いまごろ夏休み映画をいろいろ観ております。2
2001/09/22


 自室と仕事部屋の「物」が、いい加減のっぴきならないくらいの量になってきてしまい、久々に大掃除を始めています。(この数ヶ月忙しくて雑誌とかも捨てていなかったとかそういうのもあるんだが。)
 掃除してどうなる問題では無いので、ここは思い切って「物を捨てる」方向で。
 まあ「捨てる」つっても、元々が収集癖あるので「一気に2/3ほど捨ててみる」とかそういうダイナミックなマネは出来ないんですが、とりあえずこれから10月までを「物捨て月間」とし、いらねーものを極力捨てる方向にしようかと。
 とりあえず今日は段ボール2箱分のマンガと雑誌を処分。
 売れる物は売って、売れない物は未練を断ち切り思い切ってポイ!

 なんだなー。
 目標は「物量の1/3減!!」。(たぶんムリ。できて1/10。)
 うーむ。「1日1個何かを捨てるようにする」ってのはどうだろう?
 そうすりゃ1年で365個の物を捨てることになるし、かなり片づくのでは…?

 「もうMGも出たし、こんなん作らないだろう」と思われるガンダムプラモもいくつか処分予定。
 もはや買い取りしてくれるところのないPC−98x1用のゲームとかもポイ!

 すげえなあ。
 計画通りに捨てられたら、総額ウン十万円のゴミだぜ。

 …でも ↑ こんな事やり始めた矢先だっつーのに、アキバのメッセサンオーで『月姫』の下敷き欲しさに同人ソフト買ってきたり(キャンペーンで2000円何か買うと1枚くれる)、ネットオークションでプリンター買ってみたり…。(大バカ)
 来週はいよいよ某ガチャフィギュアが出るので大人回しでガンガン回す予定だし。


 さてさて前回の続きです。


★『A.I.』

 あんま評判良くないけど…。オレは結構好きでした。
 予告編とかで思い描いていた話とだいぶ違ったってのもあるんですが。
 「別に泣く映画では無いなあ」とか思いながら観ていたんだけど、ラストは気が付いたら泣いてましたよ。
 ラスト20分が賛否別れているみたいですね。
 観た人がほとんどみんな言うけど、確かに「あそこ」でいったん「終わってる」んだよね。
 ただ、あそこで終わっちゃうと、ホントーに何にも救いがないからさ。(^^;;)
 たぶんめちゃくちゃイヤな気分で劇場を出てくることになるよなあ…とか。
 かといって、ラスト20分が「救いのためだけに付け加えられていることか?」つったら、アレがあることによって「テーマの部分がより強く完結している」と思いましたし。
 なので個人的には「あってよかった」んじゃないかと。(ふと思ったけど、あのラスト20分は「あそこ」で終わってしまったデイビッドの「夢」って解釈もあるんじゃないかなあ。「彼は夢も見れる」って冒頭の説明であったしね。)

 劇中の比喩でもキーワードとして『ピノキオ』が大きな意味を占めているけど、この作品そのものが「21世紀のピノキオ」ですね。

 キューブリックが作っていたらどんな映画になっていたか?ってのがかなり気になりました。
 スピルバーグはどちらかといえば登場人物に感情移入するタイプですから、そういった「キャラクターへのスタンス」はキューブリックとは対極です。
 あのキャラクターに対してとことん突き放した姿勢を通すキューブリックが作っていたらどんな映画になっていたんだろう?
 たぶんラストは違ったろうなあ。(つか、内容そのものが違ったかも。子供ロボじゃなくてセックスロボットの話になっていたかも。)


 相変わらずハーレイ君が尋常じゃなく上手いんでビックリでしたが。
 しかも途中で「水着姿(半裸)のハーレイ君が、年上男子(全員水着)に身体をなでまわされる」という、ショタ系お姉さま方にたまらないサービスカットもあり!(脳が腐ってるなあ…。>オレ)

 この作品で言っている「愛」ってのは「親子間における愛」なのでベクトルが違うんですが、同じロボットが「恋愛」としての意味の「愛」を追求するという『アンドリュー』に比べても遙かに出来が良いかしら?とは思いました。
 『アンドリュー』も大筋は好きだったんですけど、結局「愛を求める」ことの先にあるのが「肉体関係」に行き着いてしまうのがガッカリでした。悪い言い方だけど「陳腐だなあ」と。「結局見せたかったのは、その程度のよくある愛ってカタチだったのね」とか思ってしまったので。(オレはそれ以上の物のを期待していたんですけどね。)

 んで、そういう繋がりだからというわけではないんでしょうけど、ハーレイ君を導くCGの博士の声をやっていたのが『アンドリュー』で主演だったロビン・ウィリアムスなんですな。(エンドクレジットで気づいたんですが。)

 でもまあ、個人的にはショタっ子よりもマルチとか、萌え指数高めなロボッ娘が主役でこの映画が観たかったというか…。(爆)
 『メトロポリス』のティマの描写で決定的に欠けていたことがあったんではないかと。
 そいや、劇中「箱」しか出てこないけど、どうやら「女の子タイプ」もあるみたいなんだよね。>ロボット子供


★『ファイナルファンタジー』

 なんつーか…観る前から決めつけはどうかと思うけど、確信してたことがあって…
 それは「この映画はストーリー的にはたぶん、オレの中でゲームの『FFX』を超えられはしないだろうなあ…」ということだったんですが。
 んで、見終わっての印象としては「やっぱそうだったな」と。
 うーん。オレの中で『FFX』がどれくらい(どういう部分が)評価高いのかってのは、いずれ細かく書きたいと思っているんですが、まあ簡単な言い方すれば「『FFX』ではボロ泣きしたけど、これではサパーリ泣けなかったヨ」ではないかと。
 なんつーかなあ。これは『FFX』にもいえることなんだけど、敵についての設定が変に複雑すぎる(凝りすぎている)んだよね。
 明らかに2時間の作品で「探っていって判明する」センテンスを入れるには多牌なんですよ。
 あと、監督の坂口氏は「死生観が東洋的だったから受け入れられなかったのではないか?」とインタビューで言ってましたが、まあそれも大きいとは思いますけどね。かなり東洋的な思想だよなあとは思いました。(このへんも『FFX』と同じですね。)
 ただ『FFX』と決定的に異なるのは、とにもかくにも物語部分の見せ方が希薄ってこと。
 ものすごく薄っぺらい。
 『X』でオレ魂にビシビシ来たような部分がまるでないんですよ。
 ヒロインが背負っている物の重さとか、それを背負っていることの覚悟とか信念とかそういう物がまるで見えない。
 「物語性」ってものがほとんど放棄されている。
 これはねえ…やっぱ致命的だと思いますよ。
 シナリオなのかプロットレベルでの問題なのかがワカラナイくらいひどいです。

 ただ、不思議なもので、未来の地球が舞台で、ケアルダとかファイガとかの魔法はもちろん、召喚獣も飛行艇もスフィアもマテリアも魔光炉も黒魔導師もチョコボもベヒーモスも出てこないんだけどさ。だけど確かに『FF』ではありましたね。
 別の言い方すると「それらのもの」があるから『FF』が『FF』たり得ているのではないって事がわかったというか。
 『FF』がシリーズ通して核の部分にあるものは入ってるんじゃないかと。(だけど、それを描くためのドラマがあまり上手くないんですが。『X』はそのへんが秀逸だった。)

 というように物語的には「ブブー!」なんだけど、映像的にはどうか?つったら…いやもう、全然文句無いでしょ。文句無いどころかスゲエ!!と思いましたよ。
 男の無精ヒゲまでバッチリCGで再現されていてですね、変な話ですが「無精ヒゲを映画で観て感動した」のは初めてですかね。
 光と影のコントラストの出し方も秀逸ですね。驚きました。ホント、「美しい」という言葉につきます。
 うん、映像的には「劇場で観なければ何の意味もない」って感じですね。ビデオで観て評価できる映像ではないと思います。

 「CG映画」ってのでは、オレの年齢では『トロン』を劇場公開時に観てるんですが、アレを劇場で観たとき、オレ酔っちゃって1日気分悪かったのね。(朝イチで観に行って寝るまで気分悪かった。)
 だけど技術の進歩はスゴイというか『ファイナルファンタジー』はそういう「ああCGかあ」みたいなのを感じさせないくらい良くできてます。ま、これはオレらがハイクオリティのCGに慣れただけって気もするけど。
 「あそこまで細かい人物ならCGじゃなくて実写で合成すりゃ良かったんじゃないか?」って意見ももっともだと思うんだけど、だけどスクウェアは「それも含めた全部をCG表現すること」を狙ったわけですから、それに関しては外野がとやかく言うことではないかな。スクウェアの自主製作映画なんだし。

 あ、あとメカとかのデザインは良いと思いましたよ。センス良いなと。
 意味不明なギミックの物も多いですが。
 ちょっとズレるけど、数年前、飯野賢二がゲーム『エネミー・ゼロ』を出したときに「CGで映画的なものを目差す」とか何とか言ってましたが、まあ内容のヒドサはさておいても、とにかくデザインのヒドさが気になって仕方なかったんですな。オレ。
 いくら何でもヒド過ぎると思いました。
 ラストの舞台になっている宇宙船からの脱出にしたってさあ…「緊急脱出ポッド」が射出されるカタパルトが、なんであんな超絶的に出口から距離のある、しかもクネクネした作りになっているのか?とか理解不能な物が多すぎでした。
 せめてこの映画くらいのデザインセンスは欲しいところです。

 あとねえ、監督の坂口氏が「映画の勉強を良くやっているのだな」ということはわかった。
 前回、『ビバップ』の感想でもちょこっと書きましたが、画面の作り方が見事に映画だなあと思いましたよ。
 むしろ「ここまで映画的な画面構成の映画は、今の日本にどれくらいあるか?」って考えちゃいましたね。
 これがどれくらい「映画的なのか?!」というと、たぶんビデオだと小さすぎて潰れてしまう映像とかかなりあります。つまり「劇場の大画面だからこその画面作り」のシーンが結構あるんですね。
 映像を作るセンスはあるなあと。ホント、惜しむらくは物語を作るセンスの無さなんですが…。(だけど『FFX』はオレ的に大評価なんですが。)
 なので、ストーリーはナニでアレですが、映像的には劇場で観る価値が十分にあるというか、劇場で観なければ本当の凄さはわからないと思います。


 『千と千尋の神隠し』はちょっと長くなったのでまた次回。


【了】

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