『無限のリヴァイアス』を考へる

text : 岡野勇

2000/02/18

 今回は久々にマジメなお話。つっても「アニメ」の話ですけど。(^^)

 昨年の秋からのシーズンで放送されている『無限のリヴァイアス』という作品があります。
 2000年1月22日に書いた「'99 第4半期TV振り返り」でも、ちょこっと触れた作品。
 まあ、あそこに書いたとおり、「ずーっと見ているんだけど、何がやりたいんだかよくわからない」まま見続けて来ちゃったんですけど、最近やっとこさ自分の中で「見えてきたような気がする」ので、今回はそのお話です。
 ま、クライマックス直前って事で。


★『リヴァイアス』って何だろう?

 壊れてますね。キャラクターが。しかも全員。(^^;;)
 暴力で船を統治していたヤツを倒したら、よけい悪いことになっっちゃって、今や無法地帯が宇宙飛んでいるようなモンです。歴史でもよくある「悪代官倒したら、前よりも悪くなった」なんてのと同じですね。
 エゴの塊が箱詰めになって宇宙を逃げている…ってのは『イデオン』みたいですが。(^^)

 この作品を取り巻く現象として、個人的に興味深く、今まで「わかんないんだけど切り捨てられなかった」理由でもあるのが、以下の幾つかの点です。
●どうやら熱狂的に支持している人たちがいるらしい。
●アニメ誌の表紙にもなっているから、やっぱ人気はあるようだ。
●作り手は何か描きたいことがあるようだ…と感じてはいる。
●だけど、オレにはサッパリわからん。(^^;;) 何でだろう?


 知人は「今更『バイファム』の焼き直しなんか見たくない」と、見るのを止めたそうです。
 が、この意見にはオイラは否定的で、「『バイファム』ではないだろう…」と。それはただたんに状況が似ているだけでしょ、と。
 確かにこういった点を始め、この作品を構成している要素には、「どこかで見たことあるような部分」ってのがテンコモリに出てきます。
 正直、こういった部分でかなり点数下げているというか、「描きたいことが見えづらくなっているんじゃないか?」という気もします。

 んじゃ、どう違うか?というのを一言で書けば、「『バイファム』は『15少年漂流記』」なんだけど、「『無限のリヴァイアス』は『蝿の王』」なんですね。
 同じ「漂流モノ」でも、片や「直面した危機に、団結をもって乗り越えてゆく冒険談」。
 片や「直面した危機に内部分裂し、仲間同士で殺しあうような地獄ツアー」。(^^;;)
 なんかコレで、この項全部語ってしまったような気もしますが(^^;;)、もうチョット細かく書きましょう。


★『リヴァイアス』で感じる世代差

 んじゃ、どこかで見たことあるものばかりなのに、何が違って、何に引っ掛かって、何が評価されているんだろう?そもそも何で、今『蝿の王』なんだろう?と、毎週毎週ず〜っと考えていたんですけど、あることに気づきました。それは…
●この作品が、「その他の似た要素を持つもの」と違うポイントの一つは「暴力」描写ではないか?ということ。
●若い世代(10代〜だいたい20代中盤)に熱烈に支持をされているようだが、自分の世代(30代以降)には、オレ同様にどう評価すればいいのか捉えあぐねている人が多いようだ。


 現在放送されたのは20話までですが、中でも18話の暴力描写は、見ている人たち(特に上記の若者層)に大きなショックを与えたようです。
 「アニメにおける暴力描写」としては、最近ではWOWOWで放送されていた『今、そこにいる僕』もショッキングでしたが、この2作の暴力描写には共通点がありますね。
 それは「見ている側に、明確に不快感を与えるために暴力描写が用いられている」ということです。
 ネット上ではこの不快感から、作品そのものに拒否反応示しちゃった人もいるようですが…チョット、待った!!
 なんでこんな「不快感」をあえて作り手サイドは用意したのか?
 そして、その暴力を行っている子供達のとらえどこの無さは何なのか?
 …と思ったときに、「あれ?これって…『TEAM』だよな」と。
 『TEAM』とは、昨年秋からフジテレビ系列で放送されていたドラマで、「少年犯罪」を扱ったシリーズでした。(細かい事は2000年1月22日に書いた「'99 第4半期TV振り返り」を参照)

 そう思い始めた後に、雑誌とかネットでの評を読んでいて、ふとあることに気づいたんですけど、この作品を絶大に支持している中心ってのは、上記のようにどうやら10代・20代(中盤くらいまで?)のようだなあ、と。
 で、『TEAM』もそうだったけど、『リヴァイアス』って最近何かと世間を騒がすことのある(^^)「この世代」を正面から捉えようとしているんだろうじゃないかなあ…と。
 もしかしたら、ソレを描く「ため」に、ああいう状況設定を作ったのかな?と。(つまり、「この状況設定と物語でこういうことを描きたい」ではなく「こういうことを描きたいからこういう状況設定をして、そこに物語展開をハメ込んでいる」。通常の作劇とは逆の方法ですが)

 そうだとすると「10代・20代」からなんであの作品がこれほど受けているのか?が年輩(30代以上)世代にはわかりづらいのはあるイミ当然なのかもしれません。
 彼らはあの「中身」ってのに精神的にリンクできちゃうんだろうけど、我々世代には出来ていないんではなかろうか?と。
 そりゃ確かに僕らにも「10代の頃」はあったわけですが、僕らの頃と今の子供達を取り巻く「10代」の感覚・状況ってのは、全く違うわけです。
 それは、「閉塞感」とか「管理の厳しさ」とか「社会が多様化した事による世代の共通言語としてのムーブメントの欠落」とかにはじまり、「イジメなどの加速化する陰湿さ」などにも言えることです。
(余談ですが、TV等で「イジメ問題」を取り上げる際に、よく年取った自称:識者が言う「ワシらの子供の頃にもイジメはあった。イジメ、イジメられ育ったんだ」なんつー発言は、この違いに全く気づいていないバカ発言であり、個人的にはこういうバカが何人かの子供を間接的にではあるけれど、死に追いやったとさえ思っています)

 別の書き方すると、『無限のリヴァイアス』は「10代・20代前半の人達のための作品」ではないか?と。
 「どう評価する」かが、モロに「受け手の世代によって左右されてしまう作品」であって、そういう意味では僕は『エヴァンゲリオン』と似ているな、と。
 まあ確かに『エヴァ』ってのは、広い世代から支持されることはされたんだけど、アレって、ありとあらゆる意味で「30代以上の感覚」ですね。
 30代以上のアニメファン(『エヴァ』に関しては「元アニメファン」もサルベージしたので彼らも含)にとっては『エヴァ』の感覚って、ワリと「ナチュラル」であり、「自分たちのオタク的経験則(ノスタルジー含)」が全〜部反映されているんです。それらがサンプリング的手法で入れられているんですね。
 若い世代には「新鮮」だった『エヴァ』は、僕らにとってはある意味「自分たちがリアルタイムで見てきたものの総決算」から来る「ノスタルジー」に近かった。


★『リヴァイアス』の「暴力」って…

 この世代差を如実に感じたのが劇場版での反応でした。
 ネルフ内での残酷描写が話題になりましたが、あれにビビッドに反応したのって若い世代が多かった。
 ところが僕らは、それほどではなかった。なんでか?というと、かつて『イデオン発動篇』をいきなり見せられちゃった経験があるからなんです。
 そりゃもうショックでしたよ。アレいきなり見せられた時は。
 事前のアニメ雑誌記事なんかでも、ああいう描写については何一つ触れられていませんでしたから。
 みんな「打ち切りだったTV版。劇場版では一体どういう風に終わるのだろう?」とかね、そんな事にワクワクしながら劇場に行ったんですよ。(^^)
 そしたらいきなりキッチ・キッチンの首は飛ぶわ、番組のマスコット的存在だったアーシュラはバズーカが頭に直撃して首から上が無くなるわ、ヒロインは顔面を撃たれて死ぬわ…。挙げ句の果てが2つの銀河の文明全滅ですから(^^;;)
 しかも、まだアニメでそういう描写ってのが他になかった頃だったんで、みんな免疫を持っていなかったんですね。
 逆に言うと、ここで免疫持っちゃった世代は『エヴァ劇場版』観ても、免疫抗体の作用で、それほどのショックを受けなかったという。(^^)

 で、『リヴァイアス』に話を戻すと、あれは「現代の10代・20代の経験則」で描いているんじゃないかなあ、と。
 例えば、前述の「暴力描写」。様々な掲示板などでも話題になっているけど上記の『エヴァ劇場版』に比べたらショッキング性は低い。
 だけど、決定的に違うのは『エヴァ』の残酷シーンは、あまりにも派手すぎて逆にピンとこないというか、上記の『イデオン発動篇』と似ていて「あくまでもアニメの中の残酷さ」。別の書き方すると「僕らの日常の中で現実感を感じない」暴力描写なんですね。
 しかし、『リヴァイアス』の暴力は「生々しい暴力」。「現実(学校など)で感じる事のある残酷さ」というか「日常の中で隣にある暴力」という感覚に近い。
 だからこそ若い世代は「自分たちの経験則」の中でダイレクトに受け止める事が出来てしまい、「心のどこかで否定(拒否)したくなる」。
 そりゃ確かに、僕らの世代でもああいう暴力は学校内にあったりしたんだけど、それでもケースとしては今の現状に比べると遙かに少ない。特に陰湿さでは、全然負けてますねオレら世代は。
 だから、あの暴力描写や状況設定に不快感を感じるのは当たり前というかね、不快感感じなかったらマズイですよね逆に。人として。(そういうの感じないバカが、「暴力を与える側」になるんでしょうけど)
 掲示板とかであの不快感に不満を唱えている人たちには、「不快だからイヤだ」って前に、自分はその不快感をなぜ感じるのか?とか考えて、その不快感を大事にして貰いたいです。
 『リヴァイアス』しかり『今僕』しかり、作り手の「狙い」「なにをやりたかったのか」を考えると、見ている側が絶対的に不快感を感じなければ、それは「失敗」、もしくは「目を引くためのショッキング描写」でしかないわけですから。(こういう意味において、僕はTBSの『人間・失格』であるとか『未成年』などのドラマは大ッキライ…というより完全に「否定」しています。あれは「テーマ的」には何の計算も、深い考えもない「ただのショッキング描写」ですから)


★『リヴァイアス』は10代の象徴?

 で、よく見ていると『リヴァイアス』では物語の根底にも、こういった「現代の10代・20代の経験則」が流れていて、抑圧とか事故破滅一歩手前の状況の中で生きざるを得ない。危機のサインを出しても、大人の側が全くそれを気づいてくれない。
 救助を求める子供達が、救助信号をまともに聞き入れて貰えず、しかも大人達の思惑の中で「テロリスト」ということにされ、次々と攻撃を受けて逃げざるを得ない…という状況設定は、この象徴であると思います。

 これは『TEAM』でも同じ事が描かれていたけど、あのドラマはあくまでも「大人の視点」なんですね。
 大人の側から「今の子供達がわからない」で終わらすんじゃなくて、「どうしたら理解できるのか、何がそういう状況を生みだしているのか考えようよ」っていう。
 描き方のベクトルは異なりますが、95年と現在放送中の『3年B組 金八先生』でもこのことはシリーズのキーになっています。
 『TEAM』は正直、今のドラマの主流から完全にはずれているこんな難しいテーマを、夜9時のドラマ枠で、それもちゃんと真っ正面からキレイ事を抜きにしてやったもんだと思います。
 変な話、32歳のくせして(^^;;)、ああいう感覚ってわからなくないんですよ。上記の通り、程度は今の子供よりも低いかも知れないけど、全然「明るく楽しい少年期」ってヤツを過ごしていないので。(^^;;)
 『TEAM』のラストエピソードには、教師を射殺する子供が出て来るんですが、「わからなくはない」どころか「わかりすぎ」ましたし。(おいおい…)
 酒鬼薔薇事件で、捕まった容疑者少年が当初の取り調べで「先生に死ねといわれた」とかね、いろんな事を言ったじゃないですか。
 あれ聞いた時に、自分の中で「すっごくヤベエ!!」と思ったのがね、僕と同じだったんですよ、あのクソガキ。せっかく忘れていたのに、全部思い出しちゃった。(^^)
 結局あのガキの言ったことは、ほとんどが「偽証」であることが後々わかったんだけど、こっちとしては思い出しちゃったものが忘れられるものでもないしね。(^^;;)

 で、話は前後するんだけど『エヴァ』って、こういう明るくない青春みたいなね、自分の非力さを思い知らされたような人にはリンク率高過ぎだったわけです。ヤバイくらい。このへんは個人個人の問題だから、自信満々・自意識過剰・人に好かれて・人の顔色も気にならない…なんて要素を持っていた人には理解できない部分ですね。たぶん。
 『リヴァイアス』ってのもこの傾向というか、延長線上にある作品で、主人公はどうにも非力。だから彼は暴力で船を統治していた少年に、恐怖を感じながらもどこかで憧れを持っている。
 そういう意味では、今『リヴァイアス』にリンクしちゃって支持している若い人が、生まれるのがあと15年ほど早ければ、モロに『エヴァ』にリンクしちゃっていたんじゃないか?と思います。(^^)

 総論っぽく書いちゃうと(というかアタマに戻るだけだけど)、『無限のリヴァイアス』は今の子供達の置かれている状況を宇宙船を舞台に描いた『蝿の王』なんじゃないか?と。


★作り手のミス

 ただ、これをキッチリとやるには僕は製作サイドが決定的にミスをしたと思っている点が2つあって、1つは登場人物が多すぎなんですね。(船に乗っているのは500名弱。その内メインキャラクターだけでも20名近くいる)
 いくらなんでも多すぎる。個人的には、メインキャラクターをせめてあの半分に絞り込むべきだったと思っています。
 だから登場人物個々の「心」が描かれる前に別の人物の話になっちゃう。
 僕はそのへんをキッチリと描けるのが、「映画と違うTVシリーズというものの利点」だと思っているので。
 2つ目は少年少女はやたらと出て来るんだけど、大人の側がほとんど出てこないんですね。出てきても全部「職務に忠実なだけ」の人たちばかりで、セリフも全部「職務」の中での「ビジネス会話」(^^)しかやりとりがない。(「政治的な密談」含む)
 上記のことを本当にやろうとしているのであれば、彼らを抑圧する1ファクターである大人の側の描写(なんで彼らは子供達のサインに気づかないか?などの比喩となる表現)がないと、作劇としては中途半端になっちゃう。
 ドキュメンタリーで言えば、○と×の対立を取材するのに○の側しか取材していないようなもので、否定的に描くにしろ×の方も見せないと○の側が明確に見えない。
 個人的には、テーマや作り手がやりたいことがイマイチ見えづらい最大の理由がこのへんにあると思っているんですけど。


 …と、また長くなっちゃったなあ…(^^;;)
 オレ、30過ぎだから『リヴァイアス』って、そんなに好きなわけでもないんだけどね。(^^)
 元々は、今注目しているシナリオライターの黒田洋介がシリーズ構成やっているから見続けていたんだけど。
 あと6話ですか。どこに転がっていくのやら…。
 一応最期まで見届けようとは思ってますが。

【了】

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