『クレヨンしんちゃん 戦国合戦』を観てきました。
2002/05/11


 あうー。実に遅ればせながら…という感じですが、最終日の最終回で『クレヨンしんちゃん』を観てきました。

 不満や「?」もかなりあったんですが、感動して泣いた時点でオレの負けです。(^^;;)

 まあ不満点は…すでにニフティのオタアミ会議室などでも書かれていましたが「タイムスリップ物」としては、出来が良いとは言えないです。
 「?」に関してはモロにラストのことで、オレの中でまだ「なんでああいう風にしたのか?」が見えていないと言うのもありますが、書いてしまうとこれから(ビデオなどで)観る人に対し「モロバレ」になってしまうので書くのは止めておきます。


 「感動」や「テーマ性の明確さ」とかそういう部分では、前作の方が遙かに高いと思います。
 が、「物語構成」の仕方は見事の一言。
 オイラはひじょうに感心いたしました。

 映像的には合戦シーンの描写があまりにも時代考証凝りまくっていて感動です。
 こういうものを観るたびに思うが「時代考証大変そう…」。オレは絶対やりたくない。(^^;;)

 まあ、そもそもオレは「歴史」で赤点とったくらいの歴史貧乏なんですが、なのでオレの知識がどれくらい正しいのかは不明なんですが、だいぶん前に何かの本で「戦国時代の合戦の現実」のような物を読みまして。

 で、それには「戦国時代の合戦というのはものすごく人が死んだような印象があるが、実は他の時代の戦と違って、度重なる戦の中で「暗黙のルール」の様な物がある闘いが多かった。また戦法が形式化していたことなどもあって、実は関ヶ原などのよほど大きな合戦を除いては、多くの人が思っているほど人が死んでいない」というようなことが書かれていました。
(前述のようにオレは歴史貧乏なので、それが正しい記述なのかどうかはわからんのですが。)

 でもまあ、今回の『クレしん』における合戦シーンとかは、まさにその通りだったりしたので「ああ、そうだったのかなあ」とか思ったり。


 また、戦国物ということもあり、今回は物語中で「しんのすけの仲良くなった人の死」が描かれました。
 これを描いたことは高く評価しつつも、「ああ、やってしまったか…」という気持ちも若干しました。
 もちろんそれは否定的な意味ではなく、むしろ肯定なんですが、「子供に対して死をちゃんと描いて見せること」って、非常に「いいかげんな気持ちでやってはいけない」事であると同時に「今の時代にやはり見せなければならない」ことでもあり、反面「だけど一度見せたら二度と使えない技」でもあるからなんですが。
(もちろんこの作品では「きちんと描いた」「しんのすけにとって意味のある出来事として描いた」と思うので、高く評価しているんですが。)

 自分が子供番組(『メカラッパ』)をやっていた時に「死」を書いたときにも思ったことだったんですが、なんか「本当にそれをやってしまって良かったのかどうか?」ってのは実は自分の中で答えが見えていなかったりするんです。
 もちろん「いい加減な気持ちで書いた」つもりは毛頭ないんですが、なんと言うかな…、もっと複雑な感情なんですが。


 なんというかな。
 総評としては「これがアニメでしか作れない日本映画の悲劇」の様な物は感じましたね。
 物語としてはもう、オレ的には大合格!!
 恋愛物としても、個人的には「ツボ」だったんでOKです。



 以下余談です。

 まあ、これを観たり、ちょうど前夜にネットで「庵野監督の結婚パーティーの様子」とかニュースで観ていたりしたこともあったりするんですが、なんというか「ジブリって今のアニメ界でどういう必然性がある組織なのか?」とか思ってしまったりしました。

 ジブリの作品(特に昨年の『千と千尋』)などは「技術的にスゴイ」のはシロウトが観てもわかるくらいですから相当スゴイと思うんです。
 だけど「話」が…。なんか、いまだに「マジメに語ろうとすると苦労する」ってのはどうよ? みたいな物がありまして。

 「生ロリ指数がメチャ高で、ハンパじゃないッスよ! これからはロリ+金太郎腹掛けッスよ!」

 とかだったら簡単なんですが。

 逆の言い方すると「何十億円もかける必要はあったのか?(あるのか?)」という映画製作の根本とも言える部分(「大金をかけなくても面白いマンガ映画は出来る」)を、『クレしん』を観て改めて考えてしまったりしました。

 でで、「僕らは初めてのコピー世代で、さらにその下にコピーの粗悪品がいる現状」というのを以前から言っている庵野監督の発言にも疑問を持ってしまったりしたわけです。

 なんか今週は脳が疲れていて、遠回しな書き方とかする気力がイマイチ無いので(^^;;)ストレートに書いてしまいますが

「そりゃ、あんたがヒットさせたのは全部コピーによって成立させていた作品だったかもしれないけど、それで他まで総論で語るのはどうよ?」

 ってコトです。

 これにおける「コピー」がどのレベルの段階の物までを指しているのかがイマイチよくわからないんですが、仮に

「過去にあった作品からの影響(フィードバックやオマージュ的な物も含めた表現)」

…であるならば、今の日本のアニメに「オリジナル」は存在しません。
 例えばジャンルとして「スーパーロボット」「リアルロボット」という区分けの「根元」を生み出した富野監督だって過去作品からの影響は受けているわけです。
 宮崎監督だって、彼が入る以前からの「東映動画」(というか高畑監督)の影響を受けている。

 これを言い出して「否定的・自虐的」になりはじめたら、音楽業界なんかもっと悲惨です。プロミュージシャンの友人がかつて言っていた言葉ですが…
「ドレミファソラシ。音楽がこの7つの音の組み合わせでしかなく人間がそれを作る以上、おのずと作られる音楽には限界がある。だけど音楽を作る人間はそれでも新しい物を探して作る」
 良い言葉だと思いました。


 「最近のアニメは観てませんね。全然観てません」とかスカしたこという前に、「こういうのもあるんだけど、それはどうなの?」と思ってしまったりしました。

 まあ、何が書きたいのかというと「コピー世代」というコトバで、こういう「マジメにそれでも何かを生み出そうとして言う人たちをも一括りにしてしまうのはどうよ?」と思ってしまった…ということなんですが。


 余談の方が長かったな…。(^^;;)
 つか、脳が半分停止している状態なので、まともな文章になっていなくて、文意わかりづらかったらスイマセン。(^^;;)


【了】

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