ハードボイルド
『深夜プラス1』 ギャビン・ライアル/菊池光訳(ハヤカワ・ミステリ文庫) |
笑い1.0点 涙1.5点 恐怖2.0点 総合5.0点 |
ルイス・ケインの引き受けた仕事は単純なものだった。マガンハルトという男を車で定刻までにリヒテンシュタインへ送り届ける。
問題はひとつだけ――妨害があるのだ。フランス警察が男を追っているし、彼が生きたまま目的地へ着くのを喜ばない連中もいて、
ヨーロッパで指折りのガンマンを差しむけてきた!だがケインも腕ききだ。執拗な攻撃をかいくぐり、彼らを乗せた
黒いシトロエンDSは闇の中を疾駆する!(本書アラスジ引用)
英国推理作家協会賞を受賞した名作。
手に汗握るとはまさにこのこと。次々とピンチに陥りながらも、ケインは見事に機転を利かせてしのいでいく。
また、ケインをはじめとする登場人物が皆、個性豊かで魅力的なのだ。セリフの言い回しは素晴らしいし、
何よりレトリカルな文章がとてもよかった。ほかにも、行ったことないけど目に浮かぶような風景描写や、
車・銃・酒などの小道具に対するこだわりなど、全体的にパーフェクトな小説だと思った。
なにやら訳アリな男を、フランス北西・ブルターニュからスイスとオーストリアに挟まれた小国・リヒテンシュタインまで
無事送り届けるという単純明快なストーリーだが、最後まで退屈することなく読み続けられる一冊である。
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『飢えて狼』志水辰夫(講談社文庫) |
笑い0点 涙2.0点 恐怖2.0点 総合4.0点 |
山登りとボート技術に長けた渋谷に、最近奇妙な男たちが接触を計り始めた。その矢先、彼は海上で大型クルーザーに
襲われ、又、何者かに経営する店を焼かれ、店員を殺された。この突然の出来事が、国際的陰謀を孕む事件の発端
であろうとは!?(本書あらすじ引用)
最初に読んだ『行きずりの街』が、あまりいい印象ではなかったので、これもあまり期待を抱かずに読んだのだが、
かなり面白かった。
ロッククライミングの経験はなく、ボートで海に出たこともない僕にも、岩を登る緊張感や、海上を進むスピード感が
味わえたし、過去に傷を持つ主人公もなかなか魅力的に書かれていた。スパイ小説らしいストーリーが多少ややこしくは
感じたが、全体的には良かった。
ただ、最後まで読んでも、なぜ『飢えて狼』というタイトルなのかがわからなかった。「飢えた狼」ではなくわざわざ
「飢えて狼」という、題名として完結していない感じにしたのには何か意味があったのだろうか。
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『死者にかかってきた電話』ジョン・ル・カレ/宇野利泰・訳
(ハヤカワ文庫) |
笑い0点 涙1.0点 恐怖1.0点 総合3.5点 |
外務省事務官のフェナンは、売国の嫌疑をかけられたことの苦痛に耐えられない、との遺書を残して
自殺した。しかし、匿名の密告をもとにフェナンを尋問した英国諜報部のジョージ・スマイリーは釈然としなかった。
フェナンの無実はすでに明白となっており、尋問も終始友好的な雰囲気のもと行われたのだ。
その彼が自殺するはずがない。そして彼の氏を調査することになったスマイリーは、フェナンが自殺した翌日の
モーニングコースサービスを依頼していたことをつきとめる。この事実により、自殺ではないと確信した
スマイリーだったが、彼のもとには黒い影が迫っていた…。
ジョン・ル・カレは、エスピオナージュの第一人者だそうだ。辞書で調べてみると、
エスピオナージュとは、フランス語で「スパイ活動」という意味。つまりスパイ小説の
第一人者ということなのだろう。そして本書は、そのジョン・ル・カレの第一作だという。
小太りで貧弱な風采。その上妻には逃げらたというあまりパッとしない主人公、ジョージ・スマイリーだが、
読んでいくうちにしだいに愛着がわいてくる。スパイというと、ジェームス・ボンドとか、ミッション・インポッシブルのトム・クルーズのような
男をイメージしてしまうが、それとは真逆の主人公である。
翻訳ならではの読みにくさに加え、約40年前に書かれたという古さ、それと大戦後のヨーロッパ情勢の
知識がないと深く面白さを味わえないなど、難点もあるが、エスピオナージュに興味のある人は是非読んでみてください。
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『A型の女』マイクル・Z・リューイン/石田善彦訳(ハヤカワ文庫) |
笑い0.5点 涙1.5点 恐怖0.5点 総合4.5点 |
ここ数日、狭いオフィスで本を読み暇をつぶしていた私立探偵アルバート・サムスンのもとに、一人の少女が訪ねてきた。
「わたしの生物学上の父を探して」。そう懇願するその少女は、大富豪クリスタル家の一人娘だった。彼女は、血液型から
自分は実の子ではあり得ない、と涙ながらに訴えるのだ。ほとんど手がかりの無い状態で調査をはじめたサムスンだったが…。
とある対談で宮部みゆきさんがアルバート・サムスンのような探偵さんを主人公にした小説を書いてみたいと言っていたのを見て、
本書を読んでみた。
サムスンは、酒よりもコーヒーとオレンジ・ジュースを好み、暴力は好まず銃も持ち歩かない。そして離婚した妻と娘のことを
いつも心配している。こんなハードボイルドらしからぬ主人公なのだ。一日の調査の区切りがついたらちゃんと睡眠をとって、
朝食は何を食べて、何時にどこへ行って、とかなり細かく書かれている。だから、調査が着々と進行している様子がよく
わかって、とても面白い。
ただタイトルにいまひとつひねりがないな、と思う。内容はまさに「A型の女」なのだが、もうすこし洒落たタイトルだったら
個人的にはよかった気がする。
ハードボイルドファンだけでなく、ミステリーファンも楽しめる一冊。
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『裂けて海峡』志水辰夫(講談社文庫) |
笑い0.5点 涙2.5点 恐怖0.5点 総合4.0点 |
弟が船長をしていた船が大隅海峡で消息不明となった。全員死亡という。しかし原因もわからず、目撃者も皆無。
刑務所を出た私は、真相に近づくべく単身現地の漁村に行き、漁師たちに接触する。やがて奇妙な追跡者のグループが
姿をあらわした…。(本書あらすじ引用)
『エンパラ』の中で、大沢在昌氏が志水さんの魅力の一つに「シミタツ節」をあげていた。本書を読んで、やっと僕にも
その「シミタツ節」のよさがわかった。
強くたくましいというわけではないが、普通の中年よりは少々キザで行動力・精神力があるかなという程度の40男が
主人公だ。そんな彼が、無謀とも思える行動に出るのだが、同年代の読者はさぞ勇気づけられるだろうな、と思った。
僕も中年になったらもう一度よんでみよう。
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『死の演出者』マイクル・Z・リューイン/石田善彦訳(ハヤカワ文庫) |
笑い1.5点 涙0.5点 恐怖0.5点 総合4.0点 |
暇を持てあます私立探偵アルバート・サムスンに、久しぶりに依頼が舞い込んだ。殺人罪に問われた娘婿を助けてほしいという。
母親の横柄な態度にはうんざりしたが、彼女の娘が夫の無実を信じているひたむきな姿に心を打たれ、
サムスンは調査をはじめることにした。しかし事件は思った以上に奥が深く、背後には黒い陰謀が渦巻いていた。
私立探偵アルバート・サムスンシリーズ第2弾。
暴力を好まずマイペースで自然体な心優しき探偵サムスンの物語は、読むとこちらも優しい気持ちになる。事件自体は、
優しさとは程遠いものなので、サムスンがいることで読んでいて不快にならないようバランスがとれている気がする。
その事件の真相は、途中で推理しうる程度のものなので、ミステリファンには物足りないかもしれない。でも、サムスンがその
真相に至る過程や随所に見られるシャレた発言などを読むだけでも面白さは充分に堪能できる。
翻訳ならではの読みにくさもなく、とても読みやすい一冊である。
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『探偵になりたい』パーネル・ホール/田村義進訳(ハヤカワ文庫) |
笑い1.5点 涙0点 恐怖0.5点 総合4.5点 |
まともに取りあう気はなかった。人殺しがしたいので手伝ってくれなどという依頼は聞いたことがない。
わたしは断った。探偵とは名ばかりで、わたしは事故専門の調査員なのだ。が、その依頼人が翌朝死体になって見つかった。
人間にはできることとできないことがある。わたしにはできないことかもしれないが、探偵のまねごとをやってみる気になりだした…。
(本書あらすじ引用)
作家になりたいスタンリー・ヘイスティングズは執筆のかたわらにできる仕事を探していた。そんなときに弁護士事務所の
事故専門調査員の仕事を紹介してもらった。条件は2つ。車を持っていることと、私立探偵のライセンスをとること。そんなわけで
ヘイスティングズは、私立探偵のライセンスは持っているけど、探偵ではないのだ。
そんなヘイスティングズは、臆病で控えめで暴力を好まずシャレたセリフも言わない40歳の男だ。小心で臆病な彼は
時に大胆不敵な行動を見せる。そしてしだいに私立探偵らしくなっていく。そんな彼は、最後のほうで「本物の探偵」とは
何だろうかと考え始める。このシーンを読むと著者が原書のタイトルをそのままずばり『DETECTIVE』にしたのが
わかる気がする。
ストーリーと直接関係ないが、本書を読むとアメリカの訴訟大国ぶりがうかがえて面白い。
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『犯人にされたくない』パーネル・ホール/田中一江訳(ハヤカワ文庫) |
笑い3.0点 涙0.5点 恐怖0点 総合4.5点 |
もう探偵はやめたはずだった。しかし、息子のトミーが私立の幼稚園に合格してしまったため、高い授業料を
払わなければならなくなったのだ。仕方なく私は探偵に復帰した。ところが復帰して間もなく、
事件に巻き込まれた。しかも殺人の容疑をかけられ連行されてしまったのだ。
スタンリー・ヘイスティングズシリーズ2作目。
今回は、妻の友人であるパメラが、写真をネタに脅され売春を強要されているから助けてほしい、という
妻の強硬な頼みに負けてしぶしぶ引き受ける。そして、探偵に復帰したのは息子の教育費を稼ぐため。
こんな妻に弱い優しいパパがハードボイルドの主人公というだけで笑える。さらに今回は、
偶然死体を発見してしまい、あろうことか吐いてしまうのだ。死体を見て吐く探偵なんて
聞いたことがない。さらにさらに、殺人犯に会いに行くべく車を運転していると、あまりの恐怖で
震えてしまい、しばらく路肩で休むのだ。こんな怖がりで、どじなスタンリーだが、たまに勇気ある行動をとる。
そのギャップがこのシリーズの面白味でもあるかなと思う。
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