駒場球場外野席


 

 4月の中頃、駒場球場外野席の前列に陣取った二十数本の八重桜がゆっくりと開花します。この時期、三塁側のしだれ桜、一塁側のソメイヨシノは葉桜になり、花見の客も見られません。暖かな春の夕方、外野の土手に腰を下ろし缶ビールを片手に淡紅色の花を眺めていると、いつの間にか自分も夢見草(桜の異称)になった心持ちです。

 外野席後列はケヤキ、クスノキ、アオキなどの雑木林です。昨年の夏、土手に沿った小道を散歩中、ホオノキの洞(ほら)を小さなハチが盛んに出入りしているのに気づきました。洞は人の足もとあたりの位置にあり、かがんで中を覗くと扁平な巣板の一部が見え、ハチは体色がやや黒みがかっていることからニホンミツバチかなと勝手に推察しています。その後、ホオノキのそばを通るたびに元気な様子を見るのを楽しみにしていました。9月のある日、洞の入り口10センチほど手前の空中に尾部を巣に向けた状態でホバリング飛行をしている一匹のキイロスズメバチを発見。入り口付近では数匹のミツバチが警戒態勢にあるようにも見え、そこへ次々と蜜を集めたミツバチが戻ってきます。何かが起きそうな気配がします。一匹のミツバチがスズメバチから1センチくらいのところを通過しようとした瞬間、スズメバチは獲物に噛みつきそのまま上空に飛び去りました。しばらくすると警戒態勢にあったハチもいなくなり、いつもの様子に戻りました。捕えられたミツバチは肉団子にされ、スズメバチの幼虫の食料になったのでしょう。12月に入りハチを見かけることが少なくなりました。小春日和のある日、思いついてホオノキを訪ねると、後脚を花粉で黄色くしたミツバチが一匹、二匹、三匹とのんびりした調子で戻って来るのに出会いました。花粉は近くのサザンカのものでしょうか。

 7年前(1990年)の夏、建ったばかりの15号館の西側非常階段でオオミズアオを採集。薄い黄緑色をした優雅な蛾です。4枚の羽に1個ずつ黄色と焦げ茶色の目を細めたような紋があり、見る人を眠い4つの目で見返しているような印象を受けます。仕事の合間に標本を取り出し「この蛾も駒場球場外野席の桜の葉を食べて大きくなったのかな」などと想像しながら眺めるているといい気分転換になります。(『駒場1997』より)

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