乙一
『暗黒童話』乙一(集英社) |
笑い0点 涙2.0点 恐怖3.5点 総合4.0点 |
私はある日、不幸な事故により左眼を失った。そして、その日までの記憶もなくし、明るくて優秀だった以前と違い、
両親が落胆するほど暗く愚鈍になってしまった。祖父のはからいで眼球移植を受けた私は、その日から、激しい痛みと共に
見知らぬ映像が頭をよぎるようになった。そして私は、その映像の源を求め単身、家を出た。
”ホラー界の俊英”とか”ホラー小説界の最注目株”などの肩書きで宣伝され、様々な書評サイトでもよく目にしていたので
気になっていたのがこの「乙一」という作家だ。そもそもたった二画で書けてしまうこの名前がよく目立つ。
あとがきによると、本書が初の長編小説らしい。それと、別の出版社では、「せつなさの達人」と
紹介されるほどちょっといい話を書く人と
扱われているという。本書を読んだ限りでは、かなりグロテスクで、たしかに涙を誘う部分もあるが、せつなさが「売り」だとは
感じなかった。やはり他の小説も読んでみないとわからないようだ。
終始一貫してたんたんとストーリーが進んでいるという印象があった。ただ、書かれている内容は現実にはありえない
ようなグロテスクなのもなのだ。それをまるで何ということのない普通のことのようにたんたんと書いているから、
逆に恐怖を感じてしまう。
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『死にぞこないの青』乙一(幻冬舎文庫) |
笑い0点 涙1.0点 恐怖2.0点 総合3.5点 |
飼育係になりたいがために嘘をついてしまったマサオ。翌日から担任の先生の態度は一変した。なにかにつけて
マサオを叱りつけ、他の生徒が宿題を忘れてきたり、授業中に騒いでいてもマサオのせいにするようになったのだ。
そんな苦しみの毎日を送るマサオの前にある日、真っ青で傷だらけの顔の「死にぞこない」の少年が現れた。
他人と話すのが苦手で、自分の思ってることをなかなか伝えられない小学5年生のマサオが主人公で、
物語は彼の視点で書かれている。そのため、先生に理不尽な扱いを受け、クラスメイトにいじめられても、
口ごたえできず耐えるしかないマサオが何を思い考えているのかがよくわかる。ただ、ホラー小説としては中途半端な
印象だった。もっとイジメの描写が残酷で、「死にぞこない」に会ってからの展開が早くてかつもう少し怖ければ
ホラーとして面白かったのにな、と思う。
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『夏と花火と私の死体』乙一(JUMP j BOOKS) |
笑い0点 涙0.5点 恐怖2.0点 総合3.5点 |
「夏と花火と私の死体」:9歳の夏、花火大会を数日後にひかえたその日、わたしは弥生ちゃんに
殺された。私の死体を見つけた弥生ちゃんのお兄ちゃんは、わたしの死体を隠すことにした。
「優子」:鳥越家に住み込みで働くようになって間もない清音は、何の問題もなく
日々の仕事をこなしていた。そんなある日、清音は、いまだに旦那様の奥様である優子の姿も見たことなければ
声も聞いていないことに
思い至り、優子が実在するのか疑問を抱き始める。
第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞受賞作。
乙一氏は、「夏と〜」を10代半ばで書いたそうだ。選考委員だった栗本薫さんによると、著者が10代半ばというので、
選考委員の間で「フロックではないか」と議論が沸騰したそうだ。この解説を読んで”フロック”の意味がわからなかったので
調べてみた。
フロック:まぐれで成功すること。偶然の幸運。
この後も、なかなか面白い小説を出しているので、どうやら本書は「フロック」ではなかったようだ。
「夏と〜」は死体の一人称で書かれている。でも死体の目からは見えないはずの事まで書かれているから、
普通の一人称ではない。それとも死ぬと魂になって、三人称の視点(神の視点)を得られるのだろうか。
ストーリーの結末はだいたい予想した通りだったけど、10代半ばでこれほどスリルのあるホラーを書けるのは驚きだ。
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『暗いところで待ち合わせ』乙一(幻冬舎文庫) |
笑い0点 涙3.5点 恐怖0.5点 総合5.0点 |
視力をなくし、独り静かに暮らすミチル。職場の人間関係に悩むアキヒロ。駅のホームで起きた殺人事件が、寂しい二人を
引き合わせた。犯人として追われるアキヒロは、ミチルの家へ逃げ込み、居間の隅にうずくまる。他人の気配に怯えるミチルは、
身を守るため、知らない振りをしようと決める。奇妙な同棲生活が始まった――。(本書あらすじ引用)
全盲のミチルと容疑者のアキヒロ。二人とも人間関係に悩みを持ち、独りで生きていこうと思いながら、独りで生きる寂しさを
強く感じている。そんな二人の一風変わった恋愛を描いた小説でもあると思う。
僕自身、どちらかというとあまり社交的な方ではないので、ミチルとアキヒロに共感できるところもあった。だからよけいに感動したのかも
しれない。それに、乙一氏の文章がよい。優しい表現力とすぐれた観察力と細かい描写力のおかげで、まるで自分も彼らと同居しているかのような
リアリティを感じてしまう。
乙一氏はあとがきで、「警察に追われている男が目の見えない女性の家にだまって勝手に隠れ潜んでしまう」という内容だと
そっけなく紹介している。まあミステリとしては普通かもしれないが、設定のオモシロさや恋愛小説としてオモシロさは
かなりのものだと思う。おすすめ。
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『GOTH−リストカット事件』乙一(角川書店) |
笑い0.5点 涙2.0点 恐怖3.5点 総合4.5点 |
「暗黒系」:森野が拾ったその手帳には、今マスコミを騒がせている連続猟奇殺人事件の
犯人によって書かれた殺人記録が残されていた。しかもそこにはまだ発見されていない三人目の死体のありかまでかかれている。
早速、僕と森野は死体探しに行くことにした。
「リストカット事件」:通行人を気絶させ手首を切断し持ち去る、という連続手首切断事件が
ニュースをにぎわせていた。そんなある日、僕は犯人の手がかりをつかむ。そこで僕は、ある計画を実行することにした。
「声」:集めるのが困難なほどバラバラにされて見つかった姉。夏海は、姉と仲直りできないまま
だったことを深く後悔していた。だがある日夏海は、一人の少年に一本のカセットテープを渡される。そこには犯人に監禁され、殺される
直前の姉が、夏海に残したメッセージが吹き込まれていた。
以上のほか、「犬」「記憶」「土」の計6編からなる連作短編集。
主人公の僕と森野夜は、異常な事件やそれを実行したものに対して、暗い魅力を感じ、人間の暗黒部分に強くひかれるのだ。
そんな彼らは、異常な事件があると聞き込みをしたり、推理したりして犯人を探し出すのだが、警察に通報するわけでもなく
自首を促すわけでもない。むしろ犯人に共感してしまったりする。普通のミステリの「探偵」とは一味違う。非常に悪趣味な
小説だが、怖い。そしてミステリとしても面白い。
いろいろな意味で「名前」にだいぶこだわった小説という気がするが、その「名前」に関してちょっと納得がいかないというか、
よくわからないことこがあったが、あまり詳しく書けないのが残念だ。
この本の面白さを十分に味わうには、事前にあまり情報や予備知識を仕入れない方がいいという気がする。
おもしろそうと思ったらすぐに読んだ方がよい。
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『天帝妖狐』乙一(集英社文庫) |
笑い0.5点 涙1.5点 恐怖4.0点 総合4.5点 |
「A MASKED BALL―及びトイレのタバコさんの出現と消失―」:剣道場の裏側にある
男子トイレでタバコを吸っていた僕は、落書きひとつないキレイな個室の壁に「ラクガキスルベカラズ」という落書きを見つける。
矛盾したその奇妙な注意書きに対して何人かがペンネームを添えて返事を書いていた。冗談のつもりで僕も返事を書いてみた。
そしてこの落書きのやりとりが僕らの学校生活に恐怖をもたらした。
「天帝妖狐」:杏子は帰宅途中で、行き倒れになっていた謎の青年を助ける。
夜木と名乗るその青年は、顔中に包帯を巻き、黒い服をまとい他人を寄せ付けない雰囲気を放っていたが、
次第に杏子とは心を通わせるようになる。しかし、ある事件をきっかけに夜木の過去が明かされていく。
怖い短編集だ。だが、面白い。総合5.0点にしようか迷ったくらいだ。
「A MASKED BALL〜」は解説で我孫子武丸氏が書いているが「ネットワークの匿名性の物語」だ。しかしこの場合、学校の
男子トイレという限られた人しか使わないネットワークだ。だから匿名といえど、学校内の誰かなのだ。それが恐怖感を高める。
「天帝妖狐」はさらに怖い。書簡形式・独白形式のためか、文体はです・ます調で淡々としている。それが逆に怖い。
僕の感想ではこの面白さは伝わらないと思うので、ホラー好きの人は是非読んでみてください。ホラーが苦手な人には
ミステリの要素がある「A MASKED BALL〜」がおすすめ。
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『石ノ目』 乙一(集英社)
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笑い1.0点 涙2.5点 恐怖2.0点 総合4.5点 |
「石ノ目」:その目を見ると石にされてしまう「石ノ目様」が住むという言い伝えがある山に、
わたしは、幼い頃に消息を絶った母親の遺体を探しに出かけた。
「はじめ」:耕平は小学校で飼っているヒヨコを掃除中に誤って殺してしまう。しかし、同じ
掃除当番だった淳男がとっさに「はじめ」という女の子が殺したと嘘の目撃証言をしたおかげで難を逃れる。「はじめ」は
淳男と耕平がつくった架空の人物であり、存在するはずがなかった。ところが、ある日「はじめ」が二人の前に現れる。
「BLUE」:人の肌のような触感の布で作られた五体の人形。王子・王女・白馬・騎士、そして
余った材料で作られたつぎはぎだらけの人形ブルー。彼らは意思を持ち、動きまわる人形だった。
「平面いぬ。」:私の左腕に彫られた青い犬のタトゥー。花をくわえたその犬をポッキーと
名づけた私は、ある日、くわえていたはずの花がポッキーの足元に落ちていることに気づく。
以上の計4編からなる短編集。
グロテスクなホラー系と切なさたっぷり系のどちらかでわけると、本書は後者だ。特に「はじめ」と「BLUE」は切ない。
淳男と耕平にしか見えない幻覚の女の子が彼らとともに成長していったり、人形が動いたり、設定は確かにホラーなのだが、
乙一の絶妙な味付けでホロリとさせられる小説になっている。「石ノ目」はちょっと展開が読めてしまい、表題作ながら
この4編の中では四番目だなという感じだ。「平面いぬ。」は、設定は「乙一版ど根性ガエル」といった感じだが、
いつも”死”の扱いが軽い乙一にしては、まともに”死”を扱っている短編だなと思った。
『暗いところで待ち合わせ』と同様、オススメの一品。
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