スペインをもっと知ろう!

スペインはまだまだ遠い国です。ヨーロッパの国々のなかでも 日本人には知られていません。 そこで このコーナーでは スペインが 皆さんにとってより身近な国になっていただくために スペインあれやこれやを 掲載して行きたいと思います。気楽に 時々 このコーナーをご覧ください。


4月16日:カタルーニャ考察!                   

カタルーニャの定義:狭義ではカタルーニャ自治州(スペインの行政区分)、広義ではカタルーニャ語文化圏:カタルーニャ自治州、バレンシア自治州、バレアレス諸島自治州、アラゴン自治州の一部、アンドラ、フランスのピレネー・オリアンタル県、イタリアのサルデニャ島のアルゲロ市

1.カタルーニャ自治州の経済規模:人口約750万人(スペイン人口の約16%、デンマークよりやや多い)、対GDP(国内総生産)で、スペイン全体の約19%、デンマークに匹敵、アイルランド、フィンランド、ポルトガルを上回る。工業、観光業が主要産業。

2 歴史:イベロ族→ローマ時代→西ゴート族→イスラム時代の流れ:フランク王国がイスラム教徒の北上を防ぐため「ヒスパニア辺境領」を設置。辺境領はいくつかの伯爵領から成り、バルセロナ伯爵が統一。988年:フランク王国から分離。カタルーニャの建国の年とされる。

1137年:カタルーニャ・アラゴン連合王国誕生:レコンキスタと地中海進出(ジャウマ1世「征服王」):イタリア、ギリシャにまで領土を拡大。貴族、商人、職人が力を持つ。結果13世紀末に世界最古の身分制議会の一つ「カタルーニャ議会」が誕生。議会の常設代表部「ジャナラリタット」は現在のカタルーニャ自治政府の名称の起源。

その後衰退への道を歩む。バルセロナ伯爵家の血筋が絶え、カスティージャ系の王が選出。その系統からフェルナンドとカスティージャ王国の王女イザベルが1469年結婚、1492年にレコンキスタが完了。その後、フェルナンドの孫でハプスブルグ家の祖となるカルロス1世の統治となる。

1701年:スペイン継承戦争 スペインの王位を巡ってハプスブルグ家とブルボン家の争い。自立を尊重してくれるということでハプスブルグ家につく。結果はブルボン家が勝利。報復を受ける。自治政府や議会は廃止。カタルーニャ語は公的に禁止。バルセロナ大学は寒村に強制移転。

1898年:米西戦争で転機 イザベル女王の遺言で、カタルーニャ人はアメリカ植民地貿易に関わってはいけないとの遺言。スペインの敗戦で、カスティージャは機能不全の社会。キューバへの投資資金が還流して、社会の工業化を進める。1888年スペイン初の万国博覧会をバルセロナで行う。カタルーニャが復活することになる。

スペイン内戦とフランコ独裁時代:カタルーニャ文化とカタルーニャ語の徹底禁止令。そして1975年ファン・カルロス1世がスペイン国王となる。民主化が進み、それと共にカタルーニャ文化復活、言語復活となる。

経済的にはスペイン随一の自治州であるが、カタルーニャ文化、言語の抑圧の歴史が繰り返されていると言える。

3.独立機運の盛り上がり:

2010年スペイン憲法裁判所が、カタルーニャ議会で採択された新しい自治憲章の重要な部分に違憲判決を

  下した。カタルーニャが民族であること、カタルーニャ語を優先的に公用語として使用すること、財政・

  司法・域内行政の独立性を強化することを謳った部分。結果、バルセロナ市内で110万人の抗議デモ。

  保守穏健派の大物政治家ジョルジュ・プジョルはもう独立しかないと発言。

マドリードの中央政府に国税を収めても、戻ってくる額が極めて少ない。法律が定める差額の上限がEU

 (欧州連合)内で最も高く、地方自治体にとっては最も不利な仕組みになっている。(ドイツの場合は自治体内

 総生産の4%が上限だが、スペインの場合は8.5%と倍以上である。)

4.昨年1110日、カタルーニャ州議会は、カタルーニャ独立の手続きを開始する議決案を、7263で可決しました。マス・カタルーニャ自治州首相率いるJXSIJunts pel Si独立派連合)とCUPCandidatura d'Unitat Popular人民連合)が過半数を占めており、その優位性を示したと言えます。今年住民投票を実施するかどうかに注目があつまる。ラホイ暫定政権は違法であると表明。Podemosは住民投票に賛成の態度。


12月16日:スペインの総選挙が今週の日曜日(20日)に近づいてきました。スペイン各紙は総選挙の記事で満載です。そこで簡単にスペインの選挙を纏めてみました。

現在は国民党(PP)が政権運営をしています。しかし2大政党以外に最近結成の小さな二つの政党の躍進が進み、仮に2大政党が今回の選挙で勝利したとしても、長期の安定した政権運営をするためにはこの二つのどちらかと連立とか協力を要請しないといけないようです。
右の写真は、左上:サンチェスPSOE党首、右上:ラホイPP党首、左下イグレシアス:Podemos党首、右下:リベラCuidadanos党首

主な政党

国民党 PPPartido Popular)マリアーノ・ラホイ党首(首相)Mariano Rajoy 60 スペインの急速な経済回復の実績が選挙戦のアピールとなります。長期政権の実績があり(19962003)、政権の安定性としては申し分なし。不動産バブル崩壊から景気低迷となり、緊縮財政で乗り切りました。但し若い世代からは失業率が高く不満が高まっている。25歳以下の失業率は1047.7%と非常に高い。この世代がポデモスに流れている。

社会労働党 PSOE Partido Socialista Obrero Espanol)ペドロ・サンチェス党首Pedro Sanchez 43歳 前政権運営を担当する。PPよりも派政党と言える。今回の戦いでは、Podemos, Ciudadamoから票を奪われるのではと危機感がある。PPとPSOE以外に信頼できる政権運営能力はないと訴え続けている。

ポデモス Podemos Poder(出来る)の一人称複数形Podemosからネイミーング 我々は出来るという意味)パブロ・イグレシアス党首 Pablo Iglesias 37歳 急進左派として政党としてスタート。初期はベネズエラの政権のサポートを受けていると公言、そしてギリシャの急進左派政党Syrizaとも連携。2014年結成、その後やや保守的の公約に変更、政治の中枢に入ろうと、PSOEの票を奪取することを目論む。

シウダダノス(Ciudadanos)市民党 アルベルト・リベラ党首 Albert Rivera 36歳 カタルーニャ政党がルーツ。但し分離独立派グループとは一線を画す。9月のカタルーニャ地方選挙では、第二政党に躍進する。

今回350議席を争います。12710日時点の調査

PP勝利予想。しかし絶対過半数は取れないのではとの観測が強い。

PP 105112議席、獲得支持率:2325%

PSOE8594議席、21%

Podemos5564議席、19.1%

Ciudadanos5367議席 18.2%

その他、マス・カタルーニャ自治州知事率いるカタルーニャ民主連合(Catalonia’s Democracia i Llibertat、バスク国民党(Partido Nationalista Vasco)など地方自治州の少数政党がどれだけ中央議会に入るか注目されます。

論点は急回復のスペイン経済成長も若者中心に一向に生活が好転しないことです。急進左派Podemosが急速に票を伸ばしている。最近はちょっとその勢いが衰えているとも言われています。ラテン圏で左派が躍進するか注目することになります。

スペインは民族が異なる複合国家です。中央政権の中枢民族カスティージャ(Castilla)圏、そしてカタルーニャ、バスク、ガリシアの他民族、そしてカタルーニャと初めは同一圏であったバレンシアと色とりどり。アンダルシアも一応カスティージャ圏。


6月14日2007年:住民登録されているスペインの人口が発表されました。それによると2007年1月現在スペインの人口が45百万人を越えました。また外国人は448万人でありその内欧州域内からの外国人が170万人ということです。人口の約10%がスペインでは外国人です。正味の人口増は7万人であり外国人が338,000人と人口増に大いに寄与しています。昨年度の欧州域内からの流入人口は275,000人であり、また男性が49.4%, 女性が50.6%の割合でした。
地域別に見ると、メリージャ(Melilla)2.8%, バレアレス諸島(Isla Baleares)2.8%, カスティージャラマンチャ(Castilla La Mancha)2.2%の増加が目立ち、あとはほぼ現状と変わらず、アストゥリアス(Asturias)が0.21%の人口減でした。2006年1月と2007年1月を比較した人口の増加数で見ると、バレンシア地方(Comunidad Valenciana)が68,000人増、アンダルシア地方(Andalucia)64,000人増、カタルーニャ地方(Cataluña)62,000人増、マドリッド(Madrid)53,000人増です。
外国人の総人口に占める正確な割合は9.9%です。地域別で見ると、 バレアレス諸島(Isla Baleares)18.4%, バレンシア地方(Comunidad Valenciana)14.9%, ムルシア(Murcia)14.4%, マドリッド(Madrid)14.1%, カタルーニャ地方(Cataluña)13.4%, カナリア諸島(Isla Canarias)12.3%が外国人の多い地域です。逆に外国人の割合が少ないのはエクストレマドゥラ(Extremadura)2.7%, ガリシア(Galicia)2.9%, アストゥリアス(Asturias)3.0%, セウタ(Ceutaアフリカ飛地領)3.7%, バスク地方(Pais Vasco)4.6%, カンタブリア地方(Cantabria)4.7%, カスティージャイレオン(Castilla y León)4.7%であり、その他の地域は概ね6%です。
欧州域内からの人口流入が170万人ですが、その内ルーマニアから524,995人、英国から314,000人、ドイツから164,000人、イタリアから135,000人となっています。欧州域外からは、モロッコから576,344人、エクアドルから421,000人、コロンビアから259,000人、そしてボリビアから200,000人(推定値)、アルゼンチンから140,000人(推定値)としています。2006年との比較ではルーマニア人が118,000人、ボリビア人60,000人、そしてイギリス人39,000人の増加です。
このデータを私の知っている範囲内で分析すると面白い。外国人の流入が二つのグループに分かれます。一つは余裕のあるヨーロッパ人(イギリス人、ドイツ人など)が温暖な気候を求めて地中海沿岸、島、カナリア諸島に移住しています。だから外国人の割合が多い。イベリア半島の中心部分から北部にかけては外国人が少なく人口増もほとんどない。(マドリッドを除いて) そして貧しいヨーロッパ人(ルーマニア人)が出稼ぎに来ていることが顕著で流入人口が増えている。彼らは主にマドリッド、バルセロナを目指します。従って外国人犯罪の温床となっている。モロッコ、中南米からの流入は職を求めての流入です。バレンシア地方のベニドーム(Benidorm)に滞在していても、外国人の居住者が最近めっきり増えています。特にイギリス人、ドイツ人そして北欧からに居住者が多い。それだけ温暖な地で暮らしたいという根本的な願望を実現するためにこれらの国々から移住しているのです。そして彼らは当地でコミュニティーを形成しています。例えばイングリッシュパブとかジャーマンビアホールが結構通りを歩いていると見つかります。入ると英語とドイツ語が飛び交っています。地元のスペイン人は静観しつつ、スペイン人の暮らす地域でたくましく生きています。欧州の縮図を見る思いです。


2月9日2003年: スペインにとって観光産業は生命線です。その観光産業にきしみが出始める兆候が見られます。昨年(2002年)にスペインを訪れた観光客は5,170万人とこの数字はフランスへの観光客数に次ぎ世界第二位です。しかし問題は観光客が落すお金が少なくなってきていると言うことです。一人当たりの予算が2002年は660.68ユーロ(約79,000円(1ユーロ=120円換算))と前年(2001年)の699.20(84,000円)と比べると5.5%減少してます。そして観光産業からの総売上は2002年は約320億ユーロ(3.8兆円)と前年の約370億ユーロ(4.4兆円)から3.5%減少しています。昨年の観光産業のGDP(国内総生産)への寄与伸び率はゼロとなりそうだ。2001年+0.3%, 2000年+0.5%と比べると明らかに減少傾向にあります。スペインでは150万人が観光産業に携わり 総人口の15%を占めています。ホテルの宿泊料金を調べてみると前年に比べて4.9%値上がりしていますが、反面 空室率が4.7%増えている。値上がりはユーロ導入により 4%のインフレ率を記録しており、宿泊料の値上がりに繋がっているようだ。
このきしみの兆候を分析してみると 世界的な不況ということがありますが、それとは別に”太陽と浜辺”を歌い文句にした観光宣伝を再考する必要が出てきていると言えます。トルコ、クロアチア、ブルガリアといった観光新興国が スペインと同様に”太陽と浜辺”を歌い文句にスペインと比べ30%も低い予算で同等のサービスを提供しています。スペインはこれまで断片的な観光立国のイメージしかなく 今後 海外のスペイン旅行のイメージを再構築する必要に迫られそうだ。更なる付加価値を付けた旅行イメージを 構築し、一人当たりの観光客が落す金お増やす研究をしないといけない。
以上は エル パイス(El País)紙に掲載されていた記事の要約です。ヨーロッパの人達のとっては スペインは”太陽と浜辺”を求めて旅行を計画する国のようです。日本では キリスト教文化とイスラム教文化が融合した歴史的建物、文化を求めてスペインへ旅行される方々が多いようです。私は今後 日本でも 歴史的文化を求めつつ、長期滞在型の”太陽と浜辺”を求めてスペイン旅行を推薦していく一助をしてゆきたいと考えています。コスタ ブランカ(Costa Blanca), コスタ デル ソル(Costa del Sol), カナリー諸島、バレアレス諸島でさんさんと輝く太陽の下、ときどき文化遺跡、スペイン料理を楽しみながら、のんびりと暮らす長期滞在型の旅行を皆さんにお勧めしたい。


12月22日2002年:エル パイス(El País)紙による物価動向調査(12月17日付):
2001年11月7日と2002年11月9日との物価比較です。スペインの一般的な4人家族が1週間分の買い物をマドリッドのイペルコル スーパーマーケット(Hipercor Supermercado)でした場合の買い物額の比較です。結果的に前年に比べ18%も上昇しています。特に 生鮮食料品(野菜、果物、肉、魚)の上昇率が目立っています。

通貨単位はユーロです。

商品 2002年11月9日 上昇率 2001年11月7日
野菜・果物
ジャガイモ 5キロ 4.58 3.10
オレンジ 3キロ 4.20 2.94
リンゴ 1キロ 2.45 2.35
梨 1キロ 2.25 1.98
バナナ 2キロ 2.80 1.74
レタス 1個 1.10 1.11
タマネギ 1キロ 0.90 0.87
ニンジン 500グラム 0.35 0.72
トマト 1キロ 2.70 2.22
いんげん豆 1キロ 6.45 5.23
野菜・果物総計 27.78 +24.79% 22.26
一般商品
イワシの缶詰 2缶 1.58 1.50
貝の缶詰 3缶(1パック) 1.52 1.44
オリーブ 1缶(1パック) 0.79 0.72
ツナ缶 3缶(1パック) 2.29 2.28
12個入り卵 1パック 1.34 1.38
オリーブ油 1本 2.55 2.22
ひまわり油 1本 1.35 1.35
酢(ビネガー) 1本 0.50 0.47
トマト缶詰 1缶 1.02 1.02
パスタ 1パック 0.66 0.75
米 1キロ 1.20 1.20
レンズ豆 1.26 1.05
レモネード1本(半リットル) 0.55 0.55
赤ワイン 2本 4.40 4.20
缶ビール 6缶 2.28 2.20
コカコーラ1本(2リットル) 1.10 1.05
ファンタ1本(2リットル) 0.99 0.99
トニックウォーター 6カン 1.98 2.38
塩 1キロ 0.25 0.27
キッチンタオル(2ロール) 0.90 0.90
一般商品総額 28.51 +2.18% 27.92
朝食
オレンジジュース 4カートン 2.68 2.64
牛乳 12カートン 7.20 6.78
ヨーグルト 12パック 2.82 2.72
クリーム キャラメル プリン 12個 1.80 1.47
シリアル 1パック 1.60 1.56
チョコレート ミルク 1パック 1.81 2.13
プレーン ケーキ 1パック 1.01 1.05
パン 2斤 2.90 3.07
バター 1パック 1.68 1.65
ジャム 1詰 1.14 1.02
砂糖 1キロ 0.93 0.93
コーヒー 250グラム 1.15 1.05
朝食総額 26.72 +2.49% 26.07
バスルーム関連
トイレットペーパー12ロール(1パック) 3.23 3.16
入浴ジェル 2.35 1.89
練り歯磨き(2チューブ) 3.20 3.01
デンタル フロス 1個 1.05 1.05
女性用プロダクト 2.15 2.07
シャンプー 1本 2.95 2.07
バスルーム関連総額 14.93 +12.67% 13.25
クリーニング商品
ガラスクリーナー 1本 1.17 1.17
洗剤 1本 3.57 3.91
液体洗剤 1本 1.20 1.11
ミガキ粉 1個 1.36 1.17
洗濯用布 0.45 0.45
クリーニング商品総額 7.71 -0.77% 7.81
肉 及び魚
ソーセージ(チョリソ) 500グラム 3.27 2.55
ステーキ 1キロ 11.9 9.50
ポーク チョップ 1キロ 5.50 5.83
鶏 1羽 3.95 4.44
ラム肉 1足 17.81 18.67
タラ (上級)1キロ 15.90 10.16
フィレ肉 1キロ 19.85 8.96
タラ 1キロ 8.90 5.89
アンチョビ 1キロ 8.35 7.15
肉 及び魚総額 95.43 +30.47% 73.15
総合計 201.12
(33,464 pts)
+18% 170.46
(28,362 pts)

9月22日2002年: スペインの20世紀以降の政治の流れについて分かり易く記述された資料を見つけましたので紹介します。特にETAの活動について時代順に説明してあります。(BBC HPより)
スペインの年代順主要な出来事
1936-39年:スペイン市民戦争:35万人以上のスペイン人が殺害される。
1939年:フランコ総統が国民党員を勝利に導く。共和党員は処刑されたり、投獄されたり、また追放された。
1946-50年:フランコ体制は国際連合から脱退することとなる。多くの国々がスペインとの外交関係を断絶する。
1955年:スペインが国際連合に再加盟が認められる。
ETAの活動が始まる。
1959年:ETAの組織がスペイン・バスク地方の分離独立を掲げ結成される。組織の正式名称はエウスカディ タ アスカタスナ(Euzkadi Ta Askatasuna)であり、「バスクの祖国と自由」という意味です。
1961年:ETAの暴力的活動が始まる。政治家を乗せた電車の脱線を企てる。
1968年:西アフリカのスペイン領ギニアが「赤道ギニア」として独立が承認される。
1973年12月:アドミラル ルイス カレロ ブランコ(Admiral Luis Carrero Blanco)首相がマドリッドでバスク国民党員によって暗殺される。理由は政府がバスク人の兵士を処刑したとの関連からである。
民主体制への移行
1975年11月20日:フランコ死去。国王ファン カルロス(Juan Carlos)が国家元首として引き継ぐ。ファン カルロス国王の即位により、スペインは独裁体制から民主体制へと移行する。
1977年6月: 40年ぶりに最初の民主的選挙が行なわれる。
1978年: 新憲法によりスペイン議会制民主主義が確認される。ETAの政治翼であるエリ バタスナ(Herri Batasuna)が結成される。
1980年:ETAの血染めのテロにより118人がこの年に殺害される。
1981年2月:軍部によるクーデターが企てられるが失敗に終わる。
1982年: クーデターが極右グループにより謀略されていたことが発覚して、その後 社会党政権が与党となる。
1992年夏:夏季オリンピックがバルセロナで開催される。またセビージャで万国博覧会エキスポ92が開催される。コロンブスのアメリカへの最初の航海から500年を記念したお祝いが行なわれる。
1995年:当時の野党国民党の党首ホセ マリア アスナール氏(現首相)が自動車爆弾による殺害が謀略された。
汚い戦争
1996年3月:右寄りの国民党が総選挙で勝利する。ETAが地中海沿岸の観光客相手のリゾートを爆弾テロの標的とする。
1997年:1980年代の政府のETAとの対決は政府支援の決死部隊によりその活動が行なわれたと記述された書簡を最高裁が公表した。
1997年7月:バスク人囚人をバスク地方近くに移送するように要求していたETAはバスク人議員のミゲール アンヘル ブランコ(Miguel Angel Blanco)氏を誘拐して殺害した。この殺害事件が国民的な怒りに火をつけ、推定6百万人のスペイン人が街頭で抗議をした。
1997年12月:ETAに協力したとのことでエリ バタスナ(Herri Batasuna)の指導者23人が7年間収監された。これがETAの関連で政党のメンバーが初めて収監された出来事であった。
休戦の期待
1998年9月:ETAが30年に渡る暴力活動の中で初めて 最初の無期限休戦を表明した。
1999年8月:ホセ マリア アスナール首相はETAは平和に対しての脅威であるとして非難し ETAは約束を遵守すべきだと表明した。これに対してETAは中央政府(マドリッド)からの圧力は重大であることを確認した。
1999年11月: バスクの新聞紙上で分離独立派グループが14ヵ月の休戦を終了すると発表した。この発表ははスペイン政府との交渉で進展が見られないからだとしている。
2000年1月:マドリッドで車に仕掛けられた爆弾が爆発して暴力活動が再開される。
2000年3月:アスナール首相率いる国民党が総選挙において地滑り的勝利を収める。
2001年5月:スペイン北部のサラソガ(Sarazoga)で国民党の上級幹部が銃撃により殺害されたが、ETAによる犯行と推測される。殺害はバスク議会選挙の1週間前に起きた。議会はマキス(maquis)という名で知られる共和派ゲリラ組織を政治団体として承認した。マキスは1939年に終結したスペイン市民戦争後、国民党独裁者フランシスコ フランコ(Francisco Franco)へのレジスタント活動を継続していた。
2001年11月:スペインと英国は2002年夏までに将来のジブラルタル(Gibraltar)の地位につて交渉を行なうことで合意する。
2002年1月:ユーロがペセタに代わり流通紙幣となる。スペインは輪番となっていた欧州連合(European Union)議長国を6ヶ月間引き受ける。
2002年6月:セビージャでのEUサミット開催に合わせて引き起こされたいくつかのリゾート地での爆発事件にETAが関わっていたと推測された。
サミットでは 約100万人が政府の雇用優遇制度を削減しようとの動きに対して抗議デモが行なわれたこととしても注目された。
2002年7月:アスナール首相は内閣改造に着手し外務大臣にアナ パラシオ(Ana Palacio)女史を起用した。スペインと英国は秋までジブラルタル交渉の継続を延期することで合意した。
2002年7月:モロッコがモロッコ沿岸に位置する係争中の小島ペレヒル島(Perejil)を不法占拠だとして軍隊を派遣する。スペインはモロッコ軍を島から排除するために軍隊を派遣する。そしてスペインの孤立領土であるセウタ(Ceuta)とメリージャ(Melilla)の沿岸警備艇を派遣してその警備にあたる。スペインとモロッコの両外務大臣がペレヒル島は不法占拠されていないとの現状回復に合意し、その結果 スペインは軍隊を撤退させる。
2002年8月:裁判所は過激にバスク分離独立を掲げるバタスナ(Batasuna)党の3年間の活動停止を決定する。決定理由は武装分離独立派グループETAとの関わりが推測されるからである。議会はバタスナ党の無期限の活動停止を求める提議をする。


8月22日:今回スペインを旅して気が付いたことのひとつにスペインは複合民族の集まりであるということです。スペインでは公用語が多くあります。スペイン語であるカスティージャ語、バスク地方の バスク語、カタルーニャ地方のカタラン(カタルーニャ語)、ガリシア地方のガジェーゴ(ガリシア語)、そして バレンシア地方のバレンシア語と各地にそれぞれ存在します。私たちはバレンシア地方に滞在していたのですが、テレビを見ていると バレンシア語によるテレビ局があり、ニュースなどをバレンシア語で放送しています。また 道路標識はスペイン語とバレンシア語と両方で標記されている。私も少しスペイン語が分かるようになってきたのですが 当地では バレンシアの人達の話しがどうも変な発音だと思っていたら、まったく異なった言葉で話していることが 後で分かりました。バレンシア語はどちらかというとカタランに近いらしい。ガリシア地方に滞在していた時も同様の経験をしました。ガジェーゴは ポルトガル語に近いという。そしてガリシア地方は ケルト民族の血が混じっているため、海を隔てたアイルランド、スコットランドの文化と似た文化が根づいている。例えば バグパイプとか民族音楽やダンスが非常に似ている。このようにスペインは 異なった民族の集まりであり スペイン人と対するときは まず スペインのどこの出身かを訪ねてから 話しをするとより深く付き合えると思います。スペインを フラメンコと闘牛と決め付けてスペイン人と物事を進めるのは大変危険なことです。


スペインを気ままに格安で旅行したいと考えている方への情報:(2001年1月28日)

スペインへの旅行を計画されている方に面白い情報を提供します。特に日程を立てないでいる方にお勧めです。ホテルに安く泊りたい方 是非 覚えておいて下さい。スペインの最大デパートにエル コルテ イングレス(El Corte Inglés)があることは以前に紹介したと思います。私たちはそこの旅行部門(Viajes)でレンタカーを借りたわけですが。私たちはそこで泊るホテルも予約しました。これが格安で高級ホテルに泊れます。まず ボノ プラス(Bonoplus)というクーポン券を買います。 10枚つづりで39,000ペセタです。日本円で2万5千円位です。一枚当たり 3900ペセタ (2千5百円位) そして そこで泊ることの出来るホテルのパンフレットをもらい その中から選びます。ほぼスペイン中のホテル、そしてポルトガルのホテルを網羅しています。(一部フランス、イタリアも入っています。) だいたい3星から5星クラスです。お客さんの対象がスペイン人としている為でしょう。でも外国人でも大丈夫です。パラドールも中に含まれています。泊る所が決ったら 旅行部門の担当者(制服姿の若くて奇麗なお姉さん)にホテル名を伝えます。そうするとすぐに電話とインターネットで予約を入れ 結果が分かります。例えば マドリッドのNH Nacional(プラド美術館の向かい側)の4星ホテルが クーポン券4枚で泊れます。日本円で1万円です。二人で泊れば一人当たり5千円で済みます。サンタンデールで私たちが泊った Real (以前説明しましたが5星で有名人が数多く泊る白い高台にある最高級ホテルです。)も4枚のクーポン券で泊れます。私たちはだいたい3枚もしくは4枚クーポンのホテルに泊ったのですが ほぼ満足のいくホテルです。2枚で泊れるホテルも数多くあります。ただし 夏休みの旅行シーズン真っ盛りには泊ることの出来ないホテルもありますので その点を注意しないといけない。 また パラドールは 場所によっては予約がかなり難しいところがあります。また 1年間有効のクーポンですから 年1回しか行かない方は使い切った方が良い。具体的にもっと詳しいことを知りたい方はお便りいただければ分かる範囲でお答えします。 オフシーズンに格安でしかも予定を立てないで計画されている方にお勧めです。二人で行くと宿泊費が半分となります。 スペインでは (日本以外はどこもそうですが) 1部屋いくらで支払いますから 2人で泊れば半分の宿泊代というわけです。


スペインで車を運転する場合の注意点 (2000年11月12日)
スペインは日本と反対で右側を車が走ります。従って車は左ハンドルとなります。
1) スペインでは ほとんどの車がマニュアル操作となっており オートマティック操作の車はなかなか見つからない。私はふだん日本ではオートマティック操作の車に乗っており スペインでもオートマティック操作の車を探した。飛行場では見つからない。マドリッド市内のエル・コルテ・イングレス (El Corte Inglès)というスペイン最大のデパート(全国規模であるので 買い物で覚えておくと便利です。)の旅行部門のデスクに行きました。そこにはオートマティック操作の車も用意されていました。私たちは日産かフランスのプジョーのどちらかを選ぶこととしました。値段もたいして変わらなかったので ちょっと高い方のプジョーにしたのですが、後々この選択に苦しめられました。日産にすべきであった。まずプジョーのほうがかなり大型車であり 日本のトヨタ・クラウンクラスであった。そして 操作がちょっと複雑であった。フランスの車は勧めません。スペインでは 市内はかなり車で混んでおり なかなか 駐車場が見つかりません。見つかってもかなり一台当たりのスペースが狭い。また縦列駐車の場合 ほとんど前後スペースが無い状態で駐車をされてしまい、そんな場合 なかなか上手く出られません。私は小さなレンタカーを勧めます。日本車が良い。
2)スペインでは 市街の道路を走っていると ロータリーに良く出くわす。信号の代わりです。こつがあり まず 左手から車が走ってこないかを必ず確認すること。そして ロータリーの車線にはいる。 むやみに車線を変更しないこと。そして 行きたい方向に出る時には必ず右側に車がいないかを確認。もしいたら 方向指示器を点滅させること。ロータリーは もし その方向に出れなくても もう一度 一周してこればよいので 焦らないことです。
一般の道路ではなかなか左折できませんのでかならず このようなロータリーに来て左折することとなります。
3)スペインにはガソリンスタンドにはサービスマンがいますから 安心して下さい。長距離の場合は ここでトイレに入って行くと良い。何しろ広大な大地です。
4)スペインの方はかなり車を飛ばします。追いぬかれまいとしないで ゆずってやってください。方向指示器も出さず抜いて行きますので 最初は注意してください。小型車でも150kmくらいへっちゃらで走っています。国土が広いから感覚的に麻痺しそうです。私も高速道路では180kmで走ったりしました。それだげ飛ばしても景色が変わりません。
5)スペイン人の方は道を尋ねれば 誰もがたいへん親切に教えてくれます。渋滞で車が止まった時でも 隣りの車に訪ねれば 詳しく教えてくれます。(スペイン語しか通じませんから 片言でも覚えられることを勧めます。) ある村で道を迷った時など親切にもナビゲーションして正しい道まで誘導してくれました。
6)トラックなど大型車は必ず制限速度を守っている。一般道(赤色、茶色等)・高速道路(青色)では 80km、山岳道路(高速道路を含む)では40-50kmで走っていますので注意して下さい。皆さん一般の車は追いぬいて行きます。
こんなところが気がついた所です。


スペインの総選挙(3月12日)の結果が出た。内容は次の通りです。
3月13日:スペインの総選挙の結果がでました。結論から言いますと 現アスナール政権の基盤が更に固まった。下院(350議席)でアスナール首相が党首を務める中道右派の与党国民党が183議席獲得と地滑り的勝利を治めました。上院(208議席)でも国民党は14議席増やし126議席獲得しています。EU(欧州連合)加盟後の好景気の持続が何と言っても大きい。失業率の低下も好感を持って受け止められています。 ただ カタルニア同盟が 第三党に進出したりバスク国民党が7議席を獲得と地方政党が健闘していることが目に付きます。ETA問題、カタルニアの分離独立問題とアスナール首相は難問を引き続き抱えることとなります。


スペインの貿易動向(From Spain スペイン大使館商務部編集参照)(9月21日)

スペインの貿易がどのようであるかは 皆さんあまり 馴染みが無いと思います。そこで 今回は その最新の動向についての統計を載せてみました。参考にしてください。

スペインの貿易・地域・国別内訳(1998年)

輸出 輸入
国・地域 構成比 前年増加率 構成比 前年増加率
EU 71.6 9.2 67.0 13.2
アメリカ 4.2 1.4 5.9 2.6
日本 0.9 -7.1 3.1 22.2
東欧 2.8 9.8 2.3 9.3
中近東 1.3 10.8 1.6 -18.6
ラテンアメリカ 6.6 9.9 3.9 -1.2
アジアNIES 1.2 -37.3 2.4 38.2

スペインの主要貿易相手国(1998年)

輸出 輸入
順位 10億ペセタ 構成比(%) 順位 10億ペセタ 構成比(%)
フランス 3,190 19.6 フランス 3,616 18.2
ドイツ 2,220 13.6 ドイツ 3,058 15.4
イタリア 1,519 9.3 イタリア 1,933 9.7
ポルトガル 1,519 9.3 イギリス 1,482 7.5
イギリス 1,374 8.4 アメリカ 1,164 5.9
アメリカ 687 4.2 オランダ 849 4.3
オランダ 561 3.4 ベルギー 676 3.4
ベルギー 455 2.8 日本 606 3.1
ブラジル 194 1.2 ポルトガル 555 2.8
10 アルゼンチン 187 1.2 中国 487 2.5

注:9月20日現在100ペセタ=67円の為替レートとなっています。

スペインは輸出も輸入の60%前後EU域内との取り引きをしています。そして 日本への輸出は10位にも入っていません。スペインには まだまだ 多くの 日本に紹介されていない商品がいっぱいあります。当ホームページはそのお役に立ちたいと考えています。皆さんのご協力お願いいたします。


今回はスペインの有名俳優および期待のスペイン選手を紹介します。(7月15日)


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