別府競馬場
〜昭和29年12月15日

別府と言えば世界で二番目の温泉の産出量を誇る日本でも最大級の温泉地です。温泉地・別府には全国からの
観光客が訪れます。現在大分県内にある競馬場と言えば、中津市の中津競馬場ですが、まったく知られて
いませんが別府にもかつて競馬場が存在しました。

総合運動場のスタンド写真。何となく競馬場のスタンドを思い出させる・・・ 総合運動場のトラックの写真 総合運動場の一写真

どうやら別府においても競馬場があった事を知っているのは僅かの方のようです。別府競馬場は別府市野口原と言う
ちょっとした高台ありました。近くには学校がいくつかあり、とても競馬場があったとは思えない場所です。
競馬場跡地は現在は総合運動場となっており、近くの学生がトラックを走ってい姿が目に付きます。

総合運動場内を散歩してらした年配の方に尋ねると間違いなくこの場所に競馬場があったとの事でした。
いつも思うのですが、この手の質問をすると皆さんどこの馬の骨か分からない自分に当時の事を懐かしくそして
色々と話して下さいます、ホントにありがたい事です。

高台にのぼって運動場のフィールド部分を見渡して撮った写真 「馬頭観世音菩薩碑」写真 高台にのぼって運動場のフィールド部分を見渡して撮った写真

総合運動競技場だけあって、管理は公の団体、市?がやっているようです。競馬場の事を尋ねた先ほどの年配の方、
総合運動場を整備してらした職員の方の話、文献を総合すると、現在に至るまでに色々とあったようです。
戦前からこの地では競馬が行われていましたが、戦争で日本が敗れるとアメリカの駐留軍がこの場所に滞在したの
だそうです。進駐軍は色々な物資もあり広くて大きな土地が必要で競馬が行われていたこの地が必然的に選ばれた
のではないか?とのお話でした。戦後進駐軍が撤退すると今度は日本の自衛隊が管理する土地になり、そして別府市に
払い下げられ、そして現在の姿の総合運動場になったようです。職員の方に話によると、馬の記念碑があるとの事
でしたので教えられた運動場の片隅に行くとひっそりと「馬頭観世音菩薩」という碑がありました。文字も侵食し
読みづらく蔦が碑を覆い、ひっそりと目立たぬようにあるのが印象的でした・・・・。


トップページへ 管理人へ
メール
掲示板