つれづれ
2000/03/30

 う〜ん…。「つれづれ」の表題使うの久々だな。というより、今年初めて。
 しかし、芸のないタイトルだ。(^^;;) ちょっと考え直そう。


★フィルム上映時代の終焉?

 PIXERの新作フルCGアニメ映画『トイ・ストーリー2』を観てきました。
 1作目に引き続き非常に面白く、遊ぶところは徹底して遊んでいるんだけれど、テーマに「おもちゃにとっての幸せとは何か?」というものを設定し、どちらかというと子供よりも「かつておもちゃで遊んだ大人」の方がジ〜ン…とくる内容ですね。
 キャラクター達も相変わらず良いです。1作目からのキャラもいいですが、新キャラも味があるというか見事にキャラが立ってます。中でもウッディの仲間として作られたおもちゃカウガールのジェシーはたまらないですね。カワイイです。キュンキュン来ました、オイラ。(^^)

 が、書きたいのは別に映画自体の評価の話ではありません。(^^)
 実はこの映画、わざわざ東京・有楽町の日劇プラザで観てきたんだけど(まあ、「わざわざ」といかなくても一番最寄りなんだけどさ)、なんと!この劇場の上映のみ「DLP」による上映なのだ!!!
 「DLP」というのは何か?というと、正式には「Digital Light Processing」と言う、いわゆる「デジタル上映方式」のコトです。
 昨年の『スター・ウォーズ エピソード1』の公開の時などにアメリカの一部劇場では用いられた上映方式なんだけど、いかんせんまだ映写機が世界で10数台しかないという代物で、日本でこの上映方式が取り入れられたのは今回のこの日劇プラザでの『トイ・ストーリー2』が初めて!
 「映画の上映でデジタル方式ってどういうこと?」かというと、驚くことにフィルムを使ってないんですね。
 映画のデータがパソコンでおなじみのハードディスクの中に入れられていて、そのデータを再生した映像が専用のプロジェクターを使ってスクリーンに映し出されるんです。
 いやあ、上映始まってビックリしました。画質がメチャクチャきれい!!輪郭もすごくシャープ!!一瞬自分の目が良くなったのかと思った。ホント、そんな感じ。例えるなら視力0.6の人が1.2位になったような。色彩もすごくきれいに映し出されます。
 というように観る側からすると「きれいな画質」を堪能できるDLPですが、んじゃコレによって他にどんなメリットがあるのか?というといくつかオイラの推測も交えて書くと以下のようなことです。

●作り手が狙った色彩が、かなり忠実にスクリーンに映し出される。(フィルムだとプリントするときに細かい設定が必要だったり、必ずしも望んだ色そのものにならなかったり)
●デジタルデータだから画質そのものは劣化しない。(何年経っても同じ色彩・状態で観ることが可能。フィルムみたいに画面にキズが付くようなこともなし)
●マルチスクリーンでの上映が今より楽になる。(たぶん)

 んで、さらにこの技術が進むとどんなコトが可能になるか?と言うと…
●現在すでに日本でも映画編集にはAVIDなどのデジタル編集のシステム(簡単に書くと、フィルムの映像をコンピューターに入れて、その上で編集する。TV業界で言うところの「ノンリニア編集」ですな)が使われていますが、編集から上映に至るまでの間にほとんどフィルムが必要なくなっちゃう。しかも画質が落ちない!(フィルムだとオプチカル処理だ何だでドュープネガを作っていけば、その間にも徐々に画質は劣化していきますから)そもそも編集が楽。(になるはず)
●さらに現在のフィルム以上の質感で撮影可能なデジタルカメラなんかが作られたら、撮影から上映までの間にフィルム自体が必要なくなるわけです。

 ついでに書くと、DVDソフト化する時なんかもデジタルtoデジタルでデータを落とせるから、今の物よりも画質が格段に良くなるワケです。(すでに『トイ・ストーリー2』を作ったPIXER社の前作『バグズ・ライフ』のDVDではこの方法が使われています)
 考えてみりゃ、 映画誕生100余年にして、ついに上映方法にも革命が訪れたわけですね。今後が大期待です。
 この映像を体験したい人は日劇プラザでの『トイ・ストーリー2』をオススメ!
 フィルムとの質感の違いを確かめたいので、そのうちフィルム上映の劇場にも足を運んでみようと思ってます。


★『ビューティフル・ライフ』最終回のナゾ

 最終回は視聴率47%だったそうです。スゴイですね。個人的には今更ながらというか、あの「赤いシリーズ」みたいなストーリーでそれほど思い入れもなかったドラマでしたが、渡部篤郎演じるヒロインの兄が気に入り、一応最終回まで全話見てました。
 しかし、あの最終回。キムタクのセリフでどーにも解釈しかねているモノが1つ…

 ヒロインが死んでしまっての、火葬場でのモノローグなんですが…。
「彼女の骨は砂のように白く、 少し苦かった」
 …って言ってるんですが、この「苦かった」は色の比喩として言ってたんでしょうか?まさか食べたのか?(オイラは「食った」と受け取ったんですが…)

 いくら公認で「娘婿同然」の扱いを受けていたとはいえ「骨を食べたいのでください」つったらくれないだろうしなあ…
 まあ、「愛した人間の肉体を体内に入れることで、その存在と一体化する」というのは何もナゼか現在文化人の佐川クンに限ったことではなく、ある種「カニバリズムの基本中の基本」とも言える行動原理だとは思うんですが…。
 聖書ではキリストが十字架に掛けられる前夜に最後の晩餐の席において、葡萄酒とパンを自らの血と肉であるとして分け与えたという描写がありますが、その後も葡萄酒とパンはキリストの血と肉というニュアンスのまま現代に受け継がれています。(教会に行くとわかる)
 そういう意味ではコレも上記のような「愛する者の肉体と一体化する」という儀式であり、ある種のカニバリズム行為であり、この考え方自体がいにしえからのものであることがわかります。
 別にオイラ、カニバリズムそのものを否定する気はないので、それならそうで美しい描写であると思うんですが、なんであそこまでなんの変化球も何もないストレートなドラマであそこだけ「曖昧なニュアンス」にしたのかがわかりません。ナゾ。
 ちなみに、学生時代に「カニバリズムの歴史」を取り上げた本を読んでいたら、メチャクチャ仲の悪かったドキュメンタリー映画監督に「君はヘンタイだ!!」と言われたのがいまだに悔しいッス。

【了】

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