ポルトガル国境到達そしてレオンへの帰路

2002年5月4日

今回は当シリーズの北西スペインのガリシア、アストゥリアスのドライブ旅行の最終章とします。大西洋岸のバイヨーナ(Baiona), ポルトガルとの国境にある遺跡サンタ・テクラ山に登り、その後レオン(León)目指す。途中でラス メドゥラス(Las Médulas) そしてアストルガ(Astorga)に立ち寄ったコースです。

ビーゴ(Vigo)を出発して海岸線を南下する。なぜか日本の海岸線を走っているような気がしてならない。日本の香りがする。そんな香りを楽しんでいたらそこはもうバイヨーナ(Baiona)の町です。左の写真はバイヨーナのお城の跡です。現在は パラドールになっています。私たちは見学のため城郭跡を一周しました。大西洋が見渡せまた前回紹介したシエス諸島(Islas Cíes)も遠くに望めます。またスペインの典型的な城の構図が掴めます。日本の城と同じく周りを高い城壁で囲み、各所写真のような見張り搭を建てています。また歴史的には1493年にコロンブスが新大陸を発見した帆船「ピンタ号」はこの港に停泊していたということです。その模型船が今もこの港に停泊されてあります。またこの町も大西洋に面していますから魚貝料が大変おいしい。港に面した通りには数多くの魚介類を名物にしたレストランが並んでいます。ちょっと早いが昼食をとる。私たちも今日が大西洋岸が最後だから魚介類の盛り合わせを頼む。エビ、貝、カキの盛り合わせ、そしてここでは白ワインがこちらの名産です。大満足とちょっといい気分になってバイヨーナを後にする。

大西洋岸をどんどん南下する。するとラ グアルダ(A Guarda)の町に辿ります。この町の目の前に小山が見える。これがサンタ テクラ山です。山全体が公園となっており山頂にはお土産屋が並び、博物館が建っています。山頂からの眺めが右の写真です。川を挟んで向こう側がポルトガルです。正確には右側は大西洋で 左側が川となっています。とうとうポルトガルの国境まで来たなという感慨に耽る。これで私たちは これまでの旅行でジブラルタル海峡を挟んでアフリカのモロッコを、そしてバスク地方では やはり川向こうにフランスを見渡したこととなり、スペインの全ての国境越しの国々を見渡したこととなります。ここは大変風が強いところで観光客は早々にお土産屋に駆け込むか、博物館を見学するか、もしくは一軒あるレストラン兼バルでコーヒーかワインをすすることとなります。

この山の山腹に歴史的に貴重な遺跡があります。それはこの土地に初めて入植したケルト人の住居跡です。左の写真がそれです。現在はその土台だけが残っていますが古代の生活が伺われる。やはり山の中腹に住居を建てたということは敵の侵入から身を守る知恵なのでしょう。そして大変こじんまりとした作りで小さなコミュニティが形成され また何らかの政治・経済の統制がとれていたのではと想像できます。おそらく丸い土台から推測するにこの上に柱が立てられ、そしてかやでの屋根ぶきが行なわれていたのではと想像できる。それはアイルランドで見られる古代遺跡に見られるからです。ガリシア地方とアストゥリアス地方にはケルト人の文化があちらこちらに見受けられます。たとえばバグパイプの演奏、そして男性のスカート姿などが上げられます。またケルト系と思われる特徴の人達があちらこちらに見られます。

ポルトガルとの国境の小山サンタ テクラ山を後にして帰路レオンを目指す。長距離ドライブとなります。マドリッドに向う高速道路に乗りオーレンセ(Ourense)で降り、レオン地方の西部に位置するポンフェラダ(Ponferrada)を目指すのですが、マリアがレオン地方とガリシア地方を隔てる山岳地帯にローマ時代に栄えた金鉱採掘地の跡があり、小学校の遠足で来たことがあるとのことで、もう一度行くこととなった。ラス メドゥラス(Las Médulas)と呼ばれる地帯で、右の写真はその金鉱採掘跡です。ローマ時代にこのあたりに金鉱脈が発見されローマで流通した金貨の多くがこの地帯で採掘された金で鋳造されたとの説明がありました。スペイン語での説明しかなく、私は想像の世界でおおよその歴史を推測することとなりました。写真の右側は昔は山であり右の空間はすべて掘り起こされ山自体が消えてしまったとの説明でした。スペインも昔は金採掘国であった証明です。その後 新大陸の発見とともに その生産地が南米に移ってしまったのは歴史のいたずらというか 皮肉な結果となってしまったなと私には映る。ローマ時代にこの金鉱が発見されなければ 中世に繁栄を謳歌したことでしょう。現在は観光地となっており、国王夫妻も訪れられた写真が飾ってありました。

ポンフェラダ(Ponferrada)を経由してレオン(León)を目指すのですが その途中にガウディーが設計した教会があるとのことで立ち寄ることとなった。それはアストルガ(Astorga)という小さな町にあります。もう夕方近くで暗くなりはじめました。そんな中 目的の教会はすぐに見つかりました。左の写真がその建物です。それは司教館(Palacio Episcopal)と呼ばれています。教会というよりは お城といった雰囲気が漂う。ガウディーがあまりにも斬新なデザインとしてしまったため、協会側と意見が衝突して最終的にはガウディーは制作を中止してしまたという。現在は展示場として使われているとのことですが、あまりにも到着が遅れ、内部には入ることはできませんでした。でも外観だけ十分にガウディーの芸術を楽しむことが出来ました。この建物を道を隔ててアストルガの大聖堂が聳えています。レオン地方の中規模の都市ではどこも大聖堂が建っているのですが、こんな小さな町にもこんな大聖堂が建立されていると思うとこの国のカトリックに対する人々の信仰心の厚さ実感します。

夜遅く最終目的地のレオン(León)に到着する。ちょうどレオンのお祭の時期と重なりホテルを探すのに苦労したが、やっと空いていたペンシオンを探し当て またレンタカーを返却してレオンの祭のにぎわいの中に繰り出すこととなりました。今回の北西スペインの旅ではカスティージャ地方の文化とはかなり異なったケルトの文化が根底に流れる新鮮な風土に接することができました。あらためてスペインは異文化の集合体であると実感することができた旅でした。今回のシリーズは今回が最終章であり、今は当コーナーの次の構想を練っています。


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