くろだももこ/1938年東京生まれ。東京女子大心理学科卒業。第一句集『木の椅子』で現代俳句女流賞・俳人協会新人賞。第三句集『一木一草』で俳人協会賞。「藍生(あおい)」主宰。『黒田杏子歳時記』『俳句と出会う』ほか著書多数。
|
「私の公園 向島百花園とともに」
黒田杏子
向島百花園は不思議を空間です。
訪ねるたびに、来てよかったと心が満たされ、飽きるということがないのです。
私は子供の頃から草や木に興味がありました。草や木のそれぞれのかたちや、手ざわり、匂いをたのしんで、その名前を覚えることが何より好きでした。
俳句を作るようになってからは、季語としての植物の存在にいよいよ心を寄せてゆくようになりました。
自宅の庭は小さなものですが、草や木が茂っていて、蚊も発生しますが、蝉が生まれたり、蝶がとんできたりします。
向島百花園は雑草ぼうぼうの我が庭と異なり、草木の空間ですが、実によく手入れされています。ここの御成座敷で毎月一回句会を開くようになって何年になるでしょうか。二十年は経っているとおもいます。その句会の名前も百花園の魅力にかかわるものとなっています。例えば「百花の会」「百草の会」「一木一草の会」などなど。講師をつとめる私は交替なしにずっと通ってくるのですが、句会のメンバーは一年間限定ということで、一年が過ぎると、また別のメンバーと入れ替わります。毎月一度この庭園内をじっくりと吟行し、日本間に座って、お互いの句を披露し、選句し合い、合評に時間をかける。同じ空間で十人十色、それぞれの個性がくっきりと立ち上がってくる。それが百花園という場のすばらしさです。月に一度通ってくるたびに、園内の景色はガラリと変わっています。まして、一年十二ヶ月だけの勉強句会と思えば、その月々の景観との出合いが、いよいよ一期一会のものとしで眼と心に泌みると皆が言います。
二月は節分草、六月はほたるぶくろ・・・。萩のトンネルも季語の宝庫で、萩刈る・萩若葉・初萩・萩の風・萩黄葉と毎月たのしみ。
私はあまり人のいないときに、実にきれいに拭き上げてある木のベンチに長々と身を横たえる時間を大切にしています。葉ずれの音、雲の流れ、虫の声、風の匂い、花の香り・・・。仰向けになって目をつむると、園内の草木の気が全身を包みます。晴れていれば、コートのまま、冬青空の発する透明なひかりを享受します。そして句座という充実の時間。
私が向島百花園の中でもっとも好きな場所、それは葛棚です。藤棚はよくありますが、葛棚は珍しい。花どきを過ぎていよいよ茂る葉、そして葛黄葉。そのほとりで句帳をひらく。それは何より嬉しい時間です。
「緑と水のひろば」29号=(財)東京都公園協会発行2002年秋より
|