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一般小説


『8年』 堂場舜一(集英社)
笑い0.5点 涙1.5点 恐怖0点 総合4.5点
 ニューヨークに、ヤンキース、メッツに続く3つ目のチームが誕生した。日本企業がオーナーのこのチーム、ニューヨーク・フリーバーズ に入団した藤原雄大は、バルセロナ・アトランタの両オリンピックで活躍したピッチャーだった。だがある理由でプロに入ることなく、 今回33歳にしてメジャー初挑戦となった。同時期に入団した19歳の常盤哲也は、ホームランバッターとしては申し分なかったが、 キャッチャーとしてはある致命的な欠陥があった。
 そんな二人はシーズンが開幕しても、まだ3Aにいた。そしてフリーバーズは、メジャーリーグの最低記録を更新しそうな勢いで 負け続けていた。

 第13回小説すばる新人賞受賞作。
 ワンマンオーナーがいる弱小チームに、何やら他人にいえない事情を持つ強力新人が加入し、次々と勝ちあがっていく。 映画や野球マンガでよく見るパターンではある。だが、そんなパターンが予想できるから安心して読めるという一面も あったりする。それに登場人物の設定や、本当に試合を見ているようなリアルでスピード感ある描写などは、 受賞するだけのことはあると思う。
 弱いチームが強くなるというのは見ていて面白い。阪神ファンでもない僕でさえ、最近(02/5/20現在)の阪神の好調ぶりには、 「優勝しちゃうんじゃないの?」とワクワクしてくる。そのワクワクが本書で味わえる。それに、選手一人一人のエピソードも 面白い。全く野球を知らない人も多分楽しめるとは思うが、やはり多少は知識があったほうがよいと思う。まあ、近頃は 日本人メジャーリーガーの影響もあって、ほとんどの日本人は多少なりとも野球の知識はあるとは思うが。


『コンビニ・ララバイ』池永 陽(集英社)
笑い0.5点 涙3.0点 恐怖0点 総合4.5点
 一人息子を交通事故で失った幹郎は、ずっと妻のそばにいてあげられるように会社を辞めた。そして、 「賑やかだけど乾いているから」という妻・有紀美の提案で、幹郎はコンビニを始めることにした。 だがオープンして間もなく、有紀美も事故死する。
 店の経営にもやる気をなくし、いつつぶれてもおかしくない商売をしていた幹郎だったが、 パートの治子や、コンビニにやってくる様々な人生を送る客たちと触れ合ううちに、生きる気力を 取り戻していく。そしてそれは、幹郎の優しさに触れた客たちも同じだった。

 小説すばる新人賞受賞作家。「重松清と浅田次郎を足したような」作家という新聞書評。「本の雑誌」 2002年上半期ベスト1。ここまでそろうと読みたくなって当然という感じの一冊。
 幹郎の経営する「ミユキマート」にやってくるお客は、治子に惚れたヤクザ、一番安い弁当だけを買っていくホームレス、 愛人と本妻、いい役をもらうために演出家と寝た女優の卵、ギャンブル狂いの男の内縁の妻、援助交際している女子高生、 家族に反対されながらも愛し合っている老人カップル。と、みな順風満帆とはいえないドロドロした人生を送っている人 ばかり。彼らは、幹郎の「温かい暗さ」に癒されていく。
 作中、幹郎は店先にベンチを置くのだが、けっこういいアイディアだと思う。ベンチを置けば、夜、店先で地べたに座ってる 怖そうな人たちもちゃんと行儀よく座るようになるかも?僕自身、コンビニに行こうと思っても、怖そうな人たちが入り口付近に たむろしてるとつい別のコンビニを探してしまうほどの小心者なのだ。
 人物造詣のうまい感動的な連作短編集だった。


『走るジイサン』池永陽(集英社)
笑い1.0点 涙2.0点 恐怖0点 総合3.5点
 頭の上に猿がいる。作次がそのことに気づいたのは、長男の嫁に「私は年寄りが嫌いです」と言われてからだ。茶飲み仲間に、 頭の上に何かが乗っている気がすると打ち明けると、老人ボケの兆候かもしれないと言われる始末。そんな奇妙な猿と共存する ジイサンの物語。

 第11回小説すばる新人賞受賞作。
 頭の上に猿がいなくてもあまりストーリーに影響はない気がするのだが、やはりこの猿は何かの象徴なのだろう。 カフカの『変身』のように、最後までそれが何を象徴するのか明かにされない。とにかくシュールな設定だ。
 内容は、『コンビニ・ララバイ』の中の一編「ベンチに降りた奇跡」に似ている。つまり老人の恋が中心テーマになっている。 日本の老人は、ボケず、寝たきりにならず、家族に迷惑かけず、ポックリと、という理想を持っている気がする。そして老いてから 恋をするなんて世間体が悪い、という風潮があるのも確かだと思う。でも、それじゃ老いたらあとは惰性で生きてるだけじゃないかと いう気がする。老いても男は男、女は女であって、ある日突然男でも女でもない「老人」という人になるわけではあるまい。 誰でも皆老いるわけで、そんなことを考えて読むと、まだ自分には先の話とは言え、他人事だとは片付けられない何か複雑な 心境になる一冊だ。
 それにしても、萩原浩も、竹内真もこの賞出身だし、小説すばる新人賞は良い作家を世に出すなぁ。


『マスク』堂場瞬一(集英社)
笑い0.5点 涙2.0点 恐怖0.5点 総合4.0点
 フリーのジャーナリスト・水野昌喜は、メキシコの田舎町に渡り、数ヶ月前に死んだ一人の日本人ルチャドールについて取材をすることに 決めた。白地に金色の縁取りがあるマスクをかぶったそのルチャドールのリング名は”エル・ソル”。本名”水野忠良”。そう、 彼は昌喜の父親だった。そして昌喜は、25年前に家族を捨て旅立った父の足跡をたどり、父に対する気持ちを整理すべく取材をすることに 決めたのだった。

 デビュー作『8年』では、メジャーリーグを、そして今回はルチャ・リブレつまりメキシコのプロレスを題材にしている。 好きな人には面白さ倍増だろうが、ルチャ・リブレ?何それ?という人にはイメージしにくい小説かもしれない。 僕はプロレスを生で観戦したことが何度かあるし、格闘技全般が好きなのでとても面白く読めた。
 ファイトマネーを孤児院に寄付し、その孤児たちにルチャ・リブレを教えているというエル・ソルのようなレスラーが 実際にいると聞いたことがある。著者もそこからヒントを得たのかもしれない。
 本書は、装丁がこっている。白地の表紙に金で縁取られた「マスク」の題名。そして、しおりは白で、閉じ紐(?)が金なのだ。 パッと見はシンプルなのだが、それはエル・ソルのマスクを意識した装丁になっている。こういうこだわりのある本は好きなんだよなぁ。
 ルチャ・リブレという題材も、装丁も良かったのだが、主人公と父親や父親と母親の関係よりも主人公の恋愛に結構な重点が 置かれていたのがちょっと不満だった。家族に焦点を当てたらもっと別の印象の小説になったのではないだろうか。まあ、小説を書いたこともない 僕が偉そうにいえることではないのだが…。


『青空のむこう』アレックス・シアラー(求龍堂)
笑い1.5点 涙3.5点 恐怖0点 総合3.5点
 人は死ぬとまず<死者の国>に行く。そこの受付で登録を済ませたら<彼方の青い世界>に行ける。しかし、 やり残したことや心残りがあると、それをやり遂げるまでそこには行けない。
 交通事故で死んだ僕にはやり残したことがある。お姉ちゃんのエギーと喧嘩し、
「僕が死んだらきっと後悔するんだから」、「後悔なんてするわけないじゃない。大喜びだわ」
こんな会話を最後にして僕は死んでしまった。だから、お姉ちゃんに会いたい。そして「ごめんね」とあやまりたい・・・。

 最近、どの書店に行ってもベストセラーの棚に本書はある。個人的には、出版社と書店の思惑にまんまと乗せられている感じがするので、 そういうベストセラーはあまり手を出したくはなかった。だけど、表紙の裏まで凝っている装丁が良かったし、 安かったので思わず買ってしまった。
 「ゴースト ニューヨークの幻」という映画があった。この本を読んで、何となく似ているなと思った。登場人物も ストーリーも別物だけど、「死者」の扱いが似ているのだ。やり残したことがあると次の世界に行けないとか、死者が物を 動かすのには集中力を使うとか、それを教える先輩の死者がいるとか。
 それにしても泣かせる話だ。冒頭で主人公のハリーがやり残したことが明らかになるシーンを読み、 「あぁラストはこうなるんだな」と想像しただけで泣けてきた。その想像があまり外れていなかったという意味では、 とても単純なストーリーなんだけど、泣きたい人にはおすすめだ。とても短い話で、1、2時間もあれば読めてしまうので、 読書嫌いの中高生などにもおすすめだ。


『しゃべれどもしゃべれども』佐藤多佳子(新潮文庫)
笑い2.5点 涙4.0点 恐怖0点 総合5.0点
 26歳の今昔亭三つ葉は、前座よりちょっと上の二ッ目という身分の噺家だ。自分の落語に自信を失くしかけている三つ葉は、 ひょんなことから落語教室を開くことになった。
 テニスの腕は一流だが緊張すると吃音が出る対人恐怖症気味のコーチ、話し方教室で一言もしゃべれなかった女性、 生意気なためにいじめられている関西弁をしゃべる少年、あがり症のため上手く野球解説のできない元プロ野球選手。 こんな4人に、三つ葉は自宅で落語を教えることになった。

 「Web本の雑誌」で話すのが苦手な人にオススメと紹介されていたので、しゃべりに自身のない僕は早速読んでみた。 別に「話し方の指南書」というわけではない。泣けて、笑えて、元気が出て、自信を持つとはどういうことかを教えてくれる 一冊だ。
 本書は落語家がたくさん出てくるし、その落語家が素人に「まんじゅうこわい」を教えるという落語づくしなのだ。このように落語が出てくる 小説を読むたびに、本物の落語を聞いてみたいと思うのだ。しかし、東京なら接する機会は多いだろうけど、地方に住んでいると 残念ながらそんな機会はほとんどない。
 話下手じゃない人にもオススメの一冊。


『服部さんの幸福な日』伊井直行(新潮社)
笑い0.5点 涙0.5点 恐怖0点 総合2.5点
 服部さんの乗った飛行機が海に墜落した。だが、幸運にも服部さんと隣に座っていた高木だけは、墜落死を免れた。 海に漂う二人は、たまたま近くを通ったクルーザーに救助される。ところが、そのクルーザーに乗っていたのは 裏社会ともつながりを持つ謎めいた人物たちだった。目隠しをされながらも、とりあえず日本に帰れた服部さんと 高木は”奇跡の生還者”と言われ一躍マスコミの寵児となるのだが・・・。

 青空をメインにした、淡くどこかコミカルな表紙にひかれ、図書館で借りた。また「Web本の雑誌」に”ノーベル賞 の田中さんを見ると思い出す本だ”というようなことが書かれていたので、期待して読んだ。が、期待はずれだった。 ノーベル田中さんのように、笑えてほのぼのした癒しをもたらす本かと思っていたのに。
 服部さんは、妻一人子供二人の平凡な家庭を持つ平凡なサラリーマン。だが、愛人がいる。この時点でストーリーが ドロドロしてきている。また、服部さんを救助した謎の人物たちの登場がストーリーを面白くしているのだろうが、 一方で不快感も高めている。そもそも僕には著者の文章がなじまなかったようで、登場人物の人物像がイメージしにくかった。 また、ラストもいまいち。
 と、辛口になってしまったが、僕自身ちょっと期待過剰気味だったかもしれない。


『宮殿泥棒』イーサン・ケイニン/柴田元幸〔訳〕(文春文庫)
笑い0.5点 涙1.0点 恐怖0点 総合3.5点
 「会計士」:私は真面目に良心的に働いてきた中年会計士。高卒後すぐ働き始めた 幼なじみの男がある日、会社を設立するので投資してくれないかと言ってきた。。私は多少の優越感を抱きつつ、その申し出を断った。 ところが、それが私の人生に影を落とすことになろうとは。
「バートルシャーグとセレレム」:僕の兄は数学コンテストで優勝したり、言語を発明したり、 まさに天才だ。しかし、兄にはある秘密があった。
「傷心の街」:妻に去られ一人で暮らしているウィルソンに、夏のある日、息子から連絡がきた。 大学に戻る途中に、一日だけ帰ると。久しぶりに息子と会える一日、ウィルソンは大好きな野球を二人で観戦しに行くことにした。
「宮殿泥棒」:私が新米教師だった頃、政治家の息子が転校して来た。行儀は悪く、 どうしようもない劣等性だった彼が、今や産業界の大物だ。しかし、私が、彼の在校中にしてしまったある事のために、 彼の心に遺恨を残すことになってしまった。

 表紙とタイトルにひかれて買った一冊。
 コツコツ努力し、生真面目に、あまり目立つことなく生きている4人の男たちのほろ苦くちょっと哀しい物語。
 表題作が2003年に映画化され、本書自体もかなり評判がよく、翻訳者の柴田元幸氏も有名で、と相当な好条件が そろった中篇集なのだが、僕にはどうもはまらなかったようだ。まあ、電車内で読んだりしたから、落ち着いて読めなかった というせいもあるのだろう。リアリティは抜群で、登場人物の設定や心理描写なども素晴らしいと思う。ただ、主人公も ストーリーもなんとも地味なのだ。あえてそういう地味な人たちを取り上げた作品なのだろうが、もうすこし違った ストーリーを期待していた。また、アメリカ文学の雰囲気が全体に漂っていて、それが僕はあまりなじめなかった。
 今度、落ち着いて再読してみよう。


『螢川』宮本 輝(角川文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖0.5点 総合3.5点
「泥の河」:堂島川と土佐堀川が合流し、安治川と名を変えていく一角に、 信雄の両親はうどん屋を営んでいた。ある日、信雄は、対岸に浮かぶ郭舟で母が身を売って生計を立てている、 晋平という少年と出会う。
「螢川」:同級生の英子に恋心を抱く竜夫は、いたち川の上流に降るという 蛍の大群を英子と見に行こうと思っていた。そんなある日、北陸では有数の商人だった父・重竜が、多額の借金を 残し、脳溢血で倒れてしまった。

 太宰治賞受賞作「泥の河」と、芥川賞受賞作「螢川」の二編を収めた短編集。
 それぞれ、昭和30年代の大阪と富山を舞台にした小説で、暗く切なく貧しい雰囲気が漂い、方言による会話が いい味を出している。どちらも賞をとっているだけあって、国語の教科書を読んでいるかのように錯覚してしまうほど、 いかにも純文学といった感じの作品だ。泣けるいい話なのだが、僕の好みではなかったというか、あまり印象的 ではなかったというか・・・。ただし、これは個人的評価であって、世間での評価は受賞作だけあって高いようだ。



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