山崎智美prj. 女の子気分 / 第二章 二学期  九月一日(土) 「薫、早くしないと遅刻するわよー」  やだなぁ。制服のズボン、シャツ、生徒手 帳、名札、学年組章、カバン。でも時間がな いから、いやいやながらひとつづつ着ていく。 「いってきまーす」  教室の中は私よりもでっかいやつらばかり。 昨日まで毎日遊んでいたみんなと比べれば、 おじさんおばさんばっかり。もう五月くらい からさっさと家に帰るようになったし、テレ ビも絵理ちゃんたちと同じのしか見ないよう になったし、男子と話をするような話題もな い。自分には本当に場違いな場所だって思う。 もう余計なことしないで、じっと椅子に座っ て、放課後になるのを待つしかないや。  始業式のために、小さい順に並んで体育館 に行く……前に背比べ。 「野田の方が高くないか」 「うん、確かに」 「やったー、ついに一番チビじゃなくなった んだぁー。小学1年以来すっと一番前だった 俺が、ついに、ついにー」 「低レベルな争いでそんなに喜ぶなよ」 「高橋、ありがとう」 「……」  ありがとうって言われても返事に困るけど。  一番前に立ってると、自分が一番チビだっ ていうことを強く感じてしまう。自分が一番 中学生らしくないんだろうな。昨日まで小学 生の女の子のつもりでいたんだから。なら、 一番チビでも当然だよね。ここにいるみんな とは違うんだから。  さあ、すぐに帰って南町に、と思った時。 「高橋くん、ちょっとこっち来て」  と、福井と内本が呼んでいる。 「早く帰りたいんだよ」 「いいからちょっとこっち来てよ」  引きずられて漫研の部室に入ると……なん で絵理ちゃんたちがいるのぉー。しかも早紀 ちゃん礼子ちゃんまで。 「あー薫ちゃん、本当に男子の制服着てる」 「なんか変な感じだね」 「そんなことないよ、かっこいいよー」  やだ、こんな格好見られるなんて。なんで 私だけこんな服着てなきゃいけないの……… 「うぅ……わぁーん」 「あっ、高橋くんごめんなさい、そんなつも りじゃ。えっと、どうしようかな」 「薫ちゃんだけにそんな格好させたらかわい そうよ」 「絵理ちゃんお洋服交換してあげなさいよ」  ということで、絵理ちゃんと服を交換。 「男子の服着るのってなんか変な感じね」 「絵理ちゃんかっこいいー」  ようやく気持ちが落ちついたけど、よく考 えたら……… 「高橋くんって本当にそういう服が似合うの ねぇー、千明ちゃんから話には聞いてたけど。 私も今度から薫ちゃんって呼ぼうかな」  内本や福井にこんな格好見られてるんだ。 それに、この格好のまま外に出たら、同級生 や先生に見られてしまう。でもみんなの前で 男子の制服なんて着たくないし……。 「ねえねえ、セーラー服着てみたいなっ」 「あんたには大き過ぎるでしょ」 「そういうのは家に帰ってからにしましょ」 「じゃあ千明ちゃんちに行こう」  みんな外に出て行く。 「ねえ福井、この格好のまま外にでるの?」 「じゃあまた制服に着替えて行く?」 「……やだ」 「大丈夫よ、絶対分からないって。それに裏 口から出るんだし。私と絵理ちゃんは高橋く んの靴を取って表門から出るから、内本さん と先に行ってて」  内本が小四のみんなを連れて、裏口まで回 る。誰もいない……と思ったら、バレー部の 女子が団体で走ってきた! 「あら内本さん、おちびさん連れて何してる の?」 「中学校ってどんなとこか見たい、っていう から連れてきちゃったの。この子、福井さん の妹の千明ちゃん、それとお友達、みんな小 学四年生なの」 「こんにちわ」 「こんにちわー」  うつむいたまま、みんなと一緒にあいさつ する。 「福井さんの妹なのぉー、かわいいね」 「小学四年じゃ、私達が卒業してから入学す るのねぇー」 「ねえ、私達の練習が終わるまでいなよ」 「先生には内緒で連れてきちゃったのよ」 「別にいいと思うけどなぁー」 「じゃあまた今度ねぇー」 「バイバーイ」  ふぅ、ようやく行ってくれた。内本がニヤ ニヤしながら、 「やっぱり分かんなかったね、薫ちゃん」  学校を離れて、少し安心する。 「薫ちゃんってあんな所に通ってたんだぁ」 「中学生ってやっぱり大きいよね」 「薫ちゃんや絵理ちゃんや早紀ちゃんって大 きいけど、それよりずっと大きいんだもん」 「椅子も机も大きかったし。薫ちゃん、あん な大きな椅子に座れるの?」 「私は小さいの使ってるわよ」 「こわそうな人もいたしー」 「窓の外に見えてた先生って、すっごくこわ そうだったよね」 「あの体育の先生、本当にこわい」 「もしかして、体育とかもあんな人達と一緒 にやってるの?」 「うん、とってもきつい」 「えー、絶対やだよねぇー」 「薫ちゃん、毎日男子の制服なの?」 「かっこよかったよ」 「でも毎日じゃいやだよねー」  みんなと並んでおしゃべりしながら歩いて ると、さっきまで中学生やってたことなんて 嘘のよう。胸には南町小四年の名札も付けて るし(名前は鈴木絵理になってるけど)。  千明ちゃんちに着く。内本に制服脱いでも らって、裕子ちゃんが着ている。 「だぼだぼー」 「絶対変だよー」 「じゃあ次は私ね」と恵ちゃん。 「ちょっと大きいかな?」 「長くはないけど、ちょっとだぼだぼね」 「どーせ私は太ってますよーだ」 「はーい、写真とるよー、チーズ!」 「次は私!」と早紀ちゃん。 「早紀ちゃんが着ると本当の中学生みたい」 「あ、もうやってるのね」  ようやく絵理ちゃんと福井が戻ってきた。 「じゃあ私の分、高橋くんに着せようか」 「……えっ」 「絵理ちゃんの服を堂々と着といて、今更何 言ってるのよ。さっ着なさい」 「だって絵理ちゃんたちと遊ぶ時に同じよう な服を着るのは当たり前だけど、中学校の制 服は……」 「薫ちゃん、早くしなよー」  みんなにせかされて着てしまった。 「はーい、三人並んでー」  セーラー服着た私と早紀ちゃん、そして男 子の制服を着た絵理ちゃんが並んで、 「はい、チーズ!」 「ねえ絵理ちゃん、そのかっこうで表門から 出てきたの?」 「『高橋のやつ福井といちゃついてる』なん ていわれちゃったのよ」 「だから千明ちゃんのお姉さんとは別々に歩 いてきちゃった」 「一人で帰ってきたの?」 「教室からそこの大きな交差点まで一人だっ たの。途中でおっきい男子に『高橋、バイバ イ』とか声かけられちゃった」 「絵理ちゃんと入れ替わっても分からなかっ たんだ」 「じゃあ交代して通えるよね。絵理ちゃん、 しばらく中学校の方に通ったら?」 「えー、勉強わかんないよ」 「高橋くん成績悪いから、テストで点数悪く ても大丈夫よ、ね」  ………福井はもう。 「早紀ちゃんならもっとばれないよね」 「髪形同じにしちゃって、さ」 「…月曜日、うちのクラスの千葉先生いない から、早紀ちゃんと入れ替わっても大丈夫よ」 「中学の方はどうせ実力テストやってるだけ だし」 「じゃあやろうよ、ねっ、早紀ちゃん、薫ち ゃん」 「それじゃ月曜日の朝うちに来て、着替えて から学校に行けばいいよね」  えっと、月曜日は、千明ちゃん礼子ちゃん と一緒の学校に行けるんだ。ばれたらどうし ようって不安はあるけど、やっぱり嬉しい。 「うんっ、やる」  九月三日(月)   [薫編]  ちょっと早めにうちを出て、裏道を通って 千明ちゃんちへ。もう早紀ちゃんと礼子ちゃ んは来ていた。早紀ちゃんはスカートはいて る。今日はこれ着て学校にいくのかぁ。 「さっ、早く着替えなさい」  パンツも靴下も脱いでしまう。 「みーせーてぇ」 「だめっ」  そして早紀ちゃんの服を着る。この下着な んて言うんだったっけ……スリップだったか な?絵理ちゃんのを見せてもらった事はある けど、着るのは初めて。飾りのついた靴下も 初めて。そしてスカート。今までだって舞や 絵理ちゃんとかのスカートを借りて着たこと 何度もあるけど、今日はこのまま学校に行く んだと思うと緊張してしまう。もっとも中学 校ではなくて小学校の方だけどね。そして胸 には『内海小四年四組 高見早紀』。 「髪型同じにしたから、服を交換してしまう と私もどっちがどっちだか分からなくなって しまいそうね」 「早紀ちゃん、本当に中学生みたいよー。薫 ちゃんより似合ってる」 「これなら、よほど仲良しでないと分からな いわね。さっ学校に行こう」  早紀ちゃんは私のカバンを持って、福井と 一緒に中学校へ。私は早紀ちゃんのランドセ ルをしょって、千明ちゃん、礼子ちゃんと一 緒に小学校へ。 「薫ちゃんと一緒に登校出来るなんて夢みた い。今日だけだけど」  口からでまかせが本当になっちゃうなんて。 でも千明ちゃんたちと今日一日丸々一緒に過 ごせるって嬉しいな。 「このままずっと通っちゃってもいいじゃな い」 「でもそんなことしたら早紀ちゃんはどうす るのよぉ」 「早紀ちゃんがテストですっこくいい点数と って、薫ちゃん中学校に戻れなくなったりし て」 「あっ、それはあるかもー」 「えーっ、そんなぁ」  とかいいつつも、もしそうなってくれたら 毎日こうやって千明ちゃんと一緒に通えるの に……という気持ちもちょっと。  あっ、右から近づいてきたあの人は…… 「早紀ちゃん、おはよー………あれ?早紀ち ゃん、いつからそんなおでこになったの?」  げっ、さっそくばれちゃったじゃない。 「ごめんね、美幸ちゃん。今日の早紀ちゃん は身代わりなの。だって千葉先生いないし、 ちょっと入れ替わってもらったのよ」 「私も早紀ちゃんと一緒に行きたいよー」 「放課後になったら、本物早紀ちゃんに面白 い話聞かせてもらえるよ」 「んー……じゃあいいや。偽早紀ちゃん、よ ろしくね」 「あ、はい、よろしくお願いします」 「あっ、千明ちゃん、おはよー」 「美幸ちゃんおはよー」  学校が近くなるにつれて人数が増えていく。  もちろん二年前にはちゃんとした小学生と して何度もここを歩いたことある。何度も見 た、よく知ってる風景。でも二年前は男子に 囲まれて歩いたけど、今日は女の子の服を着 て、女子に囲まれて歩いている。  四年四組の教室に入る……男子がたくさん いる。いつもみたいに女の子だけだったら何 にも思わないけど、男子のいるところでこの かっこうはなんだか恥ずかしいなぁ。でも男 子はみんな知らない人なんだし、今日は早紀 ちゃんの代わりに女の子やるんだから。 「早紀ちゃん、おはよー」  えっと、この人は…… 「……綾子ちゃん、おはよう」  ……うん、間違ってなかったね。  早紀ちゃんの席まで行って、ランドセルの 中の物を机のなかに入れる。  すぐに千明ちゃんの所にいくけど、千明ち ゃんの席のそばには男子が集まってる。 「そこのデカ女、じゃまだからあっち行けよ」  なによこいつ。 「…薫ちゃん、あっち行こうよ」 「…うん」  男子から逃げるように、教室の反対側にい る礼子ちゃんのところに行く。女子が十人く らい集まっている。 「ねえ、今日はどの先生がくるの?」 「また熊野先生じゃないの?」 「熊野先生やだなぁ、全部自習にしてくんな いかな」 「ねえ今月の『プチレディ』もう読んだ?」 「あっ、読んだ」 「えっ、早紀ちゃん『プチレディ』読むの?」  えっ、早紀ちゃん読まないの? 「んとっ、千明ちゃんちに行った時に読ませ てもらったの」 「『ミルキィランド』良かったねぇ」 「うんっ、あれ良かったよね」 「はやく来月号読みたい!」  気の合う女の子がこんなにいるなんて嬉し いな。今日ここに来て本当によかった。  今までだってこうやって女の子とだけ遊ん でた。でも、こんなふうに男子と女子の固ま りがあって、自分が女子の方にいる、いなき ゃいけない。今まではあっちの固まりの方に いた、なんてなんだか不思議な気分……んっ、 何やってるんだあいつら。 「あっ、さ……私の机に落書きしてるっ」 「やめなさいよっ、赤井くんっ」 「男子ってやーねぇ」 「………うん」  落書きを消していたら先生がやってきた。 「はいはい、みんな早く席につきなさい」 「あっ、教頭先生だ」 「……薫ちゃん、あの先生なら大丈夫よ」  そういって千明ちゃんは自分の席に戻った。 同じ教室の中だけど、ちょっと離れただけで 寂しいな。 「気をつけ、礼」 「おはようございまーす」 「えー今日は千葉先生が出張ですので、私が 授業をやります。今日の予定としては、4時 間目頃に身体測定です」  えっ、ちょっと待ってよ、どうしよう。み んな授業がつぶれるってうれしそうだけど、 私は困るわよ。教頭先生が教室から出た後、 すぐに千明ちゃんのところに飛んでいった。 「……身体測定だって、どうしよー」 「大丈夫よ、別に裸になるわけじゃないんだ し。……薫ちゃん、さっき私の目の前で着替 えてたじゃない」  ……そういわれるとそうだった。  で授業は、結局こっちも実力テスト。教科 書を読んだり黒板で問題解いたりせずにすむ からこの方がいいんだけど。でも早紀ちゃん より出来が悪いとかっこ悪いなぁ。問題の量 に比べると時間はいっぱいあるみたいだから 大丈夫かな? 「……ねえ出来た?薫ちゃん」 「んーと、多分出来たと思う」 「早紀ちゃんなら満点だと思うけど……あっ そういえば薫ちゃんって中二だったんだ、な ら大丈夫だよね」  そういえば、はないでしょー。  そしてついに身体測定。 「では男子、先に行きますから廊下に出席番 号順に並んで」  私は当然、教室に残る。男子が保健室の方 にぞろぞろと並んで行く。先生がいなくなっ たら、教室に残った女子はおしゃべり。 「また薫ちゃんの下着姿が見れるね」 「……千明ちゃんの下着姿も見れるもんっ」  赤井くんが戻ってきた。 「おっんなのなっかにー、おっとこがひっと りぃ、だ」  ぽつぽつと男子が戻ってくる。そのうちに 教頭先生が戻ってきた。 「では女子、出席番号順に並びなさい」  女子が廊下に並んでぞろぞろと歩きだす。 こうやって並ぶと、やっぱり私が一番背が高 いと実感してしまう。列の中で頭ひとつ突き 出ていると、ふと自分が中二だってこと思い 出して恥ずかしくなるけど、本当の4年生の 早紀ちゃんの方がちょっと背が高いんだから、 気にすることないよね。  男子の測定が全部終わるのを待って、保健 室に入る。みんな脱ぎ始めたから、私もしぶ しぶ脱ぐ。不安になってあそこを見てみる、 でもスリップ着てるから全然分からないよね。  保健室の中は保健の先生ともう一人女の先 生以外は、下着姿の女子だけが十数人。見慣 れてないんでちょっとドキドキ。そういえば 吉井のやつ、去年の冬に女子の身体測定をの ぞき見して、先生にばれてひどく叱られてた っけ。私も男子だって事ばれたら叱られるん だよね。うん、ばれないように注意しなきゃ。 「はい、次」  あっ私の番だ。 「はいっ背中をぴったり付けて……あっ、こ らっ、島木くん、そんなとこで何してるのっ」 「えー、男子がのぞいてるぅー」 「信じらんなぁーい」  ……ばれないようにしなきゃっ。  保健の先生が外にいる教頭先生に島木くん のことを言いにいって、ようやく測定再開。 「えーと、一四九・七センチ」 「早紀ちゃん、もうちょっとで一五〇だね」 「すっごーい」  次は体重。 「んーと、三九・九キロ」 「体重ももうすぐ四〇キロだねっ」  測定が終わって服を着る。こうやって一緒 に服を脱いだり着たりして、下着姿まで見せ 合ってると、今日初めて合った人達なのにす ごく親しくなったような気がする、少なくと もあの男子達に比べれば。  で、教室に戻ると…… 「あっ、島木くん、さっきはのぞいたわねっ」 「あやまんなさいよっ」 「高見のデカ女しか見えなかったよーだ」  ……のぞきって、見られたのは私だったん だ。あの島木って男の子に、私の下着姿見ら れたんだ…… 「あー、早紀ちゃん泣いちゃったじゃない」 「あやまんなさいよっ」 「べぇーっだ」  今までも同級生の男子の前で、裸だって見 られたことあったのに、なんで涙が出てくる んだろ。女の子の下着を着てたから?陰から こっそり見られたから?  結局、島木くんは教頭先生にひどく叱られ てたけど。  給食も終わって、昼休み。 「体育館でドッヂボールしようよっ」 「やろうやろう」 「……薫ちゃんもやるよね」 「でも私、スカートだよ」 「私もスカートだよ」 「……うん」  他のクラスの女子も加わって、十対十のド ッヂボール。最初のうちはスカート気にして じっとしてたけど、そんなことも言ってられ なくなってきた。 「……薫ちゃん、パンツ見えてるよぉー」 「えーっ」  千明ちゃん、パンツ見えないようにして走 るのうまいなぁ。あんな風に走るのかぁ。 「せっかく一緒に過ごせる一日だったのに、 うちの男子のせいで台無しだったね」 「そんなことないよ、すっごく楽しかった」 「またやろうね」 「んー、出来るかなぁ」   [早紀編] 「あのっ、千明ちゃんのお姉さん、今日はよ ろしくお願いします」 「高橋くんはいつも『福井』って呼び捨てに してるから、そう呼んでね」 「……でもぉ……」 「今日はあなたは高橋薫、男の子なんだから」  教室に入る。中学校の教室ってこんななん だぁ。小学校とそんなに変わらないけど、壁 に何か表が貼ってあったりして、うん、さす が中学校って感じ。  今日はテストだけだからか、薫ちゃんのカ バンの中はからっぽ。筆箱を机の中にいれて ……机の中に全部入ってる。んー、薫ちゃん たら。  すぐに福井さんのところに行く。 「あー、高橋と福井がまたいちゃついてるぞ」  どこかから、太くて低くてでっかい声が聞 こえてきた。声が聞こえた方を見ると、私よ りもさらにでっかい人達……なんか恐い。私、 クラスで一番おっきいのに、ここでは一番ち いさいみたい。 「ふーんだ、あんたたちみたいに不細工なや つら、興味ないもんねぇー」  福井さんが男子にそういった後、私に 「……でも今日は男子なんだから、ちょっと 離れてた方がいいわね」 「でも……」 「お昼休みになるまでは、休み時間なんて短 いから、じっと椅子に座ってるだけでいいわ。 薫ちゃんだっていつもそうしてるし」  先生がやってきた。 「気をつけ、礼」 「おはようございまーす」 「はい、おはよう。では、出席をとります。 石川」 「はいっ」  低くて恐い声が続いていく。 「高橋」私の番だ。 「……はい」 「……ん?いないのか?」 「はいっ」出来る限りおっきな声で言った。 「声小さいぞぉー、朝飯喰ってきたかぁー、 お前はただでさえ少ないのに」  ……あれで小さいなんて。女子は私より小 さい声の人がいたのに、何も言わないじゃな いの。 「今日は5時間目までテストだから頑張るよ うに。それと、6時間目は体育祭の練習があ ります」 「えーっ」 「そんなの聞いてねぇーよぉー」 「体操服持ってきてないよぉー」 「そんなに汗をかくほどはやらんそうだ。細 かいことは体育の先生から後で連絡があるは ずだから」  ふーん、体育か。きつくないのなら大丈夫 かな?  休み時間は福井さんに言われた通り、椅子 に座ってじっと待つだけ。つまんないな。で も十分しかないから何もできないし、みんな 教科書とか見て勉強してる。私も分からない かもしれないけど教科書眺めていよう。  給食も黙って食べて、ようやく昼やすみ。 福井さんに言われた通り、漫研の部室とかい う所に行く。こないだ一緒にいた内本さんも いる。 「テストだけだし、何も出来なくてつまんな いでしょ?でも中学校なんてこんな所よ」 「テストはどうだった?」 「んとね……国語は、どこかで見たことがあ る漢字も多いし、文章読んで答えるだけでい いから、少しはできたかな?算数……じゃな かった数学は、図形の問題は全然分からない。 計算は、マイナスがよく分からないけど、テ ストの前に教科書見てたら少しは分かったか ら一応答えは書きました。『方程式を解け』 って……xがいくつかってことですよね」 「そうよ、良く知ってるわね」 「少しは何か書きました。社会は……ほとん ど分からない。英語は、塾行ってるから少し は分かります」 「……薫ちゃんより出来がいいかもね」 「特に英語は。まずいわね」 「そうなんですかぁ」  昼休みの後は掃除の時間。福井さんと同じ 班だったからほっとしたけど、あんまり近づ いちゃだめだって。  最後の理科、これもよく分からない。  あとは体育祭の練習だけ……。校内放送が 聞こえてきた。 「これから運動会の練習を行います。男子は 運動場、女子は体育館に集合すること」  福井さんと完全に離れ離れ、やだな。 「じゃあ、後でね。早紀ちゃん」  運動場に男子だけがずらりと並んでる。背 の順だからか、後ろの方になると、うちの父 さんよりも大きくて恐そうな人達ばっかり。 こんな人達と体育やるのか。やだな。私は一 番前。 「えー、内海中名物内海体操の練習をやりま す。さっ、上半身裸でなりなさい」  えっー、ちょっとまってよ、何それ。でも 周りの人達はさっさと列を離れて、楽しそう に服を脱いでいる。 「おい高橋、あっち行って脱ごうぜ」 「……う、うん」  私のすぐ後ろの人と一緒に木の陰に入る。 その人はさっさと脱いで服を木の枝にかけた。 「さっさとしろよー」  仕方ないのかな、泣きたい気持ちで脱いで いった。男子用のシャツと下着を脱いで、木 の根のところに置く。脱いだらすぐに手で前 を隠した。 「お前、本当に貧弱だなぁ」  一応薫ちゃんだと思ってるのね。  列に戻っても腕は組んだまま。でも…… 「はい、気を付け」  ……そんなぁ。 「一年が知らないので、最初から説明します。 二年三年も復習のつもりでやるように。まず、 足を開いて、こんな風に構えます。はいっや ってみて」  涙がでちゃう……みんな先生の方を注目し てるから、私が泣いてることなんか気付かな い。でも顔を上げたら先生に気付かれちゃう。 「二年三年も真面目も真面目に聞いとけよ」  涙拭いて一応前を見る。早く終わってくれ ないかな。  あっ、別の先生がこっちに歩いてくる。 「……高橋、顔色悪いぞ。涙も出てるし。 どこか痛いのか。調子悪いのなら無理せず、 見学だけでいいんだぞ」 「えっ、えっと、そんなに汗をかくほどじ ゃないって聞いたんで、説明だけだと思っ てたら……」 「日陰に入って休んでろ」  良かったぁ。他の見学者のいる所に連れ ていってもらう。でも服を着ろ、とは言っ てくれなかった。服を置いた所は離れてる。 る。体育座りで胸を隠して、じっとうずく まって、終わるのを待った。 「ごめんなさいね、早紀ちゃん。まさか裸 になるなんて思わなかったもの……」  思い出すと、また涙が出てくる。やだぁ よぉ。   [福井さんち編] 「えーっ、かわいそう、早紀ちゃん」  早紀ちゃんは千明ちゃんちに着くずっと 前から泣いてたみたい。 「薫ちゃんとこの学校、ひどいわよね」 「……明日も練習あるんだって」 「えー今度は薫ちゃんも脱がされるのぉ?」 「……うん」 「そんな学校やめなよぉ」 「千明ちゃんとこに通えばいいじゃない」 「そうよねぇ」 「でも今日身体測定のとき、島木のやつにの ぞかれて、薫ちゃんの下着姿見られたのよ」 「それもやだよねぇ」  あー、私も思い出しちゃった。早紀ちゃん も泣いているし、段々私も泣きたくなってき た……  九月四日(火)  英語の時間。 「ではテストの答案を返します。石川」  早紀ちゃんはどのくらい出来たんだろう。 「高橋……ん、今回は頑張ったな」  うー、やっぱり。 「今回の平均点は六九点だ。ちょっと出来が 悪いぞ」  げっ、ほとんど平均点だ。まずいなこれは。  数学も戻ってきた。平均点はいってないけ ど、「夏休み中随分頑張ったんだな」なんて 言われるし。この調子だと今までで一番いい 点数になってしまう。次回のテストの時、ど うすればいいんだろう……  体育祭の練習の時間になってしまった。脱 がなきゃいけないのか。やだなぁ。どうしよ う。まず体操服を着替えるために脱ぐのがや だ。こいつら男子の前で脱ぐのが。そうだ、 トイレ行って着替えよう。でも練習の時は上 は脱がなきゃいけないのかぁ。  結局練習の時は上を脱いでしまう……やだ なぁ、泣きたくなってきた。 「……高橋、今日も調子悪いのか。そんなら 前もって言っておきなさい。さっ、早く木陰 に入りなさい」  なんか知らないけど良かった。でも服を置 いた所は離れてる。体育座りで胸を隠して、 じっとうずくまって、終わるのを待った。  九月十日(月)  朝、目覚ましで起きる。ああ月曜日か、学 校行かなきゃ。今日は体育祭の練習なくてす ぐに帰れるけど、絵理ちゃんたちが運動会の 練習なんだって。千明ちゃんもなんとか委員 会の用事で遅くなるって言ってたし、今日は 遊びに行けない。つまんないな。  今日もこの制服着るのかぁ。いやだなぁ。 「早くしなさい」お母さんの声でようやく着 始める。  舞はもう御飯を食べている。舞が着ている 服は、私が昨日絵理ちゃんとこに遊びに行く ためにこっそり借りた服。ちょっとドキドキ する。でも舞はあの服を堂々と着て学校にも 行けるんだ、いいなぁ。舞の方が背が高いん だし、中学校の制服の方が似合うのに…でも 舞は女子の制服か。もし百合園入ったら別の 制服なんだ。舞、前よりも大きくなったみた い。これで制服なんか着たら、舞の方が絶対 大人に見えちゃうだろうな。  舞はさっさと食べ終わって出掛けてしまっ た。私も食べ終わって玄関へ行く。靴をはこ うと下を見ると、舞の靴がある。こっちはい て行きたいな。ちょっとだけ足を入れて、す ぐに出す。自分の靴をはいて立ち上がる。 「いってきまーす」  通学路では、しばらくは小学生と同じ道。 ほとんどは私より小さいけど、すごく高い子 も少しいる。六年かな?とても自分より年下 に見えない……でも千明ちゃんや早紀ちゃん より上級生なんだよね。おっきな小学生は交 差点で左に曲がった。私もあっちに行けば、 千明ちゃんや早紀ちゃんに会えるのに。  中学校の教室に入る。もうほとんどの人が 教室に入っている。すぐに朝自習の時間。筆 箱を出して小テストをやる。本当はもう一つ 筆箱持っていて、かわいい鉛筆や消しゴム持 ってるんだけど、あれ持ってくると男子に何 か言われるに決まってるから、普通のを持っ てきている。隣に座ってる女子は、私がうち に持ってるのと同じ鉛筆と消しゴムで問題解 いている。時々先生に「こんなの持ってくる な」と言われてるみたいだけど、それでも堂 々と持ってきている。  授業が始まる。一応話を聞いてるけど、よ く分からない。だって全然勉強してないんだ もん。こないだのテストは早紀ちゃんがいい 点取ったせいか、先生が前ほどうるさく言わ なくなっちゃった。困ったなぁ。勉強しない といけないのかなぁ。でもどこからやったら いいのか分からない。中間試験はまた早紀ち ゃんに受けてもらおうかなぁ。  給食の時間。制服のズボンがどうだとか、 なんとか言うバンドがいいとか、少年マンガ の話とか、男子のそういう話題にはついてい けない。テレビの話題も、最近は舞が選んだ のを見てるから男子の話題にはいま一つつい ていけない。女子の話の方がついていけそう だったり興味のある話題が多いけど、何か言 えば福井と内本以外には変だと思われそうだ から、ただうなずいているだけ。  昼休みはいつも図書室で本を読んでいる。 今日も早いところ図書室に行こう、と急いで いると廊下で人にぶつかった。 「あっ、ごめんなさい」 「あらごめんね」  顔も見ないですぐに立ち去ったけど、名札 がちょっと見えた。一年生だった。一年生相 手に敬語使っちゃった。だってあんなに大き くて大人っぽいんだもん。私が二年生だと気 づかれなければいいけど。  掃除の時間。男子がちゃんばらごっこして る横で黙々と掃除。そこに福井が話しかけて くる。 「今日もみんなと遊ぶの?」 「今日は絵理ちゃんたちは運動会の練習で遅 くなるみたいだし、千明ちゃんも何か学校で 用事があるんだって」周りに聞こえないよう に小さな声で話す。 「あら、千明は帰るの遅くなるんだ」  千明ちゃんを呼び捨てにしている…当然だ よね、千明ちゃんのお姉さんなんだから。そ んな人を私は同級生だからって呼び捨てにし ている。千明ちゃんの四つも上のお姉さんな のに。なんだか呼び捨てなんて悪いような気 がしてきた。でも、代わりになんて呼べばい いんだろう。いまさら変えるのも変な感じだ し。  授業が終わって、走って家に帰る。でも今 日は絵理ちゃんちには遊びに行けない。 「あら、ちょうどいいとこに帰って来たわ」  お母さんは紙袋を抱えて出掛けようとして いた。 「今から石橋さんの所に行ってくるわ。七時 には帰ってこれると思うけど、晩御飯は少し 遅くなるわね」  そう言って出掛けていった。舞は塾に行っ てるから、いつも七時過ぎに帰ってきてる。 お父さんはもっと遅い。ということは、七時 までは私一人…よしっ、舞の部屋で遊ぼっと。  まずは服を着替えなきゃ。絵理ちゃんちに 行く時はパンツとかキュロットとかを借りる 事が多いし、汚してもばれないように古いの を選んでるから、今日はいつもと違うのを選 ぼう。あっ、このワンピース、こないだ買っ てもらってたばかりのだ。これ着てみたかっ たんだ。これ着るんなら下着はこれ、靴下は これ。裸になって、舞の服を着て、鏡の前に 立つ……あれ、ちょっと大きい。舞ってこん な服着てたんだ。私って舞よりこんなに小さ かったんだ…だぼだぼの方が可愛いよね。い いんだ、別に。ヘアピンだけは、こないだ絵 理ちゃんたちと一緒に買いに行った自前の物。  ぬいぐるみをひとつ抱えてベッドに座り、 舞の持ってるマンガを読む。でもどれももう 読んでしまったかな。新しいのは全然増えて ないし。なんかないかなぁ……百合園入試問 題集?受験するって言ってたから、持ってて 当然ではあるけれど。学校案内も載っている からそれを眺める。  この制服は見たことある。絵理ちゃんたち も着たいって言ってる可愛い制服……みんな 一緒に着るのか…私も一緒に着たい。入学式 の写真。みんなと一緒の制服を着て、ここに 並ぶ…なんていいな。授業風景の写真。絵理 ちゃんたちと同じ教室で勉強したいな。時間 割が載ってる…なんか英語とか数学の時間多 くない?やっぱり百合園は勉強ばっかりして るんだぁ…でも絵理ちゃんたちと一緒だった ら…。そして試験問題。これ解かないと百合 園に入学出来ないんだ……でも小学生が解け るんだ、私だって出来るはず。  舞の机に座って、紙を一枚頂いちゃって、 問題集を広げて、解いてみる。まずは算数… …最初の計算問題は解けるけど、文章問題に なってくるともう分からない。こんなの小学 生に解けるの?でも舞は自信あるみたい…。 もういいや。もし解けても、もし勉強しても、 絵理ちゃんたちと一緒に百合園に入れる訳じ ゃないんだし。  あっ、五時半だ。テレビ見ようっと。ワン ピースのままで居間に行く。自分のうちでこ んな服着てぬいぐるみ抱えて居間でテレビ見 るなんてのは初めてかな?絵理ちゃんちでは よくやってるけど、お父さんやお母さんと一 緒にいる事が多いこの部屋でこんな事してる とちょっと緊張してしまう。見ているアニメ も、舞が選んでくれた時には見れるけど、舞 が塾に行ってる時はお母さんがいる前じゃさ すがに自分で選んでは見れない。  お菓子食べながらテレビ見ていたら、あっ という間に六時半。もうお母さんが帰ってき ちゃう。自分の部屋に行ってヘアピンだけし まって、舞の部屋に戻って服を全部脱いで、 気づかれないようにきれいに片づける。ぬい ぐるみも元の場所に戻す。居間に戻ってテレ ビを見ていたら、お母さんが帰ってきた。も う着替えちゃったけど、さっきまで舞のワン ピース着てた感触が残ってて、お母さんがこ っちに来るとなんとなく恥ずかしい。  九月十五日(土) 「はい、始業式の日に撮った写真よ」  床に写真を広げてみんなで見る。 「だぼだぼのセーラー服ってやっぱり変だぁ」 「私、男子の制服着てる写真しかないじゃな い、セーラー服の写真はないの?」 「こっちにあるよ」 「でも、みんなセーラー服着ても全然大人に 見えないよねぇ」 「あんたはだぼだぼだからじゃない?」 「早紀ちゃんはこの人とあんまり背は変わら ないじゃない」 「内本さん、だったっけ?」 「でもなんか違うわよねぇ」 「胸がないからよ、きっと」 「薫ちゃんや絵理ちゃんは、本当に『小学生 がセーラー服着てます』って感じだし」 「やっぱり中学生って大人よねぇ」 「中学校の中に入る時、私緊張しちゃった」 「先生とあんまり変わらないような人があち こちにいて恐かった。運動会の練習の時なん て恐い人ばっかりだったし」 「千明ちゃんのお姉さんとかは?」 「男子と女子は別だったんだもん」 「しまった、そういえば早紀ちゃんの男子制 服姿、撮ってなかったわ」 「薫ちゃんの男子制服姿も撮ってない」 「薫ちゃんのはいつでも撮れるじゃない」 「撮らなくていいっ、そんなの」 「運動会の時に撮りに行こう」 「体育祭だけは絶対に来ないでっ」 「えー」 「あのなんとか体操、やらされている?」 「うん」 「休んじゃえば?」 「女子の方は別の事やってたみたいじゃない。 あっちだったら千明ちゃんのお姉さんと一緒 なのに」 「んー…」 「今日帰ってからお姉ちゃんに聞いてみるね」 「そうだ、南町小の運動会は来週なの、絶対 来てね」 「内海小は再来週だよ」 「絶対に行くね」 「そうだ、薫ちゃんにお願いがあるの」 「何?早紀ちゃん」 「運動会の日の夜にピアノの発表会があって、 運動会全部出てられないの。午後だけでいい から、私の代わりに出て欲しいの」 「わーい、また薫ちゃんと一緒だね」 「でも、何か練習する事あるんじゃないの?」 「最後にダンスがあるから、それだけは練習 しないといけないけど、他は走るだけ」 「ねえねえ、練習も来ればいいよ、薫ちゃん」 「中学の方の練習もあるし…」 「毎日やってるの?」 「まだ毎日じゃないと思う」 「日が合ったら放課後の練習に入ればいいし、 他の日は私が教えてあげる」  九月二十日(木)  今日は練習はない。小学校の方はやるみた い。早く授業が終わらないかな。授業中は、 千明ちゃんに今まで教えてもらったダンスを 思い出して復習。みんなもう練習してるんだ から、自分だけ下手じゃ目立っちゃうもんね。  授業が終わるとすぐに小学校裏の公園へ。 校庭を見ると、もうみんな集まっている。急 がなきゃ。公園のトイレで体操服に着替えて、 裏口で早紀ちゃんと交代。 「がんばってね」 「薫ちゃん早くおいで、遅れちゃうよ」 「あっ今日の練習は偽早紀ちゃんなんだ」 「そういうのを大きな声で言わないの」 「早紀ちゃんは運動会の日にピアノの発表会 があるらしいから、午後は私が代わりに出ま す」 「偽早紀ちゃんも好きー」  みんなで運動場に出る。私は四年四組女子 の列の一番後ろ。やっぱり小学四年の中じゃ 一番高いよね……横は四年三組、その一番後 ろの人は私とそんなに変わらないような。逆 の隣は五年一組。私よりずっとおっきい…… あっ、多分この人毎朝見かける人だ。あの人 五年生だったんだ。いくらなんでも私の事気 づかないよね。でも毎朝見かける人が隣にい ると急に恥ずかしくなってきた。 「では練習を始めます」  先生の声がするので前を見ると…高井先生 だっ。他にも知ってる先生達…一年半前まで この小学校に通ってたんだから知ってる先生 がたくさんいるのは当然だよね…。なんで今 まで気づかなかったんだろう。もう中二なっ たはずの男子の私が、知ってる先生達の前で 女子の体操服を着て四年生の列に並んでるな んて……いいえ、私は高見早紀、関係ないわ、 真面目に練習しなきゃ。  練習が始まる。今まで気にしてなかったけ ど、このダンスってやっぱり小学生向けのダ ンスだよね。ダンスを踊っている私の周りを 知ってる先生達が見て回っている。すぐ横を 通り過ぎていく。何も言わないから気づいて ないみたい。でも中二男子の私が小学四年生 の女子にまじってるのをじろじろ見られてる みたいな気分。二年前は六年生、他の男子と 一緒に「こんなダンス恥ずかしいよ」なんて 言ってたのに。  ようやく練習が終わった。緊張してたから、 ちゃんと練習になってたのかな。千明ちゃん 達と教室に戻る途中ふと横を見ると、六年生 の集団がこちらに向かって…あっ、舞だっ。 そ、そりゃこの学校にいるのは当然…でも…。 他の六年生と一緒に、舞が私のすぐ横を通り 過ぎていく。私はちょっと顔をそむける。運 動会当日も当然いるんだ…お父さんやお母さ んも来るんじゃない。今更断れない、せっか く練習もしたのに。どうしよう…。  うちに帰ると、もう舞は帰っていた。気づ いてないみたいだけど、さっき女子と同じ格 好をして四年生の中にいたの見られたと思う と、恥ずかしくて舞の顔が見れない。  九月二十三日(日)  今日は南町小の運動会。私と千明ちゃんと 礼子ちゃんは応援席。でも時々裏に回ってみ んなと遊んでるけど。  お昼御飯、絵理ちゃんとお弁当をご一緒さ せてもらった。食べ終わった頃… 「美穂ちゃーん」  美穂さんのお友達かな?と見ると、舞がい るっ。えっと、どうしよう。 「わ、わたしおトイレ行ってくる」  美穂さんはなぜ私が慌ててるか分かったみ たい、笑ってわたしを見てる。  本当にトイレ行ってきて時間を稼いだけど、 まだ舞がいる。陰に隠れて、舞がどっか行く のを待つ。美穂さんと舞が仲良さそうに話し ている。みんな大人っぽいなぁ……舞も。舞 は美穂さんと塾で同級生なんだよね。美穂さ んと同じ歳なんだよねぇ…。四年のみんなと 六年とは見ていて全然違うもん。私は四年の 方なんだ。  ようやく舞達が応援席の方に行ったので、 絵理ちゃん達の所に戻る。 「遅かったね」 「実はねぇ、さっきいた中に薫ちゃんのお姉 さんがいたんだ」  わーなんで言っちゃうの、美穂さん。 「えー、分からなかった」 「なんで教えてくれなかったのぉー」 「来週内海小の運動会で見られるわよ」 「絶対見にいかなきゃ」  もうすぐ午後の部が始まる、というアナウ ンスが入った。 「じゃあまた後でね」  応援席では、舞の斜め後ろになるように座 った。舞は他の六年生と一緒に応援している。 私は四年生のみんなと一緒。四年生のみんな みたいに子供ぽいんだ、わたし。六年生の舞 とは違うんだ。そういえば、さっき美穂さん は「薫ちゃんのお姉さん」って言ってた。絵 理ちゃんたちと同級生なら、当然舞の方がお 姉さんなんだよね…。  うちに帰ると、もう舞は帰っていた。今ま でになく舞が大人びて見えた。舞の方がお姉 さん……違う、私の方が年上のはず。でも舞 は美穂さんと一緒。絵理ちゃん達と仲良しの 私は…。 「薫、来週の日曜日は小学校の運動会だから、 小学校に来ないと昼御飯食べられませんから ね」お母さんが言った。 「…うん」  とうとう来週だ。舞やお父さんやお母さん の前に出る事になるんだ…。  九月三十日(日)  お父さんとお母さんと舞はもう出掛けた。 私は「昼になったら行く」と言ったけど、絵 理ちゃんたちがいるから、すぐに出掛けた。  応援席はお父さん達に会わないようにはじ っこへ。でも弟妹がいる中学校の同級生があ ちこちにいる。もちろん福井や内本もいる。 もっと後にくれば良かったかなぁ。みんなと はちょっと離れた所に座る。 「ねえねえ、薫ちゃんのお姉さんってどこ?」 「スタートラインの一番手前後ろから四人目」 「あっ、そっくりだ。やっぱり姉妹だね」  四年生の障害物競争。千明ちゃんや早紀ち ゃん、礼子ちゃん、美幸ちゃんが出てる。午 後のかけっこは、あの中に私が入るんだ…み んなが見てる前で。  お昼御飯。お父さん達のいる所へ。 「ねえねえさっき四年生の中に、薫そっくり の子がいたよね」 「うんうん、本当にそっくりだった」 「あれ薫だったんじゃない?」 「ち、ちがうよ、なんで小学四年なんかに」 「あっ、ほらほらあの子」舞が指差した先に 早紀ちゃんがいる。 「薫って四年生並なんだねぇ」  まるで、今から四年生にまじって運動会に 参加するのを知ってるみたいな言い方。気づ かれそう気がしてきた。もし気づかれたら、 なんて言われるだろう…  友達のうちに遊びにいく、と言ってお父さ ん達と別れて、裏門に回って早紀ちゃんたち と教室に入り、着替える。 「じゃあ頑張ってね」 「早紀ちゃんもピアノ頑張ってね」  外に出て、千明ちゃんたちと一緒に四年生 の列へ。いきなり中学の同級生が目に入る。 すっごく恥ずかしい。もちろん誰も気づかな いし、念のために少し離れた所に福井と内本 が見ててくれてるけど、みんな気づいてるよ うな気になる。中学二年の男子の私が、小学 四年の女子として運動会に出ているを見られ ている。応援席の方を見るとお父さんとお母 さん。ちょっと離れた列の中には舞がいる。 みんなに見られてるんだ。 「薫ちゃん、顔赤いよ」千明ちゃんが小声で 話かけてきた。 「緊張してきちゃった」 「昨日気づいたんだけどね、薫ちゃんって前 はこの小学校に通ってたんだよね?」 「…うん、だから高井先生とかよく知ってる」 「今確か中二よね」 「うん、中二なのに小四になっちゃった」 「私が一年と二年の時、薫ちゃんも一緒に通 ってたんだなって思ったの」 「それって私が五年と六年の時だよね…」  周りを見回す。私が小学六年の時、この人 達は小学二年だったんだ。六年と二年じゃ全 然違う。今、そんな人達の中に私は入ってる んだ… 「…そんな事言わないで、余計緊張しちゃう じゃない」 「あっ、次は四年生の番だよ」  みんな立ち上がり始めた。私が六年の時に 千明ちゃんや早紀ちゃんや礼子ちゃんや美幸 ちゃんは同じ校舎の二年の教室にいたんだ。 全然年下だと思ってたあの子達、しかも女子。 今、その子達の列に並んで、それをみんなに 見られてる。  かけっこは応援席の前を通って走るコース。 みんなの目の真ん前を走っていく。だんだん 順番が近づいてくる。真正面にはお父さんと お母さん、右手には舞がいる。中学の同級生 も、先生までいる。とうとう順番が回ってき た。下向いて走ろう。 「位置について、ヨーイ、ドン」  下を向いて走るけれど、だんだんみんなの 方に近づいてる。みんな見てるんだ。胸に四 年四組と書かれた体操服を着て、女子の一人 としてみんなの前を走ってる。それをみんな に見せながら走ってるんだ。  ゴールにたどりついた。八人中四位だった けど、もうそんなのどうでもいい。小学四年 生としての姿を、親や中学校の先生や同級生 にまで見せちゃったんだ。  列に戻ると、また千明ちゃんが話かけてき た。 「薫ちゃんかっこよかったよー」 「中学校のみんなに、小学四年と一緒なのを 見られちゃった」 「いいじゃない、私達仲良しなんだから。み んなにみせびらかそうよ。そうすれば一緒の クラスになれるかもね」 「…うん」 「でね、さっきの続き。薫ちゃんと一緒に学 校に通ってたんだ、って思うと嬉しくなった んだ。たった2年間、クラスは別だけどね。 私が二年生の時、六年のクラスに薫ちゃんが いたんだなって思うと不思議な感じ。でも同 じ学校にいたんだから、もしかしたらもっと 早く仲良くなれたかもしれないのに。今考え るとすっごく残念。今からでも同じクラスに なりたいよね」  私が六年だった時は千明ちゃんは二年だっ たんだ、あの小さい子達の中だった…でも千 明ちゃんは仲良し、大好き。こんな仲良しは 他にいないもの。年下だとも思わない。同じ クラスになりたい…そうだ、私、四年生にな りたかったんだ。中二の同級生なんかより、 千明ちゃんの方がずっと仲良しなんだもん。 みんなに見られるのは恥ずかしいけど、でも 千明ちゃんたちと一緒がいい。せっかくの運 動会、今日一日だけでも楽しく過ごしたい。 楽しまなきゃ損。  最後のダンス。せっかく練習したんだから、 楽しくやろう。今日は私は千明ちゃんと同じ 小学四年生。今日の運動会は、みんなと仲良 くしてるのを、お父さんやお母さんに見ても らう日なんだ。気づかれたら困るけど、見て もらってるんだ。中学の同級生が見てるけど、 あの人達は仲良しでもなんでもない、知らな い中学生。  ダンスの最中に横を見ると、六年生の列に は舞がいる。私より上級生。でも同じダンス を踊ってる。姉妹で同じダンスを踊ってると ころをみんなに見てもらってるんだ。  ダンスは楽しかった。千明ちゃんたちと楽 しく踊っているのを、みんなに見てもらえる のは、まだ恥ずかしいけど楽しかった。  運動会が終わって、ちょっと後片付けをし て、みんなで着替えて帰る。やっぱり同じク ラスだと一日中みんなと一緒だから楽しい。 いつもこうだといいのにな。  うちに帰ると、もうお父さんとお母さんと 舞は帰っていた。うちに帰ると中学二年の私。 でも、ついさっきまで小学四年の女子やって たし、気づいてなくてもあれだけ堂々と見て もらってた訳だから、もう自分が小学四年の 女の子にしか思えない。朝まではお父さん達 の前では一応中二男子のつもりでいたから、 急に自分が小さい女の子になったみたい。男 物の服を着てるのも変な気持ち。女の子にな った自分をお父さん達に見せるようで、立っ てるだけで恥ずかしい。  運動会で舞の六年生としての姿を見ちゃっ た後だから、舞がすごく上級生に見える。自 分の方が年上だなんて思えない。自分は本当 に中学二年なのかな?自分が兄だなんて、そ んなの自分でも信じられない。