山崎智美prj. 女の子気分 / 第二章 二学期(続き)  十一月二十六日(月)  …今日から中学校に通わないといけない。 やだなぁ。行きたくないなぁ。修学旅行前だ から勉強がないと言われても行きなくない。 なんで私だけがこんな目に合わないといけな いんだろう。  残り少しの教科書を早紀ちゃんに渡すため に千明ちゃんちに寄る。 「これで全部たよね。机の中、カバンの中、 全部見たし」 「うん、多分大丈夫。それじゃ修学旅行、私 の代わりにいっぱい見てきてね、薫ちゃん」  千明ちゃんのお姉さんと一緒に中学校へ向 かう。千明ちゃんのお姉さんと一緒に中学校 へ行くのは初めてかな?早紀ちゃんは毎日そ うしてたんだよね。そもそも、私が中学校に 行くのが一ヶ月振り。なんだかすごく遠い昔、 というより夢の中の出来事だったみたい。こ れも夢だといいのにな。 「高橋くん、おはよう」  私にあいさつしてくる人がいる…池田さん と酒井さんだ。今まで、って一ヵ月前だけど、 こんな事なかったのに。 「…おはよう」 「ん?やっぱり元の高橋くんに戻ったの?」 「そうなの。泊まり掛けでしょ、修学旅行」 「それは残念。まっ、高橋くんよろしくね」 「…どういうこと?」 「あら言わなかったかしら。中間試験の後く らいに早紀ちゃんの事この二人にばれちゃっ たんだけど、なんか仲良くなっちゃってね」 「早紀ちゃんっ名前だったっけ、小学四年な の?全然そんな感じしないのよね。確かにち ょっと幼くてかわいいけど、頭良くて同級生 みたいな感じもするし。学校では男子の制服 着て一生懸命男の子やっててかっこいいし、 なんか気に入っちゃった」 「金曜日も一緒に模試受けたんだよ」 「えー、それ私聞いてない、知ってたら私も 受けたのに。私に隠れて受験勉強?」 「あっ、ごめん圭子ちゃん。早紀ちゃんの方 ばかり気になってたから」 「でも高橋くん、ほんと小学生みたい。顔は ちょっと似てるけど、雰囲気は早紀ちゃんと 全然違う。こっちが小学生みたいだよね」 「男子の制服似合わないねー」 「小学校に通ってる間にこうなったみたい」 「中学生の中に混じって大丈夫かな?」 「圭子ちゃんが保護者なんだよね」  中学校の教室に着く。先週までの同級生と は全然違う、おっきい大人ばかりの教室。あ そこにいるのは野田くんと吉井くんなのかな。 あんなにおじさんみたいな顔だったのかなぁ。 知らないおじさんに見える。修学旅行前日だ から教室の雰囲気もいつもと違うのかな、一 ヵ月前の事がよく思い出せない。初めてきた ような気分。学校までこの制服着てくるのも 久し振り。黒のズボン、詰襟の重たい上着。 首が気持ち悪い。こんなの着て一日過ごすな んて。 「本物の高橋くんね?」  内本さんのお姉さんの方だ。 「話は妹から聞いてたわよ」 「あのう…席替えあったんですか?」 「あっ、あったわ。高橋くんはここ」  今日はまず学年集会で校長先生の話を聞く。 話が始まる前はみんなおしゃべりしてるけど、 私は一人でじっと膝を抱えて座ってるだけ。 男子の一番前に座っている私は、福井さん達 とは離れている。大人と全然変わらない人達 の中に、小さな私が囲まれている。学年集会 が終わり、ぞろぞろと歩いて教室に戻る。大 きな知らない中学生にもまれながら歩く。百 合園の文化祭に行くために電車に乗った時も こんな感じだった。でも、あの時はすぐそば に絵理ちゃんや千明ちゃんがいた。今日は私 一人。  教室では、まず荷物の確認をする。荷物と 言っても、必要なものは修学旅行のしおりに 全部書いてあるから、それをカバンに入れる だけじゃない。次に出発時間の確認をして、 注意事項を長々と確認して……みんな先週ま でに何度か聞いたことのようで退屈してる。 でも私にとっては今日初めて聞いたことばか り。もっとも行きたい旅行じゃないから熱心 に聞いてる訳じゃないけど。  明日の出発が早いから、今日は午前中で終 わり。一人でとぼとぼとおうちに帰る。一人 で帰るなんて一ヵ月振り。一人で帰るのがこ んなにつまらないなんて思わなかった。早く 帰っても、千明ちゃんも絵理ちゃんもまだ小 学校だから遊べない。明日早いから夕方遊び に行けない。中学校の宿題はない。小学校の 宿題もない…せっかく今まで毎日ちゃんと宿 題やって、学校でも勉強をしてきたのに、旅 行の間は何も出来ないんだ。小学校の授業も 進んでしまうんだろうな。せっかく今まで真 面目にやってきたのに。  十一月二十七日(火)  朝まだ暗いうちに駅に集合。電車に乗り、 新幹線へ乗り換えて大阪へ。新幹線での席は 男子の中、吉井くんの隣。吉井くんは通路側 としゃべってて、私の方なんか見ない。別に 話したくないからいいんだけど。トンネルと 林とたんぼばかりの窓の外を眺めている。  大阪について貸切りバスに乗る。バスはし ばらく高速道路を走る。バスの席は最後部、 私と千明ちゃんのお姉さん、内本さん、池田 さん、酒井さん。時々誰かが話かけてくるけ ど、なんとなく話題が合わない。千明ちゃん のお姉さんと内本さんのお姉さんとは、千明 ちゃんや内本さんに関係した話題でなんとか 話が合う。でも池田さんや酒井さんとはあま り合わない。だって中学校に一ヵ月もいなか ったんだもん。それでも話かけてくる。まる で私が早紀ちゃんであるかのように。そう、 ここでは私は早紀ちゃんの代わりなんだ。早 紀ちゃんがいないから私に話かけてくるんだ。 小学校でも偽早紀ちゃんって呼ばれてたけど、 中学校ではそれ以上に早紀ちゃんの代わりな んだ。昨日も早紀ちゃんが言ってたじゃない、 「私の代わりにいっぱい見てきてね」って。 修学旅行のしおりにも自分で調べた事が書き 込んであった。中学校で一生懸命勉強してた のは早紀ちゃんなんだし、勉強でも友達でも、 中学校に居場所があるのは早紀ちゃんであっ て、私じゃないんだ。私が座ってるこの場所 は早紀ちゃんのための場所なんだ。早紀ちゃ んにふさわしい場所なんだ。  最初は仁徳天皇陵周辺。広い敷地を班別行 動なんだけど、みんな結構ばらばら。私は一 応千明ちゃんのお姉さん達と一緒の班だけど、 大きな中学生に囲まれてるのはいやだから、 はぐれない程度にみんなから少し離れて、一 人で見て歩く。まずは仁徳天皇陵の前にある 看板をじっくり読む。別名「百舌鳥耳原中陵」 なのか。百舌鳥が飛び出したのか。メモしと こっと。  一人で見て回ってると、あまり時間がかか らない。まだ時間あるし、一周してこようか な、左に曲がって…なんかすごく遠くまであ る。時間かかりそうだからやめよっと。こっ ちの小さな古墳を一周するので我慢。  大阪の劇場のそばでバスを降りる。横の道 を見ると、小学生が下校している。もうそう いう時間なんだ。でも、小学生なのに制服着 てる。小学校に制服があるんだ。ああいう制 服ならいいな、千明ちゃん達と一緒にあの制 服着るとこ想像すると楽しいな。ここから抜 け出してあの小学生と一緒に遊びたいな、知 らない子でもあっちの方がいい……でも今私 が着てるのは男子の制服。おっきな中学生の 男子が着る服。あの女の子達の中には入れて もらえない。あっちの服の方を着たい。  旅館に到着。お風呂どうしよう。冬だから 汗かくわけじゃないし、一泊だけだったら入 らないで済ましたっていいんだけど、明日も あるもんなぁ。どうしよう。  部屋で座り込みながら考えてる。もちろん 男子の部屋。横では男子がテレビ見たり雑誌 読んだりトランプしてたり。時々怒鳴ってる ような声出したり暴れたりしてる。こんな部 屋いやだから廊下に出よう。廊下は立ってな きゃなんないけど、静かだからいい。でも寝 る時は戻らないといけない。それより、お風 呂どうしよう。時間ぎりぎりに行けば少ない かな。お風呂の時間はあと三十分、よし今の うちに。  思ったよりも人の少ない脱衣場の隅で隠れ るようにさっさと脱いで、浴場に入ると…う ちの中学の生徒は確かに少なかったけど、先 生や他のおじさん達が結構いた。湯船の中に は入らないでおこう。人の少なそうな隅に行 って座る。早く体洗って出よう。でも、私の すぐ隣にけむくじゃらのおじさんが座って体 を洗い始めた。なんでこんなおじさんが隣に くるの。今更別の所に行く訳にもいかないし、 三分で体を洗ってさっさとあがって、体をふ ききらないうちに服を着た。もういやだ。こ んな思いまでしてお風呂に入りたくない。  十一月二十八日(水)  今日は京都で班別行動。みんなについて行 くだけなんだけどな。パラパラとしおりをな がめる…いっぱい書き込んである。どうして 早紀ちゃんはこんな事にここまで興味持てる んだろう。私も千明ちゃん達と一緒に勉強し て中学生になる頃には、分かるようになって るのかな?今日ここにはやっぱり早紀ちゃん がくるべきだったんだ。そういえば今日は四 年の社会科見学だったはず。千明ちゃん達と 一緒に行きたかったな。どうしてこんなとこ にいるんだろう。  京都御苑に着く。ぼーっとしながら、みん なの後をついていく。 「おーい高橋、何してる。御所に入れなくて もここに来たいと言ってたのはお前じゃない か」  早紀ちゃん、そんな事言ってたんだ。早紀 ちゃんはここの何を見たかったんだろう。周 りを見回してみるけど、私には分からない。  そろそろおみやげ買わなきゃ。金曜の放課 後に会えるみんなにはお菓子持っていった方 がいいかな。早紀ちゃんと美幸ちゃんと礼子 ちゃんは何がいいかなぁ。 「小学校のみんなにおみやげ買ってくの?」  千明ちゃんのお姉さんが声をかけてきた。 「はい」 「千明はどんなの喜ぶかな。これいいかな」 「千明ちゃんはこっちの方が喜びそう」 「そうなの?趣味変わったのね」 「早紀ちゃんはどんなのがいいかなぁ」 「早紀ちゃんはねぇ、カメラ持ってきてよか ったんなら、お寺の中の写真いっぱい撮って 帰れば喜んだと思うんだけど。代わりになる ものないかな」 「絵はがきとかは?」 「いいのがあるかしら」  旅館に着いて、部屋に荷物を置く。晩ご飯 を食べた後はずっと廊下をうろつく。部屋に 戻ったってしょうがないもん。お風呂も入ら ない。トイレの洗面台で顔と腕だけ洗う。  自動販売機の前に椅子があるけど、そこも 人がいっぱい。他に座れる場所ないかな、人 が来そうにない場所。非常階段は…建物の外 だから寒い。しかたなく廊下を歩いていると、 千明ちゃんのお姉さんに会う。 「なんでこんなとこいるの?」 「私の部屋、あんまりいたくないから…」 「じゃあ私のとこに来ない?」  私と同じ班の女子と、別の班の女子の八人 がいる。千明ちゃんのお姉さんと内本さんの お姉さんは「知ってるお姉さん」だし、池田 さんと酒井さんもそう言えないこともない。 でも他の人は、同じクラスだから知ってはい るんだけど、こうやって少ない人数でいると 「知らない大きな女の人」って感じ。聞こえ てくる声は、千明ちゃん達とは少し違う大人 の声。私が入って来た時に池田さん達と一緒 に面白がる人もいたし、露骨に嫌な顔をする 人もいた。居心地のいい部屋という訳でもな いけど、男子の部屋よりは静かだし、聞こえ てくる会話もいくらか興味持てるし、よく知 ってる人もいるし、ずっとまし。旅行で疲れ たから眠くなってきた。眠りかけてる私を見 て内本さんのお姉さんが面白がっている。嫌 そうな顔してる人もいるけど、出ていけとは 言わない。このままここで寝ちゃおう。男子 の部屋よりここの方がいい…  十一月二十九日(木)  私、千明ちゃんのお姉さんの部屋で寝ちゃ ったんだ。別にそれでいいけど。でも荷物は 男子の部屋の方に置いてるから、取ってこな きゃ。  まだちょっと早い時間だから、みんな寝て いる。さっさと着替えて、荷物をまとめてい ると、吉井くんが起きた。 「あ、高橋、どこ行ってた。池田達のとこか」 「…うん」 「やっぱりそうか」  納得してまた寝てしまった。ふーん、納得 するような事なんだ。早紀ちゃんと池田さん 達はそんなに仲が良かったんだ。  夜真っ暗になって家に帰り着く。すごく眠 いけど、昨日お風呂入ってないから、お風呂 だけは入ってから寝よう。  十一月三十日(金)  今日はちょっと遅く登校。今日はうちから 直接中学校へ。月曜日は千明ちゃんちに寄っ たし、火曜日は駅に行ったし、この道通るの 久し振り。遅い時間だから、登校路に小学生 はいない。  今日は旅行での感想や記録を書く事になっ ている。一応私も行ったんだから少しは書け るけど、中学生の感想文の書き方ってどんな のかなぁ。私なんかが書いたら変に思われな いかなぁ……だって私は早紀ちゃんの代わり に過ぎないんだし。 「どうだ、高橋。書きたいことが多過ぎて書 けないか?忘れないうちに書いた方がいいが、 後で色々考えて感じる感想というのもあるか らな。慌てなくていいぞ、今日の提出じゃな いんだから」  早紀ちゃんなら、書きたい事が多過ぎて書 けないくらいかもしれない…先生もそう思っ てるんだ。この中学校で勉強してるのは私じ ゃなくて早紀ちゃんなんだ。  放課後、急いでうちに帰って、おみやげ持 って絵理ちゃんちへ急ぐ。公園を通ってると 千明ちゃんがいた。 「あっ、千明ちゃん、今来たの?」  その横に美幸ちゃんがいた。美幸ちゃんっ て、家がここからは結構遠いから来れないん じゃなかったっけ… 「偽早紀ちゃんお願い、小学校に戻ってきて」  泣きだしそうな声で言いながら抱きついて きた。 「早紀ちゃんがね、全然遊んでくれないの。 休み時間ずっと本読んでるの。お話してても つまんないの。なんだか先生よりも大人みた いで、こわいくらいなの。前から早紀ちゃん てあんな感じだったんだけど…久し振りに本 物早紀ちゃんに会ったのに全然楽しくないん だもん、偽早紀の方が楽しかったもん。お願 い、早く戻ってきて」 「うん…できれば来週から戻りたいな…」 「来週からだよね、お願い」