藤原伊織
『テロリストのパラソル』 藤原伊織(講談社文庫) |
笑い☆☆☆☆☆ 涙★★☆☆☆ 恐怖★★★☆☆ 総合★★★★★ |
過去を隠しひっそりと暮らしていたアル中のバーテンダー・島村は、いつもの通り新宿中央公園でウィスキーを飲んでいた。すると突然、その公園で爆弾爆破事件が発生、多くの死傷者を出した。命からがら、自分の店に戻った彼のもとに、見知らぬヤクザが訪れる。
その後、島村は、知らぬうちに事件に巻き込まれていくのだった。
この作品は、史上初・江戸川乱歩賞&直木賞W受賞作なのだそうだ。まあ、それも当然だろう。あとがきに詳しく書いてあるが、選考委員もこぞって絶賛している。ここで僕が、個人的な感想を述べるまでもなく、ぜひとも多くの人に読んでもらいたい作品だ。
それにしても本書や『不夜城』『新宿鮫』など、東京・新宿が舞台となった小説を読むと、やっぱり東京(特に新宿)は恐ろしいなぁ、と思ってしまう。僕のような田舎者はとうてい生きていけないね。でも実際はどうなんだろう。作家達が書く新宿というのは、多少脚色されているのだろうか
それとも、現実そのものなのだろうか。できれば、足を踏み入れたくない土地である。 |
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『てのひらの闇』 藤原伊織(文藝春秋社) |
笑い1.0点 涙2.5点 恐怖1.5点 総合4.5点 |
二人の男の道を決定づけたのは、
生放送中のスタジオで発せられた、
不用意な、しかし致命的な一言だった――。
二十年後、その決着をつけるときが訪れ、
一人は自死を、一人は闘うことを選んだ。(帯のあらすじ引用)
『テロリストのパラソル』で直木賞と江戸川乱歩賞をW受賞した藤原伊織氏の第3作目にあたる作品。
僕は、この意味深なタイトルと、上記の帯に書いてあったあらすじを古本屋で目にし、読みたくて仕方がなくなりすぐさま購入した。
あらすじから想像されるストーリーとは、ちょっと違っていたが期待を裏切らないとても面白いハードボイルドだった。
本書の面白味は、普通に読んでも充分に堪能できた。でも、2、3歩踏み込むと、経済用語や不動産関係の言葉が詳しい説明もなく
出てくる。一般的な大人なら常識として知っているから、詳しい説明がなかったのかもしれないが、無知な僕としては、もう少し説明がほしかった。
しかし、全体としては、主人公の設定も、展開もエンディングも僕の好みだった。万人の好みかどうかはわからないが、一読の価値はあるものだと思う。
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『ダックスフントのワープ』 藤原伊織(文春文庫) |
笑い0点 涙3.5点 恐怖1.5点 総合5.0点 |
「ダックスフントのワープ」「ネズミ焼きの贈り物」「ノエル」「ユーレイ」の計4篇からなる短編集。
「ダックスフントのワープ」:自閉的で不安定な感受性を持つ少女・下路マリの家庭教師を
引き受けることになった「僕」は、彼女の心の病を治すため、ある物語を話すことにした。老いたダックスフントが、
少女の命を救うため異空間にワープするという話して、マリは、しだいにストーリーに興味を持ち始めるのだが・・・。
「ユーレイ」:「僕」が店番をしているアンティークショップに、ある日ユーレイがやってきた。
ポーランド人の血を引くクオーターのそのユーレイは、捜し物を見つけるために、20年間あの世とこの世を往復しているのだという。
第9回すばる文学賞を受賞した「ダックスフントのワープ」をはじめ計4篇は、純文学である。ジャンルを決める必要はないかもしれないが、
少なくとも『テロリストのパラソル』のようなハードボイルドではない。
どの短編も、決して明るい元気の出るような読後感ではなく、暗くやるせない気分になってしまう。しかし、どれも印象的で、
何かを考えさせられる。特に「ダックスフントのワープ」は、会話もストーリーも、どこか寓話的で哲学的で、最も印象深い短編だった。
この一編だけでも、是非読むことをおすすめします。
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『ひまわりの祝祭』藤原伊織(講談社文庫) |
笑い0.5点 涙2.0点 恐怖1.0点 総合4.5点 |
妻は妊娠していたのを隠したまま自殺した。数年後、世捨て人のように静かに暮らしている秋山を、かつての上司が訪ねてきた。
秋山に奇妙な頼みごとをした彼は、その後、秋山を一軒のカジノにつれていく。そこで秋山は、亡き妻にそっくりな女と出会う。
そしてその日から、秋山のまわりは、ヤクザや闇の大物などの影がちらつき、静かな生活は一変した。
『テロリストのパラソル』で乱歩賞・直木賞をW受賞した後に出版された長編。これほど華々しい注目を集めた後だから、
まわりの期待でかなりのプレッシャーがかかっていたと思う。本書は、その期待にこたえた傑作になっている。本書でも
受賞できそうなくらい面白い。
解説にも書いてあったが、藤原氏の文体はとても良い。郷原宏氏は解説で<修辞的(レトリカル)ではあっても修飾的(デコラティブ)
ではなく、名文ではあっても美文ではない。>と言っている。まさにそのとおりで、これぞハードボイルド!という最高の
文体だと思う。
また、主人公がとても魅力的でよい。僕は、ハードボイルドは、主人公がどれだけ魅力的かが重要だと思っている。
そういう意味では、藤原氏の小説は、僕の中では理想的なハードボイルドなのだ。
本書は、ファン・ゴッホの「ひまわり」がストーリーのポイントなのだが、美術に興味のない人でも十分楽しめる小説になっている。
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『雪が降る』藤原伊織(講談社) |
笑い0点 涙2.5点 恐怖0点 総合4.0点 |
「台風」:吉井のかつての部下だった西村が、社内で上司を刺した。その彼がビリヤードが
得意だったと知り、吉井は遠い昔にプールバーで出会った殺人者のことを思い出していた。
「雪が降る」:志村秀明はいつものように会社でメールに目を通していた。その中に、一通、
「雪が降る」というタイトルがつけられたメールがあり、そこには<母を殺したのは、志村さん、あなたですね。>と書かれていた。
「紅の樹」:組長の息子に生まれた堀江徹は、ある事件をきっかけにこの世界から足を洗うことを
決心する。それから2年後、堀江の住むアパートの隣室に何かにおびえているような母娘が引っ越してきた。その日から彼は事件に
巻き込まれはじめていた・・・。
以上のほか「銀の塩」「トマト」「ダリアの夏」の計6作からなる短編集。
過去に傷を持つ男、他人には言えない過去を持つ男が主人公の短編ばかり。藤原伊織が得意とする設定といえるかもしれない。
まあ、人生順調で平凡な過去しか持たない男をこういう小説の主人公にはしづらいだろうし、そんな小説は面白くない
かもしれない。
表題作の「雪が降る」もよかったが、僕は「紅の樹」もなかなかよかったと思う。ただ、よくある展開で、泣かそうという意図が
強すぎるような気がした。
どの短編も面白いのは確かだが、やはり藤原伊織のは長編のほうが好きだ。
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