旧・佐賀競馬場跡


現・佐賀競馬場は佐賀県鳥栖市江島町と言う所にあります。佐賀競馬の歴史を紐解いていくと佐賀競馬は
移転と共に現在に至った事がわかります。佐賀競馬は競馬に関する法律の改正などに応じその都度場所を変え
開催してきました。今回訪問したのは一つ前の競馬場跡(佐賀市神野)です。

競馬場跡地に走っている道路 西神野公園入り口写真 西神野公園広場の写真

私自身競馬場跡地を訪問するのはここが4ヶ所目でしたが、これまで訪問したそれぞれの場所は何かしら競馬場の痕跡や
その雰囲気を今に伝えていましたが、旧・佐賀競馬場にはその様なものは全くありませんでした。その訳は
競馬場が現在の鳥栖市に移転したのち、跡地が行政を巻き込んでの土地区画事業として綺麗に整理された為です。

跡地の現在は完全に宅地化されておりかつてここに競馬場があったと言う事を証明するのは下の写真にあるように
土地区画整理事業の碑文のみです。跡地には道路が碁盤の目のようになっており、かつてここに広い土地があったと
言う事が推測できます。この地に競馬場があったのは昭和四年から昭和四十七年までですが、文献によると昭和四年当時は
当時九州における競馬場の模範とされていて移転するまでの間に数回の改築を行い発展してきたとの事です。

宅地化された土地に住む人は、他所から移り住んできた人が多いらしく当時の競馬場の様子を尋ねようにも
知らない人がほとんどでした。間違いなくこの地に競馬場はあったのに、地元の人でさえその存在は人から見聞き
した程度でしか知っているに過ぎず風化の現実を目の当たりにした感じでした。

西神野公園にある競馬場があった事を証明する碑文 碑文全文

事業の由来

この西神野土地区画整理地区は飯盛一次氏外有志が地元発展の為競馬場誘致を
図り佐賀市畜産組合が民有地を借り上げ昭和四年五月より佐賀競馬場を開設し
昭和二十三年からは公営となったがその後交通機関の発展と周辺の市街化により
本地区での経営が困難となった為昭和四十七年四月に鳥栖市に移転されたその
跡地でありこの土地利用について有志が協議会をつくり慎重に審議したところ
土地区画整理事業により健全なる市街地の造成を図ることとし昭和四十九年一月
佐賀県知事の認可を得て西神野土地区画整理組合を設立し組合員の和と
協力により幾多の難事を乗り越え六年の歳月を経て昭和五十五年六月
事業を完成したので記念のためこの碑を建立す

昭和五十五年六月吉日
西神野土地区画整理組合



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