アルバイト小学生物語  (山崎智美prj.)  今日も陽子ちゃんちに遊びにきた。別に陽 子ちゃんが大好き、って訳でもない。陽子ち ゃんはクラスで嫌われてる方だと思う。あか らさまに嫌う人もいる。でも私はそこまでし ない。それより、陽子ちゃんの方が私の方に 寄ってくる。 「いいなぁ、恵子ちゃんは大人っぽくて」  私にいつもそう言う。 「お姉ちゃんは『あんたみたいなガキはあっ ち行ってな』って、相手にしてくれないだも の」 「陽子ちゃんのお姉さんって…怖い中学生と 付き合ってるって噂なんだけど…」 「お姉ちゃんって、お友達いっぱいいるんだ よねー。みんな大人っぽくて憧れちゃうの」  ちょうどそこに陽子ちゃんのお姉さんが帰 ってきた。 「お姉ちゃん、またでかけるの?連れてって よぉー」 「ダメダメ」  さっさと着替えてでかけようとしている。 「陽子の友達?」 「はい、お邪魔してます…」 「ふーん…………ねえ一緒に来ない?」 「わたしはどうなのよー」 「分かった、今日は陽子もつれてってやる」  …なんか分からないけど、陽子ちゃんが行 きたがってるし、とりあえずついて行ってみ ようかな。 「なんだ、またガキ連れてきたのか」  部屋に入ったとたんに怖い声。中学生なの かな?でも煙草を吸ってる。すごくくさい。 「うちの妹が、連れていけってうるさいんで すよ」 「そっちはお前の同級生?」 「いえ、妹の同級生です」 「ということは、小学四年生?」 「…はい」 「ふーん…ちょっと、こっちこい」  なんか怖い…でも行かないともっと怖い事 になりそう… 「いいな、恵子ちゃんばっかり」  陽子ちゃんがうらやましそうな顔をしてる。 「これ吸ってみろ」 「えっ、そ…」  言う間もなく口に押しつけられた。思いっ きり咳き込んでしまう。周りのみんなが笑っ てる。 「小学四年生でそんなに胸があるなんて生意 気だぞ。あっ、ちゃんとブラはめてやがる」  服の上から触ってくる。 「でもパンツは…お子様だな」 「よーし、黒パンツをはかせてあげよう…あ れっ、ないぞ…昨日はいたからか」 「あんなん昨日はいてたのか」  この人達、本当に中学生?由美ちゃんとこ のお姉さんも中学生だけど、もっときれいで 優しくて…この人達と全然違う。  この後も変な服着せられたり、お酒まで飲 まされたり、2時間くらいいろんな事をされ て、ようやく帰ることができた。あんなの絶 対いやだ。もう陽子ちゃんちには行かないこ とにしよう。 「いいないいな、やっぱり大人っぽくないと 仲間に入れてもらえないんだ」  陽子ちゃんはしょんぼりしている。あんな のの仲間になって、どこがいいんだろう…。  次の日の帰りは、陽子ちゃんに気付かれな いようにすぐに教室を出た。だけど、このま ま帰っても、うちには誰もいないし、誰か他 に遊ぶ相手もいない。私も陽子ちゃん以外に 遊び相手がいなかったんだ…ずっと陽子ちゃ んと遊んでたせいだよ。それに、なんかやる 事あるよね、きっと。  信号で立ち止まっていると、陽子ちゃんの お姉さんがやってきた。 「あっ、陽子の友達だね。ねっ、今日も行こ うよ」 「でも…」 「塾行ってる訳でもなさそうだし、いいじゃ ない」 「でも……陽子ちゃんは…」 「あんなガキほっといて、さっ」  結局連れ込まれてしまった。昨日みたいに 変な事はされなかったけど、ただ座ってるだ け。つまんない。あいかわらずみんな煙草吸 ってる。陽子ちゃんのお姉さんも吸ってる。 「吸えよ」  私に煙草の箱をつきつけてきた。 「全然おいしくなかったんですけど…」 「慣れればうまいって」 「あっ、もう空だ。ガキに吸わせる前にこっ ちによこせ」 「あー、私のも少ないよ。杉浦、買ってこい」  すると、陽子ちゃんのお姉さんがこっちを 向いて 「あんた、買ってきてよ」 「杉浦、やっぱりそういう目的で新入り連れ てきたんだなっ。早いんだよ」 「そんなガキに煙草が買えるか、一緒に行っ てこい」  二人でお菓子とジュースを買って、その後 陽子ちゃんのお姉さんが煙草を買う。私は電 柱の陰に隠れてそれを見る。陽子ちゃんのお 姉さんは慣れてるみたいだけど、見てる私の 方がドキドキしてしまう。そのうち私があん な事させられるのかな。  買い物を終えて帰ると、みんな 「金がねぇよー」 と叫んでいた。 「バイトしようよ」 「できるかよ」 「できるよ、歳誤魔化してさ」 「小学生が歳誤魔化してホステスやってたっ て話あったよな」 「そういうツテはないのかよ」 「兄貴に聞いてみるよ」 「お前もやれよ、な。小学四年のホステスな んていいよな」 「そんな、歳誤魔化すっていったって…」 「こいつが十八歳でホステス、ってのは無理 無理」 「厚化粧すれば大丈夫だよ」 「やらせたいなー」 「ホステスなんて言わず、SMクラブでも」 「ははは、そりゃいい」  なんか知らないけど、変な話で盛り上がっ てる… 「そんな、ホステスなんかじゃなくて、せめ てハンバーガー屋さんとかドーナツ屋さんと か…にしません?パン屋さんなんていいじゃ ないですか。白いエプロンで、パンをこねこ ねっ、て」 「そんな仕事かったるくてやってらんないよ」 「時給も安いし」 「いや、金になるならなんでもいい」 「じきゅうななひゃくはちじゅうえん、だぞ」 「週十時間なら、七千八百円だぞ」 「…それなら確かになんでもいいよね…」 「勝手にやれよ」 「よし、やるっ。お前もやるよな」  肩をたたかれてしまった。 「えっ、そんな…」 「お前が言いだしたんだ」 「今のは…」 「よーし、稼ぐぞー」  次の日、昨日同様に陽子ちゃんのお姉さん に連れ込まれてしまった。高校生の男の人が 来ていて、アルバイトの話をしていた。 「この子が小学四年のガキか。こりゃホステ スは無理だな。やっぱ、高校生という事でハ ンバーガー屋でアルバイトだな。よし、話つ けといてやる」  知らないうちに、私と陽子ちゃんのお姉さ んを含めた四人がハンバーガー屋という事に なってしまった。  土曜日、印鑑と履歴書を買いにいく。印鑑 なんて私みたいな子供が買っていいのかな? 以前、面白がってぺたぺた押してたらお母さ んに怒られたことがあったなぁ…。なんだか ドキドキしちゃう。でも他のみんなが買って るから、私も買ってしまった。  いつもの田中さんちで、履歴書を書く。ま ずは試しにチラシの裏に印鑑を押してみる。 ぺたぺたぺた。『小林』という私の名字がい っぱい。これが私の、私だけの印鑑なんだ…。 次に履歴書の印の字の上に押す。ちょっと緊 張しながら、ゆっくりと力を入れて押す…あ れ、ちょっと変になっちゃった、力入れ過ぎ たかな?『小林恵子』と私の名前を書く。次 は生年月日だけど… 「ねぇ歳とかどうすんの?」 「そうだなぁ、みんな俺と一緒にしとけば? 高校二年に」 「高校二年なんてばばぁじゃん」 「んなこというなら、バイトも酒も煙草もや めて、中学生らしくしてな」 「小学生のガキと一緒なのかよー」 「じゃあ二十一歳とかにすれば?」 「で、何年生まれなんだよー」 「昭和五十五年生まれだ」  名前欄の下に『昭和五十五年十二月十六日』 と書く。本当は昭和六十二年なのに。全然違 う。全然別の人みたい…私が全然別の人にな ったみたいで、変な感じ。  学歴欄は『田下東小』、とこれは嘘じゃな いけど、『卒業』って書く。さらに、『田下 中学校卒業』。まだ田下中に入ってもいない のに。あの建物に入ったことないし、あの制 服も着たことないのに、卒業したことにしち ゃうんだ。 「高校はどうするの?」 「俺の通ってるところにしとけ。戸ノ宮高校 だ」 「あのー、戸ノ宮高校ってどこにあるのかも 知らないんですけど…」 「別に知らなくってもいいんじゃん」 「明日にでも連れてってやるよ」  『戸ノ宮高校入学』『二年在学中』と書く。 私、高校生ってことになっちゃうんだ。まだ 小学生なのに、高校生の振りなんて出来るか なぁ…  うちに帰って、今日買ってきた印鑑の隠し 場所を考える。ベッドの下…奥に入ったらベ ッドを動かさないといけないなぁ。机の引き 出しの奥…すぐに見つかりそう。そうだ、引 き出しの裏はどうかな?引き出しを出してし まわないと取れないけど、大した重さじゃな いし。よし、ここにしよう。  夜遅く、お母さんが帰ってきた。今日はこ っそり印鑑を買ったり、嘘をいっぱい書いた りしたから、お母さんの顔が見れないよ…。  日曜日、今日はアルバイト先に面接に行く 日。お母さんには「陽子ちゃんちに行ってく る」と嘘を言う。陽子ちゃんのお姉さんとは 一緒だから、そんなに嘘でもないんだけど。  アルバイト先、陽子ちゃんのお姉さんと桑 野さんは別のお店だって。私は田中さんと一 緒。そしてもう一人、三木さんという知らな い人が来ていた。 「あなたたちが上野くんの妹さんの知り合い ね。私も上野くんに紹介してもらったんだ。 私と同級生って事にしてるんだよね?よろし くね」  この人は本物の高校生みたい。やっぱりあ の男の人の知り合いだから、田中さん達と変 わらない雰囲気だけど、大人だって感じはす る。この人と同級生って事にしちゃうんだ… 「…よろしくおねがいします」  私のうちからちょっと離れた大きな道のず っと先にあるお店。バスでここまでやってき た…バスは大人料金を払っちゃった。運転手 さん何も言わなかったなー。ちょっと遠いと こだけど、バスで来るんだし、知ってる人に 会わずにすむからここにしたのかな。お店の 中には、かわいい制服を来て仕事をしている 人達。私もあんな事をやるのかな?仕事は大 変そうだけど、なんだかかっこいいな…嘘つ いてもやってみたいな、って気になってきた。  裏口に回って中に入る。面接だ、嘘いっぱ いつくんだ、やっぱりよくないよね、ドキド キしちゃう。 「君達が上野くんの紹介で来た人達だね」  店長を名乗る人がやってきた。お父さんく らいの人を想像してたけど、すごく若い。あ の上野さんって男の人と知り合いなんだもん ね…。それでも割と真面目そうな人。 「同級生なのかな?」  受け取った履歴書を見ながら話しかけてく る。 「仲良しで一緒に働きたいと思うかもしれな いけど、ローテーションもあるし、君達の都 合も少しずつ違うだろうから、土日はまだし も、みんな別々になるよ」 「はい」  別に仲良しだから一緒に来たわけじゃない し構わないけど。 「君達、今のその化粧は濃過ぎだよ。ちょっ と考えてしてきてね」  横の二人が言われてる。その後私に向かっ て 「君は逆にしなさ過ぎだけど」  …高校生ってお化粧しないといけないのか なぁ… 「まあ君くらいの年齢なら無理してしなくて もいいけどね。ちょっとくらいしてもいいよ」 「はぁ」 「今日はうちから来たのかな?」 「はい」 「遠かった?」 「バスで来たらわりとすぐでした」 「平日は学校から直接来るつもり?」 「えっと、一回うちに帰ってからにしようか と…」 「んー、それだと遠くない?戸ノ宮高校から この住所だと。あっそんなでもないか」  あっ、戸ノ宮高校からだったんだ、しまっ た。でもまさか小学校から直接、って訳にも いかないし… 「えっと…」 「あっ、バスが直接こっちにくるのがないん ですよ」 「あっ、そういえば前バイトしてた子がそん な事言ってたな。しょうがないか」  三木さんの一言で助かった…。 「ちょっと手をみせて…」  手を差し出す。 「うんありがとう、割と指長いねぇー」 「そうですか?」 「ほら比べてごらん。田中さん見せて…爪長 いねー。もちょっときれいにしなきゃ」  確かに長いかな。今まで背が高いから手も 大きいんだ、って思ってたけど、私より背が 高い田中さんより長いみたい。  しばらくお話をした後、来週の出勤日を決 めることに。お母さんが家にいる日曜日は無 理だけど、後はどうでもいいから、適当に火 木土にした。三木さんとは火曜が一緒だけど、 田中さんとは全然重ならなかった。 「それじゃ、ここに注意事項を書いてるから、 ちゃんと読んでね。田中さんは明日、三木さ んと小林さんは火曜日、時間通りに来てね」 「はい」  この後、バスを一回乗り換えて戸ノ宮高校 へ。上野さんと、それに陽子ちゃんのお姉さ ん達と一緒に高校の中に入る。私、まだ中学 校の中には一度も入った事ないのに、高校の 教室に入っちゃった。 「ここって制服はないんですか?」 「そう、だから誰が入っても分からない。い つ来ても大丈夫」 「先公にばれてるって。こないだ女の子連れ 込んでたのもばれてたよ」 「高校だから制服あるだろうって思ってて、 嘘でも高校生って言うんだから着てみたいな、 とか思ってたのに…」 「うちの高校の制服なんて、あってもかっこ 悪いに決まってるよ。どうせならもっとかっ こいい高校の制服を融通してもらいなよ。好 きなのが毎日だって着れるよ」 「…そうですか」 「そんなに着たきゃ、小学校に着ていけばい いじゃん」 「はは、そりゃいい」  机に座る。ちょっと高いかな?教室は結構 散らかってて、そんなにきれいじゃない。机 の中に入ってる教科書を出して眺める。漢字 の方が多い、難しそうな教科書。そりゃそう だよね。こういう勉強を毎日してるような振 りしなきゃいけないんだ…  廊下ですれ違う高校生。さすがに大人っぽ い。バイトに行く時は子供っぽい服はダメだ よね。どの服着て行こうかな…  うちに帰って、渡された紙を読み…たいけ ど、漢字がいっぱい。辞書で漢字を調べつつ、 それでも分からない言葉もある。本当に大丈 夫かな…  火曜日。今日は学校終わったらアルバイト。 そのままアルバイトに行ける服…どれかな。 このシャツと、このスカート…くらいかな?  授業中は、ちょっぴりドキドキ。ちゃんと 時間に間に合うかな…ちゃんとお仕事出来る かな…。先生が私の横を通る。先生にばれな いかな。印鑑をこっそり買ったし、嘘いっぱ いの履歴書でアルバイトしちゃうし。この教 室の誰もしてないような事を、私はやってる んだもの。  学校が終わって、すぐに学校を出て、急ぎ 足で家に帰り、ランドセル放り出してすぐに バスに飛び乗る。すると割と早く着いた。今 度からもうちょっとゆっくり出来るね。 「おや、早いね」 「こんなに早く着くとは思わなかったんで、 急いで来ちゃいました」 「三木さんがまだだから、もうちょっと待っ ててね」  時間より5分遅れて三木さんがやってきた。 「んー、5分だけど、最初の日から遅れてく るなんていかんなー」 「あっ、すみません」 「とりあえず着替えて来て」  あのかわいい制服が着れるんだ。早く着替 えよっと。服を脱いで…あ、三木さん、すご い下着。 「やっぱガキっぽいねー、あんたの下着」  ガキっぽいって言われちゃった。でも制服 着ちゃえば一緒だもんね。次は…パンティス トッキング?これって初めて…でも急いで着 なきゃいけないよね…よいしよっと…なんか 変な感じ。靴は、ちょっとだけどかかとが高 い。大丈夫かな。鏡の前に立つ。似合うかな? ガキっぽく見えないかな?  お店の方に戻ると 「それじゃ、これを胸につけて」  『研修中』と書かれたものを渡された。 「じゃあ、お客が少ないうちにレジの説明で もしておこう」  レジの方に行く。 「そんなに難しくないよ。商品の名前がここ に書いてあるからね。一品だけの取消はここ、 全部取消はここ」  色々説明してくれる。 「で、終わったら、ここを押して合計が出る。 お金を受け取って、これでお釣りの額が出て、 レジが開く」  引き出しが飛びだしてきて…うわっ、一万 円札がいっぱい。こんなにたくさんの一万円 札、テレビでしか見たことない、こわいくら いいっぱいある… 「金額は打ち間違えちゃダメだよ。あとで商 品の数と金額を比べたら間違えが分かるんだ からね」 「は…はい…」  私、ちゃんと出来るかな… 「それじゃ、奥で挨拶の練習でもしてこよう」  いよいよあの挨拶をやるんだ。 「じゃ、『いらっしゃいませ』って言ってご らん」 「いらっしゃいませ」 「もっと大きな声で」 「いらっしゃいませ」 「もっと大きく」 「いらっしゃいませ」 「どならなくていい、でもハキハキとね」 「いらっしゃいませ」 「三木さん、おっと大きく」  三木さん、私より小さな声だから注意され てる。私より体大きいのに。 「よし、じゃあしばらくレジやっててもらお うかな」  ついにきた…出来るかな…  私には鈴木さんという人が、三木さんには 店長が後ろについて、レジの仕事に入る。さ っそくお客さんがやってきた。 「いらっしゃいませ、こちらがメニューです。 こちらでお召し上がりでしょうか?」  他の人達みたいにかっこよくやらなきゃっ。 「はい。えっと、ボリュームバーガーと…… んーとコーヒー」  横目でちらっと鈴木さんを見ると『せっと』 と口が動いてる。そうそう… 「えっと、ポテトがセットのこちらボリュー ムセットが大変お安くなっていますがいかが でしょう?」 「あっ、そんなんあったんだ。じゃセットで」 「消費税込みで六百九円になります」  千円札を受け取って、と 「三百九十一円のお釣りです。ありがとうご ざいました」  ふふっ、できたよー。 「よく出来たわね、『えっと』は余分だけど」  …あっ、しまった。  この後十数人のお客様のレジをして、飲み 物とポテトをいれる練習をちょっとだけして、 今日はおしまい。なんだか、やっていけそう な気がしてきた。  この後木曜日、そして土曜日と、時間に遅 れないかと緊張はしたけど、ちゃんとやれた。 土曜日は六時間と長かったし、お客さんが多 くて大変だったけど、その分仕事をやったん だ、って気持ちになれたし、他のたくさんの 店員が着てるあの服を私も着て、他の店員が かっこよくやってる事を、私も今やってるん だ、というのが実感できて嬉しかった。 「君は覚えるのが早くて、こちらとしてもう れしいよ。来週からはその『研修』の札も取 れるし、がんばってね」  ほめられちゃった。  そして火曜日。いつも通り、ちょっと早め にいくと… 「あー、小林さんは来てくれたんだ、よかっ たー」 「どうしたんです?」 「君と一緒に雇った三木さんと田中さん、昨 日突然辞めちゃったんだよ。本人から聞かな かった?」 「えっ、そんな事は…」 「君は突然辞めたりしないよね?」 「そんなことはないです…」 「三木さんがいないから今日は人手がちょっ と足りないんだ、大変だけどがんばってね」  急いで着替えて、レジに立つ。火曜日はそ んなにお客様が多いわけじゃない。でもこの 人数だと息つく暇がない。鈴木さんはすごく 早い手さばきでレジを打つけど、私には出来 ない。真似したら絶対間違うだろうなぁ… 「掃除する暇がないなー。小林さん、ちょっ とそのモップと台拭き持って、あっちの方を 簡単に掃除してきてくれない?お客様がいな い席だけでいいから」 「はいっ」  モップと台拭きを持って、ごしごしごし。 床に落ちたポテトや紙袋を拾い、台を拭く。 丹念にやりたい気もするけど、レジの方大変 だろうなぁ。どうしよう。あっ、あっちのお 客様が立った。えっと、とりあえず… 「ありがとうございましたー」 と言ってと、掃除した方が…あっ、あの人、 どこに座るのかな?ちょっと待ってよう。と なりに座った。よし、何も落ちてないね、台 を拭いてと。こんなとこでいいかな、あんま りゆっくりやってると悪いし…  レジに戻ると 「あ、もう終わった?じゃあモップを置いて、 トレー持って来てくれる?」 「はいっ」  トレーを集めて回ってと…ん?ここの砂糖 少ないや。 「店長、奥の台の砂糖が少ないようでしたけ ど…」 「あー忘れてた。ありがとう」  なんか昨日は大変だった。あの二人になん で辞めちゃったのか聞きたいけど、田中さん は中学だし、三木さんは高校。朝から会える 訳ないし…。取り合えず、陽子ちゃんのお姉 さんに聞いてみよう。朝、六年生の教室の方 に行き、廊下で陽子ちゃんのお姉さんを捕ま える。 「田中さんと三木さん、いきなりバイト辞め ちゃったって聞いたんですけど」 「ん?そういえば田中さん辞めたって言って たね。仕事きついし、みんなが遊んでる時間 に自分だけ仕事してるなんてやだ、って。私 も辞めたけど」 「えーっ」 「あんたまだやってるの?」 「そんなすぐに辞めたりしませんよ」 「まっ、好きにしな」  なんて人達なの…  木曜日と土曜日もすごく忙しかった。でも 来週からなんとかして新しい人を入れる、っ て店長も言ってるから、来週はなんとかなる かな。  火曜日。お店に着くと、高校の制服姿の見 かけない人がいた。店長が言ってた新しい人 かな? 「こんにちは」  あちらがあいさつをしてきた。制服着てる から高校生って分かるけど、私より背が低く て、まるで小学生みたい…って私が本当の小 学生だけど。などと思ってたら、向こうが聞 いてきた。 「あのう、高校生ですか?」 「え…ええ、高校二年生です」 「私と一緒ですね。よかった、みんな年上ば かりだとどうしようって不安だったの」  さっきまでちょっと暗い顔つきしてたのが、 本当にうれしそうな顔になった…私、本当は 小学生なのに。でも、三木さんも田中さんも 辞めて、本当の事を知ってる人は周りに一人 もいない。私はここでは本当の高校生だと思 われてるんだ。そして、私はこの人にとって 「同じ学年の人」なんだ…  先々週私がやったのと同じ事を、あの倉本 さんって人がやってる。レジの説明受けて、 奥で挨拶の練習して、レジを実際に使ってみ て…でもなかなかほめてもらえないみたい。 「ほらー、そんなおどおどした顔してないで、 もっと明るい顔をして」 「ゆっくりなのは仕方ないけど、もっと元気 良くキビキビと」  言われれば言われるほど、顔が暗くなって いく…  仕事が終わって、帰りのバスを待つ。倉本 さんとは、行き先は違うけど、バス停は同じ とこ。 「わたし、やっぱりこういうの向いてないの かな…かわいく笑うなんて出来ない…」 「そんな事ないですよ、顔はとってもかわい いんだから、笑えばいいんですよ」 「かわいいって、子供みたいに、でしょ?」  う…それはまあなんというか… 「小林さんは、いつもニコニコしてますよね」 「だってこの仕事、楽しいから…」 「本当にかわいいし、かっこいいし、尊敬し ちゃいます」 「そんな…」 「私も、楽しいと思えたら笑えるかな、楽し い事あるかな…」 「もちろんっ」 「小林さんみたいになれたらいいな……あっ、 バスがきた」  倉本さんがバスに乗り込んだ。初めて会っ た時と同じかわいい笑顔で、 「じゃあまた」  バスが走り去った。…私、七歳も年上の人 に尊敬されちゃった…いいえ、ここでは私は 高校二年生、倉本さんの同級生じゃなきゃ。 倉本さんに尊敬されるに見合うだけの、立派 な高校生になってやるっ。  とは、いうものの、昼は小学校通い。改め て見回すと、やっぱり子供ばっかりだよねー。 六年生でも私より背が低い人が多いし、何よ り服装が子供っぽい。六年生の背が高い人で も、小学校に来る時にはあんな服なのかぁ。 倉本さんが子供っぽいって言っても、私まで 小学生みたいじゃ変だよね。かといって、陽 子ちゃんのお姉さんが付き合っているあの中 学生達は真似したくないしなぁ。先生の真似 はやり過ぎたせよね。どうやったら立派な高 校生になれるかなぁ。  帰り道、高校生らしき人を見るけど、この 時間じゃみんな制服姿。…そうだ、戸ノ宮高 校、あそこは制服がないんだ。よしっ、行っ てみよう。  バスに乗って戸ノ宮高校へ。もちろん高校 生がたくさんいる。あんな服着てるんだー。 あんなのなら着てみたいな。でもどこで売っ てるんだろう。あんな服はやだな、なんかあ の中学生達や三木さんみたい……ん、あれは 三木さんだ。 「あら小林さん、ちゃんと登校してたんだ」 「三木さん、なんで突然辞めたんですか、あ の後大変だったんですよっ」 「ごめんごめん、友達付き合いが多くってね」  まったくもう。 「で、今日は何しに来たの?」 「アルバイトに行く時に、高校生らしくして いきたいですから。まずは服装を」 「あら、私に教えてもらいたいの?」 「あなたの真似なんかしませんっ」 「とりあえず教室の中に入らない?」  二年五組の教室に入る。 「…なんか人多くないですか?」  と言ってると、先生が入ってきた。 「まだ授業終わってなかったんですか?」 「いいじゃない、戸ノ宮高校の生徒を名乗っ てるんだし」  出席を取り終わると、三木さんは 「この授業は当てられる事はないから」 と言って教室から出ていってしまった。 「あら、三木さんにしてやられたのね」  隣の人が小声で声をかけてきた。 「ええ…」 「あの人、この時間はいつもこれをやるのよ ねぇ。まっ、じっと座ってればいいし」  …いいや、授業に出てる私の方があの人よ り高校生らしいんだ。うん。高校の授業の雰 囲気も分かるし。確かに大人って感じだよね、 私もああならなきゃ。授業の方は、歴史の授 業だから内容が全然分からない訳じゃなかっ たけど、やっぱり難しかった…。  一時間終わって先生が教室から出ると、三 木さんが戻ってきた。 「やーありがとう。ねね、また来てね」  まったくしょうがないわねー。でも、毎日 小学校通いだし、たまに来た方が雰囲気が分 かっていいかな?  次の日は、もちろん小学校。昨日高校生の 中に混じって授業まで受けてしまったから、 なんか教室の雰囲気の差がすごく大きく思え て…でも授業の中身が簡単に分かる、って訳 でもないんだよね。でも高校生の振りするん だから、このくらいすらすら分からなきゃ。 がんばるぞ。  そしてアルバイト。今日は鈴木さんと入る 時間が一緒。着替える時、鈴木さんの服をま じまじと見てしまう。 「なに見てるのかな?」 「え、いえ、そういう大人っぽい服もいいか なー、とか考えてたんです」 「大人っぽいかな?小林さんや倉本さんに比 べたらそうかもしれないけど。お給料出たら こんな服買うの?」  そんなこと考えてもみなかったけど、そう だよね、自分のお給料で買えるんだ… 「でもどこで買えるのかな…」 「確かこれ、そこら辺のスーパーで買ったは ずよ。安物よ。」  安物かー。でも、それなら私でも買えるよ ね、きっと。  土曜日。学校が終わって、お昼すぐにお店 に行く。実はバス代って結構かかるのよね。 貯金箱から少しずつ出してたけど、なんだか 少なくなってきちゃった。大丈夫かなぁ。  レジにいる倉本さん、月曜に比べたらちょ っと元気良く動くようになったかな?ニコニ コはしてないけど、真剣な顔がなんだかかわ いい。  三時頃、警察官がぞろぞろ入ってきた。嘘 いっぱいついてる私は、ちょっとびくっとし てしまった。 「あの人達は、戸ノ宮警察署の交通課の人達。 スピード検問とかで、しょっちゅう来てくれ るんだよ。お得意様だからね」 「はあ…」 「おや、新入りだね?高校生かな?」 「はい…」 「沢井、高校生の売り子に手ぇ出す奴がある か」  今日の仕事が終わって着替えるために部屋 に入ろうとするとき 「小林さん、倉本さん、お給料だよ。二人と も初めてだよね。よくがんばった。小林さん なんて、これが初めてのお給料だったなんて 忘れてたくらい頑張ってたね。来月もがんば ってね」  給料袋の表に「給与二万六千五百二十円」 「交通費三千九百六十円」「計三万四百八十 円」。 「わあ、すごい」 「倉本さんはまだ一週間だから少ないかな?」 「一万円ないですよー」 「一週間で入ってる時間は同じですよね?来 月からは大体同じになるはず」 「うん…あのうーところで、倉本さんって呼 ぶのはやめてください。絵美ちゃんとかがい いです、みんなにそう呼ばれてるし」 「え?いいけど……そんな呼ばれ方してるか ら、子供っぽい感じになっちゃうんじゃない の?え・み・ちゃん」 「そうかなぁ」  さっきまでは、実はちょっぴり、倉本さん ってやっぱり年上なんだって気持ちがあった けど、こんなかわいくて、私のことを尊敬し てくれる人に、「絵美ちゃん」なんて呼び方 すると、そんな気持ち吹き飛んじゃった。絵 実ちゃんの同級生にならなきゃ。がんばらな きゃ。  月曜日に、鈴木さんが着てたような服を探 しに、商店街を歩き回る。ここじゃないなぁ。 こっちの店かな?ここは四階建て、どこかな …子供服売り場じゃないよね、婦人服売り場 は二階か。二階に上がって歩き回る…これは ちょっと違うなぁ…これ、感じは似てるよね。 あっ、これかー。私にはちょっと大きいかな? ちょっとだよね、うん。後は、シャツはあっ ちの方かな。派手なのは嫌い。このくらいが いいかな。よし、これだけ買おう。しめて、 一万二千円也。  これだけじゃ少ないと思うけど、どれ買え ばいいか分からない。本屋さんに並んでるフ ァッション雑誌、あれ買ってみようかな。で も、これもいっぱいあってどれ買えばいいか 分からない。一時間見比べて、よしっ、四冊 買っちゃえ。二千円也。全部月刊誌だけど、 毎月こんなには買えないかなー。今日だけで お給料の半分を使っちゃった。使い過ぎかな?  うちに帰って、買ってきた服をさっそく着 てみる。大きさはまあまあいいかな、ちょっ ぴり大人っぽく見えるかな?でもまだなんか 違うなぁ。靴かな?やっぱりお化粧かな?こ れ、いつ着ていこうかな。鈴木さんと一緒の 日はちょっと恥ずかしいな。土曜かな…戸ノ 宮高校に行く時に着るっていうのもいいかも。 うん、そうしよう。この服はとりあえず脱い でと。次は雑誌でも見てみよう。ふーん、こ んなのがあるのかー、でも着たいとは思わな いなー。値段が書いてある…いちまんななせ んえん?こっちのコートがよんまんごせんえ ん?たかいよー。なんかOL向きの雑誌だっ たみたい。こっちの雑誌は高校生向け、って 感じ。この雑誌は……あれ?大学受験情報誌? 変なの買っちゃった。でも、高校に通ってる あの人達は、こんな勉強してるんだ。ふーん。 あっ、お母さんが帰ってくる時間だ。隠さな きゃ……どこにしよう。服は汚れる所に入れ られないよね、変に折り曲げる訳にもいかな いし。そうだ、お洗濯なんてどうすればいい の?お母さんのいないうちに出来るかな…と りあえず、袋の中に入れて、ベッドの下に置 いておこう。 「ただいまー」  帰ってきた。 「おかえりなさーい」  さっきまで隠し場所を考えてたから、ドキ ドキしちゃう。自分のお給料で買ったってい ってもこっそりだし、なによりアルバイト自 体がこっそりなんだから。 「恵子、お話があるの」  えっ、まさかばれた、そんなはずはないん だけど… 「お母さんしばらく忙しくなるから、帰るの 遅くなるの。それでね、恵子でも出来ること をやってもらおうと思うんだけど……洗濯は 出来ると思うけど、やれる?」 「うん、やる」 「ありがとう、ごめんなさいね」  本当は隠れて買った服を洗濯出来るから喜 んでやるだけなんだけど…お母さんごめんな さい。  火曜日。絵美ちゃんも一週間過ぎて、ちょ っと慣れてきたみたい。コーラを注いだり、 ポテト入れたりする時に嬉しそうな顔してる。  しばらくお客様が来なかったけど、ようや く来た、さあお仕事お仕事…あの顔に見覚え が…うちのクラスの由美ちゃんのお姉さんだ。 えっとどうしよう、うんと…でも仕事中だか ら逃げる訳にもいかないし…絵美ちゃんお手 洗い行っちゃってるし…えーい、私は今は高 校二年生なんだ、由美ちゃんなんて知らない、 由美ちゃんのお姉さんなんて知らない、二三 回しか会ったことないから向こうも覚えてな いはず。あの人は中学生、私より年下のはず なんだ、年下の子が来た時と同じにやればい いんだ… 「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がり でしょうか?」  小さな子供に言うように、優しく言う。中 学生相手にこれはやり過ぎかな? 「いえ、えっと…」 「お持ち帰りですね?」 「あ、はい…」  …なんだか、緊張してるみたい。大人の前 で緊張している子供みたい。あの由美ちゃん のお姉さんが?なんだかおかしくて笑いだし てしまいそう。 「何になさいますか?」  笑うのを我慢するために、小さな子供に言 うような言い方を続けてしまう。だって、本 当に小さな子供みたいにかわいいんだもの。 「えっと、チキンバーガーを二つ、それと…」  なんとか注文を終える。私の方はかっこよ く、テキパキ働くとこを見せなきゃ。四人分 と思える注文を袋に入れ、お金の受渡しをし て、商品を渡す。 「重いですよ、大丈夫かな」 「はい…」 「ありがとうございました」  あー、おかしかった。あの由美ちゃんのお 姉さんが、ついこないだまで大人だと思って たあの人が、こんなに子供に見えるなんて。 私って、ちゃんと高校生に見えてたんだ。私 って、もうあの人よりも年上なんだ…。  次の日は、もちろん小学校へ。昨日、由美 ちゃんのお姉さんがあんなに子供に見えてし うくらいだから、教室の中は由美ちゃんを始 め子供ばっかり。なんかちょっと居心地悪い な。絵美ちゃんと話してても、学校の話にな ると私あんまり何も言えないもんね…今日、 戸ノ宮高校に行ってみようかな。こないだ買 った服を着て。  学校が終わって、うちに帰って着替える。 着替える時間が結構かかるのよねぇ。学校に 着ていって、ランドセルだけ置いてすぐに行 った方が良かったかな…でもこれを小学校に 着ていく訳にもいかないし。小学校にも着て いける服を買わなきゃ。難しいな。  戸ノ宮高校に着いて、渡り廊下を見ると、 三木さんがすぐに見つかった。 「三木さん」 「え……あら、小林さんじゃない、どうした の女子大生みたいな格好して」 「そうかな…月曜に買ったんだ。確かに女子 短大に通ってる人の真似をしたんだけど…変 かな?」 「大丈夫、ほらあの辺にいるのと大差ないじ ゃない。化粧っ気ないのはちょっと変だけど、 そういうのもいるしー。でさ、ちょっと教室 にこない?」 「またー?」  教室に入ると、お隣に 「また捕まったの?かわいそうに」 「あの人の事ですから。それに、どうせ捕ま るなら毎週出た方がちゃんとお話が聞けるか な、とか」 「それもそうね。でも試験はどうするつもり かしら、三木さん」  教室の後ろの方から見てると、授業中に雑 誌を読んだりお菓子を食べてる人がいる。し ょうがないわねー、三木さんほどじゃないけ ど。でも、高校二年だと、あんな雑誌を読む んだ。  うちに帰ってから、こないだ買った雑誌を もう一度眺めてみる。そういえば女子大生っ ぽい感じだったかなー。でもこの方が好きな んだけど。こっちの雑誌は、高校生向けとい っても一年とか中三とか、そんな感じだよね。 どんなのがいいかなー。  それから一ヶ月。アルバイト週三回と、戸 ノ宮高校に週一回一時間行くのが日課になっ ちゃった。この十一月のお給料は、交通費別 で四万四千円。半分近くはまた服代に消えた けど。小学校にも着ていけて、大人っぽい雰 囲気の服って難しい。それに、お母さんに秘 密で買ってるから、お母さんが帰ってくる前 に着替えなきゃいけないし。時間かかるけど、 やっぱり着替えた方がいいのかな。  あと、お化粧も買ったんだ。高校で三木さ んの隣に座ってる川上さんにちょっと教えて もらっちゃった。月曜日に練習してるんだよ。  十二月十六日。あと一週間ちょっとで冬休 み。冬休みは、お母さんが休みの日は無理だ けど、他は毎日バイト入れたんだ。だって、 鈴木さんや絵美ちゃんに会えるんだもの。  バス停で絵美ちゃんとバスを待ってると 「恵子さん、お誕生日っていつなんです?」 「え?えっとねぇ十二月…あっ、今日だ」 「あ、今日だったんですか、プレゼント用意 しておけば良かった」 「あーそんなのいい、いらないから」 「もう十七歳ですね、ちょっとの間だけど、 私より一歳年上ですね」  私、十七歳なんだ…って本当は違って、え っと、十歳かな?昨日まで九歳だったんだ… でも九歳とか十歳って歳には全然実感も何も ない。十七歳の方が、私の気持ちに近い数字 だよね。 「お誕生日は何も出来なかったけど、クリス マスは何かしたいな」 「バイト全部入れちゃったから…」 「バイトが午前の日で、午後に何かやりまし ょうよ」 「うん、そうね」  二十四日の終業式の後から二十九日まで、 日曜以外全部アルバイト。 「ちょっと小林さん、こっちに」  店長に呼ばれて店の隅に。 「年末年始で短期のアルバイト入れたけど、 高校一年生が多いし、最近入ったばかりだし、 いろいろ指導してあげてね」 「私が…ですか?」 「今日は君と鈴木さんだけなんだよ、出来る のは」 「はあ…」 「それと、もっと大事な事だけど、冬休みで 終わりじゃなく、そのまま続けてくれるよう にしてね」 「えっ、そんな事出来るかどうか…」 「君なら出来る。じゃ、お願いね」  レジの方にいくと、新入りらしい人達が何 人かいた。うーん、高校は週一回しか行って ないから後輩っていうのがよく分からなかっ たけど、これが後輩なのかぁ。そう思うとな んかかわいく見えてきた。もう何でも教えち ゃうからね。  調理場の方を見ると、大学生くらいの見か けない男の人が調理してた。 「小林さんは知らないかな?以前アルバイト してた植田くん。人が足りないから店長が呼 び出したんだって」  新入りの人達が彼のことを噂してる。 「かっこいいな」 「ああいう人が彼氏に欲しいのよねぇ」 「でも大学生じゃちょっと年が離れてるんじ ゃないの?」 「そんなの気にしなーい」  随分人気あるのね、まあ確かにかっこいい かな。 「さあみんな、仕事仕事」  みんなをレジの方に追いやる。私と鈴木さ んは注文を受けた商品を渡しつつ、後ろから チェック。それと挨拶のリードも。クリスマ スイブだけあって人が多いから、どんどん商 品が減っていく。 「ボリュームバーガーとチキンバーガーとフ ィッシュバーガー切れましたよー」 「そんなにせかすと生焼けの出しちゃうぞー」 「ダメですっ。みなさん待ってますよ」  横で小さな話声がする。 「あの人、彼と仲いいみたい…」 「前からいる人だもの、しょうがないよ」 「仕事もテキパキやって、私達なんか全然か なわないわよ」 「それに、私達より一つ年上なのよ、歳が近 い分、私達不利よ」 「私だってもう一年早く生まれてたら、この バイトだって一年早く始めてたはずだし…く やしい」 「ほら立ち話してないで、どんどん飲み物注 ぐのよ」 「はーい」  クリスマスも終わって、新入りも仕事に慣 れて、ちょっと余裕が出た二十九日。私と絵 美ちゃん、それに鈴木さんと早瀬さん、そし て植田さんも、アルバイト仲間五人で一緒に 夕食。 「クリスマスのつもりでいたんだけど、忘年 会になっゃいましたね」 「みんなここに来るなんて。お店の方は大丈 夫なんですか?」 「あなたの指導のお陰で大丈夫よ。三十一日 はどっちみちこの五人はいないんだし」 「小林さん、今日はおとなっぽいわよ。OL です、って言われれば信じちゃうわ」 「OLは行き過ぎです…」 「絵美ちゃん、今年はどんな年だった?」 「とってもいい年でしたよー」 「そうみたいね」 「でも来年はもう高校三年よ」 「大学受験?」 「そういうつもりなんですけど…でもどこに するか…」 「まあまだ1年あるけどね」 「小林さんは?」 「え…考えてないです…」 「あら意外。考えることもないくらい安泰な の?どこの大学にでもいけちゃうくらいの成 績とか」  う…小学校に通ってるなんて言えないし、 どうしよう… 「成績は…悪いです…考えられないくらい」 「えー信じられない、恵子さんがそんなだな んて」  信じられないでしょうね…私が小学生だな んて。 「まっ、一年間がんばりなさい」  帰りは、私だけちょっと離れたバス停。大 した距離じゃないけど、植田さんが一緒に歩 いてくれた。そういえば、こんな風に男の人 と歩くのは初めてだなー。でも、そんな事よ りも気になってることがあるの… 「さっきの大学の話だけどさ、西多摩川大学 なんてどうだい?そんな大した大学じゃない けどさ、近いし。もちろん好きな学科がある かどうか、というのもあるけど」 「そんな、私には無理じゃないかなー」 「勉強なら僕が教えようか?あっ、僕じゃ逆 に邪魔になっちゃうかな?」 「短大とか、いろいろあるし、まだ…」 「うん、鈴木さんの短大も近いしね…でも都 心の短大だったりしたら…いや」  植田さんが私の肩に手をのせた。男の人に こんな風に触られるのは初めて… 「植田さん…」 「あっ、ごめん。気安く触っちゃったね。ま だ高校生だったんだ。あっ、あのバスかな?」  うちに帰って、間違って買っちゃった受験 情報誌を引っ張りだして、隅から隅まで読ん でみる。高校三年になったら、部活動も、ア ルバイトも、やめちゃうんだ。遅くても1学 期が終わるまでに。だから、あと半年くらい …その後は?ただの小学生に戻るの?いやよ、 それじゃ絵美ちゃんとも、鈴木さんとも会え ない。さっきあんな事いってた植田さんも…。 なんとかしなきゃ。でもどうやって?また三 木さんになんとかしてもらって、また何年か 嘘つき続けるのかな…。七年早く生まれてた ら、嘘なんかじゃなく、自分の力で受験して 大学に進んで、遠く離れた大学だったとして も電話したり時間作って会ったり出来るのに …嘘をつかなきゃあの人達と会えないなんて …くやしい。  お正月はもちろんお父さんもお母さんもお 休み。一日中小学生らしくしてないといけな い。小学校通ってる時よりもつらい。でも隠 しちゃってるんだし、仕方ないよね。テレビ を見ていると、お店のそばにある小学校での 三が日の行事の様子を放送している。お店に 時々来るおちびさん達、あんな事やってるん だ。あの中に私が見たことのある子がいるか な?……って、本当は私もあの子達と同じ小 学生なんだけど。  デパートの初売りの日、お母さんが 「お買い物に行きましょ」 と言いだした。 「一緒に行ける機会なんてそんなにないし」  三人で行ったデパートは、以前私が服を買 ったことのあるところ。この店に、小学生の 格好してくるなんて、なんだか恥ずかしい。 行くのは子供服売り場。下の婦人服売り場の 方がいい……なんて言えない。仕方ないから、 小学校にも着ていけて、大人っぽい服を探す。 「ねえ恵子、これなんてどう?」  お母さん、なんかすっごく子供っぽい服を 選んでる。 「こういうのがいい…」 「恵子は確かに背が高くて、最近随分成長し たみたいだけど、まだ小学四年生なのよ。こ ういうの着てくれなきゃ」  …そう、お母さんにとっては、私は小学四 年生。小学四年生の私を期待している。だか ら黙ったままなの。お母さんの前では小学生 の振りをしてなきゃいけない。  五日、お父さんもお母さんも仕事。私もア ルバイトへ。今日はうちから行けるから、三 木さんに「女子大生みたい」と言われた服を 着てお店へ。 「恵子さん、あけましておめでとう」 「絵美ちゃん、あけましておめでとう」  今年も、来年も、絵美ちゃんとこうやって 会いたい。来年、絵美ちゃんとどういう話を してるんだろう。別に女子大生じゃなくて、 専門学校でも就職してOLでも、どんな形で もいいから、こんな風にみんなと会いたい。  始業式。二週間振りの小学校。久し振りだ から、どんな服着ていけばいいのかよく分か らない。わざと子供っぽい服を着ていくこと にした。私が着ると変かな?通学路を歩くの が恥ずかしい。こんなところを絵美ちゃんや 鈴木さんに見られたら…。  教室に入って椅子に座る。周りは当然小学 四年生のおちびさんだらけ。隣に座ってるの は、三木さんでも川上さんでもなく、由美ち ゃん。由美ちゃんのお姉さんってかわいかっ たよね、そのお姉さんじゃなくて妹の方と並 んで座ってるのよ。こんな変な事が、また毎 日続くのよ。  始業式は、それこそ何百人の子供の中に私 一人だけ高校生が投げ込まれたような気分。 お店で「大丈夫かな?」って話かけた子も何 人かここにいるんだろうな。数歩後ろには何 人か先生が並んでる。店長さんと同じくらい の歳の先生もいる。ほんとは私、数歩後ろに いた方がいいのかな?それは行き過ぎか。三 木さんや川上さんや絵美ちゃんは今頃高校の 始業式なんだろうな。  今日もアルバイトだから、とすぐに帰ろう とすると、陽子ちゃんがあわててやってきた。 「ね、一緒に帰ろうよ」 「…でも、行くとこあるから、帰ってから遊 べないよ?」 「一緒に帰るだけ」  校門を出ると、自分が小学生だって気持ち は消えてしまう。小さな妹を連れて歩いてい るお姉さんのような気分。 「陽子ちゃんのお姉さんは今どうしてるの?」 「夜中こっそり出掛けることがあるの」 「…まさかホステスやってる、なんて事はな いわよね?」 「何やってるのかは知らない。連れてってく れないんだもの」 「お父さんお母さんには言ったの?」 「言うなって、怒るんだもん。それに言った りしたら、絶対連れてってくれなくなるもん」 「ダメよ、ちゃんとお父さんに言いなさい」 「でも………」  こんな事言ってるけど、私だってアルバイ トして週一回高校に行ってるなんて、言えな いんだけど。 「ねえ、恵子ちゃんはアルバイトしてるの?」 「お姉さんから聞いたの?」 「うん、ハンバーガー屋さんなんでしょ?商 店街のハンバーガー屋さんのお姉さん達みた いに、かわいい服着て『いらっしゃいませ』 って言ってるの?」 「そうよ」 「すごい、見てみたいな」 「えー、恥ずかしいな。それに、ちょっと遠 いよ」 「恵子ちゃんがお店で働いてるの見てみたい。 恵子ちゃんが大人と一緒に働いてるところを。 恵子ちゃんって本当に大人みたいだもん。六 年生の人達が、恵子ちゃんを『大人みたいで 生意気だ』って言ってるんだよ」 「えー」 「恵子ちゃんの方が、うちのお姉ちゃんより も、お姉ちゃんの友達よりも、ずっとずっと 大人っぽいよね。厚子ちゃんは『うちのクラ スには先生と恵子ちゃん、二人大人がいる』 って言ってるけど、私は恵子ちゃんみたいな 同級生がいて嬉しいの。ところでね、アルバ イトはいっぱいお金もらってるの?」 「そんないっぱいってほどでもないけど」 「ねえねえなんかおごってよー」 「えー、そうだなあ…じゃあ一回だけ」 「うんっ」 「十五日の午後なんてどう?どこがいい?」 「んーと、んーと…遊園地がいいっ」  遊園地…まっいいか。  今日のアルバイトが終わった後、冬休み中 の分のお給料を受け取る。三万九千八百四十 円。私が稼いで、今残っているのは九万円ほ ど。来週陽子ちゃんと遊びにいくでしょ、お 化粧品は薄くしか使わないけど、そろそろ少 なくなってきたし。服ももう少し欲しいな。 そして、このまま高校生の振りをして、高校 を卒業する振りをして、絵美ちゃんとずっと 一緒にいられるようにするための方法をなん としても探し出さなきゃ。あと、勉強の方も 少しは高校生に追いつきたいし。帰りにちょ っと本屋さんに寄ってみよう。何にいくらか かるのか分からないけど。  水曜日、高校へ今年初めて行く。十日を過 ぎて初登校なんて変だよね。また三木さんの 代わりに教室で一時間。でも毎週聞いてると、 少しは分かってきた…ような気がする。小学 生ばかりの教室より、やっぱり高校の教室の 方が落ちつく。週一時間だけど、この時間が ないと、とてもやっていけない。  川上さんや三木さんと話をすると、やっぱ り受験の話が増えている。センター試験とか、 あの大学がどうだとか、模試とか、説明会と か。お金は貯めてるんだから、それで出来る 事はやっておこう。でも、本当に大学に入れ る訳じゃないんだよね。  放課後、三木さんに聞いてみる。 「ねえ、来年はどうするつもり?」 「んー、短大かなー、専門学校かなー」 「その時、今までみたいなこと、やってくれ る?」 「えー、まだやる気?」 「うん」 「でも、今はこの高校だからできるんだよ。 短大や専門学校で出来るかなー。別に授業出 なくても、『わたしは女子大生よ』って言っ てバイト続ければいいじゃない」 「一日中小学校にいる身にもなってよ、私の 友達が大学いくとか就職するとか言ってるの に」 「そんなこといったってねー」  十五日。陽子ちゃんと遊園地へ。 「まずね、メリーゴーランドに乗りたいっ」 「はいはい」  私は一緒には乗らなかったけど、陽子ちゃ んは三回も乗ってる。ジェットコースターは 保護者同伴ということで私も乗った。また三 回乗ると言いださないかとひやひやしたけど、 さすがにこれは一回。観覧車、ボート、動物 公園でうさぎと遊ぶ。どれ一時間近く、もう 飽きちゃったというまで遊んでた。おっきな プリンを2個、気分悪くなるまで食べてた。 「今日はありがとう、恵子ちゃんと二人だけ で遊園地にこれるなんて、ほんと夢の中みた いだった」 「今日一回これっきりだからね」 「うん」  土曜日。学校から帰って、着替えてからお 店へ。 「恵子さん、こんにちは」 「あっ、絵美ちゃん早いね」  数十分前までまでランドセルしょってたな んて、絵美ちゃん知ったら驚くだろうな。あ んな姿見せられないよね。  終わり間際に、店長さんが私を呼んでいる。 「あのね、これはみんなに内緒にしてて欲し いんだけど、私の祖母の具合が悪いんだよ」 「えっ…」 「でね、しばらくは毎日これないかもしれな い。だから君にこの店の大事な仕事をお願い したいんだ。もちろん君だけじゃなくて、鈴 木さんや早瀬さんや植田くんに分担してもら うんだけど」 「はあ…私に出来ることなら…」 「鈴木さんや早瀬さんには事務をやってもら うから、二人がやってるようなレジ組のチー フを土曜日にやってもらいたい」 「え?」 「アルバイトの点呼、釣り銭の管理、もし新 入りが来たら教育係もやってもらうかもしれ ない」 「そんな…」 「鈴木さんがやってるのを見てただろ?あれ をやればいいんだ」 「はい…」  次の土曜日から金庫の鍵を任された。一定 時間ごとに、レジから一万円札を取り出して 枚数を確認して金庫に入れ、逆に釣銭を補充 する。土曜日だと、本当に十万単位で動く。  さらに、時間に遅れてきたきた人を注意し たりする。別に忙しい訳じゃない。ただ、気 をはりつめているから疲れる。そして時々、 自分が小学四年だという事を思い出す。それ を思い出すとなんだか気後れしそうで、変に 強い言葉で言ったりする。思い出さなきゃい いのに。  次の土曜日。お客様が少ない時間に、他の 人達をみんな休憩させ、しばらく私がレジに 立つ。その時、陽子ちゃんがやってきた。 「…よくここまでこれたわね」 「お姉ちゃんに教えてもらっちゃった」 「ちゃんと帰れる?」 「うん大丈夫。ねえねえいつもやってるのを 見せてよ」 「うん…こちらでお召しあがりでしょうか?」 「はい」 「何になさいますか?」 「えーと、チキンバーガーセット」 「お飲み物は何になさいますか?」 「オレンジジュース」 「しばらくお待ちください…お待たせしまし た、お会計三百九十九円です」 「はい」 「一円のお返しです、ありがとうございまし た」 「恵子ちゃん、かっこいい」  陽子ちゃんは、レジが見える席に座り、こ ちらを向いて食べはじめた。私の方は、しば らくは私と絵美ちゃんだけで、そして頃合を 見計らって他の人達を呼び戻し、お仕事を続 けた。陽子ちゃんが見てるから、特にかっこ よくやんなきゃね。陽子ちゃんは三十分ほど で食べおわって、私にちょっと手を振ってお 店をあとにした。 「ありがとうございました」 「あの子、妹さん?従妹?」  絵美ちゃんが聞いてきた。 「同級生……の妹」  月曜日、小学校へ。通学路で陽子ちゃんに 会った。 「こないだ、とってもかっこよかったよ」 「ありがとっ」 「…恵子ちゃんって、もう大人なんだね。私 とは、うちのクラスのみんなとは、もう全然 ちがうもの。仕事してる姿や、隣にいたお姉 さんとおしゃべりしてる姿が、すっごく大人 だったもの。遊園地に行った時は、同級生と 二人だけでこっそり行くんだって思ってたの。 でも、ハンバーガー屋さんで恵子ちゃん見た 時、恵子ちゃんはもう大人だったんだって思 ったの。私とは違うんだ…」  なんだか寂しそうな陽子ちゃん。…でも、 確かに陽子ちゃんとは違う、私はもう小学生 じゃない。同じ教室にいても、私はもう高校 生なんだもの。  家に帰って着替えてから本屋に行き、大学 案内、参考書、雑誌を買い、模試の案内をも らって、うちで読む。うちにいる時は勉強し なきゃ。七年分の差は大きいけど、少しでも 埋めたいもの。私は小学生じゃない、高校生 になるしかないの。絵美ちゃんと一緒でいた いもの。  二月、模試というものを受けてみた。でた らめな勉強してるから、いい点数のはずがな い。でも、最下位じゃないのよね、私よりひ どい人がいるなんて、ちょっと安心。でも、 成績が良くなったからって、それだけではど うにもならないの。  お金の方は、チーフやるようになって時給 が増えて、使う方は服とお化粧品を必要なだ け揃えて、あとは勉強に必要なものくらいに しか使わない。だから春休みが終わる頃には 残額が十五万円になっていた。以前だったら、 こんな大金が自分のものになったら好きなも のなんでも買えると思ってた。だけど今、こ れを見ても特に何も思わない。このお金でな んとかなれば、本当に嬉しいんだけど…  四月。小学校の方は五年生になった。同級 生が五年生になったんだ、という感慨はある けど、私自身は何も感じない。今まで通りの 小学校だもの。クラス担任が変わり、クラス 替えもあった。陽子ちゃんは別のクラスにな って、知らない人ばかりになった。どう見た って高校生の私には、誰も声をかけてこない。 私も声をかけられても困ってしまうし。新任 の先生が私を職員と勘違いしてたって話もあ った。勉強の方は、でたらめでも一生懸命や ってるから、小学校の内容は簡単に感じるよ うになってきた。  担任の先生もクラスメートも変わったし、 もう小学生の振りをするのも疲れてきちゃっ た。小学校に紛れ込んだお姉さん、になっち ゃおうかな。授業中は内職いっぱいやろうか な。でもアルバイトの事がばれたら、絵美ち ゃん達ともう会えなくなっちゃう。我慢して 小学生をやんなきゃ。  高校の方は、今まで通り三木さんのクラス に週一回出席。どちらかというと、私がお願 いしたみたいな形だけど。週一回だけでも高 校に来れて、少しだけ息抜き出来る。だけど 来年はどうなるのかな…  そしてアルバイトの方は、店長のお祖母さ んの体調は良くなったものの、鈴木さんが就 職活動のためにやめてしまった。だからレジ 組のチーフは私がやることに。早瀬さんとか がいるけど、日の浅いアルバイトのみんなに は『店長の次くらいに偉い人』って思われて るみたい。その分お給料は高い訳だけど、ち ょっと疲れる。鏡を覗くと疲れてるっていう のが分かる。お母さんに変に思われなきゃい いけど。  ゴールデンウィーク中、絵美ちゃんと一緒 に大学の学校説明会へ。公開授業、サークル 紹介、施設案内などなど。 「なんだか今日は、恵子さんと同じ学校で勉 強してるみたい」 「うん、私もそう思う」 「毎日だといいのにな。やっぱり仲良しと一 緒に勉強したいもの…高校ではあんまり仲良 しっていなかったから…」  …できるなら私もそうしたいんだけど…  うちに帰って、居間で紅茶を飲みながら、 今日もらってきた短大の資料を眺める。来年、 こんな日常を送りたいな…もちろん絵美ちゃ んと一緒なら楽しいだろうけど、別々でも、 放課後にそれぞれの話題を話すことが出来る はず……でも、小学校じゃ無理だよね。  あっ、もうすぐお母さんが帰ってくる。ス ーツを脱いで、隠さなきゃ。短大の資料も。 お化粧も落とさなきゃ。明日からお母さんも 連休。しばらく小学生の振りしてなきゃいけ ないんだ。ちょっと疲れるけど、がんばらな きゃ。  一学期も終わりに近づいた。絵美ちゃんと、 そして私が、受験勉強のために、という事で アルバイトをやめる日が近づいた。私は夏休 みの最初三日まで新人教育のために残るけど、 それで終わり。 「しばらく会えなくなるね」 「そんな事ないよ、ほらっ」  絵美ちゃんはPHSを取り出した。 「アルバイトのお給料はね、あんまり使わな かったんだ。だからこれ買ったの。離れてて もお話出来るよ。だから、恵子ちゃんの電話 番号教えて」 「んと…うちはお母さんがちょっとうるさい の、長電話には…でも帰るのが遅いから、そ の時間までならば…あっ、私もPHSを持て ばいいんだ」 「無理にとは言わないけど…」 「どうすればいいのかな?」 「えっとね、契約の時に身分証明書とね、銀 行の通帳があれば料金の自動引き落としが出 来るよ」  身分証明書?そんなの私にはない。お金な ら二十万円以上あるのに…  でも、絵美ちゃん、それに鈴木さんや植田 さんとのつながりをなんとしても続けたい。 仕方ないから、三木さんに通帳とPHSを用 意してもらった。どっちも私の名義じゃない。 こんな事しないと絵美ちゃんと話せないなん て…  最後のアルバイトの日。最後のお給料を受 け取った。 「鈴木さんに倉本さん、小林さんと続けてや められて困っちゃったよ。でも、高二の子達 は君の働き振りを見てるから、きっと君の真 似をして頑張ってくれるよ。ありがとう。大 学か短大か入れたら、また来てよ」 「…はい」  …できれば。  夏休みの間は、おうちで勉強。時々、模試 受けたり、絵美ちゃんと学校説明会に行った り。真夜中、お母さんに聞こえないように外 に出てPHSで絵美ちゃんとお話したり。時 々鈴木さんや植田さんとも会っておしゃべり した。  そして、三木さんと一緒に予備校の夏期講 習というのにも行ってみた。もちろん自分で お金を払って。私には分からない事の方が多 かったけど、でたらめ勉強の成果が少し出て きたみたい。せめて嘘つく時に「まぐれで合 格した」って言い訳が出来るくらいにはなり たい。  二学期が始まると、小学校と週一回の戸ノ 宮高校だけの生活になった。高校生の中にい られるのは週一回一時間だけ。あとは絵美ち ゃんとの電話でのおしゃべりだけで耐えた。 絵美ちゃんはうれしそうに学校での出来事を 話すけど、私は週一時間しか高校生活がない。 それでも絵美ちゃんとしゃべり続けた。月に 一回くらい、息抜きということで二人で映画 を見に行ったりもした。  週一回の戸ノ宮高校通い以外は、小学校か ら帰るとほとんどうちの中にいた。お金はま だ二十万あるんだし塾通いも考えたけど、来 年三月の事を考えるとそれは出来なかった。 私自身は自分の名前で受験することが出来な いんだから。模試や冬季講習は行ったけど、 それ以外はうちの中。うちに帰ると、子供っ ぽい服はすぐに脱いで着替える。そして居間 で勉強。時々絵美ちゃんから電話がかかって きておしゃべり。そしてお母さんが帰ってく る前にまた着替える。  年が明けて、願書提出の時期。三木さんに お願いして、一校だけ受けさせてもらった。 合格しても、私は通えないし、願書の写真は 私だから三木さんも入学できない。だから合 格しても絶対入らない短大、というところを 三木さんに選んでもらい、そこを受けた。結 果は、合格だった。ちょっと寂しかった。 「やー、加川女子大に合格しちゃったよー。 信じられないねー」 「私に授業の出席押しつけてた人が…」 「まったくそうだうよねー。で、あの大学な ら小林さんのご期待に沿えると思うよ」 「ほんと?」 「そうだねぇ、宿題やレポートの半分くらい やってくれるなら」 「…やるわよ。小学生レベルのレポートでよ ければ」  本当は、レポートも授業も全部三木さんか ら取り上げてしまいたい気持ちなんだけど。  結局すべて他人任せだったけど、四月から はなんとかなりそう。  翌日、絵美ちゃんから電話がかかってきた。 「あのね、報西学園大学に合格したのっ」 「おめでとう、すごい。わたしもね二校…ほ ど、合格したんだ」 「どこどこ?」 「加川女子大と、もうひとつは短大だけど」 「すごーい」 「絵美ちゃんほどじゃないわよ」 「二人とも近いとこだし、また一緒にアルバ イトとかしたいね」 「うん」  四月になって、大学の入学式。五日だから もぐりこむことが出来た。新しいスーツを、 今日のために買った。教科書も全部買ったか ら、出席は出来ないけど勉強は出来るよ。入 学式の後、スーツのままで絵美ちゃんと夕食。  そして、たった二日間だけど大学にちゃん 登校出来た。一番最初の授業に出れたし、後 は自分で勉強できそうな気がしてきた。大学 の雰囲気もちゃんと感じることが出来たし。  八日からは小学校へ。三日前にスーツ着て 大学の入学式に出た私が、ランドセル姿で小 学校に通うんだから、恥ずかしくて仕方ない。 でも、とりあえず四年間絵美ちゃんたちと過 ごせる事になって心の余裕が出来たのか、こ のおちびさん達と子供の振りして付き合うの もひとつの経験かな、とも思えるようになっ てきた。三木さんの入った学部が教育学部だ しね。それにもう小学六年だから、みんな随 分大きくなってきたし。そういえば、私を見 て「大人っぽくてうらやましい」といつも言 っていた陽子ちゃん、クラスが別だから会っ てないけど、ちょっとは成長したかな?  しばらくは、どの曜日のどの授業に出られ るか確認して、その生活に慣れる事に精一杯 だったけど、新しい生活に慣れてきたので、 ゴールデンウィーク前から、絵美ちゃんと一 緒にまたアルバイトを始めることにした。あ のハンバーガー屋さんで。  もちろん鈴木さんはもうないし、早瀬さん も三月まででやめちゃったんだって。鈴木さ んと早瀬さんの立場に、今、私と絵美ちゃん がいる訳ね。なぜか植田さんがいる。 「めでたく大学生になれたことだし、今度映 画見に行こうよ…ふたりだけで」 「…ふたりだけぇ?」 「わたしは邪魔しないわよ」  絵美ちゃんのいじわるぅ。  とにかく、私にとっての日常がようやく帰 ってきた。  五月末。久し振りに一ヶ月丸々働いてもら ったお給料。ゴールデンウィークもあったし、 五万円もある。大学生ということで時給が増 えたせいもあるのかな?でもお化粧が厚くな った分、出費が増えたような気も。服はこの 二年である程度揃えた。PHSの料金もある わね。でも絵美ちゃんとはしょっちゅう会え るからあんまり使わなくなったけど。  最近はCDを買うようになったの。うちに いる時は、勉強の合間にCDをかけながら紅 茶を飲んだりするの。もちろんお母さんが帰 ってくる時間までね。お母さんが帰る三十分 前には、スーツを脱いで、そのスーツや教科 書やCDやお気に入りの紅茶セットを隠すの。 でも最近隠す場所に困り始めちゃった。ちょ っと節約して敷金分貯めて、アパート借りる …っていうのは無理かな。  六月。大学と小学校とアルバイトの生活が すっかり順調に進むようになった。絵美ちゃ んの大学の友達とも知り合えて、友達が増え てきた。夏休みになったら、暇を見つけて日 帰りの旅行をしたいね、って絵美ちゃんと話 してる。植田さんとは、コンサートに行く約 束を。  六月の中頃の水曜日。警察官の方と、スー ツ姿の男の人が来られた。 「小林さん、お久し振り。ちょっと聞きたい ことがあるんです」  以前しょっちゅう来てた、沢井さんとかい う警察官。 「最近はこの辺で交通事故はなかったですけ ど…」 「あっ、僕はもう交通課じゃないんだ」 「ここじゃ話にくいことなんだ、外に出てく れる?」  外に出て手渡された新聞には『児童福祉法 違反で逮捕』という見出しがあった。 「杉浦美紀さんと陽子さんという姉妹を知っ てるよね。あと、田中京子さんという、二年 前にここのアルバイトを一週間でやめた人が いるよね。この三人についてちょっと聞きた いことがあるんだ。あと、あなた自身の事」