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北村 薫


『水に眠る』北村 薫(文春文庫)
笑い1.0点 涙1.5点 恐怖0点 総合3.0点
 「水に眠る」:同僚に連れていかれた店で飲んだ水割りの不思議の味。 ある切ない夜、わたしはその水の秘密を知る。
 「くらげ」:半年前に妻を亡くした岡崎はある日、娘の何気ない行動を見てひとつのアイディア が思い浮かぶ。それは彼の住む世界を大きく変える代物だった。
 「かとりせんこうはなび」:「蚊はいやよ。」他愛もない会話から生まれた冗談のような アイディアは、わたしと真貴の予想を越えた方向に転がっていく。
 「矢が三つ」:男女比が2:1になったことで、女性は2人の夫を持てるようになりました。 そして、あたしの家にもついに第二パパが来ることになったのです。
 「弟」:《いうこと、やることの箍(たが)がはずれちまった爺さん》の役を もらった老役者は早速、役作りをはじめることにした。
 以上のほか、「恋愛小説」「植物採集」「はるか」「ものがたり」「かすかに痛い」の計10編からなる短編集。

 実は北村薫氏の小説を読むのはこれが始めてだ。何冊か積読はあるのだけど、どういうわけか今まで読んでいなかった。
 北村薫というとミステリ作家というイメージがあるのだが、本書を読んでちょっとイメージが変わった。この短編集が 北村氏の小説の中では異質なのかもしれないが、これを読む限りではミステリというより、僕個人の分類で言うと「一般小説」 に近い。果たして北村初体験はこの一冊でよかったのだろうか、という気がする。やはり『空飛ぶ馬』や『スキップ』あたりから 読んだ方がよかったかな。


『スキップ』 北村 薫(新潮社)
笑い2.0点 涙2.5点 恐怖0点 総合5.0点
 文化祭を明日に控え、一ノ瀬真理子は普通の17歳らしく、友達と騒ぎながらその準備を進めていた。だが翌日、目を覚ますと彼女の心は、 25年後の自分の体に入っていた。25年後の彼女には、夫もそして17歳の娘もいたのだ。そして何より彼女は高校の教師になっていた…。

 25年という何とも微妙なタイムトラベル。それでも現代日本の25年といったら、その変化はこれほど劇的なものなのか、と思った。 電化製品の進歩はもちろんのこと、ファッションや言葉など文化面での変化も著しい。その変化に戸惑う主人公の様子が何とも面白い。
 北村氏は、たまに書店で女流作家のコーナーに並んでいることがある。僕は、「薫」という名前が女性的だからだと思っていた。 しかし、本書を読み、文章がとても女性的、うまく言えないがつまり、優しくホンワカとした雰囲気だったので、女流作家の コーナーに並べてしまうのも納得がいった。
 17歳の女子高生が高校3年生を受け持つ教師になる、という設定は面白いがちょっと無理がある気もする。まあそれが国語の教師だから なんとか成立しているのだと思う。それにしても、こういうラストになるとは思っても見なかった。このラストがあったから総合5点をつけてしまった。


『ターン』北村 薫(新潮社文庫)
笑い0点 涙2.0点 恐怖0.5点 総合4.0点
 29歳の版画家・森真希は、夏のある日、ダンプと衝突する。気がつくと彼女は自宅の座椅子に座り、 まどろみから目が覚めたところだった。家も近所も街もいつもと同じ。ただ一つ違うのは、その世界には 真希以外の人間が誰もいないということだった。人間だけでなく、犬も猫も虫さえもいない。 そして、毎日、定刻になると一日前の自宅で目が覚める。
 そんな堂々巡りの孤独な生活を150日ほど送ったある日、突然自宅の電話が鳴った。

 ≪時と人≫についての三部作の二作目。今回は、誰もいない世界で同じ日を延々と過ごす女性の話。
 「君はスケッチブックを開いて、八角時計をいくつも描いていた」という読者に語りかけるような 二人称の視点で物語が始まる。しばらくは珍しい二人称の文体を堪能していたのだが、次第に何となく 読みにくいなと思うようになった。違和感があるのだ。その読みにくさ、違和感は、終盤になってこの文体に なった理由というか謎というかが明かされるまで続いた。
 誰もいない世界なのだと気づいてから真希がはじめにやったのが、ご近所の生ごみを始末すること だった。生ごみが腐って衛生上よくないからなのだが、僕だったらまず気づかない。それと 彼女は誰もいない店で買い物をしても、きちんとお金を払い、レジからお釣りをもらうのだ。 僕だったらまずお金は払わない。こういうキャラクターの設定に北村氏の優しさ、気配りの細やかさ のようなものが感じられた。


『空飛ぶ馬』北村 薫(創元推理文庫)
笑い2.0点 涙0.5点 恐怖0点 総合4.0点
 「織部の霊」:私が通う大学の加茂教授が長年解けずにいるある謎を、 加茂教授の教え子で、落語家をやっている春桜亭円紫が見事解明する。
 「砂糖合戦」:円紫師匠と入った喫茶店で、私は3人の女性客が競うように紅茶に 砂糖を大量に入れるのを見た。この砂糖合戦はなぜ始まったのか?
 「胡桃の中の鳥」:正ちゃんと江美ちゃんと私の3人で、蔵王で開かれる円紫師匠の独演会に行った。 ところがその旅行中、恵美ちゃんの車のシートカバーが盗まれた。犯人の目的は?
 以上のほか、「赤頭巾」「空飛ぶ馬」の計5編からなる連作短編集。

 北村薫氏のデビュー作。
 密室も、怪しげな館も、雪の山荘も、殺人さえも出てこない。文学部の女子大生である主人公が、毎日普通に日常生活を おくっている中で、ちょっとした謎にぶつかり、それを円紫師匠が鮮やかに推理し解明する。
 男性である北村氏が、どうして女子大生の私生活や思考をここまでリアルに書けるのか不思議だった。しかし、実際、 女子大生の私生活や思考なんて僕も知らない。その僕が「リアルだ」と感じられたのだ。ということは、多くの人がイメージする 「女子大生像」のようなものを北村氏は書いたのかもしれない。しかし、今どきの女子大生の実像って、本書の主人公とは 相当かけ離れているような気がしてならない。
 暖かい優しさが心に満ちてくるようなとてもよい読後感だった。


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