戦争が終わり、僕等の終わりが始まった。


「いつか――」
 銀色の髪が風に踊る。
「いつの日か、こんな時が来ることを、僕たちは恐れていた。」
 その声に僕は頷くことでしか応える事はできなかった。言葉が口をつけば、それがあまりにも残酷すぎるものになることを知っていた。
「そして恐れながらも、僕らは崩壊を食い止めることが出来なかった。それを運命と呼ぶのなら、これほど哀しいことはない。」
 向かい合う彼が、戦友であった男が微笑む。だがこの場にふたりが対峙したその瞬間から、全ての関係は破綻していた。
「運命か。確かに人間の力では決して変えられない、逃れられないカタストロフもあるようだ。今の僕らの様にね。」
 ――だから、この悲劇に結末をつけよう。
 僕らは、静かに頷きあった。瞬間、ふたりの間を一陣の突風が駆け抜ける。揺られたフリージアの花弁が一片、ゆるやかに宙を舞い、そして地に落ちた。
 それがはじまりの合図となった。

「碇シンジ!」
「オオッ」
 己の愛銃を抜き、構える。ふたりの抜き撃ちの技術は全くの互角だった。
 そして破滅の引き金に両者とも力を込める。
 その瞬間だった。ふたりの間に割込むように一つの人影が躍り入る。銃を構えた僕らは驚愕に身を強張らせた。
 彼は、撃てなかった。
 当然だ。それは僕たちが狂おしいまでに求めたもの――
 全ての始まりともなった彼女の泣き顔だったから。
 だが一瞬の逡巡の後、僕は引き金を絞った。
 散りゆく花が似合いの、このカタストロフに幕を引くために。



THE LASK  Endless Dual

槙弘樹


 心地良いまどろみのなか。
「……ぃ。」
 何処からとも無く、天使の声。
「……せい。」
 ゆさゆさ。ゆさゆさ。
「……んせい。」
 ゆさゆさゆさ。ゆっさらゆっさら。
「せんせいっ!」
 ぐらぐらぐら。ゆさゆさゆささ。
「せんせいってば、先生ッ……ええ加減起きんか!」

ドコスッ

「あぅ〜。」
 背中に強い衝撃を受けた僕は、渋々、しかたなぁくその目を開いた。その途端、視界に飛び込んでくる、とても直視できたものではない暑苦しい顔。」
「悪かったですね、直視できたものではない暑苦しい顔で。」
 男は小刻みに震えながら何かを堪えるように低く言った。
「うぅ〜ん、時田君、何時の間に読心術を会得したの? スゴイよ。」
 僕はパチパチとやる気無く拍手しながら言った。
「先生。また途中から声に出していましたよ。」
「え、また? う〜ん、困ったな。」
 僕にはどうやら、寝ぼけていると思考を声に出してしまうという悪癖があるらしい。これで今までにも散々な目にあっているのだ。注意しなくては。
「じゃあ、そういう事で。お休み、時田君。」
 僕はそう言うと、毛布に潜り込み夢の世界に旅立っ――

「そうはいきません。先生、お客様です。」
 ガシッと僕の手を掴みながら、時田君は努めて事務的に言った。
「お客ぅ?」
「はい。実に四ヶ月二三日ぶりのクライアントです。」
「ふうん。まぁ、いいや。眠いから帰ってもらって。」
 無碍にそう言い放つと、僕は再び毛布に潜り込み、甘美な夢の世界に旅立っ――
「そうはいきません、先生。」
 だが、僕の旅立ちはまたしても無慈悲な時田君よって阻まれた。
「ん〜、もぅ、なに時田君。どうして僕の安眠を妨害するの?」ちょっと哀しくなる。
「何を言ってるんですか、先生! 先生がそうやって毎日毎日、惰眠を貪り続けて早五ヶ月。事務所の蓄えは、もう見事にスッカラカンなのですよ。たまには働いて下さい」
「え、でも眠いし。」寝惚け眼を擦りながら主張してみる。
「あなたは一体、一日何時間寝れば気が済むんですか。」
「だから一日中寝ていたいんだ。」欠伸をしながら僕は律義にそう応えた。「とにかくお客様は時田君に任せるから適当にお願いね、うん。それじゃ、そういうことで。グッナイ。」
 もぞもぞとまた毛布に潜り込む僕に、時田君は大袈裟に溜め息を吐いてみせた。
「残念ですね。今日の依頼人は、先生好みの若く! 可憐な! 女性! だったのですが」

「えっ!」
 にょにん。女人ですと!?
 自分でも哀しいくらいに、反応してしまう僕。既に眠気など吹っ飛び、おめめパッチリである。
 思えば来る日も来る日も、困難な依頼が立て込み、仕事に忙殺される毎日。妙齢の女性と甘い一時を過ごすことすら許されない、この辛い身の上。
 碇シンジ二十二歳、独身。このチャンスを無駄に出来ようものか。否、出来ん!……と言うより、してたまるか!
「まあ、先生がそうおっしゃるならば、しかたがありません。この私めが、みっちりとふたりきりでお相手してまいりましょう。」
 そう言うと、時田君はもう一度わざとらしい溜め息を吐いて戸口の方へ歩いていった。
「はぁ〜、それにしても残念です。まだ世間の汚れを知らぬ! 純粋極まりない! 天使のような! お方だと言うのに」
 ――とどめである。
「ちょぉっと待ったぁ!」
 毛布を跳ねのけ、僕はバッと起き上がりながら言った。その叫びに時田君はピタリと足を止める。
「おや、先生。お休みになるのではなかったのですか?」
 その口元はニヤリと邪悪に歪んでいた。
 クッ……。時田君ごときの思惑に嵌まるなんて何とも気に入らない話だが。」
「悪かったですね、私ごときで。」
「いやいや、気にすること程のことでもないよ。」
 また思考が言葉になって出ていたらしい。とりあえず朗らかに笑って誤魔化すと僕は続けた。
「まあ、それはともかくとして。せっかく客人が依頼を持ってやってきてくれたんでしょ? やはり人間として、そして男、否、漢として、ここは主人自らが接待すべきではなかろうかと僕は考える!」
「そうですか?」
「そうだよ。それが礼儀というものだよ、きっと。」
「そうですかねぇ……」
 くっ。なんて意地悪な人なんだ。時田君、この人はきっと人の血を持ってないんだ。鬼だ。悪魔だ。税務署だ。

「とにかく、折角のお客様をヘッポコ時田君にお相手させるなんて、そんな恥ずかしいマネは出来ないよ。失礼極まりない、人間として決してやってはならない畜生にも劣る行為だ。」
「絞め殺してやりたい。」
「ん? なにか言った時田君。」
 僕は〇.三秒でパジャマからスーツに着替えるとにこやかに言った。
「……って、何時の間に着替えたんですか。先生。」
 半ば呆れたように時田君が言う。
「まあまあ、時田君のヘッポコは今に始まったことじゃないし、もう諦めてるよ。そんなことより御婦人をお待たせするなんて失礼だよ。男、否、漢としてあるまじきことだ。そういうわけで急ごうではないか、時田君。その若さ溢れんばかりの美女のもとへ!」
 返事も待たずに、僕は私室のドアに弾む足取りで向かった。人はこれをスキップと言う。
 後ろから時田君がトボトボとついてくる。振返って見なくても、彼が何とも言えない複雑な表情をしていることは分かっていた。
 いよいよ、僕にも春の予感である。シンジ・ザ・スプリングマン・バージョン春。
 詩的に表現すれば、こんな感じだろうか。



to be continued...

■初出

FILE 00「悲劇 Catastrophe」2000年04月08日

本作は上記の初出作品を加筆修正の上、著者が編集したものです。


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and Based upon and incorporating the GAINAX animation "EVANGELION".
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