あとがき

 この中編は、二〇〇二年のクリスマス企画として一二月二四日から二五日までの二日間に期間を限定して公開された作品です。当時、一種のブームとなっていた「時間逆行」ものを題材として扱った、しかし脚光を浴びていた作品群とは全く違った方向性の物語になっています。
 去年の今頃、まるで熱病の仕業のようにもて囃(はや)された「時間逆行」ものというのは、要するに物語主人公が経験と知識を保持したまま時間を遡り、過去のある時点から人生をやり直す――歴史改変を主眼に置いた話でした。
 未来の出来事を知っている人間が過去を生きるというのは、推理小説を終わりから読むようなものです。犯人もトリックも、全てお見通し。その人知を超えた叡智と活躍ぶりは、見る者に「神」を彷彿とさせさえするでしょう。
 しかし、そういった「時間逆行」ものにおいて描かれるのは専ら主人公の超人的な働きばかりで、肝心の“歴史を改変することの功罪”や“人生をやり直すことの妥当性”などが全く考察されていませんでした。本作品は、その辺りの風潮に疑問と少なからぬ嫌悪感を覚えた人間が描いた作品です。
 発表当初、主人公のとった行動には賛否両論ありました。それが当然だと思います。だからこそ、これまで「時間逆行」ものの主人公が賞賛の声を浴びるだけで、その行動の是非すら問われることがなかったことの異常性が証明されたようにも思えるのです。
 ここで語られるのは個人の価値観による問題であり、何が正しく何が間違っているといった解答は恐らく導き出せないものでしょう。
 だからこそ、考えるべきだと思うのです。本作「三千世界」がその切っ掛けにでもなれば、著者として幸いです。


2003年12月 羽山秋一

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