駒場・駒場野・駒場が丘


 

 駒場野公園のかかしコンクールを知っていますか。毎年十月中頃、刈取りが終わったケルネル田圃の畦道に二十から三十体のユーモラスな風体のかかしがお目見えします。稲刈りが済んでからのかかしというのもちょっと変ですが朝の通勤時、井の頭線の電車の中から見物するのを楽しみにしています。ところでなぜこんなところに田圃が残っているのでしょう。そしてケルネルとは何でしょう。筑波大学附属駒場出身の人はここで田植えや稲刈りを経験していてよく知っていることと思いますが、実は東京大学の歴史とも深い関係があります。明治十一年ここに駒場農学校が開校され、そこで稲作農法の研究と教育に情熱を注いだのがドイツの農芸化学者オスカー・ケルネルでした。ケルネル先生の名がついたこの水田は日本最初の試験田・実習田、つまり「日本農学の発祥の水田」というわけです。ちなみにケルネル先生の胸像(朝倉文夫作)は農学部で見ることができます。駒場農学校は東京帝国大学農学部そして現在の農学部に繋がるだけでなく、東京農工大学、筑波大学農林学系にも発展しています。僕が学生だった頃は筑波大学の前身、東京教育大学の農学部でした。実験の合間に友人と出かけてきて草原でのんびりビールを飲んで語り合ったことなど思い出します。春先になると田圃の周りにはレンゲソウが咲き始めます。小川の流れている坂下門からは二・三分。お昼休みにでもぶらりと出かけ田圃を見ながらサンドイッチをほおばるのもいい気分転換になるかもしれません。目黒区立の駒場野公園として開園したのは昭和六十一年のことです。

 それに先立つこと十九年、旧前田利為侯爵(加賀前田百万石の十六代当主)邸跡地が駒場公園として開園しています。こちらの東京大学との関係はどうでしょう。本郷の赤門は加賀藩が十一代将軍家斉の娘溶姫を正室に迎え入れるために建てた門として知られているように、前田家はもとは本郷に屋敷があったのですが大正十五年東京帝国大学の要請もあり農学部の敷地と土地交換というかたちで駒場に移って来たのです。公園内には和館と洋館がありいずれも風情のある建物です。和館の大広間にあがり手入れの行き届いた日本庭園を眺めていると一瞬殿様の気分にひたれます。洋館は東京都近代文学博物館として利用されてきました。川端康成らが設立に尽力したユニークな博物館でしたが、主に財政事情のためでしょうか今年三月で廃止になりました。問い合わせたところ、建物の見学はできるそうです。公園内には日本近代文学館もあります。こちらは高見順らが中心になって設立した文学センターです。僕もたまに出かけることがありますが利用するのはもっぱら文学館内の「たんぽぽ」という喫茶店です。この公園のもう一つの特徴は前田邸時代の面影を残したゆったりとした洋式庭園です。芝生広場の周囲にはクスノキやユリノキの大木があり眺めていると気持ちが引き締まってきます。有り難いことにお花見時を除いていつもすいています。学校の西門から公園の南門まで歩数にして約三十歩。のんびりするにはもってこいです。

 ところで駒場が丘とはどこのことだと思いますか。そんな丘があるのならピクニックにでも行ってみようかなと思った人がいるかもしれませんが、実は青木庄太郎さんがこの教養学部のキャンパスに付けた名前です。青木さんは昭和十六年に第一高等学校に赴任、昭和二十四年一高が東京大学と合併後は教養学部の初代事務部長として駒場に大学にふさわしい施設を建設し、あわせてこの丘を駒場が丘と名付けて農学部時代から引き継いだすばらしい自然環境をより潤いのあるものにすることに努めた方です。ピクニック気分になれるかどうかは別として僕の好きなスポットとハチ公の話を紹介してみます。構内の北西に野球場があります。僕は勝手に駒場球場と呼んでいますがここはもと実習用の水田だったものを大正十五年に野球場に整備したのだそうです。春、セリバヒエンソウ(淡紫色の美しい花です。駒場周辺以外ではほとんど見かけません)が咲いている外野席に腰を下ろしお花見をするのはいい気分です。ビールで少しぼんやりした頭の中に野球場の設営工事が行われていた頃の農学部構内を上野英三郎教授と愛犬ハチが楽しそうに散策している風景が浮かんできます。ハチというのは渋谷駅の忠犬ハチ公のことです。忠犬になったのは、大正十四年五月二十一日上野さんが駒場の教授室で心臓麻痺で亡くなり、ハチがノラ犬になってからのお話です。余談ですが上野の国立科学博物館に行けばハチ公の剥製に会うことができます。青山霊園の上野教授の墓地内に小さなハチの墓があります。

 駒場の一高時代を記念するのはなんといっても時計台のある一号館でしょう。昭和八年に建造され平成十二年には国の文化財に登録されました。この時計台が登場する小説に名探偵・神津恭介の活躍する本格ミステリ「わが一高時代の犯罪」があります。作者の高木彬光は昭和十二年に一高に入学しています。小説を読むと一高が本郷向ヶ岡から移転(昭和十年)してきたばかりの駒場の様子、そのころの学生の気風がよく分かります。

 地図を拡げてみると、駒場公園、駒場野公園、教養学部それに最近生産技術研究所が移転してきた駒場Kキャンパスが一塊りの大きな森のように見えます。この森ではトトロには会えないかもしれませんが面白い生き物(ヒト)が沢山生息しています。駒場の森での生活を楽しんでください。(『教養学部報』2002 より)

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