HOW2
2.どうすれば上手い書き手になれる?
"THE HOW2" by Hiroki Maki
講師:クリストファ・李・スティーヴンソン(評論家)





▼そもそも、上手いってなに?

鬼木: ごきげんよう、鬼木・DE・ミッチェルです。
 えー、第二回のテーマは「どうすれば上手い書き手になれるのか」。まあこれは、文章を書く機会に接したことのある方なら、誰しもが一度は考える問題ではないでしょうか。それ故に、みなさんの関心も高いことかと思われます。
 そこで今回は、四〇〇〇年の歴史を持つ中国文学について研究なさっておられる、文学評論家のクリストファ・李・スティーヴンソン先生におこしいただきました。先生、今日は宜しくお願いします。
Chris: ボンバー!
鬼木: はい。予想通り、今回も豪快に話が成り立っておりません。
……と言いますか、アンタ、前回ゲストで講師をつとめたフリー作家のクリストファー・スティーヴンソンでしょう。
Chris: なんのことアルか? 私、全然知らないアルのことよ。
鬼木: 語尾に「アル」を付ければ、それで中華系の雰囲気を醸し出せると思っているその安直な思考。まさに例のクリストファ・スティーヴンソンそのもののように思えるのですが。
Chris: アンタ、何ひとりで話進めてるか。そんなことどうでもいいから、さっさと本題に入るアル。
鬼木: では、文章の上手さについて。先生、少しお聞かせ下さい。
Chris: 一口に「うまい」と言っても、色々な解釈の仕方があると私、思うアル。
 たとえば、野球ね。「上手い野球の選手」と言った場合、たくさんパターンは考えられるアル。ボールをバットに当てるのがとにかく上手で、ヒットをいっぱい打てる選手。あるいは、華麗な守備でピッチャーを大いに助けてくれる選手。他にも、バットに当たりさえすれば遠くまでボールを飛ばせるパワーヒッターは、ホームランを量産できる選手と言えるアル。チャンスの時に代打で出て、必ず送りバントでランナーを進められる脇役だって、表現のしようによっては上手な選手と言えるアルよ。
 このように、一芸に秀でていればある意味でどんなパターンでも「上手い」と言うことは可能アル。これは文章の世界でも言えることではないアルか?
鬼木: 確かに、そうかもしれませんね。
Chris: たとえば、上手い小説を書く作者……と言った場合、どんなパターンが考えられるアルか?
 とにかく情景描写が得意で、読んだだけで目の前にその景色がイメージとして鮮やかに再現される。そんな物書きは、それだけで強力な武器を持っていると言える。これ、上手い小説を書く作者と言えるアル。
 別にそこまで卓越した情景描写のテクニックはないけれど、ありふれた日常の一コマを書かせたら右に出る者はいないというタイプもいる。かと思えば、とにかくイキイキとした躍動感のあるキャラクターを作り出すのが上手いタイプも存在するアル。
 文章が苦手としているアクションや音楽を表現する描写に優れた作家も、また上手い小説書きと言える。他は平凡でも、とにかく面白いストーリィを考え付くことではトップレヴェルという人も、それで読者をドキドキさせて魅せられるのだから上手と言えるでしょう? 表現がとにかく美しくて、文章を読んでいるだけで人を幸せにしてあげられるタイプもいるアル。――これら、みんな上手い小説書きと言えるアルよ。
鬼木: なるほど。
Chris: 人は誰でも、何かに秀でているもの。たとえ自慢できるものがなくて、全てが平均的であっても文章の世界ではそれも武器になり得る。だから文章を書く上で大切なのは、「自分が何に優れているか」を見極めることだと思うアル。
 自分で気付くもよし、他人に指摘されるのもよし、とにかく自分の武器や得意分野を発見することが、上手さを手に入れる最初の一歩アルよ。
鬼木: それを見つけるためには、どうすれば?
Chris: そりゃ、書くことアルよ。とにかく、経験ね。そこから、少しずつ自分というものが見えてくるものアル。野球場でグローブを持ったけじゃ、その人間がホームランバッターになれるか、剛速球のピッチャーになれるかは誰にも判断できないアル。
鬼木: でも、人は手っ取り早くそれを知りたいんですよ。
「書くことアルよ」なんて……そりゃ経験を積めば、誰だって程度の差はあれ上達するものです。そんなことは、誰もが想像つくわけですよ。それとはまた違った、裏ワザみたいなのはないんですか?
Chris: どんなに優れた料理人でも、一つだけ誤魔化せないものがアルね。それが、時間よ。ジックリと煮込むことでしか出ない味は、他の手段では得られないの。それと同じね。
鬼木: 身も蓋もないですね。裏ワザなんて、ないんでしょうか。



▼上手くなる二大奥義

Chris: 裏ワザはともかくとして、昔から「これをやれば確実に上手くなる」と言われている方法が大きく二つあるね。
鬼木: ほう、それは?
Chris: ひとつは、「本を読むこと」。これ、大事。
鬼木: また、そういう地道な努力が必要なことを言う。
Chris: でも、事実アルよ。本を読む、活字に触れる。やっぱり、上手になるためには絶対に必要な要素アルね。逆にこれを怠ると、どんな天才でも優れた文章は書けないアル。何故かと言えば、文章とは文化。積み上げられてきた歴史を学ぶこと。
 いま我々が用いている言葉は、長い年月をかけて先人達が作り上げてきたものよ。色々な時代や歴史や文化が言葉や表現を生んで、それが受け継がれてきた結果アルね。言葉には一音一音にルーツが必ずある。それをどう組み合わせたら、より良い言葉になるか。優れた表現になるか――
 本を読むということは、それに触れるということアル。歴史と受け継がれてきた技を継承するということアル。一番の財産あるよ。今の我々、簡単にそれが出来る。本屋、ある。ニホン、本とても安い国。公共の図書館ある。新聞、とてもためになる。
 私の国、中国、学校に行けなくて字読めない人、たくさんいる。ニホンみたいに識字率(読み書きが出来る人の割合)が100%なんて国の方が世界では珍しい。読もうと思えば、簡単に本手に入って読める。これ、気付いてないニホン人多いけど、とてもとても幸せなこと。
鬼木: クリストファ・スティーヴンソンのくせに……今日は、なにやら一味違いますな。
……ハッ! もしや、何かがとり憑いたとか?
Chris: あんた、とても失礼アル。
鬼木: まあそれは良いとして、文章を書くのが上手になる方法というのは二つあるんですよね。一つは本を読むこととして、もう一つは何なんです?
Chris: いわゆる、「写経」ね。上手な作家なんかの書いた本を、丸写しするアル。これ、一般的にとても上手になる方法と言われてるね。私、やったことないけど。



▼ライトノヴェルはやめとけ

Chris: 本を丸写しにする「写経」は、文章力をつけるうえで確かに有効だと言われている手段アル。ただし、写すのはあくまで優れた作家の著書にしとくべし。奇妙なクセがある人間や、下手な人間のものを写すと、逆効果になることもあるから気をつけて。
鬼木: 具体的に言うと?
Chris: 特に「ライトノヴェル」はやめとくアル。なんの参考にもならないばかりか、逆に悪癖が身についたりする。これ、全く意味なし。「ライトノヴェル」は読む上でもあまり意味ないある。少なくとも、これ読んで上手くなれることは期待しないほうが吉。
 読んで楽しむ分に、「ライトノヴェル」はうってつけアル。でも、文章の参考には全く成り得ないと考えてもらって間違いないアル。前回も話したけど、出版業界では「ライトノヴェル作家」はプロとして認められていないアル。それが何よりの証拠。下手だから、プロと見なしてもらえないアルよ。
鬼木: 前回も話した? あの時のゲストとは別人なんですよね。
Chris: ゲフン、ゲフン! なんの話アルか。中国四〇〇〇年の歴史にかけて、私なにも知らないアル。



▼大切なのは「経験則」

Chris: これは文章うんぬん以外の何にでも言えることだけど、経験から養われた「カン」の要素は何よりも重宝されるね。素人と熟練者を隔てる壁はそこにあると私は見てるアルよ。
鬼木: カン……直感のことですね。
Chris: 単純にカンと言っても、ここで私が問題にしてるのは「経験則」に裏打ちされたもの。センスと言い換えても良いね。
鬼木: それは先天的な才能とかいうものではなく?
Chris: 鍛錬によって培われる後天的なもの。つまり、自分で培うことのできるもののことアル。
 ここで、今まで言ってきた要素が重要視されてくるわけね。つまり、「読書」の重要性に話は帰るアルよ。
 色々な文章に触れていると、そこに流れている法則性にやがて気付くはずアル。たとえ自覚がなくても、無意識にそれは身につくもの。そして、その法則に従わない物を目にしたとき「違和感」を抱くようになるアル。――これ、とても重要ね。
 論理化はできないけど(つまり言葉で上手く説明できないけれど)、この文章はどこかおかしい。そういう直感がピーンとひらめくようになれば、こっちのものアル。
 頭で考えるんじゃないね。感覚や身体が、それに対して勝手に反応してくれる。それは、やっぱり経験によって身につけるしかないセンスね。
鬼木: それが経験則ですか。
Chris: その通りアル。経験則、または経験的法則とも言うね。経験的な事実に基づいて得られた法則のこと。
 自動車の運転をしたことがある人なら、「車両感覚」を例に考えてみれば分かりやすいね。経験を積むと、乗っている車の大きさを感覚として掴めるようになってくるアル。
 たとえばバックで車を車庫に入れるとき、この「車両感覚」がないとどこまでバックしていいか分からないアル。最悪、下がり過ぎて壁にお尻をぶつけてしまうことになるアル。初心者がよくやってしまうことね。
 でも、経験を積んだドライバーは「車両感覚」で車の大きさを理解してるから、そんなことないアル。あとどれだけ下がれば壁にぶつかってしまうか、それをセンスで判断できるね。車のお尻と車庫の壁までの距離を、カンで測ることができる。これ、自動車の運転でとても大事な技術ね。
鬼木: 文章を書く上でも、そういう感覚的な部分が必要だと?
Chris: そうよ、アンタもようやく分かってきたね。たくさん本を読むと、経験としてどんな文章が正しいか身について来るアル。だから、「読む」というのは大事なのね。何度も言ってるけど。
鬼木: やはり読書に勝る上達法はない、と。
Chris: そうアル。とにかく、読んでみるアル。そういう習慣のない人は、「読み方が分からない」などと悩むこともあるけど、数をこなしていけば慣れるものよ。何より、読書を楽しむことね。
 そういう意味で、出会いも重要よ。自分と好みの傾向が似通った人に、面白かった本を勧めてもらったりするのも手ね。同じ本を読んで、友達同士で感想を言い合ったりするのも本を楽しむ術の一つよ。色々な楽しみ方あるね。そして読書を楽しむようになれば、自然と力はついてくるものアル。
鬼木: そういう意味では、流し目す通り軽めで読みやすい「ライトノヴェル」なんかは、読書の切っ掛けとしては最適かもしれませんね。今までは内容が浅いだの技術が未熟だのと散々言われてますけど。
Chris: その通りアル。むしろ、中学生や高校生くらの子は「ライトノヴェル」を読むことから始めるアル。ここで技術ではなく読書の楽しさを覚えればしめたものね。
 ただし、ピーターパンじゃないんだからいつまでも「ライトノヴェル」にしがみついてちゃだめね。読書に慣れて来たら、一般書籍にもチャレンジすることアル。今まで触れたことのない種の活字にも挑戦してみるアル。新聞だって、TV欄やスポーツ欄以外にも面白い記事はあるよ。食わず嫌いもそこそこにして、色んなことに挑戦してみるアル。
 特に中学生や高校生といった子供。子供の唯一の武器は好奇心と恐れを知らないチャレンジャー・スピリッツね。これがないと、子供なんて何の価値もないアル。なんでもやって、色々失敗してみるアル。そうこうしてる内に、世の中わたっていく上で必要なスキルなんて自然に身につくものね。子供の浅知恵なんてたかが知れてるんだから、深く考えないでとにかく身体動かすアル。
鬼木: なにやら言いたい放題言ってますよ、この似非中国人。
Chris: それで発奮でもしてくれれば、こっちのモンね。
 子供の持ってる自由な発想、独自のセンスは宝物よ。子供のうちに磨いておく、これ肝心。歳を取れば身体が硬くなっていくのと同じで、大人になると心が次第にガチガチになっていくアル。鉄は熱いうちに飲め! そういうことアル。
鬼木: 打てでしょう。飲んでどうするアルか。……ハッ!?
Chris: 文章が得意な人は、後々すごく得するアル。大学入試や就職の時に小論文を書かせるケース多いアル。大学は入学すると、そのテストのほとんどが論文形式だったりすることもあるし、課題は全部といっていいほどレポート形式で求められるアル。文章が上手いと、それだけで有利よ。
 私なんか、そこのところは定評があったアル。『近代建築論』の講義サボリまくってたおかけで、テストちんぷんかんぷんだったアル。だけど、小説のごとき流れるような文章でスパゲッティの作り方書いて「優」貰ったね。卒業論文も気合とハッタリで乗りきったアル。博士号とった論文も、当たりさわりのないことを無駄に美しく書いて、勢いで誤魔化したアル。人生、そんなもんね。
鬼木: それは詐欺だ。


収録:2003/06/23


○講師紹介

Christopher 李 Stevenson(クリストファ・リー・スティーヴンソン)

 一九五〇年、四川省に生まれる。北京大学文学科卒業。一九七六年、博士論文『俺的封神演技 −私もパオペエ欲しいアル−』で博士号を取得。その後、「私の爺ちゃんは義経だった!」「ジンギスハンは私のグランパが育てたアルよ」「私、口元の愛らしさでは決してパンダにも勝るとも劣ってないネ」など、大胆不敵、荒唐無稽、超破天荒な新説を次々と展開。その筋では、色んな意味で恐れられている。
 ……と言うか、誰かこの人とめてください。