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歴史・時代小説


『幕末写真師 下岡蓮杖』大島昌宏(学陽書房)
笑い2.0点 涙1.5点 恐怖0.5点 総合4.5点
 絵師を目指し狩野派に入門した桜田久之助(のちの下岡蓮杖)は、ある日、ダゲレオタイプ(銀板写真)なるものを見た。 絵筆では表現できない写実性を目の当たりにし、新しい時代の到来を予感した久之助は、日本で最初の写真師となる決心をする。 写真機を手に入れるため、故郷の下田や浦賀など外国船をよく見る地で働き、手に入れるチャンスを待っていた。ペリーやハリス、 プチャーチンらが次々に来航し、写真師を志してから18年目、ようやく写真機を手に入れた。その頃、長崎では上野彦馬という 青年が同じく写真師を目指していた。

 日本で最初ということにこだわるも、日本で最初にダゲレオタイプを成功させた名誉は薩摩藩に、日本で最初にコロジオンタイプ(ガラス写真) を成功させた名誉は上野彦馬に、それぞれ先に取られてしまった。しかし、蓮杖は職業写真師、つまり写真を生業とするプロカメラマンとしては 日本第一号になったのだ。
 龍馬の写真を撮ったことで有名な上野彦馬にくらべると、今ひとつ知名度に欠ける下岡蓮杖だが、彼はかなりの苦労と努力の末に プロカメラマンの地位を確立したようだ。なにしろカメラを手に入れるだけでも18年かかり、最新の外国技術であるために、 攘夷派からは命を狙われ、それでも写真を極めていったというから立派である。さらに弟子も育ち、自分の時代が終わったなと思ったら すぐに身を引く潔さと、次々と新分野に進出し日本で最初を目指していった行動力は見習うべき所であった。
 下岡蓮杖の人生を通して幕末を描き、高杉晋作、徳川慶喜、勝海舟、小栗上野介ら幕末の有名人も登場させているため、 幕末好きにはお薦めの一冊である。


『真田残党奔る』五味康祐(文春文庫)
笑い2.0点 涙2.0点 恐怖0.5点 総合4.5点
 豊臣家が滅亡し、徳川の世は安泰かに見えた。しかし二代将軍秀忠の時代になり、水面下では様々な人物が、それぞれの 思惑を秘めて動き始めていた。
 真田十勇士の生き残りである猿飛佐助、三好晴海、霧隠才蔵らはある思惑を秘め、宇都宮城下に集まっていた。そしてその 宇都宮城を治める本多正純は秀忠暗殺を企み始めていた。

 真田十勇士や柳生宗矩、伊達正宗、本多正純、紀伊頼宣などの他多くの登場人物があるときは味方となり、あるときは 敵となったり、とても相関図が複雑である。途中で読む手を止めて頭の中を整理しなくてはならなかった。一方では、 技比べ、知恵比べのようなエンタテインメント性に富んだ時代小説のわかりやすい面白さもある。
 読後感はあまり良くないが、全体的には手に汗握る時代小説である。


『暗殺の年輪』藤沢周平(文春文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖0点 総合4.0点
 「黒い縄」:おしのは、かつて同じ長屋にいた宗次郎と10年ぶりに出会った。だが、 宗次郎はわけあって岡引に追われる身となっていた。
 「暗殺の年輪」:その昔、ある重臣の暗殺に失敗し切腹したという父をもつ馨之介は居心地の 悪い思いをしつつ剣の修行に励んでいた。そんな彼にある日、父が暗殺しそこねた人物を今度は馨之介が暗殺してくれと 依頼されたのだった。
 「ただ一撃」:浪人の登用試合で藩の強者をことごとく打ち破った清家猪十郎に対して 怒りを抱いた藩主は、なんとしても猪十郎を倒せと命じた。その役を命じられたのは刈谷範兵衛というただの老人だった。
 「溟い海」:北斎はある日、広重という絵師の評判を耳にする。聞いたこともない絵師だったが、 何か心に引っ掛かるものを感じていた。
 「囮」:版木師の甲吉は、病気の妹を養うため仲間に隠れて目明しの下っ引きをしていた。 甲吉はある日、一人の女性を監視するように命じられる。彼女はある男をおびき出すための囮だった。

 「溟い海」はデビュー作であり第38回オール讀物新人賞受賞作。「暗殺の年輪」は第69回直木賞受賞作。「囮」「黒い縄」は 直木賞候補作。という贅沢な短編集だ。
 どの短編も悲しい運命をたどる男女が出てくる。決して明るい読後感は得られないが、それほど暗澹たる読後というわけでもない。 うまく表現できないが、これは藤沢氏が書く無駄のないキレイな文体の効果なのかもしれない。


『霧の橋』乙川優三郎(講談社文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖0.5点 総合4.0点
 与惣次が亡き父の仇を討ち、10年ぶりに帰郷すると江坂家は廃絶になっていた。そのため彼は名前を”惣兵衛”と変え、 刀を捨てて、とある縁で結婚することになった”おいと”と小さな紅屋を営むことにした。だが、大店である勝田屋の 相次ぐ陰謀・嫌がらせや、父親の真の仇の出現によって、惣兵衛の中で眠っていた侍の血が騒ぎ出した。そんな様子と見て、おいとは 夫が武士に戻るのではないかと不安を募らせ、夫婦間に心のすれ違いが生まれはじめる。

 第7回時代小説大賞受賞作。
 この著者の名前は、図書館でよく目にしていたのだが、今まで手にすることすらなかった。しかし、直木賞受賞のニュースを聞き、 にわかに興味が出てきた。
 本書は直木賞受賞作ではないが、けっこう泣ける人情時代劇である。
 ”小さな店だが、人は大切にする”紅屋の主人・惣兵衛は、武士だったことを忘れ、商人になりきれるのか。 勝田屋の陰謀に対しどんな手を打つのか。おいととの仲はどうなってしまうのか。真の仇にどう対処するのか。など 見所がけっこうあり、続きが気になり一気に読まされてしまう。
 本書は連作短編のような形式で、表題作の「霧の橋」が最後の一編なのだが、この”霧の橋”でのラストシーン がきれいだし、グッと来る。


『漂流』吉村 昭(新潮文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖0点 総合5.0点
 江戸天明年間、土佐の船乗りの長平たちは時化に遭い、黒潮に乗ってしまう。かじも帆も失った彼らは漂流の末に とある島に着いた。しかしそこは巨大な渡り鳥しか住んでいない、水も湧かない不毛の火山島だった。次々と仲間が倒れ たった一人になってしまった長平は、鳥と魚貝類を食べ、卵の殻にためた雨水を飲み生き延びる。そして 12年後、ついに彼はこの無人島を脱出し生還を果たす。

 長平は江戸時代に実在した人物であり、本書は帰国後、彼が幕府や藩から受けた取調べを記録した取調べ書を もとに書かれたドキュメンタリー小説である。長平の手記をもとにしたわけではないから、彼の心情や交わされた 会話などは著者の創作によるところが大きいのだろう。そういう意味で、本書はノンフィクションとまでは 言えない。
 長平は12年間たった一人だったわけではなく、その間に薩摩と大阪の船が漂着し、脱出した時は実に14人に なっていたのだ。彼らは、鳥を食べ、鳥の羽で服を作り、卵の殻で水をためる。無人島だったため、鳥は初めのうちは 人間を恐れなかったのだが、渡ってくるたびに長平らに殺され食べられていくため次第に人間を避けるようになっていく。 それが長平の無人島生活がいかに長いかを象徴しているようで、妙に印象深かった。
 長平はことあるごとに神仏に祈り、念仏を唱え続けた。信仰心というとなにやら大げさだが、八百万の神に感謝し、 念仏を唱えることで長平たちは正気を保ち、生還できたのではないかという気がする。神仏を敬うことの大切さを 気づかされた。
 渡り鳥が去った後、彼らはどう飢えをしのいだのか。人数が増え殻の水だけでは足りなくなった彼らはどう水を確保したか。 そして14人もの男がどうやって島を脱出したのか。超過酷サバイバル・ドキュメンタリー小説、読むべし。


『真田幸村』佐竹申伍(PHP文庫)
笑い1.0点 涙1.5点 恐怖0点 総合4.0点
 上田城にこもる真田昌幸は、徳川勢に包囲され、城の明け渡しを迫られていた。猶予は三日間。この危機的な状況を前にして昌幸は、 上杉家に人質として預けている幸村を、忍びのものに命じて脱出させた。脱出した幸村は、早速、知略をめぐらせ、 徳川勢に戦いを挑む。こうして神川の戦いは始まった。
 この神川の合戦から、関ヶ原の戦い、大阪冬の陣・夏の陣までの幸村の生涯を綴る。

 久しぶりに真田幸村の本を読んだ。幸村の生涯についてはもう何冊か本を読んでいるので、だいたい把握している。 だから、もっぱら”この本は他の幸村の本とどこが違うのかな”という視点で読んでみた。
 本書では、真田十勇士は完全な脇役で、その扱いも地味だ。忍術や、鉄砲、槍などそれぞれ得意な技を持っている 十勇士だが、本書では彼らが戦闘で活躍するような場面はほとんどない。その分、幸村の恋愛、結婚、妖刀村正を手に入れる エピソードなど、幸村は主人公として申し分のない扱いだった。
 エンタテイメント性はそこそこだが、幸村の生涯を知るにはよい一冊だ。


『夜明けの雷鳴 医師・高松凌雲
吉村 昭(文春文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖0点 総合4.5点
 徳川慶喜の代理としてパリ万国博覧会に出席することになった徳川昭武。その昭武に、医師として随行した高松凌雲は、 パリで「神の館」という医学校を訪れた。そこは、貧富の差なく等しく治療を施し、しかも貧しい者は無料で診るという。
 「神の館」で神聖なる医学の真髄を学んだ凌雲は、幕府が瓦解したのを機に帰国し、箱館戦争に医師として加わる。 そこで凌雲は、味方の旧幕府軍だけでなく、敵である官軍にも治療を行なった。

  榎本武揚が挙兵した箱館戦争を医師の視点で書くというとても面白い小説だ。命を救うことが使命の医師に、 敵や味方、貧富の差など関係ない、などと口で言うのは簡単だが、凌雲のように実行するのは困難だろう。それに、 戦地で敵の治療をするなんて、とても危険な行為のように思える。それでも、凌雲の信念、情熱、人柄などのため、 凌雲に賛成する人は増え、戦後は「同愛社」という、貧民救済のための医療組織を結成するほどになる。
 また本書は、パリ万国博の様子を描いた前半部分も面白い。パリ万博に興味のある人はおすすめだ。
 全体的にとても読みやすく、歴史小説が苦手な人にも吉村昭はおすすめだ。僕も、もっとこの著者の本を読んでいこうと思う。


『猫と剣術』
下村 丹(丹精社)
笑い2.5点 涙0.5点 恐怖0点 総合4.5点
 「真空剣」:日本中に名が知れ渡っている剣術家・白井亨。その白井先生は、 俺の言葉がわかるのだ。ちなみに俺の名は三四郎。猫である。俺はそんな白井先生に飼われ、先生の道場に日参している。 ある日、江戸中の道場を回り、いまだ負け知らずという剣士が白井先生の道場にやってくる。
 「恋の垣根」:その昔、白井先生の道場に通っていたことのある直次郎が、 いま世間を騒がせている悪党になっていた。その直次郎が、いよいよお縄になるという情報が道場に入った。 俺は奉行所に協力し、直次郎の行方を追った。
 「相打ち」:白井先生に負けず劣らず名の知れた千葉周作。その千葉道場で 試合をしてきた津田重蔵が、肋骨を折るケガを負い白井先生の道場に帰ってきた。しかし本人は何も語らず、 噂では重蔵の勝ちだとか、相打ちだったとかささやかれていた。俺は真相を確かめるため千葉道場に向かった。

 猫の三四郎、三四郎の師匠である蛇の青雲、青雲の孫で三四郎の弟子でもある白雲、梟の放斎、千葉道場で飼われている 犬の鬼丸。彼らがほのぼのとした、思わず笑みがこぼれてしまうような良い味を出している。
 猫としゃべるという設定はフィクションだとしても、白井亨や千葉周作などは実在の人物であり、 作中語られる一刀流の兵法なども実在し、著者は、今も存在する一刀流の門人だという。だから全体的には、 しっかりした取材に基づいた幕末を舞台にした歴史小説である。
 とはいえ、斬った斬られたという血なまぐさい決闘や、歴史的事件もなく、竹刀や木刀を使う道場を中心に起こる 様々な人間ドラマと、三四郎の成長を描いた小説である。
 ちなみに僕は村田エミコという人の版画を使ったこの装丁にひかれて本書を借りた。内容とぴったり合っている 味のある装丁だ。
 猫好きの方にオススメの一冊。


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