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貴志祐介


『天使の囀り』 貴志祐介(角川書店)
笑い★☆☆☆☆ 涙★★☆☆☆ 恐怖★★★★★ 総合★★★★☆
 アマゾン探検隊に参加した高梨。その後、現地住民とのトラブルにより、やむなく帰国した彼は、以前とは全く人格が変わっていた。そんなある日、彼には「天使の囀り<サエズリ>」が聞こえるようになる。 そして、誰よりも死を恐れていたはずの彼が、自殺を遂げる。その後、アマゾン探検隊に参加したメンバーが次々と奇妙な自殺を遂げていく。

 怖いというより、気持ちが悪い。お食事中の人・想像力豊かな人・心臓の弱い人は、読まない方がよいだろう。細かいデータと資料に基づいた専門的な記述が、難解であると同時に、この恐怖をリアルに感じさせている。しばらく、悪夢を見てしまいそうだ。 また、作中にインターネットについての記述があるのだが、チャットの話やFLマスクの話など、まるで筆者の実体験であるかのように事細かに書いてあり、思わずニヤリとしてしまった。全体的に、気持ち悪さが先行していて、ホスピス医である主人公の設定や 心情、その他のキャラなどが、すべて霞んでしまった気がする。


『十三番目の人格(ペルソナ)−ISOLA−』 貴志祐介(角川ホラー文庫)
笑い0点 涙2.0点 恐怖4.0点 総合4.0点
 賀茂由賀里は、人の強い感情を読みとることができる能力を持ったエンパスだった。その能力を生かすため、彼女は、 阪神淡路大震災直後の被災地で、被災者の心のケアをしていた。そんな被災者の一人に、森谷千尋という少女がいた。 心のケアのため千尋と会話していた由賀里は、千尋の中に複数の人格が同居していることを読みとった。千尋は、 12の人格を持つ多重人格者であった。ところが、震災直後、彼女の中に、正体不明の13番目の人格<ISOLA>が 出現したことで、由賀里は、恐怖の体験をするのだった。

 本作は、第三回日本ホラー小説大賞長編賞佳作になった小説である。 賞をもらうだけのことはあるホラー小説だと思う。ただ、恐怖の対象である<ISOLA>が、中盤の最後の方でやっと登場し、 その辺からようやくホラーらしくなるという感じだった。そこまでの序盤〜中盤前半は、ダニエル・キイスの「ビリーミリガンもの」 に似た単なる多重人格小説のように思えた。それでも、心理学の専門用語や細かい設定、<ISOLA>の出現に関する記述などをみると、 かなりリアリティがあって、なかなか怖いホラー小説だった。


『黒い家』 貴志祐介(角川ホラー文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖5.0点 総合4.5点
 生命保険会社に勤め、保険金支払いの査定の仕事をしている若槻慎二はある日、全く面識のない顧客に呼び出された。呼び出されるままにその客の家に行ってみると、 そこには子供の首吊り死体があった。数日後、その顧客から子供にかけられていた保険金の請求がされる。しかし、死体の第一発見者となってしまった慎二は、 そのときの状況から自殺ではなく、他殺であるとの確信を得ていた。そこで彼は独自に調査を始めることに。しかし、そこから周囲を巻き込んだ恐怖の幕が開ける。

 なんとリアリティのあるホラーだろう。生命保険会社に勤務していたことのある著者だからこそ、ここまでリアルな保険金殺人事件が 書けたのだろう。しかも、登場人物が実際にあったあの事件の容疑者に恐ろしいくらい似ているため、よけいにリアルな感じがしたのだろう。そして、リアルなだけに その恐怖は真に迫ったものがあり、常軌を逸した行動もフィクションとは思えなくなってくる。
 本作は映画化されるらしく、キャストも発表されたが、僕の中での犯人のイメージはあの事件の夫婦以外あり得ないので、どうも今回のキャストは不満である。でも、 当然のことながら、あの夫婦が映画に出るわけにもいかないので仕方のないこととあきらめるしかない。


『青の炎』 貴志祐介(角川書店)
笑い0.5点 涙4.0点 恐怖1.5点 総合4.5点
 櫛森秀一は、ある一人の男によって平穏で幸せな家族の生活を乱されていた。そして秀一は、日に日に彼の母と妹の身の危険を感じ始めていた。 酒乱で傍若無人なその男から愛する母と妹を守るため、秀一はその男を抹殺することを決意する。普通の高校生として日常生活を送りつつ、 誰にも気取られることなく男に対する怒りの青い炎を心に抱き、完全犯罪の計画を練っていく。

 『天使の囀り』『十三番目の人格−ISOLA−』『黒い家』と貴志氏の小説を読んできたが、今回はホラー小説ではなく倒叙ミステリ の様相を呈している。これには驚いた。
 作中に登場する話題が新しく、主人公の高校生活もリアルで、”もしかするとこの本は実話をもとに書かれたものではないか”と錯覚してしまいそうだ。 実在していそうな主人公だからこそ、すんなりと感情移入できる。それだからこそ読み終わった後何とも切ない気持ちになるのだ。何が善で何が悪なのか、 正義とは何か、家族とは友情とは愛とは、といろいろ考えさせられる感動の一冊である。そして、貴志祐介の新しい一面を見た一冊であった。


『クリムゾンの迷宮』 貴志祐介(角川ホラー文庫)
笑い0点 涙2.0点 恐怖5.0点 総合5.0点
 藤木芳彦は、この世のものとは思えない異様な光景の中で目覚めた。自分が、深紅色の巨岩に覆われたこの奇妙な地に いつ来たのか、そして、なぜここにいるのか分からず困惑する。そんな彼の傍らには、一台の携帯ゲーム機があり、電源を入れると <火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された・・・>とメッセージが映し出された。さらにメッセージを読み進めると、 自分以外にも参加者がいること、ゴールすれば報酬が与えられることがわかった。しかし、それは限られた人数しかゴールできない ゼロサム・ゲームの幕開けだった。

 小説だから書ける究極の恐怖だ。おそらくこれは映像化できないだろう。技術の問題というより道義的問題により 不可能だと思う。
 著者は、『黒い家』『十三番目の人格(ペルソナ)−ISOLA−』など、様々なホラー小説を書いているが、 本書は別格の怖さだ。心理的恐怖はもちろんのこと、ビジュアル的恐怖、さらには筆舌に尽くしがたい恐怖が待っているという、 まさに恐怖のフルコースである。読む人にとっては気分が悪くなるかもしれない。
 しかし、単に恐怖だけではなく、プロットも優れている。さらに、文庫で約400ページとなかなかの厚さだが、 それも気にならず、一気に読めてしまう。久しぶりに5点を付けるに値した一冊だった。


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