「これって・・・・よく映画なんかで、泥棒がやってる犯行予告・・・?」
まさか現実にそんなモノを出す人間がいるとは思ってはいなかったウッソは呆れる反面、好奇心を刺激されていた。
『レコアさんなんて結構喜びそうだよね。こう言うのを記事にすると。』
差出人の名前は書かれていない。おそらくは、この仮面のマークがサインのつもりなのであろう。
と、言うことは名前は売れているはずなのだろうが、このような『怪盗』がいるなどと言うのを聞くのはコレが初めてだ。
『カテジナさんが、これを書いてたってコトは・・・まさか無いよな・・・。』
黒ずくめの忍者装束、タキシード姿、レオタード姿・・・様々な『怪盗らしい姿』姿が頭に浮かんでくる。昔ながらのほっかむり泥棒の姿は浮かびかけたところで慌ててうち消した。
『やっぱ女怪盗にはレオタードだね。どっかで見た気もすることだし。』
コレが一番似合う。と、言うよりも一番見てみたい格好を頭の中にイメージとして固定した。
月夜を翔るレオタード姿の女怪盗カテジナ。是非見てみたい。そして写真に収めたい。
妄想を通り越して白昼夢になっていきそうなぐらい具体化したイメージが浮かんできている。
ウッソの心の中では、もうカテジナは美人怪盗である。そして自分は唯一その正体を知る者。
愛する人の罪を知りつつも、それを止められないでいる自分。
しかし、盗みを行う彼女には理由があったのだ。協力を申し出るコトになる。
やがて深まる愛情・・・。
「ウッソ」
「わかってます、カテジナさん。ボクを信じて下さい。」
「・・・?ウッソ。どうしたの?」
妄想にしてはやけにハッキリした声に、ようやく我に返った。
ハッキリしていて当たり前だ、現実の声なのだから。
扉の方を見ると、お盆に二つのティーカップを乗せたカテジナが、不思議そうにこちらを見ていた。
「ちょっと変よ?一体どうしたの?」
まさか妄想モードに入ってました、などと、素直に言うわけにもいかない。
きっとさぞ締まりのない顔をしていたに違いない。ウッソは耳が熱くなるのを感じた。
恥ずかしさの余り、手に力がこもり、手の平の中のスチール製のカードが軽くたわんだ。
その仕草にふと目を落としたカテジナに、カードを手に持っていることがばれるコトになった。
「あら?ウッソ、そのカード見ちゃったのね?」
苦笑いを浮かべながら、カードをそっとウッソの手から取り返すカテジナ。
勝手に見たことを怒られるかも知れない。いや、むしろ正体を知ったコトが原因で疎まれてしまうかも・・・・。
秘密を知ってるコトがばれるのは、こういう形であってはならないのである。
ウッソは、内心かなり慌てていた。ここでカテジナに疎まれたりなんかするわけにはいかない。何のためにロンドベル学園に来たのか解らなくなる。
もしそうなったら、バラ色の学園生活の予定が、一気にミミズ色ではないか。
ウッソの内心の動揺をよそに、カテジナの言葉は続く。
「それ、私が持っていたこと内緒にしててちょうだいね。まだ私とあなた以外誰も知らないことだから。」
やはりそうだ。彼女はこれからこの予告状をどこかに出しにいくのだ。
「あの・・・・カテジナさん・・。」
何か・・・何か言わなくては。そうは思うのだが、いつものようにすらすらと言葉が出てこない。
いきなり協力を申し出ればいいのか?それとも止める素振りを見せればいいのか?敢えて何も聞かずに話を逸らすべきなのか?
少しの間二人に静寂が訪れる。沈黙を破り先に口を開いたのはカテジナだった。
「それね、今朝郵便受けに入ってたモノなの。」
ウッソはドッと力が抜けるのを感じた。
うっすらとかいていた汗が引いていくのが解る。
どういう風に言葉を紡いでいいか解らなくなっていたウッソにとって、今のカテジナの言葉が真実であれ虚偽であれ、ウッソの思考の方向性を示してくれるモノだったからだ。
そんなウッソの内面の葛藤に気付いているのか、いないのか。カテジナはさらに冗談めかした口調で言葉を続けた。
「あなた・・・まさかコレを私が書いたモノとでも?」
本日二度目の「心臓が口から飛び出すような驚き」だ。ウッソは引いていた汗がまたドッと噴き出すのを感じた。
だが、危惧していたような展開にはなりそうもない空気になってきたことからの安心感から、今度は言葉が出ないと言うようなことはなかった。
「や・・・やだなぁ。そんなコト思うわけないじゃないですか。あはは・・・・。」
とはいえ若干動揺の残る話し方なのは仕方のないところか。
「でも・・・何でそんなモノがこの家に?それに・・どうして隠すんですか?」
自分の家に来た盗難予告を隠すだなんておかしな話である。警察にでも通報すればいいのに。
ウッソは当然の如く起こった疑問をカテジナにぶつけてみた。
「紅茶、冷めちゃうわ。飲みながらゆっくり話しましょうか。長くなりそうだし。」
カテジナはウッソにティーカップを渡しながら微笑んだ。
「せ・・・先生・・・どうなっちゃったのかなぁ?」
シンジはショックが大きかったらしく、まだ少し青ざめている。
気を抜くとクビをあらぬ方向へ曲げて白目を剥いたシャアの顔が甦ってくる。レイの部屋は薄暗かったのでホラー映画もビックリの生々しい恐怖だ。
シャアの話題を出したせいか、その光景がまた頭をよぎった。
シンジは頭を振って、脳裏からその映像を追い出そうとする。
一方のアスカは先ほどのシンジの問いかけにも黙ったままだ。
こちらもやはり少し青ざめている。だが、青ざめている理由はシンジとは少々違うようだ。
なるほど確かにショッキングな場面ではあった。見舞いに来てくれてる教師に対する仕打ちにしては余りにも酷いとも思う。
アスカもシャアに対して充分に酷いことをやっているのだが、アスカが激情に駆られて行動したのに対し、
レイの行動は内面でどのような思いがあったにせよ、表面上は無表情で人間の首を捻っているという点で違いがある。少なくともアスカはそう思っていた。
そしてその後無表情のまま妙に恥じらう仕草を見せていたのが、何よりも怖ろしい。
アスカの推測では、あれはきっとシンジに「私ってば恥じらう乙女なの☆」と言う側面をアピールしようとしているに違いないからだ。
何という狡猾な女であることか!考えれば考えるほどに腹立たしい。アスカは決めつけていた。
そう、アスカの青ざめている理由は、レイに対する(思いこみによる理不尽な)怒りなのである。
アスカの様子が少しおかしい。鈍いシンジでもそれは解っていた。
苛立っているのも解る。アスカの雰囲気がちょっと怖いからだ。
だが、その真の理由まではシンジには当然解るはずもなかった。
「ねぇ・・・どう思う?」
レイの部屋も怖かったが、今も別の意味で怖い。取りあえず何か話題を振って会話でも・・・と言うよりアスカに喋って貰わないと落ち着かない。
不機嫌そうに黙ってるアスカが一番怖い。いつ爆発して手や足が飛んでくるか解らないからだ。
「ねぇったらぁ。」
「うっさいわねぇっ!そもそもあんたがお見舞いに行こう、何て言うのが悪かったっての解ってんの?」
もの凄い剣幕の怒鳴り声と同時に炸裂する拳。
シンジは痛みと自分の迂闊さに涙を流しながら吹っ飛んでいった。
地面に倒れるより早く来る追い打ちの左右の回し蹴りコンビネーション。一瞬のうちにボロ雑巾だ。
不機嫌そうに黙っているアスカが一番怖い。いつ爆発して手や足が飛んでくるか解らないからだ。
シンジは爆発の導火線に自分で火を着けてしまったことに気付いた。
「解ったら少し黙っててよね!」
倒れ込もうとするシンジの胸ぐらを掴み、吐き捨てるアスカにシンジは遠くなっていく意識の中で応えた。
『も・・・もう気を・・・・・失いそう・・・・だから、心配しなくも・・・・喋れ・・・ない・・・よ・・・。』
「以前は父が市長だったって言うのは知ってるわね?」
いきなり父親のことから切り出したカテジナに、ウッソは少々面食らった。
確かに、その話は以前のメールのやり取りの時に聞いたことはあった。
だが何故今父親の話を?
もしかしたら元市長の父親が怪盗なのだろうか?
落選の腹いせとか、単なる道楽とか・・・動機は色々あるだろう。
いや、この想像はおかしい。それなら自分の家に予告状出してまで盗みに入っても仕方がないからだ。
ひょっとしたら、市長の座から落ちたことでノイローゼになって、怪文書をばらまいているのかも・・・。
かなり失礼な想像を思い描きながらもカテジナの言葉に頷き、次の言葉を待った。
紅茶を飲み一呼吸置くと、カテジナは続きを話し始めた。
「市長時代の父はそれこそ何がなんでもその地位に執着する人だったの。
たかだか市長の座にそこまでの価値があるのかどうかは知らないけど、家族も、周りも全て知ったことではないと言う感じだったわね。
人間というのは、どういう地位にあるかではなく、何をするかで価値は決まるモノだと思うのよ。なのに、父ときたらその地位で甘い汁を吸うことばかり考えて・・・・」
以下延々と父親への批判が続いていた。一向に本題に入ったようには思えない。かといって、熱を込めて話しているカテジナに対し「さっさと話の本題を」などとはとてもじゃないが言えなかった。
「・・・・・・そして地位から滑り落ちたら、今度はそれを取り戻そうと躍起になって・・・。次の選挙の票集めのために裏工作に、今も必死になってるわ。」
吐き捨てたカテジナの表情は、父親への嫌悪に満ちていた。
ウッソ的には大なれ小なれ政治に関わる人なんてそんなモンだろ?と思ってはいるのだがカテジナはそうであってはいけないと思っているらしい。
また、そのために家族をないがしろにしているのも気に入らないのであろう。
ウッソがそのように分析をしていると、話がようやくウッソの聞きたかった部分に及んだようだ。
「コメットって言うのはね、この間父が宝石商から手に入れたルビーなのよ。」
宝石に名称が付いていると言うことは、かなり高価なモノなのだろう。
「聞いた話では、かなりの逸品だそうよ。当然欲しがるコレクターも多く、そして宝石のコレクションをしているような人は、お金持ちの有力者が多い・・・。ここまで言えばなんとなく解るでしょ?」
ウッソは軽く頷いた。
『市長って・・・・辞めた後でもそんなにお金があるモノなんだぁ・・。』
しかし、頷いた割にはカテジナの言いたいコトとは全く別の理解をしてしまっていた。
カテジナはウッソが自分の話を解っているモノだと思いさらに続けた。
「あのルビーはね、そう言う有力者に賄賂として送るために手に入れたモノなのよ。だから・・・あんなモノ、盗まれてしまえばいいんだわ・・・。」
ウッソは先ほどの理解が間違っていたことを悟り、感じたままを口に出さなくて良かったと思った。
そして今度は『辞めてもそんなにお金持ちなら、賄賂送ってでも、しがみつきたくなる気持ちは少し解る気もするなぁ。』などと、カテジナが聞いたら、部屋から叩き出されること必至のことまで考えていたりする。
実際この市は規模も大きく、様々な施設があり、開発なども盛んだ。利権は貪ろうと思えば、いくらでも貪れるのだろう
「解ってもらえた?これが私が家の者にも警察にも話していない理由なの。」
どうやら話は終わったらしい。
すっかり冷めてしまった紅茶をすすりながら、ウッソはカテジナの話を頭の中で要約した。結論はこうだ。
盗みの予告があったけど、親父がムカつくので教えてやらん。
何だか、だいぶ端折って理解しいてる気もするが、ウッソ的な解釈ではこうなのだ。
その理解は、彼にとって大変共感を覚える動機である。
ウッソの家には、ほとんど両親は帰ってこない。なにやら政治団体の活動とやらをしているらしいのだが、詳しい内容は聞かされていない。
政治団体と言ってもカテジナの父のように「政治家」というわけではもちろん無いし、何らかの政党の仕事をしているというわけでも無さそうだった。
よく解らない政治団体を名乗るグループは全て詐欺師か強請の類、もしくはテロリストと其の予備軍である。両親が詳しく仕事の内容を語りたがらないのもそのため。
ウッソは堅くそう信じているので、両親に対する反発心があるのだ。
『しかしそんなに価値のあるモノなら、ただでこそ泥にあげてしまうのもなんとなくもったいないよなぁ・・・。』
と、思わなくもないのだが、カテジナが満足しているのならそれでいいのだろう。
ウッソはそんなコトよりも、妄想通りではないモノの結果的にカテジナと二人だけの秘密ができたコトを幸せに感じていたので、
彼女が念を押すように黙っていて欲しいという言葉に対して、喜んで頷いていた。
幸せをひとしきり噛みしめると、カテジナの話からは結局解らなかったコトが残っていることに気付いた。
「ところで、この予告状の送り主って何者なんですか?」
「実は以前もこいつらに盗まれたことがあるのよ。その時は悪戯と思ってたんだけど・・・次の日には、予告通りのモノが無くなっていたわ。」
カテジナはウッソの問いに苦笑混じりに答えた。
「へぇ・・・・でも悪戯って思ってたんなら、大した警戒もしてなかったんでしょ?腕がいいかどうかまでは解らないんじゃ?」
ウッソは至極最も疑問をぶつけてみた。
「その通りね。」
カテジナの答えは、あっさりとしたものだ。
だが、その後に続いた言葉にウッソは、今日三度目の心臓が口から飛び出るほどの衝撃を受けたのであった。
「興味あるんなら、今夜ウチで隠れて見てみる?ルビーの置いてある倉庫には隠れるところならいくらでもあるし・・・・。」
思いもかけないカテジナの申し出。
「ちょうどどうせ盗ませてやるにしても、ただじゃ面白くないって思ってた所だったのよね。それなりの代償は払って欲しいでしょ?」
どうやら、見てみるか?と言うのはただの誘い文句で、何事かをウッソに手伝わせる腹づもりのようだ。
だが、ウッソにはそんなコトどっちでも良かった。それどころか、もはや泥棒がどんなヤツだろうがどうでも良くなっていた。
倉庫と言えば暗い・・隠れてるってコトは、狭いところに二人っきり・・・・。
暗がりで!好きな人と二人ッきりで!一晩中寄り添うように一緒に!
ウッソの思考はそれ一色になっていた。
思いっきり都合のいいように解釈しているのは解っている。それでも、さかりのついた・・・・いや、もとい思春期真っ盛りの少年の燃え上がった妄想は止まらない。
昨日あまり話せなかったので今日は・・・・そう思って訊ねて来ただけだったのにこの展開。
今、ウッソは入学してから起きた様々なトラブルさえも、この幸運とのバランスを取るための天の配慮、
と言う訳の分からない理屈が頭に浮かぶほど舞い上がっていた。
『ここから・・・ここからだよ・・・ボクのホントの学園生活は。』
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