山崎智美prj. 女の子気分 / 第二章 二学期(続き)  十月一日(月)  今日は衣替え。夏服はまだしも、冬服はや だなぁ。でも着ないことには学校にいけない。 こんなの着て小学校に行ったら、美幸ちゃん になんて言われるだろう……って、行くのは 中学校だけど。でも福井とか内本とか何か言 うかもしれない。  テーブルに行くと舞が御飯を食べてる。中 学の制服着てるのを舞に見られるのはなんと なく恥ずかしい。なんで私がこんなの着てる んだろう。舞と一緒に小学校に登校……それ もちょっと恥ずかしいかなぁ。  通学路で、運動会の時に横にいた五年生が 目の前を歩いている。あの人が上級生に見え る。私、あの人より下級生のはずなんだけど なぁ。なんで私が中学なんかに通ってるんだ ろう。  中学の教室に入る。 「ねえねえ知ってる?高橋くんそっくりの小 学生がいるんだって」 「俺も見た、昨日」  …なんて答えればいいかなぁ…。でも、み んな見てたんだ。嬉しいような恥ずかしいよ うな。 「確か、高橋くんって妹さんがいたんじゃな いの?」 「それとは別みたいよ」 「知ってるわよ、私の妹の同級生だもの」  福井が嬉しそうに話に加わる。そんな事大 声でべらべらしゃべんなくても…。 「四年生だね」 「なんだか高橋君が小学生の女の子に見えて くるね」  内本は私の気持ち知ってて、わざと言って るのかな…。 「かわいいね、よしよし」 「文化祭の時は劇やって、そういう役つけて あげようよ」 「あっ、高橋が女子といちゃついてる」 「ありゃいちゃついてるんじゃない、あんな 奴ほっとこうぜ」  男子がむこう行っちゃったから、周りを女 子囲まれる事になっちゃった。今まで女子だ からって敬遠してた人達だから、ちょっと緊 張する。でも、絵理ちゃん達も女子だし、昨 日はずっと女子に囲まれてたはず。そう思え ば……でも全然違う。やっぱり中学生って大 人なのかな?もし絵理ちゃん達がここにいれ ば、やっぱりこんな風に可愛がってもらうん だろうな。今、私は小学生扱いされてるんだ。 「本物の小学生」と「小学生みたい」は違う のかもしれないけれど、別にいいや。  先生が来て、出席を取りはじめた。さっき 女子に可愛がってもらってるうちに昨日の事 を思い出したから、すっかり女の子気分。な んだか、中学二年の教室に小学四年が一人だ け迷い込んだような気持ち。女の子なのに男 子の制服着せられてるような変な気持ち。入 学式の時、それ以上にこの服に違和感がある。  英語の授業が始まった。中学の男子制服を 着て、英語の教科書を広げて、先生が書く黒 板を見ている。こんな所にいるなんてすっご く違和感がある。間違ってこんなとこに来ち ゃった感じ。でも少しは分かるよ。普通の小 学四年に比べれば英語は分かる。でも早紀ち ゃんはもっと出来るだろうな、他の教科も含 めて。もしかしたら私、舞より出来ないのか もしれない。そうだとしたら……別にいいや、 だって千明ちゃんたちと同じくらいならいい じゃない、それが普通なんだから。今までは 無理してでも中二のみんなについていこうと してた。でも中学の授業についていけたら大 天才よ。英語が少し分かるだけでもすごいじ ゃない。  お昼休み。いつものように図書館に行く。 知ってる人も何人かいるけど、知らない人が 多い。別のクラスの人、別の学年の人。知ら ない人だと、一年生でも本当にずっごく大人 に見える。知らない人達の中だと、なおさら 自分が場違いな場所にいるような気がする。 「小学生がこんな所に来ちゃダメよ」と言わ れそうな気がする。  掃除の時間。 「昨日はかわいかったよ」  福井がやってきた…千明ちゃんのお姉さん を呼び捨てにするなんてやっぱり変だよね。 中学生の中で一人ぼっちの私を心配してくれ る、私にとってもお姉さんみたいな人だし。 でもなんて呼ぼう。「千明ちゃんのお姉さん」 は長いし、やっぱり「福井さん」かな?でも みんなが見てる前じゃまだ言えない…  今日最後の授業が終わって、すぐに学校を 出る。急いでうちに帰って、服を着替える。 今日はお母さんがいるし、自分の服で我慢し よう。それでも男の子っぽい服はいや。  そして絵理ちゃんちへ。 「えーりーちゃーん」 「あっ、薫ちゃんだ」 「昨日はかっこよかったよー」 「薫ちゃんのお姉さん、もうそっくりで面白 かったねぇ」 「いいなぁ、絵理ちゃんも薫ちゃんも千明ち ゃんもお姉さんがいて」  …そう、舞はお姉さんなんだ、美穂さんみ たいな優しくはないけど、私にはお姉さんが いるんだ。そう思うとちょっとだけ嬉しくな ってきた。 「今度一緒に遊びにきなよ」 「…一緒というのはちょっと…」  うちに帰ると、もう舞は帰っていた…呼び 捨ては変だよね、お姉さんに向かって。心の 中で「お姉さん」と呼びかけてみる。恥ずか しくなって下を向いてしまう。  夜、眠れないから、ベッドの中で焼き増し してもらった写真を見る。福井さんや内本さ んはやっぱり私達と違うなぁ。やっぱりみん な変な感じ。男子の制服ならなおさらだよね。 このまま寝ちゃうと、明日お母さんに見つか るかも知れないから、早く隠してしまおう。  そういえば、小学五・六年の時、千明ちゃ んももう小学校に通ってた、って言ってたよ ね。なんだか変な感じ…あの頃私が小学五年 生をやってたなんて。あの頃から千明ちゃん と一緒に通っていれば良かったのにな。お昼 休みも遊べたんだし…でもクラスは別。五年 生が一年のクラスに遊びに行くのは……やっ ぱり変かな?今こんなに仲良しなのに。だけ ど今だって堂々と遊びに行ける訳じゃない。 みんなと一緒に百合園受験出来る訳じゃない ……四年遅く生まれれば良かったんだ。そう すればなんの問題もなく同じクラスだったの に。女の子だったら、堂々と遊びに行けるの に。舞と美穂さんが仲良しなんだから、姉妹 揃って仲良しのはずなのに。絵理ちゃんとこ みたいな仲良し姉妹になりたいのに。そうな りたいよぉ…  十月十日(水)  とうとうきてしまった、中学校の体育祭。 絵理ちゃんたちには「来ないで」と念を押し ておいたけど、どうかなぁ。  でっかいの男子の列の中、といっても一番 前だけど、こんなとこいやだなぁ。今はまだ 隣に女子がいるけど、内海体操なんかになっ たら……考えただけでいやになる。  徒競争も障害物競争も最下位だったことな んてどうってことない、競争相手が中二の男 子なんだから。女子はダンスなのか、あっち の方がいいな。だんだん体操に近づいてくる。 体操服を脱がなきゃなんない。泣きたくなっ てきた。運動場に出る。今日は練習の時と違 って、お父さんもお母さんも、その他に大勢 人が来てる。こんなとこで裸にさせられるな んて。  内海体操が終わったら、福井さんがかけよ ってきた。 「ごめんね、なんとかして保険室に連れてっ てあげようと思ってたんだけど…」  女子トイレに入れてもらって、その中で隠 れて泣いた。  十月十一日(木)  今日は昨日の体育祭の代わりの休み…昨日 の事なんか何も覚えてない何もしらないっ。 みんな小学校に行ってるんだ。私暇でしょう がない。早紀ちゃんに代わってもらえばよか ったな。退屈だ、外に出よう。お母さんが見 てない間に舞の部屋に入り込んで、服を借り る。昨日のイライラが残ってるから、今日は 一番かわいい服を借りちゃおう。カバンに入 れて出掛ける。 「いってきまーす」 「晩御飯までには帰ってきなさいよ」  絵理ちゃんちの前の公園のトイレで着替え る……着替えたはいいけど、まだ絵理ちゃん たちは小学校。いきなり小学校に押しかける 訳にもいかないし。スーパーにでも行こうか な。  文房具売り場に行って、文房具やヘアアク セサリーを選んでいると、レジのおばさんが 変な目で見てる…なんでかなぁ…万引きでも しそうに見えるのかなぁ。おばさんがこっち に寄ってきた。 「なんで小学生がこんな時間にいるの?」  …そうかぁ、小学生なら今日こんな時間に こんな所にいる訳ないよねぇ。 「いえ…中学生です…内海中は昨日の体育祭 の代わりに休みなんです…」  言ってしまってから、すごく嫌な気分。な んで自分の事を中学生って言わなきゃなんな いの。堂々と小学四年生ですって言いたい。 でも中学生って言わなきゃなんない。 「うん、確かに内海中はそうだけどね。ほん とに内海中の生徒?」 「…はい…」 「名前なんていうの?何年何組?」 「…高橋薫、二年三組です」  いったんレジに行って電話をかけはじめた。 別にいいんだけど……こんなかわいいスカー トはいてる。それを先生に言われたらどうし よう…。電話し終わったおばさんがこっちに 来る。 「ごめんね、あんまりかわいいから、小学生 かと思っちゃった。うちの娘、小学六年だけ ど、それよりも小さいもんだから。でも中学 生ならもうちょっと中学生らしい服着なさい ね、それじゃ小学生だと思われても仕方ない わよ」  まるで小学生に話しかけるようにしゃべっ た。性別まで聞かなかったのね。ノートやヘ アバンドを買った。  これからどこに行こう。他の店に行ったら また同じ事言われるかなぁ。うちの中学の同 級生が出歩いてるかも知れないし。つまんな いけど、ここで本でも買って、公園のすべり 台の下で読んでようかな。少女マンガ雑誌を 買って、公園に戻った。  しばらく本に熱中してると、小学生が道路 を通っている。もうそろそろ絵理ちゃんたち も帰ってくるかな? 「あっ、薫ちゃんだ」 「絵理ちゃーん」 「今日は早く終わったの?」 「今日は休みだったの」 「あっ、いいなぁ」 「やることなくてつまんなかった」 「うちの学校に来れば良かったのに」 「行ってもいるとこないでしょ?」 「今日はかわいい服だね」 「かわいいでしょう」 「そうだ、運動会の時の写真出来たよ。もう 少ししたら裕子ちゃんとか来るから、一緒に 見ようね」  十月十九日(金)  今日はお母さんが出掛けてるし、ゆっくり と服が選べる。でも絵理ちゃんたちが待って るからゆっくりしてられないか。タンスを開 けて、さてどれにしようかな。お母さんも舞 もいないんだから、うちで着替えていこうか な。今日はちょっと寒いし、オーバー着れば いいや。誰かに会うかもしれないからズボン にしよう。今着てる分をカバンに入れて、こ れとこれと… 「薫、何してるのっ」 「あっ、舞、塾行ってるんじゃなかったの」  バチン。引っぱたかれた。 「どうも最近変だと思ってたら。あんた、そ れ脱ぎなさいっ」  おろおろしてると、無理やり脱がされた。 「あんた下着まで私のを」 「ごめんなさ……いたいっ」  裸にされた上に、蹴られる。 「あんた男のくせに、私の服を」 「いたい、やめて」  私が頭を抱え込むと、お尻を叩き出した。 二十回以上叩いて、ようやくやめてくれた。 「私の服隠れて着るなんて、やっぱりあのそ っくりの女の子は薫だったのかしら。こんな の兄だと思ってたなんて、はらが立つわ。そ うやって裸にされて、私にお尻ぺんぺんされ るのがお似合いよ。こんな奴がいたら、もう 友達うちに連れてこれないじゃない。今から 塾に行くのに、イライラして勉強にならない わ。帰ってきたら、お母さんに言いつけてや るから」  そのまま出ていってしまった。  もう舞の服着られないのかなぁ…それより 絵理ちゃんたちとも遊べなくなるのかな…そ んなのやだよぉ…せっかく仲良しが出来たの に…とにかく絵理ちゃんちに行かなきゃ…み んな待ってるんだから…  ぐすぐすしながら絵理ちゃんちに向かって ると、むこうから美穂さんがやってきた。美 穂さんを見ると、ぼろぼろ涙が出てきた。 「あーん、美穂さぁーん」 「あらどうしたの?そんなに泣いちゃって」 「舞に見つかっちゃって、怒られたの」  泣きながら一部始終を話すと、 「うん、じゃあ私が塾で、舞ちゃんにこれ以 上怒らないようにお願いしてあげるからね。 だからもう泣かないの。泣いたまま遊んでも 楽しくないでしょ?」 「…はい」  なんとか涙をとめて、絵理ちゃんちに向か った。美穂さん、舞をうまく説得してくれる かなぁ。  うちに帰って、しばらくしたらお母さんが 帰ってきた。舞がお母さんに言いつけたら、 お母さんどんな顔するかなぁ。舞が帰ってく るまでドキドキしてた。  ついに舞が帰ってきた……1時間経っても 二時間経っても、何も言わない。でもすごく 怒ったような顔で、時々私を横目で見て、す ぐにそっぽを向く。まだ怒ってる感じ…。  十月二十日(土)  絵理ちゃんちに遊びにいく。でも舞の部屋 に入るのは恐くて、自分のかわいくない服着 てきっちゃった。  絵理ちゃんちについたら、美穂さんがいた。 すぐに美穂さんにたずねた。 「あのう、昨日は…」 「うん、やっぱり隠し事はいけないわね、全 部話しちゃった」 「……えっ?」 「ねぇみんな、来週の日曜日、百合園の文化 祭に行こう」 「わーい」 「薫ちゃんも行くよね」 「はい…」 「よし、薫ちゃんのお姉さんが遊びに来てく れるよ」 「やったー」 「薫ちゃん、その時に、今まで隠し事してた こと謝って仲直りして、仲良し姉妹になるの よ」 「えっ…は、はい…」  舞は昨日ほど怒ってる訳ではなさそうだけ れど、時々私の方を変な目で見る。 「どうしたんだ舞、ふくれっ面して」  お父さんが聞いてる。 「なんでもない」 「お年頃なのよ、ね、舞」  そんな舞を見ながら、美穂さんの言葉を思 い出していた。仲良し姉妹に……なりたい、 絵理ちゃんとこみたいに。でも、舞の妹にな りますって、舞に言わなきゃならないなんて 恥ずかしいし、本当に仲良し姉妹になれるの かなぁ…  十月二十八日(日)  今日は百合園の文化祭…舞も行くんだよね。 みんな行くんだから当然行きたいけど、舞と 一緒なんだ。  居間に行くと、もちろん舞ももう起きて、 出かける準備をしている。私に気づくとこっ ちをにらみつけてる。私は絵理ちゃんちに行 くから、先にうちを出る。  百合園の文化祭行くのに可愛くない格好な んて嫌だから、絵理ちゃんに服を借りる。そ れは嬉しいんだけど……この格好を舞に見ら れるのかぁ…。  千明ちゃんと一緒に福井さんがやってきた。 「あら今日はかわいいわね、薫ちゃん」 「いつもかわいいんですよぉ」 「なんで福井…さん…が…」  …やっぱりいいにくいなぁ… 「あういう所に行くのに、小学生だけじゃダ メでしょ?」  そして、福井さんはみんなに向かって 「四年のみんなは、私達と一緒に文化祭の面 白い所だけ見て回ろうね。六年のお姉さん達 は他に回るところがあるそうだから」  ふーん、そうなんだ…。  早紀ちゃんや礼子ちゃんや美幸ちゃんや、 南町小の人も来て、四年生だけで十人以上に なっちゃった。 「圭子さん一人でこんなに大丈夫ですか?」 「内本さんのお姉さんがくるし、お母さんが ついてくる六年生もいるんでしょ?」  電車に乗って百合園へ。 「切符は私がまとめて買ってくるからね」  福井さんが買って渡してくれた切符は子供 料金…うん、そうだね。でも福井さんは大人 料金、やっぱり違うんだ…  百合園の前に着くと、福井さんが受付で何 か言っている。 「じゃみんな入るよ。人が多いけど、迷子に ならないでね」 「さっき何してたんです?」 「本当は学校関係者しか入れないんだけど、 受験しようかなって考えてる小学生女子は入 れてもらえるの。その事を説明してたの」 「もちろん受験するー」 「私もー」 「でも勉強しないと受からないよ」 「するもんっ」 「薫ちゃんは?」 「えっ…」  そりゃあ、みんなと一緒に受験して、入学 したいけど…  中に入ると、お店がいっぱい。 「これ食べるっ」 「さっき朝御飯食べたばっかりでしょ」 「みんなちょっとここで待っててね」  美穂さんがどこかに行っちゃった。  周りを見回す。親兄弟やお祖父さんお祖母 さんらしき人達が多いけど、制服着てるのは 百合園の人ばかり。舞や美穂さんも来年はあ の制服着て、こんなことやってるのかなぁ。 絵理ちゃんたちも三年後はあの制服を着てる かもしれない。私だけは無理なんだ…。  どこかに行ってた美穂さんが帰ってきた。 後ろに見たことのある人達が…舞が以前うち に連れて来た人達。もちろん舞もいる。私は 絵理ちゃんの後ろに隠れた。 「うちの妹と従妹とそのお友達ね」 「こんにちわー」 「かわいいなぁ、こういう妹欲しいなぁ」 「ところで舞ちゃんの妹ってどこ?」 「薫ちゃーん…あらこっちは早紀ちゃんだ」 「あっ、運動会の時見かけた、薫そっくりの 人ですね、なんかご迷惑かけたみたいで」 「あっ、薫ちゃんのお姉さんですね」 「いえいえ、私が薫ちゃんにお願いしたんで す、用事があったので」 「いつも一緒に遊んでるんです。運動会も一 緒に出来てとっても嬉しかったし」 「早紀ちゃんも薫ちゃんもお揃いで大好きー」  美幸ちゃんに引っ張り出されてしまった。 「えー、これがあの時のお兄さん?」 「こんな格好してると、ほんとに妹みたいね」  前の時みたいに小学六年に囲まれてしまっ た。舞は四年のみんなや美穂さんと話をしな がら、むっとした顔で私を見ている。 「こっちの子とほんとそっくり」 「あなたは何年生?」 「四年生です」 「じゃあ薫ちゃんも四年生でいいよね」 「えっ…はい…」 「いいなー舞ちゃん、こんな妹が出来て」 「そろそろ時間だから、みんな行くわよ」 「じゃあおちびさんたち、後でね」  六年生はみんなどこかに行ってしまい、福 井さんと内本さんと四年生だけになった。 「じゃあどこ見学しようかな」  まずは展示を見て回る事に。内海中なんか 比べ物にならないくらいすごい。やっぱり百 合園はすごいなぁ。  展示を見て回る途中の廊下や展示に使って ない教室を眺める。女子中ってこんな雰囲気 なのかぁ。うちの中学とは全然違うよね。こ んな所に毎日通って、勉強したりするんだ… …いいなぁ。舞や美穂さんは来年からここに 通うことになるんだ、きっと。絵理ちゃんた ちもここ受験するために塾で勉強するんだろ うな。私はやったってムダだもん…。  廊下の途中で礼子ちゃんが立ち止まる。 「『百合園中学校・学校案内』だって」 「えー、欲しいな」 「あ、それってもらってもいいみたいね」 「じゃあ、もらっちゃおーっと」 「私も欲しい」 「私も」 「内本さん、あなたがもらってどうするの」 「じゃあ薫ちゃんにあげるね」 「あっ…はい」  みんなと同じように、学校案内を胸に抱え て歩く。  午後は講堂に入って、発表を見る。講堂の 前半分は百合園の生徒で埋まっている。みん なあの可愛い制服を着て、休憩時間は楽しそ うにおしゃべりをしている。わたしも絵理ち ゃんたちとあそこに行きたいな…でも無理か な…  文化祭が終わって、学校の外に出て六年生 と一緒に電車に乗る。 「いいなぁ舞ちゃん、こんな妹が出来てぇ。 こっちおいで、よしよし」  舞はむっとしたまんまでぼそっと言った。 「そんなのいらないわよ」 「あっ、じゃあ私がもらっちゃおっと。薫ち ゃん、私の妹になろうね。で、一緒に小学校 通おうよ」 「小学校は内海なんですか?」  千明ちゃんがたずねた。 「私は南町」 「わーい、薫ちゃんが南町小に転校してくれ るんだ」 「だめぇー、あげないもん」  美幸ちゃんがふくれる。 「薫ちゃんのお姉さん、取り返してぇー」 「取り返したって、小学校には通えないわよ」 「つまんなーい」  電車から降りて、何人かはそこでお別れ。 「ねえねえ舞ちゃん、うちにおいでよ。薫ち ゃんも来るんだから」  美穂さんの誘いに舞は嫌がってるような顔 をしてたけど、結局ついて来てしまった。  私は絵理ちゃんちで着替え。男物の服を着 ると、なんか違和感感じる。格好悪いなぁ。  舞はたまに美穂さんと話してたけど、ほと んど黙ってた。私はいつも来ている部屋だか ら、いつの間にか舞の事を忘れてみんなと遊 んでいた。 「あっ、もう遅いんで帰ります」 「また遊びに来てね」 「薫、帰るわよ」 「えっ……うん…」 「また明日ね」 「バイバーイ」  私は舞に手を引っ張られて、絵理ちゃんち をあとにした。  帰り道、私はずっと舞に手を引っ張られて 歩いた。みんなと一緒にいた時はみんなが何 か言ってくれたし、舞もずっとだまってたけ ど、二人だけになった今、何を言い出すんだ ろう。そしてうちについてからは。自分から 何か言うなんて恐くて出来ない。舞はまだ黙 っている。  いきなり道を曲がって公園に入っていった。 ついに… 「あんたみたいな馬鹿でちびで軟弱な奴を兄 だ思ってた私が間違ってたわ、あんたなんか 私の妹で十分よ。もっと早く気づけばよかっ たわ。小学四年生の女の子と遊んでるのがお 似合いよ。後でまたお兄さん扱いしてもらお うたってもう遅いんだからね。もうあんたは これからずっと私の妹なんだから、私の言う 事聞いてかわいい妹にならなきゃダメなのよ、 いいわね」 「……うん」 「なんで、今までお兄さん面が出来てたのか しら。単に私よりちょっと背が高かっただけ じゃない。今までの事考えると本当にはらが 立つわ。なんとかして思い出さないようにし なきゃ。今だって、勉強も出来ないのに中学 なんか通っちゃって。どうせ高校に入れずに、 そのうちあの子達と同級生になるんだろうけ ど、それまで待つのもシャクよねぇ」  舞はうちに着くまでずっと小言を言いなが ら歩いてた。もう少しでうちに着く、という ところで 「そうそう、しばらくはお父さんお母さんの 前では妹の振りしててあげる。その間にお父 さんお母さんが認めてくれるようなかわいい 妹になるのよ、分かったわね」  もう呼び捨てにして、蹴りまで入れておい て、いまさら振りもないもないのに。 「……うん」  舞は玄関に入っていった。  舞はむっとした顔のまま、テレビを見てい る。そこにお母さんが 「はい洗濯物。これ舞の分ね。これは薫の分」 「……これもう小さくなっちゃった服だ」 「あらそう?」 「これ、薫にあげる。ほら」 「……ありがとう」 「あら、薫がお下がり着るの?その方が助か るけれどね」  もらっちゃった……私の服なんだ。自分の 服なんだ。ちょっと女の子っぽい服だけど、 今お母さんが見てたんだから、お母さんの前 で着てみても大丈夫だよね。もしお母さんの 前で着られれば、うちから着て絵理ちゃんに 行ける。もちろんうちの中でも着ていられる。 嬉しいな。まだ絵理ちゃんちほどじゃないけ ど、ちょっぴり仲良し姉妹になれたかな?  十月二十九日(月)  今週の水曜と木曜は中間試験。 「今日から試験前で部活は休み、授業も早く 終わるから、しっかり勉強するように。常日 頃勉強してない奴、一夜漬けは体に悪いから 今日明日で少しは挽回するように。」  そんな事言われてもなぁ。全然勉強してな いのに。学期始めの実力テストは早紀ちゃん が結構いい点取っちゃったからやりにくいし。 早紀ちゃんにまた代わってもらおうかなぁ。 でもあんまりいい点取られると困るけど…  午前中で授業は終わり。すぐに帰って制服 を脱いでタンスの中を見る……昨日舞にもら った服を着ようかな。昨日もらったばっかり ですぐ着るとお母さん何かいうかな?んー、 明日にしよう。  早く帰れたけど、絵理ちゃんたちはまだ小 学校。遊びにいけない。テレビ見ようにもお 母さんがいて「試験前でしょ」って言われる し。久し振りに持ち帰った教科書で勉強の真 似事を少しするけど、すぐに気が散って、昨 日もらってきた百合園の学校案内を眺める。 そこにお母さんがやってきたんで学校案内を あわてて隠す。 「勉強してないんじゃない?」 「ちゃんとやってるよ」 「一人でやってたって分からないでしょ。友 達と一緒にやるとかあるでしょ?」  一緒に勉強するような中学の友達なんてい ないのに…でも、夕方になったら絵理ちゃん のところに遊びにいかないといけないし、外 に出る口実が出来たんだ。格好だけ教科書を 持って外に出て、外で絵理ちゃんたちが帰っ てくるのを待とう。  公園に行くと、中学生が何人かいる。三島 西中も試験が近いのかな?小学生は二年くら いの小さな子がいるだけ。ちょっといづらい な。すべり台の下に隠れていよう。  1時間半くらい待って、ようやく絵理ちゃ んが帰ってきた。そして少し後に裕子ちゃん、 恵ちゃん、友子ちゃん、千明ちゃん、早紀ち ゃんがやってきた。 「薫ちゃん早かったね」 「薫ちゃん、学校早く終わったの?」 「うん、水曜日と木曜日が中間試験だから、 少し早く終わった」 「ふーん、いいなぁ早く終わって」 「でもテストなんでしょ?テストはやだ」 「だから勉強しなきゃいけないことになって るから、教科書持ってきちゃった」  私が持ってきた教科書、早紀ちゃんがずっ と眺めてる。それを横から恵ちゃんがのぞい てる。 「早紀ちゃんが受けたんだよね、2学期の始 め薫ちゃんの代わりに」 「こんな難しい問題解けるだ、早紀ちゃん」 「半分も出来なかった。あれは急だったから 全然勉強してなかったもん。前もって勉強し てたらもっといい点取れたのに…」  早紀ちゃん、すごく悔しそうな顔してる。 「そんなことない、いい点数だったよ。二百 七十人中二百十番くらいだったかな?あんな いい点数、私取ったことないもん」 「えーと、六十人の中学生より早紀ちゃんの 方が成績良かったんだ。早紀ちゃんすごいね」 「薫ちゃんはどのくらいなの?」 「んー、二百五十番くらいかな、一番良くて 二百三十番」 「それでも下に二十人もいるんだね」 「じゃあ私でも最下位ってことはないよね」  千明ちゃんが嬉しそうにいう。 「あさってからなんだ、試験…」 「うん」 「…受けたいな。今度はいい点とれるのに」 「え?」 「じゃあ代わってもらえば?薫ちゃん」 「せっかく早紀ちゃんが代わりに受けてくれ るんだから、薫ちゃんはまた小学校にくれば いいよ」  一日中千明ちゃんや美幸ちゃんと一緒にい れるのは嬉しい…けど、こないだよりもっと いい点取られるとちょっと困っちゃう…でも 早紀ちゃんが本当に試験受けたいって顔して るし、いいや、もう点数の事は気にしないで おこう。 「うん、じゃあ代わってもらおうっと」  そういうと早紀ちゃんは嬉しそうな顔で、 「ありがとう。ねぇ、試験終わるまでこの教 科書貸して」 「え、うん…あっ、でも明日は午前中だけだ けど授業があるから。午後は授業はないけど。 あっ、午後には早紀ちゃんまだ小学校にいる んだ。どうしよう」 「…じゃあ、その授業も私が代わりに受ける。 午後も試験勉強できるし。いいでしょ?」 「わーい、明日から薫ちゃんが学校にきてく れるんだ」 「えっと、いいけど、ばれないかな?千葉先 生なんでしょ?」 「運動会の練習でも大丈夫だったんだし」 「うん…大丈夫かな」 「でも早紀ちゃん、小学校の宿題もあるのに 大変だね」 「あれは大したことないでしょ。ただの漢字 の書き取りなんだから」 「テスト代わってもらうんだから、宿題くら いやってあげようよ、ね、薫ちゃん。明日は 小学校に行くんだし」 「…うん」小学校の宿題だし、いいか…  帰り道で、千明ちゃんと一緒に早紀ちゃん ちに寄る。 「上がって。おかあさんまだ帰ってきてない から」  しばらく待っていると、早紀ちゃんが小学 校の教科書とノートを持ってきた。 「今気付いたんだけど、小学校は明日体育が あるよ。どうする?」 「大丈夫、私運動会にも出たんだから。体操 服を借りれればいい。中学校は試験だから月 曜まで体育はないし」 「こないだみたいに私んちでカバンや服を交 換すればいいじゃない、で早紀ちゃんはお姉 ちゃんと一緒に登校すれば」  早紀ちゃんの教科書を受け取る。 「一緒に時間割り入れとくね。あと漢字練習 ノート、終わりかけだから新しいの入れてお くね」  私も教科書を渡して、試験の日程と試験範 囲を教える。 「薫ちゃんの他の教科書は、学校に置いてる のね?」 「…うん。でも美術とか保健とかそんなのだ から…あっ、地図帳と歴史年表持って来てな い」 「…明日、自分で持ってくる」  早紀ちゃんちから出て、千明ちゃんと歩き ながら 「明日からしばらく一緒に通えるね」 「うん、中学校では仲良しなんかいなかった けど、明日から三日間は学校にいつも千明ち ゃんがいるんだもんね」 「明日からは遊ぶのも勉強も一緒、使う教科 書も一緒だよ。宿題だって教え合えるし」  手に持ってるカバンの中は小学四年生用の 教科書。これを持って家に帰っている…午前 中に中学校に通ってたのが嘘のよう。明日か らは千明ちゃんと一緒。たった三日間だけど、 そんな事気にしないでおこう。 「ただいまー」 「おかえりなさい」  お母さんが目の前にいる。カバンの中は小 学四年の教科書…ちょっとドキドキしながら 自分の部屋にカバンを置きにいく。  晩御飯を食べながら、舞をちらっと見る。 明日から同じ小学校に通うんだよね、舞の下 級生として…。中学の教科書は早紀ちゃんに 貸したか学校に置いてるし、自分の部屋には 小学四年の教科書があるし、そもそも舞には もう小学四年の妹扱いされてるし、自分が中 学生だって証拠は部屋にある制服と生徒手帳 と、親がそう思っているってことだけ。  試験勉強する振りして自分の部屋に戻る。 実際にやる事は小学校の宿題。どうせ漢字の 書き取りだから……早紀ちゃんの字、きれい。 これじゃ下手な字書けない。新しいノートに 替えればちょっとくらい下手でもばれないと 思うけど…一字一字丁寧に、筆順も確認しな がら…ん、この漢字、筆順間違って覚えてた。  十月三十日(火)  今日から三日間、小学校に通うんだ。朝ご 飯食べながら隣にいる舞を見て「ばれないか な」とか思う。もっとも前に何度かやった事 はもう舞も知ってるから、ばれても蹴ったり 殴られたりする訳じゃないだろうけど。  小学校に通うと言っても、千明ちゃんちま では中学校の制服着て行かなきゃなんない。 千明ちゃんちまでの道で、同じ道を通る小学 生や中学生を見てちょっとどきどき。今日は 小学校に通うのに、中学の男子用制服を着て 一人で歩いてるんだもの。  ようやく千明ちゃんちに着いて、早紀ちゃ んと服を交換する。教科書は交換してるから、 カバンを交換するために教科書の入替え。 「3日間これ繰り返すの面倒だね」 「教科書はうちに置いていってさ、空のカバ ンで帰ったら?」 「でも家で勉強したいし…」 「あっそうか、薫ちゃんも宿題あるしね」  早紀ちゃんは千明ちゃんのお姉さんと中学 校へ、私達は小学校へ。着替えたし、千明ち ゃんと一緒だし、ようやく一安心。 「あっ、偽早紀ちゃんだ」  さっそく美幸ちゃんがやってきた。 「テストなの?」 「そう」 「なんかね、早紀ちゃんテストをすごく受け たがってたの。早紀ちゃん物好きなんだから」  四年四組の教室、運動会以来だから一ヵ月 ぶりかな?でも千明ちゃんは昨日も合ったし、 美幸ちゃんと礼子ちゃんは二日前に百合園の 文化祭に一緒に行ったし、全然久し振りじゃ ない。二日前の続きみたいな気分。だけど、 この教室に入るのは久し振り。学校の机にス カートをはいて座るのも久し振りだし、教室 で仲良しと一緒におしゃべりするのも久し振 り。中学校では一人で座ってるだけだったん だもの。  まずは朝の小テスト。算数のかけ算わり算 の問題。こんなのすぐ終わっちゃうよ。でも 早紀ちゃんみたいにきれいな字で書かないと いけないかな?  先生が教室にやってきた。今日は担任の千 葉先生、ばれないかな?ばれないように、い い子にしてなきゃ。 「出席をとります。赤井くん」「はーい」  千葉先生が出席をとるのは、運動会の時に もあったけど、あれは外のうるさい中だった からね。今日はちょっとだけ緊張する。 「高見さん」 「はいっ」 「うん、今日は非常に元気があってよろしい。 次、田畑さん」「はい」  朝のHRが終わってから、礼子ちゃんが 「早紀ちゃんって、あんな大きな声出さない んだよ」 だって。早紀ちゃんとは入れ替わりだから、 小学校での早紀ちゃんの様子なんて分からな いよ。  一時間目は国語の授業。漢字の書き取りの 宿題を提出。私なりに丁寧に書いたけど、大 丈夫かなぁ。 「それでは四十ページをあけてください…… 高見さん、読んでください」  えっ、なんでいきなり私なの。どうしよう。 でも早紀ちゃんの身代わりなんだから変な事 言えないしなぁ。 「はい……いろいろな意味。言葉には…」 「もっと大きな声で読んでください」  …さっきの返事のせいかなぁ。もしかして ばれちゃったのかなぁ。普通話す時と教科書 読む時は違うかもしれないけど、出来るだけ 早紀ちゃんの真似をして、なんとか読み終え る。その後は当てられずに済んだけれど。  授業中、先生が教室の中を回るから、先生 が近くに来るとちょっとドキドキ。だけど今 日は男子の制服じゃなくてかわいい服で授業 を受けられる。横を見ると千明ちゃんや美幸 ちゃんがいるし。緊張するけど、なんだか落 ちつく。  二時間目は体育。小学校に更衣室なんてあ る訳ないから、ベランダで着替え。運動会の 時は後から加わったから着替えは私だけ別だ ったけど、今日はみんなと一緒。1ヵ月振り にみんなと一緒の体操服を着れて嬉しいな。 今日は寒いから、ブルマーの上からジャージ をはこう。  今日は体育館で跳び箱。クラスで一番背が 高いんだし、大したことなし。千明ちゃんや 美幸ちゃんや礼子ちゃんと一緒だし楽しく出 来た。体育の授業がこんなに楽しいなんて初 めて。  広い体育館で列を作って並ぶと、自分が一 番背が高いということを実感してしまう。今 まで自分は小さいと思っていたのに、自分の 体がすごく大きくなったような、腕も足も太 くなったような、変な気分…みんな四才下な んだから当然かもしれない。でもほとんど同 じ身長の礼子ちゃんもいるし、仲良しの千明 ちゃんもいるし、「自分が年上」って気持ち にはならない。この体育館は二年前にも使っ てたよく知っている体育館、今そこで私は小 学四年の中の一人として、ブルマーの上にジ ャージはいて体育の授業を受けている。二年 前ここにいた私はなんだったんだろう…。  算数、社会の時間は時々当てられたけどな んとか無事に過ごして、給食の時間。班で机 をひっつける。向かいと隣は男子。同じ班に 美幸ちゃんがいるから少しは安心できるけど、 やっぱり緊張しちゃう。美幸ちゃんがお構い なしに話しかけてくるから私もしゃべるけれ ど、やっぱり男子が気になってしまう。隣の 戸田くんなんて、近くで見ると汚いし、言葉 づかいは乱暴だし、中学の男子と一緒…男子 だから当然か。女の子の仲良しとは全然違う。 でも私はこいつらとはもう違うんだから関係 ないよね。  最後はクラブの時間…って、早紀ちゃんは 何クラブなの? 「ねぇ、私何クラブ?早紀ちゃんに聞くの忘 れてた」 「私と一緒だから大丈夫」  美幸ちゃんはそう言って、教室のカバン入 れへ荷物を取りにいった。 「早紀ちゃんも早く取っておいでよ」  早紀ちゃんの荷物を見ると…毛糸が入った カバンがあった。手芸クラブなんだ。 「手芸なんてやった事ない…」 「それじゃ、私が教えてあげる」  嬉しそうな美幸ちゃん。  家庭科室に入ると、当然だけど他のクラス の人もいる。手芸クラブだから女の子ばかり だけど、五年生や六年生もいる…あそこにい るのはもしかして内本さんの妹…でも気付い てないよね…知ってる人を見ると急に恥ずか しくなってくる。六年生だと私より高い人が 多いみたいだけど、五年生だと私より低い人 の方が多いみたい。四年で一番高いとそうな るのかな。上級生より背が高いのってなんだ か変な気分…って、あの人達は三つ年下なん だよね。でもそんな感じがしない、やっぱり 上級生だと分かる。千明ちゃんや美幸ちゃん、 そして私とは何か違って、ちょっと大人って 雰囲気。この教室じゃ私達が一番下級生なん だよね、ちょっと緊張しちゃう。  美幸ちゃんと一緒に隅の方に座り、毛糸と 棒を取り出す。 「私も早紀ちゃんも先週ひとつ作りおわった ところだったの。新しいの一緒に作ろう」 「出来るかな…」 「だから私が教えてあげるって」  美幸ちゃんにひとつずつ教えてもらいなが ら作る。最初のうち何も分からなかったから 1時間でちょっとしか出来なかったけど、も う1時間あればもっと出来ただろうなぁ。な んだか来週続きをやりたくなっちゃった。  帰りの会に朝の小テストを返してもらう。 「高見さん」「はい」 「どうしたの?こんなに間違っちゃって。」  …十二問中三問の間違いで七十五点。中学 校でこの点数なら大喜びだけど…。千明ちゃ んがのぞきこむ。 「どうしたの、こんなの間違えるなんて。こ んなの早紀ちゃんなら満点でしょう」  小学四年の問題なのに、早紀ちゃんの代わ りなのに、こんなに間違えちゃった…  千明ちゃんちに戻ると、早紀ちゃんは英会 話教室があるからと、着替えたらすぐに帰っ てしまった。早紀ちゃんに小テストの事言い そびれちゃった。 「中学校の方はどうだったの?お姉ちゃん」 「どうって、試験前だから特に何もないけど。 午後は漫研の部室で勉強してたし。早紀ちゃ ん、授業も随分熱心に聞いてたし、試験勉強 もちゃんとやってたし、いい点取りそうね。 早紀ちゃん、小学校でもいい点取ってるんで しょ?」 「そりゃもういつも満点よ」 「薫ちゃんに代わりつとまるかしら」 「今日、小テストでいっぱい間違ってたのよ」 「小学校のところも分からないの?」 「計算の仕方が分からないわけじゃないけど …計算間違えしちゃったみたい…」 「でも小学校の問題なんでしょ。そのくらい 間違わないように注意しなきゃ。小学校で鍛 え直してもらってきなさい」 「はい…」  今日も早く絵理ちゃんちに行きたいけど、 中学校の制服に着替えたから、このまま絵理 ちゃんちには行けないし、帰ってからまた出 掛けるのも試験前だからちょっと無理かな。 「どうしよう…」 「お姉ちゃんの服を借りればいいよ。で絵理 ちゃんちに行こう」 「大きいんじゃないかな…」 「小さくなったのがあるわよ」  そういって千明ちゃんのお姉さんが持って きた服…スカートとかわいいブラウス、それ にピンクのセーター。私はいつもはこういう のあんまり着ないけど、たまにはいいかな。 でも、こんなのをあの福井さんが着てたんだ、 見た事ないなぁ…ん、つまり福井さんのお下 がりを着るんだ。福井さんがこっちを嬉しそ うに見てる。 「早く着替えなさいよー」  千明ちゃんの前だと恥ずかしくないけど、 福井さんの前だと…中学校の同級生に見られ てるのはすごく恥ずかしい。こんな服着てる のを見られて、明日から学校でどんな顔すれ ば…あ、明日も小学校行くんだ。  着替えてから絵理ちゃんちに向かう。途中、 うちの横を通る。こんな格好でうちの横を通 るなんて…。運良く小さな子が何人か遊んで るだけだったけど、急いで通り抜けたい。 「薫ちゃん、早いよー」 「名前呼ばないで、うちの近所なんだから」 「えっ、どこどこ?」  また帰って着替えなきゃならないから、絵 理ちゃんちにいられる時間はいつもより短い。 「着替えも荷物もこっちに持ってくればよか ったね」 「学校からそのままくれば良かったのよー」 「それじゃ早紀ちゃんが着替えられないじゃ ない」 「早紀ちゃんは今どこ?」 「英会話教室だって」 「じゃあ中学校の制服でもいいじゃない」 「男子の制服なのっ」 「薫ちゃん、早紀ちゃんの服じゃなくて自分 の服で小学校いけばいいのよ」 「んー、それだとあんまりかわいい服着て行 けない…」 「今着てる服は?」 「千明ちゃんのお姉さんの服」 「薫ちゃんのお姉さんや千明ちゃんのお姉さ んから借りればいいのよ」 「そうかぁ…でも中学校の制服やカバンがあ るし」 「んー…もうそんな面倒な事しないで、自分 ちから通えばいいのよ、薫ちゃん。お母さん に言って転校させてもらえばいいのよ」 「それが一番いいよ。あんなに間違えるんな ら小学校でちゃんと勉強しようよ」 「そんなに間違ったの?薫ちゃん」 「かけ算の問題3問も間違ってたのよ。私だ って1問しか間違わなかったのに」 「中学校に通ってるからもっと出来ると思っ てたのに。それなら無理に中学校に行かない で、みんなと一緒に勉強しようよ」 「そんな事言ってもお母さんに怒られちゃう だけだもん…」 「じゃあ、薫ちゃんが早紀ちゃんちの子にな るのよ。早紀ちゃんが薫ちゃんちから中学に 通うの」 「いくらなんでもばれちゃうよ、それ」 「んー、なんかいい方法ないかなぁ」  いつもより少し早い時間に絵理ちゃんちか ら出て、千明ちゃんちで制服に着替えて、う ちに帰る。 「今日は遅かったわね」 「学校で友達と試験勉強してたから」  学校で試験勉強してたのは早紀ちゃんなん だけれど…  晩ご飯食べた後、算数の宿題。小テストで あんなに間違っちゃったから、今度は間違え ないように何度も何度も確認。確認するたび に計算間違いを見つける。これじゃ、中学校 で二十点なんて点数取って当たり前だよね…。 みんなが言う通り、このままずっと小学校に 通って、勉強やり直したい。早紀ちゃんや舞 より頭悪いまんま中学校に通うなんて…  十月三十一日(水)  朝ご飯を食べて、男子の制服をまず着る。 これ着るの恥ずかしい、すごくいや。これで 学校行く訳でもないのに。こんな格好で舞や お母さんの前に出るのもいや…お母さんは知 らないはずだから、ばれないようにこれ着な きゃいけないんだけど、女の子の服着てるの を見られるのも恥ずかしいけど、でもやっぱ り自分だけこんな格好するの恥ずかしい…。  千明ちゃんちで着替えて、小学校へ。教室 に入ってみんなと会ってほっとする。  今日の小テストは漢字。間違えないように、 きれいに書かなきゃ。あんまり間違ってると ばれちゃう。  一時間目は算数。まず宿題を提出。何度も 見直したけど、大丈夫かな。  今日の授業はわり算、わる数と割られる数 と商とあまりにどんな関係があるのかって話。 もちろん私はもう知ってる…でも確かこれ、 こないだ中学校の小テストの不等式の問題の 説明で出てきたような気がする…あれ解けな かったんだ、どうすればいいのか全然分から なかった。これって小学四年で習ってた事な んだ、なのに分からなかったんだ…  国語の時間、提出した漢字ノートを返して もらう。ただ丸がしてあるだけで何も書いて ない。漢字の書き取りなんだから当然だろう けれど、どう思われたのかなぁ…  給食の時間。今日は戸田くんが日直だから、 戸田くんは教壇で食べる。それはいいんだけ ど、その代わりに私の隣に千葉先生が座るこ とに。大丈夫かな、こんな近くで…。先生が 一緒だとさすがに美幸ちゃんもあんまり話か けてこない。とにかく黙っていよう。だけど 先生の方が話しかけてくる。 「高見さん、最近元気だね」 「…そうですか?」 「教科書を読む声も元気だし、お昼休みも元 気に遊んでるし」 「そうでしょそうでしょ」  美幸ちゃん、そんなに言わなくてもいいの に… 「でも、体育の時間におしゃべりしてるのは いけませんよ」 「はい…」  とりあえずばれてないみたい。少しだけ安 心。元気だってほめられた訳だし、ちょっと 気楽になれるかな?でもあんまり気を抜くと テストでひどい点数取っちゃうかな…  小学校が終わって、千明ちゃんちへ。早紀 ちゃんは千明ちゃんのお姉さんと勉強してい た。 「今日試験だったんでしょ?どうだった?」 「…思ってたほど出来なかった…」  早紀ちゃんはまたくやしそうな顔してる。 「明日もあるから頑張りましょ」 「あのテストの正解って、いつ分かるんです か?」 「先生が採点した後、それぞれの授業の時間 に返してもらって、その時に正解を言っても らうの」 「じゃあ、中学校の授業に出てないと正解っ て聞けないんですね…」 「私がちゃんとノート取っといてあげるわよ …それとももう少し中学校に通いたい?」 「…ええ、普通の授業受けみたいし」 「じゃあもう一週間か二週間くらい交代した ままだね」 「…でも体育があるんじゃないかな…」 「あっ、そうかあ」 「…種目は何?また裸にさせられたらいやだ けど…」 「もう冬だし裸はないと思う」 「球技とか、持久走とか、マットとか…」 「着替えだけが問題ね」 「…下着は脱がなくていいんでしょ?」 「冬だからそんなに汗かかないし」 「…なら我慢する」 「じゃあ早紀ちゃんしばらくは中学生なんだ。 すごいよ、頑張ってね」 「うん」  うちに帰って、晩ご飯を食べて、宿題をや る。もちろん小学四年の主題。明日で小学校 通いは終わりだと思ってたけど、もうしばら く小学校に通うことになっちゃった。もうし ばらく小学校でお勉強。みんなと一緒だから うれしいんだけど……うん、うれしいんだ。 中学校行ったって何もないんだもの。いつま でかな。一週間かな。二週間かな。早紀ちゃ んすごく楽しそうだし、もしかしたらこのま まずっと… 「舞、はやくお風呂あがりなさいっ」 「はーい」 …このままずっと舞の下級生なのかな。舞よ りも二年下の宿題をやるのかな。でもみんな と一緒ならそんなことどうでもいいや…