よもやま通信>カイロふらふら滞在記>ラマダン
くそ寒い涙の八甲田山のようなシナイ山登山の仕事を終え、睡眠時間が足りず宿泊先のスエズのホテルでぼ〜っとしていると、一緒に行ったスタッフに突然、「ラマダンが始ったよ。」と言われた。そろそろ来るものとわかっていたが、本当にいつ始るか分かるのは、天の運行次第。そしてドキドキのラマダン初体験が始まりました!
最初の年、ラマダン月が終わっての感想は、
(1)意外にも(失礼!)みんな断食していたわ。
(2)事故多発
(3)みんなやたらと元気(冬だったから?)
って感じであった。もっと不真面目かと思ったんですよ〜、エジプトくらいになっちゃうと。そしたらやってるやってる。特に旅行関係者は少ないっていう情報を聞いていたのですが、普段バーリバリに化粧して、べっかべかの女性ガイドですら、化粧はしていないは、バスの中でコーランを読んでいるは・・・。ごめんなさい、甘く見ていて。深く首を垂れた私でした。
:::ラマダンとは????:::
ラマダンとはイスラム歴の9月のこと。預言者ムハンマドがメッカからマディーナに移った年を基準にしていて、ちなみに今年はイスラム歴では1420年です。この月、世界各国13億のイスラム教徒(ムスリム)達は一斉に断食に入ります。よく、一ヶ月丸々食べないの?!なんて言う人もいますが、そんな事したら死んじゃうよ(^^;)。基本的には日の出の時間の約1時間40分くらい前から夕暮れの礼拝の後まで、飲食(タバコ等も含む)はしません。敬謙なムスリムになると、唾さえも吐き出すこともあるそうです。
ラマダンは預言者ムハンマドを通して、唯一絶対神である”アッラー”が人間にクルアーン(コーラン)を啓示した神聖な月です。そのため神は人間に断食を義務づけらました。
「ラマダン月というのは、善悪の区別や正しい道へと人々を導くためのクルアーンが啓示された月である。」(Colacaco訳)
「信仰する者よ、なんじらの以前の者に定めたように、なんじらに斎戒(=断食)が定められた。おそらくはなんじらは主を畏れるであろう。」(聖クルアーン第二章 雌牛 台一八三章)
通常の生活のなかで欲望を満足させ過ぎると、人間は欲望にのみ従う奴隷のようになってしまう。断食をする事により、欲望から逃れる事が出来、自制心を養うことが出来る。また、貧しい同胞に思いをはせ、世界10億のムスリムの1人として、同じ時間を共有することにより、彼らとの連帯や友愛を感じるために断食を行なうともいわれます。
同じ時間(時差はあるからそれぞれずれて行くけど)に、世界中のムスリムがもくもくと食事をしている姿を想像して、何となく不思議な気分になりますよね。
私の知人のガイドさんがラマダンに初トライ!していた時のこと。周りのエジプト人がものすごく優しくしてくれる、って言ってました。いつもは犬猿の仲の人でさえ、気を使ってくれたそうで、同じ修行の身って感じで、連帯感みたいなものが、確かに生まれるようです。
それから通常あまり出てこないことですが・・・。
断食は神が定めたこと。これを受け入れることにより、神に対する畏敬の念、完全な服従の気持を高めるためのものでもあるそうです。
そしてつらい断食を一ヶ月という期間にしてくださった神の慈悲深い心に感謝をします。
断食はムスリムにとって五行のうちの1つでもあり、よほどの事情がない限り行なうべきであるものです。断食をしないでも許されるのは、子供、妊婦や出産を済ませたばかりの女性、病人などすることによって命に関わって来るような人達。また旅行中の者もしなくてもよろしい。それを逆手にとって、ラマダンになると旅行に行ってしまうお金持ちの不埒なやつって話しは、毎年聞かされる話しです。
しかし、こういった人達も断食を破ってしまった分はそのままにしておけるわけではなく、次の年の断食月までに破った日数を埋め合わせなくてはなりません。これはまとまって行なってもいいし、1日づつ分けて行なっても構いません。
子供でも10歳以上になると、徐々にラマダンをするようになります。最初から大人と一緒というのは無理だから、まず1食抜くことくらいから始めたり。でもラマダンが出来るともう一人前って、自分たちでも思っているみたい。けっこう小さいうちからしたがる子供もいるようですよ。
| ちょっと珍しい、モスク型のランタン。 |
:::いつも以上の混乱と、静寂の世界:::
ガイドの仕事でついていったスエズから帰宅し、夕方家でダルだるだるしていると、いつものようにマグリブのアザーンがけたたましく始りました。その時まで全く気がつかなかったのですが、なんだか妙に外が静かなの。
静かなんてもんじゃない。音が全くしない!!!恐いくらいな静寂!
そのことに気がつき同居人達とベランダに出てみると・・・。いつもは人と車でがやがやしているシャヒーン通りに、人っ子一人見当たらない!
また別の日、仕事先から家に戻る途中に見かけたものは、大通りに路駐している無人のバスバスバス!!その数ざっと30台以上。
運転手も客も、皆バスをほっぽってイフタール(朝食)を食べに行っちゃったんですね〜。
この時間はまさに街はゴーストタウン状態で、タクシーも拾えなくて移動が大変!ようやく見付けたタクシーは、通常の倍以上吹っかけてきます。本当はその時間を避ければいいのですが、仕事で疲れていて、一刻も早く家に帰りたい!!!!背に腹は変えられず、ぶつぶつ言いながら高額支払うことしばしば。でも、マグレブの時間になり、ほっとした顔でタバコに火をつけ、私にもそれを勧めてくれる運転手と、ラマダンの挨拶をするのも悪くはなかったな。
合図を待って、大の大人が今か今かと路上レストランで食べ物を前に待っている姿は、一種殺気立っている、と思うのは私だけでしょうか。
また3時4時になると、皆気持は焦る、声はでかくなる。
イフタールタイムに間に合うように、誰もが家路を急ぎます。学校も会社も早く終わります。だからカイロの街は午後になるといつにも増しての、大渋滞、大混乱!
こちらが外国人の場合はそんなに相乗りすることはないのですが、さすがにラマダン中はそうしないといつまでたってもうちに帰れない。運転手は出来るだけ便の良い大通りで客を降ろしてイフタールに備えたい。客は買い物の荷物も多いし、食べてないから歩きたくないし(特におばちゃん連中は絶対に!歩きたくない)、どこまで行くか常にけんか状態(^^;)。どっちでもいいから、前見てよ〜、と思っている私・・・。
クラクションを鳴らしながら抜きつ抜かれつ、を繰りひろげている車と、前をみないで客と駆け引きする運ちゃん。交通事故の原因は、そりゃもう、テンコ盛り(^^;)。何度も現場に遭遇しました。
それにしても、お腹が空き過ぎてテンション上がっちゃうなんて、本当に元気良いわ〜、みんな。
:::なぜに増える?!ラマダン中の物乞い:::
私が「思ったよりも」、社会活動は行われていたとはいえ、そりゃ問題がないわけないのです。一番最初に始まるのが、家に来る様々な「ラマダン・バクシーシ」。
自分のアパートのバワーブや、何らかの理由でいつも出入りしている人から、押し売りまで、二事目には「ラマダン・カリーム、クッル・サナ・ワ・エンティ・タイエバ。」と言って、手を出してきます。
いきなりまったく知らない人がやって来て、「家には小さい子供がいて、食事を待っている、カマダン・カリーム・ヤー・マダーム・・・。」何てこともある。家で待っている子供は、自分の子供のときもあるし、小さい兄弟ってこともあるんだけど。挙句の果てに、コプト教徒のゴミ集めの小僧まで、「ラマダン・カリーム。」とやってくる。あんたたちには関係ないだろう!!ラマダンは!!!
喜捨(ザカート)はイスラム教徒にとっても大事な義務であります。イスラムの社会では、貧困者が放置されないように気を配ることは、すべてのムスリムにとって重要なお務め。だから余裕があるものは誰でも、断食が明ける前か、断食明けの日の礼拝前に、貧困者に何か施しをするように求めています。この慈善行為はザカート・ル・フィトルと言われていて、ちなみに今年の日本人1人の今年のザカート・ル・フィトルは1700円だそうです。
こういった背景があるからだと思うんだけど、路上の物売りもやたらと増える。いつもの10倍はいると思われます。いったい君たちは、普段はどこで営業してるんですか?って、聞きたくなるくらい。そして実際、ラマダンが終わると、潮が引くようにいなくなる。うそのような本当の話です。
なぜラマダン時期に物乞いが増えるか、私の想像では・・・。地方からカイロに出て観光するのって、やっぱりなかなかできることじゃない。でも、どこの国の人だって首都=大都会にあこがれますよね。きっと、田舎から着の身着のままやって来て、フセインあたりに腰を落ち着け、趣味と実益を兼ねて(?)滞在し、ラマダン気分を味わって、おいしいものをたくさん食べ、ザカートで帰りの運賃とお土産くらい買って、家に帰っていくんじゃないだろうか?
食事を振舞うのも立派なザカートの1つで、町をふらふらすれば、必ずどこかでイフタ−ルにありつけるんです。別に物乞いの人ばかりがそういった振る舞いで食べているわけじゃありません。警備についてる兵隊さんも、近所で働いている労働者も、誰でも同じようにテーブルについています。旅行者でも大丈夫だから、特に男性は一度彼らと一緒にテーブルについてみるといいと思うよ。
:::でも・・・、難しい施し:::
カイロで生活を始めると、すぐにこういった物乞いのいる風景に慣れてしまい、あまり目もとめなくなりますが、旅行中の友達はショックだったみたい。「ちょっと考えちゃうよ〜。」と言っていました。さすがに日本にはまだ、子供とか、乳児抱えたお母さんとかはいないもんね。
でも、施しをするのって、私たちには難しい。日本人は「チップ」をあげる習慣すらないし。
その点、エジプト人は10代の子達でも、ポケットに小銭を入れていて、何の気負いもなく施しをする。
エジプト人に倣って、ザカート(バクシーシでもいいんだけど)をしてみたら、「日本人なんだからもっとよこせ!」みたいなことを言われて、すごくいやな気持ちになったり、かと言って割り切ってあげないのも何となく良心の呵責を感じるし・・・。でもこれだけいたら、全員に上げるわけにはいかないし、商売として物乞いをしている組織があるって話を聞いたり。
普段だってそうなんだから、これが増えちゃうラマダンはちょっと憂鬱。
ラマダンが終わり、物乞いの数が安定すると、なんだかホッとしてしまう、小心者の私でした。
:::イフタールは何を食べるの?:::
日本人の想像する断食、それはお釈迦さまの40日間断食とか、修行僧の過酷な断食なんだと思う。だから皆、「断食。」と聞いただけで身震いをしてします。しかし・・・、13億人の人が全員そんな事できたら、そりゃ大事である。基本的にアラブ人の人達は良い意味で「享楽的、官能的、肉感的」だと私は思っている。だから、我慢するにはしても、日本人みたいに自分をぎりぎりまで追いつめるような事はしない。
第一、神が「断食は一ヶ月、夜は食ってよ〜し!」っておっしゃってくれてんだもん。
実際、エジプトでは年間の肉の屠殺量は(断食月なのに)ラマダン月が一番多い。これをもとに、「そんな断食、断食とは言わん!」っと、けんか吹っかけて来る反イスラムの人達もいるようですが、良いじゃん別に、本人たちにとっては、辛い事で、断食なんだ、って思ってんだから、と何となく弁護してしまう私です(^^;)。
一般の家庭では親戚や友達も招待しあうし、喜捨(ザカート)としてお肉を振る舞うこともあるし、日本のお正月みたいに、「いつもよりちょっといいもの」を食べるみたいです。お年玉もあるんですよ!町には日本のしめ縄売りの屋台みたいな感じで、ラマダンに必要な(というか伝統的はものですね)ものを売る屋台が店先を賑あわせます。ミシュミシュ(杏)やアイナブ(ぶどう)などの干したフルーツはジュースにして、まずイフタールの時これを飲み、その後本番に突入。ラウズ(アーモンド)などのナッツ類も大事なつまみです。甘いシャイ(紅茶)とアフア(コーヒー)のお共。そして大量の甘いお菓子・・・。
こういったものは、すでに彼らの断食を終えているコプト(エジプトキリスト教)の人達もついつい買ってしまうらしく、「太っちゃう〜、でも買っちゃうのよね。」とぼやいておりました。
中でも重要なのが、タムル(なつめやしの実)。甘く滋養にいいこの実は、1日空っぽにした胃を目覚めさせるにはもってこい!ジュースでも良し、そのまま食べても良し。私のお勧めは、実を細かく割いて冷たいミルクなのかに入れ、上から少量のナッツを散らして飲むもの。あまりタムル事体は好きではないのですが、これはなかなかいけますよ。
典型的なラマダン飾りの商店。店の前にはきれいにドライフルーツなどが飾られています。張られているテントは、毎年少しづつデザインが変わります。イスラムとファラオニックテイストが混ざっていて、大体赤が基調。でもブルー系もあります。
部屋のアクセントやベットカバーにもなるので、外国人滞在者は結構家に持っている人が多かった。私が買い忘れて悔しい思いをしているものの、1つです。
:::ラマダンの夜の過ごし方 IN カイロ:::
カイロは中東一の歓楽街(っていうほどでもないけど)。レバノンが内戦でもぼろぼろになってから、ますます娯楽発信センターになっています。
だから、ラマダンのナイトライフも充実。
ヨルダン留学中のともだちも、湾岸からも、「ラマダンはカイロ〜!!!」とばかりに沢山の人が遊びに来ます。
まずショッピング。もともと夜に買い物するのが一般的で、どのお店も日本とは比較にならないほど深夜営業をしている国。その辺の雑貨屋ですら夜の12時過ぎまで開いてる時があるくらい。これがラマダンになると、深夜営業はもっと延びます。
カイロではラマダンはバーゲンが始る月で、洋服を新調するので、夜の2時くらいでも中心街は買い物客でいっぱい!もちろん治安はいいので、女2人で歩いていても、繁華街だったら危ないことないはです(もちろん人通りの少ないところは、注意が必要ですが)。
ホテルではそのグレードによってさまざまなショーやコンサートが開かれます。人気者の歌手のコンサートはやはりちょっとお高いけど、日本のディナーショーにくらべたら激安です。
アグーザにあるバルーンシアターには、バスで来る修学旅行生(?)で賑い、ナイル川のカジノ(カフェ)もカップルや家族連れでいっぱいです。
私達がお気に入りだったのは、色んな国の文化センターやブリカンが主催するコンサート。ポップスあり、伝統音楽あり、格安で小さな会場で色々楽しめました。特にお勧めは、フランス文化センター。ここは建物自体も素敵だし、企画も良く、回数も多いので、要チェックですよ。
ヨルダンから遊びに来た友達は、たまたま昼間行った5つ星ホテルで大好きはシャーニー・ハーキルのコンサートの張り紙を見つけ、取るものとりあえずその日の夜に見に行って、なんと本人とのツーショットの写真を撮って御満悦。私達はブリカンで行われたムハンマド・ムニールとヒシャーム・アッバースのコンサートに行って、大盛り上がりする若者に圧倒され、フレンチ文化センター中庭に張られたテントの中でエジプシャン・クラッシック(伝統音楽とも違い西洋のクラッシックとも違うのです、ああなんて言ったらいいかわからない)に浸ったり。バーブ・シャーレイヤにある少年スペーツセンターみたいなところで、政府が主催したムハンマド・ムニールのコンサートもすごかったなあ。とてもローカルなところなので、私たちは会場に降りてコンサートを見るのは、ちょっとよくないって事で、バックステージ見学(^^;)。
コンサートが始まる前も、ムディール(所長さん)の部屋で待機。とんだVIP扱いでした。このコンサート、まずボーイ・ソプラノのコーラン読誦で始まりました。
素人の子なんだけど、みんなきちんと聞いているの。お行儀がよかったです。ムニール様がお出ましになるまでは(^^;)。政府もコンサートなどを色々主催し、観客を招待したりします。
このバーブ・シャーレイヤのコンサートはともかく(関係者だったから見に行った)、ポップスにしろ、カイロシンフォニーのコンサートでも現代音楽のコンサートでも、残念なことに日本人(アジア人、かな?)にはほとんど会いません。学生・駐在員問わず。みんな何を楽しんでるのかなあ?すごく不思議で、もったいない気がしました。
(という私も、エジプト音楽を勉強するために来ていた同居人がいなかったら、きっと見に行っていなかったと思いますが・・・。)
:::イフタールを食べよう!:::
さて、カイロにいてラマダンのハーンハリーリーに行かないなんて、ピラミッド見学のないエジプトツアーのようなもの。交通渋滞を物ともせず、いざ行かんハンハリ!そしてイフタールを食べるのだあ。
・・・って言っても、実はハンハリで外食するよりも、一般家庭にお呼ばれした方が、全然おいしい。でも、わさわさしたあの雰囲気を、たくさんの人達と一緒に「よーいドン!」で味わいたいわけです。
で、マスジト・ホセイン(ホセインモスク)前。
マグレブにはまだ時間があるのに、老若男女で席はほとんど埋まっている。目の前に御馳走を用意して、みんなで合図を待っています。いつもは道路の場所に、大量のテーブルが用意され、テーブル毎に食事を用意する店が違います。ひいきの店があるわけでもなし、適当に着席。メニューを見て、典型的ない朝食メニューを選びました。
**その日のメニュー**
・サラダ
・アエーシ・バラディ(パン)
・ターメイヤ(そら豆のコロッケ)
・フール(豆の煮たの)
・オムレツ
| ハーンハリーリで食べたイフタール。手前にある茶色い飲み物が、タムル(ナツメヤシ)のジュース。とても甘いです。 |
これにタムルのアシール(ジュースつき)で7ポンドくらいだったかな?
せっかくなんだからもっと良いものを食べればいいのに、これって典型的なエジプト人の「普通の」朝食メニュー(^^;)。
びんぼーな私たちの横で、一体何キロの肉を頼んだ〜!エジプト人家族。ちょっとうらやましいぞ。
さて、日が沈んだぞ!!!という合図を待って、その日始めての食事を始めるのですが、その時間よりだいぶ前なのにもうホセインモスク前のテーブルはほぼ埋まってしまっています。何らかの事情で家で食事ができないと、前述したような無料の食事場に行ったり、街角の屋台みたいなレストランでイフタール・タイムとなるのですが、これが結構混む。時間ぎりぎりに行ったら、ほかの人ががつがつ食べているのを横目に、すきっ腹を抱えて、第一陣が終了するのを待たなくてはならないんです。
お腹空いてるんだもの、誰だって待ちたくない。いや、待たなくてはならないのなら、時間どうりに食べるために少し早く席に着いたほうがいいみたい。こんなときばっかり、30分前行動をするんだよね(^^;)。
路上レストランで、親の敵を取るみたいな顔をして用意されてくる食事を待つ人たちって、そりゃもう、かつてないくらい、真剣です。
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:::おいおい、お作法は????:::
ラマダン中に旅行したモロッコでは、「食事してよ〜し!」って合図はなんとサイレン、だった。しかも、日本の空襲警報みたいなの。最初何事かと思いました。でも、エジプトは統一した合図ってなかった気がするなあ。
で、お食事前のお作法。
預言者の慣例に従って、食事前には以下のように唱えることになっています。
アッラーフンマ、ラカ・スムト、ワ・ビカ・アーマント、ワ・アラー・リズキカ、アフタルト、ビスミッラーヒル・ラフマ−ニル・ラヒーム(アッラーよ、私はここに断食を行い、主を信じ、主の食物をいただき断食を終わりました。慈悲深く慈愛あまねくアッラーの名において)
って、言わなくちゃいけないんだろおおお!!??
言ってないよ・・・。どう考えても。
軽くぶつぶつ言っている人は何人かいるが、「食べてよ〜し!」となったら、一斉にみんな思い思いに飲み食い始めたぞ。またシリアで働いている友達、ラマダン中に遊びに来た友人を連れ、ダマスカス・ヒルトンへ。
ここはリッチな5星ホテル、形式は豪華なバッヘスタイル。
しかしここでも、「食べてよう〜し!」の合図ともに、料理へと殺到し、席へついた途端に貪り食う人々・・・。
ま、いっか。
なんたってアッラーは「慈悲深く慈愛あまねく」お方なんだもんね、きっと、今日一日がんばったから、見逃してくれる、という事にしておこうと思う私でありました。
| ホセイン・モスク前。この人たちが一斉に食事をする姿は、壮観でした〜(^^)。 |
:::夜明けの太鼓:::
断食を行う時間は、夜明け前から日没まで。
だから夜が明けきらないうちに、もう一度食事を摂らなければなりません。この食事を「スフール」と言いますが、お寝坊してしまったらその日一日は地獄です。
エジプトの誇るノーベル文学賞作家ナギーブ・マフフーズの「バイナル・カスライニ」は、古きよき時代のカイロの匂いまで伝わってくる小説ですが、その1シーンのようにラマダンの時期だけ、夜明けに太鼓の音が響きました。
そう、スフールを知らせる太鼓です。まるで日本の火の用心のように、おじさんが辻を回って家々を起こしているのです。
断食はしていないけど、窓を開けてしばらく太鼓の音を聞き、ファジュル(夜明けの礼拝)のアザーンが聞こえてくるまで、1日で一番静かなカイロの空気を楽しみました。
約一ヶ月にわたるラマダンが終わると、イスラムの大祭の1つ、「イード・ル・フィトゥル」が
やって来ます。
次回のカイロふらふら滞在記は、毎年「動物愛護家」のブリジット・バルドーが
大きなお世話のヒス起こす、このお祭りについてのスケッチをお送りします。お楽しみに〜。
カイロふらふら滞在記 第4回を読む