様々な『パトレイバー』・1

text : 岡野勇

2002/04/16


 さて、前回感想を書いた映画『WXIII』ですが、今回は『WXIII』ではなく『パトレイバー』全般の話です。

 なので、これは『WXIII』のネタバレとかは無いので、未見でこれから見る予定の方も安心してください。


 はじめに書いておきますが、ちょっとどころか、かなり「うがった」書き方してます。

 しかも「オレ推測」が多分に含まれています。

 しかもしかも、もしかしたら書いてある一部の「オレ推測」については、もしかしたらすでに何らかしらのメディアですでに「真実」が語られてしまっているかもしれません。
(さすがに全般的にいろんなものに目を通しているわけではないので…。しょせんオレも偏っているメディアしか目を通していませんから。)

 また、年期の入っているオタクの人などには「何を今更」で「とっくに知っている」「知ってて当たり前」な記述も多いかと思いますが、ちょっとヤング層に媚びれば若い女子オタにモテるんじゃないかと思ったわかりやすいようにしてみたので、そのへんはご了承ください。


 あ、あとオシイスト(押井守原理主義者)の人。怒らないでね。
 別に悪意あるわけじゃないので。



 前回書いたように、今回の映画『WXIII パトレイバー3』ではシナリオをマンガ家の「とり・みき」さんが担当しています。

 若い人の中には、この起用に違和感や「?」を感じる方もいるかも知れません。
 が、オレとかは実はけっこう「やっと登板」って感じがしちゃうんですな。

 コミック版を書いていたゆうきまさみ氏が、自分のサイトで少し前にこのような事を書いていました。

 まずは、氏のこのサイトの文章を読んでください。


■パトレイバーの夜
http://www.yuukimasami.com/sketch/sketchbook.php?id=02d712769d81adcf1838692cfafec900


 こういう直リンって問題あるのかもしれませんが、でも、この後のことを書くにあたって、本来なら「○○という雑誌の○○号のこの記事に…」とか資料的な記述をキチンと入れていって成立させるべき物なんでしょうが、どーにも個人が趣味でやっているサイトでそこまでのことも出来ず、ほとんどが記憶だより。
  なので「簡単に見ることが出来る唯一のオフィシャルな(作り手側だった人の)コメント」のようなものとしては、オレの中ではゆうきさんのサイトのあの文章ってのは「避けて通れない」物でもあったし、勝手な部分引用や「勝手なコピぺ」して文意を歪曲してしまう可能性があるかも知れないよりはいいだろう…と思って直リンクの形を取らせて貰いました。

(もう1つ、押井守監督がモデルグラフィックス誌に書いていた『迷走ガジェットFILE』も全文web上で見れれば一番わかりやすいんですが。)



 さて、ゆうきまさみ氏によるこの文章は、オイラにとって「長年喉に引っかかっていた小骨」が取れた想いです。

 さて、なんでこの文の中でゆうき氏が「そのあたり分かって下さいよ押井さん。」と書いているのか? これについて少し知らない人のために書いておきましょう。


 押井守氏は言わずと知れた『機動警察パトレイバー』の初期ビデオ版6本と劇場版2本を監督。
 TVシリーズでは数本の脚本を書いてます。
(TVの脚本については、その他の作品製作に関わる「交換条件」的に書かざるを得なかったようですが。)


 で、この押井監督が2年ほど前くらいでしょうか。
 模型雑誌『モデルグラフィックス』誌での自分の連載『迷走ガジェットFILE』で数回に渡り『パトレイバー』における出渕裕氏の「ロボットデザイン」をボロカスに書いていたんですね。(全文を読みたい人は、2年くらい前のMG誌を読んでください)
 これがまあ、「ボロカス」って書き方しましたけど、実際はそんなレベルじゃなくて、ほぼあからさまに「デザインをやった出渕裕」への個人攻撃に近い内容です。

 オシイストに言わせると「あれは押井さん流の冗談も含まれているので全部ストレートに受け取っては行けない」んだそうですが、わざわざDVD版のパッケージデザインでイングラムのデザインを改変したり、「別デザインのイングラム」を使った短編映像を作ったりしている行動。さらにはMG誌の文中で「他のスタッフからも不満が出た」とまで書いていることなどを考えると「オレはそこまで(オシイストのような押井監督への)優しい文意の解釈は出来ない」というのが本音です。

 この「押井解釈でリデザインされたイングラムは、件のMG誌連載や、簡単なところではDVDの劇場版『2』のパッケージを見れば確認出来ます。
 MG誌に掲載されたときには、細かいキャプションまで付いていました。
 例えば、待機中は有線による電源供給を受けているとか、レイバーキャリアに積載時はコネクターで接続されているとかね。

 で、上記の「このデザインのイングラムが登場する短編実写版映像」は2分ほどの短い映像ですが、その後の『G・R・M戦記』(企画凍結)や『アヴァロン』で使われた「実写とデジタルの合成実験」のような意味合いで作られたみたいです。
 TV(NHKの『トップランナー』など)でも何度か流れたことがあるので見たことがある方もおるんではないかと思います。(なんかの特典映像に入っているんだよな確か。オレはNHKで見たんだけど。押井解釈デザインのイングラムが「街中を歩いていく」とか「都庁近辺でヘリコプターと闘う」などの短い映像作品です。)


 とにかく押井監督は出渕氏のデザインした「98AVイングラム」のデザインが気にくわなかったようです。それもハンパでなく。
 その他の登場するレイバーについても、とにかくほとんど全て気に入ってないようです。(タイラントやヘルダイバーについてもボロカスです。)

 コミック版での宿敵・グリフォンについては「あげくに空を飛びやがったグリフォンにいたっては論外」とすら書いてました。
 唯一気に入ったのは、劇場版『2』のクライマックスで柘植が地下通路に設置していた「有線式無人多足移動砲台・イクストル」だけみたいですね。
(皮肉なことに、押井監督は気に入ったこの「イクストル」。オレには20年近く前の大友克洋の名作コミック『武器よさらば』に登場する無人ロボット「ゴング」のパクリにしか見えないんですが…。)


 で、MG誌の連載では「なんでそこまで出渕デザインが気にくわなかったか?」が(それはもう大人げないくらい)延々と書かれており、見開き2ページにテキストびっしりの月1連載で4回くらいにわたって書かれていました。
(さらにはもっと以前の『紅い眼鏡』の時の「プロテクト・ギア」のデザインについてまで話を持ち出しているあたりが、オレが「個人攻撃に近い内容」だと思った部分です。)


 まあ、突き詰めて簡単に要約すれば「実際にアレ(あんなレイバーなどと言う二足歩行ロボット)が存在したときに、ロボット工学などを考えたら整合性とかが全くない・理屈的にあり得ない。軍事的運用などにいたってはもっての他で使い物になるわけがない。出渕デザインはそういうことがまったくわかっていない幼稚極まるものだ」っていうようなことです。

 例えばイングラムやヘルダイバー(『1』のOPで陸自が使っている空挺レイバーです)などの「純粋に人型をしたロボット」については、「ロボット工学的に、歩くことを前提にするならば腰の位置はもっと高くなければならない。それによる重心移動によって歩くことが出来るので、それはある意味「自転車が走り続ける限りバランスが安定している」のと同じであり、故にレイバーは「ただ立っているだけ」という状態が一番バランス的に不安定だ」と。(このへんは押井氏が自らノベライズした『2』の小説版でも後藤のセリフで語られていますが。)

 軍事利用に関しては「あんな正面の被弾面積が大きい物は現代戦車における思想に反しており…」とこれまたボロカス。
 ここまでくるともはや根本的な「ロボット物アニメである」という「作品設定世界観」への否定です。
(で、こうまで書くからには「ロボット工学的にも理にかなっている」はずのリデザイン・イングラムですが、個人的な感想を素直に書けば「カッコイイとは決して言えず、かといって『ボトムズ』におけるATのような格好悪い面白さがあるわけでもなく。さらにはハリウッド映画に出てくるロボットや『ジュブナイル』に登場した「ガンゲリオン」のようなガチャコン感があるわけでもなく…。映像作品において何の面白味も魅力も感じないロボットデザイン」でした。)



 で、長くなりましたが、前述のゆうき氏が自らのサイトで書いていたのはこういった「発言」のことに対してです。
 ゆうき氏にとって『パトレイバー』は、「ああいう”日本が生み出した”アニメ的(もしくはマンガ的)なロボットが存在する世界」であることが大前提だったわけです。


 んで、このゆうき氏の文章が、なんでオレ的に興味を引かれた・喉に引っかかっていた小骨が取れた思いなのか? というと、ずーっと引っかかり続けていたことについて、ある種の確信が持てたからです。

 それはナニか? というと、上記の「押井発言」を読んだときから思い続けていたんですが、「リクツはわかりました。でも、あなたはそれを言う立場なのかな? 本当にその言い分はスジが通ってるんですか?」って事です。

 この「立場」ってのは「押井さんが『パトレイバー』という作品の監督である」ということではありません。
 『パトレイバー』という「企画そのものの中での立場」のことです。
 「スジ」というのも「理屈的整合性」のことではなく「仁義」の部分です。


 あの、こっから先を書くにあたって「オマエはアンチ押井なのか!」とか言われそうだったり、次回OTCに行ったら野田っちが口を利いてくれなくなっていたりするかも知れないんで(^^;;) あらかじめ書いておきますが、オレ、劇場版『1』『2』は大好きですよ。それはもうハンパでなく。
 両作品とも劇場で3回以上観ましたし。

 特に『1』なんか、あの作品における「帆場英一の悪意・憎しみ・動機・狂気」は、「押井監督が東京出身者だったから描けた物」だと思っていますし。
 別の言い方すれば、地方出身者である伊藤和典氏による脚本だけだったら。そして監督がやはり地方出身者だったらあそこまで行かなかったと思うんです。
 つか「『1』の具体的に語られなかった帆場の動機」について、地方の人は理解、もしくは感情移入ができたのか? ってのは公開当時からオレが思っている疑問なんですが。

 あの「都市を暗殺する」という感覚は、オレも東京生まれの東京育ちだから何となくわかったんですよ。
 あれが公開された頃のバブルがはじけはじめて、それまでの無茶苦茶な都市開発や地上げやらでメチャクチャに「された」東京を見ていて少なからずやはり思いましたもん。
 ちょうど『1』が公開される1、2年前に、建築見物にハマっていた時期がありまして、その頃にはまだ神田の裏の方とか行くと、変な建物だとか残っていたんですが、この『1』が公開された頃にはもうそういう物はほとんど消え去っていました。


 帆場ってのは劇中では姿すら出てきませんが、「東京はお洒落スポットが一杯!」というような東京の表層的な部分しか見ていない人には絶対にわからなくて、だけど「東京を住む場として、都市として見続けていた人間」にはなんとなくわかる…。そういう存在だったわけです。
(ちなみに「劇中では姿すら出てこない」と書きましたが、高田明美さんによる「デザイン」は存在します。)

 『天使のたまご』なんかもキネカ大森の上映で3回観に行きましたしね。
 『紅い眼鏡』は、ラストの紅一のトランクに入っているたくさんの眼鏡の内の2個はオレの物ですし。(^^)

 なので別にアンチってんじゃなくて「オシイストではない」って程度だと思ってくんなさい。(こう書いておかないと何言われるかわかったもんじゃないからね。 ^^;;)


 とか書いていたら、なんかスゲー長くなってきたんで今回ココまで。
 すいませんね。文章を短くまとめる才能がないんですよ…。


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【了】

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