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歴史・時代小説


『華岡青洲の妻』
有吉佐和子(新潮文庫)
笑い0点 涙2.5点 恐怖1.5点 総合4.5点
 研究と実験を重ねた末に完成した麻酔薬「通仙散」。これにより世界最初の全身麻酔による手術を成功させ、 その名を全国にとどろかせた華岡青洲。しかしそれは、「通仙散」完成のため、自らの身を進んで人体実験にささげた妻と 母の存在なくしては成しえなかった。
 だが、そんな美談の背後には、青洲をめぐる嫁と姑の激しい確執があった。

 地元で評判の美人である青洲の母・於継。ひそかに憧れを抱いているその於継に、是非とも青洲の嫁にと言われて、 華岡家に嫁いだ加恵。途中までは非常に仲のよい嫁姑で、いい話になりそうだなぁと思っていた。だが、青洲が 遊学から帰ってきたとたん、嫁姑の冷戦が始まるのだ。お互い口にこそ出さないものの、どちらが青洲の愛情を多く受けるかを 競っているようだ。言葉の端々にトゲや毒を含ませた会話を繰り広げ、激しい火花を散らせている。 ちなみに、<恐怖>が1.5点なのは、女の争いって怖いなぁ、と言う意味での評価である。 しかし、周囲には、青洲をめぐって激しい冷戦を繰り広げている様子など毛の先ほども見せないため、二人の行為は美談として残っていく。
 嫁姑というと、どうしても本書のように、いがみ合い、いびりあう関係がイメージされる。それを思うたび、 結婚って大変だなぁと思ってしまう。
 そんなわけで、本書は、青洲の母と妻がメインである。


『銀魔伝 本能寺の変』
井沢元彦(中公文庫)
笑い0点 涙0.5点 恐怖0点 総合2.5点
 時は天正十年。天下統一を目前にした信長をつけ狙う正体不明の謎の勢力があった。歴史の闇にひそみ政の裏を操る幻の力―銀魔と 名乗る一党の仕組んだ罠にからめとられ、光秀は我知らず信長を討つ。
 逆臣の汚名を着て滅んだ主君の無念をはらすべく、明智の忍び七人衆が銀魔に挑む。

 歴史的事実はそのまま変えずに、その裏には銀魔という正体不明の存在があったという設定のエンタテイメント小説。
 これはどうやらシリーズものらしい。だから、謎を残したまま完結している。その謎の答えが気にはなるが、たぶん読まないかな。 漫画の原作にするにはいいかもしれないが、小説としては今ひとつ。なんと言ってもキャラクターが中途半端なのに、 数だけは多いのだ。明智七人衆vs銀魔七部衆という構図なのだが、14人のキャラがどれも薄い。この厚さの小説に、 いろいろ詰め込みすぎたせいかもしれない。なんといっても350ページ程の長さで、本能寺の変から徳川家光の時代まで 描いているのだ。
 歴史小説を読んだことのない人は楽しめるかもしれない。


『五年の梅』
乙川優三郎(新潮文庫)
笑い0.5点 涙3.5点 恐怖0点 総合4.5点
 「後瀬の花」:小料理屋のおふじに出会い、自分の店を持ちたいという夢を持った矢之吉は、ある日、 奉公先の店の金を盗んでおふじと逃げ出したのだが。
 「行き道」:病臥している夫を抱える小間物屋の”おさい”は、寄り合いの帰りに 幼なじみの清太郎に出会った。浪費癖のある妻を持つ清太郎とおさいは、意気投合し、それ以来、密かに会っていたのだが。
 「小田原鰹」:常識も、思いやりもなく、暴力も振るう鹿蔵に耐えかねて、一人息子の政吉が出て行った。 それでも、妻の”おつね”は鹿蔵の仕打ちに耐え忍んでいた。だが、十年ぶりに偶然、おつねは政吉と出会う。そして、ある日、 おつねは家を出る決心をする。
 「蟹」:中老家の庶子という扱いにくい身分のため、二度も離縁をすることになった 志乃が、三度目に嫁ぐことになった相手は、小禄だが人の良い男であった。貧しいながらも幸せな日々を過ごし始めた志乃 だったが、彼女には、夫に言えない過去があった。
 「五年の梅」:友を助けるため、主君へ諫言をした村上助之丞は、蟄居を命ぜられ 長い間、むなしい日々を送っていた。そんなある日、友の妹で、互いに想いあっていた弥生が、結婚はしたものの、 頼れる者もなく不幸な境遇にあることを耳にする。
以上計5編からなる短編集。

 歴史上の著名な人物が出てくるわけでもなく、よく知られた史実の事件を題材にしているわけでもない。 でも、そうした人物がいたり、事件があった時代にも、毎日働いたり、悩んだり、泣いたり、笑ったりして生きて いた市井の人々はたくさんいた。そうした市井の人たちを主人公にした短編集。
 無名の市井の人が、日常の生活を送っている話なわけだから、現代の設定で同じような短編も書けるだろう。 しかし男女平等の今の時代と違って、女性は辛いことにも耐え忍び、夫のために尽くすという時代だからこそ、 ここまで心を動かされる短編になっているのだと思う。
 表題作の「五年の梅」は、もちろん感動的でよかったが、僕は「小田原鰹」と「蟹」も読後感がよくて おすすめだ。ただ、その読後感を得るまでが、苦しい。「小田原鰹」は、真面目に働きもせず暴力を振るう夫に 耐える女性が主人公だし、「蟹」は自分の出自のために不運な人生を送っている女性が主人公だからだ。
 すんなり感動できるわけではないが、読後感はよい短編集だ。
 


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