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貫井徳郎



『慟哭』 貫井徳郎(創元推理文庫)
笑い0点 涙4.0点 恐怖1.0点 総合5.0点
 幼女誘拐事件が相次ぎ、さらに遺体が発見されたことで、幼女誘拐殺人事件という最悪の事態となった。 捜査本部が設置され、警視庁の佐伯捜査一課長が陣頭指揮を執ることとなる。難航する捜査に対し、世論やマスコミからの風当たり も強くなり、さらに異例の昇進をした若手キャリアの佐伯に対し、警察内部からも不平や批判が出始めた。そして事態は、 最悪の結末に向け動き始める・・・。

 貫井徳郎のデビュー作。
 「しまった、こんな面白い作家を見落としていた!」という思いがした。
 とにかく「慟哭」というタイトルにふさわしい衝撃と悲しみの結末だった。あまりの結末に、総合点を4.5点にしようか 迷ったほどだ。普通、ミステリを読んでいて、著者の意図したとおりに驚かされ、だまされたような場合は、 ある意味、幸せな読後感に浸れる。しかし、本書は、読者にその幸せな余韻を抱かせない。
 本書はまた、警察内部やマスコミのスクープ合戦の様子、新興宗教の勧誘や実態といった社会問題など、 かなりのリアリティを持って描かれていて、謎やトリックがメインの単なるミステリとは一線を画している。
 本書を読んで、「なるほど」と思ったことがある。それは、なぜ無宗教の人が多い日本に、これほど怪しげな新興宗教が 多いのか。そして彼らはなぜやたらと熱心に勧誘をしてくるのか。それは、宗教がビジネスとしてかなり儲かるから ということらしい。まあ、中には、救いを求めて入信したり、純粋に宗教としてやっていこうとしているところもあるのだろうが…。
 オススメの一冊。


『転生』 貫井徳郎(幻冬舎文庫)
笑い0点 涙2.0点 恐怖0.5点 総合4.0点
 心臓移植という大手術を受けた大学生の和泉は、術後、突然絵がうまくなったり、クラシックに興味をひかれたり、味の好みが 変わったり、という体験をする。心臓を移植したことでドナーの記憶が転移したのではと考え、ドナーはどんな人なのか 興味を抱く。そして和泉は恵梨子という見知らぬ女性の夢を見るようになる。彼女こそドナーだと確信した彼は、その夢の 記憶を頼りに彼女を探しはじめた。

 心臓移植によって、趣味・嗜好が変わったという話は、テレビで見たことがある気がしたので、目新しさは少なかった。 それにドナーやストーリーについては、ある程度予想していたとおりだった。
 脳死による臓器移植については、数年前にかなり話題になったが、あまり身近なことと思えなかったので、 それほど興味を持っていなかった。だから、臓器移植についての本としても読めるくらいリアルに書かれている本書は とても興味深かった。移植を受けたレシピエントは、拒絶反応を抑えるために、一生免疫抑制剤を飲まなければいけないとは 知らなかった。僕は、ある程度時間が経てば、移植された他人の臓器も自分の臓器として体が受け入れてくれるものと思っていた。
 読後感もよく、とても読みやすい一冊だった。


『迷宮遡行』 貫井徳郎(新潮文庫)
笑い1.5点 涙1.5点 恐怖1.0点 総合3.5点
 「あなたとやっていけなくなりました。ごめんなさい。私を捜さないでください」
 たったこれだけの置手紙を残し、愛する妻・絢子は失踪した。失業中の迫水は、全く思い当たる理由がない。突然のことに 困惑しながらも、途切れそうな手がかりをたどり、何とか妻の行方を追う。しかし、彼の行く先々でヤクザと遭遇する。 いったい妻は何者だったのか?そしてなぜ失踪したのか?

 デビュー2作目となる『烙印』をもとに書き下ろされたという一冊。『烙印』を読んだことがないので、どう変わったのかは わからない。だが、解説で法月綸太郎さんがとても詳しく書いている。
 ヤクザと目が合うだけでビビリ、無職なので食費や交通費はあまり出せない。そんな情けない「おれ」が、愛する妻のためなら、 たとえ火の中、水の中といったパワーを発揮する。愛の力は偉大だと感じる一冊だ。しかし、だからこの苦しい読後感になるのかも しれない。
 『烙印』のハードボイルド臭を払拭しようと書かれたのが本書らしいが、僕の中では、ヤクザとの闘いというだけで もう充分ハードボイルドしていると思う。


『プリズム』 貫井徳郎(創元推理文庫)
笑い0点 涙1.0点 恐怖0.5点 総合3.5点
 小学校の女性教師が自宅で死体となって発見された。そばには彼女の命を奪ったアンティーク時計が。 事故の線も考えられたが、状況は殺人を物語っていた。ガラス切りを使って外された窓の鍵、睡眠薬が混入された 箱詰めのチョコレート。ホワイトデーにお返しとしてチョコレートを送った彼女の同僚の男性教師が容疑者として 浮かび上がり、事件は容易に解決すると思われたのだが。

 一人の女性の死について、4つの視点(4人の探偵役)で推理をしていく連作短編のような趣の長編推理小説。
 職場とプライベートではガラリと印象が変わる人って結構いると思う。職場ではビシッと決めている人が、 飲み会にジャージで来たということもあった。この小説の主人公ともいえる殺された女性教師も、異なった4人の 視点から見ると、次から次へと新たな一面が浮かび上がってくるのだ。
 事件も登場人物もいたって平凡普通で、ミステリとしてはかなり地味なほうだと思う。また、ラストも ミステリをあまり読まない人にとっては、不満が残るものかもしれない。そういった意味では、ミステリマニア向け の一冊と言えるかもしれないなぁ。


『失踪症候群』 貫井徳郎(双葉文庫)
笑い1.0点 涙0.5点 恐怖0.5点 総合3.5点
 警部補以下の人事と採用試験を管轄する警視庁警務部人事二課。犯罪の最前線で働くわけではない、割りと暇な このスタッフ部門で、窓際族的なポジションを与えられている環敬吾。彼には窓際族という表の顔とは別に、 警察組織から依頼を受けて、秘密裏に謎を解明し、手段を選ばず悪を葬り去る特殊工作チームのリーダー、という 裏の顔を持っていた。
 今回の依頼は、「ある共通項を持つ若者たちの相次ぐ失踪の背後にあるものを探って欲しい」というものだった。 環はすぐにメンバーの召集をかけた。

 環のチームのメンバーは、私立探偵、托鉢僧、肉体労働者といういずれも元警官の3人。なんとも奇妙なチーム編成だ。 托鉢僧や肉体労働者が主要メンバーとして登場する小説なんて珍しいと思う。しかも、受けを狙った笑えるミステリ かと思いきや、しっかりとした社会派ミステリだった。ただ、僕としては、もっとキャラクターを立てたミステリだったら よかったのになと思った。設定と内容のバランスがよくないというか、ミスマッチというか・・・。
 それにしても今回、環のチームが懲らしめる(?)悪は、現実には存在して欲しくないほど凶悪だけど、 いまの世の中では、こういう人がいてもおかしくないよなぁと思う。


『誘拐症候群』 貫井徳郎(双葉文庫)
笑い0点 涙2.0点 恐怖0点 総合4.0点
  子供を誘拐し、少額の身代金を要求し、振り込まれ次第子供を返す、という誘拐事件が多発していた。 「ジーニアス」と名乗る人物が裏で操っているこの事件の解決に環の特殊工作チームが乗り出すことになった。 その一方で、チームのメンバーの一人である托鉢僧の武藤が、別のある誘拐事件の身代金の運び役と して指名されてしまう。そして武藤は、チームから離れ、独力で自分が巻き込まれた誘拐事件の解決に 乗り出すことにした。

 環の特殊工作チームのメンバー自己紹介的な要素も少なからずあった前作と違い、今回は 托鉢僧の武藤隆がメインになってストーリーが進んでいく。前作では、環を含めた4人のメンバーの行動を 満遍なく描いていたために、どの人物も印象が薄く、いまいちキャラクターに魅力を感じられなかった。 しかし今回は、メインキャラクターを托鉢僧の武藤に絞ったことで、托鉢僧の人物像がハッキリと思い浮かべられるように なった気がした。また、武藤が巻き込まれる誘拐事件と、環のチームが解決を依頼された誘拐事件という二つの誘拐事件を 一冊の小説で読めるのはオイシイ。ただ、どちらの事件も「犯人は誰だ?」という点よりも、 「なぜ」「どうして」「どうやって」ということを重視している。だから、「犯人は誰?」ということを 求めて読むとガッカリするかもしれない。
 それにしても今回、環のチームが誘拐犯を追い詰める手段はかなりあくどい。まさに悪を葬るには手段を選ばず、といった 感じだ。


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