障子に目あり


独り部屋で思いつくままに書いているが、覗き見されているかもしれない。
インターネット画面は、簡単に破られる障子のようなものだ。
他人の目があるのはわかっている。わかっていて、ひとりごちてみる。


●団塊の宿命

私は1949年生まれ。団塊の世代(1947〜1949年生まれ)である。
生まれ落ちたときからその宿命を背負っている。
生まれて物心ついたときは神武景気(1954年〜1957年)。1956年の経済白書では「もはや戦後ではない」となった。1958年から1961年は岩戸景気。1950年代後半から60年代前半にかけての第1次高度経済成長期において、三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ)がもてはやされた。これらが近所のどの家に真っ先に入るかが小学生の頃の最大の話題だった。
1960年に池田勇人内閣が掲げた所得倍増計画は、1961年から10年間で実質国民所得を倍増させることを目標としたが、計画2年目で達成してしまった。中学時代、池田勇人の選挙区だった田舎では彼の功績を皆が称えていたことを鮮明に記憶している。
東京オリンピック(1964年)は高校生、15歳。
大阪万博(1970年)は大学生、21歳。
1965年から1970年のいざなぎ景気に代表される1960年代半ばから70年代前半までの第2次高度経済成長期での「3C」(クーラー、カラーテレビ、カー)のこともよく憶えている。大学の寮生で株で一儲けした輩が、自慢げにクーラーの入った部屋でカラーテレビを見せつけ、カローラを乗り回していたものだ。
社会人になって1974年、78年のオイルショックなどがあったが、概ね順調。
バブル(1985年〜1990年)はミドルの絶頂期、36歳〜41歳。
いわゆる失われた10年(1990年〜2000年)はミドルの後半、41歳〜51歳。

団塊の世代は、高度経済成長のフォロアー、バブルの主役、失われた10年の傍観者である。
一方、戦前生まれは、高度経済成長をリーダーとして牽引し、果てはバブルを主導しつつ、団塊の世代と同様に失われた10年には為すすべもなかった。ただ団塊の世代と違うのは、現役中に逃げ切れたことである。
団塊の世代はそうはいかない。食い逃げするには目立ちすぎるほどの塊の世代なのである。

私より20年若い人、つまり大阪万博(1970年)の年に生まれた人は、社会人になる頃にバブルの崩壊があり、自信を失った日本の姿と共に歩んでいる。その中で、前世代を当てにすることなくベンチャーとして力強く生きている人たちがいる。私はこの世代に期待する。


●自分は今、何月何日?

2005年9月26日にジョギング仲間が急逝した。享年56歳。私と同年である。
葬儀で参列者が口々に「早く逝ってしまった」と話している。
それではどのくらい早死にしてしまったのだろう。
ところで、自分は今人生のどの位置にあるのだろう、もし一生を1年に例えれば、つまり元日に生まれて大晦日に死ぬとしたら、今何月何日だろう、と思った。
80歳まで生きるとして、下の計算式で計算してみた。

12ヶ月×(満年齢数×365日+今年の経過日数) / (80年×365日)

そうしたら8.51ヶ月、つまり9月15日となる。中秋の名月の時である。
そういえば、過ぎ去った日々の中に早春の若々しさも梅雨のしっとりした趣も真夏の勢いもあったような気がする。
私は秋が好きだ。燃えるような紅葉ではなく、色とりどりの自然がいい。落ち着いて風景を眺めることができるからだ。


●生体識別

生体識別の論議が喧しい。キャッシュカードの本人なりすましによる引き出しを防止する本人認証方法として論議されている。
・指紋 これはゼラチンで複製可能。
・指や手のひらの静脈 複製困難。ただし、これも静脈情報を暗号化した後に盗まれて解読されたらどうしようもない。
指紋や静脈は変更不可能だからひとつしか存在しない。ただし、本人でないと使えないという不便がある。
パスワードは変更可能。つまり、幾種類もの本人が存在する。パスワードは本人認証とは別物である。
重要なことは、本人認証を必要とするケースを最小限に留めることである。
なるべくキャッシュカードは作らない、作っても口座には多額の預金をしない、ということが最大の防御策であろう。


●PKO

私にとって心を平穏に保って生きること(PKO)とは、ジョギングを続けることである。
私の知る限りジョギングを日課にしている人は死に方が潔い。決して死ぬ前にのた打ち回ったりはしない。つまりピンピンコロリンオダブツ(PKO)である。
延命装置によりベッドに横たわる脳死状態の植物人間だったり、ボケで徘徊したりしないこと。平安に生きるとは、死の直前までそのようなことに対する不安がないことであろう。