの絵が入った服なんて中学生 の男の子が着る服じゃないでしょ。中学生の 女の子でも着ないわよ。舞も今こんなの買っ ても着ないでしょ?」 「かわいいじゃない、私は着ないけど。薫に はこれがちょうどいいわよ」 「でもね…」 「捨てるのもったいないもの、小さい薫が着 れるんだからいいじゃない」 「薫も、お兄さんなんだから、嫌とかなんと か言って、もうちょっと男の子らしい服着な さい。まったくもう」  十二月十三日(木) 「今日から試験なんでしょ?」  朝御飯の時、お母さんが言った。 「結果は分かったら早く見せなさいよね」  早紀ちゃんの試験結果見せなきゃいけない んだ。早紀ちゃん、なんか自信ありそうで、 すごくいい点取りそう。ちょっと困ってしま う。 「それと、町内会の用事が終わらなかったか ら、今日も遅くなるわね。はいカギ」  舞がこっち見てる。また一緒に帰ろうって いうのかな。でも近所の人に見つかると困る し、うちに早く帰る用事もないし。  今日は舞達と会うこともなく、そのまま千 明ちゃんちへ行き、そして絵理ちゃんちへ。 新しいマンガ読ませてもらっちゃった。  うちに帰ってから、そういえば舞もマンガ 持ってたけど、どんなの持ってたかな。新し いのもあるかも知れない。今日はお母さんも 遅いし、舞の部屋に入ってみよう。  舞の部屋の本棚を見たけど、新しいのはそ んなにないなー。でも一冊読みはじめたら熱 中してしまう。うちの中も静かだし。面白い な。熱中して読んでたら 「あっ、薫、また勝手にひとの部屋に入って」  あっ、舞が帰ってきてた、また裸にされて けられてなぐられる、頭を抱え込んで床に丸 くなって 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 「何をしてたのっ」 「えっと、マンガ読んでた…」 「…なーんだ。マンガくらい自分の部屋に持 って行って読みなさいよ」 「えっと、うん」 「それより、またそんな地味な服着てるの?」 「う、うん。もうすぐお母さん帰ってくるし」 「だめだめ」  で、今日舞が選んだ服は、おっきなお花の 上に猫が描かれている服。 「こないだが犬と熊だから、今日は猫ね」  お母さんに何言われるか心配だったけど、 「舞、またこんなの着せて。ほどほどにしな さい」 と顔をしかめただけだった。  十二月十七日(月)  今日は瀬田くんと一緒に日直。今度は私が 号令をやることに。でも、号令とか目立つ事 はやっぱりやりたくない。だって偽早紀ちゃ んなんだから。  音楽の時間。笛の練習……あっ、笛忘れち ゃった。先生に言いに行く。 「あら、高見さんが?珍しいわね」  先生にあんな事言われるなんて。早紀ちゃ んは教室の後ろに立たされたりしないんだよ ね。早紀ちゃんの代わりなのに、テストで悪 い点取るし、忘れ物するし。目立つ事したく ないのに、目立っちゃう。立たされるのは私 だけど、早紀ちゃんが立たされた事になる。 私、早紀ちゃんにすごく悪いことしてる。私、 こんなだから小学生になっちゃったんだ。ほ んと、これじゃ普通の小学生。せめて小学四 年の早紀ちゃん並でいたいのに。こんなだと 通知表に何書かれるか分からない。その通知 表は、早紀ちゃんのお母さんが見るんだよね。 早紀ちゃんの通知表をうちのお母さんが見る。 すごく悪いことしている、私。  放課後、瀬田くんに 「最近、高見っておもしろいなー」 なんて言われちゃった。やっぱり変なんだ。  うちに帰って、着替えるためにタンスの中 を見る。何度か舞にかわいい服を着せられて、 ちょっとお母さんにお小言言われたけど…… 今日はこないだ着せられた熊さんのトレーナ ーにしよう。私は普通の小学四年生なんだも ん、これで十分。  舞が帰ってきて、すぐに私の部屋にやって きた。 「あっ薫、その服着たんだ」  嬉しそうな顔で言う。 「先月の模試受けたんだって?絵理ちゃんに 頼まれて持ってきたよ。私にも見せなさいね」  舞が見ている前で、封筒を開ける。成績表 を広げてみたけど、見かたがよく分からない。 「ふーん、平均よりは良かったみたいね。四 年生のテストでこんなとこなのね」  なんかちょっと馬鹿にされたみたいな感じ。 「…舞はどのくらいなの?」 「ここが60くらい」  …やっぱり六年生のテストでだよね。私は 四年生だから、しょうがない、のかな…。平 均よりはいいんだから… 「あれ?」  舞が成績表の名前の所を指さした。 「『高橋薫 女 内海小学校』?ふーん、そ うなんだー」  そう書いたからそう書いてあるのは当然な んだけど…指さして読まれると恥ずかしい… 「まあ、これで中学二年なんて言われたら、 私怒るけどね」  うん、私は小学四年の教室に通ってるんだ から、恥ずかしいもなにも本当なんだもん…  晩御飯を食べていると、お母さんに 「舞にまたそれ着せられたの?脱げばいいじ ゃないの」 といか言われた。舞は何も言わない。だって これは着せられたんじゃないのだから。自分 で選んだんだもん。タンスの中はこんな服ば っかりだもん。こんな服がいいんだもん。  十二月十八日(火)  千明ちゃんはまだ模試の結果は見てないん だって。美穂さんが持ってるみたい。絵理ち ゃんとかどうだったんだろう。舞の言うこと だけではよく分からない。早く知りたい。  もう学期末だから、授業も昼まで。千明ち ゃんと一緒に絵理ちゃんちに向かう途中、千 明ちゃんがマンガ買いたいというから、本屋 さんな寄る。 「ねえねえ、あの人…」 「えっ、どの…あっ」  早紀ちゃんが、参考書売り場にいた。 「早紀ちゃーん、スカートはいてるの見るの、 久し振りだね」 「そう?うちに帰ったらいつもスカートだよ。 男子の恰好は中学校だけ」 「放課後には会わないからね。でも遠くから 見たら、中学生にしか見えないよ。もちろん 女子の中学生だけど」 「薫ちゃんは女子の小学生にしか見えないよ ね」 「何読んでるの?『高校進学案内』?」 「うん。今日の授業で、『進路について考え る』っていうのがあって、どんな高校がある のかな、って思って読んでたの。ほら、今中 学二年でしょ?一年ちょっとしたら高校受験 だもの。来年は受験生だもんね」 「早紀ちゃん、もうすぐ高校生なんだ、すご いよね。どの高校に行くの?三島女子高校?」 「男子の制服着て通ってるのに女子高は無理 じゃないかなー」 「あっ、そうだね。でも、私達中学受験もま だなのに、早紀ちゃんは高校生なんだ」  …早紀ちゃんの事だと思って聞いてたけど、 そういえば中学二年なのは本当は私だったん だ。もうすぐ高校受験なんだ…何も考えてな かった。でも、中学校の勉強なんて全然して ない私には、中二の事なんてもう関係ないん だよね。このまま早紀ちゃんが中三まで通っ て、早紀ちゃんが高校受験するんだもん。私 には関係ないこと、早紀ちゃんの事なんだ。 早紀ちゃん、高校受験がんばってね。  絵理ちゃんちに着くと、みんなが自分の成 績を見ていた。 「あー、私も早く見たい」 「ねえねえ、薫ちゃんはここの数字どのくら いだったの?」 「うんと、54か55くらいだった」 「わー、すごーい」 「絵理ちゃんはもっとすごいよ、59だって」 「絵理ちゃんと薫ちゃん、すごい」  とりあえず絵理ちゃんの次に良かったみた い。うん、絵理ちゃんほどじゃないけど良か ったんだ、多分。でも絵理ちゃんすごいなー。  うちに帰ってから自分の部屋にいると、舞 がやってきて机の上に何か置いていった。内 本さんのお姉さんに撮ってもらった写真。近 所の顔を知ってる人達と撮った写真。私が小 学四年の女子として小学校に通っている写真。 この中で一番下級生として私が写っている写 真。私が舞の兄でも中学生でもないという証 拠。こういう思い出なら増えてくれないかな。 そういえば似た写真があったような。三年前 くらいの写真。少し探したら見つかったけど、 でもそれは私が一番年上の男の子として写っ ている写真だった。こんなのいらない。捨て てしまおう。机の中に、新しい写真を入れる。  十二月二十一日(金)  今日は終業式。結局十一月と十二月、修学 旅行以外はずっと小学校に通って二学期が終 わっちゃった。来年もこのままずっと千明ち ゃんや美幸ちゃんと一緒だといいなー。  早紀ちゃんに服を借りるのは今年はこれで 最後。冬休み中はみんなとすぐそのまま遊べ るんだよ。 「そうそう、期末試験の結果、昨日ようやく 出たんだよ」  見せてもらった成績表…二百六十五人中、 九十九番… 「社会が平均以下だったんだよね、ちょっと 残念…」 「…こんないい点数、お母さんに見せられな い…」 「いいじゃない、いい点数だったんだから」 「私、こんな点数絶対取れないもん」 「あっ、もう中学校には戻れなくなっちゃう って事?」 「…うん」 「もうこんなに長く小学校に通ってるんだか ら、このままずっと交代したまんまでいいじ ゃない」 「できればそうしてたいけど…そうしたい…」 「早紀ちゃん、高校受験するんでしょ?いい 点数とらなきゃね」 「うん、高校も私が通うから」 「でも、こんないい点数だとお母さんにばれ ちゃうかもしれない…」 「いいじゃない。もう戻れないんなら、ばれ ちゃっても」 「うーん…」  終業式のために体育館へ。二ヶ月も小学校 にいるから、結構他の学年の人も顔を覚えた。 もちろん前から知っている人もいる。五、六 年生で最近顔を覚えた人はなんの抵抗もなく 上級生なんだって思えるけど、前から知って る人は顔を見るとまだちょっと恥ずかしい。 でも、もう私が上級生だったなんて忘れなく ちゃ。なにより舞が上級生なんだもの。  その後、通知表をもらう。いちおう全部 「よくできました」でほっとした。でも 「最近元気がよくなってきましたが、物忘れ 等注意力が散漫になっています」なんて書い てある。これを早紀ちゃんに渡さないといけ ないんだ。  あとで早紀ちゃんと通知表を交換した時、 早紀ちゃんは何も言わなかったけど、すごく 恥ずかしい。で、中学校の通知表は、五はな かったけど4とか3とかついてる。こんない い通知表始めて。「最近とてもがんばってま すね」なんて書いてあるし。どうしよう。  うちに帰って、お母さんに見せたら、もち ろん大喜び。本当は私、小学校に通っている のに…。