山崎智美prj. 女の子気分 / 第一章 一学期  四月二十日(金)  給食の時間。今日はパン。ご飯やおかずは 少なくしてくれって言えるけど、パンは一個 ずつだもんなあ。 「パン半分あげるよ」 「高橋、おれにくれ」川島に半分やる。 「高橋くん、本当に食べないわね」 「内本が大喰らいなだけだい」 「舞ちゃんは大きいのに」 「舞ちゃんてだれ?」  福井が内本にわざわざたずねる。 「高橋くんの妹。小学6年生だったかな?そ っくりで面白いんだよ」 「あー見てみたい」 「すっごく頭いいんだよね、舞ちゃん。最近 どんどん大きくなってるし」 「見たい見たい、今度見せてよ」 「たくさん食べないと舞ちゃんに追い越され ちゃうよ」 「うん、食べないからちっちゃいんだよ」  内本のやつめ、余計なことを。  なんとか食べ終わって、昼休み。何しよう かなぁ。今日はなにも持ってこなかったし。 「たかはしぃ、サッカーやろう」  こんな暑い日によくやるよなぁ。やりたく ないなぁ。あっ、そうだ。 「ダメ、数学の宿題やんなきゃいけない」 「お前まだ出来てないのか、あんなの」  余計なお世話だい。吉井だって今やってる じゃないか。あきらめて別のやつを捕まえて 外にいってくれた。  今度は内本がきた。 「ねえ今日放課後、漫研にきなさいよ」  面白そうだからと思って漫研、去年の三年 生が卒業したら女子だけになって行ってない んだよなあ。 「やだ帰る。やることないし」 「やることなんて見つければあるでしょう」 「今宿題やってるだからあっちいって」 「もう」  なんとか宿題は数学の時間に間に合わせた、 よかったよかった。 「こないだの実力テストを返します。最高は 九十一点、最低は三十九点、平均は六十一点。 春休みにちゃんと一年の復習しなかったな」  名簿順に呼ばれて取りに行く。 「お前にしては頑張った方かなあ。もう少し 努力しろよ」四十八点だった。半分近く取れ たんだし、いい方かなぁ。  放課前のホームルームの時間。 「まず実力テストの総合結果を配ります。ち ゃんと親に見せるように」  数学が少し良かったからちょっとはいいか な?ちょっとは……二百六十九人中二百三十 番。二百番は遠いよ。 「次に身体測定と身体検査の記録表を配りま す。親に見せて、はんこを押してもらってき てください。四月中に持ってくるように」  受け取った記録表を見ると……なんで横に 平均値が書いてあるんだ。これじゃなんか言 われるだろうなぁ。 「おかえりなさい。テストの結果出たんでし ょ?」 「なんで知ってるだよ」  母さんの手には学級通信。そんなことまで 書いてあったのか。 「はい、これ」  後ろから舞がのぞきこんだ。 「ひっどーい。なにこれ、お兄ちゃん」 「舞は塾じゃなかったの」 「これから行くところ。あっ、それ答案ね。 よこしなさい。……こんな漢字間違ってる。」  ふんっ、だ。 「あとこれにはんこもらってこいって」  身体検査記録表を出した。 「私もあるっ」舞もカバンから取り出した。 「はいはい」母さんははんこを押した後、じ っくり見入っている。 「薫、舞、ちょっとこっち来て」  なんだろ。 「ここでこう…立って」  げっ、背比べだ。背伸びしなきゃ。 「……舞の方が確かに高いわね」  そんなぁ。テーブルの上の記録表を見ると ……ぼくが一四七・七、舞が一四九・〇。 「だからたくさん食べなさいって言ってるで しょう」  にやにやしてる舞。 「私の方が大きいのに、お兄ちゃんなんて呼 ぶの変だよ。」 「うーんそうねぇ」 「薫、今日から薫って呼ぶ。じゃあいってき まーす。薫、いい子にしてるんだよ」 「たくさん食べて、運動いっぱいして、追い 越しかえさないとね」  そんなこと言われても食べられないものは 食べられないんだよぉ。  七時過ぎ、父さんと舞が帰ってきた。 「あっ薫、私は魔法戦士を見たいの!」 「おいおい舞、兄ちゃんを呼び捨てにするな んて。」 「だって私の方が背が高いんだもん」 「え、こされたか。どれどれ、あっ本当だ。 だからたくさん食べろと言ってただろうが。 それじゃあ仕方ないな。」  そんなこと言われたって。  あっ、舞がチャンネル変えた。 「ガッタマン見てたのに、勝手に変えたなぁ」  リモコンを取ろうと……としたら、舞が腕 を押さえた。 「痛い!」 「だめだめ、こっち」  引っ張られて、腕を押さえられて、背中の 上に乗っかられた。 「痛いよ、いた……」 「こらこら兄ちゃん泣かすことないだろう」 「別に痛くはしてないわ」 「背中からおりなさい」 ……舞、恐い。恐くてリモコンの所までいけ ない。まさか舞にけんかで負けるなんて…。  四月二十一日(土)  家にいても舞にいじめられるから、外に行 こう。でもうちのクラスの奴はすぐサッカー とか野球とかいうんだよなあ。どこに行こう。  歩いてるうちに隣町の公園まで来てしまっ た。商店街まで歩きたくないしなぁ。とりあ えずブランコにでも座っていよう。やること ないしなぁ。 「ねえ、ドッヂボールしない?妹達とやって るんだけど、人数が合わないんだ」  そばのマンションの影からひとり出てきた。 そうだなあ、やることないしなぁ。 「うん、やる」  その子について行った。 「この辺に住んでるの?」 「隣の葉山町」 「だから見たことたいんだ。近いの?」 「うん、歩いて五分くらい」  近づいてよく見ると女の子だった。でもい まさら嫌だなんて言えないよなあ。ドッヂボ ール何回かやったらどっか行こう。 「名前なんていうの?」 「高橋薫」 「薫ちゃんね。私、鈴木美穂だよ」  マンションの裏に待っていた小学生の女の 子四人とドッヂボール。ドッヂボールなんて 久し振り。サッカーや野球みたいにきつくな くて、ちょうどいい。なんでうちのクラスの やつらはやらないんだろう。  でも三人対三人だからすぐ済んでしまう。 面白がっているうちに十回繰り返してしまっ た。 「あれ、雨だ」  えっ、本当だ、どうしよう。 「仕方ないから家の中で遊ぼうよ、裕子ちゃ ん、恵ちゃん、友子ちゃん、薫ちゃん。」  だんだん強くなっていく。これじゃ帰れな い。仕方ない、雨が止むまで一緒に遊ぶしか ないか。  マンションの四階に上る。 「あら、みんな上がってきたのね。お昼だか ら呼ぼうと思ってたの、ちょうど良かったわ。 みんな食べていきなさい」 「ありがとうございまーす」 「あら、初めての人ね」 「薫ちゃん、葉山町に住んでるんだって」 「じゃあ内海小学校なのね」 「私達、南町小なの」  えっ、美穂って子、僕より背が高いから中 学生だとばかり思ってた。小学生だと思われ てるんだ。舞に背をこされたと思ったらこれ だもんなぁ……。いまさら中学二年だなんて 言えないよなぁ。それに女の子だと思われて いるような……。  ご飯を食べ終わる……ん、ちょうどいい量 だった。いつもならふうふう言いながら食べ 終わるのに。 「少ないんですね」 「あらもっと食べたいの?」 「いえ、ちょうどいいんです。うちじゃもっ と食べなさいって、いつも言われるんで」 「あら、女の子なのにたくさん食べろだなん て。薫ちゃんは細くてかわいいのに。かわい そうね」  女の子だったらこのくらいが普通なんだ。 いいなぁ、うちでもこのくらいだったらなぁ。 舞のやつがガツガツ食べやがるのが悪いんだ。 「雨止まないねぇ」 「ねえ絵理ちゃんが持ってるマンガ読ませて」  本棚を見ると……少女マンガばっかりだ。 適当にどれか取って読んじゃえ……あれぇ?。 少女マンガってひらひらドレスのお姫様の恋 愛物だと思ってたけど、違うんだなぁ。これ 面白い。こっちも結構面白い。これはひらひ らドレスだけど。  色々読んでたら三時過ぎちゃった。ご飯が 少なかったから、おやつなんてものも生まれ て初めて食べられたし。楽しかったぁ。こん な楽で楽しい食事が毎日だなんて、うらやま しいな。  雨が止んだみたいだし、今のうちに帰ろう。  四月二十三日(月)  放課後、運動場が空いてるからサッカーや ろうとうるさいやつらから逃げだして、家に 帰る。サッカーやるくらいなら小学生とドッ ヂボールやるわい。  でも家にいてもやることないなぁ。なんと なく外に出てしまった。外に出ても遊ぶ相手 といえば……美穂ちゃんたちかなぁ。  ということで隣町の公園まで来てしまった。 「あっ、薫ちゃん」  絵理ちゃんと恵ちゃんと友子ちゃんがいた。 「あれ?美穂ちゃんは?」 「お姉ちゃんは塾なの。薫ちゃんも一緒にあ そぼうよ」 「ん、うん」 「今日もお天気悪いわね、おうちに入ろ」 「ねえ薫ちゃんも四年生なの?私達みんな南 町小の四年なんだけど」  ……いまさら中二なんていえないよなぁ。 「おっきな絵理ちゃんよりも背が高いから、 どうかなって思ってたんだけど。」  四年生なんてちょっといやだけど、隣町だ から知ってる人には合わないだろうし、みん なと同じ学年の方が遊びやすいや。 「……うん、そう四年生」 「クラスで一番背が高いでしょ?」 「…うん」  そうか四年生だったら一番高いことになる んだ。今までクラスで低い方から何番目だっ たから、なんか実感わかないなぁ。確かにこ の五人の中では一番高いけど。 「薫ちゃんの髪形なんか変だよぉー」 「変なとこで短いよ」 「そうかな」 「もうちょっと伸ばした方が可愛いよ」 「友子ちゃんの髪はきれいだねー」 「さわらせてぇー」 「じゃあ編んでよ」  みんなと一緒になって友子ちゃんの髪をさ わる。女の子の髪ってこんななんだ。 「薫ちゃん、そっち側を三つ編みにして」 「え、できない」 「えー、できないの?」  しまった、このくらい女の子なら出来るん だ。 「薫ちゃん髪の毛短いからしたことないんだ」 「うん……そう」 「えっとね、こうするんだよ」  んっと、真ん中をこっちにまわして、次に 真ん中をこっち……出来た!なんかうれしい な。うち帰ったらもう一回……あっ出来ない か、母さんも舞もこんなに髪長くないし。 「で、このゴムでしばってね」 「リボン結ぼよ、ほら薫ちゃん」 「…できない」 「えー、知らないのぉー」 「薫ちゃんって背が高くておとなっぽいと思 ってたけど、意外だね」 「しょうがないわね、ほら教えてあげる」 ……小学四年生に馬鹿にされちゃったよ。中 二どころじゃない、みんなと同じ学年という ことにしといて良かった。うち帰っていっぱ い練習しなきゃ。  四月二十八日(土) 「えーりぃーちゃん、あーそーぼっ。」 と呼びかけたら、美穂ちゃんが出てきた。 「あら、友子ちゃんと薫ちゃん。今日はね、 ケーキ作るの。一緒にやろう。裕子ちゃんと 恵ちゃんも来てるし。」  台所にはなんかいっぱい並んでる。 「これ、卵の白身。ほら、こんな風にかき混 ぜてみてごらん」  あっ面白い、きれいな泡になった。 「ねえねえ薫ちゃんて四年生だったのね」  美穂ちゃんが訊ねてきた。 「えっ、ああそうです」 「背も高いし、ちょっと落ちついた感じだっ たから、私と同じ六年生だと思っちゃった」  どうしても小学生にしか見られないんだ… ……、あっ、ずっと絵理ちゃんたちと遊んで たから四年生だということにしちゃったけど、 そうなると美穂ちゃんより年下ということに なっちゃう。そういえば年下にしゃべるみた いな話し方にだったし。 「でもリボンの結び方も知らなかったんだよ、 すっごくこどもぽいのー」 「……それ言わないでぇ」  でも美穂ちゃんは塾に行っててあんまり会 わないし、いつも一緒の絵理ちゃんたちと同 級生の方がいいから、仕方ないか。そうする と、年上の人にちゃん付けは変かな?けど美 穂ちゃん、小六ということは舞と同じだから、 ちょっと抵抗あるし……。でも絵理ちゃんた ちと同学年ということになってるし……。 「美穂…さ…ん」 「なに?」 「あっ、えっと次は何をするんですか?」 「あとはここに流し込んで焼くだけよ」  ……いいんだ、南町でだけなんだから。絵 理ちゃんたちとも遊べるし。  五月七日(月)  ゴールデンウィーク中はみんなどこかに出 掛けてたりして、あんまり遊べなかった。家 にいても舞にいじめられるし、外に出ても中 学校の近くじゃクラスメートにつかまってつ まらない遊びに付き合わされるし。  でもようやく絵理ちゃんたちも帰ってきて、 みんなと遊べるぞ。  学校から帰ってきて、出掛けようとしたら 母さんに呼び止められた。 「いい加減床屋さんに行ってらっしゃい。ほ らお金よ」  えー、やだなぁ、もうちょっと伸ばさない とみんなにまた変って言われる。でも母さん にいう訳にもいかないし。 「薫ちゃん、髪の毛少し伸びたね」 「うーんそうねぇ、でもそろえた方がいいか もね。元がちょっと変だったから」 「うん、母さんが床屋に行ってきなさいって」 「えー、床屋さんに行くの?」 「え?」 「私、床屋さんなんて行ったことないわよ、 当然美容院よ」 「私もよ」  しまった、女の子なら美容院なのか。 「あら、私は二年生まで床屋さんだったよ」 「私は四年生になってから美容院」  ……よかった、床屋にいってた人もいて。 「薫ちゃんももう四年生なんだから美容院に しなきゃ、ねぇ」 「でも、薫ちゃんそんなに長くないから、ど んな風にできるかな?」 「お姉ちゃんの持ってる本を借りてくる」  絵理ちゃんが借りてきた本を見ながら髪形 選び。短い髪でもいろいろあるんだなあ。 「これ可愛いね、薫ちゃんに似合いそう」 「でもそこまで長くないよ」 「これはやだよね、男の子みたい」 「これなんか出来るんじゃない?」  結構可愛いなあ。僕がこの髪形にするんだ。 「これにしよう、ねっ、薫ちゃん」 「うん」  絵理ちゃんちの近くの美容院の前まで来た。 なんかドキドキする。入口の所に料金表が… 「…えっ、三千円?そんなに持ってない」 「下に書いてある小学生料金よ」  そうか、絵理ちゃんたちといる時は小学四 年生なんだ。絵理ちゃんたちもいるし。 「ほら入ろう」 絵理ちゃんが先に入っていった。 「あらこんにちは、絵理ちゃん」 「今日は私じゃなくて、友達の薫ちゃんなん です。美容院初めてだって」 「絵理ちゃんの同級生?絵理ちゃんよりも大 きいわね」 「隣の小学校なんだけど。それで、こんな風 にできますか?」 「モデルさんみたいに可愛くしてあげるわ」  ドキドキしながら椅子に座る。頭を洗って、 髪を切って、ドライヤーで乾かす。なんかあ っという間たった。 「はい、どうかしら」 「ほーら髪形ちゃんとすれば薫ちゃん可愛い んだもん」  写真に載ってた髪形とおんなじ……なんか 嬉しいな。  でも、絵理ちゃんちに戻る途中、風が強く て髪形がくずれちゃったぁー。 「あーせっかく薫ちゃん可愛くなったのにー」 「ブラシ持ってくるね」  そうか、今までブラシなんて使ったことあ んまりなかったけど、使った方がいいのかぁ。 確か舞は自分のを持ってたっけ。僕も買わな いといけないかな。  うちに帰ると母さんが 「床屋に行ってきたの?」 「うん、行ってきたよ」 「本当?……んー、そうみたいね」  五月八日(火)  朝学校に着いたら、 「二年各組の日直は職員室にくるように」 という校内放送。今日は僕と内本が日直。な んで内本と一緒なんだ。  行ってみると、数学と理科の問題集が山積 み。これを教室まで運ぶのか。  教室と職員室の間をせっせと往復して、最 後の一包みになった時、音楽の袴田洋子先生 が職員室に入ってきた。 「あ、高橋くん……かわいい!」  内本も僕の顔をしばらく見て 「そう言われれば……確かにかわいい。舞ち ゃんと双子みたいにそっくり」  舞と双子みたい、ってのはひっかかるけど、 ほめられてうれしいな。美容院いったおかげ かな?  学校から帰って、今日も絵理ちゃんちへ。 今日は美穂さんの部屋に忍びこんで、本をい ろいろ読んだ。僕は昨日とは別の髪形の本を。 もうちょっと伸ばすとこんなのもてきるのか。 こんなのもいいな。  今日はちょっと絵理ちゃんちから早く出て、 近くのスーパーで買い物。ブラシと文房具。 あっ、絵理ちゃんが使ってたのと同じ、スヌ ーピーのノートだ。これも絵理ちゃんが使っ てたシャープペンシルと一緒。これにしよう かな。ブラシは……たかいっ。ちっちゃいの でいいや。  五月十八日(金)  絵理ちゃんたちと遊んだあとうちに帰ると、 もう舞が帰ってきてて、テレビを見ていた。 「あーガッタマン見たい」  リモコンに飛びついたけど、舞に取り上げ られてしまった上に、背中に蹴りを入れられ て泣いてしまった。  泣きながらテレビを見てると、絵理ちゃん ちで読んだマンガをアニメでやってた。これ 結構面白かったんだ。ガッタマンと同じ時間 にこれやってたなんて知らなかった。ガッタ マンなんか見ないでこっち見てれば良かった。 舞はこれを見たがってたんだ。なんか今まで 悪いことしてたみたい……  五月三十日(水)  体育の時間。 「おい、そんなところで何してる」  時田先生がなんか叫んでる。 「……なんだ高橋か、悪い悪い」 ……なんだったんだ?  毎日絵理ちゃんたちと遊んでると、絵理ち ゃんたちの身長が普通のように思えてくる。 自分は背が高い方だ、っていう気持ちになる。 でも、体育の時間だとクラスの男子と立って 並ぶから、みんながすっごく大きく見える。 それにごついんだよなぁ。舞でも恐いんだか ら、こいつら見てるとすっごく恐い。男子ほ どではないけど、女子もおっきく見える。な んというか、すっごく大人に見える。そう、 小学一年だった時にだった時に五年生や六年 生を見た時の気持ちに似ている。確かに隣町 に行ったら小学四年生。小学生が一人だけ中 学校にまぎれこんだみたいな気持ち……。  体育が終わったあと、女子が教室に戻って きた。 「高橋くん、髪乱れてるね。」  福井がブラシを出して髪を整えてくれた。 「あー高橋、福井といちゃついてやがる」 「そんなチビのどこがいいんだぁ」 「くやしかったら高橋くんみたいに可愛くな ってみろぉー」 「そういえば時田先生、高橋を女子と思って、 なんでそんな所にいるんだって言ってしまっ たんだって」  あっ、あの時の。 「その髪形が女みたいなんだよ」  そんなトサカみたいな髪形よりはいいわい。 「別に長くないし、普通だよ。ね、高橋くん」  その時、隣の川島が筆箱に手を伸ばした。 「消しゴム貸して」  あっ、絵理ちゃんと一緒と思って買ったシ ャープペンシルと消しゴムが入ってる。 「これ貸してもらうよ」 「なんだー手前、そんなの使いやがって。お めえとなんか遊ばないぞ」  その日の昼休みから、今までうるさかった サッカーや野球の誘いがなくなった。別にサ ッカーなんかしたくないから構わないけど。 女子とも今まで通りそんなに話はしない。内 本と福井が漫研に来いとうるさいくらい。  でも別にいいんだ。放課後になったらすぐ に家に帰れるようになったし。で、今日も絵 理ちゃんちに遊びにいくんだ。  六月八日(木)  今日は、母さんは町内会にでかけてていな い。舞も学校からそのまま塾に行くって。だ から帰ってきた時はだれもいない。僕もすぐ に絵理ちゃんたちの所に遊びに行くけど。  でもこないだ、服が男の子っぽいね、って いわれちゃったんだよなぁ。もちろんクラス メートが着てるようなあんな服は持ってない けど、絵理ちゃんたちみたいな服も持ってな い……そうだ、舞のを借りるって手がある。 舞の部屋に入っちゃえ。  だれもいないけど、なんでか忍び足になっ ちゃう。あっ、あれは絵理ちゃんちで読みか けだったマンガだ。舞も持ってたのか。じゃ あうちでも読めるんだ。  洋服ダンスはこれだね。ここは厚手の服、 もう暑いくらいだからこれはいいと。ここが ズボンとスカート。スカートかぁ。なんだか 恥ずかしいな。こっちのピンクの半ズボンに しよう。上は…ここにあった。んーと、この オレンジ色のにしよう。靴下は…どれでもい いや。この引き出しは……下着だ。うーん男 用のパンツはいてたら変かな。でも服を脱ぐ ことはないよね……でも一応。これは…ブラ ジャー?舞、ブラジャーしてるようには見え なかったのに。これ必要かなぁ。舞も小学三 年くらいの時はしてなかったよね。クラスの 女子も六年くらいでブラジャーがどうって言 ってたような。四年じゃつけてないよね。う ん。あっ、この下着にしよう。これを着るん だ……びったりだ。舞に背をこされたんだよ ね。こされたからこの服着られるんだ。恥ず かしいけど、こされて良かったような気もす る。母さんの部屋に大きな鏡があったっけ。 似合うかな?分かんない。でもいつもよりは マシだよね。時間がない、このまま行こう。  家を出たけど、知ってる人に会わないかな? 会わないよね。でも不安、ドキドキする。遠 回りだけど早く南町に入れる道にしよう。  公園にたどり着いた。あっ、トイレがある。 あそこで着替えるって手もあった。今度から そうしよう。もうここでは僕を知ってるのは 絵理ちゃんたちくらい……でも似合ってるか な? 「薫ちゃんだ。今日はかわいいね」 「いつもズボンなのに今日はキュロットスカ ートだね」  え?スカート? 「薫ちゃん足長くてうらやましい。すごくか っこいいよ。」  一応似合ってたみたい。良かった。  今日は恵ちゃんち。ぬいぐるみがいっぱい。 リカちゃん人形もある。 「このリカちゃんの服、薫ちゃんの着てる服 とそっくりだよ」  机の角にリカちゃんを腰掛けさせて、リカ ちゃんと並んでみる。リカちゃんと同じ服を 着て並んでる。リカちゃんの髪は長いけど。 なんだか不思議な気分。小さい時、舞がお人 形遊びをしているのを見て、あんなことして 何が楽しいんだろ、なんて思ってたけど、今 になってあの時の舞の気持ちが良く分かる。 「ねえ薫ちゃんはリカちゃん人形持ってる?」 えっと……確かおもちゃを入れた箱がどこか にあった。捨てるとか言ってたけど、まだ捨 ててないはず、こないだ見たし。あの中にリ カちゃん人形があった。 「うん、持ってる」 「この服ふたつ持ってるの。お父さんとおば あちゃんが同じ物買ってきちゃって。薫ちゃ んにあげるよ」 「ほんと?ありがとう」 「ねえ、そのリカちゃん、薫ちゃんに合わせ て髪を切ったら?」 「違うよ、リカちゃんに合わせて薫ちゃんが 髪を伸ばすんだよ」  そういう話をずっと続けた。膝の上にぬい ぐるみを抱いて。ふわふわ柔らかくて気持ち いいな。舞は持ってなかったかな?あの箱の 中に入っていたら、リカちゃん人形と一緒に もらっちゃおう。  いつまでも話してたら遅くなっちゃった。 多分、舞や母さんはまだ帰ってないはずだけ ど、ちょっと不安。急いで帰る。  ふー、良かった。まだ帰ってない。服を急 いで脱いで、舞のタンスの中に押し込む。  そうだ、あの箱さがそう。どこだったっけ。 あっ、玄関の横の物置かな?あった!リカち ゃん人形だ。服もあるはず……この紙箱の中 だ。このリカちゃん人形は僕のものだ。僕と お揃いの服を着るんだ。ぬいぐるみはない… 舞の部屋にあったけど、あれは持って行けな いよね。そのうち自分のを買おう。  六月十五日(木)  今日も母さんは町内会。だから舞の服を借 り出せた。  で、絵理ちゃんち。 「あっ、今日はハートマーク付きのジーンズ だね、薫ちゃん」 「でも、長いスカートの薫ちゃんて見たこと ないね。ワンピースとか」 「長いのは遊ぶ時邪魔でしょ?私もあんまり はかないよ」 「お姉ちゃんは長いの好きなんだよね。いっ ぱい持ってる」 「見たい見たい」  ということで、美穂さんの部屋に侵入。 「ほーら」 「ほんとだ」 「これなんか……あっ昔のだ。もしかして私 にぴったりになってるかも」 「着てみてよ、絵理ちゃん」 「んーと、じゃあみんなベットの陰に入りな さい。」 「やだー、見てるもん」 「やらしぃー」  とかなんとか言いながら、さっさと脱いで、 着替えてしまった。ブラジャーはしてなかっ た。良かった。 「やっぱりぴったりだった。今度頼んで、も らっちゃおうっと」 「その横の大きいのは薫ちゃんにちょうどい いかもよ」 「薫ちゃん、着てみてよ」  わっ、ふりふりドレスにおっきいリボンだ。 「なんか高そうなドレス……」 「そんなことないって。ママは安売りしか買 ってこないんだから。ほらほら脱いじゃえ」  せかされて脱いでしまった。下着も舞のを 借りてきて、ほんと良かった。  そのふりふりドレスを着て…… 「わぁーきれい。お姫様みたい」 「ねえねえ私も着たい!」 「うーんと、あるのはあるけど、お姉ちゃん って背が高いてしょ?裕子ちゃんにちょうど いいのは、お姉ちゃんが二年生くらいに着て た服だよ、きっと」 「うーっ、でも着たい!」  結局みんな長いワンピースを着ちゃった。 ワンピース着て、おしゃべりしただけだけど。 でも、もうガッタマン見ずに、みんなが見る ようなアニメ見てるから、前みたいに話を聞 くだけじゃなくなったし。  ふりふりドレス、最初見た時はうっ、と思 ったけど、みんなで一緒に着ると、なんだか きれいなお花畑にいるみたいで気持ちいい。 ここいうのもいいなぁ。舞は持ってないのか な?今度タンスの中をよく見てみよう。  それと、バレリーナみたいにくるくる回る と、スカートが舞い上がって面白い!立ち上 がって、急に座り込むと、風船みたいにふく らむのも面白いし。スカートって面白い。で も、いつもの癖で股を開いちゃうと、変にな っちゃうけど。注意しなくちゃ。  六月二十三日(金)  髪がまた伸びてきた。絵理ちゃんが勧める ので、そろえる程度にカット。長くなったっ て感じはしないけど、髪の毛の量が増えたっ て感じ。 「もうちょっと伸びたら、ゴムで結べるね」 「しっぽが出来るよ」 「薫ちゃんのロングヘアっていうのもいいか もね」 「でも薫ちゃんてさ、なんとなく男の子っぽ い部分もあるじゃない?」 「言葉づかいとか、雰囲気とか、そんな感じ もするね」 「だからショートの方がいいかな、って気も する」  ……んーと、確かに「私」とか「だわ」と か、ちょっと使いたくないなって思ってたん だ。でも、南町では女の子グループの一人な んだから、ちょっとへんかもしれないなぁ。 「ねえ薫ちゃん、ロングにしてみたいって思 う?」  試しに使ってみようかな。 「……わたし……ロングにしたことないから ……似合うかどうか分からない…わ」 「薫ちゃんなら似合うわよ」 「でも…ロングヘアっていろんな長さがある …でしょ?」 「肩までだったら可愛いと思う」 「それはセミロングでしょ」 「ほらこの写真の人くらいの長さ」 「ぼ…わたしが、このくらい伸ばすの?」 「いいかもしれないね」  なんとなく抵抗があるなぁ。でも使える ようにならなきゃ。  うちに帰って、宿題をやってて気付いた けど、下向くと髪が垂れて結構邪魔な感じ。 うーん、どうしよう。そういえば、恵ちゃ んがヘアピンしてたっけ。舞もしてる。あ れもらってこようかな。  舞はさっきお風呂に入ったばかり。今な ら大丈夫。舞の部屋にもぐりこんで、確か ここにあったはず。こんだけあれば二三個 持っていっても分からないよね。  なんだか、最近舞から借りたりもらった りしてるけど(全部無断で)、なんだか舞 に悪いような。  七月一日(土)  中学校では期末試験だけど、どうせ今更 勉強しても変わんないし、南町ではぼ…… わたしは小学四年生なんだから、関係ない もん。  今日は舞の服借りてきた。だいたいどこ になにがあるか分かってきたから、五分も あれば借り出せるようになった。今日は美 穂さんも一緒に、いつものように遊んでい ると…… 「こんにちはー、おばさん」 「あら圭子ちゃん」 「おばあちゃんがお団子作ったんで、持っ てきました」 「今、絵理のお友達が来てるのよ。みんな で一緒に食べましょう」 「でも私期末試験だから勉強しないと…」 「とにかく上がって」  玄関の方を見ると……げっ福井だ。いや、 私は知らないあんな人。私は内海の小四年 生なんだもん。 「絵理ちゃん、こんにちはー。お友達なの ね……」  びっくりしてる。気付かれたかな? 「みんな同じクラスなの?」 「薫ちゃんだけは、隣の小学校。同じ学年 だけど」 「隣って、内海小のこと?」 「そうだよね」 「…はい」 「ということは、千明と同じクラスかな?」 「あっ、そうか千明ちゃんと同じ学年だよね」  ……しまった。 「…うちのクラスじゃないです。きっと他の クラスだと……」 「そうか七クラスもあるもんね。何組なの?」 「……四組です」 「……うん、違うわね。でも、同じ学校に絵 理ちゃんの仲良しがいるんだから、教えてお かないとね」  …笑ってる、分かってて言ってるんだ。ど うしよう。二ヵ月かけてここまでみんなと仲 良くなれたのに…。  七月五日(水)  期間中、福井は何もしらないって顔で試験 受けてた。でも僕の方を見ると、笑ってたよ うな……。  最後の試験が終わって、みんなが下校した りクラブに行き始めた時、福井がやってきた。 「ねえ、今日は漫研に来てよね。急いで帰る 必要もないでしょ?それに南町に行ってもま だだれもいないよ」  とうとうきた。 「…はい」  他の部員はだれもいない。なんだか刑事ド ラマの取り調べ室みたい。 「絵理ちゃんちにいたのはあなたね」 「…はい」 「素直でよろしい。で、絵理ちゃんたちとは 仲良くしてたのね」 「…はい」 「じゃあ、絵理ちゃんたちがかわいそうだか ら、誰にも言わないでいてあげる」 「ほんとうに?」 「せっかくそんなにかわいくなったんですも の。元に戻っちゃったら面白くないもん。で も、うちの妹には話しとかなくちゃ。同じ学 年にいるってことになってるんだから。ほら、 これは内海小四年四組の名簿と集合写真よ。 全部覚えておきなさい。実は千明は四組なの よ。忘れてたってことにしてあげるわ。今日 あとで千明に会わせるから、うちに来なさい よ。」 「はいっ。」  小学校が終わってから、千明ちゃんにあっ た。会ったらすぐ仲良くなってくれた、男の 子だと分かってるのに。姉妹二人でわるだく みしてるみたいにも見えたけど。小学四年生 に弱み握られたみたい。  この後、千明ちゃんと一緒に絵理ちゃんち へ。六人組になって、もっと賑やかになった。 千明ちゃんは、他のみんなが私のことを本当 に小学四年の女の子だと思ってるって事を知 ってびっくりしてたけど、そのうち小声で 「あなた本当に男の子?本当に中学生?」 って言ってもらえた。とりあえずほっとした。  七月十九日(水)  今日は終業式で、昼まで。早く絵理ちゃん ちに行きたいのに、舞が「今日はうちにいな さい」っていう。早く用事とやらが終わんな いかな。  そのうち、ぞろぞろ人がやってきた。舞の 塾での同級生らしい。舞の部屋に入っていく。 「かおるぅー、ジュース持ってきてぇー」 そんな事のために引き止めたのか。でも舞が 恐いからジュース持っていく。部屋の中に入 ると…みんな舞より背が高い!みんな六年生 のはずなのに…。 「えー、これがお兄さんなの?」 「双子のお兄さんのこと?」 「これでも二つも上なんだよ」 「これじゃ呼び捨てにしたくなるよね」 「うちの兄貴もこんなに可愛いかったらなー」 「妹でも通るよね」 「今度おじいちゃんちにいった時、どう説明 しようか、困っちゃうのよー」 「でも一応中二なんでしょ?」 「あったま悪いのよー。私でも間違えない漢 字間違えるし」 「舞ちゃんが教えてあげなよ」 「……教えてあげようか、薫。」  言いたい放題。でも、いつも洋服借りてる し、リカちゃん人形もヘアピンももらったし ……まるでお下がりもらってるみたい。  みんなぎゃーぎゃー騒いでるのに一人だけ 静かな人がいる……美穂さんだぁ。なんで舞 と美穂さんが同級生なの。 「ねえねえこっちおいで」 おっきい小学生たちに取り囲まれておもちゃ にされている。絵理ちゃんたちといる時は自 分が大きいと思っているから、みんながおと なに見える。  わたしの方をじっと見ている美穂さんに近 づいた。多分気付いてるだろうな。大体名前 知ってるもん。 「お願いします、絵理ちゃんたちには言わな いでください」  耳元でささやいたけど、美穂さんはだまっ たまんま。どうしよう。こないだの福井さん の時はだまっててくれたけど……。  七月二十日(木)  絵理ちゃんちにいく前に、千明ちゃんと待 ち合わせ。 「昨日、美穂さんがあなたのおうちに行った でしょ?」  あーやっぱりたくらんでたんだ。 「お姉ちゃんが友達に頼んだんだって」  友達って……あ、内本の妹がいた。 「美穂ちゃんには昨日電話で全部話しといた からね」 「もう絵理ちゃんたち、遊んでくれないかな」 「知らなーい。でも今日もかわいい服ね」  今日も舞の服借りてきちゃった。  絵理ちゃんち入って、すぐに 「ねえ、薫ちゃん男の子だったのー」 「絶対嘘だよねー」 「だってあなたが一番熱心にお人形遊びして たもん」 「証拠見せてよ」  ソファーに押さえ付けられて、スカートめ くられたちゃった。やだ、うぅぅ。 「うぅ……わぁーん」 「あー、みんな薫ちゃん泣かせちゃったぁ」 「……えっとー、あっ、ごめんなさい」 「んと、別に隠すことなかったのよ、ねっ。 薫ちゃんがどういう人か、私達よく知ってる しぃ。」 「薫ちゃんてかっこいいし、よく可愛い服着 てくるし。」 「でも中二ってほんと?全然分かんなかった。 本当に同級生って感じだったもん」 「しくしく……隠しててごめんなさい。みん なと遊ぶの楽しかったから、同じ学年だった 方がいいかなって思って」 「それもそうね、学年違うと敬遠しちゃうし」 「じゃあもうわたしとは遊んでくれないの?」 「そんなことない、今までずっと一緒に遊ん できたじゃない」 「でも中学校に通ってるんでしょ?どんなと ころ?薫ちゃんが通えるなら私も通えるかも ね」 「みんなおっきくておとなっぽい人ばっかり。 絵理ちゃんたちと遊んでる時の方が楽しい。」 「そうよね、五年生の教室に入るだけでも緊 張するのに、中学校に何時間もいるなんて」 「ねえ、本当に千明ちゃんと同じクラスには なれないの?」 「さあ、無理なんじゃないの?」と美穂さん。 「でも薫ちゃんかわいそうよ」 「なんとかしてあげたいわ」  八月十三日(月) 「ようきたね、舞」 「違います、おっきい方が舞です」 「あれ、薫は舞に追い越されたとね。飯ばく わんけん追い越されるとたい。舞の方がお姉 さんのごつしとる。がんばらなんたい薫は」  別に舞より小さくてもいいよ、舞の洋服着 れるし。できれば絵理ちゃんたちと同じくら いの方がいいな。こないだ絵理ちゃんのクラ スの友達に会ったけど、たくさん会ってみる と自分が随分高いんだと思っちゃった。  あっ、由里ちゃんだ。 「舞ちゃん?」 「舞はあっち、わ…ぼくは薫」 「えー舞ちゃんてあんなに恐かったっけ」 「最近恐いよー」 「ねえ魔法騎士見てる?」 「金曜日でしょ?今度一緒に見よ。由里ちゃ んは何年生だっけ?」 「四年生」 「あっ、いっ……んと、そうだったよね。あ、 その服かわいいー」 「お気に入りなの」  いいなぁ、かわいい服着れて。舞もかわい い服着てる。こっちは全然可愛くない服なん だから。  八月十八日(土)  お盆も過ぎて、おうちに帰ってきた。でも 裕子ちゃん恵ちゃん友子ちゃんははまだ帰っ て来てないんだって。今日は絵理ちゃんと千 明ちゃんと私の三人だけ、つまんないな。  と思っていたら、千明ちゃんが内海小の同 級生を連れてきた。 「みんなのこと話したら、会いたいっていう から連れてきちゃった」  この二人、どっかで見たような…… 「高見早紀ちゃんと清水礼子ちゃん?」 「薫ちゃん、ちゃんと覚えてたね」 「あっ、あなたが薫ちゃんなのね」  そうだ、口からでまかせとはいえ、私はこ の人達と同じクラスだってことにしてたんだ。 それなのに今初めて会うっていうのも不思議 な感じ。本当なら毎日学校で顔を合わせてた はずなんだ、本当ならこの人達と同級生…… 「なんか背の高い人が集まったね」 「私がすっごく小さいように思えちゃう」 「早紀ちゃんが一番大きいのかな?」 「並んでみてよ」  私と絵理ちゃんと早紀ちゃんが立って並ぶ。 「あーん、高くて分からないよー」 「椅子に上って見ようよ」 「早紀ちゃんが薫ちゃんよりちょっと高いね」  ……私より高いの?とうとう小学四年生に も越されたんだ。ちょっとだけのはずなのに、 高見さんに見下ろされているような気持ち。 でも、高見さんに見下ろされるのは絵理ちゃ んや千明ちゃんだって同じ、みんなと同じに なれてちょっとうれしいな。 「こうやって並んでみると、早紀ちゃんと薫 ちゃん、雰囲気似てるよね」 「そうかな」 「そう言われるとよく似てるわね」 「二人とも同じ髪形にしたら?」 「それいいよね」 「……うんっ」 「今度お揃いの服買おうよ」  髪形も服も早紀ちゃんとお揃いにするなん て、考えるだけで楽しくなっちゃう。 「そうだ千明ちゃん、宿題やった?」 「私まだやってなーい」 「私もー」 「えー、私もうやっちゃったわ」 「さっすが早紀ちゃん、写させてー」 「自分でやんなさいよ」 「私も写させてー」 「学校違うじゃないのー」 「じゃあ教えてー」  絵理ちゃんが算数の宿題を持ってきた。も ちろん小学4年の問題。そのくらいなら私に だって出来る……でも早紀ちゃんの方が早く 答えを出していく。国語の宿題は、私も分か らない漢字をどんどん答えていく。 「えー、そんなのも分からないの?」  言われているのは絵理ちゃんだけど、なん だか自分が言われているみたいな気持ちにな る。絵理ちゃんも分からないんだから別にい いんだけど……  八月二十二日(水)  今日は友子ちゃんの誕生日。いつもの六人 の他に、南町小の人達が五人も来てる。 「友子ちゃんお誕生日おめでとう!はい、プ レゼント」 「ありがとう!」  私は千明ちゃんと組のカップとお皿をプレ ゼント。どんなの選んだらいいのか分からな かったから、千明ちゃんと組のにしちゃった。 その分豪華になったぞ。 「友子ちゃん、もう十才なんだねぇ」 「私も十才」「私まだ九才」 「私四月三日生まれだから、一番年上よ」 「えー、おばさーん」 「私、ほんとは一週間早く生まれるはずだっ たんだぞ、あんたたちの上級生になるはずだ ったんだからね」 「やーい、落第だぁー」 「じゃあ一番年下はだれ?そうだ、薫ちゃん の誕生日まだ聞いてなかったよね?」 「……私、三月三十日だけど……」  言ってしまってから、しまった、と思った けど遅かった。 「薫ちゃんが一番年下なのぉー?」 「こんなに背が高いのにぃー」 「でも薫ちゃんって、ちょっと子供っぽいと こあるよね」 「良子ちゃんの方がほとんど一才年上だね」 「私の妹と一ヵ月も違わないのね」 「もうちょっと遅かったら、薫ちゃん三年生 だったんだぁー」 「薫ちゃんが三年のクラスにいると思うと… …うふふ」  千明ちゃんも恵ゃんも私が中二だって知っ ててそんな事言うんだ、ひどい。そんなこと 言われると、ついつい想像しちゃうー。ここ にいるみんなよりひと回り小さい子に混じっ て勉強したり遊んだり…… 「全校集会で三年生の所に並んでいると思う と……うふふ」  みんなは四年生の名札をつけて四年生の列 に並んでるのに、自分だけ三年生の名札つけ て隣の列に並んで、みんなを上級生だと思っ て見てる……ついつい想像しちゃうよー。 「そう思って見ると、自分がすっごくお姉さ んに思えてくるね」 「そうそう、薫ちゃんが妹みたいに思えてく るね」 「こんなおっきい妹はやだぁー」 「恵ちゃんより背の高い三年生っているじゃ ない」 「薫ちゃん可愛いから妹に欲しいよぉー」  夏休みで自分だけが中学生だって実感が薄 れてきたと思ったら、今度は自分ひとりだけ がみんなより年下みたいな気分になってきち ゃったよぉー。 「でも薫ちゃんが下級生だったら、こんな風 に一緒に遊んでなかったと思うよ」 「そうね、妹の友達だってそんなには知らな いんだし」 「薫ちゃんが別の学年だったらと思うと、寂 しいよ」  んー、ほんとはちょっと違うけど、そんな 風に言ってもらえてうれしいな。 「でも内海小にも友達いるなんてすごいよね」 「住んでる所は近いんだよね」 「敏子ちゃんちの方が遠いんじゃないかな」 「お姉ちゃんは、塾で違う学校の友達がたく さんできたみたいだよ」 「そういえば絵理ちゃんとこのお姉さん、ど こ受験するの?」 「百合園学院と三島女子だって」 「すっごーい」  そういえば私が小六だった時、クラスにす っごく頭のいい女の子がいたけど、百合園に 行ったっけ。美穂さんすごいなぁ。 「百合園って制服可愛いもんね、私もあそこ 行きたいなぁ」 「でも難しいよぉ」 「やっぱり来年になったら塾行くんでしょ?」 「あの制服着れるんなら、塾でもなんでも行 くわ」 「ねえ、みんな塾行くんなら一緒の塾にしよ うよ。そうすれば、薫ちゃんや千明ちゃんと クラスメートになれるんだから」 「それいいよね、薫ちゃん」 「……うん」  そりゃあ、みんなと同級生になりたいけど、 いまさら小学生用の塾なんて、行けるわけな いよね。 「ねえねえ、十月に百合園の文化祭ってのが あって、お姉ちゃん達見に行くんだって。私 達も連れてってもらおうよ」 「私も行きたーい」  夕方遅く、舞が塾から帰ってきた。さっき まで四年生のみんなに「妹みたい」って言わ れてたの思い出したら、舞がなんだかすごく 上級生に思えてきた。舞って、千明ちゃんよ り二学年も上なんだ。じゃあ千明ちゃんと同 じクラスってことにしちゃってた私は……… 考えてたら、恥ずかしくて舞のこと見られな くなっちゃった。舞のことをみんなに知られ たらどうしよう。 「ねえ、結局どこ受けることにしたの、舞」  お母さんがたずねている。 「百合園は絶対受けるわよ」 「大丈夫なのぉ?」 「大丈夫よぉ」  ……百合園って……そういえば舞と美穂さ ん、同じ塾だった。もし二人とも百合園に入 ったら………  八月三十一日(金) 「夏休みも終わりだねー」 「夏休み中ずっと薫ちゃん千明ちゃんと一緒 だったから、明日から夕方にならないと会え ないなんていうのが信じられないよ」 「放課後になったらすぐ遊びにくるから」 「でも、九月といえば運動会があるでしょ? 運動会の練習で残りなさーい、なんてことに ならなきゃいいけど。」 「ねえねえそんな時はさ、南町小まで来て、 練習に混じっちゃえばいいじゃない。」 「えーばれちゃうよぉー」 「他の組の先生なら分かんないよ」 「内海小だって運動会あるよね」 「違う日だったら見に行ってあげる」 「薫ちゃんや千明ちゃんの体操服姿見てみた いしね」 「……私はいいけど、薫ちゃんは……」 「あっ」 「ごめんなさい、すっかり忘れてた」 「薫ちゃん明日から中学校に通うんだ、なん か信じられないよね」 「中学生っていうとすっごく大人じゃない。 そんなところに薫ちゃんが通うなんて」 「もちろん中学校の制服着て行くんだよね、 なんか不思議ね」 「千明ちゃんと一緒にランドセルで登校して る様子しか思い浮かばない、制服来て中学校 に通ってるなんて想像できないよ」 「うちの組の吉田さんが明日から中学校に通 いますっていうのならまだ信じられるけど」 「内海の方の制服って何?セーラー服?」 「ねえねえ今度着せてぇー」 「あんたじゃ大き過ぎるじゃない」 「でも私、セーラー服の方じゃなくて……」 「………えぇーーー!」 「そうか、男子の制服なんだ」 「見たい見たい見たい、明日見に行こうよ」 「やだやだ、絶対来ないでぇ」 「ねえねえ、絵理ちゃんなら薫ちゃんの制服 だいたい合うだよね。今度着て見てよ」 「えー、男子の制服なんでしょ?」 「薫ちゃんだって着てるんだよ」 「そうだ、絵理ちゃんが薫ちゃんの代わりに 中学校に通ってみたら?」 「そんなことしたら怒られちゃうよ」 「学芸会の日とかさ、そんな時ならばれない んじゃない?」 「そうだね、そういう時にやろうよ」  家に帰って自分の部屋に入ったら、カバン や教科書や時間割りや制服のズボンが目に入 ってげっそりしちゃった。夏休みはほとんど 毎日、朝から夕方までみんなと一緒だったの に、明日からはあの中学校に行かなきゃなら ない。やだなぁ。