日曜日。
晴れ渡った空の下、8人が先週と同じフィールドに集まりました。
「よく逃げなかったもんや、その根性だけは誉めたるで」
トラ吉は、すでに勝利を確信しているのでしょうか、自信満々に言い放ちました。
トラ吉の後ろには部下達が控えています。
相変わらず無表情のバンパク、薄気味悪い笑みを浮かべたチンドン、そしてキザな表情を浮かべたグリ夫の3人です。
「こちらもこの一週間、特訓をしてきたクマ。今度は負けないクマ」
ゲームは先週と同じフィールド、ですが今回はクマノフたちは南側から攻めることとなりました。
いよいよゲームの開始が迫ってきました。クマノフ、うさぴょん、パン太、ネコ田さんの4人は、南側フラッグの周辺に集まっています。
「で、作戦はどうするにゃ?」
「4人で攻めるクマ」
「にゃ〜?ディフェンス置かないのかにゃ?」
クマノフさんはスリングを利用し、近くの木の枝にAK47をぶら下げました。
「突撃はさせないクマ。相手に間違った思いこみをさせるクマ。それに、途中から一人戻すクマ」
フィールドの反対側、北側フラッグでは、トラ吉達4人が待機していました。
「作戦は前回と同じや、グリ夫をディフェンスに付けて、あとはわいらでやるで」
「バン、パクー!」
「OKや」
ピーーーーーーーーーーーーーーー。
ゲーム開始の笛が響き渡りました。
「行くでー、今回は全滅させたる」
トラ吉はフィールド西側の比較的ブッシュの濃い部分へと走り込んでいきました。
その後ろをチンドンとバンパクが追います。
「ふっ、退屈なものだな」
フラッグの守りを任されたグリ夫は、一人退屈そうでした。
ゲーム開始後30秒で、バンパクはフィールド中央よりやや西側のブッシュの中に位置しました。
バンパクの前方、南側5メートルの位置にチンドン。そしてトラ吉はバンパクから南西15メートルの深いブッシュの中を単独進行中です。
バンパクが南東方向、フィールド東端に近い場所を侵攻しているネコ田さんを発見しました。
距離は40メートル以上ありますが、バンパクはかまわず射撃を開始します。
バラララララララララ、と、バンパクの頭頂部の顔(?)から弾が発射されていきます。
ネコ田さんはそれに気づくと、フィールド南側に向けて走り去っていきました。
「バンパク、バンパクパクパク」
「フィールド東端にネコや!」
チンドンがバンパク語を翻訳して叫びました。ブッシュの中にいるトラ吉に情報を与えるためです。
今度はバンパクの前にいたチンドンが正面、南側に向かって射撃を開始しました。
南側40メートルほどのところにパン太とうさぴょんを発見し、そこに向けて発射したのです。
パン太とうさぴょんは散会し、それぞれ近くのブッシュへと隠れていきました。
「南側40メートルにパンダとウサギや!」
チンドンが叫びました。
そして、その声はブッシュの中のトラ吉にも当然届きました。
フィールド東側にネコ、中央にパンダとウサギ。
トラ吉は頭の中でフィールドをイメージし、敵の位置を置いていきます。
そして、残りの一人の敵の位置を推測します。
「クマはフラッグの守りについたいうんか……負けへんためにはそれがええんか……あるいはフィールド西側を大迂回してフラッグ目指しとるかもしれん……」
しばしの間、トラ吉は考え……
「フィールド西側から侵攻やな、途中でクマと遭うかもしれん、遭わんかったらそのままフラッグ側面からアタックや……」
そしてトラ吉はフィールド西端に近い位置へと侵攻していきました。
チンドンは姿勢を低くし、斜め前方へと侵攻していきました。方角でいうと先ほどいた方向から南西の方向です。
真正面に相手に向かわず、一端少しでもブッシュの濃い場所に入り込んでから静かに気づかれずに近づく作戦です。
その間の敵の注意は、弾幕屋であるバンパクが行うのです。
バンパクの射撃が斜め後方からパン太とうさぴょんの位置へ断続的に行われています。
また、バンパクが時折、声によって敵の状況を知らせてくれるため、ブッシュの中を侵攻していて視界が限られているチンドンにも情報が伝わるのです。
ブッシュの中に侵攻していくチンドンに対し、バンパクは声と弾幕で援護していました。
うさぴょんとパン太は退却こそはしないものの、撃ち込めば撃ち込むほどブッシュの中で伏せるため、なかなかヒットさせることはできません。
二人は時折、立ち上がって攻撃してきたり、「40メートル北側にバンパクだぴょん!」などと言うものの、二人の攻撃もバンパクを捕らえることはできません。
そもそもパン太の射撃の腕や、うさぴょんのグロック26では40メートルの距離はあまりに遠いのでしょう。
そして、もう200発近い弾をバンパクが消費したあたりで……
「ヒットや〜!」という声が上がりました。
「バン?バンパク?」
バンパクには一瞬、何が起きたのか理解できなかったようです。
そして、そう思ったのは、ブッシュの中でチンドンのヒットコールを聞いたトラ吉も同様だったでしょう。
チンドンは銃をブッシュから出てセフティゾーンへと向かいました。
スナイパーか?
トラ吉はブッシュの中でそう考えました。
しかし、スナイパーの弾がこの濃いブッシュを抜けてくるとは思えません。
さらに言えば、敵にそれらしき銃をもっているプレイヤーはいませんでした。
バンパクの弾幕はチームの司令塔です。ゲームの主導権を掴むための弾幕であり、単体で敵を倒す為には向いていません。
チンドンを失ったバンパクは、ブッシュの中に消えたトラ吉をあてにしようとしました。
しかし、ここに一つ問題点があったのです。
というのは、バンパクの言葉は、チンドン以外誰も理解できないのです。
バンパクは少し南西に移動する事にしました。
自ら南西に移動すれば、もし敵が自分に向かってきた場合、よりトラ吉の潜伏場所に近いルートを通ることになります。
そうすれば進行してきた敵をトラ吉が倒しやすくなるからです。
そしてバンパクが5メートルほど南西に移動したところ……
「ヒット!バンパク〜!」
と、バンパクもフィールドを去っていきました。
ブッシュの中のトラ吉は、さすがに気味の悪さを感じていました。
現在の戦力は、すでに2vs4。
しかも、二人が誰に撃たれているのかも分からないのです。
「わからんならええ、なるようにしかならん……」
トラ吉は、さらにブッシュの中を前進していきました。
トラ吉が1分ほど前進し、左側を見るとブッシュが揺れていました。
トラ吉は慎重にSPAS12を左側に向けました。
そしてブッシュの切れ目に狙いを合わせ、そこに敵が来たときにトリガーを引きました。
バンッ☆
大きな発射音と共に3発の弾が飛んでいき、敵を捕らえました。
「ヒットだよぉ〜」
と、ブッシュの中から出てきたのは白と黒の生き物でした。
「なんや、パンダか。ちゅうても、今の動きならクマやないな……」
静かに次の弾のコッキングを行い、残念そうに一人呟きました。
「せやけど、進んできたパンダがいたっちゅうことは、ウサギもこのあたりやな……」
トラ吉はさらにフィールド南側へと移動していきました。といっても、完全な南向きではなく、南南東に向けて移動と言った感じです。
トラ吉の頭の中では、さっきパン太が撃たれた位置から東側数メートルにうさぴょんがいると推測されています。
そして、うさぴょんの今の状態は、伏せたまま、さっきの自分の発射音方向へ向けてのアンブッシュです。トラ吉はそう考えていました。
実際にトラ吉の考えに誤りはありませんでした。
パン太が撃たれた時に、ウサピョンはパン太の南東方向3メートルの位置にいました。
そして、パン太の撃たれた発射音を聞いてその場に伏せ、発射音がした方向に狙いを定めています。
もちろんうさぴょんは、自分の今の行動が、すべてトラ吉に読まれているなどとは考えていないでしょう。
トラ吉が南南東に向けて移動し、進行方向を南東に変えようとしたころです。
カサッ……
と、背後から音が聞こえました。
トラ吉は低い姿勢を保ったまま、体を大きく動かさず、頭だけ振り向くように背後を見ました。
背後には今進んできたルートがあるだけです。
周辺は高さが1メートルを越えるブッシュが生い茂っています。
「……なんや……?」
小さく呟きました。
トラ吉は目を凝らしてブッシュを見ます。
確かに背後から音がしたような気がしたのです。
「今撃ったら、ウサギにもわいの位置がバレバレやな……せやけど……」
一番怪しいと思われるブッシュに向けて狙いを定め、
「今一番危険なのはあのクマや!」
バンッ☆
3発の弾がブッシュに向かって飛んでいき、ブッシュで弾けました。
そして、そのブッシュの影から、ズザザッと大きく黒っぽい物が飛び出し、横の、さらに濃いブッシュへ逃げ込みました。
「やっぱクマやないか!」
ガシャッとコッキングを行い、トラ吉は叫びました。
「ちゅーことは、チンドンとバンパクを倒したのもおまえやな!」
バン☆バン☆バン☆
トラ吉はクマノフが逃げ込んだブッシュへと続けざまに3発撃ちこみました。
その連射速度は、まるでセミオートのハンドカンのようで、とてもコッキングが必要なショットガンとは思えません。
ガシャッ、ガサッ。
トラ吉の最後のコッキング音とほぼ同時に、トラ吉の顔の横のブッシュが揺れました。
発射音はほとんど聞こえなかったのですが、確かに目の前を白い物が通り過ぎたのです。
「なんや、そう言うことやな。チンドンとバンパクがいきなり撃たれた訳も分かったっちゅーもんや」
「ここは私に任せるクマ。うさぴょんは先に進むクマ」
ブッシュの向こう側からクマノフの声が聞こえました。
トラ吉はクマノフか隠れているブッシュに狙いを定めたまま横へ移動していきました。
ブッシュの向こう側に少しでも相手の体が見えたら即座に仕留めるつもりです。
トラ吉はクマノフの南側、10メートルほどの所です。少しずつ位置を東側へとズラしていきます。
「次のワンショットでしとめたるで……」
さすがのトラ吉の顔にも汗が浮かびます。
そして次の瞬間……
ボフボフボフボフ。
トラ吉に向かって数発の白い弾がブッシュを越えて飛んできました。
トラ吉は即座にその場に伏せます。
狙いが甘かったのか、トラ吉は回避に成功しました。
ですが、あと一瞬でもトラ吉の伏せるのが遅ければ、トラ吉はアウトになっていたでしょう。
クマノフは目の前のブッシュの隙間、ほんの数センチだけ空いた場所を銃眼のように使い、トラ吉を攻撃したのです。
しかし、これだけ小さい隙間では満足にサイトを覗くことも出来ず、うまくトラ吉を捕らえることは出来ませんでした。
トラ吉は弾の飛んできた位置に向けて伏せた姿勢から連射を開始しました。
バンッ、バンッ、バンッ。バンッ、バンッ。
伏せている関係でコッキングがしづらく、先ほどの連射ほど速くはありませんが、弾は確実に先ほどのクマノフの位置を捕らえています。
トラ吉は5発を連射し、コッキングをしました。
そしてカラになったシェルを地面に落とします。
トラ吉はゲーム開始前にコッキングを行ってからシェルを交換しているため、装弾数10ショットのSPAS12でも、実際には12ショット以上の弾が入っており、現在もチャンバーには弾があります。
素早くシェルポーチから次の弾を取り出し装填すると、地面に落ちたカラのシェルをポーチに入れました。
トラ吉はゆっくりと伏せた状態から少し姿勢を上げ、先ほどクマノフが居た場所に狙いを定めたまま、さらに右へと移動していきました。
そして、ブッシュの反対側、クマノフが隠れているはずの所が見えた時、すでにそこにクマノフの姿はありませんでした。
「……ちっ……」
しかし、時間からも、移動音がしてないところからみると、まだ遠くに行っているとは思えません。数メートルの移動がせいぜいです。
トラ吉はいつ弾が飛んできても防げるようにブッシュをバリケードにとり、目と耳に神経を集中し、クマノフを探ります。
「……どこや、どこ行ったんや……」
しかし、クマノフの気配はありませんでした。
「まあええ、火力はこっちのほうが上や……」
トラ吉は、とりあえず2本のシェルをポーチから取り出し、地面に起きました。
そしてブッシュをしっかりバリケードに使い……
ババババババン。
気が狂ったような速度で連射を開始しました。
視界内の怪しいブッシュ、クマノフが隠れていそうなブッシュに向けて、片っ端から撃ち込んでいきます。
そしてしっかり10発撃ち終わると、カラのシェルを地面に落とし、あらかじめ地面に置いて置いたカラのシェルを拾い装填、そしてまた連射を開始します。
ババババババン、カサッ。
その異音を、トラ吉は聞き逃しませんでした。
そして、その発生源である西方向、そこでブッシュが揺れたのも見のがしませんでした。
トラ吉は少し左に方向を変え、
「クマー!そこやー!」
トラ吉は揺れたブッシュのさらに奧にあるブッシュに銃を向け、
ババババババン。
バチーン☆
甲高い音が上がりました。
その音は、トラ吉のゴーグルから発せられたものでした。
「な……なんや!?」
「ヒットやーーーーーーーーーーー!!んなアホなーーーーー!」
弾は予想外の方向から飛んできていたのです。
トラ吉は西方向に向かって撃っていたのですが、弾は北方向から飛んできていました。
「関係無い所を撃って私の位置誤認させたクマ。おまえが撃った場所には誰もいないクマ」
弾が飛んできた方向から声がしました。
トラ吉がそちらを見ると、ブッシュの向こうから現れたのは案の定クマノフでした。
そして、そのクマノフが持っていたのは、遙か昔のガスガン、固定スライド拳銃のCZ75にサイレンサーを付けた物でした。
サイレンサー付きのスライド固定式ガスガンという、発射音のとても静かな銃を利用することにより、敵に自分の存在を明かさず、結果として3人の敵を倒したのです。
トラ吉とクマノフの勝負は、こうして結末を迎えました。
「ふっ……俺以外、全滅とはな……」
トラ吉のヒットコールを聞いたグリ夫は自軍フラッグ周辺で、一人呟きました。
「まあいいさ、俺にはこれがある」
グリ夫はポケットから、キャラメルの箱を取り出しました。
グリ夫と同じようなランナーが書かれている古びたキャラメル箱です。
「ふっ……悪いが勝負を付けさせてもらうさ」
グリ夫がキャラメルのフタを開けようとした瞬間の事です。
バンバンッ、バスッ☆
「な……!?なに……っ……!?」
グリ夫は信じがたい現実を目にしました。
手に持っているキャラメルの箱に穴が空いていたのです。
そして、そのキャラメルの箱に書かれているランナーの絵。グリ夫そっくりなランナーの顔面は、無惨に打ち抜かれていたのです。
ガサガサと近くのブッシュの中から笑顔で出てきたのは白いウサギ。その手のはグロック26。
うさぴょんがグロック26で、グリ夫のキャラメル箱を撃ち抜いたのでした。
「……と……と……」
グリ夫の目に涙があふれ出してきました。そして……
「父さーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!」
辺り一面にグリ夫の絶叫が響き渡りました。