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井上夢人



『あくむ』 井上夢人(集英社文庫)
笑い0点 涙0点 恐怖3.5点 総合3.0点
 「ホワイトノイズ」「ブラックライト」「ブルーブラッド」「ゴールデンケージ」「インビジブルドリーム」の 計5作からなる短編集。
 「ホワイトノイズ」:ディスカウントストアで衝動的にエアバンドレシーバー (携帯電話や警察無線などを盗聴する機械)を購入した。その日から”僕”は、盗聴にのめり込んでいった。 そしてある日、”僕”は、ある犯罪に関わる電話を盗聴した。

 井上夢人というのは、『焦茶色のパステル』や『クラインの壺』などの秀作を数多く世に残して”解散”した作家・岡嶋二人の 一人(ややこしい?)である。本書は、ミステリー作家が書いたものだが、完全にホラー小説である、と僕は思う。 ホラーといっても、スピード感と緊張感たっぷりの恐怖ではなく、じわじわと追いつめられ、いつの間にか恐怖に取り込まれている、 といったまさに”悪夢”そのままの怖さである。さらに、どの話もすべて後味が悪く読み終わった後も、つきまとわられるような ホラー小説であった。


『ダレカガナカニイル…』 井上夢人(新潮文庫)
笑い1.5点 涙2.5点 恐怖2.5点 総合4.5点
 ごく平凡な28歳の男・西岡悟郎は、警備保障会社に勤めていた。 彼は仕事中、ちょっとしたヘマをしてしまい、別の職場にとばされた。とばされた先は、山梨の小さな村にある 新興宗教の道場だった。道場の警備についたその日、なんと、道場が火事になって教祖様が死んだ。その日以来、 彼の頭の中からダレカが語りかけてくるようになったのだ。

 本書の大部分は、主人公の西岡が彼の中にいる【声】に苦しみつつ、何とかその原因を突き止め 解決しようと、日々の生活を送っている様子が書かれている。わりと急展開もなく淡々と話が進むのだが、 どういうワケか非常に引き込まれ、文庫サイズで650ページほどあるのに、一気に読めてしまった。 なぜ、これほどまでに引き込まれたのか考えてみたのだが、もしかすると主人公の平凡な生活を読んでいる感覚が、 「トゥルーマンショー」や電波少年の「懸賞生活」を見ている感覚に似ているのかもしれない。つまり、 他人の生活を監視する、別な言い方をすれば、覗き見るという感覚に似ていると思うのだ。だから、スピーディーでも ない退屈な展開なのに、読み出したら止まらないのだと思う。
 ところが、ラスト数ページで、急に大きなヤマ場を迎える。それまで平坦だったぶん、このヤマ場には大きな衝撃を受けた。 余り多くは語れないが、読めば必ず、この衝撃を味わうことが出来るだろう。


『パワー・オフ』 井上夢人(集英社文庫)
笑い0.5点 涙0.5点 恐怖2.5点 総合3.5点
 高校の実習の授業中、コンピュータ制御されたドリルの刃が生徒の掌を貫いた。モニター画面には、 「おきのどくさま…」というメッセージが表示されていた。次々と事件を起こす新型ウィルスをめぐって、プログラマ、 人工生命研究者、パソコン通信の事務局スタッフなど、さまざまな人びとが動き始める。【本書あらすじ引用】

 コンピュータに精通している井上夢人だからこそ書けたような長編だ。
 1ページに必ず一つは、コンピュータ用語が登場すると言っても過言ではないくらい理系な小説だ。作中で、難しい用語については、 わかりやすく説明されてはいるが、それでも難しい。
 総合評価があまり高くないのは、コンピュータ用語が多くて難しいというのもある。しかし、それ以上に、”長すぎる”のだ。 文庫サイズで600ページ近くある。それに見合うだけの衝撃のラストなどが待っていればいいのだが、僕はそれほどのラストではないと思った。 やはり、難しい用語を説明するのにかなりページを割いているから、長くなるのは仕方ないかもしれないが。  コンピュータに詳しくない人には、あまり面白くないかもしれない。でも、これからのネット社会のセキリュティを考えるのには、 ちょっといいかもしれない。


『オルファクトグラム』 井上夢人(毎日新聞社)
笑い2.5点 涙1.5点 恐怖1.0点 総合5.0点
 ぼく片桐稔は、ある日、姉の家で何者かに頭を殴られ、一ヶ月間意識不明に陥る。目覚めたぼくは、姉があの日殺された と知らされ、そして、鼻から「匂い」を失ったかわりに、とてつもない嗅覚を宿すことになった。姉を殺したヤツは同じ手口で 次々と人妻を手にかけていき、ぼくは――。【本書あらすじ引用】

 「オルファクトグラム」とは嗅覚のことらしい。
 帯に書いてある《ぼくの鼻は、イヌの鼻》という一言で、本書の内容がよく説明されていると思う。本書は、週刊誌の連載小説 だったせいか、要所要所で急展開・見所がある。そのため、ハードカバー2段組約550ページという厚さにも関わらず、決して 飽きることなくラストまで一気に読まされてしまったのだ。
 僕はいまだかつて、「匂い」や「嗅覚」をテーマにしたミステリは読んだことがなかった。そもそも、文章で表現しにくい 「匂い」をテーマにした小説なんて今まであったのだろうか。そういった意味で、本書は冒険的で斬新で、非常に面白かった。
 確実に万人におすすめできる一冊である。


『もつれっぱなし』 井上夢人(文藝春秋)
笑い2.5点 涙0点 恐怖0.5点 総合3.5点
 「宇宙人の証明」「四十四年後の証明」「呪いの証明」「狼男の証明」 「幽霊の証明」「嘘の証明」の計6篇からなる短編集。
「宇宙人の証明」:欠勤した恋人を見舞いに行った男。彼女は、見舞いに来た彼に、 「神社で宇宙人を助け、部屋に連れてきたから欠勤した」と告白した。しかし彼は信じることは出来ない。
「四十四年後の証明」:24歳の利彦の家に、電話がかかってきた。相手は利彦の ことを「お祖父ちゃん」と呼び、自分は利彦の孫であるといった。さらに、44年後の2024年から電話をかけているというのだ。しかし、彼は信じることは出来ない。
「狼男の証明」:人気歌手の男は、マネージャーに、18日のコンサートは延期してくれと頼んだ。 彼は、自分が狼男であると告白し、18日はちょうど満月なので、狼男に変身してしまうという。だからコンサートは出来ないというのだ。しかし、マネージャーは信じることは出来ない。

 全編、会話のみで話が進んでいく。人物紹介や説明のための地の文はひとつもない。しかし、井上夢人氏の筆力にかかれば、地の文がなくとも、まるで問題はない。 2人の人物の片方が、突拍子もないことを言い、もう片方はそれを信じない。まさに「もつれっぱなし」の会話が展開されていく。しかし、最後には、井上夢人氏らしい意外な、シャレたオチがついている。 実験的な要素も感じるが、なかなか面白い短編集であった。


『風が吹いたら桶屋がもうかる』 井上夢人(集英社)
笑い2.0点 涙0.5点 恐怖0点 総合3.5点
 「風が吹いたらほこりが舞って」「目の見えぬ人ばかりふえたなら」「あんま志願が数千人」 「品切れ三味線増産体制」「哀れな猫の大量虐殺」「ふえたネズミは風呂桶かじり」「とどのつまりは桶屋がもうかる」の計7篇からなる連作短編集。
「風が吹いたらほこりが舞って」:三宅峻平の同居人・陽之介は、本物の超能力者だった。ただ、とてもレベルの低い 超能力者だった。そんな彼は、ある日、行方不明になった人を捜して欲しいと頼まれた。陽之介が超能力で捜す間、もう一人の同居人・一角は、 論理的推理で行方不明者を捜そうとするのだった。

 各短編のタイトルと、中身にはそれほど密接な関連があるわけではない。さらに各短編は、シチュエーション、展開、結末がほぼ同じで、 ただ依頼人とその依頼が異なるだけなのだ。すべてパターンにはめたことに何か深い意図があるのかもしれないが、僕には単なる手抜きとしか思えなかった。 しかし、最後の短編で、登場人物の一人が、手抜き小説を読んで「それでもプロか!」と愚痴るシーンがある。これは、著者が半ば確信犯的に、 このような手抜きをしたことを認めているようでもある。
 決してつまらないというわけではない。ただ、僕は、パターン化された同じような短編の連続で飽きてしまった。


『メドゥサ、鏡をごらん』 井上夢人(双葉社)
笑い0点 涙2.0点 恐怖4.0点 総合4.5点
 「メドゥサを見た。」そう書きのこし、自らセメントに入り石像となって死亡した作家・藤井陽造。彼の死に疑問を抱いた娘と その恋人は、陽造が遺したメモとノートにより、陽造が死ぬ数ヶ月前から手掛けていた小説が、どこかにあるということを知る。 彼らは、それを探し、陽造の死の真相を解明しようとするのだが・・・。

 奇妙な読後感だ。すっきりとしないのだが、憑き物がおちたような、すべてが繋がったというような、ある種矛盾した複雑な読後感なのだ。 それもこれも、本書の構造のせいだと思う。ネタバレになるので、詳しくは本書を手にとって読んでほしい。
 本書は、推理小説というよりホラー小説である。とにかく怖い。徐々に忍び寄る避けられない恐怖を井上氏が見事に表現している。 読んだあと鏡が気になってしまう作品だった。


『プラスティック』 井上夢人(双葉文庫)
笑い0点 涙0.5点 恐怖0.5点 総合3.5点
 向井旬子は、夫が出張でいない間に、ワープロ技術を習得しようと思い立ち、毎日ワープロで日記をつけることにした。 その日記によると、引っ越し手間もない彼女は、近所を探検して回り、その際に見つけた図書館で不思議な体験をしたという・・・。

 文庫版にもかかわらず、本書にはどこにもアラスジが書かれていない。読んでみてわかったが、下手にアラスジを書くと ネタバレの恐れがあるし、何の予備知識もない方がよいと判断したのだと思う。だから、僕のアラスジも、 非常に当たり障りのない、冒頭数ページの要約程度にした。
 読後の感想としては、うまく書かれていて読みやすいのだけど、今さらそのネタはないだろうと思った。書かれた当時はどうだったかわからないが、 少なくとも今読むと大した衝撃はない。


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