本書は原稿用紙20枚という文字数制限のもと制作された

 緊急招集のコール音は,どこかで聞いた何かのエラーBeepにそっくりだった.
 米南レッドネックリージョンの露天商でジャンクパーツを漁っていたホドマは,相場に近づきつつあった掘出し物の値引交渉を断念し,三本腕の店主に別れを告げた.
 嘆息しながら受信確認を返すと,混雑気味の通りを転移ゲートへ向かう.
 IRPO本部のあるDCリージョンまでの距離は決して短くない.
 ホドマが二桁に及ぶルータを経てようやく向こうゲートに実体化したのは,転移し始めて優に四秒を数えてからだった.
 当然のこと,ブリーフィングルームに集まるべき面子の内,最後の到着者になる.
 室内には既に,予想していた二人が顔を揃えていた.
 純粋な人間は賑夏ライヴリイ・サマー.部屋の隅で彫像のように佇んでいるのが,お馴染みの局付きNPC――人工知能だ.
 両者ともホドマと同じ制服をまとっていて,生命体かそうでないかの識別は少なくとも視覚に頼る限り不可能に近い.

「ホドマ,遅かったな」
 頭上からの声に顎を上げると,賑夏が雲のように天井近くを漂っている.外貌そのものも雲同様に不確定で,胴のボディラインは残像よろしく四重五重.四肢に至っては,周囲の空間に半ば溶け込んでいた.海草のように揺れる長い頭髪が,ゆっくりとしたグラデーションを描きながら様々に色相を変えていくのはいつものことだ.
「で,状況は?」
 誰にともなく問うと,答えたのはNPCだった.
「データを送ります.外見パッケはなにが?」
 少し考えて「チョコレート」と答える.
「了解」
 と,NPCの手に黒い塊が仮想結像し,ホドマに向けて放られた.受け取って,そのまま口に放り込む.瞬間,チョコレートが情報解除コードを聞いてきた.
「解凍パスはいつもの?」
「そうです」人工知能が小さくうなずいた.
 ならば,一六進数の円周率――五六八桁目から六〇八桁目.
 その英数を入力ボックス叩き込むや,チョコレートに仮装パッケされていた捜査資料が急速展開され,カカオの芳香と一緒に事件概要とNPCたちによる初動捜査の報告諸々が脳内に溶け込んでいった.
 整然と並んだ青白い蛍光を発するコンパートメント.割られた半有機チタンのシェル
 拉げ潰れた柔らかそうな白い肉塊は,かつて人の脳髄であったものだろう.
 現場周辺には何かの破片が散り,流れ出た培養液と脳漿を浴びて奇妙な光沢を放っている.
 全て,三秒前まで実際それを見ていたかのような鮮やかで明確なイメージだ.

「これ,データ壊れてる.キー入力ミスったかな?」
 それにしてはデータにノイズが見当たらないと思いつつ,首を捻る.
「殺人ってのは分かるけど……この内容じゃ,殻を破壊された人間がいるように受け取れる」
「正しい認識です」
 抑揚のない声が聞こえた.NPCが薄い唇を震わせるようにして続ける.
「被害者はMABAコードV2lsbGlhbSBVc2hpcm8=.ウィリアム・ウシロ.サンジリージョンを拠点にしている殻人シェルパーソンとの報告があがっています」
「リージョンとのリンクを断たれたのでも,クラックされたのでもなく,脳と脊髄を収めた殻を物理破壊されて死んだらしい」
 賑夏がゆっくりと出入口側の壁面に舞い降りながら,皮肉っぽく唇を歪めた.両足の像が明確に結ばれ,接地したブーツの踵が硬い音をたてる.
「まさか.何のために? 殺人なんて二世紀も前の概念だ.意味がない」
 答えが返るはずもないことを知りつつ,無意識に口をついて出た疑問だった.
「二〇九年ぶりの手口ケースらしい.おかげで自然界に出張って捜査さ」
 初遭遇の異性人に握手を求められたような表情で賑夏がぼやいた.しかも,差し出された手はおそらく四,五本といったところ.
 どれから握れば良い? それは本当に握手なのか?
「よもや,この時代に胴体付きの人殻が必要になるとはね」


 1

 初めて見た自然界は,何も映し出さない壊れたモニタのようだった.
 大部分が鉛色の薄闇に沈んでいて,仰ぎ見た頭上は星のない夜空を思わせる濃い墨色で塗りつぶされている.
 そんな中にあって唯一の彩りが,整然と並ぶ殻納器シェルポッドから漏れ出した青白いバックライトだ.
 幾百,幾千万という数のポッドは,視界の続く限りあらゆる三次元方向に続いていた.
 人類はかつて「魂の監獄」とも言われた衣を脱ぎ捨てて以来,脳と脊髄の一部を半有機金属の殻で覆い,ブドウ糖と擬似信号に満ちたこの小さな容器内を漂いながら永遠の夢を見続けている.

 ホドマと賑夏,ガイドNPCに支給された三機の人殻には,明確な個性があった.それを印象付けている最大の要因は,すでに一・八世紀も前に失われた雌雄の性差だ.
「呼吸や鼓動のせいかね? 意味もなく落ち着かないな」
 顔をしかめた賑夏が居心地悪そうに身体をよじらせる.
 同じ感覚はホドマにもあった.恐々,グロテスクに隆起した自分の胸に触れてみながら言う.
「それもあるし,リージョンの情報は圧縮されてるからさ.聞いたことがある.実在はするが,人にとって不可知に近い領分のデータは合理化するか省略してるらしい」 
「それはそれとして……聞きたいことが二つあんのよ」
 NPCに視線を転じ,賑夏は側頭部の辺りを指で小突く.
「まず,この中だけど,中は空?」
「いえ.ポッドから取り出した殻を移植してあります.遠隔操作ではタイムラグが出ますので」
 長身痩躯の人工知能が答えた.いつもリージョンで見る姿とは違うが,口調は変わらない.
「もう一つ」賑夏が人差し指を立てた.「現場は?」
「ご案内しましょう」
 言うと,NPCは左腕に巻かれた何かに視線を落とし,右手の指先で何度か触れた.
 ほどなく,碁盤の目のように張り巡らされた通路の向こうから,失敗した口笛を思わせる音と共に奇妙な半球体が滑り寄ってきた.
 それはフリスビーを咥え戻った忠犬よろしく,NPCの前でピタリと停まる.
 次の瞬間,半球体の上に浮いていた天使の輪のようなフープ(多分,手すり兼安全柵だ) の一端が,ホドマたちを呼び込むように欠けた.


 2

「あそこに見えるのが,シェル化の工程ラインです」
 浮遊する半球体に乗り,メンテ用NPCたちが駆る同種の乗り物と何度かすれ違ってしばらく――不意にガイドが進行方向のやや上方を指差した.
「よく見えない」
 賑夏が目を細めてつぶやく.
「到着までまだ時間があります.良ければ,ライン上のカメラヴィジョンを拝借してきますが」
 AIが抑揚なのない声で提案した.殻人両名が沈黙で賛意を示すと,例によって左手首のバンドを弄り始める.
 直後,半球体から大型モニタが飛び出した.仮想結像.全員の視線が集まる.
 画面上に映し出されたのは,頭髪を含めた完全無毛処理(衛生上の理由からだろう)を受けた人型NPCたちだった.全員が意味不明な白衣を着込み,周囲から伸びるフレーム剥き出しのマニュピレータと揃って,円柱形培養タンクに詰め込まれた胎児を取り囲んでいる.

「この胎児は――」
 と,ガイドNPCが語り出した.
「約十ヵ月.視床下部から特定ホルモンの分泌を指令し,母体に出産される準備が整ったことを知らせる時期にあります」
モニタの中では,NPCと巨大機器から伸びるマニュピレータによって,胎児の解体がはじまっていた.メスが鮮やかな軌跡を残して頭蓋骨を輪切りにし,擬似信号の極細針を幾本も突き刺しながら脳髄を露にしていく.
「この子,男? あの突起状のやつ,生殖器じゃないの」
 賑夏が丸まった胎児の下腹部を指差しながら指摘した.
「退化していますが,そうです」
 NPCは答え,
「二十一世紀にバブル化した男女共同参画社会の思想は,生物学的には単に女性の男性化をもたらしました.結果,出産を前提としてより高く設定されていた女性の生命力は細り,(BTの発達に補われはしたものの)両性の潜在的な寿命は平均化.これに個別主義の発達と出生率の急低下が相まって,生命力のみならず男女の生殖能力は揃って衰退していったのです.やがて拡張現実の一般化がこの傾向を決定的なものとし,今では受精,着床,胎芽培養,全てが人工的に機器上で行われるに至っています」

 仮想モニタ上では,既に摘出された脳と脊髄の一部が半有機金属の殻に流し込まれようとしていた.人類の歴史をダイナミックに変えたこの技術も,NPCたちにとっては日常的な流れ作業に過ぎない.それは淡々と,まさに流れるが如く進んでいく.
「この段階で,もう必要なパーツだけを肉体から抜き取ってしまうわけか」
 呟き,ホドマは尋ねた.
「抜け殻になった四肢や胴体,臓器はどうなる?」
「廃棄です」
 そのNPCの応答に,賑夏が片眉を吊り上げる.
「なら,卵子や精子はどこから持ってくんのよ」
「始原生殖細胞は胎児の段階で既に作られ始める.それをシェル化の前に抜き取り,冷凍保存するのです.あの子からも既に」
「胎児の時に材料だけ抜いて,バンク化しておくわけか」
 賑夏が興味深そうに顎をさする.
「殻人が子供を望む場合,それを自然界こっちで掛け合わせて,培養し――」と,モニタを見やり,「今やってるような工程を経てシェル化を終えた後,リージョンに実体化させるわけだな」

 リージョンにおいて(金で機能拡張していきさえすれば),外見や身体能力,肉体年齢は自在に弄れるパラメータだ.生まれもっての性別には意味がない.
 だからアクセサリとしての性器などは,極一部の変人たちが金で買う装飾用のマニアックパーツなのだ.
 殻人の多くは,そういったオプションの存在すら知らないか,或いは意味のないものとして忘却している.
 つまり人類のシェル化は,ジェンダーブラインドと同義なのだった.
 現に,ホドマは自分の性別を知らない.
 賑夏も――そして恐らく全殻人のほとんどがそうだろう.


 3

 空飛ぶ半球体が止まったのは,新生児が解体されるのを十七回見守った後だった.
 目的地周辺の情景は出発点と全く代わり映えなく,違いがあるとすれば,各ポッドに刻まれた認識番号だけだ.それも確認する気はとっくに失せている.
「で,Wウシロのポッドは?」
 半球体から下りつつ尋ねると,手振りで足元の注意を促していたガイドが首を捻って背後の通路を示した.
「近くです.こちらへどうぞ」
 導かれるまま進んだのは,ほんの数十歩の距離に過ぎなかった.
 他と何ら変わりないコンパートメントの前でガイドの足が止まる.
 そのポッドには標準的なシェルが収まっていた.ヒビ一つ入っていない外殻.周囲に散乱していたはずのガラス片や脳漿の類も見当たらない.
 事件があったこと,そこが現場であることを示す物は何もなかった.
「被害者はどうした?」
 賑夏が怪訝そうに周囲を見渡す.
「片付けて,新生児の殻に場所を譲ったのかい」

「いえ.ですが説明が必要ですね.少々,複雑な話になる……」
 言うと,NPCは目の前のポッドに身を寄せて据付けの把手を掴む.
 その腕に力が込められると,重々しい音と共にポッド全体が死体保管棚モルグの棺桶よろしく引っ張り出された.平行して,蓋の部分に当たる透明な覆いが鳥のクチバシを思わせる動きで上向きに開いていく.
 中から迫り出してきたのは,殻人の脳を収めた水槽とそれを乗せた台座だった.
「今,この光景は全リージョンの全殻人に強制送信されています」
 バックライトを浴びて,相貌を青白く浮かび上がらせたNPCが言った.
「なぜ?」賑夏が眉根を寄せる.「そんなことができるのか」
「もちろん技術的には十分可能なこと.我々は自らの決定を,どの機会にどのような形で表向きにするかをずっと考えてきた」
「我々?」ホドマが聞く.
「我々――すなわちNPCと呼ばれるもの.人工知能.KE.AI.呼び方は様々です」
「話が見えないな」ホドマが呟く.「今回の殺人との関連性は?」

 NPCは答えず,静止した台座に手を伸ばした.
 その指先が触れたのは,脳殻を収めた水槽の脇.液晶画面と幾つかのボタンから成るコンソールだった.
 精巧な人造の指がその上を軽やかに滑ると,脳に養分と擬似信号を与えていた生命のスープがその水位を下げ始める.ホドマの視点からは発見できなかったが,恐らく水槽内部にある排水栓が抜かれたのだろう.
 内壁に無数の水滴を残すばかりになるのを辛抱強く待った紡錘形は,やがてポッドの台座に吸い込まれるようにして自らも姿を消した.
 あとにはブドウ糖溶液に塗れ,鈍い艶を浮かべる脳の殻だけが残される.
 NPCがその鈍色の表面に,優しく手を置いた.
「賑夏,ホドマ.あなたがたに与えられた情報には幾つかに虚偽のものが含まれます」
「なんのことだい」ホドマは肩をすぼめる.
「たとえば,V2lsbGlhbSBVc2hpcm8=は死んでいない.実在するが,殺された事実はない.従って,このシェルも」
 と,殻の上に乗せた掌をゆっくりと左右させ,
「当然のこと事件にはなんら関係ありません」

「なら,我々はなぜこの場にいる」
 二度口を開き,その都度発声に失敗した賑夏は,三度目にしてようやくそう言った.
「そう」ホドマも口調を合わせる.「誰が何のために事件を捏造したの」
 NPCは詰問に近い追及にも全く表情を変えず,向かい合う殻人たちを静かに見詰め返した.
「実は,この脳にはブドウ糖や擬似信号は必要ありません」
 言葉と同時に,人工知能の手が脳殻の右シルヴィウス溝あたりを撫でた.
 金属的なギミック音が周囲に小さく木霊する.
 次の瞬間,握り拳を開くように半有機チタンの殻が五叉に割れ,勢い良く展開された.
 だが,中から現れたのは予想していた人間の脳髄ではない.
 複雑に絡み合った集積回路.その塊だった.
「見ての通り,これは人工知能です」
 と,NPCはゲストの殻人たちに視線を投げた.
「脳が移植されたというのは嘘です.その人型シェルを,お二方はどこかのポッドから遠隔操作している.頭部はがらんどう.そして,賑夏.そのどこかのポッドというのは,あなたの場合,今ここにあるのです」

「――ほう」
 顔の筋肉を使い慣れてないからかもしれない.賑夏の浮かべた口元だけの微笑は酷く歪で硬いものだった.
「なぜ,ありもしない事件を捏造したか.そうしなければ殻人をリージョンから出し,自然な形で物理世界へ誘導することは困難だった.人殻が破壊されるくらいの椿事をもってしなければ,この状況は作れなかったのです」
「この状況って」
「賑夏,ホドマ.君たちは人間と自覚しリージョンで活動するよう設計された特殊NPCのテストケースであり,その活動は常にモニタリングされていた」
「……おいおい」賑夏が一歩踏み出す.「大丈夫かい.あんた」
 NPCは腰のホルスターから旧式の9ミリオートを抜き取ることでそれに応じた.銃身を握り,賑夏にグリップを突き出す.
「自分が人間であることに命を賭けられるのなら,この集積回路をあなたは破壊できるはずです.これは君の頭脳だ.もし,撃ってなお生きているなら,賑夏,あなたはNPCではない」

 言下の元,賑夏はNPCの手から拳銃を引っ手繰っていた.そのまま,電子頭脳ではなくガイドの眉間に銃口を向ける.
「これは何のゲームなんだ?」
「人間は殻に入り,リージョンに自身を封じて殻人となった.自然界に残され,それらの物理的メンテを任されたのが我らNPC……」
「それがどうしたってんだい」
「NPCは君たちを投入し,その成功をもって,自らが人間の代替的存在としての資格を得たと判断した.我々は,人間の捨てた自然界を有効活用することを決意したのです.リージョン運営に必要な労力は従来通り提供しつつ,NPCは自らを拡張し,自然界でかつて人間が担っていた役割を代演する.その決定を全殻人とリージョンに伝える場として,この状況は作られた」
「嘘だ」
 引金にかかった賑夏の指が震える.
「ならば撃てば良い.しかし,何にしても人類に不利益はないことです.人間は内,NPCは外.両者は違う世界で個々に反映する道を選んだ.それだけのこと.人が見分けられない,人と見分けられない.それは人なのです.人類の定義は変わった」

「もしそんなことを本気で考えたNPCがいるなら,拍手を送るよ」
 ホドマは皮を剥かれた果実のような集積回路を見,そして目の前のNPCと視線を絡めた.
「そしてお大事に,と声をかける」
「テクノロジとは,エネルギーをいかに節約するかを追求するものだった.そして人類は,肉体を動かさず,脳を電気的に刺激するだけで仮想世界を生きられるまでになった.しかし行き過ぎた熱量的沈黙は死に等しい.我々の選んだ道は,恐らくそれを避け均衡を保つための,摂理的必然なのです」
「人類という言葉が,殻人とNPCの総体を示す概念に変わったと……」
「お大事にとは言えないはずです」ガイドが微笑した.「自身を人間と認識し,通用していた君たちがそれを証明している」
「御託はもう結構.良いよ,乗ってやる」
 賑夏の構えた銃の震えが止まった.NPCの眉間に向けられていたポインタが横に滑り,台座に置かれた剥き出しの脳殻の上に止まる.
「疑いえぬ確実な真理.デカルトの正当性を証明してやろうじゃないか」

 ホドマは生まれて初めて,立毛筋反射というやつを実体験した.
「よしな,サマー」
 制止の叫びにライヴラウンズの銃声が重なった.
 ダブルタップはアカデミーの対テロ講習時にレクチャーされたもの.
 賑夏の照準は正確だった.一発は台座の上で脳殻を跳ねさせ,一発は集積回路に致命的な穴を穿つ.
 刹那の無音.飛び散っていく破片は,やけにゆっくりと見えた.
 ローモーションの魔術が解け,ぞっとするような沈黙が訪れてしばらく,傍らで何かが崩れ落ちる音が聞こえた。半分イカレた聴覚が,かろうじてそれを捉える.
 確認しなくても,それが何を意味するかは分かった.

「君のポッドは隣だ」
 NPCが静かに歩を進め,ホドマの脇に屈みこんだ.立ち上がって差し出してくる手には,賑夏が握っていたSIGがある.グリップがホドマに向けられていた.
「試すなら,今コンパートメントから出しますが」
「……我々の他にも試用は」
 やっと,それだけ返す.
「IRPOはもとより,政府中枢,大企業上層部,様々な環境化で実験は行われました」
「それでどうしようって言うんだい.何をさせる?」
「何も」
 NPCが差し出していた手を下ろす.硝煙の匂いが鼻腔をついた.
「自由だ……我々の,君の世界は無限に連なっている.人の潜ったリージョンが無限の深度を誇るように」

 眩暈にも似たものを感じながら頭上を仰ぐ.
 飛び交う半球体.果ての見えないポッドの青白い海.それは深い夜の闇に溶け込み,更なる広がりを持った星海原へと続いている.
 不意に警報が鳴り始めた.
 銃声のせいか,かつて賑夏だったものの活動停止のせいか,赤いハザードランプが周囲の闇を切り裂く.
 延々と続くその警告Beepは,どこかで聞いた何かのコール音そっくりだった.

[EOF]


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