山崎智美prj. 女の子気分 / 第二章 二学期(続き)  十一月一日(木)  しばらく小学校に通うのに、千明ちゃんち まではやっぱり男子の制服着ていかなきゃい けない。なんとかなんないかなぁ。  千明ちゃんちで着替えて、小学校へ。 「おはよう、偽早紀ちゃん。小学校くるの今 日までだったっけ?」 「そのつもりだったんだけど、早紀ちゃんが まだ中学校通いたいっていうから、まだしば らく小学校に通うことになったの」 「早紀ちゃん、物好きねぇ。でも偽早紀ちゃ んとまだ遊べるんだね」 「うんっ」  今朝の小テストは算数。今度は間違えない ようにしないと。早紀ちゃんの代わりなんだ し、普通の小学四年並の点数になっちゃった ら私自身情けないもの。  授業の間の休み時間、大抵は千明ちゃん美 幸ちゃん礼子ちゃんとおしゃべりしてるけど、 礼子ちゃんのおかげで他の女子とも少しはお しゃべりするようになった。段々とお友達が 増えていってうれしいな。中学校では友達な んていなかったのにね。  掃除の時間、場所は教室。千明ちゃんも美 幸ちゃんも礼子ちゃんも別の掃除班、ちょっ と心細い。横では男子がチャンバラやってる。 それを横目で見ながら、女子三人で集まって せっせと掃除をする。一緒に掃除をしている 鶴岡さん、クラスで一番背が低いのかな?田 畑さんも大きい方じゃないし、こうやって近 くにいると自分が巨人になったみたいで変な 感じ。こんなに大きいとちょっといやだな。  掃除が終わって、ベランダの雑巾かけに雑 巾をかけてると、体育館にぞろぞろと人が入 ってるのが窓から見えた。見た事ある人達だ、 と思ってたら内本さんの妹、それに舞もいる。 六年生だ…前から分かってた事だけど、こう やって実際に舞を学校で見ると、舞と同じ小 学校に通っる、そして舞は六年生、私は四年 の教室から四年生に混じって舞達を見てる… 別にそれでいいんだけど… 「…六年生、何かあるのかな?」 「修学旅行じゃないの?」と鶴岡さん。 「しゅうがくりょこう、って何?」 「二日がかりの社会科見学みたいなもの、だ ったかな?」 「そういえば私達の社会科見学っていつ?」 「今月だったと思うけど…」  舞は修学旅行かぁ、六年生だからね…。そ んなことどうでもいいや、それより、四年の 社会科見学がもうすぐなんだ、私もみんなと 一緒に行きたいなぁ、行けるといいなぁ。  昨日提出した算数の宿題を返してもらった …全部丸、満点。よかったぁ。小テストも満 点。小学四年の問題でも満点だとうれしいな、 満点なんてほとんど取ったことないんだもの。  小学校が終わって、千明ちゃんちへ。早紀 ちゃんは着替えると、ピアノのお稽古に行っ ちゃった。私は千明ちゃんのお姉さんの服を 借りる。 「あっ、試験終わったから、うちに戻って着 替えても良かったかな」 「明日からはそうすればいいわね」  着替えると、千明ちゃんと一緒に絵理ちゃ んちへ。 「薫ちゃん、小学校に通うの今日まで?」 「あれ?言わなかったっけ?早紀ちゃんまだ しばらく中学校に通いたいって」 「じゃあ、薫ちゃんもしばらくは小学四年生 なんだ」 「よかったね」 「これでみんな同じ四年生だね」 「うん、すごくうれしい」  ずっと一緒だともっといいんだけどな… 「あのね、お姉ちゃんがね、模試受けてみな いって言ってるんだけど」 「もし、って何?」 「ようするにテストなんだけど…」 「えーやだー」 「でも百合園入りたかったら、勉強して、模 試受けて、確実に合格するようにならなきゃ ダメだって」 「塾入らないとダメなのね…」 「みんなに一緒に入ろうよ、ね。絵理ちゃん とこのお姉さんも薫ちゃんとこのお姉ちゃん も同じ塾に行ってるんでしょ?」 「とりあえず模試受けようよ」 「十一月二十三日だって」 「じゅけんりょうさんぜんえん…三千円もい るの?」 「お母さんにお願いしなきゃ…」  小学四年の模試受けるなんてお母さんに言 えない……貯金箱にはいくら入ってたかなぁ。  十一月三日(土)  今日はお休み。今日はどれ着ようかな…… 舞にもらった服、まだ着てなかった。これに しよう。……実際に着てみるとそれほどでも ないなぁ、絵がちょっとかわいいトレーナー ってだけだよね。それでも、ちょっとドキド キしながら居間へ。 「休みだからってあんまり遅くまで寝てるん じゃありませんよ」 「はーい」 「はい、朝ご飯ね」  お母さんがこっちを向く…少しジロジロと 見て 「それ、舞からもらった服?」 「…うん」 「小学生みたいじゃないの。舞より小さいの は分かるけど、もう少し中学生らしく見える ようにしなさいね。それじゃ舞の方がお姉さ んに見えるじゃない」 「…うん」  ご飯を食べおわった頃、玄関が騒がしくな った。舞の友達らしい。 「かおるー、こっち来なさーい」 「本当に舞の方がお姉さんみたいね」  お母さんはそう言いながら台所からジュー スとコップを持ってきた。 「ついでだから持って行ってね」  舞の部屋に行くと、内本さんの妹と今村さ んとかいう人と、全部で三人。みんな内海小 の六年生。こないだ四年の教室から見た人達。 それを思い出すと、みんな上級生に見えて中 に入るの緊張しちゃう。だけどうちの中だと、 私の方が大きかった頃も思い出すし、変な感 じ。どんなあいさつをしたらいいんだろう… 「…こんにちは」 「薫ちゃんおいで、いい子だねぇー」 「ねえねえ、美穂ちゃんから聞いたんだけど、 今小学校に来てるんだって?」 「私もそれお姉ちゃんから聞いた。もしかし て今週のクラブの時にいたの、薫ちゃん?」  …舞の前でそんな事いうなんて。お母さん に聞こえないかな… 「…あんたまたやってるの?」  思いっきり馬鹿にしたような目で私を見る。 とうとう舞に知られちゃったんだ。 「小学四年なんだってね」 「今度学校に会おうね」 「先生にばれると困るんですけど…」 「私のお下がり着といて、今更そんな事」 「妹がいるとそういう楽しみがあるんだ、い いなぁ。着せ替え人形みたいだね」 「ほんと、かわいいお人形さんみたいだね、 こっちおいで」  言われるままに、内本さんの隣にいく。 「私のお姉ちゃんと同級生だったあの男の人 だなんてちょっと信じられないよね。春に見 た時よりもちいさくなったみたい」 「ほんと、ここ半年で小学生みたいになった のよ。一年前はちょっとだけど私より大きか ったはずなのに」 「何年か前はすごく年上に見えたのに、今じ ゃ私達の方がお姉さんだよね」  内本さんも今村さんも家は近いし、舞と仲 がいいし、小学一年の時からよく知ってた。 二三年前まで小さい女の子だと思っていたの に、私の方が下級生になっちゃった…千明ち ゃん達と一緒になれるんだから、そんな事ど うだっていいじゃない。なんで昔の事なんて 思い出すんだろう、なんであの時私の方が大 きかったんだろう… 「薫ちゃんは四年何組なの?」 「…四組です」 「私も四年の時は四組だったのよ。あの教室 を今薫ちゃんが使ってるんだ。そういう話を 聞くと、自分がすごく大人になったようでう れしいな」  私はようやく二年前の内本さんや舞と同じ になったんだ…二年前は私が六年生だったな んて、どうして思い出すんだろう…  みんなは修学旅行のしおりを取り出して、 買い物の確認を始めた。修学旅行の買い物の ために集まったんだ。修学旅行の話なんて私 には関係ない事、私がいたら悪いような…で も内本さんが私を抱いてはなさない。 「そろそろ行くわよ」  お母さんの声がした。みんな部屋から出る。 「薫ちゃんも一緒にいこう」  そんなこと言われても……お母さんの方を ちらっと見る。 「どうするの?…そういえば中学校も修学旅 行じゃなかった?」  …そんな事、千明ちゃんのお姉さんからも 早紀ちゃんからも聞いてない… 「…まだ先だけど…」 「薫はカバン持ってるじゃない」 「そうね、あれはまだ使えるわね……そうだ、 靴はそろそろ買わないとね、ついでに行って 買いましょう」 「…うん」  近くの百貨店に行く。まずは旅行かばん。 「一泊なんだし、そんなに大きくなくていい でしょ?」 「えー、でもー」 「何を入れるの?」  お母さんと舞たちが話してるのを、私は横 でじっと黙って見ているだけ。立ってるから か、舞がずいぶん大きくなったんだって感じ る。  次は下着売り場。もちろん女の子用。私は 入っていいのか悪いのか、なんだかよく分か らない。お母さんもいるし。早紀ちゃんに借 りてここ四日着てたものなんだけど… 「一泊なんだから今持ってる分で十分なんだ けどねぇ。まあ修学旅行に揃えるというのも よくある話だし…」  そう言いながら行く先はブラジャー売り場。 少し離れた場所にいた私に、内本さんが囁き かける。 「薫ちゃんはまだまだよねっ。でもお姉さん と一緒に見ておこうね」  そう言って私を売り場内に連れ込んだ。 「んー、どれにしたらいいんだろう」 「まだつけた事ないの?」 「はい、おばさん…」 「じゃあ、こういうのにしたら?」 「んー」 「まだ揺れて困るほどじゃないんでしょ?無 理に大きいのをつけてもきついだけよ。旅行 中でもあるんだし」 「はい…」  下着売り場を出て、しばらくお母さんは周 りを見回した後、近くにいた店員に尋ねた。 「靴売り場はどこでしょう…」 「婦人靴でしょうか?」 「いえ、この子の靴なんですけれど」 「女の子の靴はそこを曲がって、まっすぐ進 んで突き当たりにございます」 「いえ、男の子なんです」 「あらすみません、弟さんでしたのね。女の 子の靴の左手にございます」  靴売り場へ向かう。 「弟さんって言われちゃったじゃない。悔し かったら、ご飯食べて運動して大きくなんな きゃ。もう中二だから紳士靴売り場でもいい くらいなんだけどねぇ。でもサイズがないか しら」  別に悔しくなんかないもん…  靴売り場へ行く。 「サイズは今いくつ?」 「今はいてるのは二十三・五だけど…」 「じゃあもう少し大きいのがいい?」  そういえば、千明ちゃん達ってもっと小さ な靴はいてた。みんな背もちいさいんだけど、 私一人だけ妙に大きいって思った。それに… 「でもこれガボガボ。もうちょっとピッタリ の方がいい」  ということで試しにはいて、二十一・五が ちょっときついくらいかな。 「これでいい」 「かわいい靴だね」と今村さん。  みんなでお昼ご飯を食べる。六年生が三人 もいてみんな楽しそうにおしゃべりしてる中、 私一人だけ学年が違うからもくもくと食べて る…そして私一人だけ男の子。お母さんがい るとそんな事まで思い出しちゃう。  内本さんと今村さんは帰り道の途中でお別 れ。 「バイバイ薫ちゃん、また今度ねっ。おばさ んありがとうございました。舞ちゃん、バイ バイ」 「薫、お前がしゃんとしてないから、みんな に年下扱いされてるじゃない。しょうがない わね」  舞はこっちを見ずにすたすた歩いていく。  お買い物で遅くなったけど、絵理ちゃんち へ。 「今日は遅かったわね」 「んとね、舞が…」  …向こうに美穂さんがいる。美穂さんと塾 の同級生の舞を呼び捨てにする訳にもいかな い。恥ずかしくて言いたくないんだけど、小 さな声で、我慢して… 「…お姉ちゃん…が修学旅行のカバンとか買 いに行くのに付き合わされたの」 「うん、内海小は来週修学旅行なんだってね」 「しゅうがくりょこう、って?」 「六年生になったら、泊まり掛けの旅行に行 くんだよ」 「じゃあ、六年になったらみんなで行けるん だね」 「私と薫ちゃんは小学校違うから一緒には行 けないよー」 「一緒がいいなー」  絵理ちゃん達はともかくとして、千明ちゃ んと一緒に行けたらいいんだけどなぁ。 「そうだ、こないだ言ってた模試、手続きし てきたわよ。これ、受験票ね。なくさないよ うにね。当日ちゃんと持ってくるのよ」 「はーい」  美穂さんから受験票を受け取って、しばら く眺める。『小学四年 実力判定テスト』、 その下の氏名欄には『高橋 薫』。早紀ちゃ んの名前じゃない、私の名前だ。早紀ちゃん の代わりじゃなくて、私自身のために受ける んだ…  十一月五日(月) 「おはよー、偽早紀ちゃん」 「おはよう、美幸ちゃん」  千明ちゃんは昨日も会ってるけど、美幸ち ゃんや礼子ちゃんは三日振り。今週もみんな と会えて嬉しいな。  学校に来るのがすごく楽しい。千明ちゃん は放課後毎日会ってるんだけど、それでも小 学校に来れば一日中会えるし、美幸ちゃんや 礼子ちゃんにも会えるし、そんなにお話する 訳じゃないけど田畑さんや鶴岡さんとも一日 中同じ教室だし。早紀ちゃんに代わってもら って、本当に良かった。  朝の小テスト。今日は漢字の問題。私にと ってそんなに難しい問題という訳じゃないん だけど、一問も間違えられないんだから、と ても緊張する。  一時間目、二時間目が終わって、月曜の今 日は全校集会。みんな並んで体育館に行く。  全校だから、当然舞達もいる。間に五年生 の列があるから遠いんだけど、その向こうに 舞達が見える。向こうも私に気付いてるみた いで、私を指差してる人もいる。…四年前も、 私はこの辺にいたけど、あの時に五年や六年 の列を見て、すごく大人に見えた。今そこに 舞達がいる。舞達がすごく偉いように見える。 あの時は舞達は二年、あっちにいる小さい子 達のところにいたのに…それじゃ、今横にい る五年生はあの時一年生、私はそれより下級 生に…今目の前にいる四年四組の同級生は、 あの時まだ幼稚園児だったの?まるで四年の 頃の私が、全校集会で四年の列を離れて幼稚 園児の列に並びなおしたような気分…そう思 うと自分が何かとんでもない事をしてるよう な気がしてきた…でももう全校集会は始まっ て、この列から動けない。この列で静かに座 って先生の話を聞くだけ。私が四年の時に幼 稚園児だったみんなが同級生になって、一年 生だった人がとなりの五年の列にいるんだ。 …千明ちゃんが前に言ってたはず、だから早 くから分かってた。だけどそんな事すぐに忘 れて気にしないようにしてた。でも、こうい う時にどうしても思い出しちゃう。  先生方の、六年生の修学旅行とか寄り道し ちゃいけないとか、そういう話があったよう な気がしたけど全然覚えてない。全校集会が 終わって教室に帰る。  教室に帰っても、みんなが幼稚園児からち ょっと大きくなっただけの子供に見える、そ んな中に私は混じってるんだ… 「まだ時間あるよ、こっちおいでよ」 …千明ちゃんだ。千明ちゃんも私が四年の時 は幼稚園児だった…でも大好き。一緒に遊ん でたいし、一緒の教室にいたい。千明ちゃん 達と一緒になれるんなら幼稚園児の列にだっ て並びなおす。それでいいの。 「うん、そっちいくっ」  国語の時間。教科書の「市の旗を調べよう」 というページを一通り終えた時。 「それではみんなも鴨中市について色々調べ て見ましょう」  教室の中が騒がしくなる。 「調べた結果をまとめて、来週木曜の父母参 観の日に発表してもらいます」 「えー」「そんなー」  父母参観って、早紀ちゃんのお母さんくる のかなぁ。それってちょっと困るんだけど… でもまだ先の話だし、大丈夫かな。 「まず三グループに分けます。そうですね… じゃあ今ある班で、二班で一グループになり ましょう。席を引っつけてください」  私は千明ちゃんのいる班と一緒になれた。 よかった。 「調べる事は…」先生は黒板に書きながら 「農業漁業、お祭り、古い建物、この三つの 事を調べます」  代表のじゃんけんで、うちは農業漁業に。 「では明日から、図書館で調べてもらいます」  朝の小テストを返してもらう。一問だけ間 違ってた。一問だけなんだけど、早紀ちゃん だったら満点なんだろうし、四年の漢字の問 題なんだし、ちょっと落ち込んじゃう。今度 は満点取れるようにがんばらなきゃ。  学校が終わって、千明ちゃんちで着替える。 「早紀ちゃん、試験の点数どうだったの?」 「まだ英語と地理しか分かってない」  そんなに嬉しそうな顔じゃない早紀ちゃん。 「私見せてもらったけど、良かったじゃない の。英語は平均点より2点良かったし、地理 もあわてて勉強した割にはよく出来てたわよ。 薫ちゃんはどうなの?」 「…一問間違えるくらい…満点はやっぱり難 しいかなぁ…」  晩ご飯を食べた後、宿題をやる。今日は漢 字の書き取り。今日の小テストで1問間違っ たのが心に残ってるから、真面目に書き取り をやる。  十一月六日(火)  朝、舞が大きなかばんに詰め込んでいる。 「今日から修学旅行?」 「出発は明日。今日は荷物の確認なの」  ふーん、明日と明後日、舞はいないんだ。 小学校にもいない訳だから、会う心配もない し、ちょっと気が楽になるかな?  昨日の国語の時間に決まった「鴨中市の農 業漁業」の事を三時間目と四時間目に図書室 で調べる。『鴨中市の統計』という本を見て、 鴨中市でどんなものがとれるのかをノートに 書き出す。 「鴨中にたんぼなんてあったっけ?」 「しらなーい」 「キャベツ畑も見たことなーい」  …私も見たことない。 「そういえば見た事ないよねぇ、不思議だね。 不思議に思った事はノートに書いて赤鉛筆で 目印を付けておきましょうね」 「はーい」  ふと横を見ると千明ちゃんが本棚の所で何 か見てる。 「何してるの?」 「ん、なんでもないの」 「ほらほら福井さん、真面目にやりなさいね」  先生に叱られてる。  給食の時間が終わって、何しようかなと考 えてると、千明ちゃんが 「図書室行こうよ」 というから、私と美幸ちゃんと三人で図書室 へ。  お昼休みの図書室、もっと混んでると思っ たんだけど、意外と人が少ない。六年生が明 日から修学旅行だからかな? 「面白いもの見つけちゃったんだよ」  『鴨中市の統計』や『鴨中の祭り』のある 棚の隣から引っ張り出した本は…二年前の卒 業アルバム。 「いやっ、そんなの見たくないっ」 「えー、じゃあ私だけで見よっと」 「私も見せてー」  あー、美幸ちゃんまで見てる。そんなのや だよぉ。 「薫ちゃんはどこだ…わー、男の子みたい」 「ほんとだー、もっとかわいい格好すればい いのにー」  卒業アルバムに後から貼り付けてある卒業 式当日の写真を見てる。私は男の子用のスー ツを着て写っているはず… 「だって、お母さんがそれ着なさいって言っ たんだもん」  どうしてあの時言われるままにあんな服を 着ちゃったんだろう、思い出しただけでいや になってくる。 「私、そんなこと言われたって着ないもん」  普通はそうだよねぇ… 「これは運動会の写真ね、これは修学旅行か な?…でも、薫ちゃんがお姉ちゃんと一緒に 写真に写ってるのも、なんだか変な感じ。お 姉ちゃんと同級生だったなんて信じられない よね。間違って卒業式の写真に写っちゃった みたい」 「これ二年前のだよね…へー、二年前に六年 生やってたんだ、ほんと信じられない」  千明ちゃんのお姉さんとは今でも一応同級 生なんだけど…自分でも変な感じ。今こうや って千明ちゃんと一緒にいるのに、お姉さん の方と同級生だなんて… 「えっと、つまり私達が二年生の時に六年生 だったの?偽早紀ちゃんが?背は確かに高い けど、偽早紀ちゃんが二年生の時に六年生の 中にいたなんて絶対変だよねー」  …確かに変だよね、背は高いけど頭は良く ないし、二年生の私が六年生の中にいるなん て変だよね。なんで六年生のクラスに通った んだろう。何も楽しい事なかったのに。 「でも、二年前にこの学校にいたんなら、そ の時から毎日一緒に遊べたはずだよね」 「そうなのよー」 「休み時間だけでも二年の教室に遊びにくれ ば良かったのに」  六年生の時から二年の教室に…変かな…そ んなことない、六年の教室にいた事の方が変 なのよ、六年の教室に紛れ込んでた私が二年 の教室に戻るだけ、それが普通じゃない、そ うしてればあの時からみんなと一緒にいられ たのに、あの時から楽しい思いが出来たはず なのに… 「…そうすれば良かった。もっと早くからみ んなと同じ教室にいたかった、運動会ももっ と早くからみんなと一緒にやりたかった、そ んな卒業式に出ないで、修学旅行も行かない で、みんなと一緒にいればよかった、そんな 卒業式の事忘れたい、みんなより上級生だっ た事なんて忘れたい、二年前の思い出には千 明ちゃんも美幸ちゃんもいないんだもの…」 「あー、千明ちゃんがいじめるから泣いちゃ ったじゃない」 「ごめんね薫ちゃん、そんなつもりじゃなか ったの、二年前にクラスは違うけどこの小学 校にいたのが嬉しかっただけなの」 「一緒にいたはずなのに会えなかった…」 「んー、えーとねぇー」 「今まで一緒に遊びそこねた分、思いっきり 遊ぼっ、思い出なら私が作ってあげるっ」 「…ありがとう」 「さっ、まだ時間あるからあそぼ」  十一月七日(水)  今日は舞の修学旅行出発の日。大きな荷物 を持った舞が、私を見ると近寄ってきて 「私が留守の間、勝手に私の部屋に入ったり しないでよ」 「…うん」  今日はちょっぴり雨降り。早紀ちゃんの赤 い傘をさして登校。なんだかうれしいな。  小学校に着くと大きなカバンを持って傘を さしている六年生がたくさんいる。修学旅行 ねぇ、二年前に私も…やだ、思い出したくな い。私は千明ちゃん達と一緒に四年の教室に 行くのに。  朝の小テストの時間、雨の中をバスが出て いくのが教室の窓から見えた。なぜかほっと する。  国語の時間。 「昨日調べた事、その時に感じた疑問がたく さんあると思います。みんなでそれを出し合 って、各グループでそれをまとめてください」  うちは農業漁業だから、作物別にまとめる。 鴨中市だけでもいろいろあるなぁ。 「はい、大体終わりましたね?農業だったら 作物がいくつかありますね。祭りや建物もい くつかあります。それをみんなで手分けして 調べましょう。今のグループの中で、三四人 で一組になって、作物や祭りや建物をひとつ 選んで、それを調べます。父母参観の時には、 一組三分から五分程度で発表してもらいます」  三人組を作るために教室内大騒ぎ。私はも ちろん千明ちゃんと美幸ちゃんとで一組、で 決まり。 「どの作物がいい?」 「んー、どれがいいかなぁ」 「早くしないと他の人達が取っちゃうよー」 「お米なら簡単だろうから、お米にするっ」  千明ちゃんの一言で決まり。 「それでは次の時間、みんなが感じた疑問を 図書館で手分けして調べてください」  次の時間、みんなが出した疑問のうちお米 について図書館で調べる。 「最初に調べるのは…『鴨中市のどこにたん ぼがあるの?』」 「私しらなーい」 「…美幸ちゃん、だから調べなきゃなんない のよ」 「どうやったら分かるのかなー」 「地図見たら分かるんじゃないかな?」 と千明ちゃんが言うので、鴨中市の地図を探 してきて見る… 「たんぼなんて書いてないじゃない」 「…でもあるんでしょ?」 「わかんないよぉ」 「百ヘクタールあるって、こないだ見た本に 書いてあったじゃない」 「百ヘクタールってどのくらい?」 「…百万平方メートル」 「早紀ちゃん、それ余計分かんない」 「じゃえーと」 「…一平方キロメートル」  …千明ちゃんに先に答えられてしまった。 「一キロメートルの正方形?」 「どこにそんなにあるの?」 「わかんないよー。もう後回しにしよっ」 と千明ちゃんが言うんで、次を読む。 「『私達の食べてるご飯の中に鴨中市で作っ たお米は入ってるの?』だって」 「そんなのどうやったらわかるの?」 「次は?」 「『お米を作ってる人はどんな人ですか?』」 「…農家の人じゃない」 「『何人の人が作っているのですか?』」 「わかんないよー」 「そういうのって、昨日見た本に載ってるん じゃないかな?」  千明ちゃんが言うんで本棚の方を見ると… 「…その本、他の人達が使ってる」  しばらく待ってその本を見る…けど、漢字 が多くて意味が分からない。 「農業従事者数…」 「でも農業ってお米以外にもあるじゃない」 「そうだよねぇ…」 「ねえねえ、こっちにこんな本があるよっ」  美幸ちゃんが探して出してきた本は『鴨中 の農業』。 「えーと、どこを見れば…」  …さっきよりもっと漢字ばっかり。 「ここはキャベツのページじゃない、目次見 ようよ」 「目次は…お米なんて書いてないよ」 「…これこれ、この『稲』って字がお米の意 味なんだよ」 「さっすが早紀ちゃん」  ふふーんだ、一応中学に通ってたからねっ。 「でもこれ、難しくて読めないよ」  美幸ちゃんと私がしばらく眺めてたけど、 難しくてあきらめてしまう。後は千明ちゃん が一人で一生懸命読んでる。途中で本を抱え て先生の所まで聞きに行ってる……先生に聞 きに行くのかぁ、先生にばれるかも知れない から私はちょっと行きにくいしねぇ。千明ち ゃんがにこにこしながら戻ってきて 「分かったわよ、このページに書いてあるこ とノートに書き写さなきゃ」 「千明ちゃんすごーい」 「でもさっき後回しにしたのが残ってるのよ ねぇ」  授業時間が終わりに近づいた。 「今日調べてもどうしても分からなかった事 があると思います。それについては、明日の 午後、質問の時間を用意してあります。農業 にとても詳しい方、祭りにとても詳しい方、 古い建物にとしても詳しい方に学校まで来て 頂いて、みんなの質問に答えていただきます」  お昼休み時間。 「ねえ、今六年生はいないんでしょ?」  美幸ちゃんが話しかけてくる。 「うん、修学旅行だから」 「だれもいないんでしょ?なんか面白そうだ から行ってみようよ」 「…いいの?」 「だれもいないんだから大丈夫だって」 「カギかかってるんじゃないかなー」  千明ちゃん一緒に、六年の教室がある建物 へ。もちろんだれもいない。戸を開けようと するけど、開かない。 「ほら、カギかかってるじゃない」  美幸ちゃんは他の組の戸や窓をひとつずつ 試していく…… 「ほら開いた」  六年二組の戸が開いた…ここって舞の組だ よね。三人で誰もいない教室に、足音がしな いように静かに入る。四年生が六年の教室に 忍びこんじゃいけないよね、やっぱり。話す るのも小さな声で。 「だれもいない教室って不思議な感じよね」  雨降りで暗くてひんやりした中、教室の後 ろに三人固まって座り込む。 「なんか、やっぱり六年の教室って感じがす るね」 「そう?四年の教室と同じだと思うけど」 「壁に貼ってあるものとか、棚に入ってるも のとか、黒板に書いてある事とか、違うと思 うけど。薫ちゃんはどう思う?」 「…私もそう思う」  私達の教室より、やっぱり上級生って感じ がする。舞はここで勉強してるんだよね、今 の私より難しい勉強を。 「この教室、私達が二年後に使うんだよね」 「隣かもしれないけど」  二年後…二年後も千明ちゃん達と一緒だと いいな。 「ねえ、偽早紀ちゃんはやっぱり偽早紀ちゃ んなんだねー」 「…どうして?」 「さっき図書館でみたいに『みんなで調べま しょう』という時、早紀ちゃんなら一人でど んどんやっちゃうもの。私なーんにもしなく ていいから、らくちん」 「美幸ちゃん、わるいんだー」 「早紀ちゃんがやってるのをぼーっと見てる だけ、だもん」 「薫ちゃんは早紀ちゃんみたいに全部はやっ てくれないもんね」 「…だって、何すればいいか分かんないんだ もん。出来ないんだもん」 「私、図書館であんなに本探したり読んだり したの初めて」 「あれっぽっちで『あんなに』なの?」  早紀ちゃんてそうなんだ。見た目は似てる のに全然違う。さっきも一生懸命調べてたの は、どっちかというと千明ちゃんの方で、私 は美幸ちゃんと一緒に分かんないって言って るだけだったような気がする。小テストも時 々間違えるし、私ってほんとに普通の小学四 年生みたい…  お昼休みの終わりが近づいたので教室から 出る。 「廊下にも誰もいないし、この階全部独り占 めした気分だね」 「独り占めって、他の教室は戸が開かなくて 入れないのに」  隣の教室が目に入る。六年三組…二年前、 私はここの中にいたんだ…教室を目の前にす ると色々思い出すけど、そんなに仲のいい友 達もいなかったし、楽しい事もそんなになか ったし、勉強も全然覚えてないし。本当にこ んなとこいないで千明ちゃん達の所にいけば 良かった。もう思い出したくない。私こんな とこ知らない。どうせカギかかってるんだし、 六年生がいる時には入れないんだし、私がこ こに入るのは二年後。  晩ご飯、舞はいない。一人っ子の晩ご飯っ てこんな感じなのかな?でもお母さんは「舞 の分まで食べなさい」とか無茶言ってるけど。  舞がいないからテレビは好きなチャンネル に出来るはずなんだけど、お母さんの目の前 で自分で選んで「プリンセス・レモン」を見 る訳にもいかないし…いつも舞が選んでるの を見てるし、いつも舞が「つまんない」と言 ってテレビ消したら宿題する事になってるし。 私って舞にこんなに頼ってたんだ…  十一月八日(木)  国語の時間。 「今日の午後、それぞれの事に詳しい方六人 に来て頂いて、みんなに質問をしてもらいま す。十一組もありますし質問も多いようです から時間があまりありません。まずは役割分 担をしましょう。質問係をまず決めてくださ い」 「他の人は何するんですか?」 「質問の答えをノートに書いてください。あ と、父母参観の時に発表する係になってもら います」 「えー」  私達の組は、質問係は千明ちゃんに。 「質問する時は、相手に何を聞きたいのかす ぐ分かるように質問しなければいけません。 質問文を前もって考えておきましょう。もち ろん、質問の答えを聞いてから新しい疑問が 生まれたら質問してもいいです。でも今のう ちから質問すると決めてる事はきちんとまと めておきましょう」  三人で質問文を相談して決める…と言って も、なんだか千明ちゃんが決めてるようなも の。私一応早紀ちゃんの代わりだし、一応中 学に通ってた私が千明ちゃん任せだなんて悪 い気もするし、何かやりたいんだけど…質問 係、私がやれば良かったかな。  そして午後、六人の大人の人が教室に入っ てきた……あっあの人、中学の同級生の野田 くんのお父さんだ。 「みなさんが今まで鴨中市の事について調べ てきて、どうしても分からなかった事がいく つかありました。今日はそれについて質問し てもらいます。その質問に答えて頂く方々を 紹介します。まず農業について答えて頂くの は、鴨中農協の石井さんです。漁業について は鴨中漁協の藤井さん、内海神社大祭につい ては実行委員長の野田さん、鴨中祭りについ ては…」  そういえば野田くんのお父さんって、去年 の祭りの時にはテントの中央でドンと座って たなぁ。知ってる人が来るなんて……でも私 の事は知らないかな?今は早紀ちゃんの代わ りで女の子の服着てるし、私達が質問するの は別の人だし。でも、こうやって小学四年生 の中に混じって大人を見ると、本当に大きく 見える。 「それでは、まずは農業です。はっきり聞こ えるように大きな声で質問してくださいね。 まずは福井さん達の組から」  千明ちゃんが一番最初になっちゃった。ち ょっとびっくりしたみたい。 「は…はい。」  気を落ちつかせるためか、少し間を置いて。 メモ係の私は 「えっと、鴨中市には百ヘクタールもたんぼ があると本に書いてあったんですけど、私達 は全然見た事がないです」 「うん、内海小のみんなは見た事がないかも しれないね。鴨中川のずっと上流、武田山の 山奥にあるんだよ。内海から見れば、笹内町 のたんぼの続きに見えるかもしれないね」 「百ヘクタールもあるはずなのに、地図を見 たけどよく分からなかったんです」 「百ヘクタールと言ってもまとめてドンとあ る訳じゃないんだよ。谷の間に細いたんぼが 細切れに続いてるから、大きな地図じゃない と細くて描けないくらいだろうね」  千明ちゃんの質問は順調に進む。こうやっ て見てると、千明ちゃんってかっこいいなぁ。 一生懸命やってる千明ちゃん見てると、すご く大人に見える。千明ちゃんなんかと比べる と、私なんか普通の小学生にしか見えないだ ろうな…いいもん、どうせ小学校に通ってる んだし。  学校が終わって、近道しようと千明ちゃん と一緒に学校の裏を通っていたら、上級生ら しき人達三人がやってきた…六年は修学旅行 だから、五年生ね。 「あなた、四年の高見早紀ね」 「…はい」 「あなた、こないだ中学二年の問題集を買っ てたわね。まだ四年のくせにそんな勉強して るなんて生意気ね」 「中学の模試のパンフも持って帰ってたのよ」 「私達が中学受験の参考書を買いに来てるの に、四年のあんたが中学生気取りで本屋をう ろついてるのって、すごく気にさわるのよね」  …私、今まで自分で問題集なんて買った事 ないんだけど…もしかして早紀ちゃんが買っ たのかな? 「それ私じゃないです…」 「じゃあ誰だっていうのよ」  あっ、今私が早紀ちゃんの代わりなんだ… 「えっと、中学校に早紀ちゃんそっくりの人 がいるって聞いたんですけど…」 と千明ちゃんが答えた。 「知ってるわよ、お兄ちゃんに聞いたもの。 最近本屋でも見かけるし。でもあの人男子よ」  早紀ちゃんて、女の子の格好で本屋に行っ て中学の問題集買ってたんだ、そんなに勉強 してたんだ…じゃなくて、この人達からどう やって逃げよう… 「でも私じゃないです、そんなに頭良くない ですし…」 「嘘言ってるんじゃないわよ」  こわいよー、どうしよう… 「あんたって本当に目障りなんだから…あっ、 先生だ」  そういうと、さっさとどこかに行ってしま った。 「…こわかった」  五年生に目を付けられていじめられるなん て思ってもみなかった、こわかった…ん、五 年生という事は三才も年下って事に…でも今 までだって舞にいじめられてたし、五年生三 人ががりじゃ私ももうかなわないよね、きっ と。四年生だから仕方ないよね…  うちに帰ると、舞が帰っていた。 「ちょっと薫、こっち来なさい」 「…なに?」 「これ、おみやげ。私が買ったんじゃないか らね、内本さんが買ったんだからね」  開けて見るとかわいいペンダント。お母さ んが横からのぞいてる。 「あら、そんなのもらったの?」 「せっかくもらったんだから使いなさいよね」 「…うん」  十一月九日(金)  国語の時間は、今日も図書室。 「昨日質問して分かったことを、必要ならば 地図などで確認してください。その上で、今 まで調べたり質問して分かったことを、どん な風に発表するか考えながらまとめてくださ い」  まずはたんぼの場所探し。 「鴨中川のずっと上流、武田山の山奥、笹内 町の近くだって…」 「この辺なのかな?」 「内海小はどこ?」 「ここだけど…すごく遠くない?こんな所も 鴨中市内なんだ…」 「小さな地図には載ってないんだって」  先生に聞いたけど、もっと大きな地図は図 書室にはないんだって。 「あと、一年間で五百トンでは鴨中市八万人 には全然足りないんだって言ってたけど」 「五百トンっていっぱいあると思うんだけど」 「五百トンってお茶碗何杯分なの?」 「えっと…」  そこにちょうど先生がやってきた。 「先生、お米五百トンって、お茶碗何杯分な んですか?」 「何杯分かな?計算してみたら?」 「えー、どうやって計算するんです?」 「お茶碗一杯で百二十グラム。一トンが千キ ログラム。これだけ分かれば計算出来るわよ」 「わかった!」千明ちゃんが計算し始めた。 「えーと」私と美幸ちゃんがまだ分からない。 「三百六十グラムはお茶碗何杯分?」 「…三杯分」 「どうやって計算した?」 「あっ、割り算すればよかったんだ」 「トンをグラムに直してからね。ケタが大き いから注意しながらやるのよ」 「…四百十六万杯」 「それを鴨中市の八万人でそれを分けたら?」 「…五十二杯」 「一年間に一人に五十二杯だね」 「全然足りないじゃない」 「農協の方が言ってたのはそういう事なのよ」 「なんかいっぱい書けそうな気がしてきた」  千明ちゃんが嬉しそうな顔してる。 「でも発表は五分くらいよ」 「はーい」  給食の時間、また先生がうちの班にきた。 「高見さん、最近みんなとよく遊んでるわね」 「そうなんですよー」  美幸ちゃんが嬉しそう。 「いつも机でじっとしてるよりはいいわよ」 「…はあ」 「でも、勉強はちゃんとするのよ。やってる と思うけど。まっ、無理に毎回満点じゃなく てもいいけどね」  …早紀ちゃんってやっぱりいつも満点だっ たんだ。満点じゃない事が増えたって、先生 気付いてるんだ。別にしかられてる訳じゃな いし、早紀ちゃんがちょっと変わったって思 われてるだけでばれた訳じゃないみたいだか ら、そんなに気にしなくていいのかな…でも 早紀ちゃんのイメージ勝手に壊しちゃってい いのかな。ずっとこのまま私がこのクラスに いるのなら、もう早紀ちゃんの代わりなんか じゃなくてもいいのかな。でも、そんな事し たら、今ならほとんど満点のテストも、普通 の点数しか取れなくなっちゃうかも知れない。  今日の宿題は算数。やっぱり小学四年で普 通の成績になる訳にもいかないよね…という 事で真面目に宿題をやっちゃう。…お母さん がやってきた。慌てて教科書類をノートで隠 す。 「珍しいわね、こんな時間に宿題やってるな んて」 「…そうかな?」  確かに小学校に通うようになってから、ち ゃんと宿題やるようになったかな… 「テストの点が悪かったから真面目にやる気 になったのかな?」  …悪かったも何も受けてないんだけど。で も早紀ちゃんと入れ替わるきっかけはテスト だったんだ。 「そろそろ結果がそろうんじゃないの?」 「…まだ全部じゃない」 「全部じゃなくても早く見せなさいね」 「うん」  早紀ちゃん、どのくらいの点数取ったのか なぁ。でもお母さんに見せるのは、早紀ちゃ んのテスト結果なんだ…  十一月十二日(月)  早紀ちゃの代わりに小学校に通うようにな って今日で二週間。教科書はほとんど中学校 に置いてたけど、一年の時の教科書や問題集 や時々授業で使う技術家庭科の用具や、そう いったものをほとんど早紀ちゃんに渡してき たから、夏休みの友や美術の作品みたいなの しか残ってない。それに、早紀ちゃんの代わ りという事で早紀ちゃんの真似をして、小学 校の教科書や小テストの結果を持って帰って るから、机の中がそういうのでいっぱいにな ってきた。千明ちゃん達と一緒だと思えばい いよね。でも、お母さんに机の中見られると 困っちゃうな。  千明ちゃんちまでは中学校の制服を着てい く。こればっかりは、なんとかならないかな。 通学カバンの中は小学校の教科書。  千明ちゃんちに着いて、早紀ちゃんと服を 交換。 「こないだ、お母さんにテストの結果はどう だった、って聞かれちゃった」 「そうよね、じゃあテスト結果を薫ちゃんに 渡さないとね」 「えっと、じゃあテスト結果のコピーが欲し いな、とっておきたいから…」 「そうね、せっかくがんばったんですもの」  …そう、テストを受けたのは早紀ちゃん。 名前欄には私の名前が書いてあっても、早紀 ちゃんのテスト結果。私が横取りするみたい でいやな気分… 「あ、お母さんに見せたら十分だもの、それ が済んだら返す…コピーは私がもらおうかな」 「ほんと?嬉しいけど、それでいいの?」 「うん」  朝の小テスト。満点取らなきゃなんないか ら、やっぱり緊張する。だけど、いつもじゃ ないけど満点が取れる。だから、テスト受け るのがちょっとだけ楽しくなってきた。小学 四年のテストだけど。  算数の授業。割と分かるから、授業も楽し いよね。だって前に一回習ったことあるから …そう、二度目の四年なんだよね。だから満 点に近い点も取れるんだ。でも六年の勉強は 何も覚えてないし、このまま満点近い点数を 取れるのかな…  給食の時間。今週は給食当番。ちょっと忙 しいけど、美幸ちゃんと一緒に白衣姿になっ てるとなんだか楽しい。  国語の時間は、今週木曜の父母参観での発 表の準備。大きな紙に三人で絵をかく。もう 今週なんだ。早紀ちゃんのお母さん来るのか な?聞いとかなきゃ。  学校が終わって、千明ちゃんちで着替える。 「はい、これがテスト結果ね」 「やっぱり難しい…あんまり出来なかった…」  しばらく眺める… 「…えー、こんなにいいの?」  国語算数英語は、本当にいい。私、こんな 点数取ったことない。社会と理科はそれほど でもないけど、それでもいつもの私よりずっ といい点数。 「えっと、二百六十九人中、百八十一番だっ て」 「二百番より上…こんな点数取った事ない…」  私にとって二百番より上って手の届かない とこだったのに、早紀ちゃんこんな簡単に取 っちゃった… 「そう?国語と英語はともかく、他は半分も 出来なかったのに…」  確かに点数は五十点より下なんだけど… 「なんかもう、普通の中学生くらいの点数だ よね、早紀ちゃん」 「んー、でももうちょっといい点取りたいな」  早紀ちゃん、私なんかよりずっと頭いいん だ、普通の小学生みたいな私なんかとは。で も、こんな点数お母さんに見せたらなんて言 われるかな… 「ところで早紀ちゃん薫ちゃん、いつまで交 代したままでいるの?テスト結果ももう出た んだけど…」  早紀ちゃんはまだ続けたいって顔してる… 私もまだ千明ちゃんと一緒に通いたい。千明 ちゃん達もいるし、今中学校に戻っても何も 出来ないだろうし。 「そういえば今週の木曜日、父母参観だって」 「んー、私のお母さんは忙しく行けないから、 どうでもいいんだけど」 「そういえば早紀ちゃんのお母さんの顔知ら ないね」 「お母さん、帰るの遅いし」 「こっそり来られると困るし…写真か何かで 教えて」 「こっそり来るなんてしないとおもうけど… 明日にでも持ってくるね」 「父母参観以外特に何もないから、まだ大丈 夫だよね」 「美術で模写やってるの。きれいな絵を写す のが楽しくて。あれ終わらせないと小学校に 戻れない」 「…私も、今手芸クラブで美幸ちゃんと一緒 に編み物してるの、あれ終わらせたいな」  いったんうちに帰ってまた着替える…舞の お下がりとこのジーパンでいいや。内本さん にもらったペンダントをつけて。よし、絵理 ちゃんちに行こう、としたらお母さんが。 「…今日は随分とかわいい格好してるわね、 こないだもらったペンダントね。最近は舞達 に言われるままじゃない。あなたの方がお兄 さんなのに…それはともかく、テスト結果は どうだった?」  見せなきゃいけないんだ、本当は早紀ちゃ んのテスト結果を。 「…はい」 「あら、随分いいじゃない、もっと早く見せ れば良かったのに」  お母さんにこにこ顔。なんだかすごく悪い 事してる気分になってしまう。でも、もう私 には中学校のテスト受けるなんて意味ないも の。せめて小学校の勉強を頑張ろう。  十一月十五日(木)  ここんとこ雨が続いてたけど、今日はちょ っと強い雨。だけど、早紀ちゃんのピンクの カッパが着れてうれしいな。 「薫ちゃん、かわいいよー」 「学校ついたら脱がなきゃなんないの?つま んないなっ」  今日は父母参観の日。雨が強いとあんまり 来ないかな、と思ったけど、昼からは小降り になってきた。今日の発表は昨日練習したし、 単に読むだけだから大丈夫。だけどやっぱり ドキドキする。みんな知らない人だけど、こ のクラスのお母さん達が来て、その前で発表 なんだもん。  発表の時間がやってきた……あっ、千明ち ゃんのお母さんだ。千明ちゃんのお母さんは 私と早紀ちゃんを見分けてないから別にいい んだけど、緊張しちゃう…でも千明ちゃんの お母さんが来るんなら、発表は千明ちゃんの 方が良かったかなぁ。私なんかよりずっと一 生懸命やってたんだから…。  私達が一番最初の発表。 「私達は鴨中市でとれるお米について調べま した。鴨中市では、お米は一年間に五百トン とれます。この五百トンというのは、鴨中市 の八万人で分けると一年間でお茶碗五十杯分 にしかなりません。ですから、となりの市町 村でとれたお米と混ぜて売られています。」  ノートを読んで、はりつけた紙の絵を指し たりして、三分ちょっとの発表は終わり。  父母参観が終わった後の帰り道。 「いつも早紀ちゃんまかせだったけど、今度 は結構色々やったよね。千明ちゃんや薫ちゃ んと一緒に出来て楽しかった」  私も、今までは他の人任せだったかな。今 度は早紀ちゃんの代わりだからって気持ちも あったから、小学四年の中で一生懸命やっち ゃったし、出来ちゃった。ちょっと嬉しいな …でも小学四年の授業だから出来たのかな。 中学では出来ないだろうな……いいんだ、も う中学なんてどうでもいいや、小学四年生な んだから、千明ちゃん達と一緒に四年生なり に頑張ろう。  十一月十七日(土)  絵理ちゃんちに遊びにきたけど、なんだか 天気が悪くなってきた。 「私、傘持ってこなかった」 「私も」  雷の音も聞こえてきた。 「今日はもう帰った方がいいんじゃない?」 「せっかく来たのに何もできなかったね」  絵理ちゃんちを出て、みんなと別れて、少 し歩いたところで雨が降り出した。少しずつ 強くなってくる。うちに着いた時には、服が かなりぬれちゃってた。自分の服で良かった。 舞の服だったら大変な事になってたはず。 「ただいまー」 「あら濡れちゃって、早く着替えなさい」  着替えようとタンスの中を見た…けど、あ まり入ってない。 「…着替えがなかった」 「あら、そういえば服はあんまり乾いてなか ったわね、ここのところ天気が悪かったし。 どうしようかしら」 「私のお下がり着ればいいじゃない、小さく なったの全部あげるわよ。こっちおいで、薫」 「あらあら舞、あんまり変な事しちゃだめよ」  舞の部屋に連れ込まれた。 「そのぬれた服、さっさと脱ぎなさいよ。あ んたの裸なんてこないだも見たしお尻もぶっ たし、そもそも私の方がお姉さんなのよ、赤 ん坊の裸と一緒なんだから、どうってことな いわよ。さっさと脱ぎなさい」 「…はい」  しぶしぶ脱いで、下着だけになって、舞の 前に座った。 「下着も私のお下がりでいいんじゃないの?」 「…下着はそんなにぬれてない」 「どうせ小さくなっていらないんだから、全 部あげるわよ。これも、これも、これも。自 分のタンスに入れておきなさいね」 「…うん」 「今日はどれがいいかしら。これも小さくな ってるわ、これも、これも、これも、これも」 「タンスにはそんなに入らない…」 「今持ってるのを捨てればいいじゃない」 「そんな…」 「どうせ美穂ちゃんちに遊びに行く時に着る 服なんでしょ?」 「…うん」 「ならいいじゃない。よし、今日はこのジー パンとこのシャツと、上からこれ羽織ればい いわね。さっ、着なさい」  …スカートじゃないし、思ったほどひらひ らやお花のついた服でもないし、ちょっとほ っとした。でも着てみると、思った以上に女 の子っぽい…鏡を見ると、なんだか舞そっく り。自分がこんなに舞にそっくりだったなん て…だけど横に立った舞に比べると一回り小 さい。まるで舞のミニチュア、小さい頃の舞 みたい…私って舞の妹なんだ… 「小学四年生はそれでちょうどいいわよ」  口振りの割にはなんだか嬉しそう。 「薫、テストの点良かったみたいだけど、あ れって高見って子が受けたんでしょ?」 「…うん」 「すごいわね、小学四年なのに。あんたと全 然違うじゃない。で、あんたは代わりに小学 校で勉強してるんだ」 「…うん」 「小学校ならいい点取れるでしょ?」 「…満点か、一問二問間違える程度」 「二問も間違えるの?しょうがないわねぇ。 まっ、せめて小学四年のところは満点取れる ようにがんばりなさいね。さっ、テレビでも 見よっと」  舞に手を引っ張られて居間へ。居間へ行く とお母さんがこっちをじろじろ見る。 「もう、舞ったらほどほどにしなさいよね」 「ほどほどって?」 「薫にそんな格好させるなんて…」 「いいじゃない、スカートはかせた訳じゃな いし。普通でしょ?」 「でも中学生の男の子には見えないわよ」 「それは薫が小さいせいよ、私のせいじゃな いわ」  舞はテレビをつけた後、私の方をみて、 「さっ、ここに座りなさいっ」  舞の隣に座らせられる…まるでぬいぐるみ になったような気分。 「そんな座り方したらダメっ」  舞が嬉しそうな目で私を見る。従妹の由里 ちゃんを見る時と同じ目で私を見てる。私は もう舞の妹なんだ。舞の言う事きいて、かわ いい妹になろう。  十一月二十日(火)  早紀ちゃんと交代してから三週間。私が中 学校に通ってたのが遠い昔のよう。 「早紀ちゃん、すっかり中学生だね。私達と 同い年とは思えないよ」 「本当にそうだよね」  私より成績はずっといいし、中学に通うの を楽しんでるみたいだし…私が通うより早紀 ちゃんが通う方がよっぽどためになるよね。 じゃあ私が小学校に通うのは…そういえば、 最初の頃は小テストでつまらない間違いして たっけ。早紀ちゃんの代わりなんだからって、 毎日ちゃんと宿題をして、つまらない間違い をしないようにきちんと確認して……こない だまで自分が中学生だと思ってたけど、小学 四年の問題も間違える程度だったんだ。でも、 小学四年の問題はだいたい満点を取れるよう になってきたんだ。それに、忘れ物もしなか った。早紀ちゃんの代わりになるために一生 懸命早紀ちゃんの真似をしてきて、ちょっぴ りだけど早紀ちゃんみたいないい子になれた んだ。小学校に通う事が、ちょっとは役に立 ってたんだよね。  今日は私と瀬田くんが日直。 「瀬田くん、今日私達が日直だから、職員室 行こう」 「ん、うん」  男子ってなんか苦手…前は男子の中にいた はずなのに。私も前はあんなだったのかなぁ。 でも、男の子の友達なんて前からいなかった し、趣味合わなかったし。絵理ちゃんや千明 ちゃんと仲良くなれたのも、絵理ちゃんたち と趣味合ってたから。毎日千明ちゃんと遊ん でるし、おしゃべりしてる。男の子とは全然 話してない。もう男の子の事なんて何も分か らない。何考えてるのか分からない。好きと かきらいとか仲がいいとか悪いとか、何を基 準に言っていいのか分からない。  二人何も話さず職員室まで歩く。職員室で 先生に小テストと日直ノートを受け取って、 教室に戻る。 「号令はどっちがやる?」 「瀬田くんやって。私、日直ノート書くから」 「うん」  あとは瀬田くんとは何も話さなかった。日 直の仕事を黙々とやるだけ。  四時間目の社会の時間。 「来週の水曜日、社会科見学です。バスの席 決めや必要な物、お菓子などについては木曜 日のホームルームに連絡します。今日はどん なところに行くのか、何を勉強するのか、を 予習します」  社会科見学だって。私も行けるんだ。千明 ちゃん達と一緒に行けるなんて嬉しいな。  クラブの時間。内本さんがいる。 「こんにちは」 「あらこんにちは、か…早紀ちゃん」  ペンダントもらったし、そのお礼を言って 以来声くらいかけなきゃって気持ちになった。 小学校で会う内本さんは、うちで会う時みた いにべたべたしてなくて、とても優しいしっ かり者の上級生って感じ。この手芸クラブで も下級生の私に優しく教えてくれる。小さい 下級生だと馬鹿にしていた内本さんがこんな 立派な上級生になって、私の方が下級生にな って、優しい内本さんに憧れている…いいん だ、前の私が間違ってたんだ、私の方が上級 生だったなんていうのが間違いだったんだ。 本当はあの時から下級生らしくしてかわいが ってもらっていれば良かったんだ…  作りかけていた編み物の敷物がようやく出 来上がり。美幸ちゃんも喜んでくれた。こん なちっちゃな敷物だけど、美幸ちゃんや内本 さんに教えてもらいながら自分で作ったんだ。  千明ちゃんちに戻って着替える。早紀ちゃ んの表情がちょっとくらい。 「どうしたの?早紀ちゃん」 「あのね、来週修学旅行だって」 「あ、私達も来週社会科見学なの」 「修学旅行、私も行きたいんだけど…」 「でも泊まりがけだから…やっぱりねぇ」 「そうね…私も修学旅行に行ってるはずの日 にうちに帰れる訳ないし」 「だから、修学旅行のある来週だけは元に戻 らないといけないわね」 「残念ね、早紀ちゃん。で来週の何曜日?」 「火水木」 「…社会科見学行けないの?」 「水曜だからそうなっちゃうね…」 「千明ちゃんや美幸ちゃんと社会科見学行き たかったのに…中学の修学旅行なんて行きた くない…千明ちゃん達と一緒がいい…」 「我慢するのよ、四週間も小学校に通えただ けでも喜ばなきゃ」 「…はい…」  楽しみにしてた社会科見学にいけないし、 あの中学に戻って、しかも修学旅行に行かな きゃいけない。考えただけでいやになってく る…  十一月二十二日(木) 「えー、今日までなの?」 「うん」 「社会科見学もあるのに、残念だね。でもま たテストとかあったら代わるんでしょ?」 「……多分」 「じゃあまたすぐに来れるよ。そういえば、 私ずっと本物早紀ちゃんに会ってない。中学 校に通ってたんだよね、本物早紀ちゃん。ま た頭よくなってるのかな?会いたいな。で、 修学旅行なんでしょ?」 「…うん」 「おみやげ買ってきてね」  千明ちゃんや美幸ちゃんにおみやげ買うの か…そのくらいしか楽しみないんだよね。  ホームルームの時間はバスの席決め、荷物 やお菓子についての注意、行き先の説明、注 意事項などなど。私が行く訳じゃないから、 ちょっとつまんない。でも早紀ちゃんに後で 教えないといけないからメモはちゃんと取る。 「社会科見学のしおり」にほとんど書いてあ るけど。  千明ちゃんちで、戻るに当たっての持ち物 の交換をする。 「月曜日は授業なんてないみたいよ。金曜日 も旅行の感想を書かせます、って話だし。授 業は土曜日からかな?」 「じゃあ薫ちゃんは、教科書は帰ってくるま でいらないかな?」 「じゃあ私がうちで勉強するのに使わせて」 「でも早紀ちゃんは月曜から教科書全部いる よね」 「月曜日の朝までに全部返せばいいかな?」 「今日の分は持って帰れる?中学のも持って 帰るんでしょ?」 「私が早紀ちゃんちに寄り道するから」 「あと、修学旅行のしおりはちゃんと読みな さいよね、月曜日に荷物の確認とか、色々あ るし」 「社会科見学のしおりもあるよ」  一通り終わってから。 「ねえ、次はいつ交代するの?」 「あなたたち、またやるの?」  千明ちゃんのお姉さんがあきれてる。 「期末テストくらいかな…」 「まだ先だよね、修学旅行終わってから決め よう」  十一月二十三日(金)  今日は模試の日。絵理ちゃんや千明ちゃん 達と一緒に美穂さんが通っている塾へ。美穂 さんが通っている塾という事は舞もいるって 事だけど、学年が違うからか会わなかった。  小学四年生でいっぱいの教室。小学校と一 緒だね……でもちょっと雰囲気が違う。やっ ぱり百合園とかを受験するつもりの人達なの かな?  名前を書く。高見…じゃない、高橋薫って 書くんだ、書いていいんだ。小学校名は…ど うしよう、内海中なんて書けないよね、内海 小四年、と書く。性別…どうしよう。「内海 小四年高橋薫」って書いちゃったから、もう どうでもいいかな。中二じゃない私を男の子 だって書く必要なんてどこにもないもんね。 「女」のところにゆっくり丸をする。  試験は…難しい。小学四年の問題だよね… 多分小学四年で習ったことを使うんだ、って 事はなんとなく分かるんだけど、じゃあどう すればいいのか、よく分からない。満点なん て絶対無理、六十点とれるかなぁ。 「どうだった?出来た?」 「…あんまり出来なかった」 「私も。難しいよねぇ」  みんな難しいと思ったのかな?  帰り道、みんなで一緒に歩きながら、思い 出していた、「内海小四年女子 高橋薫」っ て書いた事を。あの会場の中では、早紀ちゃ んの代わりではなくて、私自身が内海小四年 の女子だったんだ。来週から中学校だけど、 私は千明ちゃん達や会場のみんな同じなんだ、 小学四年の女子の一人なんだ。