〜山本正之って誰?〜
山本正之プロフィール

作詞・作曲家 「山本正之大全集」へ

1951年7月11日、愛知県安城市朝日町出身。既婚。

愛知県内の錦町小学校、安城南中学校、西尾高校を経て、74年に上京し、世田谷区の駒沢大学 経済学部在籍中に
CBC(中部日本放送)のラジオ番組「
ばつぐんジョッキー」に応募した中日ドラゴンズの応援歌が 放送され大反響。
その勢いでレコード化が急遽決定。 作詞・作曲家としてのデビュー作「燃えよドラゴンズ(板東英二)」が、
いきなり40万枚を越える大ヒット。以降ドラゴンズの応援歌の代名詞にまで成長し近年では毎年新曲がリリース。
2002年からはナゴヤドームで流される公式応援歌になった。

大学卒業半年後にプロデビュー。
間寛平に提供した「ひらけチューリップ」は、約100万枚のヒットとなった。
他のヒット曲に「うぐいすだにミュージックホール(笑福亭鶴光)」などがある。

芸能人にも多くの曲を作詞・作曲し、ザ・ハンダース、コント赤信号、渡瀬恒彦、藤波辰巳、
林家喜久蔵、つぼイノリオ、舟木一夫、アキ竹城ら様々なジャンルの著名人に提供している。
NHK「みんなのうた」など子供番組でも活躍。
デュークエイセスが唄う「シューティングヒーロー」や
「おかあさんといっしょ」のエンディングの体操ソング「パララン体操」は聴いた人も多いだろう。

75年。「タイムボカン」の主題歌を歌い、歌手としてもデビュー。
「タイムボカン」シリーズの主題歌やBGMの殆どを手がけた事から、アニメ界にも多く貢献。
代表作に「銀河旋風ブライガー」等のJ9シリーズ。「UFO戦士ダイアポロン」「黄金戦士ゴールドライタン」
「おじゃまんが山田くん」などがある。
また、イメージアルバムとしては異例の売り上げを見せた大ヒット作「究極超人あ〜る」も忘れてはならない。
この「あ〜る」の存在は後のコミックのイメージアルバムの流れを作ったことで有名である。
同氏も「あ〜る」がキッカケでファンが一気に増え、オリジナルアルバムも発表出来たと語っている。

76年、オリジナルシングル「さよならラララ」を発表。
翌年発表した「ヤッターマンの歌」のシングルレコードは50万枚の売り上げを記録し
山本正之歌唱作品で最大のヒット曲となった。
88年、初のソロアルバム「山本正之’88」を発表。
この頃からシンガーソングライターとしての活動に重点を移す。
89年にセカンドアルバム「山本正之’89 少年の夢は生きている」を発表。
その後もコンスタントにオリジナルアルバムを発表し、「才能の楽園」で13枚を数える。

アーティストしてのコンサート活動も定評のある人気振りで、毎年公演。
1983年の初ライヴ「ペガサスが空を駆る」を皮切りに、2007年3月の「私の楽園」まで、
実に27回を数える。

劇作家・舞台演出家としてもその才能を遺憾なく発揮。劇団「山本正之プレゼンツ」を率いている。
代表作に「泳ぎつづけてビリジアン」「そよ子のスタイルブック」そして、98年に再公演した「STRANGER」など。
教え子に川上とも子、松本保典、松井菜桜子、小野健一など数多くの人気声優を輩出している。
2006年2月にはキャスト陣を総入れ替えして「博物館のホネ」をリメイクし、再演を実現させた。

「タイムボカン」シリーズではゲキガスキー、ドンファンファン、2-3役などで声優としても参加。
とりわけ美形キャラクターだったゲキガスキーでは女性ファンが増えたという。

山本正之ファンは業界にも多く、「ドラゴンボールZ」等で有名な脚本家の大御所・小山高生や
元ブルーハーツ(現ハイロウズ)のボーカル・甲本ヒロト、声優の國府田マリ子もマサユキストである。

最近では2007年9月23日にシングル「サスクハナ号の曳航III」を、
アルバムでは2007年3月に「才能の楽園」をリリース。

著書に空想冒険小説「J9 IV 銀河熱風オンセンガー」(ソニーマガジン)がある。
また、現在「ベラ・ボー エンタテインメント」のWEBサイト内で連載中の「ズンバラ随筆」などもあり
(現在は長期休載中)その多才振りを発揮している。

※ 当ページ中に出てくる“山本まさゆき、遠田美穂、舟本正夫、インディペンデンス”
は全て同一人物であり、山本正之のペンネームなどです。

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