『ガンダム・センチネル』という「トラウマ」
その4

text : 岡野勇

2002/12/03


 長かったですが、この項、今回で終わりです。


★で、なんでオレは騒いでいるのよ? (^^;;)
 GFF『Ex−S』


 で、やっとこさGFFに話を戻します。(な……長……ッッッッッッッ!!!!!)

 これはカトキハジメ氏のガンダムイラスト集『GUNDAM FIX』を元に立体化する…というオモチャシリーズです。
 まあ「カトキハジメというMSデザイナーのブランド商品」というか、そういう位置づけの物ですね。

 なので、アニメに登場したMSでも「画稿そのままの立体化」ではなく、かなりリデザインされています。
 面白かったのは「ガーベラテトラ」でした。
 これは『0083』に登場したMSですけど、知っている人は知っていますが、設定上は元々「GPガンダムシリーズの4号機」なんですよね。それが流出してデラーズフリートに行き、外装が全とっかえされたのが作品に登場したアレ…という設定です。
 で、GFFでは「それが立体物としてわかりやすい」リデザインで商品化。
 ガーベラの赤い装甲の下にガンダム的なフレームが見えて、装甲外すとGP04にもできるというコンパチ仕様。(^^)
 解釈としても面白いんですが、オモチャとしても楽しめる1品に。

 このシリーズはフィギュアオモチャの出来としてもかなりレベルが高く、同サイズのガンダムオモチャシリーズである『MS in Action』シリーズに比べて造形も塗装もハイレベルです。(その分、価格も高いですが。)
 このシリーズで『センチネル』物はすでに『FAZZ』が出ていますが、今回ついに出た『Ex−S』。
 しかも、『センチネル』ムック本用に作り起こされた「リファイン版」と呼ばれるデザイン&カラーでリリース。

 この「リファイン版」ってのは『センチネル』ファンにとってまさに「トラウマ」中のトラウマでした。
 雑誌連載中にカトキハジメ氏によって描かれたイラストを元に、前述の「ワークス体勢の総決算」みたいな代物として作られたそれは、1/144とは思えない尋常ではない情報の高さが盛り込まれてしまっていた作品。
 なので、とてもじゃないですが、オレとか普通のレベルのモデラーにはどうやっても作れない物だったんです。
(この元イラストが描かれたのがすでに88年だよ…。そんなに経っているのか…)

 「リファイン版」というのはノーマルのEx−Sとは大まかに書くと以下が違います。
●肩に大型プロペラントタンクが付いている。
●カラーがただのトリコロールからブルースプリッター迷彩になっている。
●ムーバブルフレームのスライド可動による「装甲のズレ」の表現などを含めた高い「情報性」。
●頭部が少し小さくデザインされている。


 プロペラントタンクはデザインバランスがものすごく微妙で造形が超ムズ。
 肩装甲部分の可動表現はキットをバラして作るには、肩部分を全部スクラッチしないと不可能。
 つか、同じ形なんだけど全体のバランスが違うんで、プラモを改造しても絶対に「ムックに載っていたアレ」にはならないんですわ。(過去に幾人ものモデラーがチャレンジして敗退…)

 それがねえ…塗装済み完成品でリリースですよ。(T_T)
 肩のアーマーのスライド表現も再現可能ですよ。
 もう、涙出ますよ。オイラは…(T_T)



※ スライド機構の再現によって肩の「○」マーキングが上下でズレている。
 設定上は「ムーバブルフレームの構造は、干渉する装甲はスライドして可動範囲を広げる」ため。
 一見簡単そうだけど、これをプラモを改造して「完全に再現しよう」と思うとムチャクチャ大変。


 ちなみに、「可動にあわせて干渉する装甲がズレこむ」という解釈および設定自体は、これはあくまでオレ推測だけど『ファイブスター物語』の連載初期に永野護がモーターヘッドの「可動と装甲」について出した設定からの影響が大きいと思われるんですが。
(この設定が『FSS』で公に出たのが87年頃だったかなあ。『センチネル』連載開始の少し前に、海洋堂からリリースされた小田雅弘原型の「1/35 LEDミラージュ」が発表された頃だったような気がするんだけど。)

 また、作品というか「企画そのもの」が持っているメカデザインという物のコンセプトも、『センチネル』と『FSS』というのはある種の似たようなところがあるように思いました。
 それは『FSS』(永野護)が「アニメの動画では表現不可能なロボット」「TVアニメのロボットへのカウンター」としてモーターヘッドをデザインしたのと同様、『センチネル』では「TVアニメでは線を減らして描かれているけど、アレ(MS)が実在したらコレくらいの情報密度はある物なんじゃないの?」という考え方で、「立体映えするデザイン」「とにかく動画では動かすことは出来ないけど、立体物としては表現可能な複雑な面取や線の多さ」を用いているところとか。
 でも、こういった「アニメではないから」という事で用いたデザインラインが、その後のアニメの『ガンダム』各作品のデザインにおいて「センチネル的な方向にするか? どうか?」という足かせになってしまったのはある意味「皮肉」だとしか言いようがないんですが。
(それを「リセット」しちゃったのが『ターンA』だったり。)



※ 左は旧版HG(1/144)「Ex−S」を素組みした物。
 右は今回のGFFの「リファイン版」。
 塗装なども量産品のオモチャとしては実にハイクオリティ。
 「12年でコレが完成品でリリースされるようになった」というのは改めて驚かされる。
 こうしてみるとプラモより少し小さいのでGFFは「1/144」というスケールではないみたいだ。
 プラモは現在出ているHGUCはもっとマシなプロポーションだが、この旧版HGは設定デザインと異なる部分も多々あり、各所に不満が感じられる。
(つか、オレの塗装。汚ねぇ… ^^;;)



 ガンプラモデラーの世界では『センチネル』はそれなりに知名度がありますけど、オモチャという「モデラー以外もターゲットにしている商品」というものを考えると、『センチネル』ってのは果てしなく知名度がない。
 少なくとも一般認識として『Zガンダム』は知っていても『センチネル』は知らない。(^^;;)
 「カトキハジメのブランド商品」というオタク向けアイテムとはいえ、そんなパブリック化されていない物がね、それもさらに「これまでプラモ化されてきた(やっとオフィシャルになれた)オリジナルデザインの形状・スタイル」ではなく「リファイン版」でのリリースってのが。(泣)
(それでも通常のGFFよりは初期出荷数多いらしいですけどね。)


 もちろん「量産品」としての限界として、エッジが多少タルくなるとかそういうのは避けられないし、価格から逆算される再現性の限界とかもあるんですが。
 そもそもが、可動ギミックを入れることによってプロポーションが崩れることを避けるために、無可動モデルとして作られていたワークスの「リファインEx−S」に対して、関節が動かせるオモチャとして量産するという段階で、ある程度のプロポーションなどの犠牲は致し方ない。
 そういう意味では「100%完全なコピー」ではない。

 でもまあ、「コピーが不可能な物」として提示されていた物がオリジナルの「リファインEx−S」だったわけで、それを考えると「可動ギミックを入れても、量産品でここまで再現している」ってのは、やはり評価したい…と。
 ガレージキットでこれと同じクオリティの物を出したら「4500円」っていうこの価格では絶対に収まらないハズなわけだし。
(別の考え方をすれば、以前では明らかにここまでの再現性は不可能だったわけで、そういう意味ではフィギュアオモチャのメーカーサイドの製作技術の向上も確認できる一品でもある。)


 ただ「GFFというシリーズ展開してきたオモチャ」としては、この商品は伝家の宝刀を抜いちゃったようなもので、GFFスタート時にユーザーが求めていた物の一つの帰結点のアイテムをついに出してしまった。
 そして、「これを出すがためにこのシリーズそのものがあった」ような部分を考えちゃうと、これから出る残りのアイテムはもう「消化試合」にしかならない。
 そういう意味では、実にハイリスクなオモチャでもあるのかも。



 もうね、オレの中で「今年一番感動したオモチャは何だ?!」と聞かれたら、即答でコレですね。
 よりにもよって、バンダイの物。(^^;;)
 ある程度の売れる数が見越せた商品だとか商売的なニュアンスを考えた上でも、「面白かったオモチャ」や「出来の良かったオモチャ」は他にもあるけど、「リリースされたことそのものが感動だったオモチャ」ってこれだけだな。うん。



★まとめ −虎と馬はまだ続く…−

 とか考えながら、「ああ、オレはまだ(12年も)『センチネル』ひきづっちゃっているのね…」とか思ったり。

 アニメの『ガンダム』(1作目)が、当時のアニメファン。及び「アニメそのもの」にとっていまだトラウマのごとき影響を遺し続けているのと同様、「ガンプラ」にとっては『センチネル』ってのが似たようなニュアンスとして遺り続けているわけで。(オイラは両方ひきづっているわけですが)
 そういう意味では確かに、別冊初版のオビに書かれていた「本当のガンダム」って文句はあながち間違っていなかったわけであることだよなあ…とか12年目にして思ったり。

 それが「使い捨て」とか「企画が終わったら、ハイ、それまでよ」なのではなく、受け手の中に(それがどのようなカタチ・評価であれ)遺り続けるモノ。

 これは経験則としても思ってしまうことなんですが、結局、送り手が「クオリティ」とか「圧倒的なもの」ってのを目指さない限り、受け手がそれを感じることなんかまず絶対に無いわけです。
 それがどのような媒体・形態のことであれ、「モノを作る」という作業とか仕事ってのは、そういうものを目指したものと目指さなかったものという部分で「10年後の評価」(ひいては「それを作った意味」そのもの)ってのが決定的に変わってしまう。

 もちろん目指したものの何割かは、アニメの『ガンダム』しかり、模型の『センチネル』しかり「何か」が受け手の中に遺っていくんですが、目指さなかったものは数ヶ月もしない内に記憶から消されてしまうし、送り手自身にも何の成長も促さない。

 送り手それぞれで考え方の違いはあるんでしょうけど、「映像を作る仕事というものに携わっているオレ」は、後者って耐えられないんですよ。

 わかりやすい具体例としては変な例えかも知れないけど、ラオウが死んだ後の『北斗の拳』なんか、誰も憶えてないでしょ? (^^)


 なんかね、そういうコトなんかも含めて、このオモチャは「圧倒的なモノを作るということは、10数年後にもその魂を遺せるのかもしれない」ということを表していると思えたというのかなあ。


 「圧倒的なモノを作って送り出すというのは、どう言うことなのか?」


 思い返してみても、それがオレが連載時から『センチネル』という企画そのものや、送り手から感じていたことでもあり、惹かれ続けている部分なわけです。

 いや、ガンダムのオモチャ1個でそこまで書くのは大げさかも知れないけどさ。(笑



 全文読み返してみると、『センチネル』の設定とかメカとかそういう部分に惹かれ続けている人には、この「まとめ」で書いているコト自体がただの感情論というか精神論にしか映らないかも知れない。
 なんでこんなまとめなの? とか。
 その他の肯定派の人にしてみても、『センチネル』について「面白い」「惹かれ続けている部分」がオレと異なる人には絶対に面白くねえテキストだろうな…とかさ。(笑)
 アンチの人からすれば「過大評価にも程がある」とか思う部分とかあったかも。
 結局オレ自身が「その1」冒頭に書いたとおり、冷静になれていない部分も多々あるからわかりづらい記述も多々あったんじゃないかと。

 けど、連載の終わりにあさのまさひこ氏が「将来、モデラーではない、モノを作る人の本棚にこの本があったりするんじゃないか」というようなことを書いていたけど、その言いたかったことってのもおそらくはそういうこと何じゃないのか? と。
 実際、オレの仕事場の本棚には今この本があるわけだし。


 だけどまあ、そういうことを思ってしまうこともあるから「トラウマ」なんだろうなあ…とか思ったり。
 だいたい、ここまで長く書く必要はあったのか? とかね。(爆)
 この行為そのものがトラウマ故ですわね。


 とりあえずこんなクソ長いテキストを全部読んでくれた人には感謝です。(^^)


【了】

もどる