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一般小説


『サマータイム』佐藤多佳子(新潮文庫)
笑い1.5点 涙2.0点 恐怖0点 総合4.5点
 「サマータイム」:小学五年の夏、ぼくは市民プールでおかしな泳ぎ方をする広一君にはじめて出会った。 交通事故でお父さんと自分の左腕をなくした彼は、ピアニストであるお母さんの影響で、前はピアニストを目指していた。そんな広一君と ぼくと、ぼくの姉・佳奈の物語。
 「五月の道しるべ」:佳奈とピアノの出会い、そして佳奈とぼく(進)の姉弟ゲンカの話。
 「九月の雨」:ゆううつな九月のある日、広一の家に母の新しい恋人がやってくることになった。 渋くてハンサムな音楽家だった父さんのような人を探していたはずなのに、今度の恋人は、音楽家でない、あまり見栄えのしない男だった。
以上のほか「ホワイトピアノ」の計4作からなる連作短編集。

 MOE出版と偕成社から刊行されていた著者のデビュー作を、新潮文庫が一冊にまとめた。
 ジャズピアニストの母を持つ広一と、左腕のない彼の弾いた「サマータイム」に感動してピアノを習い始める進、 親に言われて嫌々ながらピアノを習わされている佳奈という3人の出会いと心の交流を描いたピアノにまつわる連作短編集。
「サマータイム」は進の視点で、「五月の道しるべ」と「ホワイトピアノ」は佳奈の視点で、「九月の雨」は 広一の視点でそれぞれ書かれている。3人の他にも個性的な脇役が登場するが、彼らは皆、思っていることをなかなか 口に出せずに、誤解されたり、ケンカもしたりするけど、実は心は通じている、というような心温まるいい感じの雰囲気が漂っている。
 オススメの短編集。


『幽霊たち』ポール・オースター/柴田元幸・訳(新潮文庫)
笑い0点 涙0.5点 恐怖1.0点 総合4.0点
 私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向かいの部屋から、ブルーは 見張りを続ける。だが、ブラックの日常は何の変化もない。彼は、ただ何かを書き読んでいるだけなのだ。 ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー…。

 名翻訳家の柴田元幸さんの翻訳であることと、装丁が気に入ったことから購入した。
 登場人物すべて、色の名前で、しかも主要な登場人物はブルー、ブラック、ホワイトの3人だけ。ストーリーも設定も とてもシンプルだ。シンプルというか、あまりにも何も起こらない展開でちょっと単調なのだ。だが、単調とはいえ、 つまらないというわけではない。むしろ読む手が止まらない面白さがある。ただ、少々シュール。読み終わったあと、 「で、結局なんだったの?」という思いがした。
 もう一度読んで、理解度を深めたい。そして、オースターの他の著作も読んでみたいと思った。


『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』藤谷 治(小学館)
笑い4.0点 涙0.5点 恐怖0点 総合4.5点
 大学図書館や社内の資料室などに保管されている医学文献の中から必要なものをコピーし、医者や製薬会社に売るのを 仕事とする会社―セトウチインフォメーションサービスに勤務する強烈な個性をもつ面々が繰り広げるおバカでハチャメチャな ラブ(?)コメディ。

 語り口調の文体に、奇抜なキャラ設定(特に猛助くんとか)、強引でシュールな展開などなど、万人受けはしないだろうなとは 思うが、僕は「いい!」と思った一冊。
 手書きの帯や味のある表紙などを見て、なんとなく荻原浩の『ハードボイルド・エッグ』を思い出し、あんな感じの 本なのかなと思い購入してみた。読んでみたらだいぶ違った。本書は、帯にも書いてあるが、笑える「バカ話」であり、 リアリティや感動は二の次のようだ。
 ラブ(?)コメディと紹介したが、ほとんどコメディでラブの要素はごくわずかであり、しかもその「ラブ」の中には、 夫婦愛や親子愛などはもちろん、ストーカー、○○フェチなどの偏愛も含まれているのだ。
 本書がデビュー作なのだが、次に一体どんな小説を出してくるのか楽しみな作家である。


『偶然の音楽』ポール・オースター/柴田元幸・訳(新潮文庫)
笑い0.5点 涙2.0点 恐怖1.0点 総合3.5点
 妻に去られたナッシュに、突然20万ドルの遺産が転がり込んだ。すべてを捨てて目的のない旅に出た彼は、まる一年 赤いサーブを駆ってアメリカ全土を回り、<十三ヶ月目に入って三日目>に謎の若者ポッツィと出会った。<望みのない ものにしか興味のもてない>ナッシュと、博打の天才の若者が辿る数奇な運命。

 偶然手に入れた金、偶然の出会い、運という一種の偶然に左右されるギャンブル、と本書では様々な偶然があるが、 タイトルの「偶然の音楽」の意味がよくわからない。作中に音楽について語られる場面もあるが、それでもよくわからなかった。
 「そんなラストはないだろう」と言ってしまうような結末であり、あまりにもスッキリしないことを多く残したまま終わっていくため、 非常のモヤモヤとした読後感である。あとは読者のご想像におまかせ、と言いたいのかもしれないけど、あまりにもまかせすぎだ。 もう少し説明が欲しかった。
 ギャンブルとしてのポーカーはやったことがないが、作中のポーカーのシーンは、リアルで緊迫感があり、読んでいて手に汗握った。
 それにしても金というのは、持ちすぎても人を狂わせるものだなと思う。やはり金は魔物なのか。気を付けよう。


『白い牙』ジャック・ロンドン(新潮文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖2.0点 総合4.5点
  自分以外のすべてに、彼は激しく牙をむいた。強さ、狡猾さ、無情さ……彼は生き延びるため、 本能の声に従い、野生の血を研ぎ澄ましてゆく。自分の奥底にいまはまだ眠る四分の一のイヌの血に 気づかぬままに──ホワイト・ファング(白い牙)と呼ばれた一頭の孤独な灰色オオカミの数奇な生涯を、 ゴールドラッシュ時代の北の原野を舞台に感動的に描きあげた、動物文学の世界的傑作。 (本書アラスジ引用)

 インディアンに拾われ、人間の掟にしたがって生きることになったホワイト・ファングだが、 そこで同属の犬からの攻撃にあったり、その後、人間からの虐待に遭ったりして、自分以外の生き物を 憎むようになっていく。そうした憎むべき敵たちから身を守るために、人間に飼われても ホワイト・ファングは野生を失わず、より強く、より賢く、より俊敏に、より攻撃的になっていく。 弱肉強食の厳しい自然を生きていく、そんな一匹狼の話。
 一匹狼というと、どこか孤高でカッコいい響きがあるが、この物語を読むと、誰も信じられず、己の力 だけを頼りに一匹で強く生きていかざるを得ない、という胸を締め付けられるような寂しさを感じる。 だからこの物語は犬好きの僕にとっては、読むのがつらいストーリーだった。でも、そこを耐えて読破して良かった と思えるラストで、読後感はとてもよかった。
 この著者は、犬や狼を相当観察しているのだなと思う。と同時に、人間もよく観察していると思う。 よく観察しているからこそこれほどリアルで説得力のある描写ができるのだろう。犬がどうしてここまで 人間に忠誠心をもって接するのか、賢い犬というのは何を考えているのか、この本を読むとなるほど そうかもしれないと納得してしまう。
 とてもよい読後感のオススメの一冊。


『笑う招き猫』山本幸久(集英社)
笑い1.5点 涙0.5点 恐怖0点 総合4.0点
  「レッドバロン」と名付けたチャリンコを駆る180センチの長身のヒトミと、歌と物まねが得意で豆タンクの ようなアカコで結成した漫才コンビ「ヒトミとアカコ」は、巨体のマネージャーと出会い、とある芸能プロダクションに はいった。その後、彼女たちは、たとえテレビに出たとしても漫才は一生続け、ゆくゆくは武道館をいっぱいにし、 いつかカーネギーホールで漫才することを夢見て、成長していく・・・という物語。

 第16回小説すばる新人賞受賞作。
 当たりが多いこの賞の受賞作だし、ショッキングピンクの表紙がとても目を引き、気に入ったので買ってみた。
 駆け出しの女性漫才コンビが成長していく物語なのだが、もう少し波乱万丈が欲しかった。彼女たちよりも、 脇役の人たちの人生のほうが波乱に満ちてたりするので、なんか彼女たちの成長が霞んでしまった気もする。
 さらに、漫才をテーマにしているから、当然作中で彼女たちは漫才をするのだがそれが笑えない。笑えなかったのは 僕だけだったのかもしれないのだが、クスッともしなかった。結構笑える小説を読んできているので、 笑いに対してシビアになっているのかもしれない。もしかすると、漫才やコントというのは、台本だけでなく、コンビの 動きとか間とか声の質とか、文字以外の要素が加わることで笑いになるのかもしれない。だから、実際にこの漫才を 見たら笑ってしまうのかもしれない(その可能性は低そうだが)。
 最近は、お笑いタレントなら誰でも出来るような企画重視のバラエティ番組も根強いが、「エンタの神様」とか 「爆笑オンエアバトル」のような持ちネタ重視の番組も出てきているので、お笑いが結構好きな僕にとっては うれしい限りだ。しかし、「ヒトミとアカコ」のような女性コンビでしかも漫才師というのはあまりいないな。 コントをするコンビはいるかもしれないけど。これだけお笑いコンビが溢れているのにあまりいないということは、 女性漫才コンビというのはよほど成立しにくいのだろう。まあ、僕が知らないだけで、実は有名な女性漫才コンビが いるのかもしれないが。僕がパッと思いつくのは「いまいくよくるよ」くらいだなぁ。オセロとか北陽とかは 漫才じゃなくてコントだろうし。なんだか書評とは全く関係なくなってしまった。

『蹴りたい背中』綿谷りさ(河出書房新社)
笑い2.0点 涙0点 恐怖0点 総合4.0点
  高校生になったハツこと長谷川初美は、仲間とつるむこともせずクラスの中で、浮いた存在になっていた。 同じクラスの中には、もう一人浮いた存在がいた。「にな川」というその高校生は、 モデルの「オリチャン」の熱狂的なファンであり、ハツは、偶然にも昔、その「オリチャン」と街で会い、 会話も交わしたことがあった。そのことをきっかけに、クラスで浮いている二人の距離は急速に縮まっていった。

 発行部数100万部を突破した第130回芥川賞受賞作。
 芥川賞というと、純文学で、純文学というとちょっと難しそうで敷居が高いという先入観がある。 しかし、本書は、かなり読みやすい。あまりにも読みやすいので、ちょっと物足りないくらいだ。 でも、話題性と、その読みやすさのため、普段は読書しているところなど見たこともない妹が、 『蹴りたい背中』を読み終わったら貸してくれ、と言ってきた。発行部数100万部の中には、 こうした、いつもは読書をしない人が相当数含まれていると思う。そうした人たちが本書を読むことで、 「芥川賞作品を読破した」という自信(?)を得るわけで、これは活字文化復興に確実に役立ったはずだ。
 とはいえ、読書を趣味としている人にとっては、そんなことよりも、内容が面白いかどうかのほうが 問題なのである。
 愛情、友情、いじめ、などでは説明できない「蹴りたい」という激情を「にな川」に抱くハツ、という 設定は面白いし、”上手に幼い”とか”冷えのぼせ”というような個性的な表現も随所に見られる。 ただ、ちょっと軽すぎるなぁと思う。後世に残る傑作だ!と言えるほどのものではない。
 とにかく読みやすい一冊。




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