『WXIII パトレイバー3』

text : 岡野勇

2002/04/13


 『WXIII パトレイバー3』を観ました。
 仕事がらみだったので『WXIII』だけで『ミニパト』は観てませんが。

 簡単に感想を書くと、事前の噂通り『パトレイバー3』を期待して観に行くとホントーにイタイ目をみます。

 特車2課はほとんど出てきません。
 『ガメラ』における自衛隊程度のポジションで超脇役です。

 主役はあくまで、謎のレイバー襲撃&猟奇殺人事件を追う所轄の2人の刑事。
 なのでタイトルも『WXIII』がメインタイトルで、『パトレイバー3』が副題になっているんですが。


 しかし! あえて言いますが「映画としての出来はかなりヨシ!!」です。

 『人狼』同様「アニメファン向き」の作品とは言い難いですが、もっと評価されていい映画だと思うな。
 先入観無しで、一つの「映画」として観ればそうとう出来がいいと思います。
 「好きか・嫌いか」で聞かれたら個人的にはかなり好みの部類の映画でしたわ。

 作品の雰囲気は一言で例えるなら
「パトレイバーの世界観(特車2課がある世界観)で繰り広げられる松本清張」
 …です。



※以下、ちょっとかなりネタバレ含んでいます。
 これから観る予定の人は観た後に読んだほうが良いと思います。














 特に各部に張られていたことが後々わかる「伏線の張り方」の見事さは激ウマ。(つか、「伏線」ってのは本来そういう物なんだけどね。)
 うん。伏線にそれ以上の「ドラマチックさ」を含ませているのは見事です。(これ、マジで相当上手く意味を含ませている部分があるんで、2回観ないと気づかない部分とかもあるかも知れません)


 押井守監督・伊藤和典脚本による劇場版『1』&『2』の『パトレイバー』も、伏線の張り方は非常に巧みでしたが、今回の『WXIII』との「違い」で言えば、押井版の伏線は「ロジカル(記号的)」な物として設定されていましたが、この『WXIII』では「伏線にロジカルさよりも「人間の体温・生活感」を感じるすげえアナログな感じの物」を取り入れています。


 今回の作品は、これまでの『原作:ヘッドギア』というカタチの物とはちょっと謂われが違って、ゆうきまさみのコミック版の1エピソード『廃棄物13号』をベースにしています。(『WXIII』というタイトルは「ウェイステッド・サーティーン」と読みます。「廃棄物13号」の英訳ですね。)

 原作と映像作品の比較はしても意味がないけど、今回はあえて「ゆうきまさみの『廃棄物13号』」との比較をちょっとしてみます。
 そもそも「ゆうきまさみのコミック版」はアニメ版(劇場版・OVA版・TV版)とは若干異なっていて、『鉄人28号』へのオマージュ色が強いマンガです。
 この中で『廃棄物13号』は本当に途中で入る1エピソード(コミックスにして1冊分くらい)で、「特車二課が怪獣と闘う事になるお話」です。
(正確には「怪獣」ではなく逃げ出して巨大・凶暴化した生物兵器のなれの果てなんですが。)

 「特車二課が怪獣と闘う事になる」というエピソードは、OVA版では伊藤和典脚本・押井監督版で。
 TV版でも出渕裕演出で似たようなエピソードが複数存在しています。
 これはまあ、ゆうき氏をはじめとして、作り手達の「巨大ロボットがいるならやっぱ怪獣と闘わせたくなる」という世代的な心理でしょう。(^^)

 コミック版の『廃棄物13号』については、何かのインタビューでゆうき氏が「いきなり描きたくなって入れてしまったエピソードだった」と語っていましたが。

 一応コミック版は、ちゃんと特車二課(パトレイバー隊)がメインでストーリーが進み、最後の闘いで怪獣を誘い出す場所も「近隣に何もない埋め立て地にある特車二課の敷地内」です。

 ただ、この展開。ストーリー設定そのものは面白かったんですが、基本設定として特車二課は警察官と言っても「捜査権」を持っていないんですね。
 そのため「何かが起きてから動く」という展開にせざるを得なかったんですが、映画『WXIII』で脚本のとり・みき氏がこれを廃して「所轄の2人の刑事」を主人公に据えたのは「捜査をしていく過程」をキチンと描きたかったからでしょう。

※なんで「マンガ家のとり・みき氏が『パトレイバー』のシナリオを書いたのか?」については、若い人にはわからないところもあると思うので次回書きます。


 「捜査会議」などの様子は『踊る大捜査線』以降、今や珍しくもなくなった「本庁からの管理官が室内前部に座り指揮を執り、所轄の刑事らが報告をする」というスタイルですが、これは『踊る〜』のマネなのではなく、『踊る〜』の本広監督や脚本の君塚良一が「『パトレイバー』を意識した」と公言していますから、むしろ『パトレイバー』の本来あるべき姿の1場面です。
(これまで『パトレイバー』でこういう場面が少なかったのは、ただたんに「特車二課には捜査権がないため」でしょう)

 しかもこの作品、製作発表から今回の公開まで「10年近く」間があいてしまいましたが、脚本を担当したとり・みき氏が最終稿を書き上げたのは「93年〜94年」だそうですから、『踊る〜』の1・2年前です。(オレが「製作発表」の記事を雑誌で読んだのは『2』の公開後でしたから、ホントーに10年前ですね。)

 この時点ですでにこういった「リアルな捜査会議」の描写を入れていたのは、そのころの「刑事ドラマ」を知っている人にしてみればいかに「先端的」であったがかがわかると思います。


 また、今回の映画化に際して、前述したようにコミック版の『廃棄物13号』がベースにはなっていますが、「主役を刑事にした」事以外にもかなりの変更がされています。

 特に主犯格である女科学者の設定はかなり膨らませていますね。
 『廃棄物』では「ただ科学という狂喜(狂気ではなく)に取り憑かれていたマッドサイエンティスト」だった西脇冴子に、映画版ではあそこまでの「切なさ」を与えたのは見事です。

 なんというか、たぶん彼女は映画が始まる遙か前。「娘が死んだ」時点ですでに「狂っていた」(こちらは「狂気」に取り憑かれていた)と思うんだけど、怪物となり殺される「娘」を前に、自らはその「娘」を再び抱きしめてやることも叶わず…母体が血を流すかのように死んでいくというラストのアイロニーは、ある種の「やりきれなさ」みたいな物を感じてしまい、下手な説明セリフで「冴子の動機」を明確に語られるよりも観る側の感情的な部分に「残す」ものがあったんじゃないかと思います。
(わたしゃ水木しげるの『墓場の鬼太郎』の第1話で、目玉オヤジが「子供がどんな姿になっても、親は生きていて欲しいと思うものだ」と語っていたのを思い出してしまいましたが。)


 ただ、全てに関して絶賛する気はなくて、多少の不満点もありました。
 例えば、もう少しあの2人の刑事が犯人を追いつめていく感じ&「若い刑事と冴子の物語」がもっと欲しかった…ってところでしょうか。
 「家族に捨てられた老刑事」と彼の「刑事のカン」。
 それに対する「家族を失った女の狂気」や「彼女を愛してしまった故に、老刑事のカンを否定したい若い刑事の葛藤やぶつかり合い」がもっと欲しかったかも。
(ただ、逆に「あれくらいの淡々さ」だからこそ「松本清張っぽい」感じになっているとも言えるんですが…。)

 あと、「冴子の娘への想い」はもうちょっと(あとほんの1シークエンスくらいでいいから)なにがしかの形で描写が欲しかったかなあ。


 なんだねー。個人的には「あと尺が20分あってもよかったんじゃないか?」とかちょっと思います。
(まあ、そうすると、アレ以上にさらに「アニメファンから引かれる」作品になると思いますが。 ^^;;)



 さて、ここからは『WXIII』ではなく『パトレイバー』全般の話…を書こうと思ったんですが、ムチャクチャ長くなってしまったのでコレはまた後日。


【了】

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