僕の学生証番号


 大学の身分証明書が紙のカードからカラーの顔写真が付いたプラスチックカードに代わってから使用する頻度が大幅に増えました。主な理由はカードに鍵の機能が付いたためです。休日や夜間の研究棟への出入り、郵便物の受け取り、廃棄物の搬出、図書館の利用など身分証明書を利用しない日はないくらいです。最近ではなぜ必要なのかよく判りませんでしたが教職員の健康診断でも使いました。カードには八桁の数字が記入してありこれが僕に付けられた番号のようです。時々この番号を記入する機会があり覚えておけば便利かと思い何度か試してみましたがすぐに忘れてしまいます。

 今年四月から教養学部の進学情報センター担当となり、前期課程の学生が後期課程に進学する際の相談相手になっています。センターを訪れる人には最初に学生証番号と氏名を書いてもらっています。学生証番号を見ると入学年度・科類がわかりますからそれだけで相談の内容が推測できる場合もあります。大きな字を書く人、ゆっくりと時間をかけて書く人、書いた紙片を持ち帰ってしまう人などいろいろですがこれまで訪れた人で学生証を見ないと番号が書けない人はいませんでした。試験のたびごとに答案用紙に学生証番号を記入しなくてはいけないこともあり、いやでも覚えてしまうのだろうと思います。

 こんなことを考えていたら僕自身の学生証番号を思い出してみたい気分になってきました。三十数年前のことですが、前期課程の二年間お世話になった番号です、きっと覚えているはずと思うのですが思い出せずにいます。しかし、完全に忘れてしまったというのではなく頭のどこかに番号の痕跡が引っ掛かっているような感覚。たとえば教務課で調べてもらって「これがあなたの学生証番号でしたよ」と言われたら確かにこの番号だったなと思えるような感覚です。学生時代の成績表には学生証番号が記入してあるはずと思い付きこころあたりを探してみましたがまだ発見できません。成績表には確か一学期「赤不可」だったドイツ語が二学期で「青不可」に書き換わりほっとした記憶などが残っていますが今となってみると本当にそうだったのかどうかあやふやな感じです。このまま見つからない方がいいのかも。学生証番号には身分証明書の番号とは違って教養学部に入学したばかりの頃のいろんな思い出が結びついているような気がします。いろいろ調べるのではなくて、何かの拍子にふとこの番号だったと思い出せると楽しいなと近頃は思っています。

 (その後)ところが思い掛けず学生証番号が判ってしまいました。古い友人のNさんが訪ねて来てくれ昔作った文集を話の種に一杯やっていたら文集の間に一枚のガリ版刷りの紙切れが挟んでありそれが大学一年生の時のクラス名簿でした。担任の先生の名前、各人の学生証番号などが載っています。僕の学生証番号は「三六一八一」。うん、この番号だったとすぐに納得してしまいました。久しぶりに友人と会ったこともあり楽しい気分になりましたが、簡単に判ってしまいちょっと寂しい気もしています。(『東京大学新聞』1999 より)


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