解説
星海の旅人

はじめに

 良い作品に巡り合う時、ある種の予感が働くという人は意外と多い。
 その作品を手にした時、あるいは目にした瞬間、心の奥底で声がしたり、胸が高鳴ったり、不思議な期待感に全身が震える、といったような反応だ。
 それは人によってまちまちだが、誰しも良い物語というものには勘が働くものだと思う。巡り合うべき物語には、いつか必ず巡り合う、そんな瞬間が今この時であっただけと言う事でもある。いずれにせよ『本物』には、人を惹き付けるなにかしらの『力』がある。
 これまでにも幾度かそんな経験はあったが、この『Y'sromancers』も間違いなく、そんな作品の一つだった。

 『Y'sromancers』は二次創作小説(*1)である。独自の、他とは一線を画す設定や世界観を作者自身が構築し、類を見ない展開と重厚な完成度を持って話を推し進めているが、紛う事無き二次創作でもある。
 大元の設定は、二次創作の原版としてはゲーム業界でも最大クラスの規模を誇る名作の一つ、『Kanon(*2)』。多少なりともインターネットで二次創作小説を読んだ覚えのある者ならば、一度は必ず目にした事もあるだろう定番とも言える作品だ。
 だが、この『Y'sromancers』は、その『Kanon』を基本に置きながらも、とてつもなくオリジナリティに溢れた、しかし決して原作のイメージを損なわない、そんな矛盾を孕みつつも高い完成度を持つに至った稀有な作品である。
 独自の解釈と無理のない範囲での付加設定、飛び抜けていながらも決して無茶ではない独特の世界構築。ここに作者、広木真紀氏の高い技量とセンスを誇る文章能力が加わる事により、この作品はKanon二次創作における一つの頂点にまで昇り詰めた。
 肯定論、否定論。どちらも共に集まるのが本物の証。物語に共感出来得る者に取ってはとんでもない衝撃を与えてくれる未曾有の傑作。水に合わない者には受け入れがたく、しかし文章の合間から、必ずなにか伝わるものがある。
 読んだ者に、なにかしらの影響を与えずには終わらない。心に響いてくる『本物』。それこそが──『Y'sromancers』である。



作品全体ダイジェストストーリィ

 本作は『Kanon』の主人公、相沢祐一を主軸として、彼を取り巻く個性溢れるヒロイン達をも含めたグループ、通称『AMS』の面々を中心とした物語である。

 Kanon本編における全ての問題が一応の解決を見せた春休み、祐一が拾ってしまった、とんでもない落とし物。それが原因で生命の危険すらあり得るトラブルに巻き込まれた彼は、香里や舞、佐祐理、美汐らの手を借りて、今世間を騒がせている連続宝石窃盗団と事を構える羽目になってしまった。
 人質を取られた彼が取った手段とは?
 事件を隠れ蓑に暗躍する者とは?
 舞の超人的な力で危難を払い除けたと思ったその時、一発の銃声が友との決別を物語る。
『Y'sromancers 第一部・Dの微熱』
 それは、新たなる始まりを告げる追走曲の第一歩──

 意外な結末を迎えた『Dの微熱』より数ヶ月。祐一達の母校にて、一人の女生徒が自殺する事件が起こった。
 とある事情からその第一発見者となってしまった祐一らは、その後、間を置かずに発生した生徒会役員の連続殺害事件にも首を突っ込む事に。
 連続殺人犯と生徒会の間に何があったのか? そして、犯人の目的は?
 二転三転する舞台の終幕で姿を見せた、前回の事件との接点……敵対せざるを得ない者達との接触は、彼等『AMS』の面々を後に激動の運命へと誘う事になり──
 深夜の学校の屋上で、彼等は事件の犯人が抱いてきた悲痛な慟哭を耳にする。余りにも悲しい復讐劇の結末に待っていたのは……『Y'sromancers 第二部・垂直落下式妹』
 人の生命には……重さがまだ、ない。

 迷宮入りとなった生徒会役員連続殺害事件。真相を知る祐一達が口を噤み、未解決となってしまったそれの影響もあって早期に夏休みに突入した学校。せっかくの夏休みを満喫しようと、祐一の両親からの誘いに乗って『AMS』のメンバーはUK──ユナイテッド・キングダムこと、英国へと旅立つ事になった。
 初めての海外にはしゃぐ(?)お子様コンビ達を余所に、降り立った英国の地では波乱の影が渦巻いていた。祐一の両親、ロックバンド・ワイズロマンサーの二人と顔を合わせ、そのライヴに招かれて大騒ぎしたのも束の間、逗留地である佐祐理の別荘を、全身機械の殺戮集団サイバー・ドールが襲撃してきた。大切な少女を傷付けられ、吼える祐一の身に異変が起こる!
 過去というものは誰にでもあり、一生涯付いて回る。
 祐一は五年前、ここ英国で致命的な過去を一つ、背負っていた。思い出の中にあるのは無様な負け犬である自分の姿と、見上げた父の背中、絶体絶命のピンチを脱する時に見せた『Yの遺伝子』を持つ男の覚悟と生き様。その時の記憶は、深く祐一の心に根付いている。
 だから彼は今この時、再び迫った過去と同じ状況、同じ危機に対し、違う立場として──誰かに守られるのではなく、誰かを守る為に戦いを挑んだ。過去を踏み台にして己の殻を破る為、彼が見せたのは五年前、父親が辿った苦難と同じそれ。その有り様を目に焼き付けた少女達に、彼は自身が遣り遂げたその想いを語ってみせる。右腕に宿した黒き女神が道切り開く時、遥か過去に出会った壁と、かつて友であった敵との邂逅が引き起こされた。
 世界という大海に乗り出す時、祐一が戦うべき相手は『闇の左脚』。その始まりの一回とも言うべきぶつかり合いが、この地にて──BITE ON THE BULLET!
 今、真に誕生する『第二のY's』。全シリーズ中、最大最高クラスの質と量を持って、遂にワイズロマンサーが世界へと乗り出した!『Y'sromancers 第三部・ワイズロマンサー』
 先をゆく彼等は、次の世代を待っている。

 季節は冬。転機ともなった夏の大事件からもしばらくして、祐一は『AMS』のメンバー全員に召集をかけた。目的は半年前、生徒会役員連続殺害事件の際に、その犯人が犯行に及ぶ原因となった生徒会会館に潜む暗部の調査。それに関わった事で殺された人々の無念を晴らす為に、彼等『AMS』は全ての智謀、財力、胆力、持てる力を発揮して戦いを仕掛ける。
 決戦は聖夜、雪降るクリスマスの夜──チャレンジレッドの拳が唸りをあげる時、生徒会長の秘密が暴かれ、会館に隠された犯罪の温床が白日の元に晒される!
 そしてその場で再び巡り合った『ワイズロマンサー』相沢祐一と、『闇の左足』の決着の行方は?
『Y'sromancers 第四部・白鳥沢爛子先生』
 ──PROSIT! Merry.X'mas!

 センター試験前夜。真冬の寒々しい闇の中、祐一は一人、アコースティック・ギターを抱えてものみの丘にやってきた。
 時折、彼がここに来るのは今はいない一人の少女を忘れない為。痛みを思い出し、そして彼女に歌を捧げる為。
 澄んだ大気の中を静かな旋律が流れる時、祐一は彼女に語りかける。懐かしい日々を、束の間の奇跡を。いつかまた、会えると願って。この歌が、届くと祈って──『Y'sromancers 第五部・君、微笑んだ夜』
 奏でられる調べは、何処か切なく……





見所・作品特性

 見所はなんと言っても、相沢祐一を主とするキャラクター達が連ねる言葉にあるだろう。
 彼等は強く、そして弱い。時に断固たる鋼の意思を持って、時に弱音を吐き無様に転がりながら、時に仲間を支えようと手を伸ばしつつ。
 その時々に放たれる、本気の彼等の言葉、想い。足掻きながらも前に進もうとするその姿の端々から学べる言葉の、なんと熱く、激しいことか。
 一般多数派の意見ではなく、少数派に属する意見。個々に独自の価値観を併せ持ち、それに従い行動する彼等の言動は、ひとつひとつが眩しく、羨ましく……どこかほろ苦い笑みを浮かべさせられる。
 その最たる主人公、相沢祐一。彼は真っ直ぐだ。出来は良くない、負け犬だった事もある。それでも、一歩一歩踏み締めるようにして前へ歩き自己を固め、必死になって生きてきた。かつて背負った重荷から目を逸らし、過去の後悔から逃げ出して、だけども仲間達にそっと背中を押され受け止めて、収めるべき所を遂に見つけた。
 そんな彼の、そして回りに集う心に傷を持った少女達の、支え合い助け合いながらも前へと歩むその姿こそが、『Y'sromancers』の見所だろう。ことに、第三作『ワイズロマンサー』にて祐一が見せるその凄まじい覚悟と生き様は、シリーズ通して最大の見せ場であると言っても過言ではない。
 これから『Y'sromancers』を読むという人は、是非彼等の叫び声に耳を傾けてほしい。

 絶対的な価値観など、存在しない。
 世界には、多種多様な意見があり、物の見方があり、それらは複雑に絡み合い、衝突しながらも混在している。そこでは矛盾した思惑や完全に食い違う考え方すらも頻繁にぶつかりあうが、どちらが正しいのかなどはそれこそ神にだって判別出来ない。
 『Y'sromancers』もまた、そんな価値観の中から生まれてきた作品なのではないかと思う。作者・広木真紀氏の考え方、物の見方がその大元に根差しており、氏の考え得た一つの結論のようなものを文章として書き上げたものなのではないか、と。
 作中で、相沢祐一は幾つもの言葉を放つ。強烈かつ際立った個性の塊である彼の言葉は時に辛辣・痛烈で、その中には思わず息を呑む程に飛躍した意見も混じっている。
 生命の重さとは、復讐とは、生き様とは。そんな決して軽くはない言葉に彼が出した一つの結論は、万人には受け入れられるものではなく……だが、否定しきることも到底出来ない重いもの。目を背ける者もいるだろう、それは納得出来ないと考える者もいるだろう。
だが、それを敢えて承知で、氏は自分の出した答えを示す為に、この作品を書き上げたのではないだろうか。
 『Y'sromancers』はそんな、一つの価値観を叩きつけてくる作品である。故に、共感出来る者にはとことんまで賞賛を受け、そうでない者には半ば押しつけがましい価値観を羅列した作品とすら取られてしまう。それに共感出来ない者には水が合わず、受け入れる事が出来ない程に『平均』からは逸脱した存在なのかもしれない。
 だが、例えそうであったとしても、読者は何らかの影響をこの作品から受ける。良くも悪くも、読み終えて『面白かった』だけでは終わらない。共感する者には当然、どんなに認める事が出来ないと思っている者にでも、『心に残る』何かを持った作品なのだ。
 広木氏独自の価値観を表に押し出したこの『Y'sromancers』、全面的に受け入れられるという人はそう多くはないのかもしれない。だが、決して少なくない数の人が、この物語から確実に何かを感じ取り、心の奥底に根付かせて生きてゆく。それは、物書きとして一つの達成点ではないだろうか。
 敢えて言おう。──この物語は、『本物』だ。





各作品について二言三言

Y'sromancersシリーズ 1st SEASON:『Dの微熱』
「完全に消去できるまで、可能性はいつも真実になり得るわ」
 ──美坂香里

 シリーズ第一作目はスタンダートなキャラクター達に自己の設定を植え付け、確立した『Y's』の登場人物として作り替えた基本作。
 原作を飛び越える才色兼備かつ財力豊かな個人として生まれ変わった倉田佐祐理。
 脅威的な異能力・戦闘能力の持ち主としてより研ぎ澄まされた設定を加えられた川澄舞。
 元々からあった『智』の才能を、更に強力かつ具体的な形として見せつけた美坂香里。
 原作の姿をカスタマイズし直し、謎めいた設定に未だ全貌を隠し伺わせない天野美汐。
 そして、自己の意志と言葉をしっかりと持った一個の人間として、またお調子者でありながら頼れる存在として、他の二次創作にありがちな『ゲームの主人公』像からは一線を画した強烈な個性の持ち主になって現れた相沢祐一。
 これらの登場人物達が絡み合い紡いでゆく『Y's』の物語。その最初の第一歩が本作、『Dの微熱』である。


Y'sromancersシリーズ 2nd SEASON:『垂直落下式妹』
「二人で一杯やろうぜ。ブルームーンを、奢るよ」
 ──相沢祐一

 ハードボイルドな第一作から切り替わって、推理小説のような趣きを擁する第二作目。
 物語は日常に紛れ込んだ非日常から、一人の女生徒の死から歯車を回し始める。連続して起こる殺人事件は、全てある一つの存在へと収束し、祐一達はその真相に否応なく直面する。
 殺人犯は何を思って連続殺人を引き起こしたのか? 犯人の行動の奥に秘められた、悲しい出来事とは? 憎悪と悔恨の果てに犯人が果たした復讐は、祐一達にどんな影響をもたらしたのか?
 ヒトの概念、価値観と生命の貴さに大きな衝撃を与える問題作。誰もが考え込まざるを得ない一つの理に真っ向から挑んだヴァイオレンスな第二作──『垂直落下式・妹!』


Y'sromancersシリーズ 3rd SEASON:『ワイズロマンサー』
「リグレットは……一度で、いい」
 ──相沢祐一

 本領発揮の第三作目。前作までに出てきた独自の設定が芽吹き、今までの『Kanon』二次創作上では見られなかったオリジナリティ溢れるストーリィが展開される。
 作者、広木真紀氏曰く「この話を思いついたから、このシリーズを始めた。この作品の中の、たった一つの場面を書きたかった」
 正にこの意気込みを体現した三部構成、全三十話に及ぶ話の中で、登場人物達が織り成すドラマは圧巻の一言。広木氏の作品全ての根底に流れる一つのテーマを最大限に描き出し、それに一つの答えを出そうとしているその姿勢に、相沢祐一の覚悟に、共感を覚えずにはいられない。
 いみじくも氏が述べた言葉通り、氏が書きたかった全ての根元となりしそのシーンに至っては……
 最早語る術を持たない。読者の方々はただ読み進め、個々に自分なりの答えを見つけてほしい。


Y'sromancersシリーズ 4th SEASON:『白鳥沢爛子先生』
「みんなと元気でいられるだけで、それはもう奇跡みたいに凄いことなんだよ」
 ──月宮あゆ

 直接的にはシリーズ第二作と深い繋がりを持つ第四作目。『2nd』を前編とするなら、この『4th』は後編に当たる。
 その前編で暴く事が出来なかった生徒会会館の秘密に、遂に彼らが挑む。
 またしても推理テイストを織り交ぜたストーリィ展開に、美坂香里・天野美汐両名の冴え渡る智謀策謀がスパイスを加える。息も付かせぬ潜入劇の終わりには、痛快なまでの結末が待っていて──
 物語内時間で第二作から半年。結束力を始めとしてあらゆる面でパワーアップした相沢祐一を筆頭とする『AMS』の面々が、母校に潜む悪事のベールに迫る。
 そしてそこには、宿敵の影も……


Y'sromancersシリーズ 5th SEASON:『君、微笑んだ夜』
「お前が戻ってくるその日まで、ずっとオレはこの場所で歌ってるから」
 ──相沢祐一

 シリーズ唯一の短編読み切りにして、高校生シーズン最後を飾る最終話。
 『Y'sromancers』第一作から第四作の中において、唯一出番がなかった『彼女』の為の小さく優しい物語。忘れられない、思い出にできない。そんな祐一が一人呼びかける冬の日の出来事。
 これを持って『Y'sromancers』シリーズは一応の完結をみる。構想としてはまだ先もあるとの広木氏の話ではあるが──全五章、これらを一括りにして『Y'sromancers』。それで充分。
 今は先を密かに楽しみにしつつ、幕を引こう。




*1:「二次創作」
 ここでいう二次創作とは、映画、TVプログラム、ゲームソフトなどの作品や脚本(シナリオ)を小説化したもの。いわゆるノヴェライズ、ノヴェライゼーションのこと。書店でハリウッド映画を小説にした本を見かけることがあるが、これもその一環。発祥の地であるアメリカではFF(ファン・フィクション)、日本ではSS(サイドストーリィ)などと呼ばれることもある。

*2:「Kanon」
 一九九九年にKEY(株式会社ビジュアルアーツ)が発売した、PC用ゲームソフトのタイトル。「カノン」と読む。一部で大きな反響を呼んだため、後年、家庭用ゲーム機にも移植された。





I N D E X