「今、そこにあるオタクの危機」 第3回

『オタク学入門』はナゼ必要であったのか?

text : 岡野勇

2004/12/18


 余談入れているとズルズルと長くなっていくので(^^;;)、ちゃっちゃと進めていきますね。
 あ、今回少し長いです。
 分割を考えたんですが、キリの良い部分ってのがえらく中途半端なあたりになっていたんで、もうそのままにしました。



 前回までに何度か「オタクは後ろめたい趣味」という言葉を使ったので、今回はちょっとそこから広げます。
 というのも、この「オタクが持つ後ろめたさ」ってものすごく大きな要素だと思っているので。

 僕はオタクに「後ろめたさ」があることは当たり前だし、今更消すことも出来ない経験だと思っています。
 けど、市場として認知され、層が膨れあがってきた中では、今や「別に後ろめたい趣味だとは思っていない」とか、思っていてもその“後ろめたさ指数”が低いところにあるとか、そういう人たちも増えてきている。
 最近一部で起き始めているっぽい(らしいですよ)「オタク論争」みたいのも、突き詰めていくとコレがあるか・無いか? が核にあるようです。

 例えば、このサイトでもたびたび触れてきたフィギュア。
 「80年代のようにフィギュアがとんでもなく後ろめたい趣味であり、造形物趣味の中でもイロモノ扱いだった」頃と比べても、完成品・食玩ブームの中でこんなにフィギュアに接する人口が増えた現在、「今更それは無いだろう」というのはある意味正しい感じ方です。

 いくつかそういうことから広げた文章を読んだのですが、中には「オタクの定義について、第1世代が“後ろめたさ”を無くしてポジティブな意味のみに変えた」的なものもありました。
(「第1世代」という言い方は好きではないし僕はよくわかってないんで使いたくないんですが、この方がわかりやすい人もいるかと思うんであえて使います。)

 が、これは僕からすればマトハズレ意見もいいところで、現在いわゆる“第1世代”とカテゴライズされている岡田斗司夫氏の著書『オタク学入門』の根本にあるのは「後ろめたさの肯定」です。決して「意味を変えた」わけでも「無くした」わけでもない。
 あえて言えば、変えたのは意味ではなく「捉え方」「考え方」ではないかと。

 「後ろめたさが低くなった」ってのはあるのかもしれない。
 90年代中盤以降の、爆発的にオタク界にいる人数が増えてきた状況。また完全に飽和状態に達した「市場」。
 増加する一方のこの状態は、僕は「10年ほど続いているオタクブーム」だとすら思っている。
 こういった要素も絡み合って「後ろめたさの濃度は低くなった」。
 ただ、コレって多分正確に言うと「後ろめたさの濃度が低く“された”」ではないかと。
 それは場の空気や、ソフトやグッズといったいわゆるオタク業界という「市場」の思惑などによって。

 けど、無くなってはいない。
 ある種の絶望的な事実として、その考えは幻想でしかありません。

 僕は“後ろめたさ”がついて回るのはオタクの宿命だと思ってます。
 ある意味「前提」ですね。
 だってホントにそれがすでに無いものだったら、もっとオープンな状況になっているはずです。

 「アキハバラがああいう形になったのはオープンになった、後ろめたさが無くなったから」?
 違うでしょ。
 森川嘉一郎氏の著書『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』では、不特定多数の趣味に流されて一つの街が「別の形になった」と考えています。
 これはたぶん正しいと思う。
 「訪れる人の趣味合わせていたらああなった」という、ミもフタもない書き方するなら「成り行きまかせのシムシティやっていたら、偶然ああなりました」みたいな。
 街作りの在り方としては恐ろしくイレギュラーです。だって「こういう風にする」っていう計画性がないんですもの。


※おそろしく余談ですが、昔仕事の取材で会ったある街作り研究をしている経済学の先生に聞いた話を思い出しました。
 アキハバラが森川氏の言うような街であるとして、その対極にあるのが渋谷です。
 渋谷はお隣の原宿に若者が多く訪れていることを羨ましく思い「そこから人を呼び込み、若者文化を多く内包した若者向けの街にしよう」ということで、街作りの計画が進み現在のカタチになりました。(言われてみりゃ僕が子供の頃とか、モスラが襲来した頃は今みたいな街じゃなかったわけで。)
 そしてその結果「計画通り若者がいっぱい来るようになった」わけですが、「若者は金を持っていないので、安い物しか売れず、結果的に街自体に大して金が落ちず、経済的プラスには大してならなかった」という、 「街作りを“失敗した”最もわかりやすい例」 の街になった…と。
 一般的に「若者文化発信地」「賑やかで成功した街」のイメージですが、経済的観点からは「失敗している」そうです。
 だから渋谷では、小さな店舗は月単位でコロコロ入れ替わることも珍しくない。
 あれは「若者文化の中でのブームが月単位で変化しウンヌン…」だとかいう現象的な問題ではなく、「商売として成立しないんで撤退した」という経済的な理由です。
 「街には行く」。けど「金はほとんど街に落とさない」のが渋谷と、渋谷の若者。
 対してアキハバラは「趣味のためならメシ代削ってでも金を使う」輩が多いので、街にも金が落ちている。(ただ、同じようなものを扱う店が増えたために、そこでの価格競争と、それによる敗者は発生していますが。)
 以上、余談おわり。


 僕が考えている「後ろめたさが無くなってオープンになっている」ってのは、例えば「代官山に何の違和感もなくアニメイトがある」ような状況のことです。
 僕らにとって「文化のアウェイにあるような場所(オサレ感が溢れているような)」にも平然とあるような状況。

 アキハバラってのはそれらを隔離した特別地域でしかないわけで、その意味でやはり「オープンにはなっていないし、後ろめたさが無くなったわけではない」。
 隔離する必要がないくらい「後ろめたくないモノ」なら、他にもああいう特区は出現している。
 正しい言い方をするなら、たぶん

 「アキハバラがああいう形になったのはオープンになった、後ろめたさが無くなったから」

 ではなく

 「後ろめたさはある趣味の人たちが、一カ所に訪れるようになったらアキハバラがああいう形になった」

 です。
 だから僕は「ここ10年ほどで後ろめたさは低くされたかも知れないけど、無くなってはいない」を前提にしています。
 また「後ろめたいモノであるから否定されなければならない」だなどとも思っていません。


 『オタク学入門』で定義・提示された「オタクの定義(オタクは知的エリートである)」ってのも「後ろめたいものであること」が前提だし、それから逃げられないからこそ生まれている。
 『オタク学入門』はあの時代に出るべくして出た本だったし、それ以前の僕らが置かれていた状況においてあれは必要な物だった。

 最近、あの本を脊髄反射的に(中には一度も読んだことが無いことが丸わかりな論調で)批判している意見も見ることがあります。
 「なんであの時期にあの本が必要で、当時のオタクには事件であったか?」の文脈すら理解出来ていないものも見かける。
 現在の視点と感覚でしか考えていないというかな。
 そういうのは僕からすると、それこそあれ以前の歴史とかを全部無視した上でほざいている「文脈を全く無視している」ものでしかありません。
 「第二次大戦って、日本とアメリカが一緒に戦ったんでしょ」とか思っているレベルの奴が「戦後民主主義はダメだったね」とか言っているのに近いかなあ…。(少なくとも僕には。それくらいトンチンカンなことを言っていると。)


 「オタク」という呼び方は、83年に発売された『漫画ブリッコ』6月号で、中森明夫氏が執筆した「『おたく』の研究(1) 街には『おたく』がいっぱい」で使われたのが初とされています。
 ゆえに今に至るまで中森氏は「オタクの命名者は自分」という発言をしていますが、これは「命名者」という部分では事実なのだけど、“本質”を理解していたわけではない。
 中森氏はなんでそういう人たちがお互いを「おたく」なんて呼びあい方をするのかも、彼らがどういう視点や考え方を持っている層なのかまでも言及できなかった。
 そもそも、まだマニアもファンもコレクターもごっちゃの時代だったってのもあるわけですけど。
(こう書くと中森氏を批判だけしているようですが、80年代中盤という早い時期に他者に先駆け 「文化の中に従来カテゴライズされていなかった“違う人たち”のジャンルがある」 ことを見いだしたアンテナ感度は、僕は高く評価しています。)

 対して『オタク学入門』が提示した「オタク」のカテゴライズというのは、中森氏のカテゴライズではごっちゃだったマニアやファンやコレクターとは違う“突出した人たちがいる”ゆえの必要性だった。
 80年代後半以降になって、中森氏のカテゴライズした「オタク族」という言葉では説明が付かない種族、視点の提示が発生してしまったのだと。
 変な書き方かも知れませんが、中森氏が分類をしたのがオタク(というか大衆文化の一部分)における「ダーウィン進化論」だとしたら、岡田氏が定義したのはそこにおける『ワンダフルライフ』だったのかもしれません。
 進化論では説明が付かず、どうしてもピースが埋まらなかったパズルを埋めたのがアレであったと。
 僕らは文化史というバージェス頁岩の中から現れた“なんか変な生き物”なんですよ。けど、その従来の概念では理解できなかった“なんか変な生き物”は、間違いなく存在していたわけです。



 で、「なんでソレがそこまでのインパクトと支持を得たのか?」といえば簡単なことで、遙か以前にこのサイトでも書いたように「89年8月」に起きた宮崎事件を契機に、現在オタクとされている人たちと“場”は、社会の中で致命的に追いやられていったからに他なりません。
 80年代に一度「アニメが好きだ」とかそういうことがオープンになりつつあったにもかかわらず、それらは潰され、再び人前でカミングアウトすることが難しい趣味になってしまった。
 それくらいあの事件の中で繰り広げられたマスコミの、「魔女狩り」としか例えようがない報道や論旨の展開は大きな影響を残してしまった。

※個人的な印象で書けば、あれらの報道は「場にいる人間の数がまだ少なかった」「リリースサイドにあまりにも疑問を持っていたヤツがいなさすぎた」からこそ問題にもされなかったけど、間違いなく「報道被害」だったと思っていますし、近代のマスコミ史の中でも最も醜悪で恥じるべきことであったと思っています。
 そして最大の問題は「当時リリースサイドにいた人間に、そういう認識を持っていた・後に反省した人があまりにもいない」ってことです。


 また、「オタク市場」なんてものが明確にある現在とは異なり、あの本が出現した頃ってのは例えば書店でオタク向けの本と言えばアニメ誌とわずかなアニメムックくらいしかなかった。
 市場として成立していないし全く認知もされていない時期ゆえ、評論本すらほぼ無い状態。
 宮崎事件以降にオタクが注目されたとき、『別冊宝島 おたくの本』をはじめとしていくつかの「オタクってのはこういう人たちである」的な書籍などは出ましたが、それらはほぼ全て「オタクとコレクター・マニアの区別も実に曖昧でいい加減」か「外の人間がウォッチングして勘違いしたモノをそのまま提示している」か、根本的に間違っていることを思い込みで決めつけているものばかり。
 その他の文化人やら、オタクを自称して登場した宅八郎だとかはもはや論外。ただオタクのイメージを悪くするだけ悪くしたって印象です。

※宅八郎については語りたくもありませんが、一応書いておくと、語っていることやオタク知識は当時のオタク層の中でも相当に“薄い”んだけど、とにかくビジュアルイメージが強烈だったこと。そして、そのイメージが一般的に受け止められていた「ネガティブイメージのオタク」に合致していたためにもてはやされてしまったと。
 もちろん彼自身はどう考えても「それがわかった上で、自分のウリとして」あのネガティブイメージそのままな姿を提示したんだと思います。なので僕は彼について「あの時代の中でオタクのネガティブイメージをさらに加速させた戦犯」だとしか思ってません。


 そういう中で90年代中盤には『エヴァブーム』が起こり、再び今度は別の意味で僕らが注目された。
 けど、やっぱり外の人たちにしてみれば、なんであんなブームが起こって、どういう人たちがそれを喜んでいるのかがよくわからない。
(一方僕らはパソコン通信時代の中で、新たな独自のコミュニティと繋がりを持ちはじめていたわけですが、これはまた話がズレていくので割愛します。そもそもパソ通時代のコミュニティについては他にいくらでももっと詳しく書かれておられる方がいますし。)

 そういった(今なんかとは比べ物にならないくらい酷い)蔑みと偏見。同時に湧いて出た注目というアンビバレンツで微妙な状況下で、「オタクという場の中にいるオタク自身が、外の人に“オタク”を説明したメディア」ってのは『オタク学入門』が世界初だった。
 「あの本はオタクを過大に評価している」って批判も読んだことあるけど、当たり前です。
 そういう時代背景の中で「後ろめたい趣味であることを前提にそれを肯定する」なら、「徹底的に過剰評価した理論武装と、プレゼンテーション。そしてプロパガンダ的な要素」は必要だった。

 あの本で岡田氏が提示した「オタク像」「オタクの定義」ってのは、それを否定するにしろ肯定するにしろ僕らの前に存在してしまった。
 それゆえ彼らの世代は「第1世代」と呼ばれることになったわけです。

※もっともこの「世代分け」ということをしているのは彼ら自身ではなく、「世代分けすることで納得したい・世代論という物にすり替えて納得したい思考停止している人たち」なんですが。これについては追って書きます。


 「if」の歴史を語ることに意味は感じないけど、でももしあの本による提示や、いわゆる第1世代達の様々な活動がなかったなら、今みたいに「アキハバラという街があんなコトになっちゃってます」だとか「オタクってのが市場としてここまで拡大している」だとか「後ろめたさというもの自体が、以前より遙かに濃度薄まっている」なんてことにすらなっていなかったんじゃないか? と。
(なっていたとしても規模は相当に違っていたんじゃないかと。)


 勘違いする人もいそうなので補足しますが、当時あの本を読んだ全員が肯定したわけではありません。
 『踊る大捜査線』を書かれた脚本家の君塚良一氏が語っていたことで僕は大きく納得をした言葉ですが、“主張”というのは、受け入れてくれる人がいる反面、強い考えであればあるほど「いや、私はそれには頷けない」という人も生まれます。
 それゆえ、主張というのは「それをした時点で、世界の半分に受け入れられない」し、「だから主張が強ければ強いほど、ヒットというものからは遠ざかる」。
 (主張をしていながらヒットもしたごく一部の作品は、ホントに「例外中の例外」なわけです。また『踊る〜』も氏によれば「僕の書いた作品の中でも、僕の主張がものすごく薄い作品」だそうです。確かにその後に書かれたドラマ『TEAM』は主張が強く、一部からの評価も高い作品ですが、「ヒットした」とは言い難いです。)

 これを僕なりに解釈すると「主張をした時点で世界の半分は敵になる」

 そして『オタク学入門』も“主張”を内包していた以上当然ですが、否定的なスタンスの人も多々いました。
 しかし、前述のように「自分たちが置かれている社会状況」そのものは肯定しようが否定しようが何ら変わりはありません。否定する人もそのことはわかっている。
 なので、否定する人は否定するなりに、それはもしかするとあの本の内容を丸飲みで肯定してしまった人以上に理解した上で否定していたわけです。
(この立場の別れ方。否定するにしてもそれなりの理解を持って挑む…という部分は、『ガンダムセンチネル』を巡って起きていた状況と同じですな。
 別の言い方すると「脊髄反射で批判」って、昔からバカのやること・何の説得力もないことだとしか思われてなかったわけです。)


 読まれた方はわかっていると思いますが、未読の方も岡田氏の提示し定義した「知的エリートとしてのオタク」については機会があれば読まれることをお奨めします。(まだ文庫版は入手できますし。)
 「オタクというのは何か?」をきちんと語り説明し伝えたメディアとしてあの本しかなかったことから、肯定するにしろ否定するにしろ、その後の「オタク論」の起点になっています。

 そこで提示されていた「本来のカテゴライズでの“オタク”」ってのと、最近多い

 「アニメを見ているから僕もオタクです。」
 「ギャルゲーに萌えてるから僕もオタクです。」
 「フィギュアやグッズをいっぱい買っているから僕もオタクです。」

 …なんてのは全く違います。
 フィギュアに関してもそういう人たちが大量にいるというのは以前『食玩テキスト』で書いたとおりですが、その他のアニメなどのジャンルに関しても同じ。
 「オタク」なんてその程度で名乗れるものではないんですよ。
 正しい言い方するなら、それらはファンでありマニアでありコレクターです。

 明らかに視点がクロスしないため、こういう層を僕は最近「ライトオタク」層と呼んで分けています。
 あるいは「自称・オタク」層

※ただ、この「ライトオタク」という呼び方は僕の中で暫定的です。呼称に関してはもう少し考えたい。
 理由としては、「ライトノベル」と同じ意味での「ライト」だと受け取られしまいかねないから。
 ライトノベルにおけるライトには、確かに「従来の小説や文学ってヤツから比べて格下だ」とされた蔑みのニュアンス。そしてそれが含まれたままで流通し始めたことから普遍化したものですが、同時に今では一つのジャンルを表す肯定的なニュアンスという側面も含まれています。
 しかし僕が呼んでいる「ライトオタク」におけるライトは、批判的なニュアンスしか含めていませんから。
 ムリヤリにでもそこに肯定的なニュアンスを見いだすとすれば「市場ってのに貢献している」とかそれくらいしか思い浮かびません。


 「どういうのがライト層なの?」と言われると難しい。
 ものすごく大雑把に書けば

「現在、オタクの場にいる“オタク”を自称している人の中で、本来のカテゴライズでのオタクに該当しない人たち全員」

 かなあ。

 ライト層は市場にとっては優秀な消費者かも知れないけど、でもオタクではない。
 しかしいつの間にやらこういった「○○が好きだから僕もオタクです」みたいなレベルが大量に増加し、「オタクってのはそういう人種のことである」みたいな認識がアベレージ化しつつあるのが現状。

 んでこの層には「好きだ」と言っている物に対して、その本質や文脈や原典にまでは目を向けない人が多いってのも、『食玩テキスト』をはじめBBSでも何度か書いてきたとおり。

 一例が昨年の『ガンダムSEED』放送時に出た「設定を巡る巨大な誤解」です。
 「ファーストははじめから鉄壁の設定を持っていた作品だったのに…」的な視点からの『SEED』批判がありましたが…
 この1年でさんざん書きましたが改めて書いておくと、『ガンダム』(1作目TVシリーズ)に対して現在オフィシャルになっている設定のほとんどは「放送終了後に作られたもの」です。
 当時盛んだった「ガンダムはSFか? 論争」の中で、対SFファン用に作られた…と同時に、受け手の遊びとしてみのり書房の発行したムック『ガンダムセンチュリー』などを基本ベースに生み出されました。
 さらに20数年間で、新製品や新作が出るたびに追加・変更されてきたのが「1作目に関する“現在の”オフィシャル設定」のほとんどです。(放送当時には「AMBAC」なんて設定は影も形もありゃしません。)
 「僕はガンオタです」と言っていながら、そういった文脈や原典には全く無頓着な人がいるわけです。
 オタクじゃないんですよ。「“現在”の公式設定に詳しいだけ」。


 結局こうも視点や価値観が違う以上、それはもう全く違うスタンスにいる存在。
 んで、過去3回『オタク大賞』とかをやってきた中で痛感したのだけど、これを一括りにしてオタクだと語ることも、同じメディアで「オタク的な視点です」と提示することにも相当に無理がある。

 「結局、違う層だというのを明確化する意味でも“オタク”と“ライトオタク”みたいに、新たにカテゴライズを分けちゃった方が双方にとって幸せなんじゃないの?」とか思うわけです。



 んで、「げ? まだ書き終わらねーのかよ?!」とかも思うわけです。(--;;)
 以下次回。

【了】


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