『クレヨンしんちゃん』を観てきました。
2001/05/07


 今週で終わってしまうんで慌てて各方面で大評判の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観てきました。

※あらすじ

 春日部市にできた「20世紀博」。(「博」ってついているけど、どうやら全国に支店みたいな物があるようだ)
 その中では20世紀を振り返るイベントが日夜行われていて、子供であるしんのすけたちには20世紀博は全く面白くないんだけど、しんちゃんのとーちゃんとかーちゃんはその「懐かしさ」に虜になってしまう。
 そんなある日、町の大人がみんな消えてしまう。
 みんな、何かに操られるように子供や今の生活を忘れ(捨てて)「20世紀博」の中に行ってしまった。(中は60年代くらいの町が再現されていて、そこで生活できる)
 実は「20世紀博」は秘密組織イエスタデイ・ワンスモアが作った20世紀復活を目指す建物で、その中からはオトナを虜にする「懐かしい匂い」が発せられていたのだ!
 イエスタデイ・ワンスモアは「オレたちが想い描いていた21世紀(未来)はこんなのじゃない。だから20世紀からもう一度やり直すんだ」と唱え、全世界に「懐かしい匂い」をまき散らし、再び20世紀を蘇らせようとしていた!!
 やがて町の子供達も次々と捕らえられどこかへ連れられていってしまう。
 このままではとーちゃんやかーちゃん。そして21世紀(自分たちの未来)が危ない!
 残ったしんのすけたちはとーちゃん達を助けるべく「20世紀博」に突入するが…

 う〜〜〜ん………
 オレの書いたあらすじを読むとわかりにくいかもしれませんが(^^;;)、話の作り方は相当上手かったです。
 で、そういうストーリーの良さだとか演出の上手さだとかもありますけど、そういうのは頭いい人があちこちで書いているんでそれを見て貰うとして(^^;;)、とにもかくにも、いやもうコレは60年代後半以前生まれの世代にはたまらないよなあ…とか思いましたよ。
 正確には「子供の頃に21世紀を“未来”」だと認識していた世代にはたまんないものがあるんじゃないかと。(で、「そういう認識していた世代」のアンダーって、たぶん今の30歳くらいかなあと思う。)
 70年代生まれとかで80年代に小学生とか、80年代生まれだとか、そういう世代にとっては「21世紀(2001年)って、“未来”っていう認識無いよなあ、たぶん」とか思ったり。
 いや、思ったかもしれないけど、オレらとかイエスタデイ・ワンスモアが想い描いていたような「未来」とはたぶんだいぶ違うよね。(未来じゃなくて「現在の延長」なのかな)
 だってさ、80年に産まれた子供が10歳になったときに「21世紀になれば空飛ぶ車が出来るんだ」とかは思わないでしょ?(^^)
 オレは思ってたんだよ。10歳の時に。(^^;;)
 作り手サイド的にもそういう考え方なのか、劇中の「20世紀博」に出てくる20世紀のネタって60年頃から70年代中盤くらいの物がほとんど。
 イエスタデイ・ワンスモア(しんちゃんは勝手に「オトナ帝国」と名付けてますけど)が追跡に使う車も、スバル360とかトヨタ200GTとかオート三輪とか。他にもセリカ・リフトバックとか。オレが子供の頃に当たり前に街中を走っていた車ばっかり。
 「20世紀博」の中に作られた街の中の風景も、まだアスファルト舗装がされていなかったりね。(ただ、オレは山の手の生まれだから、家の近所はほとんど舗装されていたけどね。 ^^)

 だからこの劇中で言われている「20世紀」ってのは、たぶんその時代(60年頃から70年代中盤くらい)のことなんだよね。
 知りもしない戦争があった時代のことでもなく、もちろんそれ以前のことでもなく。わかりやすく書けば「高度成長期」の頃のこと。

 で、こういうことを懐かしく思い出したりしながら観ていたんですけど、劇中ドキッとしたのが「“懐かしい”ってそんなに大事なことなのかなあ?」っていうようなセリフがあるんですよ。
 その後の展開も、しんのすけたちの「敵」は、この「懐かしさ」ってものになるのね。
 これはもうズキズキきました。
 なんかねー、確かに「思い出」ってのを懐かしがるってのは悪い事じゃないと思うんですよ。時々立ち止まって過去を見なくちゃならんこともあるのだろうと。
 だけど、これにばっか捕らわれちゃうと、これからの未来を完全に消しちゃうよね。
 だからしんのすけ達子供側のドラマは「未来を守らなくちゃならない」っていう動機なんです。
 自分たちの未来(21世紀)を守らなくちゃいけない。

 そういう話だったんだけど、それをセリフとかで語るドラマとかは過去にもあったと思うんだけど、こういう見せ方をさせられるとホントに心に来ました。


 そして、オトナ世代にこの作品がズキズキ来るのはね、確かにしんのすけ達の言うことは正しいし、オレもそうあるべきだと思うんです。
 だけど反面、イエスタデイ・ワンスモア(いい名前だ)のリーダー・ケンがいう「今、広がっている世界。こんなのは21世紀じゃない」っていう考え方もね、なんかモノスゴクわかるんですよ。
 彼の考え方は、ある意味「後ろしか見ていない」(昔はヨカッタ的な)考え方で、否定されなくちゃならないんだけど、でも、どんなにあの考え方を否定する人でも、あの言い分は否定できないはずなんだ。
 だって、30年前に21世紀が今みたいな物だって思っていた子供なんていないはずなんだから。
 ああ、そうなんだよ。オレたちが想い描いていた「21世紀っていう未来」は今みたいな物じゃなかったハズなんだ。

 それは大阪万博だったり雑誌にイラストとかで載っていた「未来のようす」だったり、そういうのである「はず」だったんだけど。80年代になっても「つくば万博」で見た物が21世紀には身近になっていると思ったし。(ちなみにオイラは「大阪万博」は小さすぎたんで行ってないんですけど、TVとかで様子を見たのは覚えてます。親にも言われたけど、ホントにどーでもいいことばっかりやけに記憶がいいんですよ。 ^^;;)
 前述したように「空飛ぶ車」とか出来ると思っていたしさ。

 オイラは小学校の時(70年代後半)にTVで「21世紀はこうなる!」みたいな番組で、いろんなロボットとかロケットとか見てスゴク興奮しました。ロボットつっても、お寿司を握れるロボットとかそういうので、今の若者にしてみれば「なんだそりゃ?そんなの回転寿司に行けばあるじゃん」かもしれないけどさ、モノスゴク興奮して、次の日、学校で友達に熱く話したのを覚えてます。
 「すごいよ!21世紀になったらお寿司もロボットが作るんだ!ああ、21世紀になるときにはオレはもう33歳だけど、たぶん宇宙旅行とかがもう出来るようになっていたり、ロボットとかもいっぱいいたりするんだろうなあ!」とか。
 ある意味「手塚治虫のマンガ的未来」像。(^^)

 その頃、親が「ロボット博覧会」みたいのに連れていってくれたんだけど、まあ内容的には「ロボット楽団」とか「スタンプを押すロボット」とか「お寿司を握れる」とかそんなんばっかだったんですけど。今でこそ産業用ロボットなんて当然のように存在しているけど、そんなんでも当時は驚いたんだよ。(^^;;)
 その中に「歌を歌う女の子ロボット」ってのがあったのね。
 金髪の、今風に言えばマンガとかに出てくる「エルフ(妖精)」みたいな可愛い女の子の姿をしたロボットだったんだけど、このコが歌を歌っている。
 これが記憶にある限りではオイラの初恋でした。(いきなり無生物が初恋相手というのが、その後のオレを暗示していると言えなくもないな。で、昨年放送した『メカラッパ』第10話ってのはこの時の記憶がモチーフになってます)
 で、この体験の後にもオイラは「いつかこういう女の子(ロボット)が身近にいるような世界が来るんだ!」と思っていたんですよ。それこそ21世紀ってのはそういう時代なんだろうと思っていた。

 だけど実際は違うよね。そんなロボット少女は今でもいないし。(お寿司を作るロボットは普及したけどさ)

 で、こういう「自分たちの信じていた未来」像への懐古が、もしかしたら子供達に(というか“未来”っていうものにとって)「敵になる」ことがあるのかもしれない。どこかで否定しなくちゃいけない・決別しなくてはいけないっていうのがね、なんか薄々思ってはいるんだけど「やっぱそうなのかもしれない」って思わされちゃうのね。
 悪い意味ではなくて、「やりきれない気分」がどこかに残るんですよ。見終わった後。

 さらにこの映画がニクイのは、オトナと子供双方にとっての「見せ所」があるんですよ。
 親子連れで見入ったときに、それぞれがそれぞれの楽しみ方が出来る。(子供がいないオトナでも十分色々楽しめるのは、ここまでにオレが書いたとおりです)
 「懐かしい匂いの洗脳から目覚めた」とーちゃん達がしんのすけたちのために行動する姿ってのはね、たぶん小さい子供いるオトナにはたまんないだろうなと思いましたよ。
 子供いる人は泣くでしょ。間違いなく。
 子供は子供で「オトナ(親)が、ある日突然自分たちを捨ててどっかに行ってしまう」って展開が相当クるようで、上映終了後ロビーで母親に「お母さん、オトナ帝国に行っちゃわないでね」とか言っている子供がいたりしました。

 で、この両者をつなぐ、双方に働きかける見せ方も上手い。
 オトナ達がいなくなってしまった町。電気も水道も止まってしまい、もちろんゴハンを作ってくれる親もいない。
 で、しんのすけをはじめとして町の子供達は食い物を求めてサバイバル状態になるんだけど、この描写が本当に上手いと思いました。(小学生がいち早くコンビニを占拠していて、幼稚園児であるしんのすけ達は手が出せない)
 寝る場所も「一度デパートにお泊まりしてみたかった」ってことで、デパートの寝具売場でみんなで寝たりね。
 このへんの「オトナがいなくなった時の状況(生活)」が短いながらもキチンと「子供の行動パターン」で描かれているから、前述のようなオレが劇場で見かけたような子供の反応が生まれるんだし、これが後半のとーちゃん達の行動をより強くしているんですね。
(こういった子供達の行動は、オレは観ていて『ビューティフル・ドリーマー』をふと思い出したりしましたけど。 ^^)


 「号泣」とかじゃないんだけど、観ているあいだ何度か「うるっ!」っときて「ほろほろ…」と涙が出ました。

 オレ評価としては「傑作」ではなく「佳作」って言葉で評価したいなあ。。
 間違いなくよくできた良質な作品です。


【了】

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