ハードボイルド
『黄金を抱いて翔べ』 高村 薫(新潮文庫) |
笑い☆☆☆☆☆ 涙★★★☆☆ 恐怖★★☆☆☆ 総合★★★★☆ |
大阪のとある銀行の地下に保管されている6トンの金塊。北川は、それを奪取する計画を立て、それを遂行するのに必要な仲間を集めた。
集まったのは、立案者の北川、北川の悪友で実質的な主人公の幸田、コンピュータに詳しい野田、爆発工作のプロであるモモ、エレベーターに詳しいジイさん、そして北川の弟・春樹の
計6人だった。 準備は順調に進むはずだったが、各人が、公安や暴力団その他怪しげな集団に追われる身であったり、複雑な過去と人間関係を有しているせいで
思うようにいかなかった。
とにかく記述が詳細である。この本を読んだら、セキュリティの甘そうな銀行なら襲撃できそうな気になってくる(そんな銀行ないだろうが・・・)。ただ、詳細なだけに、説明や専門的なことが多く、
読みにくかったのが難点だ。それと、それぞれの仲間の抱えている問題が重大すぎて、メインの金塊強奪が、霞んでしまっている気がした。
それでも、ダイナマイトを奪うシーンや、変電所を爆破し、銀行に侵入し、計画を実行するところなど、迫力満点で興奮した。これが、高村さんのデビュー作というから驚きだ。 |
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『奪取【上・下】』 真保裕一(講談社文庫) |
笑い2.5点 涙3.0点 恐怖2.5点 総合5.0点 |
西嶋雅人は、ヤクザの街金融にはめられ、1260万円もの借金を作ってしまった。雅人の親友ということで、
一方的にその借金の保証人にされてしまった手塚道郎は、1週間で1260万円もの大金を工面し返済しなければならなくなった。
今まで、変造テレカや変造コインなどを作って、小金を手に入れていた道郎は、借金返済のため、偽札造りを実行することにした。
大胆かつ綿密に練られた計画は、成功まであと一歩に迫っていた。
文庫本にして上下合わせて964ページという大長編小説である。しかし、いったん読み出したら止まらない。
だから、電車の中でちょっと読もうというのは危険である。乗り過ごす危険大。
本書は、《偽札造りマニュアル》であると言っても過言でないくらい、偽札に関する情報が満載で、記述も細部に
わたっており、取材の徹底ぶりがうかがえる。しかし、本書の良さはそれだけではない。明るく個性豊かな主人公たち・
次々と主人公たちを襲う試練・その試練を乗り越え不屈の闘志を持ち続ける主人公たち。そして、意表をついた結末。
と、どこを見ても傑作である。ただ一つ不満があるとすれば、あまりに細かい専門的な記述が多く、少々読み疲れる
ところがあったということくらいだ。 |
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『Cの福音』 楡 周平(宝島社文庫) |
笑い0点 涙0.5点 恐怖2.0点 総合3.5点 |
飛行機事故で両親を失い、アメリカで天涯孤独の身となった朝倉恭介は、名門大学卒業後、自らの知力と鍛え上げられた
肉体を闇社会で生きるために使うことを決意する。ほどなくしてNYマフィアのボスのもとで、彼は、コンピュータネットワークを
駆使した驚くべきコカイン密輸システムを作り上げる。
悪のヒーロー的存在の主人公が活躍するクライム・ノベル。
名門大学を卒業し、語学が堪能で、ミリタリースクールに通っていたから銃器も扱えて、格闘技も達人クラス。
これでもかとばかりに、トッピングがついた天涯孤独の悪のヒーロー。あまりに完璧すぎて、逆に魅力を感じなかった。
そして、内容も、コカイン密輸システムの動きばかりが目立っていて、戦闘や主人公を取り巻くドラマが、中途半端になっている
ように思えた。
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『行きずりの街』 志水辰夫(新潮社) |
笑い0点 涙2.0点 恐怖1.0点 総合3.5点 |
10年以上前、東京で高校教師をしていた頃、その男は純愛の末、ひそかに教え子と結婚した。しかし、それが理由で解雇され、
東京を追われた。その後、彼は離婚し田舎で塾教師をはじめた。そして今、彼は行方不明となった塾の生徒を捜すため、
再び東京の地を踏んだ。そこに待っていたのは繰り返される過去と、思わぬ事件だった。
前半は単なる「人捜し」と男の過去が徐々に明らかになっていくだけで、あまり面白くはない。しかし、後半はハードボイルドらしい
面白さはあった。ただ、主人公があまり魅力的ではなく、人物像も見えてこなかった。いくらストーリーが面白くても、
やはり主人公に魅力がないとこの手の小説はダメだと、僕は思う。また、舞台が六本木というのも、行ったことがないだけにイメージが
わきにくく、面白味に欠けた。
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『ストロボ』 真保裕一(新潮社) |
笑い0点 涙3.5点 恐怖0点 総合4.0点 |
「遺影」「暗室」「ストロボ」「一瞬」「卒業写真」の計5篇からなる連作短編集。
「遺影」:喜多川は、夢や情熱や志だけでは生きていけないという現実を前にして、来る仕事は
選別せず、撮りたくない写真でも撮るようなカメラマンになっていた。そんなとき、昔自分に撮ってもらったという人から撮影を
依頼される。彼は病床についている依頼人を見て、遺影を撮ってほしいのだと察する。カメラを向けるうちに、昔の記憶と
情熱が再びこみ上げてくる。
「ストロボ」:喜多川が夜、モデルの女性と密会をしているとき、どこかでストロボがたかれた。
写真週刊誌に撮られたかと不安になったが、日々の忙しさでそのことを忘れていた。しかし、一週間ほどして、彼のもとに無記名の封筒に入った
その写真が送られてきたのだった。
一人のカメラマン・喜多川光司の半生を、フィルムを巻き戻すように、現在から過去に向かって記した連作短編集。
50歳・42歳・37歳・31歳・22歳と、それぞれの年齢に対応したストーリーを読んでいくと、年は取りたくないなあとか、
お金や名誉と引き替えに人は多くのものを失うのだなあ、とか月並みなことを考えてしまった。本書は、読む人の年齢によって
感じ方が変わるのではないだろうか。
悲しく切なくなる短編集だった。
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