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▼作品（著作）名・五十音順 （登録作数：217）
記号 あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行
ABC い行 き行 し行 ち行 に行 ひ行 み行 り行
う行 く行 す行 つ行 ぬ行 ふ行 む行 ゆ行 る行
え行 け行 せ行 て行 ね行 へ行 め行 れ行
お行 こ行 そ行 と行 の行 ほ行 も行 よ行 ろ行
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記号
タイトル（原題） 著者 総合
「･････絶句」上 新井素子 －
「･････絶句」下

アルファベット
タイトル（原題） 著者 総合
「BATTLE ROYALE」 高見広春 ☆☆
「BIO HAZARD THE BIGINNING」 有賀博之 －
「MOTHER」 久美沙織 ☆☆
「MOTHER2」 久美沙織 ☆
「ＯＵＴ」 桐野夏生 ☆
「SASサバイバル・マニュアル（The SAS Escape, Evasion & Survival Manual）」 バリィ・デイヴィス ☆
「ＳＦハンドブック」 早川書房編集部 ☆☆
「TRICK the novel」 百瀬しのぶ －
「TRICK2」 木俣冬 －
「TRICK 劇場版」 木俣冬 －
「Twelve y.o.（トゥエルブ・ワイ・オー）」 福井晴敏 ☆

あ行
タイトル（原題） 著者 総合
「アーサー王と円卓の騎士（The Sword and Circle）」 ローズマリ・サトクリフ ☆
「亜州魔鬼行（アジアン・ゴースト・ロード）」 林巧 －
「明日に一歩踏み出すために」 唯川恵 －
「アビス（THE ABYSS）」上 オースン・Ｓ・カード ☆☆
「アビス（THE ABYSS）」下
「あほらし屋の鐘が鳴る」 斎藤美奈子 －
「あやかし」上 高橋克彦 －
「あやかし」下
「ある閉ざされた雪の山荘で」 東野圭吾 －
「暗号がいっぱい」少年探偵ハヤトとケン５ 安達征一郎 ☆☆
「暗黒館の殺人」上 綾辻行人 －
「暗黒館の殺人」下

い行
タイトル（原題） 著者 総合
「医者が末期がん患者になってわかったこと」 岩田隆信 ☆
「いつか海に行ったね」 久美沙織 －
「猪苗代マジック」 二階堂黎人 －
「イノセントワールド」 桜井亜美 ☆
「荊の城（FINGERSMITH）」 サラ・ウォーターズ ☆
「イリヤの空ＵＦＯの夏」その１ 秋山瑞人 ☆
「イリヤの空ＵＦＯの夏」その２
「イリヤの空ＵＦＯの夏」その３
「イリヤの空ＵＦＯの夏」その４
「イン ザ・ミソスープ」 村上龍 ☆

う行
タイトル（原題） 著者 総合
「ウェディング・ドレスに紅いバラ」 田中芳樹 －
「ウイルス汚染機着陸不能！（VENOM VIRUS）」 リチャード・パリィ －
「失われた書庫（THE BOOKMAN'S PROMISE）」 ジョン・ダニング ☆
「歌う船（THE SHIP WHO SANG）」 アン・マキャフリィ ☆
「宇宙でトイレに入る法（HOW DO YOU GO THE BATHROOM IN SPACE）」 ウィリアム・Ｒ・ポーグ ☆

お行
タイトル（原題） 著者 総合
「黄金の羅針盤（THE GOLDEN COMPASS）」 フィリップ・プルマン ☆☆
「大穴（ODDS AGAINST）」 ディック・フランシス ☆☆
「大いなる眠り（THE BIG SLEEP）」 レイモンド・チャンドラー ☆

か行
タイトル（原題） 著者 総合
「怪獣男爵」 横溝正史 －
「風よ。龍に届いているか」上 ベニー松山 ☆☆☆
「風よ。龍に届いているか」下
「蚊トンボ白鬚の冒険」 藤原伊織 ☆
「ガラスの鍵（THE GLASS KEY）」 ダシール・ハメット ☆☆
「軽井沢マジック」 二階堂黎人 －
「かわいい女（THE LITTLE SISTER）」 レイモンド・チャンドラー ☆
「川の深さは」 福井晴敏 ☆

き行
タイトル（原題） 著者 総合
「消える密室の殺人」猫探偵正太郎上京 柴田よしき －
「利腕（WHIP HAND）」 ディック・フランシス ☆☆
「人形（ギニョル）」 佐藤ラギ －
「ギムレットには早すぎる」レイモンド・チャンドラー名言集 郷原宏 －
「キャリー（CARRIE）」 スティーヴン・キング －
「銀の檻を溶かして」 高里椎奈 －

く行
タイトル（原題） 著者 総合
「九月が永遠に続けば」 沼田まほかる －
「クロへの長い道」 二階堂黎人 ☆

け行
タイトル（原題） 著者 総合
「警察のことがわかる辞典」 久保博司 ☆
「ゲーテ格言集」 ゲーテ ☆

こ行
タイトル（原題） 著者 総合
「攻殻機動隊　BURNONG CITY」 遠藤明範 －
「攻殻機動隊２　STAR SEED」 遠藤明範 －
「光源」 桐野夏生 ☆
「興奮（FOR KICKS）」 ディック・フランシス ☆☆
「こちら救命センター」 浜辺祐一 －
「琥珀の望遠鏡（THE AMBER SPYGLASS）」 フィリップ・プルマン ☆☆
「ゴリラの逆襲」少年探偵ハヤトとケン６ 安達征一郎 ☆
「稀覯人（コレクター）の不思議」 二階堂黎人 －

さ行
タイトル（原題） 著者 総合
「最高裁調査官（THE TENTH JUSTICE）」 ブラッド・メルツァー ☆
「殺意は幽霊館から 天才・龍之介がゆく！」 柄刀一 －
「さらば愛しき女よ（FAREWELL, MY LOVELY）」 レイモンド・チャンドラー ☆☆
「さらば愛しきひとよ」 武田鉄矢 －
「さらば長き眠り」 原尞 ☆☆
「3000年の密室」 柄刀一 －

し行
タイトル（原題） 著者 総合
「ジェイミー（JAYMEE : THE STORY OF CHILD B）」 セーラ・バークリー ☆☆☆
「屍鬼」上 小野不由実 ☆☆
「屍鬼」下
「地獄の奇術師」 二階堂黎人 －
「死体は生きている」 上野正彦 －
「死体は語る」 上野正彦 －
「死体は散歩する（The Corpse Steps Out）」 クレイグ・ライス ☆
「死体の証言」 上野正彦／上村正夫 －
「七胴落し」 神林長平 －
「十角館の殺人」 綾辻行人 ☆
「死の蔵書（BOOKED TO DIE）」 ジョン・ダニング ☆
「シビル・アクション（A CIVIL ACTION）」上 ジョナサン・ハー －
「シビル・アクション（A CIVIL ACTION）」下
「ジャンヌ・ダルク（JEANNE D'ARC）」 ペルヌー／クラン ☆☆
「終戦のローレライ」上 福井晴敏 ☆☆
「終戦のローレライ」下
「「少年Ａ」この子を生んで……　父と母 悔恨の手記」 「少年Ａ」の父母 ☆☆
「ショカツ」 佐竹一彦 －
「初秋（Early Autumn）」 ロバート・Ｂ・パーカー ☆
「白い別荘の怪事件」少年探偵ハヤトとケン２ 安達征一郎 ☆☆☆
「新・ＳＦハンドブック」 早川書房編集部 ☆☆☆
「新訂クトゥルー神話辞典」 東雅夫 ☆
「神秘の短剣（THE SUBTLE KNIFE）」 フィリップ・プルマン ☆☆

す行
タイトル（原題） 著者 総合
「スイート・ホーム殺人事件（HOME SWEET HOMICIDE）」 クレイグ・ライス ☆☆
「水車館の殺人」 綾辻行人 －
「ステップファミリー（HOW TO WIN AS A STEPFAMILY）」 エミリー＆ジョン・ヴィッシャー ☆
「スパイラル ～推理の絆～ ソードマスターの犯罪」 城平京 ☆
「すべてがＦになる」 森博嗣 ☆
「諏訪湖マジック」 二階堂黎人 －

せ行
タイトル（原題） 著者 総合
「精霊がいっぱい！（The Case of the Toxic Spell Dump）」上 ハリイ・タートルダヴ ☆
「精霊がいっぱい！（The Case of the Toxic Spell Dump）」下
「ゼウスガーデン衰亡史」 小林恭二 －
「世界の中心で、愛を叫ぶ」 片山恭一 －
「･････絶句」上 新井素子 －
「･････絶句」下
「背の眼」 道尾秀介 －

そ行
タイトル（原題） 著者 総合
「ソードマスターの犯罪」 城平京 ☆
「そして粛清の扉を」 黒武洋 －
「そして誰もいなくなった（TEN LITTLE NIGGERS）」 アガサ・クリスティ ☆☆
「そして二人だけになった」 森博嗣 －
「そして夜は甦る」 原尞 ☆
「ソロモン王の洞窟（KING SOLOMON'S MINES）」 ヘンリィ・ライダー・ハガード －

た行
タイトル（原題） 著者 総合
「ダービースタリオンIII殺人事件」 山本剛 －
「タイム・リープ」上 高畑京一郎 －
「タイム・リープ」下
「ダックスフントのワープ」 藤原伊織 ☆
「ダブルキャスト」上 高畑京一郎 －
「ダブルキャスト」下

ち行
タイトル（原題） 著者 総合
「血の収穫（RED HARVEST）」 ダシール・ハメット ☆
「駐在巡査」 佐竹一彦 －

つ行
タイトル（原題） 著者 総合
「冷たい密室と博士たち」 森博嗣 －

て行
タイトル（原題） 著者 総合
「ディック・フランシス読本」 早川書房編集部 ☆
「ディプロトドンティア・マクロプス」 我孫子武丸 －
「テロリストのパラソル」 藤原伊織 ☆☆
「天使たちの探偵」 原尞 ☆
「天帝妖狐」 乙一 ☆
「天狼星」 栗本薫 －
「天狼星II」 栗本薫 －
「天狼星III　蝶の墓」 栗本薫 －

と行
タイトル（原題） 著者 総合
「ドアの向こう側」 二階堂黎人 ☆
「東京ナイトメア　薬師寺涼子の怪奇事件簿」 田中芳樹 －
「ときどき、陰性感情 看護学生理美の青春」 小林光恵 ☆
「度胸（NERVE）」 ディック・フランシス ☆☆
「ドグラ・マグラ」 夢野久作 ☆
「時計は三時に止まる（8 FACES AT 3）」 クレイグ・ライス －
「どちらが正しい？ことわざ2000」 井口樹生 －
「隣り合わせの灰と青春」 ベニー松山 ☆
「虎よ！虎よ！（TIGER! TIGER!）」 アルフレッド・ベスター ☆
「ドリームチーム弁護団（SPECIAL CIRCUMSTANCES）」 シェルドン・シーゲル －
「ドリームチーム弁護団 検事長ゲイツの犯罪（INCRIMINATING EVIDENCE）」 シェルドン・シーゲル －

な行
タイトル（原題） 著者 総合
「ナイトホークス（The BLACK ECHO）」 マイクル・コナリィ ☆
「菜子の冒険　猫は知っていたのかも」 深沢美潮 －

に行
タイトル（原題） 著者 総合
「二分割幽霊綺譚」 新井素子 ☆
「日本警察」 久保博司 ☆
「日本語の常識・非常識」 日本語を考える会 －
「人形は遠足で推理する」 我孫子武丸 ☆
「人形はこたつで推理する」 我孫子武丸 ☆
「人形は眠れない」 我孫子武丸 ☆
「人形はライブハウスで推理する」 我孫子武丸 ☆

ね行
タイトル（原題） 著者 総合
「猫の地球儀」焔の章 秋山瑞人 ☆
「猫の地球儀」幽の章
「猫は殺しをかぎつける（The cat who saw red）」 リリアン・Ｊ・ブラウン －
「猫はスイッチを入れる（The cat who turned on and off）」 リリアン・Ｊ・ブラウン －
「猫はソファをかじる（The cat who ate danish modern）」 リリアン・Ｊ・ブラウン －
「猫は手がかりを読む（The cat who could read backward）」 リリアン・Ｊ・ブラウン －

は行
タイトル（原題） 著者 総合
「破線のマリス」 野沢尚 －
「ばたばたナース」 桜木もえ －
「バトルロワイヤル」 高見広春 ☆☆
「ハメットとチャンドラーの私立探偵（The Private Eye in Hammett and Chadler）」 ロバート・Ｂ・パーカー －
「パラケルススの魔剣」上 山本弘 －
「パラケルススの魔剣」下
「バルタザールの遍歴」 佐藤亜紀 ☆☆
「晴れた空から突然に…」 田中芳樹 －
「パンツァーポリス1935」 川上稔 －

ひ行
タイトル（原題） 著者 総合
「光の王（LOAD OF LIGHT）」 ロジャー・ゼラズニイ ☆☆
「ひまわりの祝祭」 藤原伊織 ☆
「百億の昼と千億の夜」 光瀬龍 ☆☆☆
「100万回生きたねこ」 佐野洋子 ☆☆☆

ふ行
タイトル（原題） 著者 総合
「幻痛　ファントムペイン」 牧村泉 －
「フィリップ・マーロウ」 レイモンド・チャンドラー －
「風紋」 乃南アサ －
「福音の少年 Good news Boy 錬金術師の息子」 加地尚武 ☆
「復讐の道標」 光瀬龍 －
「梟の城」 司馬遼太郎 ☆
「不死王」 ベニー松山 ☆☆☆
「ふたりのかつみ」 新井素子 －
「ブレイブ・ストーリー」上 宮部みゆき ☆☆
「ブレイブ・ストーリー」下

へ行
タイトル（原題） 著者 総合
「ヘボ医のつぶやき」 柳瀬義男 －

ほ行
タイトル（原題） 著者 総合
「冒険・スパイ小説ハンドブック」 早川書房編集部 ☆☆
「亡国のイージス」上 福井晴敏 ☆☆
「亡国のイージス」下
「ポケットに名言を」 寺山修司 －
「星を継ぐもの （INHERIT THE STARS）」 Ｊ・Ｐ・ホーガン ☆☆☆
「ポネット（Ponette）」 青林霞／ドワイヨン －
「本命 （DEAD CERT）」 ディック・フランシス ☆☆

ま行
タイトル（原題） 著者 総合
「マイノリティ・リポート（THE MINORITY REPORT）」 フィリップ・Ｋ・ディック ☆
「魔術はささやく」 宮部みゆき ☆
「魔天楼　薬師寺涼子の怪奇事件簿」 田中芳樹 －
「幻の女（PHANTOM LADY）」 ウイリアム・アイリッシュ ☆
「幻の特装本（THE BOOKMAN'S WAKE）」 ジョン・ダニング －
「マリア様がみてる」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　黄薔薇革命」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　いばらの森」 今野緒雪 ☆
「マリア様がみてる　ロサ・カニーナ」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　ウァレンティーヌスの贈り物」前 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　ウァレンティーヌスの贈り物」後
「マリア様がみてる　いとしき歳月」前 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　いとしき歳月」後
「マリア様がみてる　チェリーブロッサム」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　レイニーブルー」 今野緒雪 ☆
「マリア様がみてる　パラソルをさして」 今野緒雪 ☆
「マリア様がみてる　涼風さつさつ」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　レディ、ＧＯ！」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　バラエティギフト」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　チャオ ソレッラ！」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　特別でないただの一日」 今野緒雪 －
「マリア様がみてる　プレミアムブック」 今野緒雪 with 山百合会 －
「マルタの鷹（The Maltese Falcon）」 ダシール・ハメット ☆

み行
タイトル（原題） 著者 総合
「見えない暗闇」 山田太一 －
「密告」 真保裕一 －
「密閉教室」 法月綸太郎 －
「三つの棺（THE THREE COFFINS）」 ジョン・ディクスン・カー ☆

め行
タイトル（原題） 著者 総合
「名探偵ＶＳ大奇術師」少年探偵ハヤトとケン３ 安達征一郎 ☆☆
「名探偵に薔薇を」 城平京 ☆
「メルニボネの皇子（ELRIC OF MELNIBONÉ）」 マイクル・ムアコック ☆

も行
タイトル（原題） 著者 総合
「燃える男（MAN ON FIRE）」 Ａ．Ｊ．クィネル ☆
「燃えよ剣」上 司馬遼太郎 ☆☆
「燃えよ剣」下
「もっとも危険なゲーム（THE MOST DANGEROUS GAME）」 ギャヴィン・ライアル ☆☆

や行
タイトル（原題） 著者 総合
「野獣死すべし」 大藪春彦 －

ゆ行
タイトル（原題） 著者 総合
「幽霊の復讐」少年探偵ハヤトとケン４ 安達征一郎 －
「雪が降る」 藤原伊織 ☆
「ゆきの山荘の悲劇」猫探偵正太郎登場 柴田よしき －

よ行
タイトル（原題） 著者 総合
「傭兵ピエール」上 佐藤賢一 －
「傭兵ピエール」下

ら行
タイトル（原題） 著者 総合
「ラヴレター」 岩井俊二 ☆
「楽園」 鈴木光司 －
「ラプラスの魔」 山本弘 ☆

り行
タイトル（原題） 著者 総合
「リヴィエラを撃て」 高村薫 －
「リカ」 五十嵐貴久 －
「リメイク」 コニー・ウィリス ☆☆

る行
タイトル（原題） 著者 総合
「流人島の悪魔」少年探偵ハヤトとケン１ 安達征一郎 ☆☆

れ行
タイトル（原題） 著者 総合
「歴史・時代小説ベスト113」 大衆文学研究会 －
「歴史と小説」 司馬遼太郎 ☆
「連鎖」 真保裕一 －

わ行
タイトル（原題） 著者 総合
「ワードを捨ててエディタを使おう」第２版 鐸木能光 ☆
「私が殺した少女」 原尞 ☆☆
「私が捜した少年」 二階堂黎人 ☆
「笑わない数学者」 森博嗣 －

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著者名順・索引

▼著者名・五十音順
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行
い行 き行 し行 ち行 に行 ひ行 み行 り行
う行 く行 す行 つ行 ぬ行 ふ行 む行 ゆ行 る行
え行 け行 せ行 て行 ね行 へ行 め行 れ行
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▼オレミシュランとは

　ガイドブックとして世界的有名な「ミシュラン」に倣って、星による評価でもののグレードや特徴などを示し、一般に参考データとして提供しようという試みです。
　ただし本家ミシュランが「レストラン」のガイドを行っているのに対し、ここで行うガイドは「書籍」がメインとなります。――つまり、本のミシュランをやってしまおうという割りとトンデモない企画です。


▼評価項目

 総合 総合的な評価
 ストーリィ 話の面白さ、シナリオの質の評価
 技術 文章力、筆力、構成力などの評価

　評価項目は以上の３種です。
　「ストーリィ」の項目は、シナリオのレヴェルの評価です。物語の内容がどれだけ面白いか、手に汗握らせる物語や驚愕させるようなラスト、琴線に触れる感動などの要素が含まれると高く評価されます。
　「技術」の項目は、日本語の上手さ、人物や情景描写の巧みさ、物語の組み立てや構成、キャラクターの造形に至るまで広い意味でのテクニックを評価します。
　「総合」とは、ストーリィや技術面、娯楽性、コストパフォーマンスなど、その作品の持つ様々な要素を加味した総合的な評価です。


▼星について

 ★★★ それを目的として購読する価値あり
 ★★ それを期待して購読する価値あり
 ★ 優れた水準にある
 －（星なし） 平均的か、それ以下（お勧めはしない）

　星の数量が示す意味とその基準は以上の通りです。
　たとえば「技術」の項目に最高ランクの「三ツ星」がつけられていた場合、それは非常に卓越した技術力の持ち主によって著された本であり、内容がどうであれ、その芸術的な技巧を堪能するためだけに購入を検討する価値があることを示します。技術、ストーリィ、総合、どの欄にであれ一箇所でも「三ツ星」がつけられていたら、その作品は当方が絶賛する大傑作だと考えてもらって構いません。だからこそ、よほどのことがない限り「三ツ星」はつけません。
　「二ツ星」は、「三ツ星」には及ばないまでも、非常に高い水準にあることを示します。「技術」にこの評価が下してあれば、その本に技術的な魅力を求める価値があることになります。「総合」に二つ星があれば、良作と評価していることになります。
　「一ツ星」は、一般的な水準から見るとやや優れたものが見られることを意味すると考えてください。佳作です。
　「星なし」の場合は、プロの作品として平均的かそれ以下、手馴れたアマチュア程度の実力や魅力しか感じさせないことを意味します。個人的にお勧めしません。
　なお、これらの評価は編集者の独断と偏見に基づくものであり、普遍的なものではありません。



▼書籍データについて

[１]
形態 [２] 種別 [３] 部門 [４]
出版 [５] 値段 [６] 初版 [７]
[８]

[１]　書籍の「タイトル」です。翻訳である場合は、原題も表記しています。
[２]　書籍の「形態」です。文庫サイズ、新書サイズ、ハードカヴァー（単行本）など大きさを示します。
[３]　ジャンルのことです。小説、ノンフィクション、学術書、エッセイ、雑誌などの分類を示します。
[４]　内容の長さ・文量です。主に長編、中編、短編、掌編に分けています。
[５]　書籍を発刊している「出版社」です。書店で買い求める時などの参考になります。
[６]　その本の値段です（基本的に税別価格）。時代によって変動します。冊数が複数の時は「+」で繋いであります。
[７]　最初に出版されたのがいつだったかを記載しています。この欄を参考にすれば、その本がどの時代に刊行されたものかが分かります。ただし、翻訳や新装版の本は原書が存在し、ここに記載されている初版発行日のデータが参考にならない場合があります。その場合は、作品紹介の中に別途記述されています。
[８]　その書籍の簡単な内容説明と解説です。

Posted at 15:21 in
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わ（wa）行
作者別一覧
・



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



I N D E X
Posted at 14:57 in | WriteBacks (0) | Edit



ろ（ro）行
作者別一覧
・ Ｊ．Ｋ．ローリング(1)



JOANNE KATHLEEN ROWLING
ジョアン・キャサリン・ローリング



「ハリー・ポッターと賢者の石」（原題：Harry Potter and the Philosopher's Stone）
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版静山社 値段￥1900 初版1999-12-08
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　1997年６月にＵＫで出版されるや評判を呼び、日本を含めた各国で計3600万部を超える大ヒットを記録した記念碑的作品。著者Ｊ．Ｋ．ローリングの処女作で、全７巻からなる <ハリー・ポッターシリーズ> の第１巻でもある。
　原書は上記したように'97年にブリテンで刊行され、その後、「Harry Potter and the Sorcerers Stone」と改題されてアメリカ版が世に出された。このアメリカ版におけるタイトルの変更は、大変な誤解と無知から生じた改悪であり、各方面からかなり辛辣な批判の声をあびている。
（the Philosopher's Stoneは「賢者の石」と訳される錬金術を語る上で重要な存在であり、確立された固有名詞。一種の学術用語とさえ言える。安易にthe Sorcerers Stone [＝魔法使いの石] などと言い換えがきくような類の言葉ではない。）
　元は児童小説――すなわち子供むけのファンタジー小説として刊行された本書だが、大人が読んでも楽しめると人気を呼び、世界的な「ファンタジー・ブーム」を巻き起こした。本書のヒットをきっかけに各国でファンタジー小説が新たに刊行され、うもれた過去の名作にもスポットがあてられた。
　日本語版の成立の経緯と翻訳に関する事情については、なぜ「静山社」なる名前も聞かないマイナー所が権利を抑えたのかをはじめ、巻末に収録された訳者あとがきに詳しい。

　――物語の具体的な内容であるが、主人公はタイトルにもその名の見られるハリー・ポッター。いずれも著名な魔法使いであった両親の死をきっかけに、親類の家に預けられた少年である。
　彼は親類の家で迫害を受け、両親が魔法使いであったことやその死の真相について何も知らされずに育つが、持ち前の明るさだけは失われなかった。
　そんなハリーが７年制の中学校にあがろうとするころ、彼のもとに手紙が届く。それは魔法の世界 <ホグワーツ> にある魔法魔術学校からの入学案内だった。
　この手紙をきっかけに、ハリー・ポッターはこの世界には魔法が存在すること、そして両親が魔法使いであり、自分にもその才能が受け継がれていることを知る。
　かくしてホグワーツ魔法魔術学校への入学を決意したホリー・ポッターだったが、それは両親を惨殺した邪悪な魔法使い <ヴォルデモート> との因縁の対決のはじまりでもあった――。

　空前の大ヒット小説だけあって出来は悪くなく、終盤の大きなツイスト（どんでん返し）やそれに繋がる細かな伏線のはり方などは本格ミステリの手順をきちんと踏襲していたりと、ストーリィや構成などは良くねられており子供だましの手抜きといった要素は全くない。
　ただ、これはあくまで子供むけの小説であるという前提があっての話である。彼らと一緒に、いい大人が大騒ぎできるようなレヴェルとは言いがたい。
「将来はファンタジーの古典として認識されるであろう傑作」「ハリー・ポッターシリーズにノーベル文学賞を」などと声高に叫ぶ読者もあるようだが、これに関しては首を捻らざるを得ないところ。
　結局、本を読まなくなった現代人がブームにほだされて絶賛しているという感が強く、ファンタジーの歴史を作ってきた名作群――ロード・ダンセイニの諸作やトールキンの「指輪物語」、ル・グィンの「ゲド戦記」などとは同列に扱えるものではない。

　たとえば、ハリー・ポッターは独自の世界観がない。
　我々が良く知る“魔法のない現代社会”の裏に、ひっそりと魔法の世界が存在する。このハイファンタジーとローファンタジーの中間に位置する世界設定は決して珍しいものではなく、むしろ手垢のついたありふれたものだと言える。
　作中に存在する魔法学校、ドラゴン、ケンタウロス、賢者の石、主人公の体に見られる特殊なアザといった要素も、過去のファンタジー小説で呆れるほど扱われてきた要素だ。目新しさは全くない。また、これらをロリングよりもいきいきと鮮やかに描写している作品についても枚挙に暇ないほど存在する。
　ようするに世界観や基本設定になんら斬新さがないのだ。
　同じく近年発表されたＵＫ発の児童むけファンタジー小説として、プルマンの「ライラ三部作」が存在するが、これには動物の姿をした <ダイモン> があらゆる人間に１匹ずつ存在する――という独自のユニーク設定が眼を引いた。
　マイケル・ムアコックは、代表作でもあるその伝説的名シリーズ「エルリック・サーガ」において、意志を持つ制御不能の <魔剣> を印象的に登場させ、読者の度肝を抜いた。
　またムアコックは、それまで筋骨隆々としたポジティヴ思考の主人公が反乱していた時代に、自らの運命に苦悩する白子の主人公を投入することで、ヒロイック・ファンタジーに対する世界の認識に一石を投じもした。
　ハリー・ポッターシリーズには、こうした新しさがない。トールキンは「エルフ」や「ホビット」、「トロル」などの存在と位置づけを確立させ、後の幻想文学に多大な影響を与えたが、ハリー・ポッターはそうした影響力を持たない。もとよりオリジナルの要素が存在しないからだ。どこかで見た借り物のような世界観。これは本書の持つ大きな欠点の１つだろう。

　それから、人間描写の浅さもある。
　ハリー・ポッターが魔法学校で英雄扱いされるのは何故か。両親が著名な魔法使いだったからである。天性の才能でホウキを操り、上手に飛びまわれたからである。
　結局、彼は両親から受け継いだ遺伝子と才能とで評価を勝ち取っているのだ。
　もちろん、親類から受ける辛い仕打ちに耐える精神力、終盤に見せた勇気など彼には美徳が多い。が、結局は英雄として称えられることが序盤から約束された少年として描写されているし、挫折や自己の復権といったジュブナイルに必要な手続きに関する書き込みが――まったくその要素を持たないとは言わないものの――やはり薄くて弱いような気がする。
　生まれたときから特別な子、ハリー・ポッター。無条件に愛されるべきなのに、不当な仕打ちを受ける可愛そうなハリー・ポッター。ここから読者の子供が何を学び取るのか。少し疑問に思える。

　結局のところ、ハリー・ポッターのもたらした衝撃は、驚異的な売り上げをはじめとする営業的なものでしかなく、後世につづく文学的影響力は皆無に近しい。
　功績といえば、ファンタジーブームを世界的に巻き起こし、同系小説にもスポットライトのおすそ分けをした点に尽きるだろう。
　ハリィ・ポッターは物語の中で２人と存在しない特別な子であるが、ハリィ・ポッター・シリーズはファンタジー小説界にあって凡庸で特別な個性をもたない小さな存在である。このシリーズをきっかけに、読者の目がほとんど無限に広がるファンタジー小説界に広く向けられることを後は望むだけである。
2005/08/01




I N D E X
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る（ru）行
作者別一覧
・ モーリス・ルブラン(1)
・



MAURICE LeBLANC
モーリス・ルブラン



「虎の牙」（原題：LES DENT DU TIGRE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥880 初版1973-03-23
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆
　アルセーヌ・ルパン。１９世紀のフランスに生まれたこの歴史的な英雄の名を、我々は日本人でありながらほとんど例外なく知っているはずである。漫画や劇場用アニメーションで良く知られるようになった「ルパン三世」の祖父であり、元祖怪盗紳士。決して縛につくことのない神出鬼没の大泥棒であり、城館やサロンしか狙わない謎の男であり、また変装の名人。幾多の名と顔を使い分け、時には王侯貴族として、冒険家として、また探偵として活躍する彼は、シャーロック・ホームズと並び推理小説史上の巨人として今なお君臨しつづけている。
　本書「虎の牙」はそうしたアルセーヌ・ルパン一世の活躍を描いたシリーズの一篇である。原書はフランスのアシェット社より1921年に刊行され、その後ル・リーヴル・ド・ポッシュ社によって改定された。今回紹介する創元社の文庫版は、これらアシェット社の旧版とポッシュ社の新版の双方を参考にし、ヴァン・ダインやクイーンの翻訳で知られる井上勇が日本語にまとめ上げた――言わば完全版である。
　詳しくは訳者本人により巻末の作品解説で説明されているが、本書は現在普及しているアシェット版をベースに物語の展開や構成面で割愛されたパートなどを旧版から拾い上げ、補完したような造りになっているらしい。あらゆる要素が詰め込まれているためお得感があるが、おかげで550ページを超える分厚い本になってしまっている。
　また話の流れを大胆に断ち、いきなり過去のルパンの冒険談が差し挟まれるなどしているところもあるため、物語に「中だるみ」の要素を与えた、無駄に冗長な話にしてしまった、などという批判の声が出てくるであろうことが予想される。――だが全ての要素を詰め込む「完全版」というスタイルには、これらのネガティヴな要素は必ず付きまとうものだ。それを知りつつ、突こうとするのはいささか野暮な行為と言わざるを得ない。

　個人的な話で恐縮だが、はじめて本書に触れたのはまだ１０才前後の頃――小学生時代であった。切っ掛けがなんであったのかは既に忘却の彼方であるが、恐らく「今まで読んだことがないくらい分厚くて長い物語の本を読んで、それを自慢にしてやろう」などという、その年頃の子供らしい見栄や好奇心によるものであったに違いない。
　ともあれ、学校の図書室から豪華なハードカヴァー版の「虎の牙」を借りてきて夢中で読んだ。比喩的な表現ではなく、本当に夢中にさせられた。寝食を忘れ、１日か２日で一気に読み切ったはずだ。
　いま振り返ってみても、あれほどまでに胸を躍らせ、ページを捲るのももどかしく手に汗握りながら物語を追った経験は稀有である。ジュール・ヴェルヌの『神秘の島』とジェイムズ・Ｐ・ホーガンの『星を継ぐもの』を他に例はないのではあるまいか。
　とにかく、この「虎の牙」には少年少女をミステリや冒険小説の虜にしてしまう、ありとあらゆる要素が含まれている。
　ある日、アルセーヌ・ルパン（本書ではリュパンと表記されている）ことドン・ルイス・ペレンナは、コスモ・モーニントンという男が残した２億フランの遺産管理を依頼される。ペレンナの良き友であったモーニントンは、自分の血縁者の捜索をペレンナに依頼。これが発見された時は、その遺族に２億フランを。もし遺族が発見されなかった場合は、友ペレンナにこれを譲渡する――という遺言書を残して亡くなったのだ。
　コスモ・モーニントンの友情に報いるためドン・ルイス・ペレンナは早速調査を開始するが、同件に関して裏付け調査を行っていた警視庁のヴェロ刑事が何者かに毒殺されるという事件が発生。関係者は俄かに騒然としだす。
　ヴェロ刑事が今わの際に残した事件の手がかりは犯人により盗まれたり隠滅されたりしていたが、何者かの――恐らく犯人かそれに類する人物の――歯型と思われるものを刻んだチョコレートだけが唯一残された。そしてその歯形は、虎の牙を思わせる細く鋭利なものだったのである。
　この虎の牙を手がかりにペレンナは調査を続けていくが、死体に褐色の斑点を浮かび上がらせる毒は、ヴェロ刑事だけにとどまらず多くの人間を犠牲にし、ペレンナの前に累々と死体を積み上げていく。二転三転する犯人像と事件の真相。命を狙われ、また警察からも追われるはめに陥るペレンナことルパン。とにかく最後の最後まで目が話せない、どんでん返しの連続が読者を待っている。

　調査が進み、新事実が明らかになるたびにペレンナことルパンは犯人候補の名を次々と挙げていくのだが、それが次に浮上してくる新情報によって覆されるカタルシス。度々の調査を妨害し、限りなく黒に近い振る舞いを見せ続ける美女と、彼女に心を奪われたルパンとの対決、またその恋の行方。そもそも犯人はだれなのか。密室殺人のトリックは。２０人もの警官が見守る中、忽然と現れた怪文書の出所とその送り主は。
　謎が謎を呼び、好奇心や探究心を刺激する幾多の要素がグイグイと読者を引っ張っていく本書は、対象読者を活字を覚えたばかりの少年少女に限っておくにはもったいない傑作である。
　無論、先に述べた完全版故の欠点や、過剰なまでのアルセーヌ・ルパンへの賛辞、装飾過多な文章、芝居がかった古臭い台詞、旧世紀の古典であるという時代的なハンデなど、本書や著者モーリス・ルブランの抱える短所は細かい部分を含めるとかなりの物になるだろう。
　だがそうした些細な粗をものともしない、巨大な力が本書にはある。
　今日でも、犯罪のトリックや事件そのものにだけ力を注ぎ、登場人物の人間を描写する手間やキャラクター個々に人間性や生活観、個性、魅力などを与えることが出来ずに終わってしまう本格推理小説は多い。


















「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




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「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




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「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




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ら（ra）行
作者別一覧
・ クレイグ・ライス(3)
・ ギャヴィン・ライアル(1)



GAVIN LYALL
ギャヴィン・ライアル



「もっとも危険なゲーム」（原題：THE MOST DANGEROUS GAME）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥600 初版1976-06-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　ギャビン・ライアル。冒険小説を好んで読む者なら、どうしたところで避けて通るわけにはいかない作家の一人である。避けて通ることのできない道の一つとさえ言い換えて良い。
　事実、「ライアルを知らずして冒険小説を語る資格なし」と真剣に考えている人間は、この日本においてさえ大勢存在するのだ。
　もちろん、責任はライアル自身にある。彼の作品には、それを好むものには堪えられない要素がこれでもかと言うほど満載されているからだ。
　彼はその著作を通し、徹底して描き出す要素は大きく二つ。すなわち「男」――また彼らの生き様――と「プロフェッショナル」がそうだ。
　基本的には現実主義なのだが、男の魅力を損なわない程度のロマンティストである人間。自分に定めた掟を頑なに守り続けるストイックな人間。こだわるもののためには、それが馬鹿げたことかもしれないと知りつつ命を賭けることさえ厭わない人間。
　こうした条件を備えた、男が自分の目標として定めたくなるような男を書く人間は冒険小説の世界に多い。アリステア・マクリーンやディック・フランシスなどはその面に突出した世界的大家だ。ギャビン・ライアルをそんな彼らの列に加えようとしたところで、誰からも文句は出まい。

　1963年に発表されたライアルの第２長編「もっとも危険なゲーム」も、そんな男でありプロフェッショナルである人間たちの物語である。
　もう少し具体的に言えば、本書で描かれるのは二人のプロである。一人は主人公のビル・ケアリ。かつて超一級の諜報員として活躍し、現在は水陸両用機のパイロットとして資源調査を行っている男である。
　対を成すもう一人はアメリカの大富豪で、世界中の猛獣を相手にハンティングを経験してきた射撃の名手フレデリック・ウェルズ・ホーマーだ。
　ふたりは業界屈指の腕を持つ本物のプロフェッショナルであり、ライアルの筆の冴えは彼らのそうした職業的熟練度やそれに対する矜持といったものを鮮やかに描き出していく。
　これは異なる分野で頂点に立ちうる技巧とプライドを持ち合わせた男たちの、いわば交流と友情の物語だ。シナリオを盛り上げるスパイスとしてソ連（解体以前の物語なのだ）とフィンランドとの政治的緊張や、偽金貨をめぐる各国諜報機関の構想といった要素が含まれもするが、本質的にはケアリとホーマーの出会いと別れに全てが収束すると言って良いだろう。

　できるなら本書は、何の情報も持たない白紙の状態で読み進めていってほしい。本来ならこの書評も、カヴァー裏のあらすじ紹介も、巻末の解説文にも読了前には触れてほしくない。もちろん、「冒険・スパイ小説ハンドブック」の「もっとも危険なゲーム」に関連する内容も知らないほうが好ましい。
　そもそも、熱心なファンが多いためライアルの代表作「もっとも危険なゲーム」「深夜プラス１」に関してはあちこちで熱い議論が交わされ、かなり突っ込んだ内容の書評が展開されているのだ。そこでは基本的なプロットが明かされてしまっていることも珍しくないし、物語の核の部分へ大胆に踏み込まれていることも多い。いわゆるネタばらしが氾濫しているのだ。
　もちろん話の大まかな流れを知っていたところで、ライアルの面白さは全く変わらない。それどころか再読、再々読にも完璧に絶えうる魅力を供えてさえいる。しかし初読時の驚愕と手に汗握る感覚は、一切の予備知識を仕入れず白紙の状態で読むことにより何倍にも高まると思われるのだ。
　そういうわけで、この場ではこれ以上のことを語るまいと思う。
　あとは読者として本書に触れて実際のところを確かめていただきたい。
　繰り返すが、ライアルは男とプロフェッショナルを書く。それも非常に巧みに描く。さらに言えば、女性の描写も苦手にしていない。男を描くのが巧い作家には女性のキャラクター造りを苦手とする者が多いが、本作を見る限りライアルにその心配は無い。事実上のヒロインであるホーマーの妹アリス・ビークマンがなんと魅力的に、いきいきと描写されていることか。
　マクリーンやフランシスを好むような、またチャンドラーなどのハードボイルドを好むような読者には強くお勧めしたい。
2004/12/09



CRAIG RICE
クレイグ・ライス



「スイート・ホーム殺人事件」（原題：HOME SWEET HOMICIDE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥620 初版1976-06-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術－
　女流ミステリ作家、クレイグ・ライスのユーモラスな本格ミステリ。2000年 <ハヤカワ文庫海外ミステリ・ベスト100> の第15位に輝いた人気作で、原題は英国民謡「埴生の宿」でも有名なhome, sweet home（懐かしの我が家）をもじったもの。［HOME SWEET≒一家団欒、HOMICIDE＝殺人］
　1944年に発表された古い作品で、長編としては彼女の第１６作目となる。日本語版の翻訳担当は長谷川修二。巻末解説は小泉喜美子。両氏は非常に面白く、長谷川氏は本編の雰囲気に非常にマッチした「ですます調」の翻訳を行っている。解説の小泉女史は、ユーモアを解さない人間にある意味喧嘩をふっかけるような過激な解説で楽しませてくれた。恐らく、両氏共にライスの相当なファンであり、同時に本書の熱狂的な支持者なのだと思う。
　この「スイート・ホーム殺人事件」が日本でどのように評価されているのかは定かでないが、個人的には非常に楽しめた上質のファンタジー小説であり、また優れた本格ミステリ小説であった。ファンの間では最高傑作に推す声も強く、確かに彼女が持つ魅力が最大限に引き出された作品であり、またクレイグ・ライスを知らない読者への入門書としても最適であるように思える。
　なにより設定が面白い。多忙な推理小説作家を母に持つ、母子家庭の３人姉弟が主人公で、彼らは母親が有名になれば本の売上が倍増し仕事の量を減らせるのではないかと考え、隣家の夫人が何者かに殺害されたのを契機に、自分たちでその事件の真相を暴き、その手柄を譲ることで大々的に母親を宣伝しようと試みる。

　主人公の３人姉弟もまた個性豊かで、非常にいきいきと描写されている。これには同じく３人の子供を持つ著者クレイグ・ライスの、母親としての眼が役立てられているのだろう。
　若き探偵であるカーステアズ家の子供たちは、上からダイナ（14歳）、エープリル（12歳）、アーチー（10歳）。唯一の男子であるアーチーは、末っ子でありながら３姉弟のなかで最大の経済力を持つ活発な少年。２人の姉から、何かある度に金銭の短期貸出しを迫られたり、雑用をいいつけられたり、良いようにあしらわれたりと不憫な一面もあるが、それを跳ね返す腕白さが売り。
　長女のダイナは、多忙な母に代わってカーステアズ家の家事全般を監督する健気な娘。３姉弟の良心的存在である。
　なにより強烈なのは、成人男性たちを手玉にとってやり込める、12歳にして半ば完成された悪女エープリルだろう。綺麗なブロンドと将来が期待させる優れた容姿の持ち主であり、周囲の人間たちの心を掌握する術、優れた演技力を身につけている彼女に敵はない。恐るべき少女である。
　だがそんな３人も、根は優しく思いやりに溢れた子供であることに違いは無い。嘘の証言で警察を混乱させたり、近所の悪ガキを操って捜査を撹乱させたり、夜中に現場へ不法侵入したり、裏で画策して独身の母とハンサムな警部をくっつけようとしたりと色々なことをやらかすが、それもこれも全ては愛する母親に楽をさせるため、彼女を喜ばせるためなのだ。
　アーチーを上手く言いくるめて資金を出させるのも、母の日に素敵なプレゼントを贈るためだし、母にいつもよりグレードの高い美容サービスを提供するためである。彼らの悪戯や行動は、いつも誰かを笑顔にさせるためのものであることを誰もが知るから、彼ら３姉弟を愛さずにはいられない。読み終わって本を閉じたとき、これがシリーズだったら良いのにと思うこと請け合いである。

　本書の著者クレイグ・ライス――本名ジョージアナ・アン・ランドルフ・ウォーカー・クレイグ・リプトン・ディモット・ビショップ（Georgiana Ann Randolph）は、詩、メインストリームの小説、音楽、ラジオ台本、新聞記事などに取り組み、マイクル・ダグニングやダフニ・サンダース、ジプシー・ローズ・リー、ジョージ・サンダース、ルース・マローンなどの別名義でも多数の著作を持つ、 <タイム> 誌の表紙を飾った世界で初めての作家だった。
　1908年イリノイ州シカゴで産まれた彼女の父親は画家、母親はコスモポリタン。両親の離婚が関係して父方の伯母夫婦に育てられた。彼女自身は五度の結婚と離婚を経験し、女の子２人と、男の子１人を産んだ。この３人の子供が、「スイート・ホーム殺人事件」で主役を演じるカーステアズ３姉弟のモデルとなったことは有名。
　10代後半から早くもジャーナリストとして活躍をはじめ、20代初めにはラジオの放送作家・プロデューサーになり、30代頭に「8 FACES AT 3」で作家デビューしたときにはアルコール依存症になっていた。これが原因となり、クレイグ・ライスは1957年08月28日に49歳の若さで急逝している。未完の遺作となった『エイプリル・ロビン殺人事件』は、あのエド・幕ベインが後を引き継ぎ刊行に漕ぎ着けたことで有名。
　代表作に『スイート・ホーム殺人事件』、ジェイク＆ヘレン＆マローンの３人組を主人公とするユーモア・ミステリシリーズ『大はずれ殺人事件』、『大あたり殺人事件』などがある。
2004/02/15



「時計は三時に止まる」（原題：8 FACES AT 3）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥580 初版1992-01-31
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　「スイート・ホーム殺人事件」に並ぶクレイグ・ライスの代表作であり、最大のシリーズ作品であるジェイク、ヘレン、Ｊ・Ｊ・マローンの３人組を描いた長編連作ミステリの第１作。彼女のデビュー作でもある。
　このシリーズは決まった呼称というものが定着していない。 <ジェイク＆ヘレン＆マローン・シリーズ> と呼ばれることもあれば、 <弁護士マローンシリーズ> と乱暴に称されることもある模様で、日本での知名度が端的に現れている部分でもあるだろう。
　だが何にしても、本書の主人公が気の良い赤毛男のジェイク・ジャスタス、富豪のお転婆娘ヘレン・ブランド、酔いどれ弁護士ジョン・ジョゼフ・マローンの『でこぼこトリオ』であり、彼らの活躍がシリーズ通しての最大の魅力となっていることは、ライスの読者なら誰もが認めるところだろう。扱われる事件は人の欲望や負の感情が生み出したかなり陰惨なものであったりするのだが、適度に人が良く、相当にハイテンションで、無視できないほどお間抜けな彼らのドタバタ劇が、それをそう感じさせないものにしている。クレイグ・ライスの著作が、他に類を見ないユーモア・ミステリであるとされる所以だろう。
　彼女の処女作である本書も、同シリーズをメジャーにした秀作『大はずれ殺人事件』『大あたり殺人事件』、そしてライス最高傑作『スイート・ホーム殺人事件』と比較すれば些か見劣りする部分が目立つものの、彼女の潜在能力とその魅力の片鱗が窺える作品となっている。

　本書は、1939年にアメリカで刊行された『8 FACES AT 3』の全訳で、日本においては1987年５月、『マローン売り出す』のタイトルで光文社文庫より刊行された。ここで紹介する創元推理文庫版は、それに若干の訂正を加えた完全版である。
　そもそも <ジェイク＆ヘレン＆マローン・シリーズ> を最初に日本に紹介したのは早川書房で、1955年から1956年にかけて長谷川修二氏の訳により『大はずれ殺人事件』『大あたり殺人事件』がハヤカワ・ポケット・ミステリとして刊行された。これはシリーズの第３作、第４作にあたる長編で、同シリーズ最高傑作の呼び声も高い話である。
　つまり古くからのライスファンは、1955年に初めてシリーズに触れて以来、30年もの長きにわたって肝心のシリーズ第１作に目を通す機会に恵まれなかった計算になる。本書の巻末解説で、野崎六助氏が「ライスの第一作、幻の処女作、発掘」というような表現をしているが、これは上記したような事情に由来する。ちなみに、『大はずれ殺人事件』の第２章に、
イングルハート嬢の殺害事件に巻き込まれ、犯人と目されたディック・デイトンの花嫁の冤罪を晴らすのに一骨折った ［原註・同著者の『三時の八つの顔』の事件］。
　――という記述があるが、これは本書『時計は三時に止まる』を示している。
　なお、 <ジェイク＆ヘレン＆マローン・シリーズ> 長編作品の原書発表順は以下の通り。

発表年タイトル原題版元
1939年１．時計は三時に止まる8 Faces at 3創元推理文庫Mラ13
1940年２．死体は散歩するThe Corpse Steps Out創元推理文庫Mラ12
1940年３．大はずれ殺人事件The Wrong Murderハヤカワ文庫28-2
1941年４．大あたり殺人事件The Right Murderハヤカワ文庫28-3
1941年５．暴徒裁判Trial by Furyハヤカワ・ミステリ684
1942年６．こびと殺人事件The Big Midget Murders創元推理文庫Mラ14
1943年７．素晴らしき犯罪Having Wonderful Crimeハヤカワ文庫28-5
1945年８．幸運な死体The Lucky Stiffハヤカワ文庫28-4
1948年９．第四の郵便配達夫The Fourth Postman創元推理文庫Mラ11
1957年10．わが王国は霊柩車My Kingdom for a Hearseハヤカワ・ミステリ880
1957年11．マローン御難Knocked for a loopハヤカワ文庫28-6
1967年12．未訳But the Doctor Died－

　――さて、この『時計は三時に止まる』だが、扱われる事件は非常に単純で、富豪の一族であるイングルハート家で起こったある殺人事件に話は終始する。一族の長である、嫌われ者の厳格な老婆アレグザンドリア・イングルハートが何者かに刺殺された。その殺人の容疑者となったのが、アレグザンドリア老の姪である、ホリー・イングルハート。事件当夜、屋敷内にいた人間は彼女が事故にあったという偽の電話でおびき出され、完全なアリバイがある。アレグザンドリア老を殺す機会と動機を兼ね備えた人物は、屋敷に残っていたホリー１人しかいない、というのが嫌疑をかけられた理由である。
　彼女は、「目覚めると、屋敷中の時計が何故か午前３時をさしたまま止まっていた」などと意味不明なことを主張するが、もちろん誰も信じてはくれない。だが、彼女の夫であるディック・デイトンと、彼の仕事仲間である我らがジェイク・ジャスダスだけはホリーの潔白を証明しようと調査に乗り出す。やがてジェイクは、馴染みの弁護士であるＪ・Ｊ・マローンやホリーの親友であるヘレン・ブランドらと協力して真犯人を追及することになるのだが……というのが大体のストーリィ。
　彼らは調査を進展させることよりも、むしろ撹乱もしくは混乱させることの方が得意らしく、逮捕されたホリーを無駄に脱獄させようと企んだり（別に脱獄したところで嫌疑が晴れるわけではない）、新事実を発見しても警察には知らせなかったりと、ロクなことをしない。「こいつらが調査に関わらないほうが、かえって早く事件は解決したのではないか」という疑惑すら浮上しそうな始末である。
　まあ、その辺りのドタバタぶりが本書の魅力なのだが、すでに触れたようにライスの著書のなかで傑作と呼ばれる何作かと比較すると、精彩にかける部分があることは否定できない。彼女のファンなら、といったところか。
2004/03/17



「死体は散歩する」（原題：The Corpse Steps Out）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥480 初版1989-12-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　弁護士マローンと素人探偵ジェイク＆ヘレンの３人組が活躍する、クレイグ・ライスの人気シリーズ第２作。同シリーズ第３段である『大はずれ殺人事件』で大ヒットを飛ばす１つ前の作品ということになる。原本はアメリカで1940年に刊行された。日本では『マローン勝負に出る』のタイトルで、 <ＥＯ> 誌の1988年５月号および７月号に掲載されている。本書はそれを１冊にまとめ加筆修正した文庫版で、訳者は数多くの名作ミステリ翻訳を手がけている小鷹信光氏。巻末解説も同氏による。
　物語の舞台は、1930年代後半のラジオ界（当時はＴＶではなく、家庭用ラジオこそが最大の娯楽だった）。そのラジオ界のスター歌手であるネル・ブラウンは、「かつての恋人からスキャンダルになりそうな手紙をネタに、悪質な脅迫を受けている」と主人公ジェイクに持ちかける。ネルのマネージャー役を任されているジェイクはこの問題をどう処理するかで頭を悩ませるが、そうこうしているうちに脅迫者が何者かに銃殺され、ネルがその第一発見者となってしまった。
　さっさと現場から逃げ出したネルだったが、ジェイクと一緒に再び死体を確認しにいくと死体は現場から忽然と消え去っていた。脅迫のネタとなっていた手紙も行方知れずに。
　誰が脅迫者を殺したのか、その死体はどこへ消えたのか、なぜ消えたのか、そして手紙は現在誰の手にあるのか。謎が謎を呼ぶなか、やがて第２の殺人が発生。事件は更なる混迷の様相を呈し始める。

　冒頭の様子を見る限り、前作「時計は三時に止まる」で主人公ジェイクと出会い親交を温めたヘレン嬢は、１年以上も彼とご無沙汰していたらしい。しかし、本書の中盤で２人はめでたく再会。彼女は疎遠にしていた理由を明らかにし、やがてジェイクと重要な約束を取り交わすことになる。
　その後、ジェイクとヘレンは冤罪に問われるネルを救うため、例によって真相究明に乗り出すのだが、これが悲しいほど全く役に立たない。下手に関わって事件を無駄に混乱させたり、他愛もないジョークを飛ばしたばかりに指名手配されることになったりとロクなことにならないのである。そして、そこがコミカルで面白い。まさにライスの本領発揮、間違いなく本書最大の魅力となっている。前作と比較しても、ストーリィや事件の面白さ、そしてキャラクターの魅力と、全てにおいてグレードアップがなされていると言えそうだ。
　……それにしても、冷静に考えると法律を無視しまくった暴走行為の連続であり、不謹慎な要素を多分に含む彼らの行動なのだが、本人たちには全く悪気が無く、逆に誰かの助けになりたいという善意と愛情を根拠にしているので、なぜだか微笑ましくさえ感じられてしまう。ライスの魔術だろう。
　本編の２７章冒頭で、マローンとジェイクが以下のようなやりとりをする。
　「この殺人者には実に単純なところがある」
　「単純というのは当たってるな」とジェイク。「事件を複雑にしているのはぼくたちのようだ」
　……このジェイクの自覚は全くその通りで、騒動の核心をつくものでもある。
　結局のところ、彼らは行動してはいけないのである。本人たちが真剣であることは誰もが認めるだろうが、いくら真剣であろうとジェイクとヘレンの行動は事態をややこしくするだけの大暴走となることがほとんどなのだ。事件は本来単純なのに、彼らが調査に乗り出したばかりに無駄に混乱して迷宮入りしかける。とんだ探偵もあったものだ。
　最後にマローンが上手くフォローして丸く収めてくれるのがシリーズのパターンなのだが、彼の心労を思うと同情を禁じえない。
　ところで本作には、後に同シリーズの人気レギュラーとなるフラナガンが登場する。彼は高齢の警官で、入り組んだ面倒な事件が大嫌い。難解な事件を起こす犯罪者は、自分を苦しめるために小細工をしているのだと信じて疑わない男で、犯人と動機がわかりやすい単純な事件をこよなく愛する、定年間近の警部補だ。警官を辞めたあとは、ミンクを育てて生活するのが夢らしい。
　フラナガンは本書１８章で初登場するのだが、ここでマローンと交わされる会話には、彼の性格を端的に説明する名言が詰め込まれている。最後にそれを幾つか紹介しておこう。

「銃でズドンと一発、という殺しなら理解出るんだ」警部補はビールに目を落として陰気臭く言った。「なのに人殺し連中はわざわざ余計な手間をかけておれを苦しめようとしてやがる。どうしてなんだ？」
「おれの人生を難しくしてるのはこういう種類のことなんだ。あんたもミンクを育てろよ。ミンクは人間と違って面倒を起こさない。ちゃんと世話してやれば病気にもならんし」
「おれは呑気な男で、自分の仕事だけを考え、余計な厄介ごとには巻きこまれないようにし、滅多に腹を立てたこともなかった。だが、今度の事件にはさすがのおれも頭にきた。ものすごく頭にきたぞ」
「こういう事件のせいでおれの人生は苦労の連続なんだ。来年は定年なんだぜ！　どこかに手ごろな農場を買い、ミンクのつがいを一組手に入れ、あとはじっと待つだけだ。それだけでいいんだ」
2004/03/31



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よ(yo)行
作者別一覧
・ 横溝正史



SEISHI YOKOMIZO
横溝正史



「怪獣男爵」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川 値段￥470 初版1995-12-01
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　原書は1948年出版。今回扱うのは「角川スニーカー文庫版」で、これは1978年12月に発刊された角川文庫版の再録による新装版。解説は新井素子。どうでもいいが角川書店、発刊日を昭和・平成で表記するのはよせ。
　横溝正史は一般に「獄門島」「八墓村」などで知られる推理小説家だが、そのかたわら子供向けの小説も書いていて、本書「怪獣男爵」もタイトルから想像できるようにその代表例の１つ。
　横溝が一体何歳くらいの子供を読者として想定していたかは知らないが、これを純粋に楽しむためにはかなりの無邪気さが必要。私見だが対象年齢は小中学生だと思う。
　大まかな内容は、瀬戸内海の真ん中にある男爵島と呼ばれる小島――そこにある西洋風の古城に、獣のような姿をした怪物が出没するとの噂があった。そのバケモノは、３年前に処刑されたはずの古柳男爵なのか。その謎に名探偵小山田伸吾たちが挑むというもの。
　純粋に楽しみたいなら、学校で「数学」ではなく「算数」を教わっている年頃のうちに読むことをお勧めする。
2003/11/18



「真珠島・獣人魔島」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川 値段￥600 初版1995-12-01
 総合未読
 ストーリィ未読
 技術未読
　やはり子供向けに書かれた作品。解説は菅浩江。
　本書は1981年09月に刊行された角川文庫版を再録・新装した角川スニーカー文庫版。
2003/11/18



「夜光怪人」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川 値段￥520 初版1995-12-01
 総合未読
 ストーリィ未読
 技術未読
　やはり子供向けに書かれた作品。金田一耕介シリーズの一作で、表題作と「謎の五〇銭銀貨」「花びらの秘密」の計３篇からなる短編集になっている。解説は深沢美潮。
　本書は1978年12月に刊行された角川文庫版を再録・新装した角川スニーカー文庫版。
2003/11/18



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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ゆ（Yu）行
作者別一覧
・ 唯川恵(1)
・ 夢野久作(1)
・



KEI YUIKAWA
唯川恵



「明日に一歩踏み出すために」
形態文庫 種別エッセイ 部門－
出版ＰＨＰ文庫 値段￥495 初版1999-07-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1994年12月に海竜社より刊行された『唯川恵の 幸せを見つけたくて』を改題文庫かしたもの。結婚、人生、恋愛、仕事、過去の体験談などのテーマごとに、著者やその友人知人の実体験を元にした様々なエッセイをまとめている。読者から寄せられた相談に著者がアドヴァイスを送るというコーナーもあり。
　だいたい２０～３０代くらいの独身で社会人として働く女性をメインターゲットに据えているような感がある。あくまで女性としての視点から、様々な問題や悩み事に対する向き合い方を語っているので、同じ課題を持つ人間にとっては何らかの参考になるかもしれない。
2004/03/10



KYUSAKU YUMENO
夢野久作



「ドグラ・マグラ」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版早川ミステリ 値段￥1600 初版1956-09-30
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　ハヤカワミステリ版の発刊は1956年となっているが、著者の没年が1936年となっているから明らかに第２次世界大戦以前の作品。
　夢野久作、本名杉山泰道（幼名・直樹）は、1889年福岡市小姓町（現・中央区大名）に生まれた。慶応大学中退後、僧侶、謡曲師範、「九州日報」記者などのかたわら童話等を発表。1992年、長編童話『白髪小僧』を処女出版。26年、「あやかしの鼓」が「新青年」の創作探偵小説募集に二等入選し、夢野久作として探偵文壇にデビュー、鬼才を謳われる。35年１月に「ドグラ・マグラ」刊行。1936年３月、来客と面談中に昏倒し急逝したらしい。
　話の舞台は、もっぱら大正時代の九州帝国大学精神病科。その一室で目覚めた記憶を失っている男性精神病患者が主人公で、「自分は誰なのか」「自分は発狂して実の母と婚約していた少女を殺害したという呉一郎なる人物なのか」「だとしたら誰が一郎を発狂させ、殺人に導いたのか」といった疑問を、九大の正木・若林の両博士とのやりとりを通して探っていくというもの。
　戦前の作品であることを考えると、非常に驚かされる。今では特筆するに値しない語り口ではあるが、当時は非常に斬新な設定やストーリィ展開だったのではないだろうか。
　また精神世界や異常心理、狂気や狂人に対して非常に科学的なアプローチがなされていて、今で言うプロファイリングによる犯罪調査に似たような試みもなされている。まだ「プロファイル」などという言葉や思想そのものが確立されていなかった時代背景を考えると、これは驚愕に値する。ちょっと信じられないくらい先進的だ。
　解説では「探偵小説」と言われているが、色々な意味でサイエンス・フィクション（ＳＦ）とも言えるし、広義のファンタジィとも言えそう。伝奇、ホラー、ミステリとジャンルを超えた作品とも言える。ちなみに著者自身は「幻魔怪奇探偵小説」を謳っていたらしい。
　戦前の発刊当時に読んでいたら、ストーリィ、技術、総合ともに三ツ星をつけていたかもしれない。が、やはり現代人から見ると少し粗も見えてくる。最大の欠点は、「語りのくどさ」だろう。言葉数が多ければ良いと、同じことを繰り返し喋り字数を稼ぐドイツ人ライクなところがある。もう分かったからストーリィを続けろ、早く展開させろと何度と無くイライラさせられた部分があった。作品全体に漂う伝奇的で怪しげな雰囲気に酔っていればそれも苦にならないのだろうが、生憎と読者を完全に酔わせるほどの筆力は感じられなかった。
　またツイストの連続で、「この事件の真相は○×だ！」と宣言し、その根拠を等々と並べ立てた後で「……というのは真っ赤な嘘で」と持ってくるパターンが何回か続く。ある意味で常道なのかもしれないが、これがあまりにもパターン化され過ぎていて、また例の手でくるんじゃないか……としまいには読者を構えさせてしまう部分があると思う。構成も巧みとは思えない。
　だがしかし、見方によっては歴史に残る大傑作であることも間違いは無いだろう。戦前にこんな大胆不敵な小説を書いた人間がいる。こんな不可思議な探偵小説があった。……そういう観点から資料的に眺めると価値も出てくるかと思われる。一風変わった奇妙奇天烈なミステリが読みたい、不条理な小説が読みたいと思ったら手に取ってみても良いかもしれない。
　ただ、万人には勧め難いので星には結びつかないだろう。よって、この評価となった。ちなみに、現在だと文庫版が手にいれやすい。これは上下巻構成になっている。
(2003/10/19)



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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や(ya)行
作者別一覧
・ 安井健太郎(2)
・ 柳瀬義男(1)
・ 山田太一(1)
・ 山本剛(1)
・ 山本弘(2)



KENTARO YASUI
安井健太郎



「ラグナロク　黒き獣」
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版角川スニーカー 値段￥580 初版1998-07-01
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1997年の <第３回スニーカー大賞> における大賞受賞作「神々の黄昏－ラグナロク－」を改題の上、加筆修正してまとめた文庫作品。著者の処女長編でもある。
　ちなみに角川スニーカー文庫は10代の少年少女を対象としたブランドで、俗にいうライトノヴェル（児童むき書籍）を取りあつかっている。また <スニーカー大賞> とは、ライトノヴェル作家としてスニーカー文庫からデビューしたい者のため開かれた新人文学賞で、安井健太郎が本作で大賞を射止めた際はイラストレータの天野喜考をはじめ、藤本ひとみ、水野良、角川歴彦らが選考委員を務めている。
　なお、「ラグナロク」は今回の書籍化をきっかけにシリーズ化され、短編集（外伝）を含め刊行数は既に二桁に及んでいる。2006年４月現在、シリーズはまだ未完。

　ところでこの <スニーカー大賞> 、名前は売れているが実績が伴わない賞で、グランプリを受賞してデビューさせたはいいものの書き手がなかなか生き残れない、大成しないという不名誉なイメージが定着してしまっている。
br> 　そんななか唯一に等しい例外として知られているのが本「ラグナロク」シリーズである。
　大まかな内容は、強大な戦闘能力をもつ傭兵リロイ・シュヴァルツァーと彼の帯剣「ラグナロク」の冒険を描いたファンタジー小説。
　造りはかなりオーソドックスで、ライトノベル業界で良く見られる要素がふんだんに取り込まれている。腕はたつがトラブルに自ら首を突っ込んでいく、というタイプの主人公リロイはその好例。どこかで見たような感の拭えない、いかにもといった主人公の造形といえるだろう。
　北欧神話の固有名詞を借りてきた世界観や設定、意志を持ち言語を操る魔剣「ラグナロク」の存在などにも目新しさはなく、そういう意味での新鮮さやオリジナリティは皆無に近い。
　しいて言えば、剣である「ラグナロク」を語部としてリロイの活躍を描く、というのがスタイルとしてユニークといえばユニーク。

　ほかに本書、本シリーズの特徴といえば、やはり戦闘描写だろう。とにかくアクションシーンに大きなウェイトが置かれており、これらをコンパクトにまとめれば半分の文字数で物語をまとめられるのではないか、というほど長く細かく書き込まれている。
　このアクション描写にはなかなかのスピード感と爽快感があり、最初の何回かは興味深く読めるかもしれない。
　反面、結局はリロイが内に秘められた潜在能力を開放し、力押しでの決着に持ち込む展開が目立って多いのが欠点。戦術が勝負を決めるといった知能戦は望めず、ワンパターンの繰り返しは終盤にも差し掛かると飽きを生む危険性を内包している。
　キャラクターの描写はストーリィテリングで魅せるというよりは、怒涛の戦闘シーンを連続させて勢いで突っ切るタイプ――要するに主人公リロイそのままの性格をもった作品、といった印象が強い。
　真にすぐれた作品は、たとえそれが児童むけに作られたものであったとしても、大人の読書にも耐えうる。その点、本書は「漫画やアニメ、ＴＶゲームで育った世代の若者が趣味で書いた小説」といったイメージが強すぎるような気がする。
2006/04/02



YOSHIO YANASE
柳瀬義男



「ヘボ医のつぶやき」
形態文庫 種別エッセイ 部門－
出版集英社文庫 値段￥400 初版1999-05-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1992年02月、講談社出版サービスセンターより刊行された作品の文庫版。札幌市夜間急病センター勤務の酒好き、女好きの庶民派ドクターによるエッセイ。
　自らヘボ医を称するように、冴えない中年独身ドクターのやや寂しげな日々が赤裸々に描写されていて面白い。
2003/11/18



TAICHI YAMADA
山田太一



「見えない暗闇」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版朝日新聞社 値段￥1500 初版1995-04-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　奥田英朗という作家がある。その文章能力と確かなディテールに支えられる圧倒的リアリティは日本トップクラス。一部で熱狂的な支持をうけている直木賞作家である。
　それが山田太一と何の関係をもつか。これは、彼の代表的著書である「邪魔」を読めば分かる。本編ではない。文庫版の巻末に付された、関川夏央氏の作品解説である。その中の一文によると「山田太一の作品を、テレビドラマ、小説の別によらずもっとも好む、と奥田英朗は明言している」とある。
　山田太一を知らない読者は、ここでその名に興味を持つかもしれない。
　山田太一。1934年に生まれ、松竹の助監督を経てフリーの脚本家となった人物である。 <彼岸のアルバム> 、 <ふぞろいの林檎たち> などに代表される数々のＴＶドラマを手がけたことで知られ、倉本聰、向田邦子と並び「シナリオライター御三家」とも称された。また奥田氏の発言からも分かるように小説も著しているほか、映画や戯曲の脚本もてがけている。いずれにも非凡な才能を発揮した人物だ。

　そこで、両者の作品を読み比べてみる。
　誰がそうしたとしても、関川氏の引っ張ってきた言葉が真実を告げていたことをまざまざと知ることになるだろう。
　山田太一という作家を紹介する上で、まず筆頭に挙げられるのが「ディテールの凄さ」であることに異論はでまい。そしてそれが裏打ちするリアリティ。
　本書において、主人公の妻がいわゆる浮気、不倫に走るわけであるが、その切っ掛けや動機は不可思議で浮世離れしたもののようでありながら、しかし奇妙に生々しく確実に実在しそうな現実感に満ちている。また、それを自ら口にする妻の語り口。これもまた、生きた人間の圧倒的説得力を秘めている。
　事故、家庭崩壊、社会的没落、非日常との遭遇。普段はＴＶのむこうで語られる破滅や悲運の物語は、実際のところ、ふとした切っ掛けさえあれば誰もが落ちうる「ありふれた落とし穴」でしかない。山田太一にせよ奥田英朗にしても、それを見事に表現している。

　ただ、本書が文句のつけどころがないリアリティで100％満たされているか、というと、これは読者によって意見が割れるかもしれない。
　大方のところで目論見どおりのことが無事に達成されているわけだが、たとえば中盤に出てくる大男と美少女との奇妙な二人組みについては、何度も「芝居がかった」という表現をつかって描写されている。
　実際、リアリティの薄い「芝居がかった」キャラクターなのだが、読者にそうした感想を口にされる前に、著者自らが認めておこう――予防線を張っておこう、という計算が見え隠れしないわけでもないのだ。
　これを書き手側の弱気や姑息な計算ととるか、さして気にせず流して読めるか。細かい描写やエピソードを積み重ねていく手法が用いられた作品だけに、細かいところが評価を左右することになるかもしれない。
　いずれにしても並のプロがなかなか到達し得ない領域の仕事が見られるのは確かである。
「話の道筋がはっきりしたエンタテイメント色の強い物語が読みたい」、「人間の描写よりも、とにかく手に汗にぎる緊迫のストーリィを味わいたい」といった読者に、本書はむかない。山田太一が提供しようとするものは、全く別の種類のなにかだからだ。そこを理解した上で興味をもたれたのなら、一度手にとってみて損はしない作品ではないだろうか。
2006/02/28



TSUYIOSHI YAMAMOTO
山本剛



「ダービースタリオンIII殺人事件」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ログアウト 値段￥520 初版1995-04-22
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　少年向けライトノヴェルを展開している、アスキー出版局の <ログアウト冒険文庫> に初めて収録された本格志向のミステリ作品。山本剛と山北篤の共著とアナウンスされているようだが、実際に小説を執筆したのは山本氏である模様。このあたりの事情や作品が誕生する経緯などは、両氏による後書きを参照されたい。
　表題にもなっている <ダービースタリオン> というのは、競走馬を育成する競馬シミュレーションゲームのタイトルで、パソコンや家庭用ゲーム機などで好評を博した作品である模様。本書はこの <ダービースタリオン> の世界観を取り入れ、その中で発生した殺人事件を取り扱っている。
　しかし、基本となる舞台設定に <ダービースタリオン> のそれが導入されていることや、ゲームを題材としたノヴェライズであるというようなことに、読者はあまりこだわりを持つ必要はないと思われる。
　というのも、ヴィデオゲームや <ダービースタリオン> に関する予備知識を全く必要としない作品にしあがっているからだ。事実、私は <ダービースタリオン> というゲームを全く知らない読者だった。競馬場にだって一度も足を運んだ経験がない。Ｇ１といえば、新日本プロレスが開催している真夏の祭典を真っ先に思い浮かべる。
　確かに本編中に <ダービースタリオン> という言葉が何度か出てきたりもするが、物語の本筋と有機的に結びついている風ではなく、むしろ申し訳程度――登場人物がＴＶゲームを趣味にしていて、所持しているソフトの中にそれがあった程度――にしか描写されていない。したがって、本書がノヴェライズであることを意識しながらページを捲る必要はないだろう。ゲームを知っていれば、所々でニヤリとできるシーンがある、というくらいの話である。

　具体的な内容だが、兄が私立探偵、弟が捜査一課の刑事という双子の兄弟が、祐天寺スタリオンステーション・オーナーの殺人事件を調査していくというもの。当初、被害者の祐天寺豪の死は自殺とも考えられたが、残された莫大な遺産や父親は殺されたのだと主張する息子の証言、不可解な死に方などから、警察はこれを殺人事件と断定。しかし騒動はこれにとどまることなく連続殺人へと発展していき、同時に意外な様相を呈し始める――といったようなもの。
　著者も後書きで言及しているが、競馬界を舞台にしたミステリといえばディック・フランシスの <競馬シリーズ> があまりに有名である。故にどうしても作品の出来をこれと比較してしまうのが人情というものだ。
　結論を言うと、本書は残念ながらフランシス作品と比較できる代物ではない。著者もそう思っているだろう。一応は競馬や競走馬を絡めた話にはしているが、フランシスのように必要不可欠な要素とはなり得ていない。競馬界ならではの事件ではないし、競馬界でなければ成立し得ない犯罪が行われているわけでもない。結局、本書の内容は普通のミステリで書けるネタを競馬界に引っ張ってきたに過ぎないのだ。この時点で、まずフランシスとは決定的に差が出てしまっている。
　また、抑制の効いた文体、登場人物の描写、競馬界の雰囲気の再現などの面で、本書はフランシスに一歩も二歩も譲ってしまう。
　なにやらディック・フランシスの格を強調するための踏み台として、自らの身を捧げているような感じだ。
　とはいえ、一流のプロが騎手を務めるガチガチの本命馬と、アマチュアが駆る経験の浅い馬とを同じレースで走らせるのは酷というものだ。どんな書き手だってフランシスと比較されるのは嫌がるだろう。そういうわけで絶対評価を試みても良いのだが、それにしたところで本書はやはり凡庸だ。良くも悪くもライトノヴェルの枠で纏まっている。
　もし本書を気に入ったのなら、フランシスに至るまでの入門書であったと捉えれば良いだろう。
2004/11/27



HIROSHI YAMAMOTO
山本弘



「ラプラスの魔」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥430 初版1988-03-10
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　クトゥルー神話を題材としたオカルト系ともホラー系とも言える小説。原案者に安田均の名があるが、本の出来には全く関連していないので無視して問題ない。ちなみに解説はその安田氏。
　クトゥルー神話を下敷きにしているだけあって、クトゥルーやハスターなどその系統の設定や邪神などの名が所々に見られ、雰囲気づくりにも一役買っている。が、初読当時の自分がクトゥルー神話やラヴクラフト（クトゥルー神話体系の生みの親）の存在を全く知らずにいたことなどを考えると、これらの予備知識が無くても充分に楽しめることの証明となるだろう。
　話の舞台となるのは1924年、アメリカはマサチューセッツ湾にあるニューカムなる田舎町。その町外れにあるウィザートップ家の屋敷で２人の少年がバラバラ死体で発見され、更に１人の少女が行方不明となったことから物語は始まる。この事件を追う女性記者モーガンや私立探偵のアレックスに加え、オカルト学者、霊媒師、科学者などの個性的な面々が調査団を結成し、ウィザートップ邸に乗り込んでいく。
　タイトルの「ラプラス」とは中世フランスに実在した数学者、ピエール・シモン・ド・ラプラス卿のこと。彼が提案した仮説を「ラプラスの魔」と呼ぶ。それはこの世のあらゆる情報を完全に網羅できる存在があったとしたら、それはこれから起こり得るであろう未来の出来事さえも正確に予言できてしまうだろう――といったもの。
　世界中の気圧配置や変化の様子、大気を構成する粒子の一粒一粒までの情報をリアルタイムで操れるなら、絶対に外れない天気予報が出来あがるのではないか、というのと同等の発想だと思われる。これは中学生の自分も考えたことだったから、同じ発想を科学的に大真面目に考えた数学者がいたことに興味をひかれつつ読んだ覚えがある。
　ちなみに、「ラプラスの魔」の理論はある程度までは現実に通用し得る。実際に神のような情報処理能力を有していれば、かなり精度の高い近未来予測はできないこともないだろう。多分。だが、世の中にはカオス的な要素――つまり不確定な存在や出来事が多いので、完全に未来を予測することは不可能であると近代科学は結論しているので悪しからず。
2003/11/20



「パラケルススの魔剣」上・下
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ログアウト 値段￥520+600 初版1994-02-22
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　ログアウト冒険文庫だとかいうワケの分からないところから出版されているせいで気付きにくいのだが、上で紹介している『ラプラスの魔』の直接的な続編となる作品。「ゴーストハンターシリーズ２」を謳っていることから、どうも前作『ラプラスの魔』が同シリーズの１と位置付けられることになったらしい。
　上巻は1994年02月22日が初版発行。下巻は同年10月22日が初版。舞台は、前作で語られたウェザートップ邸の事件から七年後のヨーロッパ。やはり前作で活躍した草壁健一郎、アレックス、モーガン、ビンセントとお馴染みのキャラクターが終結。今度はジプシーの血を引く霊感少女フランカが予知した、全ヨーロッパに降りかかるという災厄を回避するため、ナチが勢力を広げるドイツやドラキュラの故郷、トランシルヴァニアを舞台に調査という名の冒険を繰り広げる。

　この作品を２文字で完結に表現してしまうと、駄作。これ以外にない。
　前作はクトゥルー神話を題材とし、そのおどろおどろしい雰囲気などが良く醸し出された佳作だった。個人的な話をすれば、幼心にクトゥルー神話への興味関心を抱くようになった切っ掛けともなる作品だったのである。しかし、このシリーズ２作目は全くクトゥルー神話とは関係しない。
　どうやら「ゴーストハンターシリーズ」とはクトゥルー神話にこだわらず、著者や安田均が関心を持っているオカルト系統のネタを題材に節操なくシナリオを書いていくというシリーズのようだ。
　なにもテーマがクトゥルー神話から離れてしまったために駄作呼ばわりしているわけではない。純粋に物語として面白くないのだ。前作では濃密で神秘的な世界観を形成するために一役買っていたオカルト系の薀蓄も、今回はサジ加減を間違えて著者の独り善がりな自己満足の領域に入り込んでしまっている。『ラプラスの魔』では危ういところで均衡が取れている、その絶妙なバランス感覚に魅力を感じたものだが、今回はバランスを崩してバッタリ倒れこんでしまった感じだ。
　また、『ラプラスの魔』ではオカルト的現象は現実とは異なる、一種の並列世界でのみ通用していた。主人公立ちはウェザートップ邸という廃屋を通じて、現実世界とオカルト世界を往復しつつ冒険を繰り広げていたのだ。
　ところが今回は、そういった日常と非日常、リアルとオカルトの線引きがない。中途半端に現実世界にオカルト現象を持ち込み、それに関するリアリティを薀蓄のみで演出しようとしているから全体的に胡散臭い印象を拭えなくなる。残念ながら失敗作といわざるを得ない。『ラプラスの魔』の続編と聞いて期待していただけに残念。
2004/01/23



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




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め(me)行
作者別一覧
・ ブラッド・メルツァー



BRAD MELTZER
ブラッド・メルツァー



「最高裁調査官」（原題：THE TENTH JUSTICE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥940 初版2000-02-10
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－
　ミステリには間違いないのだが、突っ込んだ分類に困る作品。タイトルから想像できるようにリーガルサスペンス（法廷推理もの）とするのが１番であるような気がするのだが、しかし法廷論争そのものを描いたものでもない。いずれにしても一級の娯楽作品であることは確かだろう。
　アメリカにはロースクールという法律学校があり、検察官や弁護士なと法曹界の職業に就きたい人間はここで学ぶことになっている。著者は、このロースクールに所属している26歳の時に本書を書き上げたらしい。本国アメリカでは1997年に刊行され、日本ではまず単行本として同年12月に出版された。
　ちなみに、著者はとっくにロースクールを卒業し、既に２作目３作目の小説を書き上げている。
　原題である「THE TENTH JUSTICE」は、直訳すると”10番目の正義”といった感じになる。しかし、ここではジャスティスを「裁判官」と訳すのが適当なところだ。最高裁裁判官は全部で９人。その補佐を行う最高裁調査官は、事実上10人目の最高裁裁判官である――といったような意味だろう。
　タイトルからして何やらお堅いイメージが先行しそうだが、解説でも指摘されているように内容は意外に軽い。アメリカのホームドラマのように、１つの部屋に同居する個性豊かな青年たちの「らしい」会話が非常に軽快で、ポップな雰囲気を演出している。
　物語の主人公は新米最高裁調査官であるベン・アディスン。彼がＯＢを語る人間にまんまと騙され、内部情報を喋ってしまったことから、物語は展開していく。最高裁調査官はその職務上、極めて重要な情報や機密に触れるため、守秘義務を遵守しなければならない。それにも関わらず極秘情報を詐欺師に流してしまったのだから、これが露見すれば犯罪者ということで身の破滅となる。
　ベンはルームメイトの３人と、同僚のリサに助力を請い、事が露見する前に詐欺師を見つけ出そうとするが――というのが、大まかなプロット。
　とにかく、主人公は初っ端から絶体絶命の立場にあるのだが、物語が進むにつれて更に事態は深刻なものになっていく。そのハラハラ感が上手く演出されているので、ページを捲る手が止まらない。一気に読み通してしまうタイプの物語だ。社会派でもないし、読後に何か残るものがあるというわけではないが、その分だけ気軽に楽しめる作品であることも確か。お勧め。
2003/11/30




「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




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も(mo)行
作者別一覧
・ 百瀬しのぶ(1)
・ 森博嗣(4)



SHINOBU MOMOSE
百瀬しのぶ



「TRICK the novel」
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編連作
出版角川文庫 値段￥600 初版2001-12-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　本書は2000年07月07日から同年09月15日まで、全10回放送されたテレビ朝日系連続ドラマ「トリック」を元にしたノヴェライズ――つまり小説版。
　ドラマで演出を手がけた堤幸彦が監修、蒔田光治と林誠人の脚本を百瀬しのぶが小説化した模様。調べてみたのだが、百瀬女史はＮＨＫ朝の連続ドラマ「ほんまもん」、ＴＢＳ系ドラマ「ビューティフルライフ」などの小説化なども手がけているようだ。
　2000年10月に角川書店より単行本として出版された。本書はその文庫版。監修の堤幸彦は演出家・映画監督・映像作家で、代表作にＴＶドラマ「ケイゾク」「金田一少年の事件簿」「さよならニッポン！」などが挙げられる模様。

　このドラマ「トリック」は、売れないマジシャン山田奈緒子と若手物理学者である上田次郎がコミカルに活躍するミステリタッチの物語。
　主人公の山田奈緒子は、結構な美人なのに意固地でお調子者な性格が災いする奇妙な女性として描かれる。会う人から胸が小さいことを指摘されることと、マジシャンとして全く売れないため極貧生活が続くことが悩みの種。
　もう一人の主人公である上田次郎は自分のキャリアを自慢することが好きな、鼻持ちならいナルシスト。しかし極端に気が弱いという側面もあり、超常現象や怪奇現象を見た瞬間、ショックで気を失ってしまうような小心者として描かれている。
　この珍妙な二人がふとした切っ掛けで出会い、様々な自称「霊能力者」と対決しそのインチキ・トリックを見破っていくというのが、全話に共通された大筋。
　どちらかというと、本格ミステリ風ドラマとして楽しむよりかは、全篇に散りばめられた山田と上田の可笑しなやりとりや、怪しげなギャグ、それらの雰囲気を楽しむドラマだと思う。
　肝心の小説化の出来だが、これは及第点をやれると思う。再現性が高いというか、それなりに上手くドラマを活字に変換できていると思う。――ただ、やっぱりドラマを見たほうが良い。それを補完する意味合いで読むのが、一番楽しめるだろう。
「母之泉」「まるごと消えた村」「パントマイムで人を殺す女」「千里眼の男」「黒門島」の５編収録。
2004/01/16



HIROSHI MORI
森博嗣



「すべてがＦになる」THE PERFECT INSIDER
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥714 初版1998-12-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　第１回メフィスト賞受賞作。1996年04月、講談社ノベルス（新書版）として刊行されている。
　発表当時はわりと斬新だった、理工学系の研究員（大学生、院生、教員）たちが形成する独特の雰囲気を描いた作品。「理系ミステリ」などと呼ばれもした。主人公は工学部建築学科の犀川助教授と、彼を慕う学生の西之園萌絵の師弟コンビ。彼らを主役としたシリーズは全10作存在するため、「犀川と萌絵シリーズ」などと呼ばれることも珍しくない。本書はその第１作目。
　孤島に建てられたインテリジェント・ビルで、天才工学博士である真賀田四季がウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された姿で発見された。強固なセキュリティシステムに守られた密室の中で、彼女は一体誰に如何様にして殺害されたのか。おりしもゼミ旅行のキャンプで島を訪れていた犀川と萌絵はこの難解な密室殺人に巻き込まれていく――というのが大体のアウトライン。
　タイトルの「Ｆ」の意味は、まあ理系の人間なら普通に気付くだろう。もちろん、本編中でタネ明かしがされる前に。それほど重要な意味がある問題でもないので、別に気付けなくても何ら問題はないのだが。
　ミステリとしてはいわゆる「本格」に分類され、小説としてはライトノヴェルに分類される作品だと思う。講談社はそういう傾向の本が多い。
　何にしても色々と今までの小説とは雰囲気やなにやらが違う、新しいタイプの描写が特徴的な本である。謎解きうんぬんを別にして、そこを愉しむことも可能だろう。人によっては衝撃めいたものを受けるかもしれない。お勧め。
2003/12/01



「冷たい密室と博士たち」DOCTORS IN ISOLATED ROOM
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥629 初版2003-03-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　犀川助教授と西之園萌絵の師弟が活躍するシリーズ第２段。1996年07月に講談社ノベルス（新書版）が刊行されている。上のデータは文庫版のそれ。
　今回は衆人環境かつ密室状態の低温度実験室で、男女ふたりの大学院生が殺害される。その実験室というのが主人公たちの大学の施設だったことから、犀川と萌絵は再び殺人事件に首を突っ込むになるわけなのだが……１作目と比較すると面白くない。目玉となるはずの事件も地味だし、後味がよろしくないこともある。
　本作の最大の見所は、シリーズ屈指の個性派キャラクターである国枝桃子の結婚である（断言）。アンドロイドのように冷徹で無愛想な彼女から、生涯の伴侶を見つけたと報告された時の周囲の反応が面白い。正直、何年か前に読んだ本なので内容は殆ど忘れてしまっているが、この印象的なシーンだけは未だに記憶の中にある。ここだけ楽しめれば、もうあとはどうでも良いんじゃないか？
2003/12/01



「笑わない数学者」MATHETICAL GOODBYE
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥695 初版1999-07-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　犀川と萌絵シリーズの３作目。新書版は1996年09月。前作の２ヶ月後の発刊……早い。著者はどうも相当に筆が早いようで、コツコツと着実に書き溜めていけるタイプらしい。
　今回の事件は、天才数学者である天王寺翔蔵博士の住居「三ツ星館」で起こる。同館のパーティの席上、博士は庭の巨大オリオン像を忽然と消して見せるのだが、翌朝オリオン像が戻った時、２つの死体が同時に見つかる。またもや偶然、事件現場に居合わせた主人公師弟が事件に乗り出す――というのがあらすじ。
　個人的には、オリオン像のトリックを即座に解いてしまって少し鬱になった話。
2003/12/01



「そして二人だけになった」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥705 初版20032-12-01
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　タイトルからして既に明らかだが、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」のパロディともいえる長編ミステリ。
　外界から隔絶された孤島で、パーティに招待された人々が次々に惨殺されていく。ひとり、また一人と死んでいく異様な状況下のなか、逃げ場を失った登場人物は必死に己の身を守り、犯人を探し出そうとする。果たして生き残るのは誰か、犯人は？　その目的は。
　クリスティの「そして誰もいなくなった」は大体このような内容のサスペンス・ミステリなのだが、1939年にこれが発表されるやこれがひとつのジャンルの発明と解釈され、同系統の作品が一種のブームとなって量産された。のちにそのシチュエーションから「孤島もの」「雪の山荘もの」と呼ばれるようになった作品群がそれである。
　無線や電話、ネット接続が断たれ、また悪天候や土砂災害などで交通面でも外と切り離されてしまった閉鎖的環境。そこで起こる凄惨な連続殺人。クリスティの考案したこのふたつの要素さえ備えておけば、誰にでも相応に面白い話はかける。
　いかにも思われがちなことであるし、実際、ある一面においてそれは正しいのかもしれない。
　だが、クリスティの「そして誰もいなくなった」を超えうる作品は、いまだかつて書かれただろうか。
　森博嗣がそれに挑戦したかは定かでないが、これも敢えて分類するなら、やはり「そして誰もいなくなった」から連なる「孤島もの」に属する作品ということになるだろう。

　舞台は、全長4000メートルの海峡大橋を支える巨大なコンクリートの塔。その内部に極秘に設けられた要人用のシェルター、通称 <バイブ> に、若くして天才とたたえられる盲目の科学者をはじめ、その秘書、医者、建築家など６名の男女が集められた。
　プログラムの異常と何者かの破壊工作によって、外部との通信手段を断たれた <バイブ> のなかで、やがて発生する連続殺人。つぎつぎと人が死んでいき、その度に絞られていくことになる犯人像が生き残りたちを精神的に追い詰めていく。
　シチュエーションから展開にいたるまで、「そして誰もいなくなった」が強く意識された作品に仕上がっている。
　オリジナルの要素としては、主人公格である盲目の天才学者とその助手に「双子」という設定がつけくわえられていることが挙げられる。学者にも助手にも一卵性の兄弟がおり、彼らは戯れに互いの立場を入れ替えて <バルブ> へと乗り込んだのである。
　つまり偽の天才学者、偽の助手が本物であるよう振る舞いながら、殺人事件に巻き込まれていく。この「双子」「入替わり」という要素がどのようにストーリィに活かされるかは、実際に読んで確かめていただきたい。
　個人的には、用意された結末にいささか驚いた。同時に、オチのつけかたとしては「まさに森作品」といった感想を持った。このあたり、あまり良い期待の裏切られ方ではなかったのかもしれない。
　途中までは正統派の本格ミステリとして楽しめただけに、最後のトリッキィな展開は少し残念――と思う人もあれば、森作品はこうでなくては、と手を叩く読者もあると思われる。とにかく読み手を選ぶ小説だと言えるだろう。
06/04/25



I N D E X
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む（mu）行
作者別一覧
・ マイクル・ムアコック(1)
・ 村上龍(1)



MICHAEL MOORCOCK
マイクル・ムアコック



「メルニボネの皇子」（原題：ELRIC OF MELNIBONÉ）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥360 初版1984-11-30
 総合☆
 ストーリィ－
 技術☆
　本書「メルニボネの皇子」は、 <エルリック・サーガ> と呼ばれるシリーズの第１作目にあたる記念すべき作品である。
　―― <エルリック・サーガ> 。世界中のどこにいようとも、この作品を知らずしてファンタシィ小説のファンを語ることは許されまい。1972年に刊行された、まだ古典とは言えない年代の作品ではあるが、それでなお <エルリック・サーガ> は既に伝説的作品として認知されるようになってきている。
　では、そもそもファンタシィ（ファンタジー）小説とは何なのか。
　実を言うと、これの定義は非常に困難だ。日本語では「幻想小説」とか「空想小説」というように訳されるが、これだと空想的要素の入った作品は全てファンタシィに含めることができてしまう。――実際、その通りなのだ。
　世界各地に残っている伝説や昔話、神話の類も広義的にとらえれば全てがファンタシィと言える。というより、あらゆる物語や小説は強引に押し切ればファンタシィと言いきってしまえるのだ。
　だが、それはあまりに乱暴過ぎる。そのため、文学界の人々は『ハイファンタシィ』だとか『ソード＆ソーサリィ』と呼ばれるカテゴリィを創設し、ファンタシィの１分野として定義することにした。これがどういうものかというと、剣と魔法が存在する世界で繰り広げられる冒険譚である。
　光り輝く甲冑をまとい、剣と魔法を駆使してドラゴンだとか黒魔術師（魔法使い）にさらわれた姫君の救出に向かう騎士の物語などはこの典型だ。
　若者にとっては、ＴＶゲームのロールプレイング・ゲーム（ＲＰＧ）をイメージすれば感覚を掴む際の大きな助けとなるだろう。

　今回紹介する「メルニボネの皇子」ひいては <エルリック・サーガ> も、この『ハイファンタシィ』に分類される作品である。
　だが、この世にハイファンタシィを謳う作品は星の数ほど存在する。その中で、なぜに <エルリック・サーガ> は特別視され、そのジャンルの象徴として扱われるまでになったのか。
　その理由は、 <エルリック・サーガ> という物語が当時の社会において非常に斬新だったからだ。
　旧来のファンタシィ小説の主人公は、ロバート・Ｅ・ハワードの『英雄コナン』シリーズなどがその典型であるように筋骨隆々とした屈強でタフな男が主人公に据えられていた。
（このコナンが、アーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化されている事実が何よりそれを如実に語っている）
　彼らは思い迷わず、その逞しい肉体と比類無き腕力をもってあらゆる敵に敢然と立ち向かい、そしてこれを撃破する。そして英雄と呼ばれるようになるのだ。
　だが、ムアコックの送り出した <エルリック・サーガ> の主人公エルリックは、コナンのような英雄像に慣れ親しんでいた当時の社会人たちを驚愕させる人物だった。
　なぜならエルリックは、特殊な薬を飲まなければ自力で歩きまわれないほどひ弱で病弱だった。その上、自分の立場や責任、社会、将来などといったことに思い悩む物憂いげな男だったのである。
　こういう作品もあったか！――当時の人々はハッさせられる思いで膝を叩いただろう。もちろん保守派や伝統派からは批判の声も多く出たはずであるが、大抵の読者はこれを受け入れた。
　だからこそ、 <エルリック・サーガ> は現代まで生き残ってこれたのである。

　結局、ムアコックの <エルリック・サーガ> は設定の斬新さだけでなく、物語としての高い完成度も兼ね備えていたのである。
　第１作の「メルニボネの皇子」では、メルニボネという歴史ある王国の王座に就く主人公エルリックと、これに反目し一種のクーデターを目論む従弟イイルクーンとの闘いを描いているわけだが、これが今読んでもスリリングに描かれている。古さが感じられない。
　エルリックは様々な策謀に餌食となり、王位を追われそうになったり、殺されそうになったり、恋人を誘拐されたりとありとあらゆる窮地に追い込まれる。
　その困難に立ち向かうエルリックは、従来の主人公とは違っていちいち考える。筋骨隆々の旧来型ヒーローなら、恋人をさらわれ敵がクーデターをしかけてくれば怒り狂って猪突猛進、相手の本拠地に殴りこんでいくのが常道だ。
　だがエルリックは、クーデターを起こそうとする政敵イイルクーンの思想や立場を理解してしまう。もともと自分は王には向かない人間なのだから、不満が出るのも当然だとイジケさえする。
　目的のために手段を正当化したりせず、いつも倫理を気にしたり慈悲の心を見せたりもする。
　こうしたハッキリしない男が主人公だからして、状況はますます混乱・悪化の一途を辿り物語としてはますますスリリングになるというわけだ。
　なるほど、パターン化していたファンタシィ小説に一石を投じ、大きな波紋を及ぼした本書が高い評価を得て伝説的存在にまで上り詰めようとしているのも理解できるような気がする。本書が後世のファンタシィ作家に与えた影響は絶大であろう。
　そうした歴史的、文学的意味合いにおいても、また純粋に１冊の優れたファンタシィ小説としても本書は多くの人々にお勧めできる良書なのである。 2004/08/16



RYU MURAKAMI
村上龍



「イン ザ・ミソスープ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版幻冬舎文庫 値段￥533 初版1998-08-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　1997年10月に読売新聞社より刊行された単行本を文庫化したもの。読売文学賞受賞作。
　主人公「ケンジ」は片言の英語を武器に、外国人を相手にした歌舞伎町の風俗店ガイドで生計を立てる20歳の青年。そんな彼の元に、「フランク」を名乗るアメリカ人から依頼が舞い込む。このフランクだが、どうにも不審な点がある。人造物のような不気味な肌、機械的な笑い方、ちぐはぐな身の上話、些事でガラリと変わってしまう雰囲気と態度。
　おりしも売春をしていた女子高校生が首と四肢を切断されて発見されるという事件が世間の話題をさらう中、ケンジはこの殺人とフランクとの関係を徐々に疑っていくようになる――。
　フランクの正体は何者なのか、彼のガイドを務めるケンジはどうなってしまうのか。物語の展開が非常にスリリングで面白い。これを別にして、根底に流れるテーマ――各国の文化的な相違とそこから生じる問題、異常や狂気といった定義との向き合い方、日本文化が独自に生み出した社会の暗部とその中で生きる人々の鬱屈した生き方なども興味深い。

　星を見てもらえば分かると思うが、お勧めできる面白い本だった。ただ、欠点もある。海外の文化を良く知る人間が陥りがちな罠なのだが、「私は外国の様々な文化や民族性などに精通していて、柔軟で国際的な視野を持っている。そういう人間から見れば、日本人は実に珍妙で滑稽な言動ばかりを繰り返しているのだ」と奢ってしまいやすいのだ。自分がその傾向にあるのだから、良く分かる。
　私は、その他大勢の一歩先を行っているアヴァンギャルドな人間なのだ――というような何かを鼻で笑うような姿勢をこの作者からは強く感じた。
　村上は、文学を「共同体の崩壊によって生み出される人々の悲鳴を翻訳」というように定義しているようだ。これはつまり、文学を扱う俺は社会が生み出す様々な問題を深く抉れる鋭い観察眼を持っていて、その問題を認識したり理解したりできなかった人間に教えてやるのが使命である、と言っているようなものなのだ。
　それを実際にやれるから芥川賞を取れるのだろうが、多分、著者と同じくらい社会問題を認知する能力に長けた人間には、彼が作品を以ってやろうとするテーマの押しつけを「余計なお世話」だとしか思えないだろう。
　まあ、文学に芸術的な感動を求めるなら話は別だけど。

　欠点といえば、本書最大のそれは「解説」にある。河合隼雄なる臨床心理学者を引っ張り出してきているのだが、彼がやっている作品解説はある意味最悪のものになっている。だらだらと全体の９割を費やして本編を要約し、なんの断りも無くネタも全部ばらしてしまっている。
　本書の魅力の半分は、「フランク」という謎のキャラクターの正体にあるわけなのだが、これも見事に全て語ってしまっているわけで。最初に解説から読んだ人は悲惨な目にあいそうだ。本を開く前に、その推理小説の犯人とトリックを耳打ちされてしまうようなものだから。
　河合氏の解説は読了後に目を通すようお勧めする。彼は得意の心理学で、こういう批判を生み出しかねない自分の行動と読者の心理を読めなかったのだろうか。ある意味、最大の謎はここにあるのかも。
2004/01/20



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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み（Mi）行
作者別一覧
・ 道尾秀介(1)
・ 光瀬龍(2)
・ 宮部みゆき(2)



SYUSUKE MICHIO
道尾秀介



「背の眼」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版幻冬舎 値段￥1800 初版2005-01-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　2004年度の <第五回ホラーサスペンス大賞> において特別賞を受賞した、道尾秀介のデビュー長編。ちなみに一つ上のグランプリ（大賞）作品は沼田まほかるの「九月が永遠に続けば」。
　ホラーサスペンス大賞の受賞作ではあるが、大雑把な分類としてはむしろ推理小説――ミステリだと判断するのが妥当だろう。
　大賞受賞の「九月が永遠に続けば」は、新人離れした著者の技術力が買われた作品であるが、どちらが売れる商品かと問われれば、むしろ特別賞を受賞した本作の方ではないかと思われる。
　もちろん大賞と特別賞との技術差は顕著で、その点においては改めて比較する気にもなれない。しかし沼田まほかるの「九月が永遠に続けば」は、ある日とつぜん家族の１人が蒸発するという事件を地味に淡々と描いた作品である。
　あるべきものが唐突に消失するという、いわば誰の身にも起こりうる恐怖を題材としているためリアリティに飛んでいるが、反面、人間関係が複雑すぎてもはやファンタジー的であったりとチグハグな面も目立つ。
　なにより展開が地味で、結局この作品でなにがやりたかったのかも不明。エンタテイメントとしては致命的に盛り上がりに欠ける。
　高い技術をもって製作された物であっても、良く売れるとは限らない。物の売り上げを左右するのは、ある意味で演出効果次第であったりもするのだ。

　 　その演出面での弱さ「九月が～」に顕著である反面、本書「背の眼」は演出が上手い。
　結局、軽く読めて大きな刺激を得られる物語が <売れ筋> であるからして、掴みやすいキャラクターと人間関係、ある意味単純で集中できるストーリィ展開、楽しみどころの分かりやすさなどが、エンタテイメント系の作品としては不可欠な要素なのである。
　「背の眼」は、「九月が～」よりはこの点に優れていると言えるかもしれない。よりライトノヴェル的、と言い換えても良い。重厚で濃密な「九月が～」は表紙をめくって本文を読み進めていくのにエネルギィを要するが、「背の眼」は手軽に気楽に読める。
　同じ文学新人賞の受賞作同士でありながら、まったく方向性が異なり、しかも読者層も違ってくるであろう。この辺りは大変に興味深いところである。

　「背の眼」が演出重視の作品であることは、やはりその具体的な内容を追っていくと分かりやすい。
　主人公は売れない壮年の男性作家と、その学生時代からの友人で、心霊現象を研究する美貌の変人男性。後者をいわゆるホームズ型の探偵とし、前者を探偵の活躍を記録する助手役――すなわちワトスン的ポジションにおいてストーリィは展開していく。
　うだつの上がらない貧乏作家と、対照的にスタイリッシュで奇抜な性格をしたハンサムな探偵役。みごとに分かりやすい。漫画的、ライトノヴェル的な個性のつけかたであり、特徴を掴みやすいように記号化された人物が中心にすえられているわけだ。
　そんな彼らが追うのは、「背中に人の眼」が浮き出て見えるという心霊写真の謎である。これはある片田舎で撮影された写真で、その田舎町に何らかの形で関わった者たちが、単なる観光客も含めて何人も自殺するという事件が付録としてついていた。
　天狗の伝説が残るその街では、ほかにも子供が複数「神隠し」にあい、そのうちの１人は首だけの死体で発見される、という行方不明事件もかつて発生していた。
　小さな田舎町で同時多発的に起こった事件としては、あまりに奇妙であり不自然。すべての現象は何らかの必然で繋がれた、互いに関連性をもつ事件なのではないか。
　作家と心霊現象研究家は、現地の旅館を拠点に独自の調査を進めていく。

　巻末の選評で、同賞審査員をつとめた綾辻行人が指摘しているように、本書は全体的な雰囲気や世界観、キャラクターの基本設定、ストーリィ展開、オチに至るまで、京極夏彦のシリーズ作品を彷彿とさせるものになっている。人によっては安易な模倣に見えるであろうし、著者は恐らくそれに反論する資格を持たない。影響は如実に見て取れるものの、本家を超える要素や独自のアレンジを加えた部分が見受けられないからだ。これではデッドコピー、劣化コピーと揶揄されても仕方がないだろう。
　綾辻行人はこれをエピゴーネン（軽蔑すべき模倣者）とするより、若者による熱烈なオマージュとして解釈する、としているが、そうはとらない人間もまた多いだろう。
　大賞受賞作と比較したときに目立つ技術的な拙さと、こうした模倣作としての側面。これらは、本書を評価するうえで避けて通れないポイントとなっている。どのように作用し、どのように判定されるかはその読者によるだろう。
　 　ハードカヴァーで２段組、400ページ近い作品であるが、前述したようにライトノヴェル的・漫画的な演出と味付けがされているため手軽に一気に読める。巻末には、同賞選考委員を務める桐野夏生、綾辻行人、唯川恵の三者による、各人２ページずつの選評あり。
2005/08/05　



RYU MITSUSE
光瀬龍



「百億の昼と千億の夜」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥680 初版1996-12-25
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆☆
　初出は、 <ＳＦマガジン> 1966年09月号～1966年8月号｡連載終了後、早川書房より『日本ＳＦシリーズ11』として1967年01月15日に刊行。判型は小Ｂ６版だった（354頁、400円）。同書はこの後もデザインや判型、出版社を変え何種類か出版されている。1973年04月15日には、早川文庫（JA006）から、1980年10月06日には角川文庫から、1996年のクリスマスに角川文庫 <リバイバルコレクション> として本書が刊行されている。
　なお、２番目（1973年）に早川文庫から刊行する際、著者が結末部分に若干の加筆を入れている。よって、1973年以前と以後に刊行されたものの間には、若干の相違が存在することを付け加えておく。
　ここで紹介するのは、一番新しく（1996年）刊行された角川文庫リバイバルコレクションの１冊である。解説は本書の長年のファンであった中島梓（栗本薫）。……ただしこの角川文庫リバイバルコレクション版、既に絶版となっている模様で、今から書店で新規購入するのは難しいかもしれない。現在、この「百億の昼と千億の夜」を読むためには、版を重ねて未だに存在している <早川文庫> 版で入手するほか手はない。

　躊躇うことなく三ツ星をつけられる作品というのはそう無い。この「百億の昼と千億の夜」は、その数少ない例外のひとつだ。個人的に特別な１冊と言っても良い。
　この作品は、日本ＳＦ界の金字塔として良く例に持ち上げられる作品だが、ジャンルという枠に押し込んでどうこうなるものでもない。とにかくスケールが壮大で、宇宙の創世と終焉、神、時間などといったテーマが根底ある。
　誰もが一度は考えたことのある「神とは何者で、どこにいるのか」「この宇宙を作ったのは何者か」「時はどこから始まってどこで終わるのか」……といった疑問の中核に超越者 <惑星開発委員会> を置き、これにギリシアの哲人プラトン、釈迦国の王子悉達多（ブッダ）、そして少女の姿をした阿修羅王の３名が挑むといった物語になっている。
　個人的に、修羅の王が少女だという発想――「阿修羅王」の存在が衝撃的だった。
　できるだけ若いうち、理想を言うなら中高生といった思春期の少年少女に手にとってもらいたい１冊。歳を取るとなまじ世間に揉まれた経験を持つから、調子に乗って世の中の全てを知り尽くしたような傲慢な人間になりやすい。第一、年齢を自覚するような人間は自分のことに手いっぱいで、本書のテーマである神や悠久の時の果て、我々の種族としての行く末などに思いを巡らせる余裕などありはしない。世界を外に広げるどころか、なるべく小さく縮めていって面倒事をできるだけ排除する方向に向かう。素直にこの世界を受けとめるだけの柔軟性など失われて久しいのだ。だからこれは、モラトリアムの特権をいかして読んでほしい本なのである。
　――なお、本書には萩尾望都がてがけた漫画版が存在する。同名タイトルで秋田書店から刊行されているので、補完的な意味で是非一読して欲しい。ＳＦファンからも非常に高い（ほとんどこれ以上ないという）評価を受けており、それに相応しい出来となっている。原作世界を上手く表現しているのだ。もちろん、私のお気に入りである阿修羅王も素晴らしい描写で再現されている。イメージの大いなる助けとなるだろう。

　最後に、本書の著者を紹介しておく。筆名、光瀬龍。1928年東京生まれ。本名、飯塚喜美雄。東京教育大学理学部動物学科卒業。卒後、同校哲学科に学ぶ。その後、都内の女子高校で生物学及び地理学の教鞭をとる傍ら執筆を開始、同人誌 <宇宙塵> に参加。1960年『同業者』という作品で <ヒッチコックマガジン> から商業紙デビュー。
　1962年、 <ＳＦマガジン> ５月号に『晴の海 1997年』で登場、本格的な作家生活に入る。1966年、 <ＳＦマガジン> で『百億の昼と千億の夜』の連載を開始。翌年、早川書房より出版。東洋的無常観を基調とした壮大なスケールの宇宙叙事詩として高い評価を得た。
　その他の主な代表作は、『宇宙年代記シリーズ』、ＮＨＫでドラマ化された『夕ばえ作戦』など。『喪われた都市の記録』『たそがれに還る』などの硬派な作品から、『宇宙航路～猫柳ヨウレの冒険～』『魔導師リーリリの冒険』等、今で言うライトノベルのようなテイストの作品、ジュヴナイル作品も手がけている。時代小説にも『秘伝宮本武蔵』など名作が多い。1999年07月07日没。享年71歳。
追記：2004/02/29　



「復讐の道標」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥240 初版1975-04-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　平凡社の <ＰＯＣＫＥＴパンチＯｈ！> 1974年07月号～1975年01月号に全７回に渡り連載、その後ハヤカワ文庫から刊行された文庫本。値段が安いのは約200ページの薄い本であることと、1975年刊行の初版本の値段であるから。――現在は絶版になっているので、古書店でしか入手はできないだろう。
　主人公は小島良介という、３度目の大学受験に失敗して失意のどん底にある浪人生。厳格な父と実家の電気店の手伝いをしている兄を何とか説き伏せ二浪までは許しを得ていたものの、三浪となると彼らの説得は極めて困難。父兄が自分を使い走りの店員として起用し、人件費を節約したがっていることを知るからこそ、もう逃げ場はないと良介は落ち込む。
　そんな良介は、ひょんなことから立ち入ったスナックで奇妙な女の悲鳴を聞く。店員に確認してみたところ、急に彼らは険悪になり良介は店から叩き出されてしまう。しぶしぶ日常生活に戻り、ついに実家の手伝いをさせられることになった良介だが、例の女の悲鳴が気になって仕方がない。
　そんなおり、良介は身に覚えのない宅配便を受け取る。首を傾げながらも中身を検めてみると、それは懐中電灯のような形をした奇妙な機械で、説明書には <瞬間移動> ――すなわちテレポーテイションを可能とさせる特殊な装置だと書かれていた。
　悪質な悪戯であると確信しながらも、半信半疑で機械の使用を試みる良介は、気になっていた女の声の正体を確認するため、例のスナックの２階をジャンプ先の座標に指定するが……。

　簡単にまとめてしまうと、少年少女向けのジュヴナイル小説。映画で言うとＢ級ＳＦということになるだろう。瞬間移動やタイムスリップなど、使い古された――1974年当時はそうでもなかったのかもしれないが――ネタが盛りだくさんで、現代人が無邪気にこれを楽しめるかは疑問である。
　連載元の雑誌はアダルト色の強いものだったらしいから、随所に散りばめられたそういうシーンに胸を高鳴らせつつ、中学生くらいの少年が楽しむのが正解なのだろう。
2004/02/29



MIUKI MIYABE
宮部みゆき



「魔術はささやく」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥552 初版1993-01-25
 総合☆
 ストーリィ－
 技術☆
　先日、本書を再読した。数年ぶり――ひょっとすると前回から１０年程度の時を経ていたかもしれない。それにも関わらず、物語の大雑把な流れやトリックなどを記憶していた。それだけ、印象深い作品であったのだろう。
　個人的な話になるが、本作「魔術はささやく」は私が最初にふれた宮部作品である。まだ学生の頃の話である。当時の私には、週に一度、土曜日に必ず図書館で会う知人の存在があった。その人物が「お勧めできる作家がいる」という風な言葉とともに、宮部みゆきの名を教えてくれた。その言葉に従い、館内で宮部女史の著書を探し、「魔術はささやく」を借りて帰ったのである。
　知人の言葉に嘘はなかった。幾つかの面で首を捻りたくなる箇所もあったが、総じて優れたミステリであったし、サスペンスであり、一級のエンタテイメント作品であるように思われた。読了後、私はすぐに他の宮部作品を探すようになった。図書館で彼女の著作を見つければ、間違いなく借りて帰るようになった。

　現在の宮部みゆきは、日本を代表する著名な小説家である。直木賞を獲った作家であるし、近年は文学新人賞の選考委員を務めるまでになっている。自身も数多の文学賞を受賞し、不況が囁かれる出版業界にあってなお新作を出せば必ずベストセラーになる。累計数十万部を易々と売りさばく。
　しかし当時の彼女は今ほどの注目を集めておらず、せいぜい「注目の新人作家」の一人でしかなかった。人間描写のうまさや構成の妙、日常生活を描き出す鋭い切り口などは新人時代から見られたが、キモの部分での弱さもあった。本書「魔術はささやく」でも、『そのトリックを使うなら何でもありの世界になってしまう』という印象があった。ＳＦにおけるナノマシン（orマイクロマシン等）の存在に近い。。
　部屋の照明を落とし、巧みなマイクパフォーマンスで観客を盛り上げ、ドラムロールとスポットライトで緊張感を煽る。そうした演出は上手いが、肝心のビックリ箱の中身が貧弱――といったところか。
　そうした核の弱さが初期の彼女の作品には共通して存在しており、私や宮部みゆきを紹介してくれた知人の間では「面白いがツメの甘い作家」というような認識があった。
　ただ、急いで言っておかねばならないのは、本書がトリックや謎を楽しむ種のミステリではない、という歴然とした事実である。むしろ人間という生き物、その人間が作り出す社会の実態を鋭く抉る物語というべきかもしれない。
　ただ、そうした「人間を描く」ことを高い水準でやってのけているため、あまりにもトリック部分の貧相さや無節操さがアンバランスに見える、というだけの話である。

　本書「魔術はささやく」は1989年に発表された著者の（おそらくは）第一長編で、 <日本推理サスペンス大賞> を受賞している。同年単行本として新潮社から刊行され、1993年に同社から文庫版が発売された。今回紹介するのは、入手の容易な1993年出版の文庫版である。
　巻末の作品解説は文芸評論家として著名な北上次郎。なお、種明かしとまではいかないものの、かなり作品の具体的な内容に突っ込んだ解説となっているため、個人的には本編読了後に眼を通すことをお勧めしたい。
　――以下、大まかなストーリィを紹介しておく。
　主人公は、両親を失い特殊な環境下で育った16歳の少年。孤児である彼は叔母夫婦の家に身を寄せていたのだが、ある日、タクシー運転手をする叔父が不幸にも人身事故を起こし、被害者を殺してしまう。
　状況が叔父にとって不利に働いていることを知った主人公は、なんとか彼に有利な材料を探そうと奔走。やがて被害者が詐欺まがいの商売を働いていた過去をつきとめ、その当時の仕事仲間が次々と不可解な死をとげている事実をつきとめる。４人の仕事仲間のうち、すでに３人までが死んでいる。これを何者かによる計画的連続殺人と見た主人公は独自の調査にのりだすが、事件は思わぬ方向に展開していく。
　この著者の最大の武器は、類稀な想像力と、人間にむけられた鋭い観察眼。これに尽きるだろう。
　前者は読んで終わりの薄っぺらな作品ではなく、奥行きのある味わい深さを物語に与えている。また切れ味の鋭い描写や表現力は、これに裏打ちされてもいる。後者は登場人物たちに血を通わせ、感情移入を容易にしてくれる。
　復讐や人を裁くといった行為に対する著者の考え、少年の成長を描くジュブナイル的部分、人間の表裏、「赦す」「哀れむ」といった宮部の好む概念など、小説家・宮部みゆきのある意味すべてが凝縮された、まさに彼女の入門書として相応しい作品かもしれない。
2005/06/10



「ブレイブ・ストーリー」上・下
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版角川書店 値段￥1800+1800 初版2003-03-10
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　昨今、冒険という言葉は多少ネガティヴな意味を持たせて使われることが多い。必要以上のリスクを負って成功率の低い賭けに出る愚行――というような響きがある。
　恐らく、出版社や編集者にとってこの「ブレイブ・ストーリー」の企画は少なからずそうした冒険的要素を含んだものだったのではあるまいか。日本人が書いたファンタジー長編が商業的に大成功を収めた例は稀有といって良いほどだし、下手に奇抜なことをやらせて大作家の域に達しつつある宮部みゆきのイメージを損ないたくない。そうした危惧や不安が多少はあったかもしれない。
　しかし、無類のＴＶゲームマニアで知られる宮部みゆき本人自身には、いつかこうした作品を書く気があったのだろう。本書ブレイブ・ストーリーが書店に並んでいることが、そのことの証明になる。原稿用紙2300枚の大作を書き上げるにはそうした情熱が必要なのだ。冒険者が長い旅を経て目的の地に辿り着くために、強い意志の力と勇気が必要とされるようにだ。
　剣と魔法の存在する世界を舞台にしたファンタジー小説は、少年向けの <ライトノヴェル> や児童書の分野ではそれほど珍しくない存在であるようだが、対象読者を成人にまで広げた一般書籍としては珍しい。想像力をフル活用しなければならないハイファンタジーは、退化の進んだ成人の脳には負担が大きいのだ。それがハードカヴァーで1000ページを軽く超えてしまう大作としてはなおさらだ。ハリィ・ポッターのシリーズ作品が商業的大成功を収めたことを考慮に入れても、宮部級の作家がファンタジーをリリースすることなどそうそうあることではない。

　しかし、著者の宮部みやきは真正面から剣と魔法のハイファンタジーを書ききった。現実世界で穏やかな日常生活を営む11歳の少年を主人公に据えて、彼が突如として現実の荒波に飲み込まれ絶望していく様を語り、そして自分と家族にふりかかった悲運を拭い去るため異世界に旅立つまでを迫真のタッチで描いた。
　現実世界とは違う法則の支配する <幻界> を訪れた少年が、仲間を得、失い、多くを学び、現実を知り、自らを受け入れ、人として再生するとともに成長していく様を書いた。
　彼と同じものを背負いながら違う道を進むもう一人の少年を配置し、異世界に住まう魅力的な人々を生んだ。現世と幻界に共通する歪を作り出して、世界が変わっても人の心が変わらない現実を浮き彫りにした。
　1000人の大人を集めても、勇気ある１人の少年がなしうる決断に到達し得ないことがあることを物語った。
　最も優れたファンタジー小説にはなり得ないだろうが、一つの形としてブレイブ・ストーリーは歴史に残るかもしれない。また、人によってはこれを名作と呼ぼうともするだろう。そうあって然るべき要素が確かに本作にはある。著者の筆力は確かなものだし、本体価格の設定も決して悪いものではない。退化しすぎていないのなら、イマジネーションと共に行く幻界の旅は爽快で、多くのものを読者に提供するだろう。

　この作品は、対象とする読者の年齢を広く設定している。おそらく、主人公と同年代の少年少女が読んでも楽しめ、また彼らの親が読んでも得るものがある――そんな広く深い作品を目指したのだろう。ただ、間口を広く取りすぎた分の欠点が少なからずあるのも確かだ。
　たとえば完成度を上げ、物語にもう少し奥行きを持たせるつもりなら語り部を増やした方が良かったのではないか。話の大半は主人公ワタルの目を通して進められるが、かなり中途半端に別人にスポットが移る。彼のライバルであるミツルなどがそのスポットライト泥棒の最もたる例だが、最初からミツルにもある程度カメラを向けもうキャラクターとして掘り下げていれば、ワタルとミツルの関係がもっと上手く書けたような気がしないでもない。
　なかなか姿を見せない謎の声についても、いかにも思わせぶりな存在として序盤から登場しているがそんなに重要な役割を与えられておらず、その正体が明らかになった時点で主人公は既に確固たる決意を固めている。もっと関わらせ、大きな揺さぶりをかけるトリックスター的存在として魅力的に描けた存在であるはずだが、竜頭蛇尾なキャラクターに終わってしまった。
　人間関係も、主人公にとって少し好都合的すぎた。小野不由美の <十二国記> はタイプこそ違うが、国産ファンタジーの傑作のひとつだ。この <十二国記> では異世界に迷い込んだ主人公が、まず人間関係に苦労する。そうした緊張感の演出がたいへんに上手く、片時も目を離せない。ブレイブ・ストーリーにはそういう緊張感のようなものがほとんどない。
　異世界で自分の両親と似た人間と出会い、ショッキングな経験をするエピソードにしてももう少し上手い活かし方があったのではないだろうかと思われる。異世界の世界観や基本設定も、既存のものを焼きなおしただけでオリジナリティに欠ける。ハイファンタジーとしての新鮮味としては皆無に近い。
　本人がその気なら、著者はこうした作品の欠点をクリアできるだろう。それだけの力を持った書き手であるはずなのだ。ただ、元が雑誌連載という都合、対象読者を広くとろうという戦略、その他諸々の事情があって彼女は意図的にそうした部分を犠牲にしたのだろう。その結果得られるものの方が大きいという計算のもとで。
　いずれにしても、本書が一読に値する作品であることにかわりはない。舞台設定はありきたりだが、テーマと着地の仕方は非凡なのだ。子供だましと失笑する大人は、自分が主人公と同じ立場にあったとして彼以上の結論を導き出し、そして結論することができたかを考えてみると良い。何も得られなかった者がいたとして、それは本書に責任があるのではない。触れた者に何も汲み取る能力がなかっただけなのだから。眼と心を開く者は大いなる何かを得、眼と心を閉ざす者は何も得ない。それが冒険でありファンタジーの本質なのだ。
2005/01/12



I N D E X
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ま（ma）行
作者別一覧
・ ジョージ・Ｒ・Ｒ・マーティン(1)
・ アン・マキャフリィ(1)
・ 牧村泉(1)



GEORGE RAYMOND RICHARD MARTIN
ジョージ・レイモンド・リチャード・マーティン



「七王国の王座（A Game of Thrones）」上・下
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版早川書房 値段￥2800×2 初版2002-11-10
頁数446項×2 段組2段 初版2002-11-10
総合★★ 娯楽性☆☆ 技術☆☆
no-printing
　ジョージ・Ｒ・Ｒ・マーティンが送る――そして <デンヴァー・ポスト> 紙によって「もっとも優れたファンタジィ小説となる」ことが予見されている――大巨編の頭を飾る作品。
「氷と炎の歌」と名打たれたこの一大シリーズは、全６部から成るとも７部構成を超えることになるとも噂されるもので、 本国では既に第４部の刊行が話題になっている。本書はその序章的な位置づけの作品、という解釈で問題ないだろう。
　翻訳は主にＳＦ小説の翻訳で知られる岡部宏之氏が担当。作品解説の類はなく、しかし両巻末にはそれぞれ数ページの参考資料（物語に登場する貴族一門のリスト）が添付されている。これは登場人物の一覧を兼ねており、内容は上下で同じ。
　また下巻末にのみ翻訳者の簡単な「あとがき」があり、作品のおおざっぱな紹介がなされている。内容的に本編を未読の状態で触れても問題がない。

　ちなみに日本では既に文庫版が発売されている。今回紹介している単行本の上下巻を計５冊に再分割して刊行したもので、初版の価格は１冊735円。全巻あわせると約3700円。上下合わせて6000円近くになるハードカヴァ版よりかは随分と安価ということになる。
　それでも「こうした歴史的傑作は是非とも単行本で揃えたい」「コレクションするなら装丁の綺麗な単行本にしたい」「携帯性に優れずとも、この作品はハードカヴァで読むほうが雰囲気が出る」……などといった考えをされる方は、早めに単行本を確保しておくことをお勧めする。文庫化されるとハードカヴァ版は絶版扱いにされ、新しく印刷されることがなくなるためだ。既に一部の書店では在庫が失われ、時を追うごとに入手の難度があがりつつある。

　さて肝心な中身であるが、２段組で1000ページ近い分量を誇る作品である。言うまでもなく要約は容易ではなく、簡単に紹介できるほど浅いものでもない。
　とりあえず舞台となっているのは、作品タイトルにも見られる <七つの王国> 。その名の通り、かつて「七つの国家」が存在し、現在はロバート・バラシオンＩ世によって統一されている異世界の半島である。
　明確な主人公は特定されておらず、 <七つの王国> の北部を支配するスターク家の面々、ロバート・バラシオンに王座を奪われ半島から脱出した没落王家の生き残りたち、ロバート王の身内でありながら彼の王位を虎視眈々と狙うラニスター家の三兄弟など、一癖も二癖もある個性豊かな登場人物たちの視点を渡り歩き、物語はダイナミックに展開していく。
　読者は自分が共感する、あるいは好感を抱くキャラクターを自分なりの主人公に据え、様々な角度から物語を追うことができる。いわば読者の数だけ楽しみ方のある、非常に













「七王国の王座（A Game of Thrones）」上・下
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版早川書房 値段￥2800×2 初版2002-11-10
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆




ANNE INEZ MCCAFFREY
アン・イーネッツ・マキャフリィ



「歌う船」（原題：THE SHIP WHO SANG）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元ＳＦ文庫 値段￥650 初版1984-01-27
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　そのころ隣に魅力的な娘さんが住んでいて、毎日のように本を借りに来ていました。そこで私は彼女に『歌う船』を勧めたのです。「ＳＦはだめなの」彼女は断りました。でも――中略――彼女はしぶしぶ読みだしたようです。それ以来『歌う船』は私の手に戻ってきません。
　しばらくして彼女から、もう三回も読んじゃった、と報告がありました。お兄さんは四回、それまで一度もＳＦを読んだことのなかったお母さんまでが二回も読み返したのよ、と。
　いいえ、かついでいるわけではありません。アン・マキャフリーの『歌う船』は、少なくとも四人のＳＦを読まなかった人たちを、私以上のコレクションを持つ熱烈なＳＦファンにしてしまったうえ、私の知る限りではいまだに彼女の家族のあいだで回し読みされているのです。

　……いいえ、かついでいるのではない。上記したのは、ポール・ウォーカーがアン・マキャフリィを紹介するために『SPEAKING OF SCIENCE FICTION』に寄せた一文からの引用である。
　あまりに素敵な推薦文なので、酒匂真理子女史が翻訳を担当した日本語版『歌う船』の巻末解説で、新藤克己氏もこれを紹介している。
　アン・イーネッツ・マキャフリィは、『パーンの竜騎士』などで知られる世界で最も著名な女流ＳＦ作家のひとりである。本書『歌う船』は1969年に刊行された <歌う船シリーズ> の第１作で、既にマキャフリィの代表作の１つとしても認知されている人気作品だ。
　本書は長編小説であるが、連作短編としても解釈できる構成になっており、以下に挙げる６篇のエピソードからなりたつ物語になっている。ちなみに『劇的任務』は1969年にネビュラ賞、1970年にヒューゴ賞にノミネートされ、ダブルクラウン（２冠）に輝くチャンスを与えられたが、残念ながらいずれも受賞を逃している。

「歌った船」 The Ship Who Sang (1961/4)
「嘆いた船」 The Ship Who Mourned (Analog 1966/3)
「殺した船」 The Ship Who Killed (Galaxy 1966/10)
「劇的任務」 Dramatic Mission (Analog 1969/6)
「あざむいた船」 The Ship Who Dissembled (If 1969/3)
「伴侶を得た船」 The Partnered Ship (1969)

　――物語は人類が宇宙に進出した遠い未来を舞台にしている。主人公は、身体に重い障害を持って生まれてきた人間、ヘルヴァ。障害のせいで肉体が全く機能せず、機械の助けを得なければ生きていけないと診断された少女である。
　そこで彼女は <中央諸世界> と契約、脳と脊髄の一部を使い物にならない人体から抜き出し、機械で出来た新しい身体（外殻）に移植するという処置を受けた。殻人（シェルパーソン）と呼ばれるサイボーグとなったのである。
（まさに"the ghost in the shell"だ！）
　ただし、ヘルヴァに与えられたのは人型の外殻（シェル）ではない。彼女の脳はチタン製の殻に閉じ込められ、神経シナプスは宇宙船の制御システムに直結された。これによってヘルヴァは <ＸＨ－８３４号> という新しい名と、最新鋭の装備を搭載した宇宙船の身体を手にしたのである。
　だが、サイボーグになったからといって彼女が人間の心をもった女の子であることに変わりはない。第４章「劇的任務」の中に、そんな <ＸＨ－８３４> ヘルヴァを良く表現している一文がある。

『彼女はほかの人間と感情的に触れ合うのが好きだった。意見を交換することも、そう、たがいに慣れすぎて軽蔑し合うようになった、いらいらする状態すら好きだった。これらをすべて、彼女は直接に経験したかった。――あらゆることに幻滅した年老いた脳から、とげとげしい言葉で聞かされるのではなく。』（p151-152）

　生まれながらの身体はヘッポコで役立たずだったが、脳の性能はすこぶる優秀だったヘルヴァは、脳移植に際する費用を肩代わりしてくれた <中央諸世界> への借金返済のため、宇宙船の身体をフル活用して縦横無尽に宇宙を駆け巡る。
　この物語は、好奇心旺盛で、人と出会うことが大好きで、宇宙船の身体を持つことに誇りを持つ、歌好きのサイボーグ船ヘルヴァが宇宙を旅する過程で、様々な人々との出会いと別れを繰り返し、人として女性として成長していく様を描いたものである。
　アン・マキャフリィ本人が女性であるおかげもあるだろう、金属の身体と乙女の心をもったヘルヴァの喜怒哀楽が上手く表現された良作だ。
　個人的には佳作だと思うが、ＳＦ小説の多くはその魅力を存分に味わうために少なからずの訓練を要するものだ。つまりポール・ウォーカーが語る少女の姿勢はある意味で正しい。そのため、これを万人にお勧めする事はしない。
　だが、新たに本書を手に取った読者が第２、第３の <ウォーカーの少女> になる可能性があることは、「サソリ座の七聖人の足の爪」にかけて認めないわけにはいかない。
2004/06/26



IZUMI MAKIMURA
牧村泉



「幻痛　ファントムペイン」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥1600 初版2004-01-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　2002年第３回ホラー・サスペンス大賞で特別賞を受賞し作家デビューした著者の、受賞後第１作。やはり一種のホラーでありサスペンス作品である本作は、事件として「人質立て篭もり事件」を取り扱っている。
　物語の舞台は京都のＦ市。廃屋となって久しい木造二階建ての一軒屋に、赤ん坊と１０代と思われる少女を連れた中年の男が侵入、篭城の構えを見せはじめた。彼らは拳銃を所持しており、廃屋に立て篭もる直前に車で人をはねた上、一般人に発砲さえしている。
　主人公は上記の篭城事件の関係者の女性で、ひとりは篭城犯の一人と思われる久住徹の妻・笙子。そして久住徹と一緒に廃屋に閉じ篭もっている少女の母親、野口三千代。この二人と考えて良いだろう。
　笙子の方は数年前に左手の小指を切断するという事件を経験して以来、夫の徹とは絶縁状態にある３０そこそこの女。籍はそのままだが、徹とはほとんど離婚同然の状態にあった彼女は、会社の倒産や指の切断事故をきっかけに出奔した夫の行動が理解できず、それが心のシコリとして残っているために笙子は徹の呪縛から逃れられないという歪を抱えていた。そんな彼女は、今回の篭城事件で再び徹との接点を持つことになり、これを切っ掛けに彼の本質へと接近していく。
　一方の野口三代子は１９歳の若さで娘を産み己が苦労したが故に、娘を過保護に育て過ぎた母親。自分の過ちをどこかで認めつつも、溺愛するのあまり娘にとって都合の良い思考しかできない愚かな女でもある。甘やかされて育った朱美は素行が荒れていき、遂に行方をくらましたという今時の不良娘なのだが、その行動の裏には何か深いわけがあるのだと三代子は思いたがる。その固執が視野を狭め、彼女は篭城事件を直視できない。この三代子も前述の笙子同様、失った相手との歪な絆に悩みつつ篭城事件を切っ掛けに娘に接近、その関係の真実の姿に近づいていく。

　結局、篭城事件とその事後処理を通して、日常の中では遂に見つけられなかった他人の本質を二人のヒロインが理解し、受け入れていく過程を描いた物語。事件自体は単なるイヴェントに過ぎず、それを通してみた人間そのものの愛憎劇が核として据えられているような気がする。
　かなり早い時期から事件が発生し、その全容が徐々に明らかになっていくという構成になっているのだが、どうにもサスペンス性にもう一味乏しく、最後まで「手に汗握るスリル」「頁を捲るのももどかしい緊張感」といったものを演出できなかった感がある。色々と考え、計算した上で書かれたものだというのは随所から窺えるし、人間ドラマに焦点をあてている以上なかなか派手な展開は望めないことも分かるのだが、こうした小説をエンタテイメント性に欠けるものにしてしまうと少し辛いものがある。
――まあ、楽しめないこともないので、小説としては及第点といったところだろうか。ただし、敢えて1600円のハードカヴァーで読む必然は残念ながら感じられない。今回は図書館で借りてきたから良かったが、自腹を切って表紙を捲ったのなら、もう少し評価は辛めになった可能性もある。
2004/04/25



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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ほ(ho)行
作者別一覧
・ ジェイムズ・Ｐ・ホーガン
・ ウィリアム・Ｒ・ポーグ



JAMES PATRICK HOGAN
ジェイムズ・Ｐ・ホーガン



「星を継ぐもの」 (原題：Inherit the stars)
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元SF文庫 値段￥530 初版1980-05-23
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆
　最初に読んだのは高校生の時だったと思うが、読了後「これは生涯のベスト３に名を連ねる作品だ」と思ったことを良く覚えている。ちなみに今現在でも、その考えは変わっていない。
　物語は単純。月面で発見された宇宙服姿の死体、これが調査の結果、５万年前のものであることが判明する。無論、５万年前の地球にはスペースシャトルはおろか人力車すらなかった。ならば、この死体は一体何なのか。何者なのか。
　全篇がこの謎解きに終始する。これは純然たるサイエンス・フィクション――すなわちＳＦ、空想科学小説であり、またミステリでもある。ひとつ謎を解明すれば、その倍の謎が新たに生まれてくる。そんな二転三転する物語に、読者は胸の高鳴りを抑えることが出来ないだろう。高校生当時の自分も、ドキドキしながら読んだ。ページを捲るのももどかしいとはこのことだ。
　デカイどんでん返しが見たいんだ、という読者はこの本を迷わず手に取るべきである。そして一読すれば、真に面白い謎解きとは、最終的な解答を得るだけでなく謎を解く過程そのものさえ楽しめるものだということを知るだろう。翻訳者は池央耿。



「ガニメデの優しい巨人」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元SF文庫 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「巨人たちの星」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元SF文庫 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



WILLIAM R. POUGUE
ウィリアム・Ｒ・ポーグ



「宇宙でトイレに入る法」（原題：HOW DO YOU GO THE BATHROOM IN SPACE）
形態文庫 種別ノンフィクション 部門長編
出版集英社文庫 値段￥420 初版1991-09-25
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　1973年11月、「スカイラブ４号」で84日間の宇宙生活を体験したアメリカの宇宙飛行士ウィリアム・ポーグが、宇宙や無重量下での生活、アストロノーツ（宇宙飛行士）の仕事などに関する約150の質問に答えていく本。原書の出版は1985年で、日本語版は1987年12月に筑摩書房から刊行されている。翻訳・編集者は楠田枝里子。
　本来（原書）は複数の質問者を同時に相手にし、そこからランダムにぶつけられる質問にウィル・ポーグが片っ端から答えていったものを、そのままダイレクトに活字にして繋げた体裁で出版されていたという。本書では、編集者の判断で質問の内容を傾向や関連内容ごとに分類し、順序を調整してまとめることにしたらしい。――まあ、懸命な判断だろう。編者兼訳者のあとがきによれば、アメリカ固有の文化から出た、日本人には理解し難い種の質問と回答を削除したらしいのだが、これが何だったか気になるところ。
　個人的に面白かった質問を幾つかピックアップしてみると、「仲間のひとりが宇宙で発狂したらどうするか？」「くしゃみをしたらどうなるか？」「宇宙で神を見たか？」など。これに対するポーグ飛行士の回答は、本書を読んでのお楽しみということで。
　１番面白かったのは、ウィル・ポーグが語った宇宙から帰ってからの習慣病（？）。無重量状態では、たとえば持っていたコップから手を離しても、落下せずいつまでもフワフワとその場で宙を漂い続ける。こうした環境に約３ヶ月い続けすっかり慣れてしまった彼は、地球に帰ってから歯を磨くときに何度か失敗しかけたそうだ。蛇口を捻るため、ちょっと「宙に置いておこう」とコップから手を放した瞬間、そこが宇宙では無かったことを思い出して、あわてて掴みなおしたというのだ。これには大いに笑わせてもらった。アストロノーツならではの興味深い話だ。こういうことは実際に宇宙に言った人間からしか聞けない。
　――内容は面白いのだが、本の構成などには幾つか注文をつけたい部分もある。まず、いきなり質問を始めたりせず、ウィリアム・Ｒ・ポーグという人物がどのような経歴の持ち主で、どんな使命を帯び、いつ宇宙に向かったかなどを簡単に解説しておくべきだ。そうでないと、ポーグ飛行士が何年前の宇宙旅行の知識を披露しているのかが分からない。それが最先端の体験なのか、それとも一昔前の飛行士の体験なのか、このあたりは明確にしておいたほうが読者に親切であるはず。その辺りの配慮に欠けている。
　こうしたウィリアム・ポーグの経歴や本書の内容などは、巻末の編者あとがきで少し触れられている。これは前がきにすべきだろう。言われなくてもそういう習慣を持つ人も多いだろうが、本書ばかりはあとがきを最初に読み、呼び知識を仕入れた上で本編に取りかかることをお勧めする。
2004/01/27



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




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作者別一覧
・ アルフレッド・ベスター(1)
・ ベニー松山(4)
・ レジーヌ・ペルヌー(1)



ALFRED BESTER
アルフレッド・ベスター



「虎よ！虎よ！」（原題：TIGER! TIGER!）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版早川ＳＦ 値段￥680 初版1978-01-31
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　サイエンス・フィクション史に残る古典的名作。原書の発行は1956年。翻訳は中田耕治、解説は早川ＳＦ文庫の翻訳でおなじみの浅倉久志氏。……個人的に、どうせなら彼に翻訳もやってもらいたかった。
　本書に対する各メディアや評論家、著名作家たちの評価はとにかくベラボウに凄い。「10年に１度の傑作」だのという文句はざらだし、サミュエル・Ｒ・ディレニィは「現代ＳＦの最高傑作」と、ウィリアム・ギブスンは「麻薬的快感」と褒め称えている。おまけに辛口で知られる批評家デーモン・ナイトまでもが「並みの小説６冊に匹敵するほどの優れたアイディアがある。それでは飽き足らずに、もう６冊分の悪趣味と、矛盾と、不合理さと、完全な科学的誤謬を付け足している。（中略）ベスターはガラクタから芸術品を生み出した」と絶賛しだす始末。とにかく、本作が50年代のＳＦ界にとっての風雲児だったことに間違いはないようだ。
　日本でも人気で、1989年のＳＦマガジン「オールタイムベスト」長編部門で第７位にランクインしている。そのきっかり10年後に行われた同企画では第４位に昇格。発表から半世紀経った今でもその評価は衰えるどころか、逆に不朽の名作としての地位をますます確固たる物にしつつあるようだ。
　確かに、豊富で斬新な（当時を考えたら、それはもう凄かったに違いない）アイディアを盛り込んでいるため、今読んでもなかなかに面白い。それだけベスターの感性やら筆力やらがブッ飛んでいたのだろう。
　大まかな粗筋は、以下のようなもの。時は25世紀、「ジョウント」と呼ばれる生体瞬間移動（要するにテレポーテイション）技術の確立により、人々の生活や文化が我々の知る現代とは全く違ってしまった時代。ジョウントの発達で、地球や火星、金星などからなる『内惑星連合』と木星を中心とする『外衛星連盟』との戦争が勃発している社会がこの話の舞台である。
　主人公ガリヴァー・フォイルは、破壊され漂流する宇宙船『ノーマッド』号の中で生死の境をさ迷っていた。そこへ、大企業プレスタイン社の宇宙船『ヴォーガ』号が通りかかる。フォイルは歓喜し救難信号を送って助けを求めるが、ヴォーガ号はそれを無視。フォイルを置き去りにしてしまった。
　これに血が沸騰するほどの怒りを覚えたフォイルは、ヴォーガに復讐を決意。それまで絶対に死ねないと懸命の努力を始める。やがて彼は火星と木星の間でさ迷う野蛮人たちに回収されて顔に虎の模様のような刺青（タトゥー）を掘り込まれたり、乗っていた漂流船『ノーマッド』号に巨額のプラチナと軍事秘密パイアが積んであったために諜報部につけ狙われたりと色々あるが、ヴォーガに復讐することだけを心の支えに着々とその準備を整えていく。
　ヴォーガを指揮しフォイルを見捨てるよう命じた責任者は誰なのか、戦争の行方は、フォイルの復讐はどうなるのか、機密とされるパイアとは一体何なのか――
　見所は多く、話の展開はジェットコースターのようにスピーディで飽きさせない。ただ、ベスターに癖があるのか翻訳に問題があるのか（多分、両方だと思う）、人によっては少し読みにくい文章で綴られているとは思う。ただ、半世紀前に絶賛され、今なお名作として語り継がれている作品として頷けるものを持っているのも確か。強くお勧めはしないが、興味があるなら是非。
2003/11/26



BENY MATUYAMA
ベニー松山



「不死王」
形態単行本 種別ノヴェル 部門中編
出版－ 値段－ 初版－
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆
　ベニー松山の傑作短篇。今まで読んできた短篇中編小説の中で一本だけ「マイベスト」と呼べる作品を選ぶとしたら、この「不死王」を推すかもしれない。それだけ心に残っている作品である。
　ベニー松山は1967年07月26日生まれの、スタジオベントスタッフ所属ライター兼小説家。通称ベニ松。早稲田大学に12年間在学した経歴があるらしい。当初はゲームライターとしての活動がメインであったが、ファミコン必勝本（JICC出版局）誌上に小説版ウイザードリィ「隣り合わせの灰と青春」の連載を開始。以後小説家としても活動することになった。ペンネームは、本人曰く漫画「プロゴルファー猿」の紅蜂のファンであったためそこから取ったとのこと。

　本書は、コンピュータゲーム「ウィザードリィ」のノヴェライゼーションという体裁をとってはいるが、ほとんどオリジナルに近い。よって予備知識は全く不用である。トールキンの「指輪物語」が意識されていると囁かれているように、どちらかというとそちらの雰囲気の方が強いくらい。
　この作品はＪＩＣＣ出版局（現在の宝島社）発行の「ウィザードリィ小説アンソロジー」という単行本に収録されていた。初版は1991年09月15日で、定価は1200円。他に佐山アキラ（＝馳星周）の『酔いどれの墓標』、手塚一郎の『女神ソルジーナ』が収録されていた。が、これは絶版となっており現在は入手が極めて困難。
（聞いてくれ、俺はこの本を――恐らく発売間もない頃に――今はもう無い小さなゲームショップで100円で叩き売られているところを購入したのだ）

　これを踏まえて、ベニー松山の長編小説『風よ。龍に届いているか』が再刊行された際、下巻に同時収録された。こちらは現在でも大きな書店に行けば入手は可能。購入するなら、このルートから手に入れたほうが良いだろう。
　ファンタジー小説で、タイトル通り「不死王」と呼ばれる不老不死の怪物の苦悩を描く作品になっている。誰もが憧れる不老にして不死、絶対に死なない存在とは、逆に言えばどんなに望んでも死ぬことが許されない存在でもある。そんな「不死王」の本質を真に理解できるのは、同じ不老不死の性質を持つエルフ族最後の王アルドウェンだけだった。おりしも惑星規模での環境破壊、各種族の寿命の均一化の危機が囁かれる時、このふたりの不死王が出会う。――最後に交わされた不死王たちの約束は、果たされることがあるのか。彼らはどこに向かうのか。
　この作品は、ベニー松山の「隣り合わせの灰と青春」「風よ。龍に届いているか」と密接に関係している。「不死王」、「隣り合わせの～」、「風よ。龍に～」の順で読んでいけばより大きな感動を得ることになるだろうと思う。お勧め。



「隣り合わせの灰と青春」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版JICC 値段￥980 初版1988-12-19
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　ここで紹介しているのは自分が所有している単行本（ハードカヴァーというには少し安っぽいが）版だが、上下巻に分けられた文庫版も発刊されている。単行本の方は既に絶版となっていて、現在は入手が極めて困難だろう。文庫版（復刻版）の方は集英社スーパーファンタジー文庫から出版されていて、これはもしかすると現在でも入手が可能かもしれない。
　ご多分に漏れず「ウィザードリィ」のノヴェライゼーションなのだが、その業界では伝説的な作品として未だに語り継がれている。ウィザードリィそのものや、ノヴェライズなどの草分け的存在と言っても過言ではないだろう。しかし著者の初期作品なので、他の著作などと比較すると幾分弱い。特に文章は発展途上の段階にあることを窺わせる。それでも彼の非凡な素質の片鱗を感じさせてくれる作品であることは確か。
　上で紹介している「不死王」とは世界観が連続していて、本書は「不死王」完結後の世界を舞台にしている。両作品に登場するキャラクターたちも様々な形で関連性が示唆されていたりして（血族の末裔だったり、転生であったり、不死のまま生き残っていたり）面白い。
　ウィザードリィ――延いては現在さかんに行われるようになったゲームの小説化を成功させた初期の代表例として、歴史的価値も高い。そういう部分から一読してみても良いだろう。お勧め。
2003/11/20



「風よ。龍に届いているか」上・下
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版創土社 値段￥1650+1650 初版2002-11-11
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆
　1994年08月に宝島社から新書判として登場した、国産ファンタジー小説の傑作（528ページ、税別1165円）。これは初版が刊行された後は長く絶版状態が続いていたこともあり、ファンからは復刊を熱望する声が上がっていた。それが実って2002年、装いも新たにハードカヴァー上下巻構成で再刊される運びとなったわけなのだが、実は自分もこの再刊行を待望していた口だったので、非常に喜んだのを覚えている。
　今回紹介するのは、新品でも比較的入手しやすいこの再刊版（上製四六判）。実を言うと本書には、絶版となった宝島社版にはなかった特典がある。このガイドでも紹介した、「不死王」が下巻の巻頭に収録されているのだ。――まあ、ページ数合わせという大人の事情もあったのかもしれないが、何にしても絶版状態で入手が極めて困難だった名作だけに、ファンとしては嬉しい限りだろう。
　なお、初版本には限定特典として著者ベニー松山が制作した、キャラクター紹介など（あとがきに代えたコメントなども収録）の小冊子が付属している。上下巻に一つずつ、地味に挟み込まれているので、自分も最初は気付かなかったが。こちらも手にした者にとっては嬉しいサーヴィスだったのではないだろうか。

　さて、肝心の内容なのだが、これは「不死王」「隣り合わせの灰と青春」「風よ。龍に届いているか」の３部作最終巻と考えて良いだろう。もちろん、前２作と同じように、コンピュータゲーム『ウィザードリィ』のノヴェライゼーション（小説版）の形をとっていることにも変わりはない。実際、このあたりの版権、著作権問題が復刊を８年も待たせた原因の１つだと言われている。
　ともあれ、前２作に共通するように、原作となっているウィザードリィを全く知らなくても楽しめる構成と内容になっていることは多くの読者が保証するところだろうから、予備知識ゼロの人間でも純粋な国産ファンタジーの傑作として、安心して楽しめることと思う。
　基本設定や世界観なども前２作と深く関連していて、主役級のほとんどが「不死王」「隣り合わせの～」に登場した主要キャラクターの転生や子孫であることが示唆されている。だから、できるなら「不死王」「隣り合わせの灰と青春」の順で読み、最後に本書に触れていただきたいところ。――まあ、本作単品でも充分に楽しめることは請合うが。
　いつものようにアウトラインというか、物語の粗筋を紹介したいところだが、どうにも困る。紹介する気になれない。「とにかく読め」で終わらせたいのが正直なところだ。
　ジヴラシア（通称ジヴ）という名の、悪の戒律に従う忍者を主人公に据え、彼と彼の仲間たちの交流を描いた物語だ……と言えないこともないのだが、それで全てが語れるとも思わない。とにかく主人公のジヴたちは冒険者としてはほとんど欠点のないベテランの実力者で固めたパーティなのだが、これがある事件を切っ掛けに壊滅の危機に追いやられるところから、物語は大きく展開していく。
　ジヴたちを未曾有の危機に陥れたのは、今まで報告されたこともない、人間に憑依して肉体を乗っ取ってしまう驚異的な化物の大発生。ジヴたちは、これが溢れ出す迷宮に閉じ込められた仲間を助け出そうと画策するが……。
　壊滅の二文字が脳裡にちらつく時、ジヴとそのパーティのメンバーたちは己を縛る戒律に捕らわれない行動と決断を見せる。様々な経験が登場人物たちの結合力と相互理解に変化を与えていく様は、少なからぬ感動を与えてくれると思う。
　主人公が能力的にちょっと完璧過ぎるとか、まあ細かい注文の付け所は個々であがってくるかもしれないが、それを補うだけの充分な魅力ある作品だと思う。お勧め。
2003/11/20



RÉGINE PERNOUD
レジーヌ・ペルヌー



「ジャンヌ・ダルク」（原題：JEANNE D'ARC）
形態単行本 種別啓発書 部門－
出版東京書籍 値段￥3689 初版1992-09-12
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆☆
　フランスの英雄、ジャンヌ・ダルクについて書かれた資料。まさに「ジャンヌ・ダルク辞典」といった存在。生前は間違い無く世界最高のジャンヌ・ダルク研究家として知られていたレジーヌ・ペルヌー女史、そしてその愛弟子であるマリ＝ヴェロニック・クラン女史の共著で、原書発行は1986年。日本語版の翻訳は福本直之。
　ジャンヌ・ダルク関連書物は、彼女のカリスマ性や神秘性もあって古今東西溢れかえるほど存在する。だが現在我々が入手できる資料の中で、これに勝る１冊は存在しないだろう。ジャンヌについて語るなら、まずこの本を読んでおかなければならない。これはほとんど義務に近い。残念なことに翻訳がイマイチだったりするのだが、それは著者たちの責任ではない。

　ジャンヌ・ダルク（本書を一読すれば、彼女に対するこの呼称が誤りであることが分かるだろう。ジャンヌはラ・ピュセルと呼ばれるべきなのだ。本人がそう望んだように）は15世紀――つまり中世の人間である。だからして、彼女を知るためにはまず中世を知らなければならない。同じ言葉でも、現在と当時とでは解釈や定義などが違ったりするので、時代背景について充分な知識が無いとジャンヌ関連の資料を読み漁っても正しい解釈が出来ないのである。
　その点、著者であるペルヌー＆クラン師弟は、世界が認めたフランス中世史学者であり、ジャンヌ・ダルク研究の世界的権威である。基礎がしっかりしているから、ミーハーな連中が都合の良い資料を引っ張り出し、ご都合主義の解釈をしている部分などをバッサリ斬り捨てることもできるのだ。
　彼女たちがジャンヌに寄せる愛情のようなものは随所から窺い知れるが、それでも歴史家として科学的・客観的な視点を失わず、ジャンヌファンなら思わず神秘的な解釈を優先したくなるところでも冷静にものを見て、的確な判断をしているのが分かる。

　日本語版では一部に誤訳が見られるのが残念だが、それでもこれを超えるジャンヌ関連の資料は未だにお目にかかったことが無い。一般人が読んで楽しいかは甚だ疑問だが、中世フランスや歴史、何よりジャンヌ・ラ・ピュセルに興味関心のある人間なら、この本が著されたことを彼女の信じた神に感謝したくなること請け合いである。星はそういう人間を対象にしてつけた。
2003/11/20



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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ふ（hu）行
作者別一覧
・ 深沢美潮(1)
・ 福井晴敏(6)
・ 藤原伊織(5)
・ リリアン・Ｊ・ブラウン(4)
・ ディック・フランシス(5)
・ フィリップ・プルマン(3)



MISHIO FUKAZAWA
深沢美潮



「菜子の冒険　猫は知っていたのかも」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版富士見 値段￥500 初版2000-11-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　ライト（ジュニア向け）ノヴェル作家としては名の通る、深沢美潮ミッシーの初ミステリ。出版は富士見ミステリー文庫。解説は関口苑生。
　主人公は女流ミステリの大家・神乃瀬志帆を母に持つ、飯倉菜子16歳。その菜子はふとしたことから、町内の偏屈老人としてしられる「キヌ婆さん」が偽者なのではないかという疑惑を抱く。真相を究明するため、母の担当編集者である仁と共に調査に乗り出すのだが――といったストーリィ。
「そんなもん放っとけ」の一言で全てが片付くはずなのだが、流石に現役女子高生は自己抑制がままならないようで、キヌ婆さんとやらの正体を暴くことが自分の使命だと思いこんで大暴走。
　読んでみれば分かるが、著者は多少の筆力は認められるものの文章力はほとんどない。上質なミステリを欲しているのなら大人しく別の作品を当たった方が良いだろう。ただし、これからこの本を手に取ろうとする人間が対象年齢の中高生であったなら話は別。少年少女向けの含蓄も多少感じられたりするので、一読してみるのもいいかもしれない。
2003/11/18



「フォーチュン・クエスト」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥520 初版1989-12-01
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　深沢ミッシーが贈る、人気ファンタジィ・ノヴェル「フォーチュン・クエスト」シリーズの記念すべき第１作。彼女のデビュー作であり、出世作でもある。
　ファンタジィ（fantasy）――幻想小説と一口に言ってはみても、その定義の幅は広い。世界最古の物語である各国の神話や妖精、精霊などの伝説も一種のファンタジィであるし、日本で『おとぎばなし』と呼ばれている種の話もまたファンタジィの一部である。ＴＶゲームで育った若い世代は、ファンタジィという言葉から即座に、中世ヨーロッパ風の異世界で繰り広げられる剣と魔法の物語を連想するはずだ。文学上では、ＳＦ（サイエンス・フィクション）をファンタジィの１ジャンルとして捉える考え方だってある。
　では本作「フォーチュン・クエスト」はどのような種類のファンタジィ小説なのかというと、これはもちろんのこと中高生が一番馴染みやすい形式――すなわち、剣と魔法の実在する異世界で展開する壮大な冒険絵巻という意味でのファンタジィだ。俗に <ソード＆ソーサリィ> 、 <ハイ・ファンタジィ> と呼称されるジャンルである。
　主人公は、パステルという１６歳の少女。彼女は冒険者であり、詩人であり、またマッパー（地図等の作成担当）であるのだが、そのどれにも不案内で未熟な存在である。容姿も頭脳も人並み、詩人とはいっても楽器はできないし、マッパーなのに方向音痴というハンデだらけ。しかも結構なおっちょこちょいで、これといった特技もない。唯一のとりえと言えそうなのは、悩みはするけど立ち直りが早いという性格だけ……という、読者からすれば感情移入が容易な等身大の女の子だ。
　そんな彼女には、未熟な初心者揃いだが信頼できる仲間が５人いる。心優しき戦士クレイ、口の悪い盗賊トラップ、博識な農夫キットン、エルフ族の幼い魔法使いルーミィ、そして巨人族のノル。金もなけば力もない彼らが、ドタバタ騒ぎを繰り広げながら様々な冒険を広げていく様を、主人公パステル・Ｊ・キングの視点から語っていくというのがシリーズ通しての特徴である。



HARUTOSHI FUKUI
福井晴敏



「川の深さは」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－
　1997年の第43回江戸川乱歩賞に応募され最終選考で落選、後年単行本として出版された福井初期作品。後に執筆された「Twelve y.o.」「亡国のイージス」と世界観がリンクしており、その点に注目してみても面白い。刊行されたのは第44回江戸川乱歩賞受賞の「Twelve y.o.」が先だが、執筆されたのも時代設定もこちらの方が先。
　内容は、退職した元警官の勤め先に、何者かに追われているらしき少女と拳銃片手に彼女を守る手負いの少年が転がり込むというもの。二人にただならぬものを感じた元警官は彼らを匿うことにするが、それを切っ掛けに日本社会の暗部を覗くことになる。
　事実上の処女作ということで、福井作品としてみると筆力はいまひとつ。人によっては読みにくさを感じることもあり得ると思う。ただ乱歩賞最終選考に残っただけあって内容は面白い。話のスケールも大きい。
　著者はガンダムのファンらしく（∀ガンダムの小説化も手がけているから筋金入り）、その影響が色濃く出ていて、この作品の主人公は「新起動戦記ガンダムＷ」の主人公ヒイロ＝ユイに酷似していたりするのは割りと有名な話。ヒイロの台詞を「川の深さは」の主人公である保がそのまま口にするシーンも少なくない。



「Twelve y.o.」（トゥエルブ・ワイ・オー）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2001-06-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　1998年の第44回江戸川乱歩賞受賞作。解説は、乱歩賞選考員であり福井ファンを公言してはばからない大沢在昌。大沢氏はよほど福井作品が気に入ったらしく、選考会の時から暴走していたとの話。
　内容は強力なコンピュータウイルス「アポトーシスII」と謎の兵器「ウルマ」を使ってアメリカ国防省（ペンタゴン）を相手にテロを続ける「１２（トゥエルブ）」を巡る物語。
　微妙に「川の深さは」のラストや基本設定を引き継ぎつつ、相変わらずのスケールで描かれる壮大な物語だが、ハリウッド映画的な多少の無茶、荒唐無稽さも感じられる。これを迫真の筆力でどれだけカバーできるかだが、これは読み手によって印象が違ってくるかもしれない。



「亡国のイージス」上下巻
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥695+695 初版2002-07-15
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　2000年「日本推理作家協会賞」「日本冒険小説協会賞」「大藪春彦賞」のトリプル受賞作。福井が化けたと言われる、最高傑作の呼び声も高い作品。文庫版は上下巻の２冊組で、合計すると1000ページを超える大作。刊行は２巻同時、値段も同額。
　内容は「沈黙の艦隊」を彷彿とさせる海洋冒険小説で、自衛隊の護衛艦「いそかぜ」と核に匹敵する破壊力を有する兵器「GUSOH」を巡って、日米の政府、軍、諜報機関、北朝鮮のテロリストなどが火花を散らす物語。根底に、日本の外交、軍、戦争とは何か平和とはどうるべきかなどいったテーマが流れているため、非常に読み応えのある作品に仕上がっている。男たちの生き方や信念の激突などに感動を覚える読者も少なくないだろう。
　設定や世界観はやはり「川の深さは」「Twelve y.o.」の流れを汲むもので、この２作で登場した「ダイス」といった組織も登場する。その点に着目しながら読むのも面白いと思う。
　また登場人物の人間性や、自衛隊内部のリアリティに満ちた描写などは非常に迫力的で高水準。全体的な筆力は前作までとは比較にならないほど向上している。文章も福井作品としては比較的読みやすい。
　ただ氏の作品に共通する欠点もそのまま残っていて、基本プロットが似通っている（一種のマンネリ）、女性が相変わらず書けていない、ある程度の大人が読むと登場人物がみんな若く見える（40～50代の男が作者と同年代の30半ば程度に見えてくる）などの問題があったりもする。
　細かい欠点や粗はあるものの、一読に値する勢いや面白さ、重みがあることは確か。本書（著者）が貫く主張に賛同しかねる部分もあるが、読みながら、また読了後に色々と考えさせられた１冊だったことに間違いはない。



「終戦のローレライ」上下巻
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥1700+1900 初版2002-12-10
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　紹介するのは大抵が安価な文庫本なのだが、ここで紹介するのは単行本（ハードカヴァー）である。なぜ文庫版でないかと言えば、2004年１月現在、その文庫版が出版されていないから。
　本書は映画化を前提にした作品で、第二次世界大戦を舞台にした潜水艦もの。そもそも著者の作品を映画化しようという動きは前々からあったらしいのだが、「川の深さは」然り「亡国のイージス」然り、内容が微妙な国際情勢（特に北朝鮮関連）などに触れているため実現されることはなかった。そこで、今度は最初から映画化するつもりで１本長編を書き上げよう――ということになったらしい。潜水艦を使った物語にするということも、その時に決定されていたことだという。そういう意味で、著者にとっては色々と縛りや制限の多い中での執筆だったようだ。
　ストーリィはというと、これが説明し難い。そもそも２段構成で1000ページを超える大作だからして、簡単にこうと語ることが出来ないし、あまり突っ込み過ぎると今度は推理小説の犯人をバラすような無粋なネタばらしをしてしまうことになりかねない。主人公といえる人物も多いし、実に難しいところ。

　テーマはやはり戦争ということになるだろうか。人間を極限状態に追い込む戦禍の中で、人は何を見出すのか。何を支えに生きて行くのか。そういった含蓄に溢れる作品となっている。
　タイトルにもなっている『ローレライ』というのは、ライン川中流の右岸にそびえる巨岩およびその岩上に憩う妖女のこと。彼女の歌声に魅せられた舟人が舟もろともに沈むという伝説は、世界的にも有名なので耳にしたことがある人も多いだろう。
　本編中のローレライは、その伝説を元にして潜水艦に搭載された新システムにつけられたコードネーム。従来のレーダーなどとは比較にならない精度で、海中に存在する全てを正確に見通してしまう『千里眼』的なシステムを巡って、第二次世界大戦中のドイツ軍、日本軍、そしてアメリカを代表とする連合軍が熾烈な争奪戦を繰り広げる……というのが大筋ともいえるのだが、それは発端に過ぎず物語はそれを足掛かりに大きく展開していく。

　感想としては、長い。ただひたすらに長い。削ろうと思えば幾らでも削れそうな箇所を、余すところなく書いてしまっているから特にそう感じられる。人間描写に厚みが出るのは分かるわけだが、それは読者の体力やら集中力を考えつつ調整しながらやらなきゃならないわけで。
　筆力は文句ないし巧いのは認めるんだが、その辺りを見る限りまだ完成した作家とは言い難いと思う。逆に言えば、まだ成長するよちがあるということになるのだろうが。
　――終章に関しては、その必要性に賛否両論あがりそう。小説としては無い方が良いような気もするが、映画化が前提とされていることを考え、さらにこれをエピローグ的に流すシーンなどを想像すると在っても問題ないような気がしないでもない。
　これは読者の年代によってもまた反応が変わってくるだろう。10代20代の若者なら抵抗無く受け入れられる者も多いと思う。逆に30後半から40を超えると辛く感じるだろう。それはつまり、痛いところを突かれているからだ。そして自分には挽回することも、言い訳することすらできないことに気付くからだ。だから否定したくもなる。それが老いというものなのだろう。



IORI FUJIWARA
藤原伊織



「ダックスフントのワープ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編集
出版文春文庫 値段￥457 初版2000-11-10
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
<第９回すばる文学賞> を受賞した表題作をふくめ、「ネズミ焼きの贈りもの」「ノエル」「ユーレイ」の４作を収録した作品集。 <すばる文学賞> の傾向を見れば分かるように、著者の出世作「テロリストのパラソル」などのエンタテイメント系作品とは若干毛色を異にした文学系の１冊となっている。
　とはいえ本書の表題作「ダックスフントのワープ」が藤原伊織の事実上のデビュー作であるため、「テロリストのパラソル」以降の作品が、作者の変化を物語った具体例――ということになるのかもしれない。いずれにせよ短い文章を積み重ね、読みやすいが深みのある物語を綴っていくスタイル、いわゆる藤原節はこのころより変わってはいない。

　収録された作品に共通しているのは主人公の造詣だろう。「ノエル」を唯一の例外とし、いずれも積極的に外界との接触をもとうとしない、むしろそうした部分を徹底排除てし、自己完結した仙人のような生き方こそを理想とする青年。この点で、ほとんど同一人物といっていいほど一致している。
　いずれにも幻想的な要素が多少なりとも含まれていて、表題作では都会から砂漠へワープ（瞬間移動）したダックスフントの物語を、家庭教師を引き受けた主人公が幼いが利発な少女に語り聞かせる話。「ネズミ焼きの贈りもの」では、万引き少女を逃がすためにガードマンを誤って殺害してしまった青年の物語。「ノエル」では生まれの事情が複雑な少年とその姉の小さな冒険行、そして「ユーレイ」ではタイトル通り主人公と彼の前にあらわれた若い女性の幽霊との交流を描いている。
　哲学的な要素をたぶんに内包する、という意味合いでも４作には大きな共通点があるとみていい。これはむしろ、文学系の作品としては当たり前のことなのかもしれないが。

　――ところで、「ダックスフントのワープ」と題した短編集は複数存在する。たとえば今回紹介した <文春文庫> 版のほかに <集英社> からも同名の本が刊行されているのだ。両者の違いは、 <集英社文庫> 版の方が10年早く発刊されていること。 同文庫版には「ノエル」と「ユーレイ」が収録されておらず（つまり表題作と「ネズミ焼きの贈りもの」のみ）、そのぶん本体価格が約150円ほど安いこと。新しいほうの <文春文庫> 版には若干の加筆修正があること（とはいえ、大した変更はない。「世界で一番すき」か「世界でいっとうすき」に変わっている程度）。あとは解説者の違いくらいだろうか。ちなみに集英社の解説者は植島啓司氏。文春のほうは藤沢周氏。どちらかといえば、藤沢版の解説の方が内容的にも考察的にも深みがあったように思える。
　そのようなわけで、今回は文集文庫版をお勧めする次第。
2005/09/10



「テロリストのパラソル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥619 初版2002-07-15
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　1995年、第41回江戸川乱歩賞を全選考委員の絶賛を浴びつつ受賞し、更に翌年の第114回直木賞をかっさらっていったという希代の２冠作品。もちろん、これは史上初の快挙であった。全乱歩賞受賞作中、最高の売り上げを誇った作品でもある。
　1995年９月に単行本として刊行された本作であるが、今回紹介するのは３年後に出版された文庫版。背表紙が緑色のタイプと、水色のタイプの二種類が確認されているが、筆者が確認した限り内容に差異は発見できなかった。色違いが存在するのは出版社側の諸般の事情というやつだろう。特に気にする必要はない。
　ただ講談社文庫は、後に「藤原伊織の作品の背表紙は水色」と方針を固めたらしい。同文庫に収録された「ひまわりの祝祭」「雪が降る」などとの統一性を考えるなら、水色を選択した方が良いかもしれない。もっとも、緑色のモデルは古書店などでしかもはや見ることもないだろう。
　ちなみに文庫版の巻末には、関口苑生氏の作品解説がある。いつ読んでも問題ないと思うが、個人的には本編を読了した後に触れるようお勧めしたい。

　――さて本書の具体的な内容であるが、中年バーテンダーが新宿中央公園で発生した爆弾テロに遭遇したのを切っ掛けに、20年以上前のとある事件に端を発した因縁の渦にまきこまれていく、というもの。
　飾り気のない短く平坦な文章をつなげていくことで、独特のテンポと世界観を構築できる新人離れした筆力がなによりもまず魅力。選考委員の阿刀田高氏が、「“人が歩き電車が走り犬が吠く”といった普通のことを書いても味がある」と評しているが、まさにその通り。登場人物たちの何気ない日常の挙動を追うだけで、本書は既に面白い。
　また主人公、彼のかつての恋人、その娘（事実上のヒロイン）、学生時代の遠い親友、切れ者のインテリヤクザ等など、主役から脇役、端役にいたるまでキャラクターの造詣も見事。とにかく、それぞれに深みのある魅力が感じられた。
　これも選考委員が揃って評価している点であるが、会話も抜群に上手い。やはり選考委員のひとり西木正明氏が「熟達のプロの作品でも、なかなかこうはいかない」としているが、全くの同感である。

　ところで本書、多くの場所でハードボイルドと紹介されているが、個人的にはこの傾向に少し疑問を持っている。確かに全篇に漂うモノトーンや乾いた簡素な文体などはハードボイルドのそれに相応しいが、かといってハードボイルドと言い切ってしまうには違和感がどうしてもつきまとう。
　理由を考えていくと、問題は主人公の気質にあるのではないかと思えてきた。主人公の島村は、ハードボイルドの主人公というにはあまりにふわふわしている。頭は切れるが、感性は鈍い。感受性が高く、実は傷つきやすい人間たちが生き抜くために身につけた「ハードボイルド」ではなく、彼は生来鈍感であるためにハードボイルドらしく見えるに過ぎないのではないか。
　これは藤原作品の主人公に共通する部分だと思われる。

　全共闘世代の中年が、自らの過去を美化するために書かれた小説だ、という批判も出ている本書。
　また、くたびれた中年男性のまえに魅力的な若い女性が都合よくあらわれる展開（これは藤原作品に共通している点で、しかもヒロインはほとんど同一人物といって差し支えないほど似通っている）に関しても、やはり苦言が集中して仕方ない部分がある。
　しかし、これらの難点を含めて見ても本書が乱歩賞受賞作、ミステリ小説、一個のエンタテイメントとして大変に優れた存在であることは変わるまい。お勧め。
2005/04/09（追記）



「ひまわりの祝祭」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥752 初版2000-06-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　直木賞受賞後の第１作。解説は、自称「テロリストのパラソル」が江戸川乱歩賞と直木賞をダブル受賞することを予見していた男、郷原宏。
　やはり受賞後に執筆された初の長編であることから、「テロリストのパラソル」に雰囲気の似た同系統のハードボイルドになっている。内容は、自殺で妻を失った無職の男が、その妻に似た女性と出会ったことから様々な災難に見まわれつつ、妻の死に隠された謎に迫っていくというもの。死んだ妻は自分でない誰の子を身ごもっていたのか、ゴッホの「ひまわり」に関わる謎とは何か。そもそも彼女は本当に自殺だったのか。この辺りのミステリ的要素も面白い。
　著者は基本的に筆が立つので、普通に活字を追って行くだけでも物語に引き込まれていく。物語の組み立ても巧み。
　ただ、ゴッホの「ひまわり」を題材にしている――と聞いた時点で何やら嫌な予感がする人もいるかと思うが、やはり設定に荒唐無稽な部分が出てくる。それを参考資料などから得た薀蓄（うんちく）や何やらを使って必死に誤魔化そうとしているのだが、これが完全に成功しているとは思えない。総合的に見て、「テロリストのパラソル」には一歩譲るような気がする。
　あと、同氏の作品に共通する欠点が一つ。それは中年の妄想のようなものが透けて見えること。「テロリストのパラソル」でもそうだったが、主人公は共通してくたびれ果てた冴えない中年男である。これに妙なほど若くて聡明な女性が絡んでくる。しかも、その女性のタイプがいつも同じ。この辺は、確実に著者の趣味なのだろう。その辺が鼻につくという読者も少なからず存在すると思われる。 2005/04/09（追記）



「雪が降る」
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編集
出版講談社 値段￥590 初版2001-06-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　６篇からなる短編、掌編を集めた１冊。収録されているのは「台風」「雪が降る」「銀の塩」「トマト」「紅の樹」「ダリアの夏」。今回紹介しているのは文庫版で、これとは別にハードカヴァー版も存在。文庫版にのみ、黒川博行氏の作品解説あり。
　表題作にもなっている「雪が降る」をはじめ、藤原節の利いた作品が多い。それぞれ趣が異なりながら、高水準にまとまっている。
「銀の塩」には「テロリストのパラソル」の主人公・島村も主役として登場。「紅の樹」は第三長編「てのひらの闇」のベースとなる中編小説になっている。藤原伊織のファンなら、購読して損はないだろう。
2005/04/09（追記）



「蚊トンボ白鬚の冒険」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥1900 初版2002-04-20
 総合☆
 ストーリィ－
 技術☆
　配管工として働く二〇歳の青年に <白鬚> を名乗る蚊トンボが憑依。筋肉を制御できるという彼の助力によって常人離れした力を瞬間的に発揮できるようになった主人公が、マネーゲームに端を発する暴力団関係のもめごとに巻き込まれていく――という、これまでの路線から一転、ファンタジィ色の強い設定を基にした待望の第四長編。
　虫や正体不明の生物にとりつかれて平凡な青年が超人的な力を得る。これ自体は、 <スパイダーマン> や <寄生獣> などでもお馴染みの、さして目新しさを感じない設定である。しかし、この現実離れした話をこれまでと同様、ハードボイルドタッチの文体と雰囲気で綴っているのが本書のユニークなところだ。頭にスッと入ってくる読みやすくて分かりやすい文章、魅力的な脇役、テンポの良い会話など、藤原節も健在。
　ただ完成度としては「テロリストのパラソル」「てのひらの闇」を凌ぐほどのものではなく、ヒロインも「また似たようなのが出てきた」と思わせるワンパターン的なキャラクターでしかない。個人的には彼女にまったく魅力を感じなかった。感情移入も当然できない。奔放、大胆といえば聞こえは良いが、ちょつとそういうレヴェルに収まっていない気がした。
　また、単行本にして600ページ近い文量がつぎ込まれているが、果たしてこれだけのボリュームが必要であったかも疑問。構成面などに若干の粗が見える。これは、雑誌連載であったことが影響しているのかもしれない。
　マネーゲームや金融関連の薀蓄も事細かに書き込まれているが、これがストーリィに完全には馴染みきれていない。設定やディティールを活かし切れていない印象が拭えなかった。
　藤原作品にしては少しパンチに欠けたかな、というのが素直な感想。
2005/04/09



LILIAN JACKSON BRAUN
リリアン・Ｊ・ブラウン



「猫は手がかりを読む」（原題：The cat who could read backward）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥600 初版1988-11-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　名前のつづりで20年間にわたり植字工や校閲者に頭痛のタネを与えてきた男、ジム・クィラランは経験を充分に積んだ記者だったが、一悶着おこして元いた新聞社を飛び出して以来、冴えない日々を送っていた。新しい町の新聞社 <デイリィ・フラクション> で心機一転、芸術関係のライターとしての職を得たクィラランは、さっそく美術界の著名人たちを訪ね歩き、親睦を深めていく。その面々といえば、多くの芸術家から嫌悪される辛口批評家マウントクレメンズ、美しき女性画家ゾラ、人気絶頂の青年画家キャル・ハラペイ、男勝りの女流金工家ブッチーなど、個性的なものばかり。
　そうした付き合いの中で、クィラランは何の因果か、批評家マウントクレメンズとその飼い猫ココに気に入られ、彼の屋敷の空き部屋に住みこむことになった。そんなおり、画廊を経営するゾラの夫が何者かに刺殺されるという事件が起こる。そして第２、第３の殺人が。クィラランは本件を同一犯による連続殺人と見、鋭いカンの持ち主であるシャム猫ココの助力を得て真相解明に乗り出す。
　クィラランと同じく新聞記者としての経験を持つ著者が送る、猫好きによる、猫好きのための、猫が大活躍する人気ミステリ <ココ＆クィララン> シリーズの記念すべき第１作目。

　本書は、ハヤカワ文庫から刊行された同シリーズ３番目の本になるのだが、解説でも触れられているように、アメリカ本国でシリーズ処女作として刊行されたのは、間違いなくこの「猫は手がかりを読む」だ。その証拠に、主人公のクィラランはこの物語で新聞社 <デイリィ・フラクション> に就職するし、長い付き合いになる美しきシャム猫カウ・コウ＝クン（Kao K'o-Kung：通称ココ）と初めて出会う。
　なぜ、日本ではシリーズ順に出版されず、読者を混乱させるようなトリッキィな発表の仕方をしているかというと、これは偏に早川書房の戦略――「大人の事情」ともいう――のせいだ。このシリーズはもともと1960年代後半のアメリカで書かれ始めたのだが、第３巻まで出版された時点ではそれほど人気が出なかった。ところが1986年に、同シリーズ第４巻である『The Cat Who Saw Red（邦題：猫は殺しをかぎつける）』が刊行されると、これが大ヒット。アメリカ探偵作家クラブ・ペーパーバック賞候補になるなど高い評価を得た。
　早川はこれに目をつけ、シリーズ出世作である第４巻「猫は殺しをかぎつける」を輸入し、これを一番に日本の読者へ紹介することにしたわけだ。だから日本では、極めて奇妙な順番でシリーズが出版されていく運命となったわけである。リアルタイムでこの物語を追いかけてきた読者にとっては、既に旧知の仲であったクィラランとココが、３番目に出版された本で新たに出会うという珍現象を目の当たりにして面食らうこともあっただろう。レイモンド・チャンドラーなどの作品でもそうだったが、早川書房は良くこの手を使うので気をつけたほうが良い。
　当ガイドは本国での正当な発表順――すなわち下記リスト（原作発表順）の通りに読み進めていくことを強くお勧めする。
　というのも主人公は担当部署を点々とし、転機となる重大なエピソードを経験して頻繁に転居したり、友人以上恋人未満といった付き合いを繰り返していくからである。ある作品の設定はきちんと次回作にも持ち越され、時には作品を跨いだ伏線が張られることもあるのだ。こうした要素を100パーセント楽しみ、また混乱なく受け入れるためには順序こだわった方がいい。こだわるべき、とさえ言える。
　以下は、本シリーズの原作発表順と日本での発表時期を比較してまとめたリスト。

話数タイトル 原作の出版日本での出版
001The Cat Who Could Read Backwards
猫は手がかりを読む		 1966年1988年
002The Cat Who Ate Danish Modern
猫はソファをかじる		 1968年1989年
003The Cat Who Turned On And Off
猫はスイッチを入れる		 1968年1990年
004The Cat Who Saw Red
猫は殺しをかぎつける		 1986年1988年
005The Cat Who Played Brahms
猫はブラームスを演奏する		 1987年2001年
006The Cat Who Played Post Office
猫は郵便配達をする		 1987年2002年
007The Cat Who Knew Shakespeare
猫はシェイクスピアを知っている		 1988年1992年
008The Cat Who Sniffed Glue
猫は糊をなめる		 1988年1992年
009The Cat Who Went Underground
猫は床下にもぐる		 1989年1993年
010The Cat Who Talked to Ghosts
猫は幽霊と話す		 1990年1994年
011The Cat Who Lived High
猫はペントハウスに住む		 1990年1994年
012The Cat Who Knew the Cardinal
猫は鳥を見つめる		 1991年1995年
013The Cat Who Moved a Mountain
猫は山をも動かす		 1991年1995年
014The Cat Who Wasn't There
猫は留守番をする		 1992年1996年
015The Cat Who Went Into the Closet
猫はクローゼットに隠れる		 1993年1997年
016The Cat Who Came to Breakfast
猫は島へ渡る		 1994年1997年
017The Cat Who Blew the Whistle
猫は汽笛を鳴らす		 1995年1998年
018The Cat Who Said Cheese
猫はチーズをねだる		 1996年1999年
019The Cat Who Tailed a Thief
猫は泥棒を追いかける		 1997年1999年
020The Cat Who Sang for a Bird
猫は鳥と歌う		 1998年2000年
021The Cat Who Saw Stars
猫は流れ星を見る		 1999年2002年
022The Cat Who Robbed a Bank
猫はコインを貯める		 2000年2002年
023The Cat Who Smelled a Rat
猫は火事場にかけつける		 2001年2003年
024The Cat Who Went Up the Creek
猫は川辺で首をかしげる		 2002年2003年
025The Cat Who Brought Down the House 2003年未刊
026The Cat Who Talked Turkey 2003年未刊

　どのような楽しみ方をしようが、それは各読者の自由なのだが、基本的にこのシリーズはガチガチの本格ミステリ――いわゆるパズラー的魅力を求めるものではないように思える。シリーズについた多くのファンは、事件というメインテーマよりも、それを通して描かれる猫たちの日常風景や愛らしさ、そして主人公であるクィラランとの交流、彼のロマンスなどといったサブテーマに注目している節がある。
　血なまぐさい耽美猟奇的な推理小説でなく、ほのぼのとしたポップな感じのミステリを手軽に読みたいというニーズに応えてくれる種の作品なのだ。
　ちなみに本シリーズ、日本では『海外版・三毛猫ホームズ』と紹介されることが多いようだが、これはある意味で冒涜的である。赤川次郎が同シリーズを始める10年以上前に、リリアン・ブラウンは既にこのシリーズを開始して何冊も本を出している。むしろ、三毛猫ホームズシリーズを『日本版・ココ＆クィラランシリーズ』と紹介すべきなのだ。それが先達に対する礼儀というものだろう。
2004/03/23
2005/09/14（追記）



「猫はソファをかじる」（原題：The cat who ate danish modern）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥440 初版1989-08-31
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
「猫は手がかりを読む」に続く、新聞記者 <クィララン> と飼い猫 <ココ> の人気ミステリ・シリーズ第２段。前作と連続する（設定を引き継ぐ）直接的な続編で、この第２作目からココは名実ともにクィラランの愛猫として活躍する。
　物語は、 <デイリィ・フラクション> 紙が新しく始める『特別日曜増刊号』の記者として、クィラランが新たなポストに就かされるところから始まる。これはインテリア・デザインを専門に扱う週刊誌で、富豪や著名人などの豪邸や高級マンションを取材し、その住まいと生活を記事にするという仕事だった。もちろん、かつて花形記者として活躍したプライドを持つことや、インテリア・デザインの「イ」の字も知らない門外漢であることもありクィラランはその話を辞退しようとするのだが、目の前に昇給をぶらさげられたことで彼はその誘惑に屈することになってしまう。
　渋々ながら取材に乗りだし、高価な翡翠コレクションを溜めこんだ富豪の記事を発表したクィラランだったが、なんの呪いか、記事が公開されるやいなや取材先の豪邸に盗人が入り、翡翠コレクションを根こそぎ持っていってしまうという事件が発生。更には知り合って仲良くなりかけた青年インテリア・デザイナーが殺害されるなど、『特別日曜増刊号』の先行きを案じたくなるような出来事が頻発する。 　名誉挽回、呪われた特別号の汚名を晴らすため、クィラランは飼い猫ココの助けを借りながら事件の真相究明に乗り出していく。
　後に、ココと人気を２分することになるメス猫 <ヤムヤム> も巻末で登場。読後、本書のタイトルが「猫は記者をたぶらかす」や「猫は見事に演技する」でも問題無かったであろうことを痛感させられることになるだろう。

　――ところで、著者は本当に猫が好きで、彼らを良く観察する人なのだと思われる。事実、彼女は猫を飼っているし、著者紹介の写真には自分のシャム猫と一緒に写っていたりもするのだ。そうした愛情ある視線から描かれているおかげで、ココの存在は本当に魅力的に見せられている。彼らの神秘性の表現も素晴らしい。
　とは言っても、ココは美味しいところをさらっていく役割を担っているだけで、物語に終始出ずっぱりというわけではない。要所要所に顔を出し、その強烈な個性をアピールしていくだけなのだ。その辺りのサジ加減も、また猫の特性を上手く表現する演出的手法のひとつなのかもしれない。猫は気ままで、人間が触れたいときに触れさせてくれるとは限らない。会いたい時に決まって顔を見せたり、声を聴かせてくれるとは限らない存在なのだ。たまにしか登場しないココは、その辺りをどことなく思い起こさせる。
　こうした猫に関連する描写に特筆すべき点が見られる中で、ミステリの肝となる「事件の面白さ」や「トリックの大胆さ」などに眼を向けると、これはパズラー（本格ミステリ）を信奉する人間にはいささか厚みに欠ける部分が目立ってしまうかもしれない。恐らくは、単に手法の問題だろう。そもそも猟奇的で、耽美で、血生臭い犯罪を描くために著者はこのシリーズを開始したわけではないのだ。彼女はエラリィ・クイーンに見出され、その猫の描写の上手さから「もっと猫を主題とした作品を書いてみては」とすすめられ、クィラランとココを生み出したのである。彼女が主題としているのは、あくまで事件を通して引き出されるクィラランとココの魅力であり、彼らの暮らしぶりなのだ。
　本シリーズが、「猫好きのためのミステリ」と謳われる所以である。そういうわけで、「少しミステリが好きで、なおかつ猫がたまらなく好きだ」という読者や、「前作を読んで、もう少しシリーズのことを知りたくなった」というタイプの読み手にはお勧めする。
2004/03/27



「猫はスイッチを入れる」（原題：The cat who turned on and off）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥480 初版1990-04-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1968年にアメリカの <Ｅ・Ｐ・ダットン社> から刊行された、クィララン＆ココシリーズの第３作。第１作では美術界、第２作ではインテリアデザイン業界が描かれたが、今度の話の舞台はアンティーク業界。
　クリスマスを目前に控え、何か賞（とその賞金）をとれるような特ダネはないかと眼を皿のようにして日々を過ごす主人公クィラランは、 <ジャンクタウン> と呼ばれる一種の貧民街に最後の希望を託す。麻薬中毒者や社会的落伍者、犯罪者が数多くたむろするという噂の一帯を取材すれば、読者の同情票を獲得できるような人情味のある記事が書けるとふんだのだ。――ところが、これはクィラランのとんだ勘違い。 <ジャンクタウン> は掘り出し物のアンティーク専門店が集う一種のマーケットだった。渋々クィラランは路線を変更し、骨董品をテーマにした記事を作成しようと業界に首を突っ込んでいくが、やがて <ジャンクタウン> で発生した奇妙な自殺事件の話を小耳に挟むことになる。近所でも評判高い人格者の死とあって、少なからぬ関心と小さな疑問を抱くに至ったクィラランは例によって頼まれもしない調査にのりだしていく。
　前作ラストでクィララン一家に加わった愛らしいメス猫『ヤムヤム』を含め、ますます猫好きにはたまらないシリーズとなったこの話、同時にクィラランの恋の行方にも関心が募るところなのだが、本作でもその傾向は強い。今回クィラランが心惹かれるのは、恋人を失ったばかりの若いお嬢様。毎回きれいな女性にクラっときて、そこそこ良い仲になれはするものの次の巻になるとアッサリふられるのがパターンのクィラランだが、今回のロマンスは実を結ぶのか。この辺りに注目してみても面白いだろう。
2004/03/29



「猫は殺しをかぎつける」（原題：The cat who saw red）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥600 初版1988-05-31
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1986年にアメリカの <ジョウヴ・ブック> から刊行されたペーパーバック（日本の文庫本に相当）、『クィラランと愛猫ココ＆ヤムヤム』シリーズの第４作。日本で最初に紹介された同シリーズの１冊だが、実際は「猫は手がかりを読む」、「猫はソファをかじる」、「猫はスイッチを入れる」に続く４番目の長編となる。
　最初は美術部門を担当、次にインテリア・デザイン、前回でアンティーク関連のコーナー担当した新聞記者クィラランだったが、今回はグルメコーナー担当を言い渡されることに。本来なら、無料でご馳走が食べられると貧乏人の彼は大喜びするはずだったが、運悪くドクターからダイエットを勧められ体重計と睨めっこを続ける毎日を送っていた彼は、この決定に不満タラタラ。やる気の欠片もなく、だが編集長命令に逆らうこともできず美食家たちの世界に足を踏み入れることになる。
　その美食家たちのパーティで、クィラランはかつての恋人と運命的な再会を果たしてすっかり機嫌を直してしまう。彼女は既に結婚し、現在は陶芸家として活躍しているらしいが、夫婦仲は良好とは言えず離婚を真剣に考え始めているという。クィラランは彼女に同情し離婚に必要な資金の援助を行うが、金を渡した翌日、彼女の姿が忽然と消えていた。
　当初は行動派の彼女が自ら行方をくらましたのだと考えられていたが、その後、彼女をはじめといる美食家たちのマンションで奇妙な事件が続発。クィラランは元恋人の失踪劇に不穏な影を感じ始め調査を開始する。

　もちろん、シャム猫ココとヤムヤムの活躍ぶりは相変わらずだし、クィララン本人のロマンスも健在。素朴で庶民的で、ウィットに富んだクィラランはまさに等身大の中年男だから、同性であれ異性であれ彼に感情移入することは決して難しいことではないだろう。彼を取り巻く些細なできごとに、一緒になって一喜一憂するのも楽しみ方の一つだ。
　北アメリカで最も権威ある <アメリカ探偵作家クラブ・ペイパーバック賞> の候補作にもなったというオマケつきの本作は、リリアン・Ｊ・ブラウンの出世作であり彼女に本格的な作家活動を始めさせる切っ掛けとなった重要な作品である。主人公クィラランと似たような職歴を辿った著者による、リアリティある現場の雰囲気を楽しむのも手だ。
　さほど猫が好きだと思わなかった人間にも、猫を飼ってみようかという気にさせてしまうような作品。
2004/03/29



「猫はブラームスを演奏する」（原題：The Cat Who Played Brahms）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥620 初版2001-06-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1987年にアメリカの <ジョウヴ・ブック> から刊行されたペーパーバック（日本の文庫本に相当）、『クィラランと愛猫ココ＆ヤムヤム』シリーズの第５作。
　日本での紹介は１作目から常にシリーズの翻訳を担当し続けてきた羽田詩律子女史の手によって、2001年になされた。――が、その１年前の時点で、本シリーズ第20作目にあたる「猫は鳥と歌う」の日本語版が既に発刊されている。このおかしな事実は、ファンにとって注目に値するだろう。
　当ガイドでシリーズ１作目を紹介したときに述べたことだが、日本では『クィラランと愛猫ココ＆ヤムヤム』シリーズを順番どおりに紹介していない。最初にシリーズ第４弾を翻訳し、それから１、２、３ともどり、次は（５作目と６作目を飛ばして）シリーズ７作目を翻訳しているのだ。その７作目から２０作目まではおおかた順番どおりに翻訳され、出版されている。そして２０作目の次にようやく本書――５作目に相当する「猫はブラームスを演奏する」にもどって来たというのが顛末。
　このような次第だからして、日本での滅茶苦茶な刊行順に読んでしまった読者は大いなる混乱を余儀なくされる。ある街で暮らす主人公の生活を10年分、何冊もの本にまたがって書いてきたと思ったら、突然ずいぶんと時を遡って、その街に引っ越してくることになったエピソードを唐突に語りだす。……こうした何ともチグハグなシリーズ構成に頭の中をかきまわされることになるからだ。

　もし運良く、原作の刊行順にそって本来歩むべき道を忠実に歩んできた読者がいるならば、その方にはペースを乱さないように助言したいものである。このシリーズは各巻の繋がりが密接で、設定が基本的に連続しているのだ。いわば１話完結の形式をとりながら、しかし物語と設定の面で進行性をもった連続ドラマシリーズのようなものだ。１話見逃せば、シリーズで大きな役割を果たすことになる新キャラクターの加入が知らぬ間に語られていたり、後の展開に影響する重要な伏線の存在を見逃したりすることになる。
　性質上、この『クィラランと愛猫ココ＆ヤムヤム』シリーズは英語版の刊行順に沿って読み勧められることを強くお勧めしたい。そして、この第５巻については読み終わっても訳者あとがきを読まないよう警告したい。なぜなら、後書きにおいて後のシリーズ展開についてのネタばらしが存在することである。
　翻訳の順番が不規則であることは、やはり訳者の羽田女史も気にしておられたようである。これは完全に出版社の都合だからして、彼女もまた被害者のひとりと言えるだろう。しかし、フォローをするのは窓口である彼女の役目なのだ。
　そのため、羽田氏は本書のあとがきで翻訳の不規則性についていくらか言及している。問題は、それは先行して翻訳された第20作までを読み終え、急に話が遥かな過去に戻ったことを不審に思っている読者を対象としたものだ、ということ。彼女としては当然の流れとして、第20作を読み終えた者むけの知識や共通認識について触れざるを得ない。これが、順番どおり読んできた人間についてはネタばらしのようにも見えてしまう――というわけである。

　第５作目での主人公クィラランは、会社に吹き荒れる合理化と近代化の嵐に不満を爆発させ、３カ月の休暇をとって北の田舎町でリフレッシュしようという計画をたてている。母親の親友がその町に住んでおり、自然に囲まれた条件の良い住処を無料で貸してくれるというのだ。おりしも、前作でクィラランの新たな住居となったアパートが、大家の都合で売りに出されることになった。これは「北で少し羽を伸ばせ」という天のお告げに違いない。そう解釈したクィラランは、意気揚々と休暇旅行に旅立つ。
　到着した北の田舎町の風景は素晴らしく、クィラランはこの環境を大いに気に入りつつあったが、同時に不穏な影が彼の周囲につきまといはじめるのだった。田舎町ゆえの閉鎖感、貸してもらったロッジに何者かが入り込んだ形跡、尾行しているとしか思えない青いトラック、盗まれたとしか考えられない金製の時計とペン。
　そうした掴み所のない不安と不吉な予感は、やがて隣人が殺害されるという事件で形となる。新聞記者としての性から事件調査に首を突っ込み始めたクィラランは、やがて隣人の死のうらに大きな陰謀の存在を見出していくのだった――。

　クィラランの生活環境が激変し、また彼の人生そのもの、更にいえば今後に続くシリーズ展開としても極めて大きな意味をもつエピソードが本書では語られることになる。ファンならば、何をおいても欠かすことの出来ない１作。必読の書といえるだろう。これを素通りして日本語版を製作していたというのは、読んでみると信じがたい話だし、クィラランが聞けば自慢の口ひげを震わせて怒り狂うであろう暴挙に思える。
　確かに謎解きを主眼としたミステリとしては物足りなさを感じることもあるだろうが、都会派のクィラランが北の田舎町で受けるカルチャーショックや、街の閉鎖的性質、そこに生きる個性豊かな住人など、これらはなかなか上手く書かれていて興味深い。閉鎖された社会を書かせたら国内では小野不由美などに突出したものが見られるが、彼女とはまた方向性の違った表現法――彼女ほど濃密に書き込むのではなく、小さく軽いエピソードを通してテンポ良く書き連ねていく――が用いられている点も注目されたい。
　いまさらいうまでもないが、２匹のシャム猫たちの魅力ある描写は健在。細かいことは抜きにして、この素晴らしい猫の描写だけでも充分に楽しめる１冊。
2005/09/15



DICK FRANCIS
ディック・フランシス



「本命」（原題：DEAD CERT）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥520 初版1976-06-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　もし競馬好きであり、ミステリの愛好家でもあり、かつハードボイルドタッチの固めな文体を好む者がいたとすれば、ここで改めてディック・フランシスを紹介する必要などないだろう。
　それどころか、きっとその人物は「何をいまさら」と苦笑するに違いない。彼――大抵の場合は彼だろう――にとってそれは、本格ミステリファンにアガサ・クリスティを紹介しようとするに等しい愚挙に見えるだろうからだ。
　それだけ、ＵＫ（イギリス）の競馬界を舞台にしたフランシスの『競馬シリーズ』は、冒険小説として、またミステリとしても極めて有名な作品である。もちろん支持者も多く、冒険小説を好む知り合いを複数持つ場合、その中にかならず一人はデック・フランシスの熱狂的なファンが含まれるはずだ。

　本書『本命』は、1962年に刊行された長編ミステリ小説である。日本語に翻訳されたものは1976年にまとめられ出版。訳者はシリーズ全体を受け持つ菊池光氏。
　この競馬シリーズには単行本と文庫本の２種が揃えられているが、ここで紹介している文庫版の巻末には「競馬、イギリスと日本の違い」と題された原田俊治氏の解説が付いており、そのタイトル通り日本とＵＫとの競馬の相違について語られている（小説本編の解説にはなっていないが、そこはご愛嬌だ）。
　――物語の主人公は、アラン・ヨークという名の若い騎手。彼はレース出場中に、前方を走る親友が落馬して死亡するというアクシデントを目撃する。
　後に現場を調べた彼は、針金を使用した悪質な罠の形跡を発見。親友の死が単なる事故ではなく意図されたもの、すなわち間接的な殺人であったことを悟った。
　ヨークは警察に親友の死の調査を依頼したが、証拠不充分で当局は落馬事件を「事故」と処理。捜査を打ち切った。この決定に納得のいかないヨークは、独自に調査を進め親友の死の真相をつきとめることを誓う。

　今のところ、シリーズ３９作目の『勝利：SHATTERED』までが刊行されているが、本書『本命』はそこに至るまでの第１段として存在している。日本で紹介されたのはシリーズを代表する『興奮』『大穴』などが先だが、もっとも古い競馬シリーズの１冊はこの本命である。
　とは言っても、ディック・フランシスの競馬界を舞台にした作品群を『競馬シリーズ』として紹介するのは出版社側の都合に過ぎない。シリーズとはしているが、同じキャラクターが複数作品で主人公を務めることは稀で、作品同士の繋がりも皆無に等しい。それぞれが純粋に独立した長編小説であるのだ。
　一貫しているのは、競馬界を通して男たちの生き様を描いているということくらいだろうか。このシリーズは競馬に関心を持たない人間に忌避される傾向にあるというが、それはあまりにもったいないと言うものだ。
　ディック・フランシスの魅力は、ハードボイルド風の硬質な文体、困難や恐怖に歯を食いしばりながらそれでも己に厳しく生き続ける男たちの姿にある。かつて自らが騎手として活躍していたフランシスは、その経験を活かし競馬界を舞台に選んだに過ぎない。
　言葉の選び方や競馬界の雰囲気を再現する手腕に優れているため、確かに彼の試みは成功している。読者を引きつける大きな要素の一つでもある。だが、決してそれだけの作品ではないことをここでは明らかにしておきたい。
2004/06/28



「度胸」（原題：NERVE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥520 初版1976-07-31
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　ＵＫの競馬界を舞台にしたミステリ長編「本命」（DEAD CERT）に続く、ディック・フランシスの第２作目。1965年に出版された英語版を翻訳したもので、日本では1976年に刊行されている。日本語訳は前回と同じ菊池光氏で、彼はシリーズそのものの翻訳を通して担当しているようだ。
　前回「本命」の主人公は富豪のアマチュア騎手が務めたが、今回は駄馬ばかりを担当させられるパッとしないプロ騎手が主役に抜擢されている。
　彼、ロバート・フィンは二〇代半ばの若い騎手であったが、ある日、国内でも指折りの実力を持ったベテラン騎手アート・マシューズが拳銃自殺をする現場を目撃する。
　この自殺劇は一旦そこで幕が引かれ人々から忘れ去られたが、フィンはここから人生の転機を迎えることになる。次々と幸運が転がり込み、一気にＴＶ番組で紹介されるほどの人気騎手の座にまで押し上げられていったのだ。
　当然、彼は実力のある本命候補の馬に乗る許可を与えられ、様々なレースに参加していった。ところがある日を境に、彼の走らせる馬という馬がレースで惨敗するという事件が起こり始めた。ガチガチの本命候補を何度も敗北させ、しっかり信用を失ったフィンは、この転落劇を演出し自分を破滅に導こうとしている黒幕の存在を感知し、この正体を暴こうと調査を開始する。

　もちろん、ミステリだからして犯人役――もっと言ってしまえば悪役が登場するわけなのであるが、この「度胸」に登場するそれは、ディック・フランシスの手がける競馬シリーズの中でも屈指の悪役候補として度々名を挙げられることがある。
　確かにその人物は非常に特徴的で、非常にユニークかつ背筋の凍りつくような歪み方をしている。そのあたりの異常性が良く描写されていて興味深い。
　やはり物語のクォリティを上げるためには、実力のある魅力的な悪役の存在が必要不可欠なのだ。そのことを痛感させてくれる１作。
　ディック・フランシスの作品には俗に言う「大ハズレ」――つまり、極端に質の悪い駄作がないと良く言われるものだが、この「度胸」もその評判を裏切ることのない高いクォリティを誇った作品である。本命を読み終えた読者には、次に是非ともこの「度胸」をお勧めしたい。
2004/07/07



「興奮」（原題：FOR KICKS）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥620 初版1976-04-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　ブリテンの競馬界を舞台にした、ディック・フランシス第３の長編ミステリ。ファンの中では初期作――或いはフランシスの著作通しての最高傑作に推す声も強く、またそうした事情は、本書が先行作である「本命」（DEAD CERT）、「度胸」（NERVE）の２作を押し退けて「い」の一番に翻訳され、日本国内の書店に並べられた事実からも窺い知れる。
　確かに構成の妙、ストーリー運び、キャラクタの造詣と魅力などを総合的に考え合わせると、前２作より頭１つ抜き出た完成度を誇ると見て良いだろう。
　原本の刊行は1965年で、菊池光による翻訳により日本語版が刊行されたのが1976年。シリーズ通してのことであるが単行本と文庫本の２形態が存在し、ここで紹介する文庫版の巻末には――本編のクォリティからすると見劣りする内容だが――石川喬司による作品解説が付属している。

　物語の大まかな流れは以下の通り。
　オーストラリアで種馬農場を経営するダニエル・ロークは、自国（ＵＫ）の競馬界で頻発している不正に頭を痛めるオクトーバー卿なる人物と出会う。
　障害レースの理事会メンバーであるオクトーバー卿は、半ば偶然がもたらしたとも言えるこの出会いを切っ掛けに、ロークの人柄に一目惚れ。多額の謝礼金と引き換えに、イングランドへ渡り馬の飼育係として地元競馬界へ潜入、裏で蠢く不義不正について調査してもらいたいと持ちかける。
　早くに両親を失った弟と妹を育て上げるため、己の自由や可能性を犠牲にしてまで働き続けて来たダニエル・ロークにとって、この刺激に満ちた冒険への誘いはまさに天からの贈り物だった。弟妹たちの学費を捻出するという目的も含め、彼は悩んだ挙句にこの話を引き受ける。
　かくしてロークは経営者の身分を一時的に捨て、スーツから薄汚れた作業服を身にまとい潜入調査員として海を越えたイングランドの競馬界に潜りこむ。

　身をやつしての潜入調査――という基本シナリオが、この物語を魅力的なものにしている。正体を隠し、自分の本来の能力や身分を無理に押し込めた上で、どこに潜んでいるとも知れない黒幕を探り当てていく過程は、もうそれだけでスリル満点だ。
　正体がバレはしないか、調査そのものが破綻しはしないか、そもそも事件の裏にいる悪党は何者なのか。大穴扱いされていた駄馬をパワーアップさせ、レースで優勝させてしまう不正トリックとは何なのか。これらの要素が力強く読者を引っ張り、ページを捲らせていく。
　物語を彩る登場人物たちも、個性豊かな面々ばかりである。特に、誇り高い主人公が本来の自分を殺し、無理に卑しく偽悪的に振舞う過程で、己のプライドと戦い葛藤する姿には胸を打たれる。彼は任務のために、好感を抱いていた人々から嫌われるような行動を敢えてとり、悪者が進んで近付いてくるようなキャラクター造りを心がけなければならないのだ。
　大した想像力を持ち合わせていなくても、これが人にとっていかに苦痛なことであるかは明白である。
　とにかく、エンタテイメント性に満ちた魅力ある作品であることに間違いはない。是非、一読をお勧めする。
2004/07/08



「大穴」（原題：ODDS AGAINST）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥621 初版1976-04-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　ディック・フランシスの著作ほど、安心して紹介できる小説もない。彼は実に４０冊近い長編をリリースしているが、どれもクオリティが高くハズレらしいハズレがないからだ。
　そのことは、先に紹介した３冊を読了した人間なら既に誰もが理解していることだろう。
　しかし、そんなフランシスにも特筆して挙げなければならない、抜きん出た傑作が幾つか存在する。他のなにを置いても、これを読まずしてフランシスを語る資格なし――と言いきれる作品だ。
　個人的にそれは４冊存在すると思っている。まずは当然ながら、競馬シリーズの第１作目にあたる「本命」である。記念碑的な意味合いからも、この１冊は特別視して良いだろう。
　それから作品人気としてはナンバー１とも囁かれる、第３作「興奮」。これも絶対に外すことはできない。日本で最初に公開されたフランシスの作品ということもあり、国内の読者には圧倒的な支持を得ている。フランシスとの出会いとも兼ねて、特別な存在となり得るだけの価値は間違いなくある。
　そして３冊目が本書「大穴」である。

　ご存知の通り、『競馬シリーズ』の主人公は原則として作品ごとに顔ぶれを変える。だが、例外的に複数作品にまたがってヒーロー役を務める男が存在するのだ。彼こそがシッド・ハレーである。
　シッドは、この第３作「大穴」と第18作「利腕」に２度その姿を見せる。フランシスは２度同じ男を描かないというジンクスを破った最初の男であり、同著者が生んだ最も著名な主人公であるわけだ。
　シッド・ハレーの人気には底知れないものがある。冒険小説界を見まわしてみても、彼と比肩し得るキャラクターはそうそう見つからない。そのことは、「冒険・スパイ小説ハンドブック」における『好きな主人公　ベスト１０』の第２位にランクインしている辺りからも如実に窺える（ちなみに「興奮」のダニエル・ロークは８位）。
　同「冒険・スパイ小説ハンドブック」で、八角純二氏はシッド・ハレーをこのように評価している。
　――「自分が永遠に対応できない、絶えられないこと。それは自己蔑視である」
　――シッド・ハレーの魅力とは、このセリフの説得力である、と言ってもいいのではないだろうか。
　シッド・ハレーは元は優秀な騎手であったが、レース中の落馬事故を切っ掛けに腕をいため、騎手生命を絶たれた男である。
　本書 <大穴> の冒頭におけるシッドは、そんな事情もあってほとんど抜け殻同然の人間として登場する。自らが最も輝ける居場所から退かざるを得ず、その挫折に打ちのめされているためだ。
　騎手を辞めたあと、彼はツテを頼って <ラドナー探偵社> に調査員として再就職したものの、実際は閑職に就いて日々を無気力に過ごすばかり。
　しかし、転機は訪れる。ある事件の調査中にシッドは拳銃で撃たれて重症を負うのだが、これが彼の復活の切っ掛けとなるのだ。
　自分はなぜ撃たれなければならなかったのか。その答えが競馬界に蠢く根深い陰謀の裏側にあると見た彼は、騎手としての過去と戦いながら己の復権をかけて立ち上がる。

　この「復権」というのが、シッド・ハレーひいてはフランシス作品を彩る全主人公の掲げるメインテーマだ。
　フランシスの描く男たちは、いずれも過去の経験から心に傷を負っていたり、誰からも見向きされない孤独な境遇にいたり、理不尽に幸福を奪われてどん底に落とされた人間ばかりだ。
　そんな彼らが歯を食いしばり、拳を固め、正視しがたい現実や凄惨な過去に立ち向かう姿――、人間として男としての尊厳を取り戻し、誇りを貫こうとする姿勢にこそ我々は深い感銘を受ける。
　シッド・ハレーという男に一際強いそれを見出すからこそ、彼はフランシス作品最大のヒーローとして知れ渡っているのだろう。しかも１度ではない。フランシスを語る上で絶対にはずすことの出来ない４つ目の作品、 <利腕> に再登場し、彼は更なる困難を克服すべく歩んでいくのだ。

　シリーズ代表作として広く認知される本書は、驚くべきことに1965年に刊行された作品である。古典と表現するには至らないものの、一昔以上まえの小説であることに変わりはない。それにも関わらず、現代においても変わらぬ感動とカタルシスとを提供してくれるのだ。まさに傑作である。
　日本語版の翻訳は、例によって菊地光氏。巻末解説の担当は平尾圭吾氏で、ここではフランシス作品の特徴と長所とを分かりやすく語っている。
2004/09/26



「飛越」（原題：FLYING FINISFH）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥520 初版1976-09-30
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　処女作「本命」（DEAD CERT）から始まったディック・フランシスの長編ミステリ <競馬シリーズ> の第５作目。原書は、1966年にブリテンで発表されている。
　さてフランシスの初期作に分類されるこの「飛越」であるが、読了した者は既に前４作とかなり毛色の違った話になっていたことに気付いただろう。
　確かに主人公は退屈な事務職を辞め、遣り甲斐を求めて競走馬運搬業に転職した若き伯爵である。その彼の物語であるわけだから、当然のこと競馬界や馬に関連する描写は至るところに見られる。決して本作のシナリオと不可分ではない。しかし、今回の事件は競馬界とは外れた所で発生するのだ。
　――ところで、ディック・フランシスが偉大な騎手であったことは有名な話である。では、彼が元パイロットという経歴の持ち主でもあることをご存知だろうか。
　普段の競馬シリーズでは、フランシスがプロ騎手であったころの経験がいかんなく発揮されているが、今回の「飛越」ではむしろパイロットとしての経験の方が作品に大きく役立っているように思われる。これは競馬のテーマとした作品ではなく、空を駆ける飛行士の物語であるとも言えるのだ。

　主人公ヘンリイ・グレイは、爵位で自分の価値を図ろうとする者、家柄と結婚したがる娘たちの相手に辟易している若き青年。
　その彼は趣味としてアマチュアの騎手とセスナのパイロットをしているのだが、この経験を活かし飛行機で競走馬を運搬する仕事を請け負うようになる。
　しかしヘンリイは、運搬業に従事するうち競走馬を利用した重大な不正が行われていることに気付く。一方、自らの所業がヘンリイに露見してしまったことを知った事件の黒幕は、隠蔽のために彼の抹殺を企てるのだった。
　逃げ場のない大空で絶体絶命の危機に追いやられていくヘンリイ・グレイの活躍を描いたこの物語だが、これまでの作品との相違はなにもモチーフだけではない。はっきりとした事件が中盤に至るまで明らかにされないのだ。
　これまでのパターンだと、競馬界で行われている不正は輪郭だけにせよ序盤で読者の前にハッキリと提示される。主人公はこれに明確な目的意識を持ち、独自の調査を展開していくわけだ。だから、読み始めてしばらくすると、何に注目して何を楽しめば良いのか読者はすぐに了解することができるわけだ。
　ところが「飛越」はそうではない。ヘンリイは不審に思われる出来事や危険な揉め事に幾度となく巻き込まれるが、これらが偶発的に発生したものなのか、何らかの必然性と関連性をもって発生したものなのかに判別がつかないのだ。
　物語はそのままのらりくらりと中盤まで進み、ヘンリイがある娘に一目惚れをするに至っては「すわ恋愛ものか!?」と思わされてしまう。
　しかし後半から終盤に入ると、やはりフランシスはフランシスであったことを我々は知ることになるのだ。序盤から中盤に描写されていた全ての要素を活かし、手に汗握るサスペンスフルな急展開が始まるのである。
2004/10/10



「利腕」（原題：WHIP HAND）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥640 初版1985-08-15
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　第３作「興奮」と並び、フランシス作品の最高傑作候補としてたびたび話題となるこの長編小説は、ブリテンの競馬界を舞台としたフランシス作品としては18作目に当たるもので、1979年に発表されるやいなや <アメリカ探偵作家クラブ受賞> <英国推理作家協会賞> の２冠に輝いている歴史的傑作である。
（いうまでもなく、この２つの賞は世界のミステリ小説が獲得しうる最大の栄誉だ）
　だがしかし、この <利腕> が人々の記憶に深く刻まれているのは、ダブルクラウンを手にした からではない。冒険小説界、またミステリ界屈指の名言として世界中に広く知れ渡っている――実際、これが引用されているのを何度見かけたことか――、「自分が永遠に対応できない、絶えられないこと。それは自己蔑視である」という名ゼリフが登場するからに他ならない。

　この言葉の主はシッド・ハレー。第４作「大穴」にも登場した、とある探偵社の調査員である。
　前回の物語で騎手生命を絶たれた過去と向かい合いこれを克服したハレーは、調査員としての信用を深め、「競馬界での揉め事ならこの人」と囁かれるまでになりつつあった。
　そんなおり、絶対の本命と目されていた馬が突如として力を失いレースで惨敗するという事件が続発する。偶然の範囲内で片付けられる話ではあったが、競馬関係者はハレーにこの件の調査を依頼。
　半信半疑、確認のつもりで独自の調査を開始したハレーではあったが、やはり結果はシロ。馬の体調管理は万全、薬物の使用痕跡もなく、不正行為が介入したと思わしき根拠はまったくない。
　話はこれで決着かと思われたとき、事件は思わぬ展開を見せ、ハレーは再び絶望の淵に追いやられることになる。
　恐怖のどん底に叩き落されたハレーが、再び己の誇りと尊厳とを取り戻すべく奮闘する様を描いたフランシス中期作品の名作。

　最後のページを捲り終えたとき、読者はシッド・ハレーのような男は決して敵に回してはならないのだ、という真理を理解することになるだろう。
　それはラストシーンで、ある人物の口から端的に表現される。
　誰もが同じなのである。シッド・ハレーと戦って何も失いたくないのなら、自らもシッド・ハレーになるしかない。
　恐らくそれは非常に困難なことなのだろう。だが、絶対に不可能というわけではない。その微かな希望が我々の支えであり、この作品が秘める魅力なのではあるまいか。
2004/09/26



PHILIP PULLMAN
フィリップ・プルマン



「黄金の羅針盤」　The Golden Compass
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥2400 初版1999-11
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　ライラの冒険３部作の第１巻。ＵＫ（俗に言うイギリス）では、ある意味「ハリーポッター」より評価されているファンタジー小説。児童向けの体裁をとってはいるが、これを中学生以下の子供が読んで咀嚼し切れるかは甚だ疑問。ロンドンのジュニアはよほど精神的成熟が早いのか？
　きちんと人間が書かれているし、子供だましの要素は全くない。おとぎばなしのように精神論や根性、想いの強さだけではどうにもならない現実も厳しく書きこんであるし、宗教や神、人間の成長などを題材とした大きなテーマもしっかりと存在している。むしろ、子供を持った親に向けたような話であるようにさえ思えるのは気のせいか。
　著者の文章には奇妙な味を感じた。子供向けということで翻訳版でも平仮名を多く使った読みやすさ重視の造りとなっているが、それとは関係なく何か筆舌にしがたい魅力を感じる。
　物語の舞台は、並列世界――我々の知るのとは少し違う性質を持った地球。主人公は男勝りのお転婆少女ライラで、最近頻発している子供の誘拐事件、奔放な父の存在などが彼女を大きな冒険に引きずり出すというようなストーリィ。
　とにかく質や話の重みなど、総合的に見て日本のライトノヴェルの存在が恥ずかしくなるような出来であることは間違い無い。



「神秘の短剣」　The Subtle Knife
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥2100 初版2000-04
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆




「琥珀の望遠鏡」　The Amber Spyglass
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥2800 初版2002-01
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆










I N D E X
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ひ(hi)行
作者別一覧
・ 東雅夫
・ 東野圭吾



MASAO HIGASHI
東雅夫



「新訂クトゥルー神話辞典」
形態文庫 種別辞典 部門－
出版学研Ｍ文庫 値段￥820 初版2001-02-21
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　東雅夫がまとめた、クトゥルー神話に関する辞典。新訂という言葉が示すように、本書には旧版が存在する。1995年に同社より出版された「クトゥルー神話辞典」がそうで、これに加筆訂正したのが本書ということになる。
　クトゥルー（クトゥルフ）神話とは、Ｈ・Ｐ・ラヴクラフト（H.P.Lovecraft 1890-1937）を創始者とする神話体系で、その独自の世界観や斬新な設定などが後進の作家たちの支持を受けて世界中に広がった、一種のホラー小説でありオカルト文学である。
　本書はそのクトゥルー神話に登場する様々な語句や作家、その著作、歴史などを辞典の体裁をとって紹介している。上手く整理されていて利用しやすく、多くの辞典がそうであるようにパラパラと眺めているだけで面白い。クトゥルー神話の入門書、手引書としても最適だろう。
　序文でクトゥルー神話の成立から現代に至るまでの変遷と歴史をざっと紹介し、続く「禁断の大百科」を謳う用語辞典で、古今東西のクトゥルー神話に関係する用語・固有名詞を辞典形式で解説。他にも「暗黒の文学館（作品案内）」「探奇の紳士録（作家名鑑）」「恐怖の年代記（歴史年表）」などが収録されている。巻末には索引も用意されていて辞典としての利用価値を高めている。
　文庫サイズで約450ページ。もちろん限界もあるが、これ一冊を持っているといないとではクトゥルー神話を紐解く上で随分と違ってくると思われる。クトゥルー神話に興味があるならお勧め。否、所有していなければなるまい１冊。
2004/01/11



KEIGO HIGASHINO
東野圭吾



「ある閉ざされた雪の山荘で」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥533 初版1996-01-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　東野圭吾は江戸川乱歩賞を受賞した著名なミステリ作家であるらしいのだが、そのあたりの事情に精通しない者として、氏の著作に初めて触れることとなった。
　内容に関しては「ある閉ざされた雪の山荘で」というタイトルが既に全てを語っている感があるが、一応ながら簡単に説明しておくと、予想外の大雪で外部との接触（即ち陸海空いずれもの交通手段、電話・無線などの連絡手段）が絶たれた山奥のペンションにある旅の一団が閉じこめられ、その閉鎖された空間の中で次々と殺人が繰り返されていく――というコンセプトの中繰り広げられる物語だと言える。
　こうした、外部から隔離された空間内で起こる連続殺人を描いたミステリは古くからあり、その代表作としては本著の中でも紹介されているがアガサ・クリスティの古典的名作「そして誰もいなくなった」（原題：TEN LITTLE NIGGERS）などが挙げられる。閉鎖空間を造るシチュエーションとしては無人の孤島に閉じ込められたり、雪で山荘に閉じ込められたりするパターンが目立って多いため、本格ミステリファンの間では『雪の山荘もの』などと呼ばれることも多い。
　つまり本書は、そのあたりの事情に精通した本格ミステリファンである著者が、全てを承知・計算の上で書き上げたミステリだということになる。

　内容だが――評価されるべきポイントは幾つかある。たとえば、過去の作品と一線を画して語られるべき本書だけがもつ個性、特徴というようなものがきちんと付与されていること。
　確かに典型的な「雪の山荘もの」ではあるのだが、だがそれに終始しているというわけではない。登場人物たちは、ある劇団のオーディションに合格した役者の卵たち男女７名で、舞台稽古の名目で山奥にあるペンションに集められた。
　普通ならここで大雪が降り出すところであるが、この作品ではそうならない。舞台を取り仕切る演出家から、「大雪が降り出し、そこに閉じ込められたものと過程して演技を行え」と指示されたために、ペンションが擬似的に閉鎖されるだけなのだ。
　子供地味た話だと半ば呆れながらも、劇団員たちは「指示に従わなかったり、山荘から出た場合はオーディションの合格を取り消す」という条件付けがされているため、しぶしぶ雪によって閉じ込められたものと仮定して、各々の役割を演じていく。
　そして殺人が起こるわけだが……、これもやはりパッとしない。「殺人が行われた」と書かれた紙が残されているだけで、肝心の死体が見つからないからだ。劇団員たちは、これも舞台稽古の一環なのだと信じこみ殺人に遭遇した人間の役割を演じ、これに対処していく。
　だが、連続して事件が発生し、細かい点で奇妙な矛盾が見つかっていくごとに、「これは本当に演劇の稽古なのか、起こっている殺人は本当にフェイクなのだろうか？」という疑念が彼らの間で膨らんでいくのである。
　――これは、かつてなかったタイプの盛り上げ方なのではないだろうか。少なくとも個人的には初めて見るパターンの演出だ。

　こうして見てきたように、本作を個性ある作品にしようという努力や工夫の痕跡は随所に見受けられる。そこは当然、評価されて良い。だが本書には、同じくらい評価を落として然るべきポイントが内包されていたりする。
　たとえば、登場人物たちが作中で以下のような会話を交わすシーンがある。
「人間描写もできない作家が名探偵なんかつくろうとするな」「よくありますからね。個性も魅力もないのに、名探偵だという冠だけ与えてあるケースが。描写力がないので、この男は頭脳明晰、博学多才、行動力抜群なんて地の文で書いてあったりする」
　――作中のキャラクターが台詞として口走るこれらの台詞は、明らかに古今東西の凡作本格ミステリを批判するものである。そして少なからず、著者本人の本音と関係するものなのだろう。
　だが、どうだろうか。『地の文章で直接的に語るのではなく、描写で語れ』と偉そうに豪語している割に、東野圭吾はこれらの批判をキャラクターの口を借りて直接やってしまっているように見える。
　何故こんな幼稚な真似をする必要があるのだろう。人間が描写できていない本格ミステリが多いと思うのなら、そうでない作品を書き、それをもってアンチテーゼを示せば良いのだ。それで充分なはずである。
　主張はご立派だが、自らがそれに反する行いを見せていては説得力など生まれない。このあたり、プロとしては非常に不用意かつお粗末だし、鼻につく。これだけで嫌われるには充分過ぎる要素であると言わざるを得ない（技術に「１つ星」をつけようかと思ったのだが、これで帳消しだ）。
　しかも、少しでも冷静かつ自己批評の出来る眼を持っているなら、このことは著者にも理解できているはずなのだ。にも関わらず、敢えてこれを断行しなければいけない理由――。
　本編の犯人探しより、俄然興味深い謎だ。
2004/07/06



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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は（ha）行
作者別一覧
・ ジョナサン・ハー(2)
・ ロバート・Ｂ・パーカー(2)
・ セーラ・バークリー(1)
・ ロバート・Ａ・ハインライン(1)
・ ヘンリィ・ライダー・ハガード(1)
・ 浜辺祐一(1)
・ ダシール・ハメット(2)
・ 林巧(1)
・ 原尞(4)
・ リチャード・パリィ(1)
・ 早川書房編集部(4)



JONATHAN HARR
ジョナサン・ハー



「シビル・アクション」（原題：A CIVIL ACTION）上下
形態文庫 種別ノンフィクション 部門長編
出版新潮文庫 値段￥743+705 初版2000-02-01
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　2003年の年末年始、仕事に出たは良いが近年稀に見る豪雪と積雪、それにともなう路面の凍結で外回りの仕事に出られず待機指令が出たとき、内務仕事をサボって読んだという思い入れ深い作品。
　著者の処女作にして、ＵＳＡ <タイム> 紙のベストブックス、ノンフィクション部門３位受賞作。また、全米批評家賞最優秀ノンフィクション賞受賞、全米図書賞候補作にもなった。
　原書は日本語版の翻訳者、雨沢泰氏による巻末解説にもあるように、1995年にメジャー映画化の鳴り物入りで本国ＵＳＡで刊行されたベストセラー・ノンフィクション。
　原題「A CIVIL ACTION」は、直訳すると「ある民事訴訟」となる。このシンプルなタイトルが物語るように、本書は水質汚染による公害民事訴訟で、大企業を相手に戦った原告団と原告側代理人を務めた若き弁護士の奮闘を描いたノンフィクションである。

　ただ、話は古い。本書は1960年代後半の訴訟を描いている。ボストン郊外の町ウォーバーンで、急性リンパ性白血病（ＡＬＬ）を発症する子供が相次いだことから、全ては始まった。白血病を患った子を持つ８つの家庭が、その原因を産業廃棄物による水源汚染であるとし企業２社を相手取った民事訴訟を起こした。
　住民側の弁護人として調査を担当するのは、経験は浅いものの自らが借金を重ねてまで調査費用を捻出しようとする情熱家の若き弁護士、ジャン・シュリントマン。彼は住人側の主張を通し、２社からアメリカ合衆国史上最大の賠償金を勝ち取ろうと奮闘する。
　流石に実際にあった出来事をノンフィクションとして本にしただけあり、様々なところで事件にリアリティを感じさせる。同じ被害者でありながら主張や経済状態、価値観の相違から決して一枚岩にはなり得ない被害者の各家庭。シュリクトマンの武器である、情熱と若さだけではどうにもならない現実の壁。原告側、被告側それぞれの思惑と立場……実際にこの世に生きる人間たちの、血の通った物語なのだということを、随所から窺わせてくれる良作だろう。
　現実にあった話だが、その辺のリーガルサスペンス（法廷推理小説）などより断然読み応えもある。結末もまた物語にありがちである安直なハッピーエンドではない。

　――ただ、本国アメリカと比較して、日本ではリーガルサスペンスはあまり評価されない。これは要するに、日本の裁判制度が一般人に近しいものではないこと、閉ざされた彼岸の存在であるため欧米ほど文化的に成熟していないからだ。
　アメリカやヨーロッパなどでは、一般人が「陪審員」として刑事・民事裁判で大きな役割を果たす。欧米社会の文化人にとって、裁判とは非常に身近な存在であり、時に良質なエンタテイメントとして認識される存在なのだ。事実、アメリカでは <Ｏ.Ｊ.シンプソン> や <マイケル・ジャクソン> などの大スターがスキャンダラスな事件の容疑者として法廷に立たされ、裁判の模様はＴＶカメラを通して全土の全家庭に放映される。コートＴＶという裁判専門のチャンネルがあり、専門家や評論家を招いて、激論が交わされる。無論、こうした話題性の高い裁判は民衆から大きな注目を得、それは視聴率として数字に現れる。
　こうした文化的な裏付けがあるからこそ、欧米社会の人々はリーガルサスペンスを日本人より楽しめる。Ｒ.Ｎ.パターソンや、グリシャムがベストセラーになるのは、だからなのだ。
　その辺りの事情を考えると、アメリカ本国で高い評価を得た本書だが、日本で同等の反響を呼ぶことができるか、また出来たかを考えると疑問符がつく。やはり、社会性や文化の成熟度の差なのだろう。日本人に対して積極手にプッシュできないのが残念ではあるが、星に関してはやはりその点を加味しないわけにはいかない。
2004/02/17



ROBERT A. HEINLEIN
ロバート・Ａ・ハインライン



「夏への扉」（原題：The Door into Summer）
形態単行本 種別博士論文 部門－
出版早川書房 値段￥1400 初版1994-03-31
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　実績と実力、経験と評価を備えた大御所作家を称えるため、英語圏文学界は良く『BIG-3（御三家）』 という表現を持ち出す。サイエンス・フィクション界におけるそれは、即ち「アイザック・アシモフ」「アーサー・Ｃ・クラーク」そして本書の著者、「ロバート・Ａ・ハインライン」の３人がそうだ。

2004/02/17



ROBERT B. PARKER
ロバート・Ｂ・パーカー



「ハメットとチャンドラーの私立探偵」（原題：The Private Eye in Hammett and Chadler）
形態単行本 種別博士論文 部門－
出版早川書房 値段￥1400 初版1994-03-31
 総合－
 ストーリィ☆
 技術☆
　実績と実力、経験と評価を備えた大御所作家を称えるため、英語圏文学界は良く <御三家> という表現を持ち出す。たとえばサイエンス・フィクション界であれば「アイザック・アシモフ」「アーサー・Ｃ・クラーク」「ロバート・Ａ・ハインライン」の３人がそうだ。
　ではハードボイルド・ミステリ界の <ＢＩＧ３> ――すなわち御三家はというと、「ダシール・ハメット」「レイモンド・チャンドラー」「ロス・マクドナルド」の３名が通説して挙がる。
　本書は、 <スペンサー・シリーズ> やレイモンド・チャンドラーの遺作 <プードル・スプリング物語> を引き継いで完成させたことで有名なハードボイルド作家、ロバート・Ｂ・パーカーによるもので、先に挙げたハードボイルド・ミステリ御三家の作品を題材として研究、1971年にボストン大学大学院で博士号を取得するために提出した博士論文を編集したものである。
　論文本来のタイトルは『暴力的なヒーロー、未開原野の伝統と都会の現実、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドの小説における私立探偵の研究：The Violet Hero, Wilderness Heritage And Urban Reality : A Study of The Private Eye In The Novel of Dashiell Hammett, Raymond Chadler And Ross Macdonald』で、これをパーカー本人が一般向け書籍用に編集したのが本書ということになる。この博士論文のタイトルと本書タイトルを見比べてみると分かるように、元の論文にあったロス・マクドナルドの名が本書のタイトルには見当たらない。編集の課程で、ロス・マクドナルドに関連する項目を大幅に切り捨てた結果である。

　本書は全６章からなり、最初の３章でアメリカ文学の特性をフロンティア、プロテスタント倫理、自然、都市化といった概念から捉え私立探偵小説の本質と関連付けた後、第４章でハメットが生み出した二人の探偵コンチネンタル・オプとサム・スペードを、第５章でチャンドラーの探偵フィリップ・マーロウを取り上げて深く掘り下げている。
　ハメットやチャンドラーが生み出した私立探偵とは何者なのか、何故に彼らの作品はハードボイルドと謳われるのか、その特徴と特性はどこにあるのか。周囲から高い評価を受けていることからも分かるように、非常に興味深い論文となっている。正直、アメリカ文学を論じた前３章は些か冗長で退屈だったりもした（勿論、後の３章を深く考察するためには不可欠な予備知識であるのだ）が、話が実際にハメットやチャンドラーの探偵たちへ及んでくると俄然面白くなる。
　それ以外にも、第１章冒頭の一文で「アメリカ人の魂の本質は堅牢で、孤立していて、ストイックで、加えるに殺人者なのである。白人社会に背を向ける者、自らが信じる生き方を頑ななまでに貫徹しようとする者、孤独であり自らを顧みることなく、禁欲的で挫折を知らない。死によって生を保ち、殺戮によって生きる――これこそまさに純なるアメリカ人である」というようなＤ・Ｈ・ローレンスの言葉を引用していて、これにズバリとハードボイルドの本質を指摘させている点なども面白い。

　正直、何の興味もない人間に本書をお勧めするのはどうかと思う。ハードボイルド・ミステリやハメット、チャンドラーなどが築き上げてきたその歴史、アメリカ文学などに興味関心がないと本書は楽しめない。無論、ハメットとチャンドラーの著作を網羅していることも、本書を咀嚼嚥下するための条件の１つとなる。
　それに、パーカー自身がアメリカ人であるせいか、少し本国を良心的に解釈し過ぎている。たとえばチャンドラーはアメリカを舞台に、アメリカ人としてフィリップ・マーロウの物語を書いたが、彼は半生をイングランドで過ごしたせいで、アメリカに完全に馴染めない部分をどこかに持っていた。その疎外感や客観的視点から、物質的富を追求し過ぎるアメリカ社会やフロンティア精神に対し批判的な見方をしていたことは一目瞭然である。彼はアメリカを愛したが、アメリカのあり方に疑問を持ってもいた。そういった部分に充分触れているとは思えない。
　とは言え、ハードボイルドとは何たるかを追求する意欲に溢れるものにとっては、まさに必読の１冊となることは間違いないだろう。
　本書は1984年に本国アメリカで出版され、日本では朝倉隆男の翻訳によって1994年に紹介された。
2004/02/17



「初秋」（原題：Early Autumn）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥520 初版1988-04-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　ロバート・Ｂ・パーカーといえば、著作を増やすたびに評価を下げていったハードボイルド作家という印象が強い。初期には今回紹介する「初秋:Early Autumn」を含めて幾つか評価を得た作品を著しているが、徐々に質の低下がささやかれていった。彼にレイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルド亡きあとのハードボイルド界を担う人材として期待をかけていた者もあったが、そうした読者の大半は既にそうした期待を過去のものとして忘れている。現在ではむしろ作家としてではなく、「ハメットとチャンドラーの私立探偵」で見せたようなハードボイルド・ミステリの研究やその論者としての期待をかけられている、というのが実際のところだろう。

　そうした風評を事前に耳にしていたものだから、実際、パーカーの作品に手をつけるのが遅れた。徐々に悪くなっていく、と事前に聞かされた作家の作品には確かに関心も向きにくいというものだ。まだチャンドラーやロス・マクドナルドの作品を網羅していないのでは、それも尚更である。
　しかし、前評判どおり本書「初秋」の出来はよろしかった。それが第一印象である。
　確かに主人公で私立探偵のスペンサーの造詣は、いささか安っぽく、むしろ俗流と侮蔑された暴力性や奥行きの浅さを指摘されるネオ・ハードボイルドのヒーローに近しくもある。特に街のチンピラに相手にしたときや、女性を前にして長口上をきるときなどはそうした部分が顕著に見えた。
　しかし、ある特定の人物と関わったときスペンサーは豹変する。まさに古き良きハードボイルドが内包していた男のあり方と悲哀、寂寥感、奥行きを見せるのだ。
　その特定の人物というのが、殻に閉じこもった15歳の少年――本作の第２の主役である、ポール・ジャコミンである。彼と触れ合うとき、スペンサーは教師であり友人であり、男であり、そして父親になる。
　よく「初秋」は探偵と少年の心の交流を描いた作品だ、と囁かれる。まさにその通りだと言えるだろう。

　スペンサーとジャコミン少年との出会いは、少年の母親によって間接的ももたらされた。
　ある日、母親がスペンサーの事務所を訪れ、「父親に連れさられた息子のポールを取り戻して欲しい」と依頼したことから全てははじまる。
　スペンサーはこの依頼を受け、少年とその父親の居場所を突きとめる。が、それは同時にあらたな問題の発覚をも意味していた。離婚した少年の両親は互いを憎しみあい、相手に対する嫌がらせをはかるために少年の争奪戦を繰り広げている事実を知ったのである。
　息子を引き取るのは相手にダメージを与えるため。息子は相手に屈辱を味あわせるための道具。そのように思考する両親の狭間にあり、ジャコミン少年は心を閉ざし、何にも興味を持たない無気力な子供となった。
　憤ったスペンサーは少年を引き取り、両親の悪影響をはねのけるべく「自立」の術を伝えるべく決心した。だが、無骨な探偵には算術や詩は教えられない。彼が与えることができるのは肉体を強化する方法、そして拳闘。調理、大工仕事、困難に直面したときの心構え、生きていくうえで自らに課すべきルールの存在だった。
　こうしてスペンサー式の鍛練を通し、少年と探偵との交流がはじまる。

　1981年にアメリカで発表された本作は、ディック・フランシスの <競馬シリーズ> やギャヴィン・ライアルの諸作で抑制のきいた翻訳技術を披露してくれた菊池光氏により日本で紹介されている。早川書房から単行本として刊行された後、文庫版として装いを新たに登場したのが本書。当然、訳者は菊池光。巻末には郷原宏氏の作品解説があり、ハードボイルド・ミステリの変遷やその中にあってのパーカーの位置づけなどを分かりやすく語っている。
　ネタばらし的な要素はないので本編を読む前、読了後、いずれに触れても構わないだろう。個人的には本編に触れる前に予備知識として一読し、物語を読み終えた後に再度履修――というパターンをお勧めしたい。
　なお、本著「初秋」には「晩秋:Pastime」という続編が存在する。やはり菊池氏の翻訳によりハードカヴァー版、文庫版がいずれも早川書房から発刊されているので、本書を読んで内容に感心するようなことがあったなら是非こちらも手にとって欲しい。内容は、成長したポール・ジャコミンが再び問題をかかえスペンサーのもとを訪れるという直接的な続き物になっている。
2005/09/10



SARAH BARCLAY
セーラ・バークリー



「ジェイミー」（原題：JAYMEE : THE STORY OF CHILD B）
形態文庫 種別ノンフィクション 部門長編
出版清流出版 値段￥1800 初版1998-06-13
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆☆
　個人的に極めて深い思い入れのある作品であり、最高のノンフィクションである作品。
　1995年王立ＴＶ協会賞を受賞した、ＢＢＣ（ＵＫ放送協会）のドキュメンタリィ番組『パノラマ』で特集された、白血病と戦う少女の物語を製作者の一人セーラ・バークリィが活字化したもの。
　著者のセーラ・バークリィは、ＢＢＣの人気番組『パノラマ』の医療・社会問題担当記者。半年を費やして制作した <ザ・ストーリィ・チャイルドＢ> は、特別番組として放映され大反響を呼んだ。既婚で１児の母。イングランドはロンドン在住（1998年現在）。

　本書の内容は、そのサブタイトル <骨髄性白血病を闘い抜いた少女の物語> が語ってくれている。主人公は、ジェイミー・ボーエンという１０代前半の少女。プライヴァシー保護のため、マスコミがイニシャルを取って <チャイルドＢ> と呼んだ、白血病の闘病患者である。
　彼女を蝕んだ急性骨髄性白血病（通称ＡＭＬ）は白血病という血液ガンの一種で、この白血病はこの世に存在するあらゆるガンの中で、もっとも多くの子供の命を奪ってきた病である。
　ジェイミーは多くの人々に支えられながら、敢然と白血病に立ち向かった。その彼女の生き様をセーラ・バークリィが客観的かつ淡々とした、優れたドキュメンタリィ・タッチで描いている。
　生きるとは戦うことである。それを言葉ではなく、自らの人生とその歩み方で示してくれる者は少ない。しかし時に、ようやく１０歳になったばかりの少女が我々にそれを教えてくれることもある。それを確認させてくれる、これは絶好の機会になるだろう。
2004/02/17



HENRY RIDER HAGGARD
ヘンリィ・ライダー・ハガード



「ソロモン王の洞窟」（原題：King Solomon's Mines）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥450 初版1972-08-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　イングランドの作家ヘンリィ・ライダー・ハガードが1885年に著した冒険小説の古典。
　世界的に有名な作品で、 <シャーロック・ホームズ> シリーズなどで知られるコナン・ドイルをはじめ、後の冒険小説作家に多大な影響を与えた作品でもある。
　主人公アラン・クォーターメンは初老の域に達しかけ、引退を考えはじめた狩猟家。彼はアフリカでの仕事を終えて故郷に帰る途中、英国の貴族ヘンリィ・カーティス卿に出会い、莫大な富をもたらすといわれる伝説的ダイヤモンド鉱山「ソロモン王の洞窟」を求め消息を絶ったという卿の弟の捜索を依頼される。
　子どもの養育の問題もあり固辞しかけたクォーターメンだったが、カーティス卿の提示した破格の条件は結局、彼の首を縦に振らせる。
　クォーターメンは、カーティス卿とその友人である退役軍人グッド大佐らとともに「ソロモン王の洞窟」をめざす。だが、彼らを待ち受けるのは帰還率ゼロ％の過酷な冒険だった――。

　本書の主人公アラン・クォーターメンといえば、映画「リーグ・オブ・レジェンド」で透明人間やジキル＆ハイド、ヴァンパイアなどの紳士同盟を率いるリーダー格として登場した、ショーン・コネリィ演じるアラン・クォーターメインが最近では記憶に新しい。
　これは別としても、まだ映画がモノクロの時代から「ソロモン王の洞窟」は何度も映画化され、その度にまずまずの興行成績をあげたようである。初期の作品は名作としての誉れも高い。
　確かに「ソロモン王の洞窟」をめざすクォーターメン一行は何度も全滅の危機に陥り、その度に読者をハラハラさせる。
　手に汗握る展開、無駄な描写を極力省いたスピード感、疾走感と、本作はエンタテイメント性が非常に高く、まるで映像化を前提に考えられていたかのような筋立てになっている。もちろん、暗黒大陸の秘境探検ということで視覚的にも想像力を書きたてられるシーンが満載である。
　とはいえ100年も前に刊行された古典のなかの古典である。秘境探検といった題材自体が、現代社会においてはなかなか受け入れられにくい。19世紀の人間と違い、現代人はその点で想像力が貧弱だし、未開の地への好奇心をもっていないためだ。
　その辺りが本書の評価にどう響くかはなんとも言えない。是非、10代の少年少女にお勧めしたい。
　ちなみに本書の翻訳は大久保康雄氏が担当。主要キャラクターであるアラン・クォーターメン、カーティス卿、グッド大佐が活躍する続編も存在し、これは「二人の女王（原題：Allan Quatermain）」のタイトルで1887年に刊行されている。日本語版はやはり創元推理文庫から出版されており、翻訳者は前作に続いて大久保雄氏。
2006/04/22



YUICHI HAMABE
浜辺祐一



「こちら救命センター」
形態文庫 種別エッセイ 部門－
出版集英社文庫 値段￥429 初版1992-08-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1990年11月、1991年11月にテクノコミュニケーションズより刊行された「Dr.HAMABEの病棟こぼれ話」第一部、第二部を、改題して文庫収録した作品。
　救命救急センター勤務の医師が、（解説によると）本来は看護婦さん向けの月刊誌に連載したものらしい。基本的に医者の下につく医療従事者を対象としたものなので、説教的な要素が強い。それを別にしても、著者は自分の思想を他人に説教するのが好きな性格とみえる。ただし、その説教に説得力があるかというと、これは多いに疑問。
　救急医療現場にいる人間たちが何を考えて勤務しているか、それに触れてみたいと思うなら一読するのも一興か。それ以外の人間にとっては、これに費やす本題を上乗せして、少し豪華な夕食でも食べに行ったほうが良いだろう。
2003/11/18



SAMUEL DASHIELL HAMMETT
サミュエル・ダシール・ハメット



「血の収穫」（原題：RED HARVEST）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版中公文庫 値段￥360 初版1977-12-10
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　1929年、本国アメリカの <クノップス社> から刊行された著者の処女長編であり、ハードボイルド文学の形式と文体とを推理小説に本格導入、これを成功させた初めての例として知られる記念碑的作品。
　今回紹介する中公文庫版ではタイトルを「血の収穫」としているが、同様に本書原本を翻訳している <早川書房> はこれを「赤い収穫」としている。 <創元社> と <講談社> は本書と同様「血の収穫」というタイトルを選択しているが、いずれもハメットの同じ作品を翻訳したことには変わりがない。
　ちなみに中公文庫が翻訳を任せた河野一郎氏であるが、及第点をつけてよい仕事はしているように感じた。単語の選択に首を捻らざるを得ない箇所が多々あったのは確かなのだが、一応は読める文章にしてくれている。ただ、小説家としての才能はあまりないようで、単語や一人称のほかにも語尾の揃え方などに荒を見出すことができないこともない。他の翻訳者の作品と、仕事の質を見比べてみたいものである。
　ちなみに本書の巻末で作品解説を担当しているのは権田萬治氏だが、彼の仕事は文句なしにすばらしい。ダシール・ハメットを開祖とするハードボイルド・ミステリの歴史や位置付けを冒頭で分かりやすく語り、さらに本書のあらすじを「ネタばらし」にならない程度に上手にまとめ、さらには本書が書かれた当時（20世紀前半）のアメリカの社会事情、ハードボイルドの語源的由来や簡単な定義、著者ハメットの生涯にわたるまで広く浅く、噛み砕いた表現で非常に分かりやすく語ってくれている。
　本書を読む上で非常に有用な予備知識を与えてくれているので、普段はそういう習慣を否定している読者であっても、今回ばかりは巻末の解説から先に読んでしまうのも良いだろう。むしろ、それをお勧めしたい。

　肝心な物語の内容だが、これは一部の権力者に牛耳られた鉱山の街 <ポイズンビル> を舞台に繰り広げられる、主人公対ギャング一党との抗争を描いた、ミステリというよりはヴァイオレンス的な雰囲気の方が強く感じられるような作品に仕上がっている。
　主人公であるコンティネンタル探偵社サンフランシスコ支局員（名前が紹介されないので、読者の間ではもっぱらコンティネンタル・オプの名で通っている）は、地元新聞社の社長から仕事の話を持ちかけられ、 <ポイズンビル> に足を踏み入れる。しかしそれも束の間、面会して商談をまとめる前にその社長が何者かに銃殺されてしまうという災難にみまわれてしまう。
　仕事の話を台無しにされ面白くないコンティネンタル・オプは、 <ポイズンビル> の実質的支配者であり、殺された社長の実父であるエリヒュー・ウィルソンを訪ね、彼の街で猛威をふるい始めた３大ギャングと腐敗した警察を取りしきる地元警察署長を壊滅・粛清するという大仕事を請け負う。
　かくしてコンティネンタル・オプは、街のＶＩＰたちの裏情報を多数握る高級娼婦ダイナ・ブランドの手を借り、 <ポイズンビル> を牛耳る権力者たちを抗争の渦へと引きずりこむべく画策を始める。

　近年、この手の形式で描かれたこの手の話は珍しくない。つまりギャングやマフィアなどが互いに勢力争いを繰り広げるさま、裏社会の権力闘争などを乾いた文体で綴った作品はどこにでも見られるようになった、ということだ。
　だから現代の読者の多くは、特にこの作品に新鮮さを感じないかもしれない。それどころか、「よくあるヴァイオレンス小説」の一本として片付けてしまうことすら考えられる。
　だがそれを以って、この作品を断じてしまうのはあまりに早計だし、乱暴だ。
　この「血の収穫」のような作品が巷に氾濫するようになったのは、ダシール・ハメット以下の作家たちがこの「血の収穫」に多大な影響を受け、これを模倣しようと試みたからである。
　この作品や、後にサム・スペードを主人公に据えて書かれた「マルタの鷹」といった諸作がレイモンド・チャンドラーを生み、ロス・マクドナルドを呼び、そして原尞を動かしたわけだ。
　本書に触れるとき、我々はそうした歴史的背景を完全に無視するべきではないだろう。こだわり過ぎる必要もないが、本書はそうした「しがらみ」からは決して逃れることのできない、旧世紀に創作された古典的名作なのだ。
2004/07/18



「マルタの鷹」（原題：The Maltese Falcon）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥640 初版1988-06-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　1929年発表の処女長編「血の収穫：RED HARVEST」、やはり同年刊行の「デイン家の呪」につづく、サミュエル・ダシール・ハメットの第３長編。
　ハメット作品の主人公といえば、本作以前はコンチネンタル・オプの名が真っ先にあがった。しかし、この「マルタの鷹」でサミュエル・スペードを登場させてからというもの、ハメットの小説からコンチネンタル・オプはその姿を消している。その意味でも、ハメットの転機ともなった記念すべき作品。
　同時に本書は、あまたの評論家や批評家、読書家などからハメットにおける最高傑作として良く名前の挙げられる作品でもある。彼らの主張が妥当であるかの判断は読了した読者たちそれぞれの見解に任せるとしても、「マルタの鷹」がハメットを語る上で避けることの出来ない、代表作であることに異論をはさむ者はいまい。
　ちなみに <ボギィ> ことハンフリィ・ボガート主演で映画化もされており、こちらの評価もきわめて高い。ハードボイルドミステリの手法をとった映画としては、史上最も優れているという声は良く聞くものである。

　内容であるが、マイルズ・アーチャーと私立探偵社を共同経営するサム・スペードを主人公としたハードボイルドミステリになっている。
　冒頭でスペードは、若い娘を依頼人として事務所に迎えいれるが、これが全ての発端だった。女性は17歳の妹がチンピラと駆け落ちしてしまったので、その事実が両親に発覚する前に彼女を連れ戻して欲しいとスペードに懇願する。
　依頼者の娘がいうに、妹と直接あうことはできなかったが、駆け落ち相手のチンピラと接触することには成功したらしい。つまり、彼をたどれば妹のもとにたどりつける公算が高い。
　相手が若い麗人ということもあり、事務所はこの話を200ドルの前金と共に引き受けることになった。実際に調査にのりだすのは、主人公サム・スペードの相棒マイルズ・アーチャー。彼は早速、駆け落ち相手というチンピラの尾行を開始する。
　ところがその夜、自宅で休んでいたサム・スペードは相棒アーチャーが射殺体で発見されたとの連絡を受けた。やがて、アーチャーが尾行していたチンピラも同じく死体として見つかることに。
　これが単なる駆け落ち騒動では片付かないことを悟ったサム・スペードは、依頼人の娘を問い詰め、徐々に事件の裏に隠された驚くべき真相に近付いていく。

　心理描写をいっさい排し、徹底して主人公の行動を描写していくというハメット一流のハードボイルド節は健在。心情風景の書き込みがまったくないため、そのぶん物語はスピーディにリズム良く展開していく。この点、読んでいて心地よい。
　登場人物たちの精神状態といえば、何気ない仕草や表情、セリフなどからしか感じ取ることができないが、ハメットの綴る文章からは直接的な心理描写以上にこれが浮き上がって見えるから不思議なもの。すこし人間の表情にこれらの表現を頼りすぎている感はあるが、これは個人的な嗜好の範囲で収まるものだろう。
　事件そのものもそうであるが、ヒロインである依頼者の娘も興味深く書かれている。
　彼女は見かけどおり天使のような娘なのか。それとも天使のような悪魔なのか。死体が量産される血なまぐさい事件の中心にはいつも彼女の影があり、まったく油断をゆるさない。
　彼女がときおり見せるか弱さは演じられたものではないのか。怯えた若い娘を演じ、男たちを翻弄しているに過ぎないのではないか。そうした疑念と共に、彼女の正体と腹の中を探っていくのも本書を楽しむ筋のひとつ。
　ある意味で、彼女と主人公とのラヴストーリィとしてみることもできるのだ。

　ところで本書、翻訳権を一社が独占しているということがないため、各出版社から様々な訳者の手で日本語版がリリースされている。ここで紹介しているのは小鷹信光氏の <ハヤカワ文庫> 版であるが、これ以外にも同氏による <河出書房新社> 版、村上啓夫氏を翻訳にすえた <創元推理文庫> 版、石一郎氏の訳による <角川文庫> 版、鳴海四郎氏の <筑摩書房> 版などがある。また――これは絵本だが――亀山竜樹氏の <あかね書房> 版や、ハインライン著「夏への扉」の名訳でしられる福島正実氏が手がけた <文研出版> などもあり、これは個人的にも興味深い。
　このうち、小鷹信光 <ハヤカワ文庫> 版と村上啓夫 <創元推理文庫> 版、石一郎 <角川文庫> 版の３種は実際に読み比べて検証してみた。
　手に入れやすいのは、ハヤカワ版と創元版の２種。
　このうち今回紹介しているハヤカワ版は最も文字のサイズが大きく、その意味で読みやすかった。巻末の解説（訳者あとがき）も最も充実しており、ページ数も多い。「マルタの鷹」の分析と「ハメットの略歴」を２部構成でわりとしっかりやってている。
　またハメット本人による序文（まえがき）が唯一収録されている点が大きく、結局はこれが決め手となった。資料的にもたいへん有用なもので、あると無いとではやはりかなり価値が違ってくる。反面、情景描写がおざなりで、角川版や創元版と比較すると遜色が見られる気がした。
　たとえば、一番最初の主人公スペードの描写について。
サミュエル・スペードの角ばった長い顎の先端は尖ったＶ字をつくっている。口元のＶは形が変わりやすく、反り返った鼻孔が鼻の頭につくる、もう一つの小さなｖ。黄ばんだ灰色の目は水平。鉤鼻の上の二筋の縦皺から左右に立ちあがる濃い眉がふたたびＶ字模様を引き継ぎ、額から平たいこめかみの高い頂にかけて、薄茶色の髪もＶを成している。　（小鷹信光訳／ハヤカワ文庫版）

サミュエル・スペードの顎（あご）は長くて角ばっていた。顎は先のほうがつきだし、口の下でＶ字型になっている。口はそれほど際立っていないが、やはりＶ字型だった。鼻先がぐっとまがり、小さいながらもう一つＶ字型をつくった。黄味がかった灰色の目がまっすぐ横に切れている。鉤（かぎ）鼻の上のほうの二つならんだ縦じわからぐっと盛り上がってでっぱっている濃い眉が、まう一度Ｖ字型のモティーフを現した。薄茶色の髪の毛が――高い平べったいこめかみから――生えのび、前額の一点へ垂れ下がった。　（石一郎訳／角川文庫版）
　小鷹の描写は、すなおにイメージが頭に浮かび上がってこない。鼻孔がどちらがわに反り返っているのか分かりにくいし、それが鼻の頭に小さなｖを作っているという表現も解釈しにくいのだ。
　こうした分かりにくさ、文章としての不可解さは人物描写にとどまらず、土地や風景の描写などにも見られる。分かりやすく意訳している箇所もおおい（ある意味で訳者の個人的解釈がでしゃばり過ぎていて鼻につく）。長所も目立つが、短所も目立つというわけだ。
　その意味で、ハヤカワ、創元、角川の３種のうち、日本語としての文章能力が１番高いと感じられたのが角川版である。しかしこれは絶版になっていると思われ、入手が困難であると予測される。そのうえハヤカワ版などに比べると文字が小さく読みにくい。巻末の訳者あとがきにも大したことは書かれていない。
　創元版は、ハヤカワと角川の間に位置するような出来栄えで、特に推すべきポイントも落とすべきポイントもない。
　どれもが一長一短であるが、とりあえず資料の豊富さでここではハヤカワ版を推薦させていただいた。
2005/08/22



「ガラスの鍵」（原題：THE GLASS KEY）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥400 初版1960-05-20
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　ハードボイルド小説を好むと言いつつダシール・ハメットを知らない者があるとすれば、その人物は確実にモグリだ。なぜならばハメットとは、非情な視点と渇いた文体から綴られる「ハードボイルド」という小説形式をミステリに本格導入し、これを成功させた――いわば、ハードボイルド・ミステリ小説の開祖とも言える人物だからである。
　恐らく歴史上もっとも有名なハードボイルド作家であるレイモンド・チャンドラーも、このダシール・ハメットに強く影響を受け、そのリアリズム精神に裏打ちされた著作の数々（特に「マルタの鷹」）を「ミステリとして最高のもの」と手放しに讃辞している。
　まあ、チャンドラーはハメットに心酔していたわけだからして、この「最高」発言は酷く偏った観点から出た言葉なのではあるが、いずれにせよハメットがその功績を称えられて然るべきハードボイルド・ミステリの父であることまで否定しようという者は少ないだろう。

　ダシール・ハメットは、1894年メリイランド州に生まれた。家が貧しかったため13歳の時から働き始め、以後は職と転々。1915年、20歳の時にピンカートン探偵社へ入社した。この時の上司だった人物が後にハメットが生んだ探偵、コンチネンタル・オプのモデルとなったらしい。
　激務で体調を崩し探偵を辞めた後、静養中に執筆活動を始める。1922年にパルプ・マガジン「ブラック・マスク」誌上に処女短編「帰路」を発表。以後、パルプマガジン作家としての地位を高め、長編「血の収穫」や私立探偵サム・スペードの活躍する長編「マルタの鷹」でその地位を不動のものとした。
　本書「ガラスの鍵」はそうした絶頂期に発表された名作の１つで、ハメット自身がその数ある著作の中で最も愛着を持った作品であるという。日本では同名のタイトルで３冊出版されていて、『ハヤカワポケットミステリ』版は砧一郎、『創元推理文庫』版は大久保康雄、『ハヤカワ・ミステリ文庫』版は小鷹信光がそれぞれ翻訳を担当している。今回紹介しているのは創元推理文庫版で、400円の値段は1986年当時のもの。原本は1931年に出版された。
　翻訳権が１社に独占される傾向のあるレイモンド・チャンドラーと違って、ハメットの翻訳版は複数の出版社から刊行されるケースが目立つ。この「ガラスの鍵」もそうだが、出世作である「Red Harvest」は『ハヤカワポケットミステリ』『ハヤカワミステリ文庫』『創元推理文庫』『講談社文庫』それぞれから計４冊刊行されており、訳者も個々で違う上「赤い収穫」「血の収穫」と邦題が異なる。「マルタの鷹」に至っては訳者６名、合計で８冊を超える同タイトルが出版されているので注意。

　肝心の内容だが、実は期待していたより随分と面白かった――という感想を持った。上院議員の息子が殺害されるというシンプルな事件を扱っているのだが、被害者が被害者だけに事は政治的な影響力を伴ってきて、様々な人々に大きく作用してくる。そういった要素が、事件そのものを非常に興味深いものにしているような気がした。
　物語の主人公は、ネド・ボーモン。賭博師（ギャンブラー）で、暗黒街のボスであるポール・マドヴィックの親友という一風変わった男である。マドヴィックは市政の実権を握るために、ヘンリィ上院議員を再選させるために協力態勢を固めた。そんなおり、ヘンリィ上院議員の息子テイラー・ヘンリィが何者かに殺害される。
　さらに事件直後、ポール・マドヴィックがその犯人であることを示唆する怪文書が巷に出まわり始めた。誰もがそれを信じ、やがてマドヴィックは窮地に陥っていく。ネド・ボーモンは親友の嫌疑を晴らすため事件の調査に乗り出すのだが……。
　真犯人や怪文書をバラまいているのは何者なのかという謎、マドヴィックと敵対する勢力の動き、暗黒街の覇権を巡る裏切り、鞍替え、抗争など見所は多い。
　とはいっても、そこまでヴァイオレンスな雰囲気はなく血なまぐさいシーンもそこまで多くはない。わりと読みやすいこともあるので、ハメットの入門書としてもお勧めできるかもしれない。個人的には、ハメットの他の著作にも触れてみたいと思わされた作品だった。
2004/01/25



TAKUMI HAYASHI
林巧



「亜州魔鬼行」（アジアン・ゴースト・ロード）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川ホラー文庫 値段￥629 初版2000-12-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　主人公の鬼沢仁は２４歳、無職の青年。刺激とは皆無の生活を送る彼に、馴染みの台湾料理店の女主人から美味しい仕事の話がもちかけられた。香港の親戚に荷物を手渡しに行くだけで、多額の謝礼を約束すると言うのだ。もちろん話に飛びつき、さっそく香港へと向かう鬼沢だったが、到着早々に下町でトラブルに巻き込まれる。
　一見、卑しい靴磨きにしか見えない老婆の紙人形を誤って踏みつけてしまい、酷く罵倒されたのである。鬼沢は後に香港のガイドから、その老婆はプロの呪い屋で、鬼沢が踏みつけてしまったのは小人（シュウヤン）という呪いの道具だと教えられる。そして老婆が投げつけた「ポッカイ」という言葉は、彼を呪い殺す呪詛の言葉だと。
　宿命的に邪悪の渦に飲みこまれていく鬼沢青年の波瀾に満ちた旅路を描く、エキゾチックなオリエンタル・ホラー。
　事件が起こり、それが展開し、そしてクライマックスへ向けて収束――というような展開ではなく、連載が途中打ち切りの憂き目に合い、なんとか帳尻を合わせるために話に都合をつけました……というようなスッキリしない物語だった。特にスリリングだというわけでもないし、ホラーとして滅法怖いということもない。唯一、東洋的神秘を感じさせる濃密な世界観は魅力かもしれないが、それだけでは長編一本読ませる力にはなり得ない。中途半端かつ消化不良の感が最後まで拭えない作品だった。
2004/03/03



RYO HARA
原尞



「そして夜は甦る」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥660 初版1995-04-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　原尞の存在は、全国チェーンの古書店で有名な「BOOK-OFF」の店頭で知った。何故、この本を手にとって購入を決めたのかは未だに分からない。ハードボイルドという、定義のイマイチ分からない未知のジャンルに興味があったから……というのもあるだろうが、一番の理由は100円という値段と新品と見違えるような状態の良さにあったのではないだろうかと自分なりに分析している。
　結論として、これは大きな切っ掛けとなった。ハードボイルドというジャンルの面白さ、そして原尞というその分野における希代の書き手を見出す結果となったからだ。
　本書を読んだのは2003年夏のことだったと思うが、2004年１月現在、こと和製ハードボイルドの世界において彼を超える作家には未だ巡り合っていない。
　確かに「テロリストのパラソル」で知られる藤原伊織などの優れたハードボイルド作家は何人か知っているし、その作品を評価もしている。だが、小説や物語として高く評価できても、ハードボイルドというフィルターにかけてなお傑作と呼べる作品は少ない。
　藤原作品も、主人公の周辺に無駄に女性を配置し過ぎ、見方によっては雰囲気をぶち壊しにしてしまっている。その点、原尞は女っ気を作品から完全に排除することを使命と感じてでもいるかのように、女性キャラターを徹底的に目立たせないし、中年作者の妄想を思わせる絡ませ方をさせたりしない。
　そういう意味で、原尞はとことんまでハードボイルドという形式に拘れる作者だと思うし、拘ることに意義を見出すタイプの書き手であると思う。それは本書がハードボイルド派を確立させた、レイモンド・チャンドラーに捧げられていることからも窺える。――きっとチャンドラーにとってのダシール・ハメットが、原尞にとってのチャンドラーなのだろう。

　原尞は、知る限り３本の長編を書いていて、これらは沢崎という私立探偵を主人公としたシリーズものとなっている。そのシリーズ第１作が本書「そして夜は甦る」である。
　チャンドラーのフィリップ・マーロウがそうであるように、この沢崎も他愛もない小さな依頼を受け、それが切っ掛けで複雑に入り組む不可解な事件に巻き込まれていく。今回の彼は、佐伯という行方が掴めなくなっているルポライターの捜索を、ある男から２０万円で依頼され調査に乗り出す。だが単なる行方調査だったはずの仕事は、やがて過去の東京都知事狙撃事件と関連していく。
　綿密に練りこまれたプロットと、小粋な会話。その世界観が見せるある種の哀愁。ハードボイルドが本来備えるべき条件を見事にクリアした、記念すべき長編デビュー作。
　本作を読んでいないハードボイルド・ファンがいるとは思えないが、もしそんな人間がいるとするならば自信をもって本書をお勧めする。因みに本作には、1988年４月に早川書房から発刊されたハードカヴァー版も存在する。
2004/01/08



「私が殺した少女」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥680 初版1996-04-15
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　早川書房から1989年10月に発刊された同名ハードカヴァーの文庫版。同年度の第102回直木賞受賞作。「そして夜は甦る」に続く沢崎シリーズ第２弾。
　後に紹介する沢崎シリーズ完結作「さらば長き眠り」も良かったが、３部作の中で最高傑作はと問われれば本書を最有力候補として挙げるかもしれない。もっともストーリィ展開がスピーディてスリリングだからだ。
　主人公の沢崎は私立探偵。例によって不可解な依頼人から不可解な呼び出しを受け、閑静な高級住宅街のとある家に呼び出される。てっきり何か仕事の依頼かと考えていた矢先、何の心当たりもない誘拐事件に巻き込まれてしまう。
　誘拐されたのは将来を嘱望されるヴァイオリンの天才少女で、犯人からは身代金が要求された。沢崎はその金の受け渡しを担当させられることになり、金の詰まった鞄を抱えて街中を駆け回ることになる。果たして誘拐された少女は無事なのか、犯人は何者なのか。
　タイトルの意味が理解できた頃には、もう物語にどっぷり嵌って抜け出せなくなっているだろうこと請け合い。
　やはり小粋な会話や綿密に計算し尽くされたプロット、巧みな構成、洒落た語り口。直木賞は当たりハズレが大きいが、これはお勧めできるだろう。
2004/01/08



「天使たちの探偵」
形態文庫 種別ノヴェル 部門連作短編
出版ハヤカワ文庫 値段￥660 初版1997-03-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　早川書房から1990年04月に発刊された同名ハードカヴァーの文庫版。私立探偵の沢崎を主人公としたシリーズ初の連作短編集。日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞受賞。このシリーズ恒例のことだが、文庫版には解説の類がなく、代わりに著者が書き下ろした掌編が収録されている。
　『少年の見た男』『子供を失った男』『二四〇号室の男』『イニシャル”Ｍ”の男』『歩道橋の男』『選ばれる男』の全６篇収録。依頼人が全て子供で統一されているところが面白い。
　長編で本シリーズを楽しめた読者にはお勧めできる。本書を読むタイミングとしては、シリーズ完結編である「さらば長き眠り」の前、長編第２弾「私が殺した少女」の後が最適だろう。
2004/01/08



「さらば長き眠り」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥800 初版2000-12-15
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　早川書房から1995年01月に刊行された同名ハードカヴァーの文庫版。もうタイトルからして、チャンドラーを意識しているのが分かるハードボイルド小説だ。「長いお別れ」「さらば愛しき女」「大いなる眠り」を足して３で割ったとして思えない（苦笑）。と言うか他にどういう解釈があるのだろう。
　いつ第２期が始まるのか分かったものではない、私立探偵沢崎シリーズ第１期の完結作。1995年の「このミステリがすごい！」国内部門第５位、「週刊文春」の第３位に選ばれている。
　４００日ぶりに東京に帰ってきた私立探偵沢崎を待っていたのは、浮浪者の男だった。 男の導きで、沢崎は元高校野球選手の魚住から、１１年前に自殺したとされる義姉の死の真相を突き止めてほしいという依頼を請け負う。調査を開始した沢崎は、やがて八百長事件の背後にある驚愕の事実に突き当たる……。
　シリーズ最大の文量をつぎこんだ傑作だけあってお勧めしたいところだが、そんなことはどうでも良いから早く第２期を開始してくれと言いたい。
2004/01/08



RICHARD G. PARRY
リチャード・パリィ



「ウイルス汚染機着陸不能！」(原題：VENOM VIRUS)
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版東京創元社 値段￥680 初版1995-07-21
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　アラブの狂信的テロリストが致死性ウイルスを世界にばら撒こうと画策、ジャンボ旅客機を乗客もろとも汚染してしまった。更にテロリストたちは次なるウイルス散布計画を実行しようとしている。これをいかにして未然に防ぐか。ウイルスを巡った追撃戦を描いた作品。翻訳者は内田昌之。
　原題「VENOM VIRUS」を「ウイルス汚染機着陸不能！」と訳している時点で、賢明な読者は不吉なものを感じ取るべきである。大元の話自体が良作とも佳作とも言えないものであるうえ、翻訳がこれでは厳しいものがある。自分はこれを100円の古書として購入したのだが、それでも納得のいく買物ではなかった。お勧めはしない。
2003/11/18



HAYAKAWA
早川書房編集部



「ＳＦハンドブック」
形態文庫 種別実用書 部門－
出版ハヤカワ文庫 値段￥580 初版1990-07-15
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　科学や化学という言葉に、得体の知れない拒絶反応を示す人間は多い。理系の世界を想像しただけでメマイがしてくる、などという人間は昨今まったく珍しくなくなってしまった。深刻な理系離れが社会レヴェルで問題視される時代である。それも仕方のないことなのかもしれない。
　そうした科学を忌避する社会的・文化的傾向は文学の世界にも少なからぬ影響を与えていて、そのことは『ＳＦが全く読まれなくなった』という事実が如実に語っている。
　辞書をひくと、ＳＦのことは「科学・技術の思考や発想をもとにし、あるいはそれを装った空想的小説」というように解説されている（広辞苑第五版）。考えてもみれば、科学や理系の世界が嫌いな人間にＳＦを読めと言うほうが無理なのかもしれない。

　嘆かわしいことにＳＦが何の略称なのかも知らない人間が増えたので一応触れておくが、ＳＦはサイエンス・フィクション（science fiction）の頭文字である。日本では空想科学小説などと訳されることが多い。
　文学的にはファンタジー（空想小説・幻想小説）の一分野とされていて、両者の境界は『不可思議な現象（例えば魔法）などを単なる奇跡と解釈せず、独自の理論や法則で意味付けしこれを論理的に説明しようとする姿勢が見られるか否か』――をもって判別することが多いようだ。
　つまり魔法を見ても、「わあ不思議だ」で済ませてしまうのではなく、「魔法とはこういう現象をこのように利用して起こす、法則性をもった現象なのだ」と理屈っぽく語っているものがＳＦだ、というわけである。
　とにかくＳＦとは、ある科学技術や科学理論をストーリーやトリックに応用・展開して、一種の幻想小説を描こうと試みる分野である。

　――今となっては、ＳＦ小説を好んで読むのは一部の物好きな連中に限られるようになった。海外のＳＦ小説を専門的に紹介してきた国内最大のブランド <ハヤカワＳＦ文庫> の青い背表紙は、書店の商品棚のスミへスミへと年々押しやられていき、ついには小さな書店からその姿を消してしまうに至っている。
　確かにＳＦ小説は、他のジャンルと比較しても取っ付きにくい特性を備えている。作家や作風によって雰囲気ががらりと変わるし、俗に「ハードＳＦ」と呼ばれる科学理論をフル活用したものは多少の知識と経験を積んでいなければ歯が立たなかったりもするものだ。読む人間、楽しめる人間を選ぶ、決して万人向けとは言えない分野だということは認めよう。
　だが、そのことだけを以ってＳＦ小説を蔑ろにしてしまうのはあまりではないか。中にはハインラインの「夏への扉」やダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」のように、ジャンルの垣根を越えて人々に強く支持される作品だって存在する。
　未知との遭遇、新た価値観や世界が開かれる瞬間とその刺激――センス・オヴ・ワンダーを何より強烈に示してくれるのは、間違いなくＳＦ小説なのだということを知らない人々があまりに多過ぎるのではないか。

　本書「ＳＦハンドブック」は、ひとりでも多くの人にＳＦ小説を読んでもらいたい。その素晴らしさを知って欲しいと願う人々が生み出した作品である。
　読者と評論家・作家などが選んだ人気作ランキングである「オールタイム・ベスト」から始まり、編集部が選ぶ名作集、作家たちによる「マイベストＳＦ」の紹介とエッセイ、初心者向けのＳＦ講座（ジャンルの紹介やＳＦ文学賞受賞作のリスト等）、年代別のＳＦ小説史とそこから生まれてきた名作の紹介、用語解説、既刊（邦訳）作品をまとめた一覧票などなど、ハンドブックというより「古今東西ＳＦ大辞典」といった盛り沢山の内容だ。
　巻末には「人名」および「タイトル（題名）索引」が用意されており、探し物などにも向いている。
　また一部ではあるが早川書房の刊行したものばかりでなく、他の出版社の作品もそれが名作であれば紹介しており、まさにこれ１冊を持っていればＳＦ小説界の全てが分かる本となっている。ＳＦ小説を好むものばかりでなく、これからＳＦ小説を読んでみようという者、またＳＦに全く関心がなかった者にとっても必携の一書と言えるだろう。
　ただし、今から入手するなら新世紀突入を記念して2001年に刊行された「新・ＳＦハンドブック」の方をお勧めする。
2004/07/12



「新・ＳＦハンドブック」
形態文庫 種別実用書 部門－
出版ハヤカワ文庫 値段￥740 初版2001-04-30
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆☆
　ＳＦ小説に興味がある、ＳＦ小説を読んでみようと思っているが何から始めたら良いのか分からずにいる、ＳＦをそこそこ読み進めてきたがもっと深くこの分野のことを知りたくなった、という人々にお勧めされるべき１冊があるとすれば、それがまさに本書「新・ＳＦハンドブック」だろう。
　ハヤカワ文庫ＳＦの創刊20周年を記念して制作された「ＳＦハンドブック」は『ＳＦ大百科』とも言うべき素晴らしい資料集であったが、刊行されたのは1990年。もはや新世紀のＳＦ業界には対応していけない。
　本書はそうした時代の転換を考慮して、旧ＳＦハンドブックを改訂、21世紀の情報を付け加えたヴァージョンアップ版である。
　作品の人気投票である「オールタイムベスト」も更新され、旧版のランキングには名前のなかった新しい作品――たとえばダン・シモンズの「ハイペリオン」などが登場している。
　もちろん1990年以降に刊行されたＳＦ小説のデータも加わり、更に対談コーナーの面子も一新。今から手に入れようという者があれば、旧版ではなくより充実した本書の方をお勧めしたい。
2004/07/12



「冒険・スパイ小説ハンドブック」
形態文庫 種別実用書 部門－
出版ハヤカワ文庫 値段￥720 初版1992-10-20
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆☆
　本を読む習慣を持たない者は、いざ「何か小説を読んでみよう！」と思い立ったところで何から手をつけて良いのか迷うものだ。書店で大々的にとりあげられているベストセラーは大抵の場合、大袈裟に持ち上げられ過ぎて名前だけが有名になった作品であったりするし、かといって他に本を選ぶ際の基準にすべきものに心当たりはない。
　さて、どんな作家のどんな本を選んで読むべきか……。そもそも、この世にはどんな小説があって、読書家たちはこれをどのように認識しているのか。
　そんな迷える初心者の大きな味方として、本書は存在する。

　そもそも早川書房は、海外作品の翻訳において日本一の歴史と業績をもった大手出版社である。その早川書房は営業の一環として1972年に <ハヤカワ文庫ＮＶ> というブランドを設立、精力的に海外の冒険小説やスパイ小説などを国内に紹介してきた。その活動が20周年を迎えた記念として、本書はまとめられたわけである。
　内容はタイトルを見ての通りで、1972年からの20年間で <ハヤカワ文庫ＮＶ> が紹介してきた数々の冒険・スパイ小説に親しむための手引書、ハンドブックとなっている。
　そもそも冒険小説とは何か、海洋冒険小説、スパイ小説、謀略・情報小説とはなにか、といった簡単な定義付けの問題から、それらの分野における人気ランキング（各ジャンル・ベスト30）、総合ランキング（全ジャンルのベスト100）、好きな主人公や脇役の人気投票結果、冒険小説を愛する作家たちのエッセイや対談、簡易辞典、作品と歴史的事件の関連をまとめた歴史年表、主要邦訳作品の大一覧表などなど、痒いところにも手の行き届いた丁寧な造りが特徴的で、単なるハンドブックとしてだけでなくデータベースや資料集としても重宝する。
　巻末には「題名」「作者」の両方に対応した索引がついていて、非常に使いやすい。何から読んでいけば良いのか分からない初心者は読者や評論家たちの投票によって出来あがった各ジャンルの人気ランキングを参考にし、上位作品から読んでいけば問題ない。
　小説を読みなれた玄人は、自分の知らなかった埋もれた名作を発見するために本書を役立てると良いだろう。非常に情報量の豊富な１冊なので、使い様は人それぞれ。720円と文庫本にしては多少値が張るが、600ページを超えるそのボリュームを考えれば決して損はしないだろう。
2004/07/12



「ディック・フランシス読本」
形態単行本 種別解説書 部門－
出版早川書房 値段￥1600 初版1992-11-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　 <競馬シリーズ> で知られるグランドマスター・ディック・フランシスの著作が30作を達成したことを記念して出版された、フランシスの入門書であり解説書でありファンブック。
　早川書房はこの手の記念出版を過去にも経験しており（レイモンド・チャンドラー読本など）、また得意としているようだ。それだけあって中身も大変充実している。
　フランシス本人がこの本のために寄せた序文に始まり、『ブラインド・チャンス（Blind Chance）』(1979)『キングダム・ヒル競馬場の略奪（The Rape of Kingdom Hill）』(1975)の短編２本を所収。他にも、フランシス本人や舞台となったイングランド各地の写真集、競馬シリーズの翻訳を担当する菊池光氏や九條今日子女史らによるエッセイ「フランシスと私」のコーナー、日本の騎手・評論家・女優などをゲストとして招いた座談会、フランシスが来日した際の講演模様、フランシス本人へのインタビュー、友人たちが語るディック・フランシス、競馬シリーズ30作の批評と分析、１作ごとのデータ（あらすじ、主人公、舞台、背景、原題の意味）と著名人たちによるエッセイ、「フランシスと英国」と題した各レポート……etc、まさにもり沢山である。

　個人的には「血統」の冒頭シーンで描かれたテムズ河の写真が非常にありがたかった。物語に登場した、まさにその場所が写されているためにイメージの補完に役だったのである。
　上には挙げていないが、著作リストを含んだ詳細な <ディック・フランシスの年譜> も資料的価値が大きい。この１冊があれば競馬シリーズと作家フランシスのことは大体把握できるだろう。
　フランシスに関心がない人間には普通にお勧めする程度でとどめるが、フランシスのファンには購入を義務付けるくらいしても良いのではあるまいか。買う買わないは別にしても、これはファンならば読んでおかねばなるまい。
　ちなみに２本の短編は、競馬シリーズ初の短編集として刊行された「出走：FIELDS of 13」に収録されているので、これ目当てに購入することはない。
2004/10/29



I N D E X
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作者別一覧
・ 野沢尚(1)
・ 乃南アサ(1)
・ 法月綸太郎(1)



HISASHI NOZAWA
野沢尚



「破線のマリス」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥619 初版2000-07-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　第43回江戸川乱歩賞受賞作。上のデータは文庫版のそれで、単行本としては1997年09月に同出版社より刊行されている。巻末解説で郷原宏が触れているように、福井晴敏の「川の深さは」と競り合って僅差で受賞を射止めたことでも知られる作品である。実際、古書店に100円の価格をつけられて並べられているのを見たとき、衝動的に購入を決定してしまったのはその辺りの事情（福井晴敏を相応に評価していた）も関係している。
　これもまた解説で触れられていることだが、著者は小説家としては新人扱いだが、既にＴＶ脚本家としてデビューして久しい人物で、しかも一線級の活躍を続けているらしい。1999年にはドラマ「結婚前夜」「眠れる森」で第17代向田邦子賞を受賞していることからも、それは窺える。
　確かに本書でもその手腕は確実にいかされており、「破線のマリス」を面白い本に仕上げている要因はなにかと考えていくと、脚本家的なシナリオの妙――ストーリィを盛り上げる演出的手腕が真っ先に挙げられるのではないかと思えてくる。
　対照的に純粋な小説はあまり書き慣れていないのか所々で「視点のブレ」が見受けられるし、江戸川乱歩賞選考委員会でも問題にされたらしいがミステリとしてのプロット的な問題も見えてくる。同じ固有名詞を短い文章の中で複数回使用するなど、言葉や文字の使い回しもそこまで巧みではない。が、本書のウリはやはりストーリィの面白さ。スリリングさ。それから、放送界（ＴＶ局）内部のリアリティに溢れる内部描写や根底に流れるテーマの奥深さなどにあるのだろう。小説的技法に関する多少の問題は、それらによって充分にカバーされている。
　話の内容は、高視聴率を誇るニュース番組の売れっ子編集者である遠藤瑶子が、郵政省の職員から極秘に持ち込まれた内部告発ヴィデオを受け取るというもの。その映像の内容を確信犯的に改竄し、一人の人間を破滅に近いところまで追い込んでしまったところから話は展開していく。そのヴィデオ内容とも深い関連を持つ弁護士の死は、果たして事故だったのか、他殺だったのか。
　スピード感のあるスリリングな展開、驚くべきラストなど見所は多い。



ASA NONAMI
乃南アサ



「風紋」
形態単子本 種別ノヴェル 部門長編
出版双葉社 値段￥2500 初版1994-10-05
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　文芸誌 <小説推理> において1993年８月号から翌年４月号までの間、連載された連続長編ミステリ。本書はこれを双葉社がハードカヴァーとして一冊にまとめたもので、のちに上下巻構成で分冊され文庫としても刊行されている。今回紹介するのは単行本版で、２段組で650ページちかい内容の骨太な一作に仕上がっている。解説の類はないが、終章のあとに著者によるあとがきが収録されている。
　この「風紋」は１つの殺人事件を細部にまでわたり丁寧に書き込んでいった、ミステリの枠をこえ文学的な要素さえ多分に感じさせる重厚な物語である。具体的には、ある主婦が他殺体で発見された事件をテーマに、被害者家族、加害者家族、警察、マスコミ、法曹界それぞれに至るまで、関係者が否応なく事件に巻き込まれ、またその生活や人生に大きな影響をうけて変貌していく様を丹念に描いている。
　あとがきにおいて、著者はみずから本書のテーマを直接的に語っているため、これを引用したい。
一人の人が一人の人を殺す。それだけのことが生み出す余波というものは、実ははかりしれないものがあるのではないか、当事者となんらかの関わりを持ち、それによって多少なりとも影響を受ける人は、即ち事件そのものの被害者といえるのはないか（中略）
特に犯罪被害者に限定して言えば、事件の加害者となった人間以外はすべて、被害者になってしまうのではないかと、私はそんなふうに考えている。そして、その爆風とも言える影響が、果たしてどこまで広がるものか、どのように人の人生を狂わすものかを考えたかった。
　著者の言葉どおりの作品になっていることは間違いない。その意味で、これは会心の作なのだろう。同あとがきには、主人公である被害者家族の娘に対する強い愛着が語られてもいる。
　アウトラインや主題だけでなく、構成もおもしろい。物語の前半では１つの事件が、それを取り囲む人間たちにどう影響していき、どのように波紋を広げていくか。また著者の表現を借りれば「爆風ともいえる影響」が、その人々にどのような変化をもたらすのか。これが細かに描かれる。
　かわって後半にはいると、容疑者が逮捕され、動機や事件の背景が明らかにされ、事件が法廷にもちこまれてからの流れが語られる。証拠をめぐっての逆転劇など、ちょっとした法廷推理もの――リーガルサスペンスの要素まで含まれており興味深い。

　以上のように見るべき点の多い作品ではあるが、細かな欠点も幾つか指摘できる。
　まずは文章力。純粋な日本語のうまさ、言葉の選択の妙、文章の美しさという面においては、一流とはいいがたい面がある。個人的には、上に引用したあとがきの短い文章の中でも、プロのものとして首を傾げたい箇所が複数見られたりもするのだ。長い作品なので次第に読み慣れてはくるものの、文章で魅せられる作品でない、とは言えるだろう。描写力や表現力が高しいだけにこの点は惜しい。
　それから、小説としての完成度にも問題がある。
　なにより目立つのは、資料集めの段階で得た知識や情報をまるごと詰め込んでいる点。さり気なさというか抑制というか、そうしたものとは対極に位置する演出は、本を無駄に分厚くしてしまっているような気がしないでもない。

　たとえば刑事が作成する資料だが、その書式をそのまま掲載していたりする。項目をいちいち転載し、どこが穴埋め式の空欄になっているかなど明らかにする必要があるだろうか？　死体の変化をブドウ糖がどうしたといったレヴェルまで、資料を丸写ししたような文章で描く意味があるのか。裁判でもスムーズに流せばいいところを、奇妙に細かな手順の説明を入れる理由はなにか。
　これらのものが本当に「風紋」という物語に必要不可欠な演出であったのか、正直なところ疑問である。あつめた資料、知識、うんちくは全部詰め込みたい、それでリアリティを少しでも出したい、という著者の意図が見えてしまう。

　同様の露見、努力の痕跡は、キャラクターの造型や日常描写からもやはり窺える。こうしたらリアルだろう、この人物にああした一面をもたせたら生活感がでるだろう。そのような計算が滲み出てしまうまでのリアリティの追及。これが本作のところどころに見られるのだ。プロフェッショなるなら、自然に演出の意図を悟らせることなく一流の技をさらりと披露して欲しい。
　また、細部まで書ききってしまうため読者に想像の余白が残されない点も惜しかった。イメージさせることでより生々しさを演出するという手法も考えられるが、本書ではとにかく書いて書いて書きまくるというやり方の一辺倒。これが濃密ではあるが、どこかワンパターン、「その手の心理描写は前の章でもう分かったよ」と感じさせるようなクドさをも生んでいる。

　主要女性キャラクターが全員喫煙者で、これに逃避するというのもなんだか著者の個人的な嗜好が感じられないでもないし、事件によってネガティヴな影響を受ける人間しか描写されないのも疑問。妙に人情的な若手新聞記者がそこそこ目立つポジションにあるが……事件を徹底的に金儲けや手柄の対象としてとらえ、どう甘い汁を啜るか画策するばかりの人間も配置していたほうが、より事件に奥行きがでたような気がする。
　マスコミ関係にスポットをあてるなら、特ダネ狙いの嫌らしいキャラクターを。警官側にしても、それに類するキャラクターを配置できる余地はあったはず。社会的な影響力をもつ事件は、早期解決に導けば点数になるのだ。被害者加害者そっちのけで手柄争いをする人間たちがいてもおかしくない。というより、現実にはそうした人間が存在する。もう少し、そのあたりも突っ込んでもらっても良かった気がしている。

　最後に――これは著者の責任ではないが――実際の加害者家族が、よりリアルで迫力のある手記を出してしまっていること。これは致命的ともいえるかもしれない。
　「風紋」のウリはなにか。それは、「加害者家族も犯罪においては被害者になりうるのだ」という視点である。この点に着目し、想像力を働かせて描ききった点でこの作品は衝撃作になったのだ。
　ところがその後、「「少年Ａ」この子を生んで……　父と母 悔恨の手記」が現れた。本物の加害者家族が地域社会からどのような目で見られ、どのように扱われるか、その現実を「実話」というもっとも生々しくリアルな語り口で披露してしまったのだ。それは本書の半分にも満たない文字数の書籍でありながら、同等以上の破壊力と衝撃力を秘めていた。
　事件そのものも、子供を殺して頭部を切断したあげく、警察に挑戦状まで叩きつけるという本書の地味なそれよりショッキングで派手なものであった。この点はイタイ。「加害者側の実情をしるために何を読んだらいいか」という質問に、これまでなら「風紋」といえた。しかし、立場が逆転したのだ。良くは書けているが虚構である小説より、経験したものの生の声のほうが説得力がある。ただ現実というだけで圧倒的優位性をもつからだ。
　「新しい」と評された視点が、現実によってその新鮮味を奪われたとき、これの価値は一気に下がる。「風紋」も完全な例外とは言い難い。
2005/12/27



RINTARO NORIZUKI
法月綸太郎



「密閉教室」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥540 初版1991-09-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　23歳の頃書かれた、著者の処女長編。1987年、第33回江戸川乱歩賞第３次選考落選作。
　いわゆる本格ミステリ（パズラー）に分類される作品で、ある学校の教室で男性生徒の死体が発見されるところから物語は始まる。発見者は朝一番に登校してきた同学級の女生徒で、机と椅子が全て無くなっているという不可思議な現場で、クラスメイトが首をかっ切り血塗れになって死んでいるのを見つけた。
　問題は第一発見者であるその女生徒とクラス担任の教師が、窓は全て施錠され唯一の出入り口であるドアも内側からガムテープにより目張りされていた――と証言したことにある。これが本当だとすれば密室で事件は発生したことになるのだ。
　この情報を耳にして俄然話に興味を持ち始めた、自他共に認める推理小説マニアの“工藤順也”は、本件を自殺ではなく殺人事件と考え独自の調査を開始する。果たして工藤が推測するようにこれは殺人事件なのか、だとすれば犯人は誰でどのように密室は作られたのか。現場から48人分の机と椅子が消されていたのは何故なのか。数々の謎で物語を引っ張っていくエラリイ・クイーン好きの作者による推理小説。

　大まかな粗筋だけ見ると本格ミステリとしてはなかなか面白そうではあるが、実際の内容は――というと、これは星の数を参考にして貰えれば一目瞭然である。
　23歳という年齢や、最終選考の２段回前に落とされたといった事情は、素直に「さもありなん」と言ったところだ。文章はそれなりに読めるのだが小説は完全に素人レヴェル。乱歩賞の受賞者というのは、技術に荒削りな部分が見られたとしても、いずれ花開くであろう才能や光るセンスの片鱗を窺わせてくれたりするものだが、法月にはそれがない。
　恐らくチャンドラーや原尞を思わせるハードボイルドの文体と人間描写を（ほとんどデッドコピーというありさまだが）模倣しつつ、クィーン風の本格ミステリを書こう……と試みたのだろうが、ハードボイルドを書くには致命的にセンスを欠いているせいで、冷笑や失笑を買う以外の反応を得られそうにない、やたらと気取った陳腐な文章の連続に成り果ててしまっているのが最大の欠点である。
「今ならまだ間に合います。手遅れにならないうちに嘘をついたことを認めなさい。さもないと自分の言葉に踊り続けさせられる羽目になりますよ。赤い靴の少女みたいにね」
「ギムレットには早すぎますね」
「昨日ははっきりしない空模様で、天気予報では降水確率は低かったんですが、午後からはいつ降り出してもおかしくない感じの雲行きでした」
　上の３つは全て作中に登場する高校生が口にした台詞を、そのまま引用したものである。
　これを見れば分かるように、会話にリアリティがない。ほとんど全てが文語調で、しかもキャラクターによってボキャブラリ（語彙）の使い分けができていないのだ。みんなが同じような言葉を使い、同じような口調で喋っている。
　また下手にハードボイルド的やりとりを意識しているせいで、「格好よく決めよう」「クールに演出しよう」といった試みだけが先行し、これが裏目に出るという結果に終わっている。
　方言と地方訛り丸出しの田舎ものが、意中の異性の前で格好をつけ標準語で喋ろうとしている様を見ているようだ。しかもその試みは失敗し、言葉だけは標準語だが田舎者であることを示すアクセントやら語調などは隠し切れていない。
　たとえば１番上の台詞は、前後の文章や状況を考慮しても気取り過ぎて逆に滑稽だし、２番目の「ギムレットには早過ぎる」というのはチャンドラーの『長いお別れ』からの安直な引用である。しかもそうすることに全く意味がない（たとえ作者なりにはあったとしても、完全に浮いていることは間違いない）、ただ格好をつけるためだけに強引にもってきたものだ。

　３番目のは典型的に硬過ぎる。これは物語全般に言えるのだが、無理に使用頻度の低い単語を持ち出して雰囲気に固さをもたせようとしているが、使い所の選択と頻度の問題を誤っているせいで逆効果になっている。
「予報では降水確率は低いみたいなことを言われてましたけど、昨日ははっきりしない天気が続いていて、午後からはいつ降り出してもおかしくない感じでした」等とした方がより高校生らしいだろうし、文語調で書かれた台本を棒読みしているような印象を拭えるわけだ。著者はそういう部分を調整する能力に決定的に欠けている。
　とにかく、バランス感覚のない人間が若書きして失敗した典型的なサンプルとなっているのが本作だ。とにかく事件や密室の謎だけに着目して読んでいけば、それなりに楽しめるかもしれない。だがこれを単なる殺人ナゾナゾではなく１つのエンタテイメント、１冊の小説として扱うなら評価は随分と厳しくなるだろう。
2004/07/15



I N D E X
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ぬ（nu）行
作者別一覧
・ 沼田まほかる(1)



MAHOKARU NUMATA
沼田まほかる



「九月が永遠に続けば」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥1600 初版2005-01-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　2004年度の <第五回ホラーサスペンス大賞> 受賞作。57歳（1948年大阪生まれ）の大型女性新人が誕生したということで、それなりに話題になったようである。確かに新たな才能や若い可能性の発掘を追及する新人系文学賞が、60近い人間を選出するのは異例だろう。同賞選考委員を務める桐野夏生、綾辻行人、唯川恵の三者が、特に文章力を絶賛しての受賞となった。
　そのようなわけで文章力、筆力に注目して表紙を開いたのだが――結論としてそんなに上手いとは思わなかった。プロになるなら上手くて当たり前だし、「複雑な人間関係を破綻無く書ける力には脱帽」などと論者に囁かれたところで、物語を破綻させないことが書き手としての単なる基礎的な条件である事実は変わらない。
　少なくとも新人のそれとしては、相対的に技術水準が高いことは認められる。各所で囁かれているように上手さを感じないわけではない。しかし、大騒ぎを必要とするほどのものでもなかったように思う。同じ1600円を出して買うなら、新人が書いた本だろうと歴史に名を残した作家の本だろうと関係ない。
　そういう意味では、まあ出版業界の大げさな喧伝といったところで落ち着くだろう、というのが個人的な考え。芥川賞の最年少受賞者が若い娘の中から二人出たときと変わらないのではないか。過剰に煽らないと本が売れない時代なのである。

　さて肝心の内容であるが、近年のホラー作品としては珍しく超常現象が全く存在しない硬派なものになっている。 <魔性> ともいえる大変妖しげな女とその怖さを描いた作品とも言えるが、その女の存在がファンタジィめいていて、ある意味では超常現象的な因子であると考えらなくも無いが。
　本作には二種類の怖さが存在し、それが並列的に物語の中に織り込まれている。
　一つは、主人公である中年主婦の恐怖。ある夜、サンダルをつっかけ外にゴミを出しに行った息子が、そのまま忽然と姿を消す。彼女はその息子の行方を案じながら、非日常の世界に足を踏み入れていく。息子はどこへ行ったのか、なぜ消えたのか、無事なのか、どこにいるのか。あまりに都合よく発生した愛人の転落死との関わりは。失踪人の行方を追いながら、精神的に疲労し、悪い可能性に恐怖し、捜索の過程で明らかになっていく息子の裏の素顔に驚愕する。そしてこれまで培っていた何かが崩壊していく。そうした普通の主婦の恐怖をリアルに上手に、そして丁寧に描いているのは好印象。ウリの一つだろう。
　これとは別に存在するのが、もう一人の主人公と言えなくもない <彼岸の女> の存在。筆舌し難い存在感で、望まずとも男を惹きつけて止まないこの女は、表の主人公である中年主婦の元夫の再婚相手。娘時代に二度にわたって性的な暴行を受けた経験を持ち、精神を病んだ時期があった。無意識のうちに人を虜にし、相手を破滅させながら自分もまた崩壊せざるを得ない何かを秘めた女。そうした存在の恐怖もまた、本書が売りとする演出のひとつだろうと思われる。

　ただ、こうした怖さに支えられてはいるが、傾向的に「ホラー」という言葉から連想される種のそれではなく、どちらかと言えば本書では数多くの謎が生み出すサスペンスフルな部分の方が際立っている。
　正直な話、著者の歳が歳、内容が内容なので、今後の展開に想像がつかず、また何かを期待する気になれないのも事実。文章が持ち上げられる反面、ストーリィ的にはいまいち盛り上がりに欠けると印象もある。構成力が高いので流れがよく一気に読めてしまうのだが、読了したとき心に残るものがない。スリリングではあるが、手に汗握るほどの緊張感があるわけでもない。力は認められるがファンになりにくい作品であったように思える。
2005/03/25



I N D E X
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作者別一覧
・ 二階堂黎人(9)
・ 日本語を考える会(1)



REITO NIKAIDO
二階堂黎人



「地獄の奇術師」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥718 初版1995-07-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1992年に単行本として、1994年に新書版として同社から刊行された本格ミステリ小説の文庫版。約510ページの本編に加え、20ページ近い注釈、島田荘司による「二階堂黎人論」を謳った推薦文、結城信孝による巻末解説が付属している。
　内容は、江戸川乱歩の <怪人二十面相シリーズ> などを幼少期に夢中になって読んだ熱狂的ミステリファンが、中年になって自分でも似たような作品が創作できないかと思い至って書き上げたような作品。事実、この偏見がピタリと的中していたところで何も驚く要素はない。半世紀前の、怪奇的な雰囲気を漂わせた古典探偵小説の匂いがプンプンするのだ。
　探偵役となるのは、女子高校生ながら優れた洞察力を持つ二階堂蘭子。彼女の活躍を、義兄である二階堂黎人（著者だろう）が叙述していくという、ホームズとワトソンの組み合わせを思い起こさせる作風のミステリである。
　物語の舞台は、1960年半ばから後半の東京都国立市にその異様を構える <十字架屋敷> 。実業家の邸宅であるこの奇妙な屋敷の周辺で、顔中に包帯を巻いたミイラのような男の目撃談が相次ぐ。やがて彼は欄子や黎人、その友人であり十字架屋敷の住人でもある暮林英希の前にも姿を現し、自らを <地獄の奇術師> と名乗って、暮林一族皆殺しを宣言する。
　そして <奇術師> の宣言通り、暮林家の人々が次々と惨殺されていくのだが……。
　実はこの二階堂蘭子を主人公した本格ミステリは、全10巻を目処にしたシリーズものになるであろうことが著者によって宣言されているらしい。その最初の１巻として本書があるわけだが、これは果たしてどんなものであろうか。少なくともこの作品に触れた限り、続刊を定価で購入して全１０巻を完全制覇しようという気にはなれなかった。
　古書店の100円コーナーに同シリーズのタイトルが並んでいないか、一応確認する習慣はついたものだが、新品のみを扱う一般書店で二階堂黎人の名を探すつもりは今後もない。個人的にはそういう微妙な作品だった。
2004/02/28



「吸血の家」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版立風書房 値段￥2000 初版1992-10-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　全10作からなる長編本格ミステリ <二階堂蘭子> シリーズの第二作。
　現在では第二長編として認識されている本作は、聞くところによると商用作家としてのデビュー作「地獄の奇術師」に先駆けて執筆された事実上の処女作だという。そのわりに蘭子シリーズの中では比較的高く評価された作品になっている――というのは、色々なところで耳にする話だ。その意味で、本作はシリーズの試金石になっていると言えそうである。つまり「吸血の家」に魅力を感じなければ、全10作に及ぶ蘭子ものをこの先読み続けるのはよした方が良いということだ。逆に何か得るものがあったなら、付き合っていくことを決めればよい。

　物語自体は色々な要素――物語を構成し、また彩る数多の縦糸と横糸――が織りあって少し複雑なものになっている。時は昭和44年。古くから近親婚を繰り返し、血族の女性すべてが類稀な美貌に恵まれることで知られる雅宮家。この一族の間で発生する血生臭い連続殺人事件が本作では描かれる。
　かつて当主に冷遇され憤死したという <翡翠姫> と、彼女が雅宮の一族にかけた呪い。20年以上前に発生した不可能殺人、そして時を経て繰り返される血の惨劇。かつての本格派が得意としたＢ級の猟鬼的要素がふんだんに盛り込まれているのも特徴。またそれを可能とさせるために、時代設定を昭和44年に設定しているのだろう。
　密室殺人や雪の積もった殺害現場に足跡が残っていない……等といった、シチュエーションの面白い事件が連続して発生し、読者は多くの謎を抱え込みながらストーリィを追う。犯罪に使われたトリックなども、占星術殺人事件のような驚愕は呼ばないものの、よく考えられており捻りが利いていて面白い。

　しかし必要性に首を捻りたくなる注釈が多数ばらまかれており、これが巻末にまとめて載せてあったりするため参照するたびにリズムを狂わされる。そういう意味ではたいへん読みにくく、素直に内容に集中できるかは疑問。
　また人間が全く描写されないため、殺人が起こっても悲壮さや緊迫感がなかなか感じられず、血を塗りつけたマネキンを死体役にして捜査ごっこを行っているような空虚さを感じざるを得ない。
　探偵役も何かにつけて自分の読んだ推理小説のシチュエーションやトリックの話題を持ち出し、しかもそれを根拠に現実に発生した殺人事件を追っていくため、どうもリアリティを感じにくいという欠点がある。
　リアリティを言うなら、この作品が扱うような事件など現実には起こりようがない。それを置いておくにしても、作中で起こった架空の事件や出来事を現実のもののように演出して見せることは必要だ。そこはマジックショーと同じで、タネも仕掛けもある芸をどのように不可思議に演出するかで評価は決まる。タネと仕掛けを上手く隠し、ごまかし、見る者が興ざめしてしまわないよう披露するのがエンタテイナーの仕事なのだ。本書にはその部分が欠けている。
　本格派だとか社会派だとか、そういう瑣末な問題を超越した、これはエンタテイメントとしての絶対的な命題である。ミステリの種類や手法とは何ら関係ないし、それらは言い訳にならない。
　パズラーとしては優秀な部類にあると思われるため、そうしたものを求める読者にはうってつけだろう。だがここにあるのはあくまで良く出来た殺人ナゾナゾであり、良く出来た小説ではない。
2005/02/07



「私が捜した少年」
形態文庫 種別ノヴェル 部門連作短編
出版講談社 値段￥590 初版2000-07-15
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　推理小説、ミステリ、パズラー。これらの作品を紹介するときには、犯人や重大なネタを不用意にバラしてしまわないようしなければならない。
　古書店で名作ミステリを買ったは良いものの、胸をときめかせて表紙を開いた瞬間、鉛筆で「犯人は○×だ」と書かれた落書きを発見。膝から崩れ落ちたという笑えない話を聞き知っていれば、これもなおさらである。同じような被害者を無意識のうちに生み出してしまわないよう、エチケットとして我々は注意せねばならない。
　そういう意味で本書の紹介は少し困難だと言えそうだ。というのも、基本設定に秘密の１つが隠されているからである。これは読み進めていけば序盤ですぐに明らかになることなのだが、やはり最初から知っているより読み進めるうちに自然と知るほうが良いのだろう。
　しかし、それを尊重しようとなると本書の紹介はできない。従ってこの部分にだけは例外的に触れることにして、以下では本書の簡単な解説を行っていくつもりである。不要な予備知識を得たくないというのなら、ここでページを閉じることをお勧めしておく。

　――さて、熱心なハードボイルド・ミステリのファンは、この本の表題を見たとき何かに気づくはずである。原尞の傑作「私が殺した少女」との類似に気付いたのなら大正解。本書のサブタイトルは、全て著名なミステリのパロディになっているのだ。西上心太氏は巻末の作品解説において、このタイトルに関する部分にも言及している。きちんと解答も提示されているので、それまでにクイズだと思って考えをめぐらせてみるのも良いだろう。
　これは本書の特性そのものを象徴的に表わしている。あらゆる意味で、この連作短編は原尞やチャンドラーが書くようなハードボイルド・ミステリをネタにしているのだ。
　そのことは主人公を見てみても歴然としている。彼の名前は渋柿伸介。ライセンスを持たない私立探偵で、独身。妻子はもちろん兄弟姉妹もいない。東京の立川市にある <渋柿探偵事務所> の所長兼所員である。本人は自らを「歳の割に老けた容貌の持ち主で、これまでの人生で経験してきた苦悩が顔面の肌に細かい年輪を刻んでいる」――と表現している。
　しかし彼は五歳の幼稚園児なのだった。いなくなったペットや紛失した消しゴムなどの捜索を主に請け負うが、その報酬はチョコレートやガムといった菓子類。愛車のブルーバード（原尞作品の主人公の愛車だ）はミニチュアカー。依頼人が若い女性であっても、決して肉体関係をもつことはない。

　聡明さと明晰な頭脳、相応の行動力をかねそなえた彼は、父であり捜査課の刑事であるケン一が持ちこんだ事件を吟味し、さりげない言動を通して彼に解決の糸口を与えていく。本書には表題作「私が捜した少年」をはじめ、「アリバイのア」「キリタンポ村から消えた男」「センチメンタル・ハートブレイク」「渋柿とマックスの山」の短編５本が収録されているが、どの話でもそのパターンが貫かれている。
　ケン一が家庭に持ちかえってくるのは大抵が不可解な様相を呈した殺人事件で、彼はこれの捜査に行き詰まっているわけである。これに渋柿が陰から手を貸すわけだ。
　大枠を形作るこうした事件の一方で、渋柿は友人の幼稚園児たちから非常に身近な依頼を持ちこまれる。ウサギを探したり、猫を探したりと忙しい。しかしそうした捜査が切っ掛けとなり、ケン一が担当している事件を解決するヒントを掴むことも多いのだ。
　幼稚園児にハードボイルドをやらせるため敢えてリアリティを犠牲にしている箇所が多々見られたり、そうしたリアリティの欠如がハードボイルドの本質を損なっていること、著者の年齢のせいか会話に洒落っ気や工夫があまり見当たらないこと、ハードボイルドを気取っているくせキャラクターの味付けはライトノヴェル風であること……等々、この作品には欠点も多い。
　しかし既存の名作ハードボイルドをネタにしたパロディだと考えて気軽に読めば、本書は大変興味深く、また楽しく受け止められることだろう。しかも二階堂黎人らしく、事件のトリックや謎などにはたとえ短編であろうとも手抜きはない。そうしようと望めば立派な本格ミステリとしても楽しめるのが本書なのだ。

2004/10/20



「クロへの長い道」
形態単行本 種別ノヴェル 部門連作短編
出版双葉社 値段￥1700 初版1999-09-05
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　渋柿信介を主人公とした <ボクちゃん探偵シリーズ> 第２段。著者は長編も企画しているらしいが、本書は前作に引き続き連作短編として発表されている。収録されているのは「縞模様の宅配便」（96年10月）、「クロへの長い道」（97年８月）、「カラスの鍵」（99年８月）、「八百屋の死にざま」（99年９月）の４本。いずれも <小説推理> に独立して掲載された。ちなみに古今東西のハードボイルドミステリをパロディにしたタイトル遊びは今回も健在。ローレンス・ブロックやハメットなどなかなか渋いところを攻めている。
　１冊の本としてまとめられるまでに時間がかかったのは、――著者があとがきでも言及しているが――世界最長の本格推理小説（パズラー）として話題になった「人狼城の恐怖」４部作の製作に時間をとられていたからであるらしい。いずれにしても、今後のシリーズ展開に期待が膨らむ。

　内容は前作「私が捜した少年」と大きな相違はない。警官である父親が自宅に持ちかえってきた不可解な事件の話を聞き、渋柿探偵がその解決の糸口をさり気ないやり取りを通じて父親に提供する、というパターンが貫かれている。渋柿の活動的な母親ルル子の活躍も相変わらず。
　用意された４つの事件の事件にも個性があり、小粒ながらも味わいがある。この辺りは、著者の面目躍如といったところだろう。伏線の処理にもなかなか小技が効いていてよい。
　前作に触れてこのシリーズが気に入ったものなら、今回もまた間違いなく楽しめるだろう。前作を読んでその魅力に全く理解が及ばなかった人間は、今回もやはり何を楽しめば良いのか理解に苦しむと思われる。
　人を選ぶかもしれない作品なので万人に広くお勧めすることはしないが、遊び心のある小説、 <ボクちゃん探偵シリーズ> のファンには是非手にとってもらいたい。
　ちなみに、本来なら安価で手に入る文庫版を優先して紹介するところなのだが、本書はまた単行本という形でしか刊行されていないようである。いずれ文庫落ちすることが考えられるから、未読ならそれまで楽しみをとって置くのも１つの手かもしれない。
2004/11/01



「ドアの向こう側」
形態単行本 種別ノヴェル 部門連作短編
出版双葉社 値段￥1500 初版2004-05-25
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　渋柿信介を主人公とした <ボクちゃん探偵シリーズ> 第３段。
　いずれも「小説推理」に2003年10月から翌年２月まで毎月掲載された４本の短編、 <Ｂ型の女> 、 <長く冷たい冬> 、 <かたい頬> 前後編、表題作 <ドアの向こう側> を収録。ソフトカヴァーの単行本で、2005年１月現在まだ文庫化などはされていない。
　形式的には前二冊でまとめられた作品群と変わるところはない。六歳になった渋柿少年が、刑事である父親と友人たちから引き受けた小さな仕事を通して様々な事件を解決、或いはそれに導く示唆を他人に与えるといったパターンが確立されている。年齢ごとに言葉の使い方を区別できず、文語的で不自然な会話をさせてしまうあたりも相変わらず。
　この渋柿を主人公としたハードボイルドのパロディは、著者の持つシリーズのなかで最も安定した質を保っているものなのかもしれない。遊び心満載だし、色々な試みが大方のところは成功しているようにも見える。著者本人も楽しみながら描いているようだ。今回の四作にもハズレらしいハズレがなく、一定以上の水準をすべてクリアしているのではあるまいか。シリーズのファンには間違いなくお勧めできる。
　巻末の解説は、漫画家の河内実加女史が担当。彼女は漫画版の <ボクちゃん探偵シリーズ> を手がける作家で、本書にも３ページほどそれらしいオマケを載せている。
2005/01/05



「軽井沢マジック」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版徳間ノベルス 値段￥800 初版1995-06-30
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　名探偵 <水乃紗杜瑠> シリーズの第一作。大掛かりなトリックや意外性のある犯人よりかは、列車や時刻表を使うなどしたアリバイトリックを巡る「犯人と探偵の対決」に主眼を置くこのシリーズは、時に数十人に及ぶ膨大な登場人物に複雑な構成、事件展開を誇り、いずれもが大長編であるという <二階堂蘭子シリーズ> とは違い、通勤途中に電車の中でも気軽に読めるようなミステリとして企画されたという。少なくとも著者はあとがきでそのように語っているようだ。
　同じあとがきにおいて、著者はこの <サトル・シリーズ> をクレイグ・ライスのコメディ風ミステリなどにたとえているが、これは本人が認めているように信用の置けない戯言に近いので参考にする必要はない。ライスの著作に含まれるユーモアは、半世紀たった今でも異国である日本の読者をひきつける洗練された極めてレヴェルの高いものだ。簡単に引き合いに出せるものではないのである。

　本シリーズの主人公は、 <日本アンタレス旅行社> なる旅行代理店に勤務している水乃サトル。学生時代に幾つものサークルに属していた多趣味な二八歳で、たいへんな美男であるが同時に奇怪な言動で知られる変人でもある。彼は仕事の都合上、国内の様々な場所へ出張することになるのだが、そのたびに殺人事件に遭遇し、これに深く関わっていく。
　サトル・シリーズの作品は、趣味の一つとして探偵の真似事も行う水乃サトルと、彼に淡い恋心を寄せる若い女子社員の美並由加里がそうした事件に巻き込まれ、或いは自ら首を突っ込み、これを解決していくというパターンで語られていく。
　今回の話の舞台になるのはタイトルからも分かるように軽井沢。出張帰りの途中、乗り込んだ列車が事故で停まってしまったため予定通りの帰社を断念した水乃と美並は、知り合いが経営するペンションに転がり込むことになる。その時点から彼らは、軽井沢に住む著名な作家の死より端を発する連続殺人に既に巻き込まれていたのだった――
　ライトノヴェル感覚で気楽に読めるぶん内容は薄い。国内本格派の旗手の作品だけあってミステリとしての造りはわりとシッカリしているが、小説としてエンタテイメントとしてのグレードはそれほど高くないと言ってしまって良いだろう。
　通勤電車の中で暇つぶしに「殺人なぞなぞ」の本を読むというようなスタイルが、本書に対する最も適した向き合い方とも考えられる。
　――ところで今回は手元にある現物の都合で新書版を紹介しているが、本シリーズは講談社などから文庫化されている。図書館で借りるなどではなく購入を検討しているなら、こちらの文庫版を手に取るほうがよろしいだろう。
2005/01/12



「諏訪湖マジック」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版徳間ノベルス 値段￥838 初版1999-11-30
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　名探偵 <水乃紗杜瑠> の活躍を描いたミステリで、社会人になってからの水乃を描く長編シリーズとしては２作目にあたる。
　学生時代 <100のサークルに所属する男> と呼ばれ、無類の遊び好きとして知られる変人、水乃サトルが長野県諏訪に住む同僚から行方不明の父親の捜索を依頼されることから、奇妙な謎をはらんだ連続殺人事件にまきこまれていくというのが大まかなあらすじ。
　本格ミステリと言えば現実世界では起こりそうもない大掛かりな犯罪が発生し、被害者が無残な死体で発見され、しかも現場が密室だったりするのがパターンである。またそうした不可解な殺人や、犯人が仕掛けたトリックの斬新さを競い合う傾向にあったりするジャンルだともいえる。
　二階堂黎人自体、この本格ミステリに大きな影響を受けて作家になった人間なので、やはり似たような雰囲気のある作品を好んで書く。いわゆる「新本格派」の作家なのだ。

　ところがこの <サトルシリーズ> において、著者は意外性のある犯人を用意して読者を驚かせるより、黒と見られる犯人候補をあらかじめ複数提示しておき、彼らが嫌疑を逃れるために用意したアリバイが名探偵によって破られていく過程を描くことに力をいれているように思える。
　最初から事件を起こした犯人を明確にし、その犯罪を刑事などが立証していく様子を描いた作品といえば <刑事コロンボ> などが有名だが、サトルシリーズはむしろこちらに毛色が近いのかもしれない。
　あくまで、犯人は最後まで謎であり大きな衝撃を伴う告発によって明らかになるべきである――という信条を持った読者には向かない可能性がある。
　エンタテイメントとして上質か、同じ作者の書いた別の作品にも手をつけたくなるような物語かと聞かれると首を捻らざるを得ないが、殺人事件を題材としたナゾナゾ本だと考えれば及第点の出来ではあるかもしれない。
　歴史上の謎として有名な <武田信玄の墓> の在り処はどこか？　というような横糸をわりと巧みに使って話を盛り上げようとしていたりもするので、その辺りに興味をもって読み進めていくのも良いだろう。
　ただ、序盤の刑事小説風の語り口は全体的な雰囲気を見ると浮いて見え、また無駄に冗長で退屈。著者は遊び心でやったのかもしれないが、それが味になるほど巧い書き手ではないので裏目にしか出ていない。純粋な小説としての完成度はかなり低め。巻末に短い著者「あとがき」あり。
2005/01/12



「猪苗代マジック」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版文藝春秋 値段￥1857 初版2003-07-30
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　1995年に登場した名探偵 <水乃紗杜瑠> の活躍を描いたシリーズ第４段。
　本シリーズは既に４冊分のエピソードが公開されていて、長編としては <軽井沢マジック> 、 <諏訪湖マジック> の２作、また短編集として <名探偵 水乃紗杜瑠の大冒険> 、学生時代のエピソードを収録した外伝的 <奇跡島の不思議> がある。刊行は軽井沢（'95）、奇跡島の不思議('96)、大冒険('98)、諏訪湖('99)の順。
　学生時代に <100のサークルに所属する男> の異名で知られた奇人「水乃紗杜瑠」が、好奇心から事件に首を突っ込み、これを解決に導いていく――というパターンはどの作品にもほとんど共通している。
　シリーズ通してのレギュラーキャラクターとしては、旅行代理店に勤務する変人であり美男子であり主人公である水乃サトル、同代理店勤務の若い女子社員でサトルに淡い恋心を寄せる美並由加里、警視庁の警部補で水乃の大学時代の先輩である馬田権之介などがおり、物語はその大半が彼らの視点によって進められる。
　今回の水之と美並は、新しく組むことになったツアー・パックに猪苗代の大型スキーリゾートを加えることができるか、調査のために現地を訪れる。その猪苗代で <処刑魔> を名乗る連続殺人鬼が事件を起こしたことから、サトルは半ば自ら身を投じるようにしてこれに巻き込まれていく。
　実はこの <処刑魔> による著名人の連続殺人は10年前にも発生しており、この４件の殺人に関しては既に犯人が逮捕され死刑も執行されているという設定。犯人が死んだあと、同じ手口で繰り返される凄惨な殺人は一体誰の手によるものなのか。

　プロットだけ見ると面白そうな事件を扱っているのだが、個人的な結論を言わせてもらえれば本作は失敗作。本人は巻末のインタビューで「ある計算にもとづいて意図的にそうした」と述べているが、主人公が犯人の名前を指摘するセリフで物語を唐突に終わらせたり、また犯人が犯罪に至るようになった心理や動機などが完全に省略されているあたりは納得がいかず、これらを割愛してまで優先しようとした演出も大した効果をもたらしていない。
　計算があってそうした、と主張するのは自由である。しかしそれが実際に効力を発揮し結果として形になってこそ、はじめて計算に意味が生まれる。緻密な計算にもとづき設計図をこしらえて、その図面通りに作業を進めました――と主張されても、出来上がった代物が使い物にならない製品であれば価値はゼロだ。
　実験的な試みを行う、演出のために敢えて物語の一部分を犠牲にする。それは結構だが、結果と読者の反応をあるていど計算してから行うのがプロだろう。今回の著者のやり方はその部分に対する配慮が決定的に欠けていたように思えてならない。素材がそれほど悪くなかっただけに残念。
　ところでソフトカヴァーの単行本である本書には、巻末に充実した付録がある。第１が小池啓介氏による二階堂黎人作品の解説。15ページにわたって文芸界における著者の位置づけから、ミステリとしての特徴、各シリーズの分析などに渡るまで幅広く語っている。
　それから20ページ近い、同氏と二階堂氏とのインタビューも収録されている。質問事項は多岐に渡り、二階堂黎人という作家を知る上では欠かすことのできない参考資料になっていると思われる。また著者の作品リストもまとめられているので便利。
2005/01/05



「稀覯人（コレクター）の不思議」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版光文社 値段￥876 初版2005-04-25
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　「奇跡島の不思議」、「宇宙神の不思議」につづく探偵・水乃サトルシリーズの第３作。
　かつて、手塚治虫という漫画家がいた。「鉄腕アトム」の生みの親として知られており、日本人にとっては総理大臣より広く認知され、慕われている人物かもしれない。
　その手塚氏はすでに故人であるが、漫画文化の発展に大きく寄与貢献した大人物のひとりであるため、現在においても熱狂的なファンが多数存在する。
　そんなファンたちの中には、古今東西にわたる手塚氏の著書を収集してまわる「コレクター」がおり、日夜、古書店を回りめぐっているという。

　彼らは時として一種の争奪戦を繰り広げることがあるが、これは塚氏の作品の中に極めて稀少価値の高い――たとえば絶版になったり、数が出回らなかった本などが存在するためである。こうした稀少本には、場合によって数十万円から数百万円のプレミア価格がつくこともあるらしい。
　一般人が自慢の古美術や骨董品をもちあい、これの市場的価値を専門家に判断してもらうというＴＶ番組があるが、手塚治虫の漫画本がまれに出品され、高値を呼んで視聴者を驚かせることがある。珍しい手塚治虫の著書は、まぎれもなく <お宝> なのだ。

　前置きが長くなったが、本書「稀覯人の不思議」では、そうした「手塚治虫の稀少本」を巡って起こった殺人事件がメインテーマとされている。
　手塚治虫愛好会の会長であり、稀少本の熱心なコレクターでも知られる男性が密室のなかで殺害され、そのコレクションのうち何冊かが盗まれるという事件が発生。会長は誰に殺されたのか。稀少本が盗まれたのはコレクターが犯人だからなのか？　この謎に、同愛好会の会員でもある素人探偵・水乃サトルが挑む……というのが大雑把な話の筋である。
　珍しい本を血眼になって探し回るマニアの心理や、奥のふかい古書業界の事情、それらに付随する数々のうんちくなどを交え、ときにコミカルに物語を進行していく本書は、その形式といい魅力の持たせ方といい、「死の蔵書」からはじまるジョン・ダニングのクリフ・ジーンウェイ・シリーズを連想させずにはいられない。
　ただ、アメリカの古書業界についての知識のうんちくが散りばめられているダニング作品と比較すると、手塚治虫の漫画本に焦点をしぼった本書は、手堅く小さく作品をまとめているといった感を拭えない。もちろん是非は問えないが、ダニングの本を読んだあとでは何となく物足りなさを覚えたり、二番煎じな印象を受けたりすることもありそう。
　スケールと密度、エンタテイメント性を２まわりほど小さくした日本版「死の蔵書」といった評価が本書には相応しそうである。

　とはいえ、世界的に高い評価をうけたダニングの「死の蔵書」を比較対象にもちだすのは、話としてあまりに酷というものだ。「死の蔵書」の存在を考えなければ、本書も及第点をつけられる相応の作品として読めることだろう。雰囲気も出しているし、過去に存在したネタのアレンジに過ぎないが本格ミステリ的なネタやトリックもきちんと取り入れて消化している。手塚治虫関連のウンチクはそれなりに面白いし、マニア心や古書業界についても上手く描写されていると見ていいだろう。
　ただ、本書に900円ちかい金額をだすなら、文庫版が刊行されるまでまって少し安く手に入れるか、同じくらいの値段で買えるダニング著「死の蔵書」の購入を――未読であるのなら――お勧めしたい。
2005/07/23



NIHONGO WO KANGAERUKAI
日本語を考える会



「日本語の常識・非常識」
形態文庫 種別実用書 部門－
出版角川文庫 値段￥667 初版2003-04-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　日本語は、世界に存在する言語のうちでも最も習得の難しい部類に入る言葉であるという。
　確かに同音異義語が多数存在するし、ひらがな、カタカナ、それにかなりの数の漢字をマスターしなければ日本語の読み書きを充分にこなしていくことはできない。２６文字のアルファベットを組み合わせるだけで全てがことたりる英語とは比較にならない努力が必要とされるのだろう。
　昨今は正しい日本語の修得をする以前に、スラングや流行語ばかりに気を取られる若者が多いせいで、日本国民であるにもかかわらず満足な日本語を使いこなすことのできない輩も増えてきた。
　だが、本書はそうした日本語の不自由な連中のために書き下ろされたものではない。より上手に日本語を使いこなすことができるよう努力する意思を持った人間を対象に、そのステップアップを手助けするための書物だ。

　本編は全３部から成り立っており、第１部では普段から何気なく使っている言葉の本来の意味、そのルーツ（生まれた由来）の紹介のほか、故事成語やことわざに関する知識などについて書かれている。
　変わって第２部では、「賞味期限と消費期限」「陶器と磁器」「降雨量と降水量」「震度とマグニチュード」など似ているが厳密には微妙に違った意味を持つ言葉の解説を、第３部においては日本人が勝手に捏造した日本語であるともしらず、ＵＫやアメリカでも通じると信じられている和製英語の指摘と、それが本来のイングリッシュではなんと表現されているか、たとえば――
『イメージアップ（image + upの造語）』　→　『improve one's image（本来の英語）』
『サイン（sign：著名人に貰う署名）』　→　『autograph（本来の英語）』
　……等などのマメ知識が解説されている。
　日常生活を営む上で必要不可欠な知識ではないが、少なくとも本書の内容をきちんと履修しておけば、アメリカへＮＢＡの観戦に行ったとき、笑顔で「サイン・プリーズ」と色紙を差し出しスタープレイヤーに失笑されるような無様な真似をせずに済むことだろう。
2004/07/16



I N D E X
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「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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つ(tsu)行
作者別一覧
・ 柄刀一



HAZIME TSUKATO
柄刀一



「3000年の密室」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版光文社文庫 値段￥629 初版2002-03-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1997年の第８回鮎川哲也賞最終選考落選作。翌1998年に原書房より単行本として出版されている。
　密室状態の洞窟から、3000年前に殺害されたと思われる死体が見つかる。この縄文人男性のミイラ――通称サイモンの発見は、学会に大きな波紋をもたらす。更に発見者が行方不明となる事件が起き、物語は急展開を迎える。
　3000年前にサイモンを殺したのは誰か。密室状態の中でどのように殺したのか。また、サイモンを発見した学者の行方は。なかなか基本プロットは面白い。ありえないシチュエーションで、ありえないミイラが発見される。どことなく。ホーガンの「星を継ぐもの」を思い起こさせる話である。
　だが、最終選考で落選したのに納得のいく作品でもある。プロットは面白いが、作品そのものは特に眼を見張るほどのものではない。正直、「星を継ぐもの」と同等の衝撃や感動、手に汗握る展開を期待した読者は落胆することになるだろう。自分がそうだった。
　ヒロインに感情移入もしにくいし、彼女の価値観や陳腐な正義感も個人的に気に食わない。理系人間の描写も、森博嗣に先にやられているのでインパクトはない。結局のところ、先人の試みを色々と取り入れながら、どれも先人のそれを超えるクオリティに仕上げることができなかった作品といえる。30年前にこれを書いていたなら、それなりに評価はできたのだが……二番煎じに星はつかないだろう。
2003/11/30



「殺意は幽霊館から 天才・龍之介がゆく！」
形態文庫 種別ノヴェル 部門中編
出版詳伝社文庫 値段￥381 初版2002-06-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　「長すぎない短すぎない中編小説の愉しみ」を謳う、詳伝社文庫のドラマティック・ノヴェレットの１冊。通称、400円文庫。
　ＩＱ190の天才、天地龍之介が温泉地の「幽霊館」で発生した不可思議な殺人事件に挑むミステリ。
　タイトル、主人公のネーミングセンス、ＩＱ190の天才といった基本設定などの段階から程度の知れる作品。事実、それが良くも悪くも裏切られることはない。これに400円出すなら、古書店に行って100円で売られている名作文庫本を４冊購入するほうが経済的だろう。他人には勧められない。
2003/11/30



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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て(te)行
作者別一覧
・ バリィ・デイヴィス(1)
・ フィリップ・Ｋ・ディック(1)
・ 寺山修司(1)



BARRY DAVIES
バリィ・デイヴィス



「ＳＡＳサバイバル・マニュアル」（原題：The SAS Escape, Evasion & Survival Manual）
形態単行本 種別参考書 部門－
出版原書房 値段￥1800 初版1997-07-10
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　世界最強の特殊部隊として名高いSAS（英国陸軍特殊空挺部隊）に18年在籍、各国の航空機パイロットや特殊部隊のサヴァイヴァル技術教官をつとめたＢ・デイヴィス氏によるサヴァイヴァル教本。日本語版の翻訳は飯塚孝一氏による。
　本書は、特殊部隊に在籍した20年近いキャリアを通じ、著者が実体験を経て習得した「あらゆる状況下において自己の肉体および精神を保護する術」を紹介する興味深い書籍である。
　地震大国である日本において、サヴァイヴァル教本はよく売れる方なのではあるまいか。防犯グッズへの関心も高まっているようであるし、本書に類似した内容の書籍も近年そこそこ出回るようになっている。が、ことサヴァイヴァル教本においては、どれも頭でっかちの専門化が知識のみで著したもの――というような印象が拭えないものが多いようである。
　実際に幾多の死地を乗り越えてきた人間が、その経験をいかしてまとめ上げたといった本は――まえがきで著者自身が指摘するように――なかなか珍しい。そういう希少性にあって、既に本書はあるていど評価されて良いものだろう。書きあらわされた教訓や心得のひとつひとつに説得力がある。これは決して、著者のもつキャリアと無関係ではない。

　さて、肝心の内容についてだが――本書は大きく16章構成になっている。それぞれの章ごとに「捕獲」「脱出・逃亡」「回避」「サバイバル」「応急処置」「水の確保」「退避所」「火」「食事」「野生の食用植物」「食肉の確保」「魚の捕獲」「航法」「探索および救難」「海上でのサバイバル」「護身術」とテーマを設け、あらゆるシチュエーションに対応できるよう設計されている。
　ウェイトも様々で、たとえば最終章の「護身術」は人間の急所を大雑把に列挙する程度の極めて浅い内容になっているが、反面、「サバイバル」や「応急処置」といった本書のメインテーマとなり得る章については相応に深く切り込んでいる印象がある。
　どの章にも共通しているのは、その状況下において維持しなければならない精神状態と、おさえておくべき最低限の処置法を強調している点である。つまり、基本を重視した大変に正攻法的なアプローチの書籍ということになる。
　実際、サヴァイヴァルに必要とされるのは細々とした知識や最新式の機材ではなく、冷静さや状況との正しいむきあい方、そして最低限の知識とそれを活用する発想力なのだろう。本書の根底にはそうした明確な主張が感じられる気もする。

　４章「サバイバル」に、防災用品――いわゆるサヴァイヴァル・キットを紹介するコーナーがある。ここでは「カミソリの刃」「コンドーム」といったユニークな品々まで紹介されているが、これらが何の役に立つのか、読者は読者なりに想像しながら読んでいくと面白いだろう。
　大切なのは、紹介されている物を個々で調査し、自分なりに知識や理解を深めていくという姿勢に違いない。本書は広く深いサヴァイヴァルの世界を紹介した「索引」に過ぎない、と考えることもできるからだ。興味のある項目をみつけたら、本書をステップに個々がそれを独自に研究していく。生活環境を見回し、「もしも」のケースを想定してみる。緊急時に周囲に転がる物品がどのように転用でき得るかをイメージしてみる。本書は「これを読めば完璧」といったものではなく、そうした「切っ掛けを与えてくれる書」として受け止めるべき１冊なのではないだろうか。
　巻頭に「ＣＷニコルの推薦文」、「著者まえがき」と「謝辞」が、巻末には「訳者あとがき」あり。本編約350ページ、モノクロ。ただしキノコのスケッチについては、食用キノコ・毒性キノコを見分けるために着色されている箇所もある。ほとんど全ページに理解度を深めるための効果的な図解が配置されていて親切。
　日本では1997年に紹介されているが、英語による原書はその前年1996年に発表されている。著者はすでに同種のサヴァイヴァル教本を１冊刊行しており、本書はその第２段という位置づけ。
2005/02/28



PHILIP K. DICK
フィリップ・Ｋ・ディック



「マイノリティ・リポート」（原題：THE MINORITY REPORT）
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編集
出版ハヤカワ文庫 値段￥640 初版1999-06-30
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　ＳＦ界の大物、ディックの短編集。ディックと言えば、一般にはハリウッド映画を通して有名だろう。彼の名前や著作を読んだことが無くても、シュワルツェネッガー主演の『トータル・リコール』や、ハリソン・フォードの『ブレードランナー』、トム・クルーズ主演『マイノリティ・リポート』などの映画を観たことがあるという人は多いはず。これらの映画は、全てディックの小説を原作として映画化した作品だ。
　まず『ブレードランナー』は、ディックの長編「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を元にしているし、『トータルリコール』は本書に収録されている「追憶売ります」を、『マイノリティ・リポート』もやはり本書の表題作である同名の短編小説を映画化したものだ。
　ディックファンからすればシナリオも世界観も大幅に改変されたものばかりで、まともに映画化された作品など皆無――ということになるのだろうが（実は自分も少なからずそう思っている）、いずれにしてもディックの功績や後世の作品に与えた影響力を示すのに、ハリウッド映画を持ち出すのは一番手っ取り早いし通りも良い。これは多くの人々が認めるところだろう。
　さて、本書は長短合わせて膨大な著作を誇る、そのディックの短編作品集である。収録作品は以下の７本。翻訳は「世界をわが手に」が大森望、「追憶売ります」が深町眞理子、あとの５本は全て浅倉久志。

・マイノリティ・リポート（the Minority report）1956.01
・ジェイムズ・Ｐ・クロウ（James P. Crow）1954.05
・世界をわが手に（the Trouble with bubbles）1953.09
・水蜘蛛計画（Waterspider）1964.01
・安定社会（Stability）未発表
・火星潜入（the crystal crypt）1954.01
・追憶売ります（We can remember it for you wholesale）1966.04

　これは傑作集と言い換えても良いだろう。粒揃いで、恐らくはＳＦ入門者にも読みやすいと思われる。様々なアイディアや奇抜な世界設定も面白いし、ディック特有の退廃的な雰囲気やブラックユーモア、形而上学的なテーマも盛り込まれていてバラエティ豊か。
2003/12/08



SHUJI TERAYAMA
寺山修司



「ポケットに名言を」
形態文庫 種別その他 部門－
出版角川文庫 値段￥350 初版1977-08-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　寺山修司が独断と偏見で選び集めた名言・格言集。古書店で100円で売っていたので試しに購入してみたが、その価格以上の価値を見出せる本だったかと問われると首を捻りたくなる。
　そもそも格言やら名言やらを集めたがる人間は、決まって自己陶酔型のいけ好かない人間なのだ。何故そう言えるかというと、寺山修司が名言を集めた本の中に自分の言葉を入れてしまうような男であり、何より自分自身がそういう人間の代表だから。
　――この本によると、フランツ・カフカはこう言ったそうだ。
「なぜ人間は、血のつまったただの袋ではないのだろうか」
　人間が血のつまったただの袋だと思いたがらないのは、たぶん人間だけだと思う。



I N D E X
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と（to）行
作者別一覧
・ ジャック・ドワイヨン(1)



JACQUES DOILLON
ジャック・ドワイヨン



「ポネット」（原題：Ponette）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥640 初版1998-03-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
青林霞著「ポネット」の頁参照。



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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た(ta)行
作者別一覧
・ ハリイ・タートルダヴ(2)
・ オーガスト・ダーレス(5)
・ 大衆文学研究会(1)
・ 高里椎奈(1)
・ 高橋克彦(1)
・ 高畑京一郎(4)
・ 高見広春(1)
・ 高村薫(1)
・ 鐸木能光(1)
・ 武田鉄矢(1)
・ 田中芳樹(4)
・ ジョン・ダニング(3)



HARRY YURTLEDOVE
ハリイ・タートルダヴ



「精霊がいっぱい！」（原題：The Case of the Toxic Spell Dump）上下
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版早川文庫 値段￥640+640 初版1999-04-30
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　間違いなく手練の書き手による作品。また、――”The Case of the Toxic Spell Dump”という作品に『精霊がいっぱい！』という邦題をつけてしまうのはどうかと思うが――訳者にも恵まれた作品といって良いと思う。原書は1993年にアメリカで出版。本書はその日本語版で、翻訳者は佐田千織。解説はＳＦ評論家の高橋良平。文庫サイズ全２巻で、両巻合わせて約650ページの大作。
　本書を簡単に分類するなら、ファンタジー小説のラベルを貼り付けるのが妥当だろう。とはいっても中世ヨーロッパを舞台にした剣と魔法の物語だとか、甲冑に身を包んで剣を振りまわす騎士などが出てくる類の話ではない。もし現代の科学技術が、「魔法」によって支えられていたら……神と精霊が実在していたら、毎朝出勤するときに利用するのが自動車ではなく、空気の妖精と契約した空飛ぶ絨毯だったら、というＩＦの現代を描いた作品である。

　真に優れたファンタジー小説はサイエンス・フィクションとして見たときもまた傑作である、というのが持論なのだが、本書「精霊がいっぱい！」もそれを裏付ける代表例となりそうだ。何故なら著者タードルダヴは、自分が構築した魔法と精霊に支配された世界を科学的な眼で眺めているからだ。我々の世界で自動車が吐き出す排気ガスが深刻な環境問題を生み出しているように、物語世界では空飛ぶ絨毯が舞い上げる埃や糸クズが同様の環境汚染を起こし、問題視されている。
　この世界では、魔法は人間に恩恵をもたらす代償として、環境に打撃を与える諸刃の刃として描かれているのだ。それはつまり、我々が知る科学技術と全く同じ特性を備えているということを意味する。

　本書の主人公は、そういった魔法が環境に与える影響を調査し、また法が定める基準を超えた汚染を取り締まることを生業とする「環境保全局」という役所の若き調査員、デイヴィッド・フィッシャー。
　彼はある夜、電話に宿る小鬼の叫び声に起こされた。それは環境保全局の上司からの連絡で、とある「魔法産業廃棄物処理場」から有害物質が漏れ出している恐れがあるので、可及的速やかに、だがあまり目立たないように調査して欲しいと頼まれる。
　そこで雑事に溺れながらも調査を始めると、過去の統計データから前代未聞の被害状況が明らかになる。果たしてその産業廃棄物が元凶なのか、それとも他に何らかの原因があるのか、調べを進めていくうちに主人公は国家規模の騒動に巻き込まれていく。
　随所にクスリとさせられる茶目っ気が見られる設定と、時折ピリッと辛めに攻めてくる社会批判、スリリングなストーリィと、主人公カップルの微笑ましい生活などなど、本書には見所が多い。
　老若男女、大抵の人にお勧めできると思う。ファンタジーが苦手という人も試してみる価値があるのではないだろうか。
2004/02/03



AUGUST DERLETH
オーガスト・ダーレス



「アンドルー・フェランの手記」（原題：The Manuscript of Andrew Phelan）
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編
出版青心社 値段￥640 初版1988-12-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　アメリカの怪奇幻想小説専門パルプ雑誌『Weird Tales』1944年03月号に掲載。日本語の翻訳は大瀧啓裕氏によってなされ、青心社の「クトゥルー２　永劫の探求」（The Cuthulhu Mythos Vol.2）等に収録されている。上記の書籍データは、最も入手しやすい青心社文庫「暗黒神話体系シリーズ　クトゥルー２」のそれ。オーガスト・ダーレス著、大瀧啓裕編。

　クトゥルー神話と呼ばれる、神話体系がある。創始者はＨ.Ｐ.ラヴクラフトと、彼の試みに協賛した複数名の作家たちで、彼等は互いの作品間で世界観や登場・言及される小道具を共通させることにより、この神話を紡ごうと試みた。これらのムーヴメントは1900年代前半から半ばにかけて起こされたが、その余波と影響力は現代にも生き残っており、このクトゥルー神話を題材にした小説やその世界観や雰囲気を借りた文学・映像作品は数多く生み出され、またこれからも排出され続けることだろう。
　――さてここまでの解説を読んだ時点で、「クトゥルー神話」を既に知っており、これに積極的に親しもうとする人間、「クトゥルー神話」に関しての詳細は知らないが漠然とした興味くらいなら抱ける人間、「クトゥルー神話」にもラヴクラフトたち作家にも全く興味関心などないという人間が様々に現れるだろう。ここから先は、何らかの形で「クトゥルー神話」に関心を持つ人間のために解説する。

　創始者ラヴクラフトを除き、「クトゥルー神話」の成立と成功に最も貢献した人物をひとり挙げよと言われれば、恐らく大抵の人間が本書の著者、オーガスト・ダーレスの名を推すだろうと思う。ラヴクラフトが生み出す神話世界に心酔し、これの布教に尽力して「クトゥルー神話」を世に知らしめたのが彼だからだ。彼の活動がなければ、クトゥルー神話が日本語に翻訳されることもなかったかもしれないし、だとしたらこうして本書を手に取る機会を我々は与えられなかったことになる。従って、彼の功績は賞賛されるに相応しいものだったと言えるだろう。
　だが、ダーレスは賞賛と同じ分だけ――或いはそれ以上の罵声を浴びせられて然るべき存在でもある。善でも悪でもない混沌としたクトゥルー神話の世界に、キリスト教をベースにした陳腐な善悪二元論を導入し、善なる神々＜旧神＞と邪神＜旧支配者＞の対立という安直な図式を作り上げたのは彼だ。さらにクトゥルー神話の神々に４大精霊（火・水・土・風）を連想させる意味不明な属性を与え、勝手な相関関係をでっちあげたのも彼である。
　こうした試みはクトゥルー神話体系の持つ本来の魅力を奪い、大衆への分かりやすさを追求するあまり矮小化させるだけの愚行に過ぎない。……そう考える者は多いし、どちらかというと自分もその見解に賛意を表したいところだ。
　そういうわけだからして、功罪半ばするオーガスト・ダーレスを評価するのは非常に難しい。ただ多くの人々が認めるのは、編集者としてはかなり優秀な人物だったということ。そして作家としては、あまり見るべき点を持たなかった人物であったということ。
　彼は文章と構成が平坦で、その著作もあまりパッとしないし評価もされていない。著者としてより編集者としての実力の方が認められていたようだ。

　そんなダーレスの創作の中で、「比較的読める」「佳作くらいとは評価できる」とされているのが、本作を代表とする「ラバン・シュリュズベリイ」シリーズである。
　海底都市ルルイエで深い眠りにつく邪神クトゥルーに関して、長年研究を続けてきたシュリュズベリイ博士を主人公とするこの連作短編シリーズは、『永劫の探求』と題する全５本の短編から成り立っている。本作「アンドルー・フェランの手記」はその第１作に位置付けられている作品。

　第１作目ということでプロローグ的な話で、シュリュズベリイ博士が募集した研究助手の職に採用された若者、アンドルー・フェランの目を通して、シュリュズベリイ博士が邪神クトゥルーとその信者たちを対象にどのような研究や冒険を行っているかが語られている。
　
2004/02/03



TAISHU BUNGAKU KENKYUKAI
大衆文学研究会



「歴史・時代小説ベスト113」
形態文庫 種別手引書 部門－
出版中公文庫 値段￥1000 初版2001-01-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　歴史小説、時代小説と聞いてイメージされるのはどのような作品だろうか。個人の読書歴や嗜好によって返ってくる答えはまちまちであろうが、捕物、仇討、剣豪、忍者、伝奇、史伝、戦国江戸物など様々な種の小説が、この範疇に含まれ得る。
　本書は、大正時代の <半七捕物帳> から現代の新作に至るまで、これら多様な歴史・時代小説を厳選し、ベスト113として紹介するガイドブックである。
　ところで本書、堂々と「ベスト113」を名乗ってはいるが、一般や評論家の投票やアンケートを募って人気ランキングを行っているわけではない。単に、大衆文学研究会が113本の小説を任意に選んで並べただけのものだ。故に、『ベスト』という言葉は大衆文学研究会がそうだと考えているだけで、何かに裏打ちされて出てきたものではないことを最初にお断りしておく。

　本書の特徴は、一つの作品を <ポイント> <あらすじ> <解説> <作家紹介> <初出と流布本> という五つの項目から分析・紹介している点にある。最初の <ポイント> で、歴史・時代小説としての客観的位置付けや受賞歴などを紹介し、 <あらすじ> と <解説> とで作品の内容を具体的に案内。これを、著者や初出、どのような形態の本として出版されたか等というデータを紹介する <作家紹介> <初出と流布本> の二項で補足するといった流れだ。
　これらは非常に良くまとめられており、一通り眺めればそれがどのような本なのか読まずとも雰囲気を掴み取れるくらいの役割は充分に果たしている。発表年代順に並べられているようだから、通してみていけば歴史・時代小説の大まかな変遷をたどることもできるだろう。

　以上のような長所は確かにあるのだが、実を言うと本書には欠点・短所の方が大きく目立つ。
　第一に、参考資料や辞典としての使い勝手の悪さだ。使用者は、巻頭に並べられている『作品名』一覧からしか、どこに何があるのかを探せない。作者別に整理された別の目次や巻末索引などが一切用意されていないので、目次を見た限りではその作品が誰の手によって書かれたものなのかを知ることすらできないのである。
　また、 <あらすじ> の項目で物語の内容をバラし過ぎているのも、ある種の読者にとっては非常なマイナスポイントとなり得るだろう。冒頭から物語の結末、大まかなネタまでご丁寧に紹介されているせいで、未読の人間は大変迷惑する。どんな結末が待っているのか胸を高鳴らせながらページをめくる楽しみを奪われてしまうからだ。推理小説を読む前に、あらすじで犯人とトリックとを教えられることを喜ぶ者は少数派だろう。
　本書は、この辺りの配慮に著しく欠けたところがある。結局、誰が何の目的で使用することを想定して編集された本なのか、良く見えてこないのだ。初心者のガイドブックとするには不適切であるし、ある程度ジャンルに慣れた者に辞典的な使い方をしてもらおうと考えているにしても、索引がないのは致命的だ。
　ある意味、大衆文学研究会が自分たちのために酔狂でまとめた一冊と見えないこともない。
　内容の充実は認めるが、使い勝手の悪い本――それは、良く切れるが鞘からなかなか抜くことのできない日本刀のようなものではあるまいか。
2004/09/13



SHIINA TAKASATO
高里椎奈



「銀の檻を溶かして」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥880 初版1999-03-05
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　講談社が主催する <メフィスト賞> の第11回受賞作。新書サイズの <講談社NOVELS> に収録されている作品で、本編は２段組×270頁。巻末には短いが著者によるあとがきと、大森望氏による作品解説が収録されている。ざっと調べてみたが、2004年10月現在、文庫化はされていないらしい。
　本書は <薬屋探偵妖綺談シリーズ> の第１作に位置付けられており、「金糸雀が啼く夜」「黄色い目をした猫の幸せ」「緑陰の雨 灼けた月」「悪魔と詐欺師」「白兎が歌った蜃気楼」「本当は知らない」「蒼い千鳥花霞に泳ぐ」「双樹に赤鴉の暗」「蝉の羽」「ユルユルカ」などの続刊が多数発表されている。
　――個人的な話をさせてもらうと <メフィスト賞> はあまり評価する気にはなれない。する理由がないからだ。
　なんと言っても中途半端な作家、作品が多いのである。第１回の森博嗣然り、２回の清涼院流水然り、３回、９回の蘇部健一、高田崇史然り、誰をターゲットに何をしたいのかがいまいち伝わってこない。彼らはそろってキャラクターを漫画やアニメで良く見られる記号化やディフォルメ化で個性だたせようとする。これは、中高生を対象としたいわゆる「ライトノヴェル」で盛んな手法なのだが、それゆえに大人の眼にはどうしても幼稚に見えてしまうので、一般的には受け入れられにくい。
　確かに商品として好評を得ることはあるかもしれない。活字離れの問題が囁かれる中、こうして漫画と小説の中間に位置するような作品に人気が集まるのも分かる。しかし本を良く読むものなら誰もが知っていることだが、歴史的な名作が絶版図書として書店から姿を消す時代である。売れる本が作品として素晴らしいものであるとは限らないのだ。

　本書、高里椎奈の「銀の檻を溶かして」はそうした特性を備えた <メフィスト賞> の受賞作らしい作品である。ジャンルは大雑把にいうとミステリ。怪しげな薬屋を営む３人組の妖怪たちが、副業として妖怪の起こす事件を解決していくという一風変わった物語である。
　この３人組というのが、またアニメティックな存在だ。１人は探偵役を務める大変な美少年で、その本性は妖怪。もうひとりは小動物のような姿をした精霊で、普段は愛らしい子供の姿をしている。３人目も同様に非常に優れた容姿を備えた男で、その正体はイギリスから海を渡ってやってきた妖精の１種ということになっている。
　彼らは人間社会との融和・共存を望む人外であるが、世の中には人間社会に迷惑をかける妖怪や悪魔もいる。これらが騒動を起こし、自分たちの生活にまで被害を及ぼすことを何とか避けたいと考える３人は、妖怪たちが巻き起こす数々のトラブルの処理を副業として請け負っている、という次第だ。
　この作品はミステリだからして、彼らの元に持ち込まれた事件が発展していき、やがて不可解な密室殺人へと至る。これを３人組が鮮やかに解決していく様を描いたのが本書ということになるだろう。

　突拍子もない人物を主役に据えるとき、著者が注意しなければならないのはリアリティに関する問題である。ミステリは怪奇的、猟鬼的、幻想的であってもいい。だが、その代償としてリアリティ（現実性）を失ってしまうと感情移入が難しくなったり、事件そのものに緊迫感が出なくなったりする恐れがあるのだ。
　本書はその点において失敗しているように思える。キャラクターの演出に力を入れすぎ、世界観の調整を忘れしてしまっているような感じがするのである。ストーリィや作品が形成する雰囲気・世界観に読者を引きずりこむだけの吸引力がない。
　この物語では人が死に、殺人事件としてこれが処理されていく。だが人が死ぬことの悲壮感や被害者への同情心、事件が演出する緊迫感や恐怖感などがまったく漂ってこない。キャラクターの描写に文字を使いすぎ、世界観の演出を不足させてしまったためミステリというよりは、ファンタジー小説を読んでいるような気分にさせられるからだ。事件にせよ人間にせよ、本書の中では重さや温度、匂いがかんじられない。
　続編ではこうした部分に改善を見たいものである。
2004/10/19



KATUHIKO TAKAHASHI
高橋克彦



「あやかし」上下巻
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版双葉文庫 値段￥838+781 初版2003-01-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　直木賞作家が送る渾身の駄作。単行本は2000年10月に発刊されている。文庫版は上下巻構成で、２冊合わせて1619円（税別）の買物となる。個人的には、時間と金の無駄になるだけだと考えるので購入はお勧めしない。どうしてもというなら、図書館で借りて読むと良いだろう。
　大雑把に言えば「吸血鬼」もの――ということになるだろうか。鬼にまつわる伝説に彩られた岩手県Ｓ町とイングランドのロンドンなどが舞台。Ｓ町で交通事故が起こったが、被害者の血は人間のいかなる血液型にも合致しないものだった。これを不審に思った人々が調査を進めていくうちに……というようなストーリィ。
　前半は普通に楽しめるものの、後半から終盤にかけては、著者の果てしない暴走で完全に読者は置き去り。書いている方は楽しいのかもしれないが、読むほうはシラケきってしまう。この辺りが駄作と言い切ってしまう大きな理由。
　閉鎖的な性格の小さな町で起こる吸血騒動というと、スティーヴン・キングの『呪われた町(Salem's Lot)』 や小野不由実の「屍鬼」などを連想するのだが、本作は残念ながらキングや小野作品と比べられるだけのレヴェルにない。風呂敷を広げ過ぎて収集がつかなくなっていたり、荒唐無稽な設定を我がもの顔で推し進めるなど、プロとして必要な客観性の維持や感情の制御がまるでできていない。著者には小野やキングの作品を読んで出直すよう勧めたくなる。
2003/11/18



KYOICHIRO TAKAHATA
高畑京一郎



「タイム・リープ　あしたはきのう」上下
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版電撃文庫 値段￥485+485 初版1997-01-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　筒井康隆が、ある少女のタイムスリップ事件を描いた「時をかける少女」という子供向けの小説を書いて話題になったが、この「タイム・リープ」はその典型的な現代版と言える作品だろう。
　ただし「時をかける少女」という作品は1965年、タイムスリップを題材とした作品にまだ幾ばくかの新鮮味を見出せる時期に発表された。だが「タイム・リープ」は、タイムスリップ系のネタが使い古された1990年代末に刊行されたのである。中高生向けのライトノヴェルであることを加味しても、まったく目新しさがない。
　話の流れも平平凡凡で、帯の宣伝文句『高畑京一郎が贈る珠玉の名作』というのは些か度が過ぎるのではないか、という印象を抱く者も少なくあるまい。きちんと科学考証もやっているし、タイムリープ現象を分かりやすく丁寧に噛み砕きつつ取り上げていることも評価はできる。が、それはある意味この手の話ではやっていて当然のことであって、殊更とりあげて褒め称えるようなことでもない。
　結局、400ページ程度の作品でありながら上下２冊に分け、それぞれ485円――計1000円近い買物をさせることなども考え合わせると、長所より欠点の方が目立つのだ。お勧めできる水準にはない。
2004/03/01



「ダブルキャスト」上下
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版電撃文庫 値段￥570+550 初版2000-02-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1994年４月に同社から刊行された同名の単行本を２冊に分巻した文庫版。下巻末には著者によるあとがき、次回作の簡単な予告、著作リストが付録されている。
　「ダブル・キャスト」のタイトルから、また容姿を同じくしながら雰囲気を全く異にしたふたりの少年がそれぞれのカヴァーイラストに描かれていることから想像がつくかもしれないが、主人公をふたり配した「ダブル・キャスト」による構成が本書の最大のセールスポイントだろう。
　主人公のひとりである川崎涼介は、喧嘩にあけくれるバイク好きの高校生。ある日、父親から「極めて重要な物」なる小包を受け取った彼は、その直後から拳銃を持った男に追跡されることになった。やがて男に追い詰められた涼介は、ビルの屋上から転落。意識を閉ざす。
　目覚めたとき、涼介は他人の肉体をまとっていた。肉体の持ち主の名は、浦和涼介。川崎涼介がビルから”転落死”した現場に居合わせた、同じ名を持つ高校生だった。
　ふたりの涼介は、一定時間を置いて交互に肉体の支配権が入れかわる事実を発見。その特性に縛られ、ときには利用し、時間と戦いながら謎に包まれた小包争奪戦の渦中に飛び込んでいく。
　小包の内容とは、それを追う人間たちの正体、そして肉体を共有するふたりの涼介の行方は……。 <クリス・クロス> で第１回電撃ゲーム大賞を受賞した著者が送る第３長編。

　これまでの作品、とくに前作「タイム・リープ」を見ればわかるように、著者は非常にロジカルな作品を作る。物事を筋立て、論理的に考える人間で、作家としてはサイエンスフィクションの創作にむくし、過去の作品もやはりどこかにＳＦ的要素を孕んだものが多い。
　構成や物語細部の辻褄あわせに至るまで、緻密な計算が存在していることを如実にうかがわせる作品であることは、やはりどの作品にも共通していえる。とはいえ、それだけに終わらず物語を楽しませるエンタテイナーとしての手腕もあり、総合的な能力は決して低いものではない。
　ただそれは、「手がたくまとめてある」といった印象を同時に抱かせるのだ。器用だが、突き抜けた何かがない。得体の知れない迫力や、読者の意識をひきつけてやまない魔力めいた魅力、そうした数値化や表現が容易には及ばない部分に欠けている気もする。
　 <タイム・リープ> のときも思ったが、どうにも優等生ではあるが意外性や面白みのない人間を見ているような感覚なのだ。その辺りが、どうしても真の名作や論争を巻き起こす問題作、記憶に残る特別な一作になり得ない最大の理由であるように思える。
　駄作というほど酷くはないし、氏のファンなら読んで損はないと思うが――個人的には強くお勧めするようなこともない。時間と興味がおありなら、といったところ。
2005/09/16



KOUSHUN TAKAMI
高見広春



「BATTLE ROYALE」
形態新書 種別ノヴェル 部門長篇
出版太田出版 値段￥1480 初版1999-04-21
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
『某文学賞、衝撃の落選作』――といった感じの異例の謳い文句で売りに出され、一大旋風を巻き起こした話題作。太田出版という名前も聞かないところから出された無名新人の作品にも関わらず、社会現象に近しいまでの話題作となるに至ったベストセラー小説である。
　新書サイズにしては非常に高い価格設定だが、コストパフォーマンスは決して低くない。と言うのも原稿用紙1300を越す大作であり、二段組でありながら６６６ページもの文量を誇るからだ。これは普通の本２冊分に相当する文字数である。
　プロレスは１対１の「シングルマッチ」、あるいは２対２の「タッグマッチ」を試合形式の基本としているが、これを超える大人数が１度にリングに上がり、最後の１人になるまで互いを潰し合う――という変則的試合形式が存在したりもする。
　これは普通「バトルロイヤル」と呼ばれるが、この小説はタイトルからも窺えるように、どうもその辺りからヒントを得て執筆されたようだ。スティーヴン・キングの『死のロングウォーク』との類似点が指摘されることもある。

　基本プロットは極めて単純。話の舞台は、明らかに戦時中の日本をモデルにしたと思われる「大東亜共和国」。この国では毎年、全国の中学３年生を対象に５０クラスを選出し、最後の１人になるまで互いを殺し合うよう強制する――という戦闘シミュレーション <プログラム> を開催していた。
　本書では、修学旅行中にバスごと拉致され、この <プログラム> に放り込まれることになった中学３年生のあるクラスを描いている。
　彼らは当初、自分たちが <プログラム> の対象になったことに驚き、恐怖し、狼狽するが、やがてそれぞれに現実を受けとめ、個々に違った反応と対応を見せるようになる。ある者は積極的にクラスメイトを殺し優勝を目指すし、ある者は逆に殺し合いを止めようと奔走する。また殺し合いはゴメンだと自ら命を絶つ者もあったりする。
　個人的な感想になるが、男子生徒のひとりである七原秋也を一応の主人公に据え、極限状態の殺人ゲームに巻きこまれた少年少女の悲哀を上手に書いている秀作だと思う。
　ライトノヴェルの範疇に入りそうな作風であるし、確かに多少過激な部分もある。だが殺人ゲームの刺激だけを売りにしている安い小説、というわけでは決してない。得られるものも確かにあるのだ。
　好みによって評価は大きく割れるだろうが、こうした雰囲気の作品に抵抗感がなければ是非１度手にとってみてほしいものだ。
2004/06/02



KAORU TAKAMURA
高村薫



「リヴィエラを撃て」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥1942 初版1992-10-20
 総合－
 ストーリィ☆
 技術☆
　第46回日本推理作家協会賞、第11回日本冒険小説協会大賞受賞作。1992年 宝島「このミステリーがすごい！」第５位。1997年07年に文庫化されており、これは上下巻合わせて1410（705×2）円となっている。
　本書は、著者が初めて書いた小説「リヴィエラ」に大幅な加筆修正を加えた（実際のところは殆ど書き直しに近いのだろう）作品であるらしい。山本周五郎賞の候補にもなった。
　高村薫が語られる時、良く聞くのが「女性が書いたとは思えない」という感嘆の声だ。この作品も一応はハードボイルドに分類されるのであろうが、確かにどちらかと言えば男性作家が書いたような世界観が構築されている。それだけ男が上手に描かれているということなのだろう。少し異常なくらいに男同士の繋がりやら友情やらを描写する作家だ。確かに頷ける部分は多い。
　内容は……一口で語るのは難しい。まず主人公からして少し微妙だ。まあ普通に考えればジャック・モーガンというＩＲＡ所属の若きテロリストなのだろうが、彼は冒頭でいきなり死体になる。クライマックスも、ほぼ彼が不在のまま進行するのだ。
　では、タイトルにもなっている正体不明の諜報員「リヴィエラ」が主人公なのか。確かに彼は全篇通してキーパーソンらしき扱いを受けている。だが、素性のはっきりしない彼の名前が一人歩きして物語を引っ張っているだけで、彼そのものが主役というわけでもないのだ。
　主役候補は他にも多数存在する。世界的なピアニストで、ジャック・モーガンとも親交の深いノーマン・シンクレアの存在も目立つし、警視庁の手島警視、ジャックの相棒役を務めるＣＩＡのエージェント「伝書鳩」などの存在も光る。
　主人公を断定することすら困難な物語のストーリィを――しかも大長編だ――簡単に解説できるわけもなく。舞台はとりあえずＵＫ（イギリス）で、ＩＲＡによるテロが活発に行われている1980年代から、かなり長い時間の流れを追った作品だ、と言うことくらいしかできない。
　もう少し具体的に見ると、大体以下の様になる。
　コードネーム「リヴィエラ」なる白髪の東洋人が、1970年代前半に、アメリカ、日本、中国、イギリスの４国全ての威信に関わるような、大事件を起こしていた。それが色々な事件を契機に、80年代になって掘り起こされようとしている。リヴィエラに父を殺されたＩＲＡのテロリスト、彼に同情するようになったＣＩＡ職員などが、このリヴィエラとそれに纏わる真実を追う。
　結局、このリヴィエラの真実を追求する彼らに対し、リヴィエラが過去にしでかした事件や握った機密などを掘り起こされると困ったことになる各国の諜報組織（ＭＩ５やＭＩ６）との対立と競争を通して、色んなことを描いてしまおうという作品なのだろう。
　――高村作品に触れるのはこの作品が初めてなのだが、とにかくベラボーに上手い書き手だという噂を聞いてみたので、俗に言う出世作から読んでみることにした次第。
　感想は、ちょっと微妙なところだ。シンクレアというピアノ弾きのコンサートを描いているシーンが終盤にあるのだが、ここは「凄いんだろうな、この表現は」と唸らされたものの、なんだか集中して読めない文体なのである。これは単に波長が合わなかっただけかもしれないが、捻くった文章でもないのに、微妙に読みにくい感じが終始あったことは事実。
　あと、話が動いて面白くなるのが遅すぎるような気もする。半分以上経って、そろそろクライマックスかというところで漸く大きい波がくる。容赦なく人が死ぬ上、ハッピーエンドとは素直に言えないエンディングなので、そういうのが駄目な人は読まないほうが良いかもしれない。長いし。
2003/11/23



YOSHIMITSU TAKUKI
鐸木能光



「ワードを捨ててエディタを使おう」第２版
形態単行本 種別実用書 部門－
出版ＳＣＣ 値段￥2200 初版2000-04-01
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　タイトルが示す通りの本で、パソコン関係の実用書。とくに論文やレポート、なんらかの記事など、業務や趣味において長い文章を作成する機会の多い人間を読者として想定している。
　モノクロの本編150ページに、高性能テキストエディタ「ＱＸ」を収録したCD-ROM一枚の付録あり。
　タイトルにある <ワード> とは一般に「word」とも表記され、パソコン上で文書を作成する際に良く用いられるソフト（プログラム）である。
　ただし、この <ワード> は無駄に多機能であり、有料の高価な商品（20000～25000円）である。
　そもそもアルファベットを横書きするために海外で開発されたものなので、日本語の縦書きには向かない。またこれによって作成される書式を読み開くためには一定以上の環境（読み取り用ソフト）が必要になる、ということもあって中級以上の技術・知識を持つ人間からは敬遠されやすいという特徴がある。

　対してタイトルにある <エディタ> というのは一般に「テキスト・エディタ」などと呼ばれ、ただ文字を書くだけに特化したソフトの総称として認識されている。
（ワードはMicrosoft社の商品名だが、テキスト・エディタというのはソフトの種類を示す言葉。ワープロソフトという表現に近いものがある）
　行によって文字の色を変えたり、挿絵をはりつけたりという <ワード> にあった装飾的な要素を取り払い、無骨に「書くこと」「文章の編集のしやすさ」のみを追及したもの、ということもできるだろう。
　目的を極端に絞って、その方向に機能を充実化させているため、単に文章を書くための能力は <ワード> より格段に高いのが最大のウリ。また数あるテキスト・エディタの中には無料で入手できるものもあり、もっとも高額なものでも３～４千円と <ワード> の半額以下で手にはいる。
　なにかの参考資料や広告のように、図や写真をそえて文書を作成するのには向かない――というか不可能だが、100％文字だけで構成される文書の作成においては、より安価でより性能が高く、より使い勝手のよい <エディタ> をお勧めしたい。それが本書の基本的なコンセプトである。

　 <ワード> に代表される多機能で装飾的な文書作成ソフトと、シンプルで動作の軽快な <テキスト・エディタ> との相違、また両者が持つそれぞれの利点、欠点などについては本書本編が詳しく検証しているのでこれ以上は差し控える。
　ただ、ここまで紹介内容を読み進めた上で「自分にはまったく縁のない書籍だ」と思えたのなら、その認識は本書を読了しても覆ることはないだろう。手にとる必要はまったくなく、現時点で引き返して問題ない。
　逆に「いままで漫然と <ワード> を使っていた」という初心者や、脚本や記事、小説などの執筆を生業とする人間などにとって、本書は極めて有用なものとなるだろう。
　その根拠は本書の書籍本体にではなく、むしろ付録のＣＤにこそある。
　というのも、この付録ＣＤには、定価3000円の有料エディタである <ＱＸエディタ> 本体と、これを永久に無料使用できる権利（ライセンス）とが含まれているのだ。

　 <ＱＸエディタ> は、日本語の文章を縦書きできるテキスト・エディタとしては、恐らく他にならぶものがない最高峰の存在であり、その事実は「プロ御用達」という周囲の評価が如実に証明している。
　そして、注目したいのは価格である。
　本書は <ＱＸエディタ> をはじめとしたテキスト・エディタを詳しく解説し、また付録ＣＤにおいてはライセンスつきのプログラム本体、改造用のデータなどを収録している。それでいて2200円なのだ。インターネットで正規の手続きを踏み、 <ＱＸエディタ> 本体のみ（3000円）を購入するより800円もやすい。
　しかも本書を利用すればインターネットに接続する環境をもたなくても <ＱＸエディタ> を導入することが可能で、さらには支援用のアイテムまで手にはいる。しっかりとした150ページの解説書がついているにも関わらず、正規版より価格が安い。このコスト面での魅力は知らずにインターネットを利用してライセンスを取得したものを悔しがらせるだろう。
　ただ、繰りかえすことだが、そうしたコスト的美点も <ＱＸエディタ> に関心をもつ人間であればこそ抱くことができる。エディタだか <ワード> だか知らないが、そもそもパソコンにすら興味がない、というようなスタンスの人間にはお勧めできない。
2005/03/03



TETSUYA TAKEDA
武田鉄矢



「さらば愛しきひとよ」
形態文庫 種別エッセイ 部門－
出版集英社文庫 値段￥400 初版1990-05-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　歌手であり俳優である武田鉄矢が、母、妻、娘、そして今まで出会ってきた女優、俳優などを通して様々な出来事や経験、人生観などを語っていく形式のエッセイ。1987年11月に同社より刊行された単行本の文庫版。
　武田鉄矢といえば、上京した息子が故郷に残してきた母を想う歌でヒットを飛ばし、これを契機に知名度を勝ち取った歌手であるが、俳優業にも精を出し様々なドラマや映画に参加していることでも知られている。
　歌にするくらいだから相当母親を好いており、また尊敬もしていたのだろう。彼女に関係する様々なエピソードを含め、俳優業を通して見てきた個性的な役者について本書では様々なことが語られている。あまり文章は上手ではないが、それが「つぶやき風の日記」を読ませるような味を出す結果になっているような気がしないでもない。
　一風変わった芸能の世界で生きてきた人間だけあって、彼の経験してきたことは興味深い。そういう意味では多少の含蓄を感じられる作品にしあがっていると思う。４００円を出してまでそれを得たいか、というとまた別の問題だろうが。

　内容は４章構成になっていて、１章「我が愛しの妻、娘、そして母に」ではその名の通り家族として付き合ってきた女性たちにスポットを当てて書いている。「美しき女たちよ」「愛すべき男たちへ」と題した２章と３章とは、それぞれ仕事の関係で一定の時間を共有してきた女優男優たちを振り返ったもの。
　終章はエピローグ的に短くまとめてあり、ここでは自分の半生を振り返り敬愛する人々からもらった言葉などの紹介を交え、己の人生観を語っている。
　万人に勧められる本ではないし、エンタテイメントとして特筆すべきものがある作品でもないので星は一切つけないが、著者のファンであったり芸能人の手記やエッセイを読むのが好きだ、という人は良心的な価格（そのぶん薄っぺらい本だけど）であるわけだし一度手にとってみるのも良いかもしれない。
　――ちなみに自分は、チャンドラーを彷彿とされるタイトルに惹かれて、１００円の古書として購入した。
2004/06/02



YOSHIKI TANAKA
田中芳樹



「ウェディング・ドレスに紅いバラ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門中編連作
出版徳間文庫 値段￥480 初版1994-10-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　徳間文庫という一般文庫から出版されてはいるが、実質はライトノヴェル（子供向け小説）。田中自体がライトノヴェルしか書かない――書けない？――作家なので、どこから刊行されようとも彼の作品は基本的に思春期の少年少女を対象年齢とした作品であると考えて良い。
　内容は、設定の面白いヴァンパイア（吸血鬼）もの。連作中編集で、いずれも緑川淳司と花村雅香という若い吸血鬼が主人公。彼らはヴァンパイアでありながら、社会に適応せずヴァンパイアとしての立場を悪くする同族を借り出すクリムゾン・ローズ・ソサエティ（深紅の薔薇結社）の調査員であったりする。
「歴史の浅い新興宗教のシンボルなどに恐怖するいわれなどない」等とのたまい、十字架を見せられても涼しい顔の主人公たち、またそのコミカルな掛け合いが面白い。田中芳樹の作品の中では、読める方に分類されるであろう１冊。
　 <ＳＦアドベンチャー> 1987年６月号に収録された、表題作「ウェディング・ドレスに紅いバラ」、同誌1989年２月号に掲載された「星降る夜にダンシング」、そして書き下ろし短編「ブラッディ・ティーを一杯」の３篇を収録。１冊にまとめて、1989年04月30日に新書版が徳間書店から刊行された。本書はその文庫版で、解説は少女向けライトノヴェル作家のひかわ玲子。解説者にあかほりさとるを引っ張ってきた、別バージョンの文庫版もあったようなきがする。
2003/11/23



「魔天楼　薬師寺涼子の怪奇事件簿」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥524 初版1996-10-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　元警視庁幹部を父に持つ東大法学部卒のキャリア・薬師寺涼子警視と、その部下（ノンキャリ）泉田準一郎警部補が表題通りの怪奇事件に挑む長編小説。
　事件そのものには全く面白みがなく、ミステリとして見たとき非常に弱い。むしろウリとしているのは、天上天下唯我独尊「ドラ除けお涼」の異名を取る主人公・薬師寺涼子の傍若無人な振る舞いと、それに降りまわされる泉田刑事のキャラクター性とコミカルなやりとりの方だろう。典型的なライトノヴェルのみせ方である。程度は決して高くない。娯楽漫画を読む感覚で目を通すタイプの作品だろう。
2003/11/23



「東京ナイトメア　薬師寺涼子の怪奇事件簿」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥533 初版2002-04-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　自ら「唯我独尊を父に、傍若無人を母にもつ」と公言する超美人警視・薬師寺涼子（通称「ドラよけお涼」）と、その部下の泉田準一郎警部補が怪奇事件に挑む長編シリーズ第２弾。
　初出は1998年の文芸誌 <小説現代メフィスト> 10月増刊号。これに一括掲載され、同年同月、講談社ノベルス（新書版）として書籍にまとめられた。本書はその４年後に出版された文庫版で、恐らくは同作品の最終形態。
　巻末には『タック＆タカチ・シリーズ』『チョーモンイン・シリーズ』などで知られる作家・西澤保彦氏の「わたしは"錫製のフクロウのブローチ"にになりたい」と題した解説あり。
　改行空白の少ない文章が約11ページにわたって敷き詰められた長大なもので、類稀な美貌と魅惑の脚線美、恐れを知らない行動力・積極性、そして天下無敵のわがまま（ドラキュラもよけて通る）ぶりがウリである本編主人公「薬師寺涼子」への熱烈な賛歌という形式で、彼女と作品の魅力が延々と語られていく。
　本筋にはあまり触れられていないので、本編読了まえに読んでも恐らく問題はない。

　内容に関してだが、これは基本的に第１作目と流れは同じ。
　ストーリィは平凡で特に見るべきものはないが、「ドラよけお涼」と渾名される主人公の破天荒さとそれに振り回される語り部の泉田警部補のかけあいの妙がそれをカバーしている。キャラクターで魅せる典型的ライトノヴェル・スタイルは健在。
　これは解説の西澤氏も指摘していることだが、薬師寺涼子と泉田警部補の微妙な関係もみどころの一つだろう。特に薬師寺がときおり見せる態度にはさり気なく、だが確実に泉田を異性として意識する何かが込められている。これに気づかない、あるいはなにかの罠ではないかと勘ぐる泉田の朴念仁ぶりもおもしろい。
　本編中に「君よりすぐれた人間がいないとでもいうのか」という問いに対し、唯我独尊の薬師寺は「もちろん何人か存在する」というように回答している。
　これを泉田の人間性に向けた敬意の表明とみるのは穿ちすぎか。
　明確な形として固まってはいないものの、しかし間違いなく存在する両者間の恋愛の行方に注目するのも一つの楽しみ方だろう。
　――ところで本書、随所に社会風刺的なウンチクやネタが散りばめられているが、この手法と内容に関しては人によって評価がスッパリ分かれそう。「良くぞ言ってくれた」と拍手喝采するものもあれば、「娯楽小説の中で完結するむなしい啖呵」と受けとるものもあるだろう。
　超自然的な現象や生物の取り扱いについても、やはり是非について極端に意見が割れそうではある。作品の方向性や雰囲気が嗜好にあうか否かで、本書に対する印象も180度変わってくることは想像に難くない。前作を読んで気に入った、あるいは暇つぶしにもってこいと感じた読者にはお勧めできる。そうでなかった読者は素直に忌避権を行使したほうが無難。
2005/08/11



「晴れた空から突然に…」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版幻冬舎文庫 値段￥495 初版1997-11-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　空の業界に『飛行船市場』を新たに開拓しようと、実業家・有本泰造が建造した全長500メートルを誇る豪華飛行客船 <飛鳥> 。900人の著名人、有名人からなる乗客をのせ、彼らに東京からバンクーバーまでの快適な空の旅を提供するだったこの飛行船に、「爆弾をしかけた」という怪文書が届いた。様々な人間の思惑と欲望を取りこみ、やがて <飛鳥> は戦場のごとき混乱の渦に飲みこまれていく。
　主人公は考古学者の梧桐俊介と、偶然いっしょに乗り合わせた彼の姪、梧桐日記１１歳。船内に乗り込んで来たテロリストたちを相手に、彼らが敢然――とまではいかないものの、それなりに立ち向かっていく話で、飛行船を舞台としているという意味では珍しいタイプの小説だといえる。が、実際の中身はその辺の三流アクション小説と変わらず、物語としての目新しさは皆無。大人しくブールス・ウィリスの『ダイハード』をレンタルして来た方が、よほど安く充実した時間を過ごせるだろう。
　もともとは1990年09月に <朝日ソノラマ> からソノラマノベルズとして刊行され、1994年06月にソノラマ文庫に収録された作品らしく、それがさらに幻冬舎に移籍して本書の出版と相成った模様。
　著者が著者なので、中身には最初から期待していなかった。このコンテンツに１冊分のデータが追加されることが唯一のお慰み。古書で50円と非常に安価だったことと、山田章博氏の綺麗なカバーイラストに惹かれて購入した。過剰な期待を抱かないことが、データベースを充実させるために田中芳樹と付き合っていくための、最も冴えたやりかただろう。
　飛行船をこよなく愛する者であり、日本で実際に搭乗するのはもう不可能だろうから、内容がどうあれ飛行船をテーマにした本を読んで雰囲気に浸りたい……と常日頃から考えている奇特な趣味の持ち主、或いは本書にわんさか登場する金と時間を持て余した有閑実業者などのようなタイプにお勧め。
2004/03/05



JOHN DUNNING
ジョン・ダニング



「死の蔵書」（原題：BOOKED TO DIE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長篇
出版ハヤカワ文庫 値段￥720 初版1996-02-29
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　アメリカの古書業界を舞台とした珍しいタイプのミステリ。ネロ・ウルフ賞受賞作。原書は本国アメリカにおいて、「著者第２の処女作」という位置付で1992年に刊行されている。本書はその日本語版で、訳者は宮脇孝雄。巻末には同氏による簡単な解説文がある。良い出来なので、こちらから先に目を通しても問題ない。
　冒頭でも触れた通り、本書は古本の売買を生業とする業者たちの世界にスポットをあてて描かれている。著者自身が書店経営の経験があるため、その辺りの描写は生き生きしていて面白い。古書業界の事情やコミュニティを形成する古書店主、あるいは“古本掘り出し屋”といった人々も個性豊かに描かれている。
　普段は関わり合う機会の少ない世界を擬似体験させてくれるという意味では、ストーリー抜きにしても充分に面白いし刺激的だ。描写力に優れた書き手による作品でもあるので、作品が醸し出す独自の世界観に浸っているだけで良い時間を過ごせることだろう。

　ストーリーは大筋だけ見ると至って単純。その価値を知らない間抜けが数十セントで売りに出した古書を見つけ出し、それを確保して専門の古書店へ高値で売りつける――という“古本掘り出し屋”の男が頭部を二度殴られ殺された。
　殺人課の刑事である主人公クリフはこの事件を、ホームレス殺しの常習犯でありながら尻尾を掴ませない凶悪な男ジャッキー・ニュートンと結びつけて捜査を開始する。ところがその捜査の過程で、ニュートンに鉄壁のアリバイがあることが判明。クリフは首を捻りながらも、殺された“掘り出し屋”が出入りしていた古書店を回り手がかりを追って行く。
　――半分ホームレスのような“古本掘り出し屋”が殺されるという非常に地味な事件を扱っているが、読み進めるうちに、これがどうにもそう単純な話ではないことに我々は気付かされていく。また殺人事件そのそものだけでなく、主人公の生活や待遇が激変したり、予想もしなかったところから意外な展開があったりと、古本業界のノンビリとした世界観に浸らせて相手が油断したところを見計らい横面を叩く……というような小憎い構成と演出を見せてくれる。
　思いもしなかったところから強烈なパンチが飛んでくる、ある意味心臓に悪い作品なのだが、そこがまた本書のこたえられない魅力ともなっている。
　アメリカの古書業界に興味がある、技術的・内容的に優れたミステリが読みたい、というような人間にはうってつけの１冊になるだろう。話の途中で度々出てくる古典的名作から現代の名著まで聞き覚えのあるタイトルが幾つ飛び出てくるか、そこに注目して読み進めるのも楽しみ方の一つだろう。
2004/06/09



「幻の特装本」（原題：THE BOOKMAN'S WAKE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長篇
出版ハヤカワ文庫 値段￥880 初版1997-09-20
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　古書業界の舞台にしたミステリとして国内外で絶賛された「死の蔵書」（原題：BOOKED TO DIE）の直接的な続編。1995年に本国アメリカで発表、1997年に日本語に翻訳された。訳者は前作から引き続き宮脇孝雄氏が担当してくれている。優れた手腕を持つ翻訳家なので、これはダニングファンにとっても有難い点だ。
　600ページ近い本編の後には同氏のあとがきがあり、ここで「THE BOOKMAN'S WAKE」という本書原題の意味や著者ジョン・ダニングの著作リストの紹介などがある。本編のストーリィや重要な秘密に触れて魅力を減じてしまうような記述は全く無いので、予備知識として本編に取りかかる前に読んでも問題ないだろう。

　肝心な内容だが、前作で警官を退職し古本屋の店長として活躍を始めたクリフ・ジェーンウェイが引き続き主人公を務めるボリューム満点のミステリになっている。今回は豪華本を芸術的な腕前で仕上げる天才職人が手がけた、幻の特装本をめぐった事件が発生する。
　何の因果かこの幻の本と、これをある人家に忍び込み盗み出したとされる若い女性を追いかけることになったジェーンウェイは、女性一人を確保するという単純なものだと思っていた自分の仕事に隠された裏の側面があることを知り、やがて血生臭い連続殺人事件に巻きこまれていく。
　前回は高値がつけられた古い初版本を探し回る古本屋やコレクター、古本発掘業者などの世界が描かれていたが、今回は本そのものではなく限定版専門の出版社や本を実際に形にする印刷業者などの知らざれる世界にスポットが当てられていて面白い。
　普通、本を読むものはそれが誰の手でどのように形にされるかなど考えはしない。本書は、そうした出版業界の裏側に光を当てる。これに新鮮さを感じる者も多いだろうし、これを切っ掛けに本というものに対する向かい方を改める者も生まれるだろう。ちなみに、本書の主人公であるジェーンウェイもその一人である。

　だがしかし、こうした業界の側面に興味関心を抱けない人には――多少だが――退屈な話になるかもしれない。話の内容に厚みを持たせるために出版業を営むグレイスン・ファミリィの半生について詳しく触れられているパートが多数散りばめられているのだが、これが話の流れやリズムを狂わせている結果に繋がっている。
　話にリアリティと説得力を持たせるか、それともスピード感やリズムを優先させるか、究極の二者択一だが本書では前者のスタイルを選択しているということだ。分厚く長い物語であるため、そのために支払った代償も目立ってくるわけである。
　また、前作では主人公クリフ・ジェーンウェイが警官を辞め、新たに古書店を開店。場所選びからオープン、そして開店後の模様など新しく生まれた店が成長していく過程などを見守るような楽しみ方もあった。ジェーンウェイが自分の本屋を着実に育てていく様を見守るだけで楽しめたのだ。本書では過去に潰れた出版社をテーマにしているため、そうした楽しみ方はできない。内容的に前作に一歩譲るかな、と思わされる点の１つだ。
　ちなみに前作と本書の主人公クリフ・ジェーンウェイを主人公にした第３作『The Bookman's Promise』は既に完成されており、2004年02月01日に <Simon & Schuster社> から刊行されている。日本でも原書を手に入れることはできるが、3000円前後と高い。
　熱心なファンなら購入を考えるべきかもしれないが、一般的な読者は日本語の翻訳が宮脇氏によって成るのを待ちたいところだ。彼は優秀である上に仕事が速いので、そう待たされることは無いはずだ。
2004/07/16



「失われた書庫」（原題：THE BOOKMAN'S PROMISE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長篇
出版ハヤカワ文庫 値段￥900 初版2004-12-31
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　「死の蔵書」、「幻の特装本」に続く、古書業界を舞台にした傑作ミステリ <クリフ・ジーンウェイ・シリーズ> の第３長編。
　原著であるアメリカ版は、 <Simon & Schuster社> から2004年02月01日に刊行されている。同年内に日本語へ翻訳を終え、手早く世に送り出してくれた訳者の宮脇孝雄氏はダニング・ファンに感謝されてしかるべき仕事をしたと言えるだろう。宮脇氏は本シリーズ全巻の日本語訳を担当しており、スピードもさることながらその手腕も素晴らしく、シリーズの新作が発表されるたびに名訳を披露してくれている。
　巻末には、同氏による訳者あとがきと、著者の覚書あり。
　今回の <クリフ・ジーンウェイ・シリーズ> は、作家であり冒険家であるリチャード・バートンを題材としてとりあげているわけだが、このバートンが実在の人物であることを含め、彼についての予備知識は、宮脇氏による「訳者あとがき」から得られるようになっている。あるいは本編に目を通す前に、こちらを一読しておくのも良いだろう。読了した一読者としては、そうお勧めしたい。もちろん本編のネタばらしになるような要素は一切ないので安心されていい。

　肝心な中身だが、我らが主人公クリフ・ジーンウェイは冒頭から一躍ときの人として有名になっている。なんとラジオ出演まで果たしているのだ。大金を叩いて、リチャード・バートンの稀少本を手に入たことがニュースになったからである。
　この事件を契機に、彼の経営する古書店にはバートンの情報や本を持った人間が押し寄せるようになる。その中に、「あなたが買った本は、自分が不当に奪われた書庫のなかの一品だ」と主張する老婆があった。
　うさんくさいと思いながら、話を聞くうちに老婆を信じるようになったクリフは、「自分の失われた書庫をとりもどして欲しい」という彼女の依頼にこたえる決意を固める。
　その矢先、老婆の面倒をみていた女性が殺害されるという事件が発生。当初はたんなる押し入り強盗の仕業だと思われたが、やがてクリフは、その裏に老婆の失われた書庫を巡る計画犯罪の影を見出すようになる。
　19世紀に活躍したイギリスの探検家リチャード・バートンとその著書をテーマに、シリーズおなじみとなった古書業界のウンチクを交えて、軽快に語られていく大型ミステリ。

　探検家バートンにはどうやら「空白の三ヶ月」ともいうべき謎があり、研究者のあいだでもこの期間中に彼が何をしていたのか全く分かっていないらしい。
　本書の著者ジョン・ダニングは、その「空白の三ヶ月」に目を付けた。
　謎とされる時間を、バートンは親友との探検に費やした。その親友こそが、クリフのもとを訪れた老婆の祖父ウォレン卿であった、としたのだ。
　この老婆の祖父の存在が、物語のなかで大きくものを言ってくる。
　バートンの「空白の三ヶ月」を綴った過去のパートが中盤に挿入されるが、これを退屈だと感じるか、ストーリーの核となる刺激にみちたエピソードと感じるかで本書への評価はわかれそう。
　著者がでっちあげた「空白の三ヶ月」の真実については、リアリティその他の面において恐らく問題にはならない。荒唐無稽な設定だと文句がでるほどリチャード・バートンは著名ではないし、その経歴を良く知られた人物でもない。かといって、歴史的にまったく価値を見出せない小人物でもないからだ。
　こうした微妙な立場にあるリチャード・バートンを題材として選んだ時点で、その辺りに関しては著者の勝利が約束されていたと見ていいのだろう。
　本書オリジナルの設定や展開に、現実性（リアリティ）に由来する疑問をいだかず素直に読めるからだ。　殺人事件を扱うミステリとしては弱い部分もあるが、リチャード・バートン「空白の三ヶ月」という歴史的謎をからめたミステリとして見ると、やはり本書はスケールが大きく興味深い。
　主人公と若手女性弁護士との恋愛模様や、意外な犯人についてなど見所も盛りだくさん。第１作ほどのインパクトと完成度はないが、２作目を超える出来になっていると言っても良い出来。シリーズ・ファンには間違いなくお勧めできる。
2005/07/23



I N D E X
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ち(chi)行
作者別一覧
・ レイモンド・チャンドラー(4)



RAYMOND THORNTON CHANDLER
レイモンド・チャンドラー



「大いなる眠り」（原題：THE BIG SLEEP）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥480 初版1959-08-14
 総合☆
 ストーリィ－
 技術☆☆
　レイモンド・ソーントン・チャンドラー。その名前は、世界文学史の殿堂に永遠に刻み込まれて然るべきだろう。彼はある意味で「ハードボイルド・ミステリ」というジャンルを確立した、創始者の１人とも言える作家であるからだ。
　ミステリ界ハードボイルド派の開祖ならば、更に遡ってダシール・ハメット（Dashiell Hammett : 1894-1961）に見出すことも可能だが、知名度・貢献度という側面を見ればむしろチャンドラーの名が一番に挙がるべきだと考える者も少なくないと思う。特に日本ではその傾向が強く、彼の熱狂的なファンである <チャンドリアン> たちが、現代日本のハードボイルド・ミステリ界の中核を担っていると言っても過言ではない。――宿命的にアンチも多いが。
　チャンドラーは1888年、アメリカに生まれた。両親の離婚をきっかけに母とイングランドに渡り、やがてエッセイや詩を書くようになったが、アメリカに戻り最初の世界大戦を経験した後は小説の執筆にも取り組むようになった（彼は様々な国を転々とし、特に思春期や青年時代をヨーロッパで過ごしたため、自分が純粋なアメリカ人にはなり得ないと認識していた。それがアメリカ社会を見詰める客観的な視野・視点をもたらし、社会批判を含めたハードボイルドに少なからず影響したことは否定しにくいだろう）。

　1939年に処女作である本書「THE BIG SLEEP（大いなる眠り）」を発表、私立探偵フィリップ・マーロウを登場させ、新感覚の語法や人間、情景描写などで、前述したダシール・ハーメットが確立したハードボイルド派の正系後継者として名乗りをあげた。
　ただハードボイルド・ミステリ路線を決定付けたというだけで、ハメットとの技術的共通点はそう多くはないと個人的には思う。
　ハメット作品へのリスペクトは間違いなくあったし、それは初期に彼が三人称小説の執筆を試みていたことからも窺える。が、結局は個性や独自性を発揮して現在の一人称形式に落ち着いたのだ。
　チャンドラーは1959年に没するまで、以下の長編７作、短編集４冊を著している。

・The Big Sleep (1939)　大いなる眠り
・Farewell, My Lovely (1940)　さらば愛しき女よ
・The High Window (1942)　高い窓
・The Lady in the Lake (1943)　湖畔の女
・The Little Sister (1949)　かわいい女
・The Long Good-bye (1954)　長いお別れ
・Playback (1958)　プレイバック
・Five Murders (1944)　短編集
・Five Sinister Characters (1945)　短編集
・Red Wind (1946)　短編集
・The Simple Art of Murder (1950)　短編集

　――チャンドラーは既存の本格推理小説の特性を是とせず、作品にリアリティを求め続けた。アガサ・クリスティやドロシィ・セイヤーズなどの作風を批判し、「従来の推理小説は傑作であれ駄作であれ、まったくリアリティがないことでは全てが同じである」等と切り捨てたことは割と有名な話である。
　なるほど、ポワロにせよホームズにせよ生計をどうやって立てているのか不思議な（生活感のない）登場人物が目立つし、好奇心で事件に取り組む人間が警察から全面的な協力を得て推理を展開するなど、本格推理小説には確かに設定の段階から荒唐無稽なものが多い。
　また事件そのものも現実には起こり得ないものがほとんどで――かつて鏡を使った不可能犯罪や密室トリック等で警察を悩ませた殺人犯がどれだけいただろうか？――、登場人物の人間性などより大掛かりなトリックを描くことに力を注ぐ傾向にあることは事実だろう。

　その点を挙げてリアリティの欠如だと指摘することが妥当か否かは別としても（多くはそれを確信犯的にやっているのであり、その点を突くのはいささか無粋とも言える）、チャンドラーの主張が全くの誹謗中傷だと言い切れるものでないことは確かである。
　だからこそ、チャンドラーは従来の本格推理小説に対するアンチテーゼとしてハードボイルドを手がけたのかもしれない。今でこそ、生活感のあるリアルな人間描写、残酷で単純な現実、洒落た形容、小粋な会話、乾いた文体による描写と雰囲気形勢などをウリとしたハードボイルド小説は珍しくないし、日本でもこのジャンルを専門的に扱う作者は多い。
　その全てをある意味でチャンドラーが生み出したと考えるなら、彼の功績は大きい。そしてハードボイルド文学の特性を発明した人間の処女作であると見るなら、本書「大いなる眠り」は歴史的・資料的価値も大きな作品となるだろう。

　さて本書の内容だが、ハードボイルドと言えばこの人「フィリップ・マーロウ」が主人公として初登場する、このジャンルの教科書的なものになっている。
　マーロウは富豪であるスターンウッド将軍の邸宅に招かれて、ちんけな脅迫の処理を依頼されるのだが、いざ脅迫状の主の自宅に向かってみると銃声と男の死体、虚ろに笑う将軍の娘が彼を出迎える――というのが、序盤の大まかな流れ。
　訳者は双葉十三郎。約半世紀前の翻訳なので、一部の表現や言葉が古い。あまり若い世代だと、もしかすると死後となって久しい言葉のやりとりに戸惑うことも考えられる。
　たとえば、「もちろん」を「モチ」と訳しているのは時代柄と容認することもできるが、マーロウの「Uh uh. 」という相槌的セリフを「うふう」と訳しているあたりは、正直言って現代人から見ると幻滅ものだ。
　できることならば、自他共に認めるチャンドラー作品翻訳の第一人者、清水俊二氏に本作も担当してもらいたかったものである。恐らく当人もそれを望んでいたはずだが、そうした願いが永遠に叶えられなくなったのは遺憾。
　なお、巻末の作品解説は中島河太郎氏が担当しており、ここではチャンドラーについての様々な事実が詳しく語られている。

　因みに本書、まずいことにハワード・ホークス監督、ハンフリィ・ボガート主演で映画化されてしまった。1946年に公開され、日本では『三つ数えろ』の邦題を与えられた。
　個人的な意見を述べることが許されるなら、ボガートはフィリップ・マーロウ役に相応しくない。細身ではあるが、背が高く引き締まった体格を持つマーロウに対し、ハンフリィ・ボガートはあまりに小男すぎる。
　もっともこのことは製作者サイドも理解しているらしく、背丈に関連するやりとりにニヤリとする改変を加えていたりする。物語の序盤、マーロウがスターンウッド家をはじめて訪れた際、カーメン・スターンウッドと会話するシーンが原作、映画ともに見られるのだが――
　原作では、カーメンが "Tall, aren't you?" （背が高いのね）" と語りかけ、マーロウは "I didn't mean to." （なろうと思ってなったわけじゃないのだが）と返している。
　ところが小男のハンフリィ・ボガードが演じたマーロウは、 "You're not very tall, are you?" （背はあまり高くないわね）というカーメンの台詞にこう答えているのだ。 "Well, I try to be." （まあ、高くなろうとはしているのだが）。

　それから、ボガートは喋り方も早口で落ち着きがなくハードボイルドっぽくないし、そもそも声の質からして少々甲高過ぎるような気がする。マーロウはもう少し低く深く味わいのある声で、洒落た言葉をそうとは感じさせずにサラリと言ってのけると思うのだ。
　いずれにせよ、敢えてこれを観ようというのなら同名の違う物語だと思う方が良いかもしれない。そうすれば、ストーリィはなかなか上手く纏められているので、それなりには楽しめる可能性もある。
　チャンドラーの小説を映像化したものとしては首をひねりたくもなるが、そのことを忘れて純粋に１本の映画として見れば、これはなかなか良く出来た作品ではあるのだ。

　最後に本書の評価についてだが、ストーリィに星がついていないのはプロットがかなり複雑で、マーロウものの第１作ではあるがハードボイルド入門書には向かないことが原因している。
　悪訳とまでは言わないが、双葉十三郎の訳文に問題があまりに多く見られることもあって、ハードボイルドやチャンドラー作品の入門篇としては、本書よりむしろ第２作目の『さらば愛しき女よ』の方が適当かもしれない。
　それから技術の項目に星を２つつけたものの、これは「感傷と憐憫の文学」と呼ばれる新技法とスタイルとを確立した功績、歴史的意味などを加味した結果であることを末筆ながら付け加えておく。
2004/01/07



「さらば愛しき女よ」（原題：FAREWELL, MY LOVELY）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥600 初版1976-04-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　チャンドラー作品の中で一般的に最も優れた３冊とされているのが、処女長編「THE BIG SLEEP（大いなる眠り）」、前期の傑作である「FAREWELL, MY LOVELY（さらば愛しき 女よ）」、そして最長編「LONG GOOD BY（長いお別れ）」である。
　本書はその１冊に数えられ、人によってはチャンドラー最高傑作に推されることもある「FAREWELL, MY LOVELY」を日本語に翻訳した作品である。原書は1940年08月にアメリカ <クノッブ社> 、イングランド <ハミッシュ・ハミルトン社> から刊行された。日本では1951年10月から翌年03月までの連載として <宝石> に掲載、1954年に <ハヤカワ・ミステリ> として刊行されている。本書は1976年に刊行された最新のもので、訳者は <宝石> から一貫して清水俊二氏。
　チャンドラーの作品はしばしば『感傷と憐憫の文学』と呼ばれることがあるが、この「さらば愛しき女よ」はそれを決定付けた作品とも言われている。

　主人公マーロウは、その人並み外れた風貌から <大鹿> と渾名されるマロイという大男と偶然出会い、彼が犯罪を犯して８年間服役していたこと、ようやく出所できたので以前の女「ヴェルマ」を捜していることなどを知る。物語は、そのマロイがヴェルマを探す課程で生じた摩擦から人を殺めてしまうことによって動き出す。
　女を諦め切れない彼は現場から逃亡。残されたマーロウは警察から取調べを受けることになるのだが、罪人であり犯罪者であると知りつつ、マーロウは何故かマロイを捨て置けない。そして一文の得にもならないと知りながら、彼の行方を案じはじめるのだが……
　男と女、８年という時の流れがもたらす現実、人の哀切な思い。乾いた簡潔な文体で綴られるが故に心を打つ、確かにチャンドラー最高傑作候補の最右翼といえる作品。

　ハードボイルド初心者や、これからチャンドラーを通して『フィリップ・マーロウ』の物語に触れようと思っている読者は、まずこの「さらば愛しき女よ」から入るのが良いかもしれない。というのも、個人的な話をすれば本作でチャンドラー作品の魅力を確認したからだ。
　この作品を読んで何ら魅力を感じなかったのなら、他のチャンドラー作品を読んでも得るものはないだろう。逆にこの作品でハードボイルドやチャンドラーに興味を持ったなら、処女作『大いなる眠り』からシリーズを追って行くと良い。本作と並んで最高傑作候補に挙げられることの多い『長いお別れ』に辿りつくまで、そう長い時間はかからないはずだ。
2004/02/26



「かわいい女」（原題：THE LITTLE SISTER）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥520 初版1959-06-20
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　1949年にチャンドラーが発表した、私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする長編第５作“The Little Sister”の全訳。翻訳権を創元社が独占しているようなので、もしかすると本作を日本語で読むためには、この文庫本を入手するしかないのかもしれない。訳者は、チャンドラーの長編作品の翻訳を日本人で一番多く手がけている清水俊二氏。
　今回マーロウが引き受けた仕事は、失踪した兄を探してくれという行方不明事件。依頼者はタイトル通り、愛らしい娘さんで、彼女は虎の子の20ドルでマーロウを雇うことになった。
　仕事自体には気乗りしないものの（そもそも彼を一日雇うには40ドル必要なのだ）、何か曰くありげな娘の態度に不審と興味を抱いたマーロウは、娘の兄が住んでいたというアパートに足を運ぶ。ところが彼の部屋を調べて引き上げようとした時、アパートの管理人が「氷かき」で刺殺されているのを発見。ここから物語は、ハリウッドの煌びやかな映画社会の暗部を巻き込み、大きく発展していく。
　処女作である「THE BIG SLEEP（大いなる眠り）」などと比較すると、事件そのものが単純で分かりやすく、入りこみやすい……と個人的には思ったのだが、チャンドラー作品の中ではあまり評判が良くないらしい。というより、長編ワースト候補にも挙がっているようだ。著者チャンドラー自身も、あまり出来に満足していなかったとか。そうは言っても、名言・名フレーズには事欠かないのだけれど。
　だがやはり、「FAREWELL, MY LOVELY（さらば愛しき女よ）」、「LONG GOOD BY（長いお別れ）」といったズバ抜けた傑作と比較すると一歩譲ってしまうのは確か。
2004/01/18



「長いお別れ」（原題：LONG GOOD BYE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「フィリップ・マーロウ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社文庫 値段￥600 初版1997-04-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　世界の名探偵コレクションの第10巻として、ハードボイルド・ミステリ界最大の探偵であるフィリップ・マーロウを特集した作品。その名もずばり「フィリップ・マーロウ」。
　当初、主人公の名前はそれぞれで違ったが、後に著者チャンドラー自身が「実質的には全員が同一人物であり、フィリップ・マーロウである。そのつもりで執筆した」というようなコメントを残していることから、本書では一部の例外を除き最初からマーロウで統一されている。収録されているのは以下の３中編。

タイトル（原題／邦題） 発表年初出
The Man who Liked Dogs：犬が好きだった男1936アーゴシー誌
Mandarin's Jade：碧い玉1937ダイム・ディテクティヴ・マンスリー誌
Smart-Aleck Lill：うぬぼれた殺人1934ブラック・マスク誌

　中編ということもあって、無駄な贅肉がそぎ落とされたスピード感ある非常にタイトな作品が多い。人々の様々な思惑が交錯し、複雑な様相を呈していく事件やその展開など、短いながらもチャンドラーらしさがキチンとでている辺りは評価できるだろう。反面、中期の長編作品で大成される「感傷と憐憫の文学」的な要素はまだ未完成といった感が拭えない。それでも片鱗を覗かせる部分は散見され、その意味では充分に面白い。
　チャンドラー、あるいはマーロウのファンならば押さえておいて損はないだろう。
　とはいっても、全くの初心者がこれを読んでチャンドラーやマーロウの魅力に心酔できるか、開眼できるかというと疑問符を付けたくなるのも事実。やはり土台のしっかりした長編を読んで彼らの魅力を知り、それから短編を味わうといった手順を踏んだ方が良さそうな気もする。個人的にはそちらをお勧めしたい。

　なお、本書巻末には訳者である稲葉明雄の小論文が掲載されている。「"ハードボイルド派"の巨星」と題された14ページにもおよぶ、レイモンド・チャンドラーと作家としてのその背景、また当時のハードボイルド・ミステリ界の事情や歴史などについてかなり詳しく述べられている。資料価値が高く、ハードボイルドという言葉に漠然としたイメージしかつかない初心者には是非、一読してほしい。
　付録はそれだけでなく、簡単に著者の生涯をまとめた「レイモンド・チャンドラー年譜」と鳴海章（作家）による「鑑賞－あの頃は若すぎました」も収録されている。が、年譜は別として鳴海章の寄せている作品解説でも感想文でもない文章は単なる個人の懐古であり、内容も青臭く完全な蛇足。資料的価値もない。
2006/03/22



I N D E X
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「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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せ（se）行
作者別一覧
・ ロジャー・ゼラズニイ(1)



ROGER ZELAZNY
ロジャー・ゼラズニイ



「光の王」（原題：LOAD OF LIGHT）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥600 初版1985-08-31
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　1967年アメリカの <ダブルデイ社> より刊行された、著者ゼラズニイの長編第４作。本書はその日本語翻訳版であり、ハヤカワＳＦ文庫から出版されている。訳者は深町眞理子、巻末解説はＨ・Ｙのイニシャルによる署名しかないが、これは安田均。世界で最も権威あるＳＦ系文学賞 <ヒューゴ賞> を、1968年に受賞した作品でもある。
　本書「光の王」は、ゼラズニイ初期作の最高傑作候補にしばしば持ち上げられる作品である。地球を離れ恒星間を航行し、殖民できる惑星を発見した人類はそこにインド（ヒンドゥー）神話そのものの世界を形成した。最初に惑星に降り立ち、現住生物を駆逐して君臨した人間たちは <第一世代> と呼ばれ、その科学技術を独占することにより神として世界を支配するようになった。
　この神々には子孫が生まれたが、彼らには科学技術の恩恵が一切与えられることはなく、厳重なカースト制度の下に文化の発展や進化を神々にコントロールされるようになった。そして神々は老いるたびに肉体を取り替え、長きに渡り <天界> から第二世代以降の人間を支配し、これを無知にとどめることで力の格差を拡大していった。
　だが、神々の中にこうした <第一世代> の支配体制に疑問の声をあげる者が現れる。それが表題にもなっている <光の王> こと仏陀、またはマハーサマートマン、シッダルタと呼ばれる男である。彼は神々に挑み、敗れ去っては転生を繰り返し、諦めることなく世界を徐々に変革していく。

　本書、信じられないことに絶版になっているのだが、これには出版社の神経を疑いたくなる。噂に違わぬ傑作だというのが私見なのだが、にもかかわらず書店や出版社に直接注文しても入手のしようがないという現実。ちょっと許し難い。――実を言えば、ハヤカワＳＦ文庫にはそうして葬りさられた過去の名作が多かったりする。絶版にするくらいなら、翻訳権を独占するような契約を結ぶなと言いたい。
「その民話的要素や色彩、雰囲気が意図した通りに表現できたため気に入っている作品である」というような著者本人の言葉も残っているように、本書はヒンドゥー教の神々が織り成すエキゾチックな世界観や、仏教・仏陀の思想、様々な種族の葛藤や対立構造などが濃密に鮮やかに描き出されている。1960年代後半において、こうした東洋の神話世界を体現した種のＳＦやファンタジーは珍しかっただろうから、まさしく <センス・オヴ・ワンダー> として迎え入れられたであろうことは想像に難くない。まさにそうした時代と共に本書に触れられた読者は幸せである。
2004/02/24



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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す（su）行
作者別一覧
・ 鈴木光司(1)



KOJI SUZUKI
鈴木光司



「楽園」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥648 初版1996-01-01
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　第２回日本ファンタジーノベル大賞（三井不動産、読売新聞主催）の優秀賞受賞作として、1990年12月に新潮社から刊行された同名単行本の文庫版。ちなみに第１回の受賞作は、酒見賢一の「後宮小説」。
　太古のモンゴル砂漠に生きていた男女が、他部族の襲撃により引き裂かれる。男は戦利品として奪われた女を取り戻すため、伝説の <赤い鹿> の精霊に導かれるまま彼女を求めて旅に出る。
　――時は巡り大航海時代の南太平洋の孤島で、そして現代のアリゾナの地底湖で、男と女は転生を繰り返し１万年の時を隔ててその距離を縮めていく。
　転生輪廻を以って時を越えた男女のラヴストーリィを描くという、極めて感傷的で夢見がちな話ではあるのだが、本作はそれを硬質な文体で淡々と語り進めることで成功ているのだと思う。おかげで賞は貰えたし、なんとか大人も読める話にもなっているわけである。が、こういうロマンティストが好きそうなドラマは、もうちょっと情感たっぷりに描いた方が喜ばれるのではないだろうか。
　１万年という大風呂敷を広げたわりには、古代、１８世紀、２０世紀とスポットを当てる時代にバラつきがあるし。情景描写や雰囲気形勢の妙は充分に窺えるが、転生輪廻を繰り返して１万年を巡るほど古代カップルの結びつきが強かったことを充分に伝え切れているかは、ちょっと疑問。事実、彼らは転生して距離を縮めていったんだから強かったんだよ……というのは科学的アプローチによる証明のやり方で、人の感情や思い入れを証明し強く印象付けるには向かないやりかたなのではないかと思う。……とまあ、個人的なツッコミどころは細々と多い。好みが分かれそうな話である。
　ちなみに本書には熱狂的なある女性ファンがいて、たしかその人は音楽家かなにかだったように思う。結局彼女は、作品をイメージして『楽園』のオリジナルメロディを作曲するに至ったのだそうだが、この話をＴＶか何かで聞き、その絶賛ぶりに騙されて本書を買ってしまったことを今でも覚えている（苦笑）。
2004/03/03



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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し(shi)行
作者別一覧
・ シェルドン・シーゲル(2)
・ 司馬遼太郎(4)
・ 柴田よしき(2)
・ 殊能将之(1)
・ 「少年Ａ」の父母(1)
・ 城平京(2)
・ 真保裕一(2)



SHELDOM M. SIEGEL
シェルドン・シーゲル



「ドリームチーム弁護団」（原題：SPECIAL CIRCUMSTANCES）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥1257 初版2001-02-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　ＳＦ（サンフランシスコ）の現役弁護士がその経験と知識をいかして書いた法廷推理小説。翻訳は古屋美登里。刑事裁判を主眼において描かれたミステリを「リーガルサスペンス」と呼ぶが、本書はその典型的な代表例となるだろう。ちなみにリーガルサスペンスとして世界的に最も有名なのは、やはりガードナーの『ペリィ・メイスン』シリーズだろうか。
　本作は弁護士マイク・デイリィを主人公としたシリーズの１作目で、ドリームチーム弁護団が結成されるまでと、彼らが実際に殺人容疑で逮捕された元同僚のために死力を尽くして法廷で戦う様子が描かれている。この「ドリームチーム弁護団」というのは現実にもしばしば用いられることのある言葉で、スポーツ界有名選手やハリウッドスターなどが告訴された際に結成される超一流弁護士で固められた被告弁護団を指す。
　本書では大手法律事務所を解雇され独立開業したばかりのマイク・デイリィ、その別れた妻であるロージイ、マイクの弟で私立探偵のピートの３人からなるチームをドリームチーム弁護団と呼んでいる。
　同じリーガルサスペンスでも、最近は事件の社会的な側面を法廷外で描く手法が主流となっていたりして、ペリィ・メイスンシリーズに見られたような検察側と弁護団との手に汗握る法廷闘争が正面から扱われるケースは珍しくなりつつある。そういう意味で、本書はめっきり少なくなった正統派の１つと言えるかもしれない。
　事件の発生から警察当局による捜査、そして司法手続きなどの段階を踏み、１２人からなる陪審団の前で有罪無罪を争うに至るまでを、著者シーゲルは現役弁護士らしく細かに描いている。アメリカの裁判の雰囲気を掴むには絶好の書だ。
　問題は肝心のストーリィが面白いかどうかだが、これはやはり執筆を専門としているプロの作家には一足及ばないかもしれない。作品紹介には「グリシャムを凌ぐと絶賛の法廷推理」という謳い文句が刻まれているが、一読すればこれが些か大袈裟な表現であるように思えてくるだろう。800ページを数える分厚い文庫本であることと、普通の文庫本が２冊買える1200円超という値段の２点もかなり引っかかる。
　とは言ってもまったく見所がないわけではない。ただ傑作と言えるほどのものでないというだけで、読めるレヴェルにはある。リーガルサスペンスに興味がある方にはお勧めしていいかもしれない。
2003/11/25



ドリームチーム弁護団
「検事長ゲイツの犯罪」（原題：INCRIMINATING EVIDENCE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥1038 初版2002-05-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　原書の発行は2001年。前作「ドリームチーム弁護団」直系のシリーズ第２段で、「サンフランシスコ・クロニクル」紙のベストセラーリストで第２位を獲得、「ＮＹタイムズ」では第29位にランクインしている。
　翻訳は前作と同じく古屋美登里。どうもアメリカ法曹界の専門用語にどのような訳語をつけるかで苦戦している節があるが、それでも古屋女史は良くやっていると思う。日本であれば既に「検事」という表現は古く、最近では「検察官」と統一されるようになってきているのだが、正直なところ一般的な読者がそんな細かい部分にまで気を配って読むとは思えない。
　さて本書の内容であるが、前作で主人公マイクを筆頭とするドリームチーム弁護団と法廷で激突した検事長スキッパー・ゲイツが、なんと今度は殺人容疑で逮捕された被告人として現れ、彼をマイクたちが弁護するという実に奇妙なものになっている。
　果たしてゲイツは本当に殺人を犯したのか、それとも犯人は別にいるのか。昨日まで法廷で敵役を演じていた張本人を弁護人に据え、混乱しつつもドリームチーム弁護団は調査を進めていく。
　基本プロットは、このようになかなか興味深い。前作を読んで、シーゲル作品もなかなか悪くない――と思えた読者にはお勧めする。余談となるが、アメリカ本国では早くもシリーズ第３段が完成し発刊されたらしい。翻訳が待たれる。
2003/11/25




RYOTARO SHIBA
司馬遼太郎



「梟の城」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥705 初版1965-03-30
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　直木賞受賞作。単行本は1959年09月、講談社より発刊。
　司馬遼太郎は、1923年大阪生まれ。産経新聞文化部に務めていた1960年に本書「梟の城」で直木賞を受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続出させる。1966年に「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞を受賞、1993年には文化勲章を受賞している。
　「司馬史観」と呼ばれる独特かつ明晰な歴史の見方は評価と信頼を集め、後年のプロにも多大な影響を与えた。1971年に開始された「街道をゆく」などの連載を半ばにして急逝。1996年、72歳だった。
　とにかく名立たるプロたちから参考にされるほど、司馬遼太郎は作家として頭抜けた存在だったという。そんな話を聞いてしまったからには、読まなければなるまい――ということで随分前に最初の１冊として手に取ったのが本書。
　主人公は織田信長によって壊滅に追いやられた伊賀者、葛籠重蔵。彼の職人らしくストイックで不器用な生きざまを、様々なサブキャラクターを絡めつつ語っていく物語。
　忍者という言葉が何だか安っぽく聞こえる昨今、これを「乱波」という聞き慣れない言葉で表現しているあたりも気に入った。舞台は織田信長やら伊賀者などの言葉からも分かるように何百年も前の戦国時代だが、これは考えようによっては立派なハードボイルド小説なのかもしれない。それほど主人公の重蔵は禁欲的で不器用で、そしてクールだ。それに彼を引きたてる脇役たちも魅力。
　同じ伊賀者であるにも関わらず、伊賀を売り、重蔵を捕らえることで出世をもくろむ手練のライバル風間五平、乱波の業に精通したミステリアスな小萩なる女、伊賀のクノイチ木さる、重蔵の師である老獪な次郎左衛門、重蔵の右腕である下忍の黒阿弥等々、枚挙に暇無い。彼らは誰もが魅力的で個性的で、己なりの生き方を持っている。
　そんなキャラクターたちが「秀吉暗殺」を狙う重蔵を中心に、複雑に絡み合って大きな物語を形成していく。重蔵による秀吉暗殺を阻み出世をもくろむ五平との激突は見物だし、裏に何かを隠しているらしき小萩と重蔵の遠慮がちで淡い恋の行方も見ていて面白い。
　常に死と隣り合わせ、破滅の危機が間近に感じられる重蔵の生き方は、非常にスリリングで、見ていてハラハラする。どう考えても無謀で、ハッピーエンドなどあり得そうにない。どう転んだって重蔵に明るい未来などあり得るはずが無い……そう読者に確信させる設定と展開のなかで、彼はどのような生き方をしていくのか。エンディングも意外性と仕掛けに満ちていて魅力。……解説してるうちにまた読み返したくなってきた。お勧め。
2003/12/06



「燃えよ剣」上・下
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥667+629 初版1964-05-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　大長編「竜馬がゆく」と並び幕末を描く司馬作品の双璧をなす傑作。
　幕藩体勢の終焉が見え始めた動乱の時代、新撰組副長として天下に名を馳せた土方歳三。生来の喧嘩師であり戦術家であった彼は、まさに闘いの中でしか生きられない男だった。その土方が己の美学にこだわり、剣と供に生き剣と供に散っていくまでの壮絶な生涯を、『司馬史観』と称えられる著者独自の視点から見事に描ききった名作である。
　そんなに時間が経っていないこともあり、新撰組に関連する資料は今も多く残っているだろうから、そういう意味では書きやすくはあっただろう。だが史実を今に伝える記録の中から土方歳三という男をピックアップし、ここまで男として人間としての彼を描ききった著者の手腕には改めて感服する。
　本書に触れていると、土方歳三という男は本当にこのような人間だったのではないだろうか、このような物の考え方をし、本当にこのままに生きたのではないだろうか……また、そうであってほしい、と思わされてくるから不思議である。

　とは言え、喧嘩師土方歳三を描いた作品であるから、彼の人間像に幾ばくかでも魅力を感じることができないと本書を読み切ることは辛くなるだろう。もちろん、この「燃えよ剣」で描かれる土方は不器用ながらも様々な魅力を兼ね備えた人物である。好感を持つことはできなくても、大抵の人間なら興味深くその生涯を追うことができるに違いない。
　ただ多様性が売りの人間なだけあり、そこは様々な感性があって然りだろう。もしかすると、この土方にまったく面白みを感じることができない――という種の人間もいるかもしれない。
　不幸にもそれに該当する人間でなければ、この本を大いに楽しむことが出来るはずだ。多くのプロは、たとえその予定がかねてからあったにしても、司馬遼太郎にこれを書かれてしまったせいで土方を主人公とした歴史小説を書け無くなってのではあるまいか。
　それほどまでに、著者の腕はプロフェッショナルのなかでも群を抜いている。広くお勧めできるさくひんである。未読の方は、ぜひ一度触れてみて欲しいものだ。
2004/08/03



「歴史と小説」
形態文庫 種別エッセイ 部門－
出版集英社文庫 値段￥490 初版1979-06-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　歴史小説で名を馳せた司馬遼太郎のエッセイ集。タイトル通り、「歴史とそれを小説で描くこと」をテーマに、エッセイや萩原延寿氏との対談の内容などを収録している。
「新撰組」「土方歳三の家」「幕末のこと」「竜馬の死」など、特に幕末の動乱期にスポットを当てており、新撰組をテーマにした「燃えよ剣」や坂本竜馬を題材とした「竜馬がゆく」などと合わせて読むと面白いだろう。
　俗に『司馬史観』と呼ばれる筆者独特の視点がどこから来ているのか、司馬遼太郎という作家はどのように歴史を見詰め、どんな思いで世に名高い傑作を生み出してきたのか。その辺りに光を当てる面白い本に仕上がっている。
　司馬遼太郎を好んで読む読者なら、一読する価値は充分にあるだろう。
2004/08/05



YOSHIKI SHIBATA
柴田よしき



「ゆきの山荘の悲劇」猫探偵正太郎登場
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥571 初版2000-10-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　まず驚いたのは、著者が女性であったこと。柴田作品には本書で初めて触れることになるのだが、名前から勝手に男性だと思いこんでいた。二階堂黎人による本書解説で、ようやくその誤解を正すことが出来た次第。……まあ書き手の性別など、作品の評価には全く影響しないが。
　ちなみに本書には解説が２つあり、二階堂黎人のほかに山口芳宏が担当している。もっとも、こっちは「読者代表より」と謳っているが。

　解説の二階堂氏も指摘しているが、本格推理には「孤島もの」「雪の山荘もの」などと呼ばれる独特のジャンルが存在する。どちらも舞台が外界から切り放たれている点で共通する。つまり絶壁の孤島だったり、吹雪で周囲とのアクセス手段が失われた山荘などの閉鎖的な場所で殺人事件が次々と発生するというものだ。
　本書もタイトルで既に暗示されているように、そういった「雪の山荘もの」に属する推理小説である。主人公はペルシャ猫の正太郎で、このオス猫の一人称で物語は進行する。彼は飼い主である女流推理作家・桜川ひとみに連れられ、山奥の「柚木野山荘」で開かれる結婚式に赴くのだが、そうそうに崖崩れで周囲から隔離されてしまう。そこで毒死、転落死と次々に死者が。果たしてこれは事故か殺人か。猫探偵正太郎が活躍するシリーズの第１弾。本格ミステリの範疇だとは思うが、これは人よって見解が割れるかもしれない。
　巧い書き手だと思うが、ライトノヴェル風のポップな文体と作風で、本書では技巧的な要素をあまり感じさせない。つまり巧さが作品に溶け込んでいて、それと気付かせないのである。ある意味で理想的な形なのかもしれない。
2003/12/06



「消える密室の殺人」猫探偵正太郎上京
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥533 初版2001-02-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　猫好き作家による猫好き読者のための猫を主役とした本格ミステリ、「猫探偵正太郎」シリーズの第２段。主人公の正太郎は、外国の猫の血を少しだけ引くペルシャ猫。前回は雪に閉ざされた山荘に一服盛られて（眠らされて）連れていかれたものだが、今度は強引にバスケットに押しこまれて東京に連行されてしまう。この災難続きの雄猫正太郎と、その飼い主（正太郎は専ら「同居人」と呼ぶ）桜川ひとみとの凸凹コンビが、大手出版者の日本庭園で発生した人気カメラマンの密室殺人事件に挑む。
　――いや、正確に言うと正太郎は人間のカメラマンの殺人には興味を持たない。一緒に毒殺体で発見された <デビッド> を殺した人間をつきとめるために捜査を開始するのだ。
　それはそうと、本書はサブタイトルも面白い。「赤虎同盟」「長い尾は彼」「あくまで手毬歌」など有名ミステリのタイトルのパロディになっているのである。ちなみに例に挙げた３つは、それぞれシャーロック・ホームズで有名なドイルの「赤毛同盟」、チャンドラーのハードボイルド傑作「長いお別れ」、横溝正史の「悪魔の手毬歌」それぞれのパロディである。猫好きが猫の活躍を楽しむも良し、サブタイトルのパロディ元ネタを探すも良し、著者の確かな技術に裏打ちされた、だが読みやすいポップな文体に浸るも良し。人それぞれで違った楽しみ方があるであろう本。
　著者あとがき、青木みやの「読者代表解説」、佳多山大地による巻末解説つき。
2004/02/20



SHUNO MASAYUKI
殊能将之



「ハサミ男」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社文庫 値段￥733 初版2002-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　第13回メフィスト賞の受賞作で、1999年に新書（講談社ノベルス）として出版された同名長編小説の文庫版。 <このミステリーがすごい！> の年間ベスト９にランクされた事実もあるという。
　若い娘を絞殺し、その首に研ぎ澄まされたハサミを突き刺していくという手口でマスコミに注目される連続殺人犯――通称 <ハサミ男> 。だが第三の獲物を求め、めぼしをつけた少女の周辺調査を開始した矢先、何者かの手によって先に彼女を殺されてしまう。しかもその首には、 <ハサミ男> 愛用のハサミが突き立てられていた。
　自分の手口をそっくり真似、自分の獲物をより早く殺していった模倣犯がいる。事件に関心を抱いたオリジナル <ハサミ男> は、死体の第一発見者としての立場を利用し、関係者を相手に独自の調査を進めていくが……というのが大雑把な内容。

　約500ページとデビュー長編としてはちょっと文量の多い本作。だが、恐らくハードボイルド系のそれを意識したと思わしき文体には過剰な装飾というものがなく、一人称形式ということもあって読みやすい。設定やキャラクターの立て方がライトノヴェルに近いせいことも幸いしてか、特に若い世代や、普段本を読みなれない層にも受け入れられやすいのではないだろうか。
　ラストも意外性のあるそれにまとめられており、ほとんどの読者はある種の衝撃を得ることができると思われる。
　反面、最近の流行を取り入れでもしたのか、本編中で繰り広げられる哲学遊びや各専門分野についてのウンチク披露などは底が浅く、新鮮味に欠け、多角的なものとは言いがたい。
　たとえばプロファイリング（心理分析・犯罪化学捜査）についてのそれだが、本書では「犯人の外見的特長をつかむためのアプローチ」「犯人像を絞るために行われる似顔絵作成に近い作業」と断定してしまっている。
　確かにそうした側面があるのは事実かもしれない。だが、実際にふるいにかける際は書類で行われることがほとんどで、年齢や職業、居住区、運転免許の生む、社交性などの条件は直接容姿に反映されないものも多い。
　また、犯人の心理から行動パターンや次の犯行の日時、方法などを割り出し予防的な捜査を行う上でもプロファイリングは使われており、本書のいうプロファイリングの定義はこうした事実を完全に無視している。

　構成的な問題も、もう少しどうにかならなかったか――と思わせる部分がある。
　警察側とハサミ男側とで視線を頻繁に入替えながら進めるスタイルは、本作の性格上、恐らく絶対的に必要であったものなのだが、それをもっと上手く生かして、より緊迫感のある展開を演出することができなかったものか。
　これは新人のデビュー作ということであまり深く追及すべき問題ではないのかもしれないが、700円出して買った他の作品と比較検証されてしまうのは、プロとして当然のこととも言える。
　それから、警察サイドについて。これは良く調査がされているが、徹底されているとまでは言いにくく、「著者は元警官なのでは」といった疑いを持たせるほどのリアリティはない。下調べで得た情報の使い方がどうにも新人っぽいのが原因のひとつだろう。
　また警官の造形が昔の小説風（非現実的）であるのに対し、資料集めで得た現実の警察社会のリアルな情報をそのまま使っている――というアンバランスさにも問題がありそう。
　なお、本書の著者は覆面作家としての活躍をつづけている模様。そのあたりの事情は、小谷真理氏による巻末解説に詳しい。ただし、本編の重要なネタに触れる描写があるため注意されたい。
2006/08/02



SHONEN A NO FUBO
「少年Ａ」の父母



「少年Ａ」この子を生んで……　父と母 悔恨の手記
形態文庫 種別手記 部門－
出版文春文庫 値段￥514 初版2001-07-10
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
さあ　ゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君　ボクを止めてみたまえ　ボクは殺しが愉快でたまらない
　1997年、国内を震撼させる猟鬼殺人事件が発生した。いわゆる「神戸児童連続殺傷事件」である。
　上記のような捜査当局に対する挑戦状とともに、殺された幼児の頭部が神戸市須磨区の友が丘中学校から発見されたのは同年５月。その後も犯人は、捜査の攪乱を狙ってか神戸新聞社に声明文をおくりつづけた。
　事件そのものの異常性、猟奇性もさることながら、後日、当局によって確保された犯人もまた人々に大きな衝撃を与えたはずである。酒鬼薔薇聖斗（さかきばらせいと）を名乗っていたその被疑者は、14歳の少年であったのだ。
　――本書は逮捕された「少年Ａ（未成年のため実名報道なし）」の父母が、息子が殺人犯であったという衝撃、事実に気づくことのできなかった後悔、被害者家族への謝意などを込めて綴った手記である。
　もっとも注目すべきなのは、これが加害者家族側の事情を語った書籍であるということだ。
　現代社会において、犯罪の被害者になった人間とその家族の悲哀がクローズアップされるのは、ほとんど当然のことになりつつある。彼らの生活と人生とが狂わされていく過程はさまざまな媒体におき、さまざまな角度から取り扱われてきた。しかし、加害者家族についてのそれを描こうとした者は少ない。
　本書はそれに先鞭をつけた。これは情報の少ない加害者側の実情をしる資料として、貴重な存在になり得ることを意味している。

　実際、読んでいくとこれは極めて衝撃的な内容なのだ。殺人者を育てた両親に対する非難はある程度しかたがないとしても、幼い子供たちにまで隣人や環境は牙をむいている。兄が人を殺したことで、なんの責任もないはずの幼い弟たちまでもが非常な苦境のなかに追いやられている。彼らにかかる負担を少しでも軽減するため、少年Ａ（殺人犯）の両親は離婚し、苗字を変えることで子供たちを守ろうとさえしているのだ。
　事件に関わった者の離婚や転居といった話は、どこからか耳に入ることはある。しかしこうして実例を具体的に語られると、やはり認識の仕方が変わってくるものだ。
　舞い込んで来る非難の手紙、電話。自宅をとりかこむマスコミ。両親の平身低頭ぶり。どれもが現実の話を淡々と綴ったものだけに、強烈な印象を残す。
　またこれらの既述は、描写されていない他面にまで読者の想像力をかきたてていく。短い事実の紹介が、裏に深い人間の業の存在を暗示している。

　ある殺人事件が加害者家族にあたえる影響を考察した書籍がほかにないではない。小説になるが、乃南アサの「風紋」などがその好例だろう。しかし、本書の圧倒的リテリティと衝撃性の前では綿密な取材と書き込みがなされているにも関わらず、虚構の小説はどこか霞んでみえる。
　事件は毎日のように発生している。被害者とその家族、加害者とその家族。それを取り囲む隣人や友人。親戚関係。日々、彼らは増加していっている。我々自身がいつその渦に巻き込まれるか知れたものではない、というのが現実なのだ。そういった意味において、本書は必読の１冊なのかもしれない。
　この本に触れることで事件、事故といったものに働く想像力の範囲が違ってくることは充分に予測される。万人に是非お勧めしたい。――なお、本書の印税など収益金のすべては遺族へ送られる。
　 2005/12/27



KYO SHIRODAIRA
城平京



「名探偵に薔薇を」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥520 初版1998-07-24
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－
　第８回鮎川哲也賞最終候補作。同名の応募作を大幅に加筆修正して刊行した１冊である模様。ちなみにこの第８回鮎川哲也賞、データを洗ってみると激戦だったようだ。受賞作は谺健二の『未明の悪夢』なのだが、落選には本作の他に柄刀一の『3000年の密室』の姿も見られる。柄刀はこの作品をきっかけにデビューを飾り現在も活躍中であるし、城平京は『スパイラル』という漫画の原作者として一部に熱狂的なファンを生んだようだ。ちなみにこの時の選考委員は、島田荘司、綾辻行人、有栖川有栖の３人。「名探偵に薔薇を」の受賞に難色を示したのは綾辻、有栖川両氏で、その理由として複数の前例を持つアイディアが用いられていたことが挙げられたそうだ。
　ただ、本作品の魅力は単なる謎解きだけにとどまらない。探偵役として登場する、ヒロイン瀬川みゆきそのものや、彼女の苦悩なども大きな見所のひとつだ。むしろ、この作品が高く評価されることがあるとするならば、「事件の謎を解く」「真実を求めることの意味」などについてまで問題を広げている点が大きく作用するはずなのだ。
　そういう意味で、綾辻や有栖川のように人間を描写できない――単純に「推理なぞなぞ」を演出するだけの書き手が、本書の魅力を評価できなかったというのも頷ける。求めるものや向いている方向が違うのだ。
　本書の著者は、綾辻や有栖川などの本格ミステリ作家と比較して、事件や推理、そこから明かされる真実などをより人間的にリアルな視点から見詰めている。ただの「なぞなぞゲーム」ではないと言っているのだ。その辺り、個人的にこの作品を高く評価したい。
　――ストーリィは、書きすぎるとネタを明かしてしまうことになりかねないので、あまり深くは書けない。無難に、文庫版の紹介文を引用しておく。
　始まりは、各種メディアに届いた『メルヘン小人地獄』だった。それは、途方もない毒薬を作った博士と毒薬の材料にされた小人たちのインがを綴る童話であり、ハンナ、ニコラス、フローラの３人が弔い合戦の仇となって、めでたしめでたし、と終わる。やがて童話をなぞるような惨事が出来し、世間の耳目を集めることに。
　吊るされた死体、血文字、さらなる犠牲者。前代未聞の猟鬼殺人の真相解明のため招集に応じた名探偵瀬川みゆきの推理とは。斬新な２部構成による本格ミステリである。
　――長らく絶版状態だったが、最近になって再版されたとかいう噂を小耳に挟んだ。真偽の程は定かではない。ちなみに自分の場合は、「これ見かけたらキープしておいてくれ」と頼んでおいたところ、妹が奇跡的に見つけてきたおかげで入手できたことを覚えている。状態も良くて、最初は新品かと思ったものだ。しかも彼女は何故か代金を受け取らなかった。大儲けである。そういう意味でも、なかなか思い出深い１冊。
2003/11/18



「スパイラル ～推理の絆～ ソードマスターの犯罪」
形態新書 種別ノヴェル 部門作品集
出版エニックス 値段￥857 初版2001-04-20
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　推理（ミステリ）漫画「スパイラル ～推理の絆～」の外伝的オリジナルストーリィを３本収録した作品集。全４巻で完結するシリーズの記念すべき第１弾。またコミック版の原作者であり、「名探偵に薔薇を」の成功で一部に熱狂的な支持をうけている小説家、城平京が自身の手をもってノヴェライズ（小説化）に挑戦した１冊でもある。表紙のカヴァーイラストを手がけているのは、漫画版の作画担当である水野英多。
　個人的には、元となっている漫画版「スパイラル」の詳細を把握していない。しかし、そうした全くのスパイラル初心者であっても問題なく楽しめるような造りの作品に仕上がっていることは、まず最初に述べておく必要があるだろう。この点については、まったく同様のことを著者自身が――あとがきにおいて――名言してもいる。

　物語の主人公は、万事に優れた才覚をしめす兄に対し深刻な劣等感をいだく少年、鳴海歩（なるみ・あゆむ）。彼は、謎の失踪をとげたその兄の行方を追い、高校に通いながら独自の調査を進めていた。
　ここまでが漫画版とも共通する「スパイラル」の骨格ともいうべき基本設定である。本書の物語は、その歩が迷宮入りしたとある剣術家の殺人事件に巻き込まれることから展開していく。
　ある日の放課後、歩は通学先の高校で、女子生徒と若い男の果し合い現場に出くわしてしまう。結果として女子生徒は返り討ちにあうが、相手は自分の兄を殺した敵であり、報復を諦めるつもりはないと彼女は宣言し続けるのだった。
　その女子生徒のいう兄こそ、かつて何者かに殺害された著名な剣道家、桜崎健吾だったのである。
　そこへ、歩が不本意ながらも懇意にさせられている新聞部の女部長が介入。学校で発生した２件の殺人事件を解決した実績を持ち出し、歩に事件のすべてを丸投げしてしまう。
　かくして新聞部部長の強制と兄を殺された少女の懇願とを受けた歩は、迷宮入りした剣道家殺人事件の洗い直しを余儀なくされたのだった――。

　しょせん漫画のノヴェライズと侮るなかれ。もともと本格推理小説を得意とする作家の作品だけに、良く出来た作品になっている。文章技術に若干の問題点が見られないわけでもないが、本格派（パズラー）の伝統的な手法を踏襲し、ストーリィと犯罪トリック、そして登場人物の描写を絶妙のバランスで過不足なく書ききっている点は高く評価されていいだろう。
　とくに表題作である「ソードマスターの犯罪」については、意外性のある結末や最後に明らかになるテーマなど、ライトノヴェル（少年少女向け小説）として埋もれさせるには少々もったいないと思わせる要素に富んでいる。
　表題作のほかには、インターネット上で公開されたという <外伝 名探偵鳴沢清隆～小日向くるみの挑戦～> と題した小粒の物語が２本収録されている。こちらもきちんとした本格ミステリとして成立しているでなかなか侮れない。
2005/09/11



YUICHI SHINPO
真保裕一



「連鎖」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥667 初版1994-07-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　今やベストセラー作家の一人として知られる真保裕一のデビュー作。第37代江戸川乱歩賞受賞作。単行本は同出版社より1991年09月に刊行されており、文庫版はそれに加筆修正を加えたもの。解説は“しんぽ”繋がりか、新保博久氏。
　その解説によると、「主人公は検疫所に勤める食品衛生検査官――いわゆる食品Ｇメンである。彼が、農薬の残留する汚染食品の横流し事件を調べていくうちに、チェルノブイリの放射能に汚染された食品にまつわる事件にかかわっていく物語」ということになる。
　巧いと評判の真保裕一だけに期待して手に取ったのだが（真保作品に触れるのは本作が初めて）、デビュー作であるせいか粗が目立った。選考委員会でも指摘されたようだがストーリィをいきなり複雑にしてしまう構成のまずさも目立ったし、文章力もイマイチだった。

　その上に、満遍なく白い粉がまぶされていた。その帯が倉庫の奥まで七メートル近くに渡って続いている。その先に……　　（P55より抜粋）

　短い文章の中で「その」が連続して３度も使用されている上の例のように、同じ言葉を連続して使っている個所がおおかった。細かい点であるし、特別こだわらねばならないほどの問題でもない。しかし言葉のチョイスが上手いベテランは、こうした点にもキチンと気を使ってくる。
　――受賞の理由に、社会問題を正面から扱うという目新しさのようなものが挙げられたそうだが、これはミステリとしては新しいかもしれないが創作としては決して珍しくない。社会問題を扱う作品を違うジャンルで数多く見てきたせいか、そこが武器になるようには思えなかった。また、著者の「興味本位で扱っているだけで読者に向けて問題提起するような気はない」という主旨の言葉通り、どことなく中途半端な感じが拭えなかった。
　恐らく著者はこれ以降の作品で大化けして評価されるようになったのであろうが、本作ではその素質の片鱗（やはり物語に引き込ませるだけの魅力は感じられた）を覗かせるだけにとどまっているように思える。
2003/11/17



「密告」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥819 初版2001-07-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　真保裕一の著作リストをかざる記念すべき10冊目の作品である本書は、「イン☆ポケット」という文芸小冊子の1996年４月号～翌10月号に連載、完結された長編ミステリ。１冊の書籍としては1998年４月、ハードカヴァーとして刊行された。今回紹介するのは、同書の出版元である講談社がサイズを文庫に改めて世に出した、いわば最終版である。
　内容は、「上司の汚職をマスコミに密告した」というあらぬ疑いをかけられたヒラの警官が、身の潔白と真の密告者を探し出すため、孤軍奮闘する物語――といったところ。
　主人公は神奈川県川崎市の警察署に勤務する、生活安全課の警官。犯罪者の取り締まりを第一線で行う部署の人間ではなく、彼が主とする業務は様々な申請書の処理。すなわちデスクワークを生業とする地味な役職にある三〇代の男性である。
　彼は警察内に組織された射撃チームの元関係者で、かつてはオリンピック候補として将来を嘱望されていた。しかし同代表候補として最有力とされていた男を規則違反で密告し、そこから生じたいざこざで射撃チームにいられなくなった過去を持つ。
　そんな主人公の周辺で、ある密告騒動が発生する。課の責任者と地元有力者との癒着がマスコミにすっぱ抜かれたのだった。かつての密告の前歴から真っ先にネタ元として疑われた主人公は、組織内の秩序を乱す者として各所で嫌がらせをうけるようになる。やがてそれは、一社会人として警官としての未来を断とうとする極めて危険な工作へと発展していく。
　真の密告者は誰なのか。濡れ衣をかけられた主人公は自らの身の潔白を証明し、自尊心をとりもどすため独自の調査を開始する。しかし、彼を待ち受けているのは姿なき者たちからの執拗な妨害工作だった――。

　著者、真保裕一氏には２つの大きな特徴がある。１つは、綿密な取材で一般には馴染みのうすい職種を鮮やかに描き出すこと。また、それを通して知らざれる社会問題に光をあてること。彼が「社会派」の書き手といわれ、その著作が「小役人シリーズ」と称される由縁である。
　もう１つは、ディック・フランシスに心酔しているということ。真保氏の作品には本書の「密告」しかり、「連鎖」、「取引」、「震源」、「盗聴」、「防壁」など漢字２文字によるタイトルが目立つ。これは自他共に認めるとおり、ディック・フランシスにならったものである。フランシスは40冊近い長編を刊行し、これは <競馬シリーズ> として世界的に高い評価を得ているが、その作品の日本語版は全て漢字二文字によるタイトルが刻まれている。
　フランシスに似せてあるのは何もタイトルだけではなく、内容やキャラクターの造詣もそうである。本書の場合、香山二三郎氏が巻末解説でも指摘しているが、主人公の人格設定にシッド・ハレーの影響が強く見える。
　シッド・ハレーといえば、フランシスの <競馬シリーズ> が生んだ最高の主人公のひとりだ。かつて競馬界のトップ騎手として頂点を極めたが、落馬で腕に障害がのこり騎手を引退。失意の日々を送る男としてシッド・ハレーは描かれる。しかし彼は、ある事件をきっかけに違う道で生きる活力をとりもどし、自己の復権をなし得えるのだ。暴力の前に一度は屈しても、「自分が永遠に対応できないもの、それは自己蔑視である」と語り再び立ち上がる男。それがシッド・ハレーである。
　本書「密告」の主人公は、オリンピックという夢を断たれ漫然と警官としての日常を送り続ける男として登場する。それがある密告を発端とする騒動をきっかけとして――と、フランシスのヒーローと似た境遇の中に放り出される。そして自己の復権を謳いながら孤軍奮闘、独自の活動をすすめていくわけだが……

　フランシスは既に筆を折っており、今後、新作が発表される望みはうすい。では、真保裕一がその後継者となりうるか、ポスト・フランシスとして君臨しえるかといえば、これはフランシスが再び筆をとる望みと同程度、見通しは厳しいのではあるまいか。
　たとえば、本「密告」の主人公、萱野巡査部長である。解説でもシッドと比較されてはいるが、彼が「密告の疑惑を晴らし、自分が密告をするような男ではないことを証明するのだ」といきまくのは、かつて射止めそこなった女性の気を引きたいからである。そのために、自分に好意を寄せている若い娘を利用し、後輩を一方的に使い、共同戦線を申し出る新聞社のスタッフを都合よく扱う。その度に自分は卑怯者だ、卑劣だとつぶやきながら、同じことをくりかえす。
　結局、そうした安っぽさや自己を律しきれずズルズルと引きずってしまう卑しさに、同類からの共感を得ることで人気をとる種のキャラクターなのである。同じような弱さでやはり共感を呼びつつ、それを克服して真の自尊心を堅持。「友人と呼ぶにふさわしい男（青木雨彦：夜間飛行）」といわしめるフランシスの男たちとは、この点で明確に異なる。
　具体的にいえば、フランシスの処女作「本命」の主人公、アラン・ヨークである。彼は競馬界のある不正について独自の調査をすすめるうち、意外な黒幕をつきとめる。しかしその人物を告発することによって、思いをよせる素晴らしい女性を失いかける。彼は悩むが、結局は自尊心を選び、女性を失っても真実を追究する道を選ぶ。
　この明確な違いがあるかぎり、真保の主人公をフランシスのそれと重ねてみることは――個人的に――とてもできそうにない。
　自分の不用意な態度で失い、既に他人と結婚してしまった女性を追いすがる。８年間もつきまとい、決別を言い渡されても態度を変えず、逆に自分に思いを寄せる娘に対しては「彼女なら一人でも歩いていける」とバッサリ。意中の女性に嫌われないためだけに平然と他人を利用し、後で慰めにもならないようなフォローをいれて免罪符とする。「密告」の主人公はこうして整理するとフランシスのヒーローとはかなり性質を異にしているのがわかる。
　著者の真保氏は、「ストーリィよりもキャラクターを重視する」と明言している。そのキャラクターの魅力、ひとの共感を呼ぶ人間性と動機付けの面でフランシスにまだまだ及ばない以上、比較の対象とされ同列に並べられるレヴェルにいたることはなさそうである。
2005/11/19



I N D E X
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さ(sa)行
作者別一覧
・ 斎藤美奈子(1)
・ 桜井亜美(1)
・ 桜木もえ(1)
・ 佐竹一彦(2)
・ 佐藤亜紀(1)
・ 佐藤賢一(1)
・ 佐藤ラギ(1)
・ ローズマリ・サトクリフ(1)
・ 佐野洋子(1)



MINAKO SAITO
斎藤美奈子



「あほらし屋の鐘が鳴る」
形態単行本 種別エッセイ 部門－
出版朝日新聞社 値段￥1500 初版1999-02-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　学生時代、フランスの英雄「ジャンヌ・ダルク」についてちょっとした研究をしていたときのことである。とある面白い話をきいた。
　ジャンヌ・ダルクが、味方の若い貴族に対して「我が愛しの公爵様」と呼びかけていたというのだ。
　ある人物はこの点から、ジャンヌ・ダルクはこの公爵に対して恋愛的な要素を含む特別な感情をもっていた――という説を展開したのだった。
　だが、後にこの説は、当時の歴史的事情に精通した学者から一蹴されている。「我が愛しの～」というのは、当時の若い娘が貴族に対して用いていた一般的な敬称であり、現在で言う「サー」や「ミスター」などに値する慣用的な表現に過ぎない。
　そうした歴史的な背景を知らず、言葉尻だけをとって現代の尺度で判断するからそのような大いなる勘違いが発生するのだ、と。
　本書「あほらし屋の鐘が鳴る」を読んでいて、まさに上記したエピソードを思い出した。

　この作品は女性誌に連載されていた時事的なエッセイを書籍としてまとめたものである。
　ソフトカヴァーで330ページ。2006年春に文庫化されるまでは絶版状態が続いていたようで、一部のマニアの間ではプレミア価格で取引されていた。一時期、オークションでは定価の10倍近い値がついていたようである。
　そんな本書の内容であるが、これは大雑把にいうと1990年代後期に流行していた文化や価値観、思想、文学、サブカルチャー、女性用雑誌などを批評的な観点からバッサリと斬り捨てていく、というもの。
　女性誌に載せられていたものだけあって、視線は読者――つまり若年層の女性――側へ極端に偏っており、「今どきのおじさまたちの妄想は～」「これらはしょせん、おじさま世代の～」といった論調で中年男性を諧謔の槍玉にあげて喜び、それで爽快感を得ようという造りがかなり顕著。
　しかし、プレミア価格がついていたのは伊達ではない。女性誌むきのコミカルで軽快な語り口が終始つらぬかれているものの、目の付け所はときに鋭く正確で、なかなか面白い物の見方を発見できたりもする。

　とは言え、これは稀有な例。
　そもそもこの本に収録されたネタは、女性誌に連載されていたエッセイが中心なのだ。つまり女性雑誌を喜んで読む――批判のネタにされている時事ネタや流行に一番弱いタイプの――女性が、読者層としてターゲットとてし設定されているわけである。この時点で、本書は自己矛盾性を少なからず内包しているといえるだろう。
　結局は自分の言葉で表現する力を持たない人間が、著者がきっていく勢いある啖呵を拍手喝さいで迎え、溜飲を下げたような錯覚を得るための本に過ぎない。
　さらに言えば、批判の根拠として著者があらゆるところから引っ張ってくるデータや論拠がひどく一方的なものであり、それを自分の都合の良いようにしか分析していない点は、本書の大きなマイナスポイントである。
　まさに冒頭に挙げたジャンヌ・ダルクの例にあてはまるようなやり口で、ペラペラと本をめくっていて「使えそうだ」という印象を持ったら即採用、裏もとらず、またそれに対するアンチテーゼの存在をまったく無視して、それが世界の定説であるように紹介するようなやり方は公平感に著しく欠ける。

　たとえば、最初のエッセイ「ハードボイルドな彼」では藤原伊織の「テロリストのパラソル」をテーマにして、ハードボイルドを「おじさんの妄想」と斬り捨てている。
　実際のところ、「テロリストのパラソル」にそうした側面があることは否定できない。学生運動世代である藤原伊織の妄想や願望がストレートに出た作品、というのは同著に寄せられる感想としてかなり一般的なものである。
　そこでやめておけば良いものの、本書の著者は「テロリストのパラソル」を「ハードボイルド」という文学の一ジャンルと結びつけ、さらにハードボイルドの定義を、なにを血迷ったか国語辞典で調べて話を明後日の方向へ展開させていく。これは明らかな暴走だが、本人はそれに気づいていない。
　生兵法はケガの元、というが正にそれを実証するかのような内容なのである。
　国語辞典は、ヘミングウェイの作品も一種のハードボイルドであることを教えてはくれない。そのルーツがアメリカにあることも教えてくれない。そもそも、なぜ英語の辞書を引かずに国語辞典でハードボイルドの語彙を確認しようとするのかに首をひねりたくなる。

　それよりなによりアホらしいのは、「要するにオヤジたちは～」などといった話題で読者である若い娘たちと戯れたがっている著者が、1956年生まれの――つまり連載当時、すでに40の坂に入った立派なオバさんであることだ。
　いい年をしたオバさまが、女性誌を読んでる娘に横から声をかけ、「最近のオヤジって本当に嫌よね」などと親しげに語りかけている様をイメージされたい。中年男性を仮想の敵に見立て、さらに軽妙な語り口で誤魔化そうとはしているが、本書の本質はまさにそれなのだ。
2006/04/02



AMI SAKURAI
桜井亜美



「イノセントワールド」
形態文庫 種別ノヴェル 部門中編
出版幻冬舎文庫 値段￥457 初版1997-04-25
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　1996年03月に同社から刊行された作品の文庫版。体裁とページ数は辛うじて長編のそれだが、本を開いてみれば分かるようにフォント（文字）サイズが児童書並みに大きい。文量としては中編とするのが妥当だろう。
　主人公は、「テレファックス」の隠語で呼び合う売春、知的障害者である兄との歪な関係などに興じる17歳の女子高校生アミ。出生にも色々と悶着があったという身の上で、家族とも上手くいっていない。そんなおり、彼女は兄の子供を身ごもってしまう――。
　裏表紙の作品紹介によると、朝日新聞をはじめ多くの紙誌で絶賛された著者のデビュー作らしい。読んでみると分かるが独特の世界観があって、それに奇妙なリアリティを感じてしまう。評価されることに納得のいく作品だった。凄さも理解できる。
　ただ本書から何か得るものがあったかというと、これは皆無に近い。
　結局、主人公であるアミは与えられた世界に勝手に絶望し、自分の知り得た情報だけで社会や大人を定義して殻に引篭もっているだけに過ぎないし、新しい世界を創るといいつつ、その土台となる部分が既に他者への依存からしか成り立っていない。
　早い話、彼女は悟りを開いた気になっている、ただの子供であるわけだ。これを「新しいイノセンス」だとありがたがっている解説の宮台真司には共感できないし、彼らと付き合うことで自分にプラスになるものが得られるとは思えない。
　人間観察の対象とするには面白いが、友人にはなり得ない人間を描いた物語。本書を一言で語るとすれば、まあそんなところだろう。
2004/01/15



MOE SAKURAGI
桜木もえ



「ばたばたナース」
形態文庫 種別エッセイ 部門－
出版講談社 値段￥467 初版2000-04-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　看護婦（女性看護師）のエッセイ。著者紹介によると、某病院に勤務する若手美人看護婦。ただしペンネームで、本名はヒ・ミ・ツ。同性同名の看護婦さんがいても、その方が著者ではありませんので、ご了承下さい――とのこと（そのまま引用）。
　ナースとしての日々の体験談や本音などを若い女性そのままのタッチでライトに語っている。ナースの実際、医療従事者たちの現場の雰囲気に軽く触れてみたいと思う人には参考になる部分もあるかもしれない。



KAZUHIKO SATAKE
佐竹一彦



「ショカツ」
形態単行本 種別小説 部門長編
出版角川書店 値段￥1400 初版2000-12-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　所轄勤務の若手刑事を主人公にすえ、彼の眼を通して刑事のリアルな捜査活動と大事件とを追う長編ミステリ。 <REAL POLICE STORY> を謳っているだけあり、細部に関する警官や捜査活動の描写は大変リアリティに富んでいる。それもそのはず、著者の佐竹一彦は元警視庁の警部補であった人物なのだ。
　したがって、本書のウリはただひとつ。その迫真のディテールのみである。他はない。読者サーヴィスとして「ホシ」や「ヤマ」といったコテコテの隠語を乱発しているきらいこそあるものの、その他の点については他の作家の追随を許さない。まさにリアル・ポリス・ストーリィなのだ。
　だからこその退屈さもある。――警察の捜査活動の詳細になど全く興味がない。むしろ事件と物語の筋立てさえ素晴らしければ、警察の描写はおざなりでいい。ミステリに必要なのは事件の面白さであり、手にあせり握るスリルであり、あっと驚く本格派のトリックなのだ。そのように考えるものには、本書はまったく向かないだろう。
　現実の刑事は地味で退屈な作業をその大半の業務としている。つまりリアル・ポリス・ストーリィを志すなら、彼らがいかに地味で退屈な捜査を展開しているかを描かねばならない。本書は少ながらずそれをやってしまっている。一般人には馴染みのない警察組織のうんちくを塗して何とか退屈させないように計算はされているが、それは一部にしか存在しない警察ファンくらいにしか通用しないのである。

　内容をざっと紹介しておこう。主人公は刑事課に配属された間もない新人の青年。温厚だがやり手のベテラン刑事と組んだ彼は、ボウガンを使った連続犯罪の捜査に駆りだされることになる。被害者として頭をうたれ生死の境をさ迷う少女がいるが、なぜ彼女が狙われたのか、その動機はなんなのか。何人か容疑者が浮上するも空振りがつづき、捜査は長期戦の様相を呈しはじめる。主人公と相棒は独自の路線で捜査を展開していくが、やがて事件は思わぬ方向へと展開していく。
　文章力、筆力、内容、すべての面で本書を上回る作品は星の数ほどある。しかし、警察関連の描写において本書のそれを上回るものは稀有。結局、そうした結論に落ち着きそうな作品である。
”グニヤ（質屋）まわり”は、質草から盗品の可能性を探り、そこから犯人に到達しようとするもので、盗犯捜査の中で、最も古典的な手法の一つということができる。（中略）グニヤまわりと言っても、蔵や倉庫に入り込んで、質草の品定めをするようなことはしない。なにしろ、老舗の四代目は五十年のキャリアの持ち主で、うさん臭い質草なら一目で見抜く。もし、そのような質草があれば、黙って差し出してくる。
緊急配備が発令されると、管内の交通の要衝には警官が配置される。駅、インターチェンジ入口、幹線道路の交差点など、配置場所はあらかじめ決められていて、その上、年に何度かの訓練も実施され、齟齬をきたさないようにしてある。
　上記のような、いかにも元警官ならではの描写に感心しながら読めるのならお勧めする。
　――最後に、著者についてすこし触れておく。松本豊（筆名：佐竹一彦）、1949年うまれ。明治大学卒業後、警視庁巡査を拝命し警部補にまで至っている。30代半ばごろ、機動隊の警備係で主任をつとめていたときに退職を考え始めた。のちに多摩区武蔵野署に移動し、警備係長になった段階で辞表を提出。小説の執筆をはじめ、1990年に「わが羊に草を与えよ」で第29回オール讀物推理小説新人賞を受賞している。著書に「刑事部屋」「よそ者」「警視庁公安部」「新任警部補」「ショカツ」、「挙動不審者」などがある。
　2003年10月27日、急性心筋梗塞で死去。享年５４歳。
2005/12/21（2006/03/03 追記）



「駐在巡査」
形態連作短編 種別小説 部門長編
出版角川書店 値段￥1600 初版2003-09-30
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　閉鎖的な小社会を形成し、よそ者には警戒してかかる。おもな産業はイチゴ栽培。四方を山に囲まれた山谷村は、人口600人あまりの農村である。本書は、そんな長閑な集落で勤務する駐在の活躍を描いた警察小説。
　駐在といえば、家族と一緒に「駐在所」に住み込んで地域に奉仕する警察官のことである。つまり通常の「交番」が通勤、ローテイション制であるのに対し、「駐在所」には固定の警官が住み込み常駐していることになる。勤務員が交代で入れかわるということがないため、地元密着型という意味で駐在所のシステムに勝るものはない。また家族のものがその業務を率先して手伝う傾向にあることでも駐在所の存在は独特といえる。主に住宅街や交通の便の悪い農村部などに設置されているが、山谷村のそれは典型的な後者のパターンなのだろう。

　主人公の猪熊喜三郎は、２年まえに山谷村に配属された駐在。シックハウス症候群の妻を気遣って、下町の警官から村の駐在さんになることを選んだ。この物語は、猪熊と妻が村内で発生する様々な事件を、駐在ならではの視線と手法で追っていく連作式の短編集である。完全な連続性がたもたれているため、四部構成の長編と見ることもできるかもしれない。
　いずれにせよ春の事件、夏の事件、秋の事件、冬の事件と、季節ごとに４つの独立したエピソード――いずれも殺人かそれに類する凶悪重大事件――を用意し、「駐在日誌」という短めの報告書を挟みながらテンポ良く語られていく物語はなかなか面白い。
　人口600人の農村でシーズンごとに殺人事件が発生するのは幾らなんでもありすぎだろう、といった突っ込みどころもないではないが、これは意図的なものであり、作品としての価値をさげるものではない。むしろ物語を盛り上げるための読者サーヴィスの一環なのだとも考えられる。その点は別としても、駐在という序列の面から言えば下層に位置しそうな人間が課の幹部クラスとわりあい対等な口をきいている点は、すこし気になった。著者の趣味なのかそうでないのか、興味のわくところである。

　ともあれ、著者が元警視庁の警官であったということもあり、現場の人間ならではのリアリティに満ちた描写は流石。間違いなく本書の魅力であり、ウリのひとつといえるだろう。　
　もともと警察というのは取材の難しい組織であり、圧倒的な取材量で知られるプロ作家でもなかなか細部までを現実的に描くことはむずかしかった。その点、内部の人間であった著者はこの問題を完全にクリアしている。
　インタビューなどを見ていると、当初は「文章の上手さ」と「筆力」との区別がついていない程度の書き手で、作品の出来にもそうした経験不足が如実にあらわれている作家ではあった。しかし、それは初期の作品においての話である。本書ではそうした初々しさは若干なりをひそめ、構成やストーリィテリングにも妙が見られるようになった。会話にもユーモア性を盛り込もうという努力がみられ、それが駐在の妻の人物造詣として反映されている。
　……がんばっている、と読者に気づかれた時点でそれはプロの仕事ではないのだが（一流はそうした痕跡を残さず、素晴らしい仕事を自然なことのようになしとげる）、著者の成長が如実にうかがえるという点で本書は評価できるだろう。
　とはいえ、視点のブレなどをはじめとした技術的な粗は完全に消えたわけではない。今後、一層の進歩と成長とに期待したいところ。
2005/12/27



AKI SATO
佐藤亜紀



「バルタザールの遍歴」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥1300 初版1991-12-10
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆☆
　ET IN ARCADIA EGO。読売新聞社および三井不動産販売株式会社主催の第３回「日本ファンタジーノベル大賞」受賞作にして、著者の処女作。
　恐るべき新人があったものである。読了するまでもなく、第一章を読み終えた時点でそう思った。
　文章力を絶賛されて大型新人賞を勝ち取った新人としては、近年だと2004年 <第五回ホラーサスペンス大賞> を受賞した沼田まほかる氏などが思い当たるが、残念なことに比較にならない。沼田女史には幾つか注文をつけたくなる箇所があったが、本作にはそれがないのだ。隙が見当たらない。
　選考委員をつとめた荒俣宏、安野光雅、井上ひさし、高橋源一郎、矢川澄子らと比較しても、やはり本書の著者――佐藤亜紀に軍配があがるのではあるまいか。そう思わせるほどのものがある。というか、実際選考委員より巧い書き手なのだろう。
　あまりの完成度に、選考委員会では「海外小説の盗作では」といった疑惑がもちあがったというが、これには深くうなずける。本当にそうとしか思えない出来なのだ。

　本書は19世紀前半のウィーン、パリ、チューリッヒ、ハーウィヤなど諸外国を舞台に、ひとつの身体を共有する双子の（つまり２人分の精神が１個の肉体に宿った）兄弟の半生を描いたものなのだが、まず情景描写が素晴らしい。
　荒俣宏はこれを選評においてこう表現している。
「外国の街々の細部描写が堂に入っている。（中略）極論すれば、あまりにも巧みな翻訳小説めかした構成なのである。（中略）これをドイツ語に訳して欧州で売りだしたほうが、好評を博するのではないか。本気でそう提案したくなるほど完璧な小説」
　この評価には、一読者として大いに共感できる。
　巻末の著者略歴をみると、佐藤亜紀は1962年新潟県生まれの日本人。成城大学大学院で西洋美術史を専攻していたらしい。専門は18世紀の美術批評で、マスターコース終了後は <ロータリィ奨学金> を得て一年間フランスに留学した経験もあるという。
　なるほど、恐らくはこのあたりが「まるでドイツが統一された記念に、ミュンヘンあたりの幻想作家が書き上げたものの翻訳なのだろう」と勘違いされるリアリティの由縁となっているのだろう。

　はっきり言って、本作は「日本ファンタジーノベル大賞」という看板から漠然とイメージされるエンタテイメント系の作品とは言いがたい。むしろ純文学よりの作品だと解釈できる。
　ゆえに手に汗握るスリルの連続、緊迫の展開、仰天のラストなどといった要素は一切期待できない。
　本書がもたらしてくれるのはジェットコースターが与えてくれる種の興奮ではなく、恐らくは小さな喫茶店で思いのほか美味しい紅茶を出されたときに得られる小さな発見に伴う喜びと、紅茶そのものの深い味わいの方に近いのだろう。
　読書を好む、そういう意味での本好きには自信をもってお勧めしたい。
　単に技巧を楽しむためだけに読むのもいいだろう。それに耐えうるものがある。なお、本書は既に文庫化されており、「新潮文庫版」「文春文庫版」などの存在が確認されている。作品解説の有無などは確認できていないが、少なくとも本ハードカヴァー版には計８ページの選評が別小冊子として付録されている。



KENICHI SATO
佐藤賢一



「傭兵ピエール」上・下
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社文庫 値段￥740+680 初版1999-02-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆☆
　随分昔に読んだ記憶があるが、1999年というとそこまで古い話ではない。記憶というのはアテにならないものだ。
　――当時、ラ・ピュセル（所謂ジャンヌ・ダルク）に関連する資料を手当たり次第に集めていたので、自然と本書の存在も目に入ってきた。最初は図書館で発見したのだが、少し読んでみると物語とはいえ当時の社会模様を巧みに描写している印象を受けたので、本屋に直行して新品で購入したのを覚えている。そのとき購入した本は未だに手元にあるが、これは文庫サイズ初版のものである。もともとは集英社から1996年12月に単行本として出版されていたらしく、文庫化されるときに加筆修正され、さらに上下巻に分けられたようだ。
　内容は、15世紀フランス王国で傭兵隊の隊長として生きるピエールと、ジャンヌ・ダルクとの出会いを描いた歴史物。ジャンヌ・ダルクは実在するが、ピエールは当然ながら著者の創作。劇中でふたりは恋に落ちたり、色々な苦楽を共にして良く戦友となるのだが、こういう出来事も実際にはなかった。
　本書の特徴は、とにかく中世ヨーロッパの世情とそこに生きる人々を描く圧倒的な筆力。この題材で物を書かせたら、著者は日本一かもしれない。佐藤賢一という作家は、そう思わせるほど技量に優れたところのある書き手なのだ。

　それは別として肝心の物語なのだが、これは解説の井家上隆幸が指摘しているように「荒唐無稽」の一言につきる。
　分かりやすくいうと、中世の時代模様を書くことに関しては日本指折りの達人が、『源義経は生きてモンゴルに渡り、チンギス・ハンになりました』級のギャグを大真面目に物語として書いた……といった感じ。
　舞台演出は一級品なんだが、ストーリィ展開にリアリティの欠片もないから、非常にチグハグな印象を受ける。なまじラ・ピュセルに関して知識を有していただけに、個人的には致命的な欠点が見えたりもするのだ。実際、「それは幾らなんでもあり得ないだろう」と失笑したり憤慨したりした箇所が多数あった。
　これはストーリィではなく、著者の途方もない技術力を楽しむ本なのだ――と自分に言い聞かせれば、それなりに楽しめるかもしれない。ジャンヌ・ダルクの生きていた時代の雰囲気や空気を小説を通して擬似体験したい、などという奇特な読者にはお勧めする。それ以外は、西と東の差はあるが司馬遼太郎を読んでいたほうが懸命。
2004/01/23



RAGI SATO
佐藤ラギ



「人形（ギニョル）」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥1500 初版2003-01-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　第三回ホラーサスペンス大賞受賞作。ギニョルは、フランス語で人形を意味する。ただの人形ではなく、演劇に使うような人形、指人形などをさす。
　ちなみに著者は、マレーシアはペナン島在住の日本人。ペンネームの「ラギ」は“もう一杯”の意味するマレー語であるとのこと。念のために付け加えておくが女性である。
　内容は、ギニョルと呼ばれる男娼と知り合うことになった作家の男が、やがて彼を監禁するようになる――というもの。ギニョルがそういった負の意識や感情を引き出してしまう人間であり、それと関わることで禁忌の世界に足を踏み入れてしまう人間の怖さのようなものを描いたようだ。
　一気に読んだが、特に惹かれる要素はなかった。この著者の著した別の作品にも触れてみたい、と思わせるような魅力は感じられない。文庫化もされていないようだから、購読のためには一五〇〇円を支払う必要がある。が、それだけの金額を出すなら、お気に入りの作家の文庫本を二冊買う方がよほどいいだろう。



ROSEMARY SUTCLIFF
ローズマリ・サトクリフ



「アーサー王と円卓の騎士」（原題：The Sword and Circle）
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版原書房 値段￥1800 初版2001-03-03
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
ＵＫを代表する歴史小説家、ローズマリ・サトクリフがおくる <アーサー王と円卓の騎士> 物語。
　「アーサー王と聖杯の物語（The Light beyond the Forest）」「アーサー王最後の戦い（The Road to Camlann）」へと続く３部作のはじまりの書。正式な原題はThe Sword and the Circle; 　King Arthur and the Knights of the Round Tableとなっている。
　原書となる英語版は1981年に刊行され、2001年に山本史郎氏の翻訳により日本語版が出版された。今回紹介するのはこの日本語版で、これは400ページ強のハードカヴァー。
　巻末には「作者の言葉――美しくも神秘的で、魔術的な物語」と題された著者あとがきと、訳者のあとがきの２つが収録されている。

　物語本編は全13章から構成されており、連続するが個々を独立した短編としても扱うことのできるエピソードの連なりとなっている。
　序盤の数章で、アーサー王誕生の歴史的背景、彼の少年期、そしてブリテンの王冠を手にするまでの物語が紹介されている。それ以降は、彼と国をまもる精鋭近衛兵団 <円卓の騎士> にスポットがあてられるという構成がおもしろい。
　円卓の騎士には、伊達男ランスロット、優しく愛嬌のあるガウェイン、ディック・フランシス小説の主人公のようなハードボイルド男ボーマン、悲恋の騎士トリスタン、短期で直情的なジェレイント、皮肉屋のケイなど個性的なキャラクターが多い。
　著者サトクリフはそうした彼らを各章の主人公にすえ、その冒険や恋物語などをいきいきと描いている。
　３部作の第１巻である本書では、とにかくアーサー王と円卓の騎士たちの人間性にスポットがあてられているようだ。彼らを一躍有名にした「聖杯探索」に関してはその伏線をチラつかせるのみ。これについては第２巻である「アーサー王と聖杯の物語（The Light beyond the Forest）」で詳しく語られることになる。

　とにかく、本書の魅力は登場人物たちの個性である。
　文体に奇妙な装飾がなく、わりあい淡々とした語り口で物語は進行していくのだが、それが返って味わい深さとサトクリフ独自の世界観をうんでいるのだろう。
　アーサー王伝説に関心がある、中世の騎士物語を読んでみたい、良質・上質のファンタジーに触れてみたい。これらの欲求を満たすに、この３部作は格好の存在となるに違いない。おすすめ。
2005/07/10



YOKO SANO
佐野洋子



「100万回生きたねこ」
形態絵本 種別－ 部門－
出版講談社 値段￥1300 初版1977-10-20
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆
　全国学校図書館協議会選定図書、中央児童福祉審議会推薦図書。25cm、31頁。
　小説、写真集、ノンフィクション、ビジネス書、参考書、それぞれの分野で抜きん出た完成度と売り上げを誇る伝説的名書というものがある。絵本の分野におけるそれが、本書 <100万回生きた猫> だ。
　週刊朝日は本書を「これはひょっとすると大人のための絵本かもしれない――」と評している。同じことは多くの人々によって指摘されていることだ。事実、絵柄は子供が好みそうな愛らしさを排除した癖の強いものである。幼児が一〇人いたとすれば、そのうち何人かはこの絵本の絵を「怖い」と言い出すだろう。
　もちろん基本的には児童向けの作品なのだから、幼い子供もそれなりに楽しめる簡単な内容になっている。つまり絵本になるほど単純な物語だが、大人が読んでも心に何か残るものがある――そうした深い絵本なのだ。だからこそ、1977年に出版された本書は何十年ものあいだ恐ろしいほどの勢いで売れ続けている。

　その猫は立派なオスのトラ猫で、好きでもない色んな飼い主のもとで100万年生きた。100万回死んで、そのたびに100万回生き返った。猫が死ぬたび飼い主たちは泣きながら彼を埋葬したが、猫は誰と別れるときも泣いたことがなかった。
　あるとき猫は自由な猫だった。立派なトラ猫で、立派なノラ猫になった。
　猫は白いメス猫と出会い、彼女と一緒に暮らした。やがて時は過ぎ、白いメス猫は子供を沢山産んだあと歳をとって死んだ。100万回生きた猫は100万回泣いて、そして白いメス猫の隣で動かなくなった。
　猫はもう、二度と生き返らなかった。

　単純で簡単で、だが記憶にいつまでも残る話だ。
　個人的な話をすることが許されるなら、これは私が最も気に入っている絵本である。これ以上の絵本を、いまはまだ知らない。健康診断を受けに行った病院で、ふと手に取った本だった。
　もし自分がトラ猫で、いつか白い猫に会ったとしたら、これを彼女にプレゼントしようと決めた。
　それが友人であれ、恋人であれ、新しく生まれた家族であれ、贈られた意味を解する人間であるなら、この本はいつまでも本棚の片隅に大切にとっておかれることだろう。
　そう思わされるような絵本なのだ。
2005/01/15



I N D E X
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こ(ko)行
作者別一覧
・ 郷原宏(1)
・ マイクル・コナリィ(1)
・ 小林恭二(1)
・ 小林光恵(1)
・ 今野緒雪(17)



HIROSHI GOHARA
郷原宏



「ギムレットには早すぎる」レイモンド・チャンドラー名言集
形態単行本 種別名言集 部門－
出版アリアドネ企画 値段￥2310 初版1997-12-20
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
'I suppose it's a bit too early for a gimlet,'
　本のタイトルからして分かるように、レイモンド・チャンドラーの <フィリップ・マーロウ> シリーズの名言集。とにかく洒落た会話のやりとりが多いシリーズなので、世界的にも有名になっている名言が多い。表題の「ギムレットには早すぎる」にしても、 <長いお別れ> でテリー・レノックスが囁く、ハードボイルド・ミステリ史上最も有名なセリフの１つである。
　本書では「マーロー自身について」「私立探偵について」「女について」「アメリカについて」「酒について」「人生・友情について」「警官について」とシリーズ中の名言をジャンルわけし、その台詞が口にされた場面と、台詞そのものの簡単な解説を添えて整理されている。
　本書の魅力を完全に味わうのなら、当然の事ながら <フィリップ・マーロウ> シリーズを完全読破しておく必要があるのだが、まったくチャンドラーの著書に触れたことがない人間でもそれなりに楽しめるかもしれない。
　編者は郷原宏、引用された部分の新訳は山本楡美子。きちんと英語による原文も引っ張ってあるのが嬉しい。資料的価値も若干ながらあるだろう。巻末にはチャンドラーの長編作品それぞれの簡単な紹介、チャンドラー邦訳リスト、著者あとがきなどの付録がついている。
　が、それにしてもシリーズから名言を引っ張ってきて解説をつけただけの本にしては、価格設定が無茶だ。たとえばチャンドラーの百科辞典のような存在で、早川書房の『レイモンド・チャンドラー読本』という単行本があるのだが、これの第２章では、本書と同じように「酒について」「女について」などとジャンル分けして <マーロウ> シリーズの名言を集めている。しかも『チャンドラー読本』は名言集だけでなくチャンドラーに関するあらゆる情報や関係者たちによるエッセイ、初公開の短編などが掲載知れていて、本書より濃く非常に充実した内容の１冊でありながら、その定価は1300円と非常に良心的である。これと比較すると、2200円という本書の価格設定に首を傾げたくもなるというものだ。2200円は高すぎる。
2004/02/21



MICHAEL CINNELLY
マイクル・コナリィ



「ナイトホークス」（原題：The BLACK ECHO）上・下
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版扶桑社 値段￥648+629 初版1992-10-30
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　1992年、本国アメリカで発表され「ＷＭＡ新人賞」を獲得したマイクル・コナリィの処女長編。のちに看板シリーズとして認識されるようになる <ハリィ・ボッシュシリーズ> の第１作でもある。
　日本語版の翻訳は古沢嘉道。下巻末に「予感の第一作」と題された穂井田直美氏による作品解説あり。これは良くある本編のあらすじを大雑把に紹介してお茶を濁すタイプのそれとは一線を画す、内容のしっかりした――本編未読の者の関心をかきたて、読了した者については的確な補足情報を与える――解説となっている。作品と著者への理解を深めるために、是非一読をお勧めしたい。
　また版によって異なるだろうが、マイクル・コナリィの著作リストも用意されている。

　さて本書でデビューを飾ったマイクル・コナリィだが、彼はハードボイルドミステリ界の巨匠レイモンド・チャンドラーにかなり強い影響を受けた作家であるらしい。
　これは出所がはっきりした信頼できる情報で、1996年アリゾナ州スコッツデールで催された <ＡＺマダー・ゴーズ……クラシック> において、コナリィはチャンドラーについての講演をおこなった、といった話もある。
　また新作を著すときは、儀式のようにチャンドラーが残したエッセイ「簡単な殺人法」を読むことでも知られているという。
　このような逸話が影響してか、日本においてコナリィはハードボイルド作家と認識されているようだ。本書上巻の裏表紙を見てもらえれば分かるが、ここの紹介文においても「長編ハードボイルド」といった表現が用いられている。

　だが個人的な見解を述べることが許されるのなら、これには異を唱えさせてもらいたい。
　あくまで処女作「ナイトホークス」を読んだ限りの印象だが、これをハードボイルド・ミステリだと思えた瞬間はついに訪れることがなかった。
　確かにチャンドラーが用いたような技法、ハードボイルド的な要素は、作中にいくつか見受けられた。そのひとつが、主人公の行動力だろう。本作の主役であるハリィ・ボッシュ刑事は、とにかく捜査活動のため管轄とする街を良く動き回るのだ。
　ボッシュは捜査線上に浮上した関係者を訪れ、彼らひとりひとりと対面し、話をする。
　結果、読者はボッシュの後ろについてハリウッドやビヴァリィ・ヒリルズの街を飛び回っているような感覚をうける。実際は地味なことしかやっていないのだが、それでもコナリィとボッシュは我々を退屈させることなく、逆にどこかスピーディでダイナミックな物語が展開されているような印象を植え込むことに成功している。
　このあたりはチャンドラーが導入している手法と重なるし、チャンドラーが生んだハードボイルド界最大の主人公であるフィリップ・マーロウの働き振りにハリィ・ボッシュは良く似せてあると言えるのだろう。

　その一方で、「ナイトホークス」という作品をハードボイルドというジャンルと手法から遠ざけているのは著者と主人公の饒舌さだ。
　ハリィ・ボッシュは、ハードボイルドの主人公としては雄弁すぎるし、他人に自分の気持ちをあまりにも直接的に――しかも出会って間もない異性に――ぶちまけすぎる。
　その結果、読者はボッシュの心理を、彼の行動や生きかたから間接的に知るのではなく、すべて本人のセリフから知ることになるのである。
　このあたり、チャンドラーはバランスの取り方がうまい。彼の生み出した主人公フィリップ・マーロウは、その心のうちを自分の言葉とそして行動との両方で表現する。その比率は半々といったところだろう。あるいは、やや後者よりといったところか。
　ハードボイルド・ミステリの開祖ともいうべきダシール・ハメットに至っては、主人公の情緒や感傷をほとんど間接的な手段でしか主張させない。
　ハードボイルドを語る上で必要な要素は、主人公が心の内を自分の言葉でうるさく語らないこと。それは語ったとしても行動や何気ない仕草で間接的に表現されること。これが絶対的にあるのではあるまいか。

　――しかし、コナリィがハードボイルド作家であるかないかは、恐らく多くの読者にとってどうでもいいことである。
　問題は彼が面白い話を書く、優れた作家であるかないか。この一点に尽きるのだろう。
　手っ取り早く結論を出すとするならば、多くの読者にとってそれはイエスだろう。
　ジャーナリストとして最大の栄誉である「ピューリッツァー賞」の候補になったことがあるというマイクル・コナリィは、 <ロサンジェルス・タイムス紙> で活動していたころの経験を無駄にすることなく、取材力、ネタの料理法、全体像の俯瞰の巧さなどを見せ付ける作品を我々に提供してくれている。
　主人公ボッシュに固定されていた視点をブレさせてまで、他人の身に起こった出来事を細々と書く必要があったか？　などといったニ、三の疑問を抱かせることを除けば、「ナイトホークス」はとても新人が書いた小説だとは思えない。
　構成がしっかりしており、また主人公がいきる警察の世界を圧倒的なリアリティで描き出し、各キャラクターの掘り下げをきちんと行って魅力的に見せている。彼らが実在する生きた人間であるかのような錯覚を読者に与える。細部にまで行き届く情景描写は、その街がもつ独特の湿度や空気の味さえ再現しているように思えてくる。
　麻薬中毒者の事故死と思わかけた小さな事件が、過去に世間を騒がせた大掛かりな銀行強盗事件とつながり、あれよという間に世間を震撼させるスケールの大きな事件へと発展していくスリル。
　意外性のある犯人、二転三転する事件の真相、それを追いつつも一匹狼であるが故に失職の危機に追い詰められていく主人公。
　どれもが完全に計算されており、スキらしいスキがない。
　小説の書き方をマスターしたとき、マイクル・コナリィは恐るべき作家となるだろう。
「予感の第一作」。作品解説のサブタイトルとして掲げられたこの文句は、決して大げさなものではないのだ。
2006/03/27



KYOJI KOBAYASHI
小林恭二



「ゼウスガーデン衰亡史」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版福武文庫 値段￥750 初版1991-01-21
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　タイトルにある <ゼウスガーデン> とは架空の遊園地である。
　もう少し具体的に言えば、藤島宙一、宙二という風変わりな――だが鬼才であり天才である――双子の兄弟が設立した、 <下高井戸オリンピック遊技場> を母体とする巨大アトラクションである。
　本書はこの架空の遊技場 <ゼウスガーデン> が国家規模の娯楽施設に成長し、そして滅び行くまでの歴史を固めの文体で、だがコミカルに語った長編小説である。
　やはり特筆すべきは、何とも言えない世界観を形成してしまう著者独特の筆運びだろう。前述したように、文体自体は生真面目でお堅い雰囲気を持っている。語り口もやはり歴史を語るということで、硬派な感じがする。だが、語っている内容はまるっきりコメディなのだ。
　登場人物――たとえば創業者の宙一、宙ニ兄弟など――のネーミングや極端な人物設定、日本列島を飲みこみ最終的には治外法権を確立するゼウスガーデンの滅茶苦茶な発展ぶり、「鮫が及びまわる湖のように巨大なプール」「発狂する人間を出す恐怖館」といったトンデモないアトラクション等のなどを見る限り、文体や語り口がどうであろうとこの作品のやろうとしていることが丸切りのギャグであることは否定できない。
　そして、この「ゼウスガーデン衰亡史」を一風変わった作品にしたてあげているのは、紛れも無くそのギャップなのである。

　適当なイメージが沸いて来ないのなら、いつも仏頂面で原稿を読んでいる、お堅いニュース番組の生真面目なアナウンサーが、表情をまるで崩さず突然切れ味の鋭いギャグや漫才を飛ばし始めたところを想像してみて欲しい。
　最初は「何が起こったんだ」と面食らうかもしれないが、やがて多くの人は彼が真面目な顔して可笑しなことを言い出したことに気付き、思わず噴出してしまうことだろう。
　全く同じだ。「真面目な顔してなんて話を書いてるんだ、この著者は」と思わせてしまうところに本書の面白さがある。
　個人的な見解だが、こうした作風の作品は日本において極めて珍しいように思える。例外として城平京著『スパイラル　鋼鉄番長の密室』が思い浮かぶが、むしろこれは城平京が本書の作風に影響を受けたと考えられるような気がする。
　海外には風変わりな作品を好んで執筆する小説家がいたりするし、このようなユーモア小説が受け入れられやすい土壌があったりするため（日本人は性格が生真面目なのか、あまりユーモアの度合いが強過ぎる小説は受けない。クレイグ・ライスの「スイート・ホーム殺人事件」への評価などもそれを証明している）確かなことは言えないが、やはり本書のような雰囲気を纏った作品はあまり多くないのではないだろうか。

　一定の語り口で淡々と <ゼウスガーデン> の歴史を語っているため飽きがきやすいし、敢えて人間個々の内面を描写しないという手法をとっているため流れが単調であったり、またこういう作品が宿命的に背負っているリスクであるが、波長が合わないと全く面白くない――などといった多くの欠点をこの作品は抱えている。
　だがそれにしたって、本書が数々の奇想天外な特色と魅力とを兼ね備えた希少な存在であることに変わりはない。万人に薦められるものではないが、ここまでの大雑把な解説に興味を抱いた読者候補には是非本書を手にとってみて欲しいものだ。
　最後になったが、今回紹介しているのは安価な文庫本サイズのものであり、「ゼウスガーデン衰亡史」はそれに先立ち1987年６月に単行本として刊行された過去があるという事実を付け加えておく。
2004/08/16



MITUE KOBAYASHI
小林光恵



「ときどき、陰性感情 看護学生理美の青春」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社文庫 値段￥438 初版2001-07-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　病院勤務経験を持つ元看護婦が書き下ろした長編小説。著者はエッセイを含めて多数の著作を持ち、今も公演や執筆などで活躍中のこと。なるほど素人にしては読める文章を書くし、下手なプロがはだしで逃げ出すくらい深いものを描いている。
　主人公は20歳前後の看護学校生――つまり看護婦の卵である、鐘ヶ江理美。本音を自分の内に隠し、作った笑顔を口元に張りつけることで人間関係をやりすごしてきた悩める娘さんである。彼女が家族、別れた元恋人、同じ学校の寮生たち、そして実習の中でめぐり合った医療スタッフや患者たちとの触合いの中で成長していく様を描いた物語。
　流石に元看護婦が書いただけあって、看護学校内の描写や出来事などはリアリティに富んでいる。主人公である鐘ヶ江の一人称で進むため感情移入もしやすいし、分かりやすい。プロの作家ではないため、やたらと回想を重ねてしまうなどの構成面、技術面での粗がないこともないのだが、それを充分に補えるだけの力を持った作品だと思う。お勧め。
2003/11/28



OUKI KONNO
今野緒雪



「マリア様がみてる」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥457 初版1998-05-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　予め断っておくが、本書は集英社の <コバルト文庫> から刊行された書籍である。
　この <コバルト文庫> は、「十二国記シリーズ」や「屍鬼」で有名な小野不由実、「預言者ノストラダムス」「ジャンヌ・ダルク暗殺」などで知られる藤本ひとみらを排出したブランドで、ティーンネイジャー（１０代）の少女を対象読者と設定した、特殊な文庫だ。
　巷には少女漫画というものがあるが、これの小説版だと考えれば近いイメージが得られるだろう。
　つまり、以下は <コバルト文庫> の作品が読者として想定していない人間による書評だということだ。年齢だけ考えても、対象から10歳分は外れている。まずこのことを最初に確認しておかなければフェアではないだろう。 <コバルト文庫> の書籍を紹介する以上、受け手にはそのことを踏まえてもらう必要がある。
　――さて、本書「マリア様がみてる」は、カトリック系の女子高 <私立リリアン女学園> を舞台にして、個性豊かな生徒たちが繰り広げる学園生活を時にコミカルに、時にシリアスに描いた長編シリーズ（2004年６月現在、17冊刊行。続刊予定）である。
　その記念すべき第１作となる本作は、新１年生として <リリアン女学園> に入学した福沢祐巳を主人公とし、彼女のフレッシュな視線から学園の特異なシステムや独特の雰囲気を瑞々しく描いている。

　個人的な見解だが、この <私立リリアン女学園> というのは実在する学校で言うと <白百合学園> との共通点が多い。白百合でも挨拶は朝昼晩、出会いの時も別れの時も「ごきげんよう」で統一される。ほとんどの学園内に聖母や聖人をかたどった像が存在するのも同様だ。――もっとも、カトリック系を謳う学園に、マリア像がないところを探す方が困難だろうが。
　自分も著者と同じようにカトリック系の学校に通った経験（彼女は幼稚園だったらしいが）があるため証言できるが、カトリック系学園の雰囲気が良く出た作品であるように思える。こういう学校には――その世界を知らない人間にはイメージしにくいだろうが、確かに園内のそこかしこを修道服をまとったシスターがうろついているものなのだ。もちろん神父がいることもあり、私の学校の学園長である神父は非常に気さくな人物だったので、休み時間に彼が生徒の遊び相手をつとめているところを何度か見かけたことがある。
<私立リリアン女学園> にもあるそうだが、私の通っていたところにも正門からしばらく歩いたところに等身大と思われる白いマリア像があり、私たちは登下校時、彼女に手を合わせて短い祈りをささげることを習慣漬けられた。
　敷地内に教会があるのも同様で、正門入ってすぐの左手には小さな教会があり、そこでは度々ミサが開かれたし、クリスマスや日曜日には一般にも開放され夜に長々と祈りを捧げたものである。
　特に <白百合学園> などではラテン語を学んだり歌ったりすることがあるため、巻き舌は必須のスキルであったりする。守護聖女としてジャンヌ・ダルクを掲げているので彼女の名前が校歌の中にあったりもするのだ。

　――だが、 <私立リリアン女学園> には、こうした一般的なカトリック系学園には見られない特異なシステムが存在する。それが「スール制度」だ。スールとはフランス語で『姉妹』のこと。本編中にある解説によると、英語のシスターでは混乱が生じるためフランス語を使ったのだという（……なぜフランス語なのだろう、英語がだめならラテン語でいくのがカトリック系の筋だと個人的には思うのだが）。
　当初このスールは、広い意味での先輩後輩を指し示す言葉だったらしいが、いつしか個人的に強く結びついた義理の姉妹関係を意味するようになった。ロザリオの授受を行い、スール（姉妹）となることを約束する儀式さえ、今では恒例のものとなっている――というユニークな設定。聖心の「エンジェル制度」を彷彿とさせる部分もあるが、これとはまた違った風情があって面白い。
　固い友情と信頼関係で結ばれた男同士が「義兄弟の盃」を交わすのと感覚としては似ているのだろう。これの女子高校生版だと考えれば近いイメージが得られるに相違ない。そこはかとなく全然違うような気もしてきたが。
　とにかく <リリアン女学園> ではこうしたスール制度を導入し、生徒同士の関わり合いを深く保つよう環境を整えた上で、自主性を重んじた学園生活を送るよう教育されるものらしい。
　そして、平凡を絵に描いたようなヒロイン福沢祐巳が、全校生徒の憧れである二年生の小笠原祥子に衝撃のスール宣言を言い渡されたことからこの物語は本格的に幕を開けていく。

　このように、本シリーズは類を見ないユニークな設定の魅力に支えられている感が強い。それを上手にいかしながら、女生徒たちの日常的学園生活を生き生きと描いているのが特徴だ。
　粗の多い作文能力、時に微妙なブレを見せる視点（主観）、語り手の入れ替えのタイミングや構成面の難など技術的な欠点はピックアップしていくとかなりのものになるが、登場人物個々の魅力や共感を得やすい心理描写など目立った長所も多い。もちろん、「スール」という発明的設定も評価すべきポイントの１つだ。
　エピソードもドタバタ劇から切ない悲恋の物語、爽快なコメディなど多種多様。百面相と先を期待させる未完の器。まさに、ヒロイン福沢祐巳そのもののような作品である。
　読者として想定された層から性質を大きく違えた者に耐えうるかには疑問が残るため、万人にお勧めすることはできない。だが興味があれば一読してみてもよいだろう。それで新しい世界が開けないとも限らないのだ。
2004/06/10



「マリア様がみてる　黄薔薇革命」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥419 初版1999-02-10
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第２弾。シリーズ通してのヒロインでありメインの語り手であるのは、前作でも主人公を務めた福沢祐巳と考えて相違ないのだが、今回はその福沢の眼を通して黄薔薇姉妹の間で起こった一騒動が語られている。粗筋は以下の通り。
　――理想の姉妹（ベストスール）として名高い支倉令と島津由乃が衝撃的な破局を迎えた。しかも妹分である島津の方からスールの証であるロザリオをつき返すという前代未聞のオマケが付き、お嬢様学校 <私立リリアン女学園> はちょっとしたパニック状態に陥る。
　なぜベストスールの誉れも高き彼女たちが、姉妹の契りを絶つこととなったのか。二人の仲を案じるヒロイン福沢祐巳は、持ち前のひたむきさで黄薔薇姉妹の関係改善ため奔走する。

　シリーズ独自の設定である「スール制度」を上手く利用した、学園ものらしい物語に仕上がっている作品。前作と同様、中盤辺りまで話が進めばその後の展開やオチにある程度の予想がついてしまうが、それでも黄薔薇ファミリィに属する二人の姉妹の行く末を案じながら頁を捲ることが出来るだろう。
2004/06/10



「マリア様がみてる　いばらの森」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥514 初版199-05-10
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第３弾。
　話の舞台となる <私立リリアン女学園> には「紅薔薇」「黄薔薇」「白薔薇」の三種の称号があり、これらは全校から絶大な信頼を勝ち得ている生徒会幹部の３姉妹（スール）を示す。このうち第１作目で「紅薔薇姉妹」、第２作目では「黄薔薇姉妹」が主に描かれてきたが、今回は残った「白薔薇」ファミリィにスポットが当てられている。――とは言っても、事実上のヒロインは白薔薇姉妹の長姉である <ロサ・ギガンティア> ただ１人と言ってしまっても良いだろう。
　秘められた過去を持ち、その影響である日を境に性格が一変してしまったと噂される <ロサ・ギガンティア> 、佐藤聖。その彼女が自ら執筆したとしか考えられない「自伝的小説」が出版されたことから、今回の事件は始まる。噂が噂を呼び、例によって例のごとく <私立リリアン女学園> パニック状態に。
　切ない悲恋の物語「いばらの森」の作者は、本当に白薔薇の長なのか。もしそうならば、なぜ自らの過去を自伝的小説として世に送り出すのか。これまた例によって例の如く、白薔薇姉妹の行く末を案じた福沢祐巳は、友人であり黄薔薇姉妹の三女的存在である島津由乃と協力し真相究明に乗り出す――というのが大まかな粗筋。

　本書は２部構成となっていて、前半部分では <ロサ・ギガンティア> の過去を切っ掛けに持ちあがった騒動を福沢祐巳ら周辺人物たちがどのように認識し、どのように処理していったかを描いている。
　後半部分では逆に、渦中の人 <ロサ・ギガンティア> その人にスポットが当てられており、本人の独白形式により彼女の秘められた過去が明らかにされていく。
　過去２作にもそれぞれ見るべきところがあったが、それらと比較しても本作は心理描写が光る作品となっているようである。前作の「黄薔薇革命」でも強く感じられたことだが、通して見てみると『人間同士の距離感』というのが本シリーズのテーマとして浮かび上がってくる。
　人間関係の形は人それぞれであり、組み合わせの数だけそのあり方も違ってくる。そうした主題を、人と人との触れ合いや出会いと別れを通して情感豊かに書ききった秀作。
　事件が描かれているだけで、白薔薇の性格が一変した具体的・論理的な理由について全くノータッチであるのは問題――といったような批評を見かけたことがあるが、これは些か浅はかである。
　そもそも人間は自分がなぜ変化したのかにすら論理的な説明をつけることができない生物だ。子供のころ飲めなかったコーヒーを、なぜ大人になって飲めるようになったのか。昔好きだった物が、どうして歳を取ってから受けつけられなくなったのか。そうしたことをロジックや具体例を持ち出して説明することが困難であるのと同じである。
　人は、数字を代入すれば法則通りの解を導き出す「方程式」のようにはできていない。
　事件があれば、確かに人間は変わる。だが、その変わり方に具体的な理由など必要ないのだ。
　何にしたところで、単純な文量から見ても既刊３冊のうちでは最も力が込められている作品と見て良いだろう。これまでそれほど目立った活躍を見せていなかった白薔薇の長を深く掘り下げた魅力的なエピソード。前２作に触れ、シリーズに魅力を感じかけていた読者には強くお勧めできる。
2004/06/10



「マリア様がみてる　ロサ・カニーナ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥476 初版1999-12-10
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第４弾。
　３学期を迎えた <私立リリアン女学園> では、来年度の生徒会長を決める恒例の選挙が行われようとしていた。通例ならば各薔薇の３ブゥトン（つぼみ）が世襲的にその座を継ぐことになるのだが、意外なところから『白薔薇』の称号を狙う対抗馬が現れる。その名も <ロサ・カニーナ> 。
　突然の番狂わせに動揺する福沢祐巳たちは、ロサ・カニーナの動向と出馬の真意を確かめるため行動を開始する――というのが本書の大まかなストーリィ。

　世襲で生徒会長を決めてしまうというシステムも色々な意味で凄いが、何にしても「スール制」というシステムも含め特異的な基本設定を巧くいかした造りになっていて面白い。
　選挙の行方もそうだが、物語のラストで明らかになるロサ・カニーナこと蟹名静が選挙戦に立候補した真意など、興味を持たせる部分を色々と揃えているので楽しめるだろう。
　放っておいてもファンならば読むだろうが、取り敢えずお勧め。
2004/06/11



「マリア様がみてる　ウァレンティーヌスの贈り物」前・後編
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥476+476 初版2000-03-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第５弾。初の上下巻（前後編）構成の２冊組になっており、前編は2000年03月10日に刊行、後編はその２ヶ月後の05月10日に出版されている。
　三年生の卒業を目前に控えた２月中旬、迫りつつある聖ウァレンティーヌスの祭日――日本で言うヴァレンタイン・ディに色めきたつ <私立リリアン女学園> が今回の話の舞台。本書では、このヴァレンタインディに起こるチョコレートを巡ったドタバタ劇が描かれている。
　シリーズ独自の設定である「スール制」を小道具的に上手く使って、演出的に色々と盛り上げられているのが特徴。このため見ようによっては新鮮な話に感じられる可能性もあるが、核の部分はありふれたヴァレンタインディ狂騒劇といったところ。星には反映されないが、たまにはこういうのも良いのかもしれない。
2004/06/11



「マリア様がみてる　いとしき歳月」前・後
形態文庫 種別ノヴェル 部門中長編集
出版集英社 値段￥438+438 初版2001-02-10
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第６弾。
　前作に続き、２巻にまたがる前・後編構成のエピソードとなっている本著であるが、今回のテーマはズバリ卒業。「スール制度」により縦の繋がりが異様なまでに強調される <私立リリアン女学園> なだけに、上級生を送り出す在校生、後輩に送り出される卒業生たちの別れには特別なものがある。
　そうした姉妹たちの絆を、最上級生の卒業を通して描いているのが本作である。
　もちろん、式本番やその準備などといった「卒業式」に直接関与するエピソードにはそれなりに見るべきところがあるのだが、付録的に収録されている「黄薔薇まっしぐら」をはじめとした中短編のクォリティには首を捻りたくなる部分も見受けられる。
　メインテーマとの関連性が薄いこれらのエピソードは、スール制や <私立リリアン女学園> 独特の雰囲気、世界観などが充分に活かされていない印象がある。「マリア様がみてる」という個性的なシリーズの中でなくても充分に描ける凡庸な話で魅力に乏しい。
2004/06/11



「マリア様がみてる　チェリーブロッサム」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥476 初版2001-08-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第７弾。
　卒業生を送りだし、春休みを経てついに新年度の始業式を迎えた <私立リリアン女学園> 。去る者があれば、来る者もある――ということで、本書では新たに学園へ入学してきた新１年生たちにスポットが当てられている。
　二条乃梨子、松平瞳子といった魅力的な新キャラクターを迎え、言うなれば「マリア様がみてる」セカンド・シーズンが幕をあけるわけであるが、この新装開店には賛否両論おおきく割れるだろう。
　これまでの話で築き上げてきた <私立リリアン女学園> の雰囲気と、新キャラクターが上手くマッチングしているか否かで見解が分かれそうだからだ。
　新しい風を吹き込むため、水の中に敢えて油を混ぜこんでみた――という感じであるものの、これは言うまでもなく危険な賭けだ。うまく溶け合えば良いが、下手をすると反発しあって両者が分離する恐れがあるからである。
　これまでになかった <リリアン女学園> 色の薄い新キャラクターを投入したのは、それなりの意図と計算があっての挑戦的試みだったと思われるが、それが成功しているかどうかは正直微妙なところだ。閉鎖された世界に異分子を放りこむのは、それだけデリケートな問題なのである。

　……と、ここまで書いたところで少し調べてみたのだが、この話はどうやらシリーズ化が決定される以前に独立した短編として発表された、事実上の第１作なのだそうだ。さもありなん。道理で浮いて見えるはずである。
　普通の書き手なら、この「チェリーブロッサム」を挟みこむタイミングを考え、なるべくシリーズの流れから浮かないように各作品を微調整しつつ展開していけるものなのだが、何せこの作品の著者はシナリオの長期的構成能力があまりない。そのあたりは巻を跨った伏線の回収に度々失敗していること（本作で明らかとなった、志摩子の秘密の竜頭蛇尾ぶりがその象徴的例）を見ても明らかである。

　それから、本書では本編を２部構成にし、同じエピソードを立場を異にする２者の視点から別々に描こう――という試みが成されているが、基本プロット自体に大した仕掛けが見られないため冗長なものになっている感が拭えなかった。
　前半でネタが割れている以上、物語を違う角度から追ってみたところで新鮮味は薄い。トリックや犯人の割れた推理小説の多くが、その魅力を半減させるのと同じだ。これを成功させたいなら、ネタが割れた後半部分に読者を「あっ」と言わせるようなもう１段階の仕掛けを用意しなければならないのだが、それもない。読者の好みによって救われる部分もあるだろうが、こと技術面から見れば決して成功しているとは言えない構成だろう。
　著者による、あとがきでの自作フォローにも閉口。アマならまだ許されるものだろうが、プロがやれば単なる甘えにしかならない。
2004/06/11



「マリア様がみてる　レイニーブルー」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥476 初版1999-12-10
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　１０代の少女を対象としたコバルト文庫の長編シリーズ「マリア様がみてる」の第８弾。
　聞くところによると、この「レイニーブルー」と続く「パラソルをさして」の２作で本シリーズは大躍進を遂げ、その人気を不動のものにしたと聞く。
　個人的な見解を先に言わせてもらえれば、確かに巷でのその評価に頷ける部分はあった。そのことは、シリーズ通してのテーマの１つであろう『親しい者同士の距離感』といった問題を正面から取り扱っているあたりからも窺える。
　本書で語られるのは、紅、黄、白薔薇それぞれのスール（姉妹）間で起こった、まさに「距離感」に端を発する悶着である。ここから３薔薇全ての姉妹間で破局の危機が持ちあがり、それぞれが己のパートナーとの付き合い方を改めて見なおす――というのが大雑把ながらのプロットと言えよう。
　白薔薇、黄薔薇に関してはこの巻で騒動に決着が見られるが、メインとなる紅薔薇姉妹の確執は事実上の下巻である「パラソルをさして」に持ち越される心憎い構成も面白い。

　個別に見ていくと、やはり注目度が一番高いのが紅薔薇姉妹間での騒動だろう。これに次いで黄薔薇、といったところか。両者共に、「もはや破局は決定的か」と思わせるところまで事態が発展していくため、最後まで目が離せない。特に紅薔薇に関しては、一番気になるところで打ち切られ結末が次巻にまで持ち越されることになる分、読者はやきもきさせられることだろう。
　対照的に、白薔薇姉妹のエピソードは個人的に盛りあがらなかった。やはり前作「チェリーブロッサム」の不発が、ここにも影響を及ぼしている感じだ。特に白薔薇の長である藤堂志摩子の問題を、読者が期待する以上のものに育めなかったことが痛い。
　もともと藤堂志摩子が深刻な悩みと葛藤を抱えていることはシリーズ初期から暗に仄めかされ続けてあり、それがいよいよ前作で明かされる運びとなったわけである。しかし、この盛り上げ方に失敗したため白薔薇姉妹に対する逆風となった。それが本作でも尾を引いている、といったところか。
　この白薔薇ファミリィにとって唯一の好材料は、卒業してシリーズを去ったはずの「佐藤聖」御大の活躍ではないだろうか。一番キャラクターが立ち、著者自身も愛着を持ってしまったため、捨てるに捨て切れなかった、というのが真相なのだろうが――とにかく予想外の彼女の活躍は読者にとっても喜ぶべきことかもしれない。
　文句の付け所のない傑作とは言えないが、シリーズ通してみても比較的完成度の高い話に仕上がっていると思う。主要登場人物の更なる飛躍のためには避けて通れないエピソードであるし、同時に重ための話ではあるが、ファンにとってもこれは避けては通れない１冊である。
2004/06/12



「マリア様がみてる　パラソルをさして」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥438 初版2002-07-10
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　前作「レイニーブルー」から直接的に連続する、長編シリーズ「マリア様がみてる」第８エピソードの完結編。
　姉（スール）である紅薔薇小笠原祥子の余所余所しい態度と、自分を蚊帳の外に置き去りにするような言動に強い不信感を抱き始めたヒロイン福沢祐巳は、ついにスール関係を解消するため姉妹の証たるロザリオをつき返す決心を固める。
　こうして紅薔薇姉妹にかつてなかった破局の危機が訪れる中、小笠原祥子が長期不登校状態に入り突如として学園内から姿を消した。その一方で、姉妹関係を解消すると決めつつそれでも姉への想いを絶ちきれない福沢祐巳は、様々な人々の励ましを受け徐々に本来の姿を取り戻していくが――。

　タイトルを見れば分かるように、前作「レイニーブルー」とは対となりつつも、対照的な表題をつけられた本書。紅薔薇姉妹の行く末を案じながら読み進めるべきエピソードである。
　ただ、なんとも言いがたいのが仕掛けの部分（祥子の態度や不登校の真相）だ。シリーズ初期から張っていた伏線「志摩子の秘密」に関しても同様なのだが、どうにもお粗末すぎはしないだろうか。
　著者には様々な欠点があるが、なかでも中長期的な伏線の回収と活用という面では能力に欠ける部分がある。ヒロインの心理描写の丁寧さや、人間関係の難しさのような部分の表現に関しては見るべきところも多いが、シリーズを一定以上のクォリティで保っていこうとするなら、大きな伏線を上手く消化する技術を磨かないと先がきつくなってくるだろう。
　……とはいっても、読者からも高い支持を得ている最高傑作候補だけあり、この「パラソルをさしてが、感情面に訴えてくる要素を多分に含んだ秀作であることは間違いないだろう。人間とその絆、そうしたシリーズ通してのテーマに関わる部分は流石に綿密に描かれていて好感を持てる。
　やはり「リリアン女学園」「スール制」「前２要素から生まれる固有の人間関係」の３本柱に支えられたエピソードはどれも質が高い。
　ここまで付き合ってきたファンには、何があっても見逃せないエピソードとなっている。
2004/06/12



「マリア様がみてる　涼風さつさつ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥476 初版2003-07-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　集英社の少女向けブランド「コバルト文庫」収録の人気シリーズ第９弾。第１巻では高校に進級したばかりの新一年生であった福沢祐巳も、この巻では２度目の秋を迎えている。
　本作は夏休み明けの文化祭（劇中では学園祭）模様にスポットが当てられているわけだが、メインテーマとなっているのは、このイヴェントを通して見た主人公「福沢祐巳」と、その義姉である「小笠原祥子」の交流にある。
　「レイニーブルー」および「パラソルをさして」のエピソードで、更に絆を深めた彼女たちの姿に注目して楽しむのが、恐らく正統派のあるべき姿勢なのだろう。――正統派から外れた人間が言っても説得力はないかもしれないが。

　具体的な内容だが、私立リリアン女学園の生徒会役員である主人公たちが、男子校・花寺学院の学園祭にスペシャルゲストとして参加することになる辺りから物語は展開していく。お約束として、その学園祭で様々なハプニングが発生し、これに主人公たちが右往左往することになるわけだが――
　やはり少女向けの小説といったところか、やはり発生する事件というのがどれも可愛らしい。特に主人公が拉致される辺りは、この巻の大きな見せ場の１つなのだろうが、先の展開がある程度読めるものだったりするので大した緊張感はない。もっとも、お上品な高校生たちの物語であるわけだから、これが刑事事件などに発展したりすると逆に困るわけであるが。
　なんにしても、そういう意味ではあまり気を張らずに安心して読める作品である。逆にそこが良いのだろう。
　後のエピソードにもからんできそうな（つまり新レギュラーキャラクターになりそうな）細川可南子の登場もあり、ファンには見逃せないエピソードになっている。個人的にはラストのシュールな光景が割と好き。
　――ただ、例によってシリーズの予備知識を全く持たない読者や、これまでのエピソードで特にこのシリーズに興味関心を抱けなかった読者などにはお勧めはしない。
2004/09/13



「マリア様がみてる　レディ、ＧＯ！」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥438 初版2003-11-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　集英社「コバルト文庫」の人気シリーズ第11弾。純粋な本の冊数では14冊目となる作品。
　今回は、物語の舞台となる <私立リリアン女学園> 体育祭の模様が、シリーズ通してのヒロイン福沢祐巳の視点からコミカルに語られていく。
　話の組み立てとしては、競技の簡単な説明、それの勝敗というパターンの積み重ねに、個性的なキャラクターたち個々の小さなエピソードを挿入して彩りを添える、というものになっている。
　ちなみに主人公の福沢祐巳は、前作「涼風さつさつ」で後輩の一人と喧嘩別れしており、その関係修復のために体育際での勝負を提案している。自分が勝てば、きちんと話をする機会を与えて欲しい、というわけだ。
　裏にこうした経緯があるため、単なる体育会の勝敗の行方を読者はそれなりに緊張感を持って追える。
　――ただ、それを加味したところで、そんなにドラマティックな展開を見せる物語にはなっていない。長いシリーズの中の息抜きとして機能しそうなエピソードと言えるだろう。
2004/09/16



「マリア様がみてる　バラエティギフト」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥419 初版2004-01-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　少女向けブランド、集英社「コバルト文庫」の人気シリーズ第12弾。
　そもそも、この「マリア様がみてる」という作品は、 <私立リリアン女学園> という名門校の生徒会に入り、多忙な日々を過ごす少女――福沢祐巳の学園生活を描いた長編シリーズである。
　当然、福沢やその友人たちにスポットが当てられ、様々なエピソードが語られていくというのがお決まりのパターンなのであるが、今回はそうしたシリーズの中でも異色と言えそうな出来となっている。
　まず、この「バラエティギフト」が雑誌掲載されていた短編を集めた、シリーズ番外編に値する一冊であることを告げておかねばならない。しかもこの短編集では、 <リリアン女学園> を舞台とはしているものの、福沢祐巳やその友人とはなんら関係のない新登場のキャラクターたちを主人公として起用している。

　もちろん、福沢祐巳たちレギュラーキャラクターたちの出番が全くないわけではない。個々で独立した短編たちを一つにまとめるため、山百合会で起こった小さな事件を持ち出し、これを持ってそれぞれのエピソードを連結させる――といった構成をとっているためだ。
　ただ、慣れないことをやっているせいか、少々この試みには強引な部分や無理が見える。著者にはもう少しスキルアップを期待したいところ。
2004/09/16



「マリア様がみてる　チャオ ソレッラ！」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥419 初版2004-04-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　少女向けブランド、集英社「コバルト文庫」の人気シリーズ第13弾。
　今回は、高校生活における大きなイヴェントの１つ、修学旅行に関するエピソードをまとめた長編となっている。
　サブタイトル「チャオ ソレッラ！」から想像できるかもしれないが、この話では舞台を初めて海外――イタリアに移している。
　イタリアといえば、「ロサ・カニーナ」のエピソードで登場した、蟹名静という人気キャラクターの留学先。当然、彼女と主人公たちの絡みも用意されているのでファンは期待されたい。とは言っても、あくまでゲスト出演扱いだが。

　個人的な所感ということになるが、最近のこのシリーズの出来にはイマイチ納得できないところがある。やはり「マリア様がみてる」というのは <私立リリアン女学園> という特殊な環境の中で語られる、スールたちの物語であるのだ。そこが最大のウリと言って良い。
　だから、学園を離れた外界でのエピソードになったり、スール制という特殊設定を活かしきれないシナリオではその真価を発揮することが出来ないと考える。
　この話も、イタリアに旅立った主人公がスールの小笠原祥子を恋しがるシーンが所々に挿入されているものの、大筋は単なる学園ものの平凡な修学旅行を描いたものに過ぎない。「マリア様がみてる」というシリーズでなくても、キャラクターや舞台を違えて再現できる範囲の物語だ。
　言いきってしまえば、著者・今野緒雪は、 <リリアン女学園> や <スール制> といった特異な設定に頼らなければ、プロの世界で勝負できるほどの書き手ではない。それは、「マリア様がみてる」というシリーズそのものにも言えることだ。
　だからこそ、その武器の力をきちんと発揮して勝負に挑んでもらいたい、という気持ちが出てくる。

　いま読者がもっとも期待しているのは、主人公たちの妹――つまり新しいスールの問題である。
　これを餌に読者を引きつけておき、今のうちにあまり見栄えしないエピソードをリリースしておこう、というのが著者や出版社の戦略なのではあるまいか。
　しかし、その目論みは必ずしも成功していない。ここしばらくの不作でシリーズへの熱に冷めかかっている読者も少なくないだろう。中だるみ気味なのだ。
　今回も人間関係やスール関係における問題は全く発生しないので、別に読んでも読まなくてもシリーズを理解する上で全く支障の生じない作品になっている。
　熱心なファン以外には推薦できない１冊だ。
2004/09/18



「マリア様がみてる　特別でないただの一日」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社 値段￥419 初版2004-10-10
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　集英社「コバルト文庫」収録の少女向けライトノヴェル、マリア様がみてるシリーズの１冊。
　シリーズ14番目のエピソードが語られる本書では、第１巻のちょうど１年後の学園祭模様がテーマとされている。それぞれ１年ずつ進級して新たな立場を得た個性溢れるレギュラーキャラクターたちが、女子高生としてまたイヴェントの舵を取る生徒会役員として活躍する様が描かれているわけなのだが――
　実際のところ本書は、主人公福沢祐巳が将来的に経験することになるのであろう <妹選び> に関連する、いわば壮大な複線としての役割のみ期待された一冊なのではあるまいか。

　既にシリーズを読み進めてきた読者ならば周知のことであるが、福沢祐巳が通うリリアン女学園には <スール制度> という特異なシステムが存在し、学年の違う生徒間で義理の姉妹関係を結び学園生活を送るという独特な文化が受け入れられている。
　現に祐巳には小笠原祥子という姉がおり、紆余曲折を経ながらではあるが大変良好な関係を築くに至っていた。
　ところがこのところ、福沢にまだ妹がいないことが問題視され始めている。次期生徒会長ともなる福沢には、その執務を補佐する妹の存在が不可欠だからだ。
　現在、福沢の妹候補として周囲から有力視されている者が二名ほどおり、近々彼女たちの間で福沢の妹の座をかけた熾烈な争いが展開されるものと読者に期待されている。
　著者がここ最近の２～３作でやってきたのは、終始これら妹候補となる新キャラクターの紹介と掘り下げであった。時間をかけて松平瞳子と細川可奈子のふたりを丁寧に描写し、後の妹決定戦を盛り上げようという腹積もりだったのだろう。

　その点だけを見れば、著者の試みは成功に近いところまで来ていると言って良いのだろう。松平にしても、少し出遅れていた感のある細川についても徐々にその個性や人間性が明らかになってきており、読者の間でも彼女たちの存在が支持されつつあるからだ。
　だがその弊害が全く無いわけでもない。キャラクターの掘り下げに力をいれるあまり、物語本筋の魅力が全く感じられなくなってきているのだ。
　今回の文化祭でも、特に何が起こるというわけではない。 <とりかえばや物語> という演目を引っ張ってきて登場人物たちにドタバタ騒ぎを演じさせてはいるが、物語を盛り上げる演出としてこれがベストなものであったのかは疑わしい。
　また、以前から複線として描かれてきた細川家の確執や、演劇部における松平の人間関係など小さな事件が脇を彩ってはいるものの、これらが単発で終わってしまっているのも惜しい。
　幾つかの事件を同時進行させつつ関連性を作り、クライマックスでこれらを一気に収束、昇華させるというようなプロットを構築できないものだろうか。それができていたとすれば、サブキャラクターの掘り下げ以外にも様々な楽しみどころを見出すことができ、作品としてのグレードが随分と上がったのではあるまいか。
　これまでのシリーズ展開でキャラクターを魅力的に育ててきた作者の功績は大きい。だがキャラクターだけで全ての読者を引っ張っていくのは至難だ。複線と脇役の掘り下げはもう充分にやったはずである。次回作に期待したい。読者は先の読めないスールたちの物語に期待を寄せているのだ。
2004/12/10



「マリア様がみてる　プレミアムブック」
形態文庫 種別資料集 部門－
出版集英社 値段￥552 初版2004-08-10
 総合－
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 技術－
　集英社コバルト文庫の少女向け小説、 <マリア様がみてる> のファンブック。
　この作品はＴＶ東京系列からアニメ化されたわけだが、そのＴＶシリーズ（ファーストシーズン全13話分）のダイジェストや絵コンテ、各種設定などをカラーでまとめた本になっている。
　何がプレミアムなのかは首を捻りたくなるところだが、紙は確かに通常の文庫小説より上質なものを使っているようだ。
　本書にはこの他にも、ＴＶアニメ版で主役級キャラクターを演じた声優陣を写真入りで紹介したり、彼女たちの対談、収録中の裏話などをまとめた <山百合会・突撃インタビュー！> なるコーナーも用意されている。
　個人的な感想になるが――
　主人公の親友に島津由乃というキャラクターがいるのだが、これの声を演じる池澤春菜氏の容姿には少し驚かされた。というのも、髪型が島津由乃にそっくりなのだ。あの顔の両脇から垂らされた恐ろしく長い三つ編みを見事に再現してくれている。もう少し若ければ、実写版の女優としても起用されたに違いない。実写版など製作されていないが。

　――さて、この本の製作にはシリーズの著者である今野緒雪と本編の挿絵を担当し続けてきたひびき玲音両氏も、当然ながら関わっている。
　ひびき女史は、第１巻から文化祭の衣装合わせのシーンを抜き取ってこれを１１ページの漫画にしているほか、 <アフレコ突撃レポート> というコーナーでは同じく漫画でアニメの製作現場を描写している。このコーナーでは、特に声優たちの音当て作業がコミカルに描かれていて面白かった。
　本編作者である今野女史は、 <マリア様がみてる　Anawer> と題した短編を提供。これは、シリーズで重要な役割を果たす小笠原祥子と水野蓉子という二人のキャラクターにスポットをあて、彼女たちの出会いを描いた２０ページそこそこの短編。
　読者たちも深い関心を寄せていたエピソードなので期待も高かったのであろうが――この短編目当てで購入を決めた読者も多いはずだ――、原稿枚数の都合だろうか、かなりアッサリとした薄っぺらな内容の作品になってしまっている。これに関しては、方々から批判の声が上がっていると聞く。その気持ちも理解できるというものだ。
　値段のわりに内容は大したことがないため、「マリア様がみてる」の名がつく物は全て揃えたいという熱心なファン以外にお勧めすることはしない。内容の確認は、友人や図書館で借りて済ませれば充分である。
2004/09/18



I N D E X
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け（ke）行
作者別一覧
・ ゲーテ(1)



JOHANN WOLFGANG VON GOETHE
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ



「ゲーテ格言集」
形態文庫 種別格言集 部門－
出版新潮社 値段￥400 初版1952-06-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　ワイマール公国の元内務長官であり、ドイツの法律家、小説家であり、また宮廷劇場総監督であった稀代才人ゲーテの格言集。「ファウスト」や「若きウォルテルの悩み」などで知られる彼は、芸術家や建築家、また多くの思想家に多大な影響を与えた多くの格言を残している。本書はそれらの格言・明言を彼の著書や言葉などからピックアップし、出典を明らかにした上で１冊の文庫本にまとめたものである。編訳は高橋健二氏。
　本書の元になる訳書は戦時中に刊行されているが、1952年に改版され1991年に改訂された新版をここでは紹介する。内容は「愛と女性」「人間と人間性」「科学、自然、二元性」「神、信仰、運命」「行動」「芸術と文学」「幸福」「自我と自由と節度」「個人と社会」「人生」「経験の教え」「人生の憂うつ」「身辺雑感」「生活の知恵」などの幾つかのパートを設け、ゲーテ本人の日記や小説、詩集などから格言や明言を選び出し分類したものになっている。

　たとえば「行動について」の章には、『天国にひとりでいたら、これより大きな苦痛はあるまい（格言的から）』というような言葉が紹介されている。引用元が明らかにされているのはありがたいが、残念なことに日本語訳だけが書かれておりドイツ語の原文については全く触れられていないので、そういう意味での資料的価値は低い。
　その反面、巻末に参考資料として『ゲーテの主要な著作』『手紙、談話等のあてられた人物』『あとがき』といったゲーテに関する細かいデータが示されているのは美味しいところだ。

　――蛇足になるかもしれないが、最後にゲーテ本人のことについて少し触れておく。
　ゲーテことヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ（Johann Wolfgang von Goethe）は1749年にドイツのフランクフルトにうまれた。ライブツィヒ大学で法律を学んだ彼は後に弁護士を開業。1774年、ドイツ帝国最高法院に勤務していた頃の恋愛を題材とし『若きウォルテルの悩み』を発表。一躍文壇にその名を轟かせる。
　その後も勢力的に創作活動を続け、詩集、戯曲、小説などの分野で多くの作品を発表。ワイマール公国の大公の信認を得て内務長官、宮廷劇場総監督としても活躍した。1831年、構想から完成に至るまで60年の年月を注ぎ込んだ「ファウスト」を発表。不朽の名作として高い評価を得た。
　翌1832年没。享年82歳の大往生だった。
2004/07/14



I N D E X
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く（ku）行

作者別一覧
・ Ａ．Ｊ．クィネル(1)
・ 久保博司(2)
・ 久美沙織(3)
・ マリ＝ヴェロニック・クラン(1)
・ アガサ・クリスティ(3)
・ 栗本薫(3)
・ 黒武洋(1)



A.J. QUINNELL
アラン．Ｊ．クィネル



「燃える男」（原題：MAN ON FIRE）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版集英社文庫 値段￥733 初版2000-04-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　長年、世界の冒険小説ファンが正体を知りたがっていた作家がいる。Ａ．Ｊ．クィネルだ。
　彼は処女長編にあたる本作 <燃える男：MAN ON FIRE> の発表当初から謎に包まれた覆面作家だった。分かることと言えば名前から性別が男性であろうと推測されるだけで、出版社側のガードもたいへん固かった。
　クィネルは既にベストセラー作家の仲間入りを果たしており、冒険小説界の大御所として認知されつつある。だがその秘密主義ぶりは情報部のエージェントばりに徹底されており、 <セント・ジェイムズ社> の「Twentieth Century Crime and Mystery Writers」などからはクィネルの項目そのものが意図的に排除されていたりする。
　クィネルは何故このように素性を隠したがったのか。デビュー作を刊行するにあたり、出版社は著者について以下のようなコメントを出している。それは要約すると、「クィネルは自由に活動し、各国の国際的陰謀を扱った作品をリリースするために姿を隠し続けることを望んでいる」というようなものだった。
　事実、クィネルはそのコメントに反しない執筆を続けてきた。イスラム教とその信者を利用した国家的陰謀を描いた作品や、実際に起こったイスラエル空軍によるイラク原子炉爆破事件をモチーフとした物語、中米のクーデータを扱った長編、クィネルは新作を出すたびにテーマを大胆に変えて読者を驚かせてきたのだ。
　クィネルのガードが緩んだのは、旧世紀末のことだった。今回紹介する集英社文庫版の表紙折り返しには彼の写真まで載っている。インタヴューにも応じるようになったし、国籍がイギリスにあり、男性であり、五十代であり、最初の妻とは死に別れ二度目に結婚したデンマーク人の夫人と暮らしており、ペンネームは著名なラグビー選手から頂戴したことなどを明らかにしている。
　少なくとも一時期ウワサとしてあった女性説、スティーヴン・キングの別名義説などはきっぱり否定されたわけだ。

　彼は小説を書き始める前、貿易商として世界各国で仕事をしていたという。その職業的経験と見聞とを生かして生み出されたのが、本作「燃える男」だ。
　話の大筋については語らない方が良かろう。裏表紙や巻末の作品解説で既に暴露されていることだが、できることなら予備知識なしで読み進められたい。特に中盤以降の展開については何も知らずにいた方が確実に楽しめる。
　ただ一つ、展開的に怒涛の勢いを見せ始めるのは中盤からクライマックスにかけてのアクションシーンなのだろうが、この本で本当に重要なのは物語の前半部なのだ、ということは言っておきたい。全ては第一章に始まり、たぶんある意味そこで終わっているのだ。
　この第一部では、戦い続ける生き方に疲れ果て絶望している元傭兵がひとりの少女と出会うエピソードが語られる。快活で好奇心に満ちたこの十一歳の少女のボディーガードを務めるうち、傭兵は彼女との友情を育んでいく。
　彼は微笑むようになる。ときどきユーモアを見せるようになる。人間に興味を持ち始める。
　巻末解説で伴野朗氏も引用しているが、「あの子はおれを愛してくれたんだ」と傭兵が友人に打ち明けるシーンは本書の全てを語っていると言ってさえ良い。そして傭兵はこう続けるのだ。
「変な意味じゃない。肉体的なものじゃない。それよりずっといいものだ」

　少女との出会いをきっけに、傭兵は蘇る。たるみきっていた体を鍛えなおし、神経を鋭く研ぎ澄ましていく。だが、彼は他人の好意に「ありがとう」と素直に礼を言えるようにもなる。少女との交流から得た新たなものは無くさない。
　かつての傭兵を知る人間は、彼の変化に仰天する。奇跡を目撃したのだと信じ込む。
　後半に傭兵が見せる活躍は神がかり的なもので、これもひとりの人間の業績としては奇跡的なものに違いはない。彼は物凄いことをやってのけるのだ。だが少女がやってのけたことは、恐らくそれを上回る偉業なのだろう。
　そうしたことをヒシヒシと感じさせる、傭兵クリーシィの見事な造詣、抑制の効いた渋い筆力が本書の売りだ。冒険小説の主人公はかくあらねばならない、という見事な男をクィネルを描ききっている。
　後半のストーリィ展開が少し大味なところ、また敵役にいまいち個性が見えない点など処女作だけあって荒っぽい部分もあるにはあるが、これは冒険小説史に残る名作として残るだろうし、既に多くの人間がそうした見方をしている。
　是非、一読をお勧めしたい。
　ちなみに本書は1980年に発表された後、12年の月日を経て続編が生み出されている。タイトルは「パーフェクト・キル」で、これも同集英社文庫に収録されているそうだ。本書でクィネルやクリーシィに興味をもたれた読者はこちらも手にとってみるとよいだろう。
　ちなみにクィネル作品は、集英社からだけでなく新潮社からも刊行されている。訳者は基本的に同じなのだが、もしかすると解説者やその内容などがことなるかもしれない。値段や刊行時期などを参考にして自分に適した方を購入されたい。
2004/12/30



HIROSHI KUBO
久保博司



「警察のことがわかる辞典」
形態単行本 種別啓発書 部門－
出版日本実業 値段￥1400 初版2001-10-01
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　警察という組織について、さまざまな情報を掲載している書籍。三部構成になっていて、第Ｉ部では「原理編」を謳い警察本来の仕事とは何であるか、そもそも警察が誕生した理由は、道路清掃や迷い猫探しなども警察の仕事となるか……などといったことに関して、章立てて解説している。第II部は「実態編」で、警察の組織がどのようになっているか、事件捜査の実際、薬物や取締りの状況など警察の実際の活動や組織形態の裏側などについて解説されている。最後の第III部は「用語編」。業界の隠語を列挙して辞典形式で解説しているが、これは何かの役に立つかどうかは少し疑問。
　巻末には「日本警察の歴史」、「世界の警察歴史」、「時事」の３本ラインから成り立つ年表が付録として収録されている。
　分かりやすい言葉による解説、見やすい図解などからして、使い勝手は悪くない。当局が進んで公開したくないような事情もフォローしてあるため、単なる優等生的な資料に収まらないところが嬉しい。暗部や裏事情も含めて多少なりとも警察組織に興味があるという人間にとっては、購入しても損のない一冊だろう。



「日本警察」
形態単行本 種別啓発書 部門－
出版講談社 値段￥1600 初版1997-05-18
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　警察関連のルポやノンフィクションで定評のある久保博司の代表作。全８章構成の警察組織案内で、第一章「新宿歌舞伎町の深夜」では歌舞伎町の交番の性質について詳しく書かれている。著者が実際に交番勤務の警官についてまわり、様々な事件現場を生々しく描いているのが特徴。歌舞伎町ならではの夜の商売に絡んだ事件など興味深い。第二章「大阪の玄関番」では、同様のタッチで関東とはまた事情の違った関西での警察組織について紹介。第三章「警察庁VS.警視庁」では表題どおりの２大組織の対立やその背景などを解説している。

　第一～三章までが交番や警察、警視庁、警察庁といった組織について述べるものであったのに対し、第四章以降のテーマとなっているのが警察官という人間。たとえば第四章「警官のつくられ方」で描かれるのは、警察学校とそこで訓練を受ける若者や指導教官などの実情。著者が実際に幾人かの関係者にインタビューを敢行し、それぞれの回答に沿って新米警官たちの実際を丁寧に紹介している。
　「炸裂する女性パワー」と題された第五章のメインは、読んで字のごとく女性。婦人警官である。神奈川県で史上初めて県警本部刑事となった女性を筆頭に、さまざまな分野で活躍する女性エキスパートやこれからを期待される新人にスポットがあてられている。特に性犯罪については被害者に共感できる彼女たちの存在は不可欠で、日夜この問題と取り込む専門チームなどについても述べられている。

　第六章以降は、警察組織の抱える問題が主題としてすえられている。第六章「安全神話の崩壊」で語られるのは近代の警察が抱える問題や悩みなど。オウム事件を象徴とする近代的な犯罪に、従来のやり方では対応しきれなくなった警察の苦悩など内容はシリアス。
　第七章「警察官のモラル」は、表題どおり。拳銃の不正摘発から数字のみを追い求める現行方針の歪み、警察官僚の資質などについて鋭く迫っている。
　終章である「松本サリン事件の教訓」は第六章の一部分、特に昨今の犯罪に対する警察の課題と対応について、松本サリン事件をベースに深く切り込んだもの。メンツや権威にこだわって柔軟な対応を実現できなかった旧式組織捜査の弊害、冤罪を生む図式、法整備の遅れなどについて、興味深い事実が数多く指摘されている。
　巻頭には「まえがき」、巻末には「あとがき」と参考資料として大雑把な事件年表が付録されている。年表からは、その当時の警察庁長官および警視総監の氏名が分かるようにもなっている。
　本文にあたいするのは250ページ前後で、一章あたり30ページ前後の配分ということになる。この数字からも分かるように、切り口は鋭いが深くジックリそのテーマを研究するような書籍にはなっていない。あつかっている問題も多岐に渡り、その意味ではどちらかといえば入門書に近い一冊といえそう。
2005/12/20



SAORI KUMI
久美沙織



「ＭＯＴＨＥＲ」
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥520 初版1989-08-25
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　1989年07月27日に任天堂が発売した、ファミリィコンピュータ用ゲームソフト『ＭＯＴＨＥＲ』のノヴェライズ（小説版）。ファミコンは持っていなかったし、然るに原作となったゲームも未プレイなのだが、著者の後書によればゲーム本編とは若干違った要素を持つらしい。サブタイトルに‘The Original Story’と添えてあるのはそれ故か。いずれにせよ、原作ゲームをやったことがなくても魅力を感じられる１冊だった。
　手元に1995年刊行の第７刷版があるので、恐らく初読はその年だったのだろう。またこの時点まで本書が書店で普通に購入できたことは明らかだが、その後なぜか絶版になった模様。ファンによる復刊運動の甲斐あって目出度く復活したらしく、これは紙媒体の本以外に電子図書としても手に入るらしい。

　どうも、世界の様子がおかしい――。何かにとり憑かれたかのように動物や人間が強暴になっているし、ある街では全ての家庭から母親の姿が消えた。どの組織にも属さない奇妙な飛行物体の目撃談も続発している。
　北極圏にある白夜の村 <スノーマン> で暮らすアナは、少し不思議な力を持った１３歳の少女。彼女は世界の異変と戦うスポーツ万能少年ケンと、天才少年ハッカー・ロイドの夢をいつしか見るようになった。彼女は彼らの実在を確信し、やがて二人と出会って共に旅立つ宿命を負っていることを直感的に悟る。
　――そして彼らは来た。
　ケン、アナ、ロイドの小さな <地球防衛軍> は、様々な試練を乗り越え行方不明になった自分たちの母親を探す傍ら、ついでに世界を救うために壮大な冒険を繰り広げる。だけどやはり、ようやくティーンになった幼い少年少女。ふとした瞬間、なつかしい故郷やママのことが恋しくなってしかたがなくなる。難しい年頃だから、喧嘩も仲違いもする。大勢の敵に囲まれて死ぬほど怖い目にもあう。道中は試練、困難、辛いことだらけで何度も挫けそうになる。
　そんな彼らが、だが歯を食いしばって何度躓いてもその度に立ち上がりながら成長していく物語。
　童話を思わせる「ですます調」の丁寧で柔らかいタッチによって語られる心温まる話で、当時まだ主人公たちと何歳も変わらない年齢だったと思うが、夢中になって読んだ記憶がある。対象年齢は、小さな子供から（あまり小さ過ぎると読めない漢字が多いかもしれないが）、母親ってなんだろうと模索中の新米ママまで幅広く想定できると思われる。最後のページを捲り本を閉じた後、少しだけ優しい気持ちになれるような、そんな本だった。
2004/03/01



「ＭＯＴＨＥＲ２　ギーグの逆襲」
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥640 初版1994-12-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　1994年08月27日に任天堂が発売した、スーパーファミコン用ゲームソフト『ＭＯＴＨＥＲ２』のノヴェライズ。今回のノヴェライゼーション（小説化）も、前作の著者である久美沙織が自らメーカーサイドを拝み倒して行った模様。後書で自ら語っているが、前回の仕事が彼女にとって非常に大きな刺激となったらしい。ノヴェライゼーションに対する見方も変われば、ファンタジー小説にチャレンジする気にもなったとか。――もちろん『ＭＯＴＨＥＲ』の世界に惚れ込んだことも大きかったようで、なるほど本作もその情熱が窺える出来となっている。
　さて、この小説版『ＭＯＴＨＥＲ２』だが、前作の雰囲気と世界観を踏襲してはいるものの直接的な続編ではない。主人公の顔ぶれも一新されていて、野球少年ネスと美少女超能力者ポーラ、天才科学少年ジェフ、そして神秘の国の王子プーの４人となっている。
　前作では既に世界の異変は始まっていたが、今度はある日ネス少年の家の近所に隕石が落下してきて、宇宙人らしき存在が確認されるところからリアルタイムで始まっていく。やはり根底に <広義における母とは> という大きなテーマを据えた上で、数々の冒険を通して主人公である４人の少年少女が成長していくさまを描いている。
　今回も「ですます調」が印象的な優しい語り口は健在。前作の方が上手く纏まっているし、チームにも魅力があったような気がするが――今回の主人公ネスは、ケンと違って優等生すぎるのだ――それでも心温まる良い話であったことに変わりはない。おとなも、こどもも、おねーさんも、色んな人が楽しめるだろう。是非一度手にとってみて欲しい……と言いたいところだが、信じられないことに本書、現在絶版となっているようだ。
2004/03/01



「いつか海に行ったね」
形態文庫本 種別ノヴェル 部門中編
出版祥伝社文庫 値段￥381 初版2001-11-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　祥伝社の中編シリーズの１冊。ジャンルはＳＦになるだろうか。カビを題材としたバイオハザード（生物災害）を描いた作品で、背表紙の作品紹介を見ると <パニック・ホラー> を謳っている。
　勘の良い人なら既に思ったかもしれないが、これは中編でやるより長編でじっくりとやった方が説得力にせよリアリティにせよ物語の厚みにせよが増す種の話で、著者も優れた手腕を見せて上手く纏めてはいるのだが、それでもやはり長編で読みたかった――と思わせる部分を殺し切れないものになっている。
　限られた枚数の中でこれだけやれれば上等なのではないかと思うし、実際もう少し星の数が多くても良いような気もするのだが――では、徐々に社会に浸透していく破滅の因子とその進行を指をくわえて見ているしかない絶望感のようなものを描いた作品は――多少は方向性が違うにせよ――確実にあり、本書よりも高いクォリティを持った作品もまた存在する。スティーヴン・キングの著作には幾つかそうした具体例が見られるし、日本であれば小野女史の『屍鬼』などが挙がってくる。
　381円という値段も昨今の文庫本としては安めの価格設定かもしれないが、中編の薄い本であることを考えるとそれほどの強みにはなり得ない。
　決して悪い出来ではないし、及第点をクリアした充分に楽しめる作品であり、この系統の話が好きな読み手にはお勧めできる１冊であることは認めるのだが、どことなく中途半端な感覚が拭い切れないのも事実。微妙なところである。
　……どうでも良いが鹿又教授は格好良かった。
2004/03/01



AGATHA CHRISTIE
アガサ・クリスティ



「そして誰もいなくなった」（原題：TEN LITTLE NIGGERS）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥300 初版1976-04-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　世界で最も著名なミステリ作家は誰か。もっとも刊行部数の多いミステリ作家は誰か。 <ミステリの女王> とよばれる、アガサ・クリスティである。その彼女の著作のうち、日本国内でもっとも高い評価を得ているのが本書、「そして誰もいなくなった」だ。このことは、「ハヤカワ文庫海外ミステリ・ベスト100」において総合部門第３位、本格部門第１位を獲得していることからも窺える。
　原書は1939年にイングランドで刊行された。日本語翻訳権は早川書房が独占、やはり1939年に <スタア> 誌で連載で紹介されている。その際のタイトルは『死人島』、翻訳者は清水俊二氏。ハヤカワ・ミステリ文庫によると、原題は「Ten Little Niggers」であるとされているが、これはイングランドで初刊行された当初のもので、アメリカで発表される際には「Ten Little Indians」と改題された。現在は「Niggers」、「Indians」共に黒人やネイティヴアメリカンを蔑視する言葉として認識されているため、「And Then There Were None」と改められている。

　――イングランド・デヴォン州沖にあるインディアン島に、互いに面識のない男女10人がＵ・Ｎ・オーエンなる人物からの招待で集まった。しかし、島に到着したものの、招待者オーエンの姿が見えないことに客人たちは不審の念を募らせていく。そんな彼らが最初の晩餐の席に就いたとき、どこからともなく客人が過去に犯した殺人罪を暴露する声が轟いてきた。そして連続殺人という名の処刑が、童謡「十人のインディアン」の歌詩になぞらえて開始される。
　一人殺されるごとに、忽然と消える一体の人形。オーエンとは何者か、どこに潜み殺人を繰り返しているのか。そして孤島に閉じ込められた10人の男女は生きて島から脱出することが出来るのか。外界から隔離された閉鎖空間の中で殺人が連続して発生するという、いわゆる「孤島もの」「雪の山荘もの」と呼ばれるサスペンス型ミステリを生み出した古典的名作。
　本格ミステリなのに探偵役が存在しない斬新さ、叙述トリックや童話その他小道具の使い方の妙、それに基本設定の魅力だとか、この形式のサスペンスの元祖的作品の一つであるとか、とにかく「そして誰もいなくなった」を傑作に推す要素には事欠かない。衝撃のラストしかり、後世のエンタテイメントに本作が与えた影響は絶大なものがある。近年この種のネタが目新しくなくなったのは、ようするに誰もがクリスティのこの作品に刺激され、それを模倣しまくったせいに他ならない。
　ただ、ちょっとした前提の狂いで即座に破綻する犯罪計画が危なげなく成功していたり、視点の切り替えが複雑過ぎたり、構成に一考の余地が見られたりと粗も多いことは確か。技術に二つ星をつけているが、これは「1939年当時に読んだらこの評価を与えたであろう」という配慮であることは予めお断りしておく。
　――ただ、細々とした欠点を補って余るほど、やはりこの話は面白い。10人の主要登場人物の名前と人柄を把握するまで少し時間がかかるが、彼らを一通り理解し、最初の異変が発生する頃には、すっかり物語にのめりこんでいた。読者は、殺人犯が登場人物全員を殺害するつもりであることを予め知らされる。その殺害方法までも童謡の詩歌で示唆されている。だから、次に誰がどんな方法でその罠にかかるかを手に汗握って見守らざるを得ない。そして登場人物が一人減るたびに、犯人は何者なのだろうと想像せずにはいられなくなる。そのあたりの誘導の上手さ、設定の妙がこの物語のサスペンス性を高めている要因だろう。唸らされるところだ。
　大体、完璧な韻を踏む、このタイトルからして良い。1952年時点で、素早く邦題を「そして誰もいなくなった」とした訳者の清水俊二氏はその意味でも偉大だ。彼の翻訳で読めたことを幸運に思うべきだろう。「～殺人事件」といったタイトルが一般的だった当時、他とは一線を画す斬新で味わい深いタイトルだったに違いない。
　ちなみに、本書で扱われている童謡は以下の通り。ラスト部分が He got married, and then there were none（彼が結婚して、そして誰もいなくなった）. となっているが、クリスティはこの部分を He went and hanged himself, and then there were none（彼が首を括り、そして誰もいなくなった）. としている。
Ten little nigger boys went out to dine

　Ten little nigger boys went out to dine ;
　One choked his little self, and then there were nine.
　Nine little nigger boys sat up very late ;
　One overslept himself, and then there were eight.
　Eight little nigger boys travelling in Devon ;
　One said he'd stay there, and then there were seven.
　Seven little nigger boys chopping up sticks ;
　One chopped himself in half, and then there were six.
　Six little nigger boys playing with a hive ;
　A bumble-bee stung one, and then there were five.
　Five little nigger boys going in for law ;
　One got in chancery, and then there were four.
　Four little nigger boys going out to sea ;
　A red herring swallowed one, and then there were three.
　Three little nigger boys walking in the Zoo ;
　A big bear hugged one, and then there were two.
　Two little nigger boys sitting in the sun ;
　One got frizzled up, and then there was one.
　One little nigger boy living all alone ;
　He got married, and then there were none.

　本書の著者、アガサ・メアリ・クラリッサ・ミラー(Agatha Mary Clarissa Miller)は、1890年09月15日にイングランド南部デヴォンシャ州トーキイに生まれた。ミステリに関しては自身の姉から強い影響を与えたそうで、８歳のときには既にミステリに類する書物を漁り始めていた。1907年にガストン・ルルーの「黄色い部屋の謎」に強い感銘を受け、自分が同じようなミステリを書き得るか否かで、姉と論争した。この出来事が後に作家を志す動機の一つとなったという。
　1914年、アーチィ・クリスティと初婚。第一次世界大戦中は、陸軍病院で看護婦を務める。また薬局勤務も経験し、このときに身につけた毒薬・劇薬に関する知識は、後の作家生活に生かされることになる。
　作家としてのデビューは1920年、 <ボドリー・ヘッド> 社より刊行されたポアロ第１作「スタイルズ荘の怪事件」によるものだった。ただし、これは７度目の正直であり、事前に原稿を持ちこんだ６社には出版を断られている。
　彼女の名を世にしらしめたのは、1926年に発表されたポアロシリーズ第３作「アクロイド殺し」で、この作品で使用された犯罪トリックが『フェア』か『アンフェア』かの大論争を巻き起こし、一躍文壇の注目を集めた。直後、有名な失踪事件を起こしている。
　1930年、青年考古学者マックス・マローワンと再婚。以後メソポタミアで夫の発掘を助けながらの作家生活をスタート、1939年には本書「そして誰もいなくなった」を発表する。65歳の時ににＭＷＡ（アメリカ探偵作家クラブ）から史上初の「グランドマスター」の称号を受けると、晩年は毎年クリスマスに１作品を発表するというスタイルを確立。イングランドにおいて、「クリスマスの日にクリスティを読む」という恒例行事を半ば成立させた。
　1975年にポアロ最後の事件となる「カーテン」を発表、翌年01月12日に85年の生涯を閉じた。その後ミス・マープル最後の事件「スリーピング・マーダー」が刊行される。生涯66の長編と150にのぼる中短編、自伝、メアリ・ウェストマコット名義の普通小説、その他劇場用・ラジオ用ミステリなどを発表、約半世紀に及ぶ活躍だった。その功績は現在でも世界的に評価されており、 <Queen of crime> ――「ミステリの女王」と称えられている。
2004/03/25



「オリエント急行の殺人」（原題：MURDER ON THE ORIENT EXPRESS）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥400 初版1978-10-31
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　ミステリの女王と謳われたアガサ・クリスティの代表的名作。
　彼女の14番目の長編小説であり、私立探偵エルキュール・ポワロを主人公としたシリーズものとしては第９作目の本となる。――ちなみに、原書は1934年にＵＫ本国で刊行されているが、「アルパチヤのＭ・Ｅ・Ｌ・Ｍに、一九三三年」と書かれているところをみると、出版される１年前には既に原稿が出来あがっていたらしい。
　本書は、斬新なトリックや奇抜なプロットで、後に名作・傑作と称えられることになる作品群を、なんと年に２～３冊というハイペースでリリースしていた、いわゆる「一番脂がのっていた」時期に書かれたものである。具体的に言うと『ＡＢＣ殺人事件』『ナイルに死す』『メソポタミヤの殺人』『ポワロのクリスマス』などが刊行されたのとほぼ同時期の１冊であるわけだ。
　それだけに本書は、やはり発表当時から非常に高い評価を得たようだ。映像化も幾度となく繰り返されているから、「原作を実際に読んだことはないが、シナリオの大まかな筋と導入されている犯罪トリックに関しては噂で聞き知っている」……というような奇妙な人間も多いかもしれない。
　個人的な話をすることを許されるなら、実は自分もそうした人間の１人だった。

　ところでこの『オリエント急行の殺人』であるが、日本語翻訳権を一社が独占しているわけではないので、多数の出版社から訳者を違えて様々なヴァージョンのものが刊行されているようだ。
　当方が現物をもって確認している限り、少なくとも <ハヤカワ・ミステリ文庫> からは中村能三氏の翻訳で、 <創元推理文庫> からは長沼弘毅氏の翻訳でと、２種類以上が存在している。
　より読みやすい日本語訳という意味では長沼氏の <創元推理文庫> に軍配をあげる読者も多かろうが――実際、ある女性に『オリエント急行の殺人』を貸してくれと頼まれたとき、ハヤカワと創元の２冊を同時に示して好きな方を選ばせた。彼女はしばらく読み比べ、翻訳の質から創元版を選択したのである――、ここでは敢えて <ハヤカワ・ミステリ文庫> を紹介したい。
　というのも、巻末に収録されている作品解説を見比べると、明らかに <ハヤカワ・ミステリ文庫> の方が優れているからだ。

　 <創元推理文庫> 版（以下、創元版）では訳者がそのまま巻末解説を担当しているのだが、ここでは著者であるクリスティの素性や、作家としての特性を列挙することに終始している。
　一方、ハヤカワのそれは『オリエント急行の殺人』が刊行された1934年頃の社会情勢を簡単に解説し、当時の社会を賑わせていた <リンドバーグ家の誘拐殺人事件> についても触れている。これは実際に発生した悲惨な事件で、当時の社会に非常な衝撃を与えたようだ。
　もちろん、クリスティも子供を誘拐して殺すというこの卑劣な事件にショックを受けたひとりであり、本作『オリエント急行の殺人』にも、その事件をモデルとした大きなネタを盛り込んでいる。
　――以上のような事情について解説しているから、この文章を先に読んで予備知識を得ておくのとそうでないのとでは、本編に触れる上での感情移入度も相当違ってくると思われるのだ。
　詳しくはＨ・Ｋ氏による <ハヤカワ・ミステリ文庫> の解説を読んで欲しいが、とにかくこれはより深くこの小説を楽しむためになくてはならない解説である。

　さて、肝心な本編の内容だが、プロットとしては非常に単純である。
　オリエント・エクスプレス（急行）という豪華列車で大陸を横断している途中、乗客の１人が何者かに刺殺されるという事件が起こり、その列車に偶然乗り合わせていた著名な探偵エルキュール・ポワロがこの調査に乗り出す――というものだ。
　聞くだけなら単純な殺人だが、実際に捜査を任されたポワロに言わせれば、これは一筋縄ではいかない難事件だ。
　まず被害者には12箇所もの刺し傷がある。更に言えば、現場はどうも密室に近い。豪雪のせいで列車は立ち往生し、外部から犯人が入り込むことも出て行くことも不可能だと思われる状況の中、内部の人間による犯行だと思って調べていくと全員がアリバイを持っていることが判明したりもする。
　加えて、正体の知れない謎の男や、幽霊のように車内をうろつく赤い着物姿の女の目撃談が相次いだりして、事件の調査は難航を極めていくのだった。
　果たして犯人は何者なのか。単独犯か、複数犯か。作為的に思われるほど現場に数多く残された犯人の遺留品は本物の手がかりか、或いはポワロを惑わす罠か。
　数々の謎で物語をグイグイと引っ張り、クライマックスには驚愕の真相でトドメをさしてくれるスリリングな作品。

　ストーリィ外のことだと、まず最初に思ったのはクリスティの筆の巧みさだ。本書には老若男女を問わず15人を超えるキャラクターが登場し、しかも誰もが同じように重大な役目を負っている。この大人数をきちんと書き分け、個性立て、早いうちから読者に馴染ませてしまう手腕には舌を巻く。
　もちろん、作品を支えている驚くべきトリック（仕掛け）に関しても特筆して語らねばならないだろう。後年、この作品を参考として多くの人間が模造品を生み出したため、現代人からすれば、それほどの目新しさや衝撃は感じられないも知れない。
　だが、当時の読者は決して我々のように無感動ではいられなかったはずだ。
　星に関しては、その辺りの事情も考慮に入れた上で、多少控えめにつけた。あしからず。
2004/08/08



「秘密組織」（原題：THE SEACRET ADVERSARY）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版創元文庫 値段￥480 初版1971-05-21
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　ポワロ、ミス・マープルとならぶクリスティの代表的長編シリーズ <トミーとタッペンス> の名コンビデビュー作。著者のアガサ・クリスティといえばミステリの女王として有名だが、彼女は本格推理小説以外にも一般小説や冒険小説、そしてエスピオナージュ――いわゆるスパイ小説なども多く手がけている。
　分類のしようによっては本書もミステリに含めることができるだろうが、国家的な機密文書を巡った諜報戦をテーマにしている辺り、スパイ小説と考えることもできる。
　しかしお堅い印象のある一般的なスパイ小説とはことなり、 <トミーとタッペンス> のシリーズは雰囲気的に随分とコミカルな部分が目立つ。そもそもヒロインであるタッペンスは根拠のない自信に満ちた冒険好きのお転婆娘だし、彼女に引っ張りまわされるトミーはスパイというにはあまりにノンビリし過ぎた青年なのだ。彼らを主役に据えて本格的なスパイ小説などできあがるわけがない。

　このトミーとタッペンスは、戦後の混乱で就職難に喘ぐ若い男女。ロンドンの街角でひょっこり数年ぶりの再会を果たした彼らは、即座に互いの経済状況が逼迫している事実を確認し合い、冗談半分期待半分から冒険を求める広告を新聞に掲載することを思いつく。
　首尾良く依頼にありついたまでは良かったものの、それを切っ掛けに戦時中に製作された機密文書を巡る争奪戦に巻き込まれていく。巻きこまれるというよりは、冒険好きのタッペンスがトミーを引き摺りつつ自ら渦中に身を投じたといった方が正しいかもしれない。
　














KAORU KURIMOTO
栗本薫



「天狼星」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥600 初版1989-07-15
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　栗本薫は好き嫌いのハッキリ分かれる作家である。何が原因かというと、やはり小説の中に自分と同じ名前を持つキャラクターや、自分（作者）そのものを登場させてしまうことがあるというスタンスだ。また、その筆から形成される作品世界が極端なため、その空気に馴染めない人間も多い。この「天狼星」もそういう意味では、非常に栗本作品らしい特徴を備えている。
　まず、登場人物がどれも体温を持っていない。生活感を感じさせないマネキンのようなキャラクターばかりで溢れかえる世界だ。名探偵・伊集院大介を筆頭に、やたらと常人離れ――人間離れした美しさを強調されるスーパーモデルたち、美貌の殺人狂シリウスと異形の従者。人の形をした天使や女神の類か、悪魔の形をした人間が織り成す物語。それが栗本薫が作り出した「天狼星」の世界である。
　これを荘厳で幻想的な世界を形成する優れた筆力のあらわれと考えるか、単に生きた人間を書く能力に欠落した作者の限界と捉えるかで、随分と作品の評価は変わってくるだろう。前者だと思える人間は、恐らくこの「天狼星」を傑作として楽しめると思う。が、後者なら即座に本を閉じたほうが賢明だろう。
　本作は著者が抱える連作の一つである「伊集院大介シリーズ」の一角を担う作品である。大まかなストーリィは、ファッションモデルだけを狙った猟鬼連続殺人が発生し、その犯人を名乗る＜シリウス＞なる人物が、これから星座にちなんだ十三人の人間を殺すという予告をしてくる、というもの。
　この怪人＜シリウス＞を相手に我らが名探偵・伊集院大介はいかに戦うのか。自ら宿命のライバルであることを認め合う二人の出会いと対決の物語といったところか。
　著者はこの作品をミステリとして捉えているようだが、そこから本格ミステリの面白さを期待するのは大きな誤りである。殺人が起き、探偵が犯人を追い詰めるという構成はミステリのそれかもしれないが、この物語は事件の謎を解くというような要素はほとんどない。
　なお、このシリーズには多感な文学少女、森カオルなる女性キャラクターが登場する。これは続編である「天狼星II」の解説で郷原宏氏が指摘しているように、その名前や経歴から見てほぼ間違いなく著者、栗本薫の分身である。このように作者が自作に己の分身を送り込むような自己陶酔的作品は読むに耐えない、という読者は素直に忌避権を行使したほうが良いだろう。



「天狼星II」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥540 初版1990-11-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　「天狼星」シリーズの第二段。前作で取り逃がした美貌の殺人狂＜シリウス＞が再び姿を現し、今度は妖艶な舞姿で絶頂を極める日舞の名花「芳沢胡蝶」に狙いを定めた。おりしも来日中のフランス文化相を巻き込んで、パリ・香港・東京と幾多の舞台を巡り巡って伊集院大介が宿敵＜シリウス＞と再び対決する、という物語。
　相変わらず天使だの妖精だの、存在だけで空気を変えてしまう超美人だのが大挙して現れる作風は健在。これらのキャラクターが、幻想的で蠱惑的な雰囲気の作品世界で暴れまわるのを楽しめるか否か。本作を楽しめるかどうかは、依然としてそこにかかってくる。
　名探偵や殺人犯が登場するからと言って、これも前作と同様、奇抜なトリックなどの本格ミステリによせるような期待から読むべきものではない。あくまで雰囲気を楽しむだけの伝奇小説である。



「天狼星III　蝶の墓」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥720 初版1996-03-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　超人気シリーズ（だと裏表紙の解説は吹聴している）「天狼星」シリーズ第３段にして完結編。いよいよ名探偵・伊集院大介と悪の化身＜シリウス＞が、運命的対決の時を迎える。
　裏表紙の解説によると迎えるらしいのだが、「新・天狼星」なるシリーズが後に刊行されているところを考えると実のところ決着などつきはしないのだろう。実際、個人的にかなり微妙だったと思う。確かに続編の存在を匂わせるような終わり方であったことは確か。前作からの伏線も、一点を除いて細かいところは全て切り捨てられている。この辺りは、前作からのブランクの長さがそのまま反映されているような気がするのは自分だけではないだろう。
　大まかなストーリィは、北海道の温泉町に現れた奇妙な美女と老人。人気のない旅館に隠れるように逗留する彼らを、謎の「追跡者」が追い詰めていく。果たして「追跡者」とは何者か。美女と老人の正体とは。
　もう初っ端からバレバレなのだが、思わせぶりな表現を連発して著者は終盤までこれらの謎を引っ張る。暴走族、人間蜘蛛、怪しげなサーカス、これらの小道具を使って引っ張りまくる。
　このシリーズは回を重ねるごとにパワーダウンしていくように思えるが気のせいか。自分はこのシリーズを１冊辺り200円前後の古書として購入したが、これは正解だったといえるだろう。新品で買ってまでこの本を読むよう、他人に勧めることは出来そうにない。　



MARIE-VÉRONIQUE CLIN
マリ＝ヴェロニック・クラン



「ジャンヌ・ダルク」（原題：JEANNE D'ARC）
形態単行本 種別啓発書 部門－
出版東京書籍 値段￥3689 初版1992-09-12
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆☆
レジーヌ・ペルヌーの項参照。



YO KUROTAKE
黒武洋



「そして粛清の扉を」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥1500 初版2001-01-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　2000年10月16日、東京赤坂の全日空ホテルにおいて開かれた「第一回ホラーサスペンス大賞 」選考会で大賞受賞した作品。タイトルは刊行に際して、「ヘリウム24」から改題された。
　大まかなストーリィは、高校教師の近藤亜矢子が自分の娘を死なせた人間に復讐するため、自分の受け持っていたクラス全員を人質にとり、生徒をひとりひとり殺害しながらＴＶを通て視聴者にある要求をつきつけるといったもの。
　次々と容赦なく登場人物たちが殺されていくため、「バトルロワイヤル」という作品と比較されがちな話だが、似ているのは雰囲気と表面だけで核の部分やテーマには大きな相違が見られる。
　いずれにしても、人間描写や細部の詰めの浅さなどプロの水準には一歩及ばない作品であることは否定できない。それでも過激さは充分な話題性を持つので、それに触れてみたいと思うなら一読してみるのも良いだろう。それに1500円を支払うのは高い買物だと感じるか妥当だと思えるかは、価値観によるだろう。自分は図書館で借りて読んだ。その後、500円の古書として売られているのを見たが購入には踏み切っていない。参考までに。




I N D E X
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か（ka）行
作者別一覧
・ ジョン・ディクスン・カー(1)
・ オースン・スコット・カード(1)
・ 加地尚武(1)
・ 片山恭一(1)
・ 川上稔(1)
・ 神林長平(1)



JOHN DICKSON CARR
ジョン・ディクスン・カー



「三つの棺」（原題：THE THREE COFFINS）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥440 初版1979-07-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　パズラー（本格ミステリ界）の大御所ジョン・ディクスン・カーの代表作。ファンの間では最高傑作の呼び声も高い作品で、原著は1935年に刊行されている。本書はハヤカワ・ミステリ文庫から出版された、その日本語版。翻訳者は三田村裕。巻末に同氏による後書きあり。
　――いきなり個人的な話になるが、カーには特別な関心などなかった。もちろんファンでもないし、本格ミステリに特殊なこだわりを持つミステリマニアでもない。それどころか自分は、今回カーの著作にはじめて触れるという、その道の典型的な素人である。ところがこれとは対照的に、ジョン・ディクスン・カーの熱狂的な信奉者は現代にも数多くいるものらしい。
　普通「カーキチ」という俗語は“熱狂的な車好き”を意味するものだが、ミステリ界では“熱狂的なカーのファン”を指すとさえ聞く。彼らは絶版になって久しい彼の著書を求めて古書店を訪ね歩き、また翻訳されていない原書を英和辞典片手に読み解く奇特な人々だ。だが、そこまで駆り立ててしまうほどカーの作品はある種の人々にとって非常に魅力的なものらしい。

　本著「三つの棺」は、典型的な本格ミステリである。つまり人間にはとても実現できそうにない不思議な犯罪が発生し、警察関係者は犯人の目星さえつけることが出来ず途方にくれる。そこへ名探偵が颯爽と登場し、論理的な推理で犯人の仕掛けたトリックを看破、真相を暴き立てる――という、謎解きや奇抜な犯罪トリックをメインに掲げた推理小説だ。
　この本格ミステリで扱われる事件の大半が「殺人」という大罪であるものだが、この「三つの棺」でもそれは忠実に踏襲されている。今回殺されることになるのはグリモーという老博士。
　彼はある雪の晩、仮面をつけた客人を自宅の書斎に迎え入れることになったのだが、しばらくすると客と二人きりで篭った部屋から銃声が鳴り響き、駆け付けた人々によってグリモー教授は瀕死の状態で発見されるのである。
　だが、いたはずの客人の姿が部屋には見当たらなかった。書斎にある唯一のドアには見張りが二人もいたし、窓から逃げ出したにしても降り止んでいた雪に足跡一つついていないのは奇妙過ぎる。
　犯人と目される謎の客人は、グリモー博士を撃ったあと密室から忽然と姿を消したのである。
　名探偵フェル博士とハドレイ警視はこの密室殺人の謎に挑むが、そうこうしているうちに第二の殺人が起こり事件はますます混迷の色合い濃くしていく。

　その世界では有名な『密室談義』を含む本書は、確かに本格ミステリとしては名作の部類に入るのかもしれない。しかし個人的にはあまり魅力を感じなかった。それには幾つかの理由がある。
　まず、文章がまずい。カーの技術が未熟なのか、あるいは翻訳が稚拙なのか、どうにもプロのそれとは思えない文章が延々と続く。そのせいで、あまり内容に集中できなかった。
　また引き込まれるものがなかった、というのも痛かった。確かに犯人がスーパーマンよろしく空を飛んで逃げたしか思えない密室殺人の謎はそれなりに面白いが、後に発生する第二の殺人の謎も含めて、長篇１本を引っ張っていくには幾分パンチ力に欠けると思う。要するに、たんなる殺人ナゾナゾだけじゃ、全然ドキドキしないのだ。
　――これは、登場人物たちの全員が死んでいるからだと思う。言い方を変えると、人間の描写が薄っぺらだからだ。『三つの棺』の人間たちは生き生きしてない。人間としてのリアリティがない。だから、彼らに感情移入して一緒に事件を追いかけるような気分になれないわけだ。
　例えば小学生の頃、『虎の牙』という推理小説を読んで手に汗握る緊迫感を味わったことがある。この話では、とても残忍で凶悪な殺人事件が続発する。しかもどうやって犯罪が行われたのかすら良く分からない。読者は事件の謎に首を捻りながらページを捲るわけである。
　だが本当にドキドキさせられたのは、虫も殺せそうにない可憐な女性にこの凶悪な連続殺人の容疑がかけられたからだ。探偵役をつとめるアルセーヌ・ルパンは彼女に恋をするのだが、あらゆる証拠が犯人は彼女だと告げている。実際、彼女は何度のルパンを騙し動きを封じたり、罠に嵌めて行動の自由を奪ったりする。
　もう彼女が残忍な連続殺人鬼であることは疑い様がない。でも、彼女が悪人だなどとは信じたくない。ルパンは葛藤する。彼の思いがあまりにも真剣で必死だから、思わず読者はルパンと一緒に頭を悩ませてしまう。彼女が犯人ではなく、ルパンが信じる通り心優しい女性であったら良いのに――と祈りたくなる。そうした感情移入が、読者を事件や物語に引きこみ手に汗を握らせるのだ。

　なぜ『虎の牙』にはドキドキして、『三つの棺』にはドキドキできなかったかといえば、やはりそこに人間が絡んでいないからだろう。
　人間たちが織り成す愛憎劇、欲望がもたらす悲哀などは確かに『三つの棺』でも描かれているし、これが犯罪の動機として大きく絡んでくることは間違いない。
　だがその描写が平坦で薄っぺらなのは問題だ。とって付けたような印象を拭えず、それに対して想像力を働かせてみる気になれない。人間を人間として描き切れていないカーは、その点で致命的な弱点を持っているように思える。
　更に、この事件は進行しない。クリスティの「そして誰もいなくなった」のように現在進行形で犯罪が進み、次に誰がどのように殺されるのかといった緊迫感で事件を引っ張れないのだ。『三つの棺』で発生する殺人は二件だが、これは序盤で早々に発生しあとは主人公たちが延々と調査・推理を推し進めるのみである。ときおり新事実が浮上して事件の様相が二転三転したりもするが、現在進行形で行われる連続殺人の緊迫感とカタルシスには遠く及ばない。
　殺人トリックやそれを追求していく論理の展開には目を見張る部分があるが、それを面白く書き切るだけの描写力や構成力に著者は欠けているのではあるまいか。
　本格ミステリは好きだけれど、これが最高傑作と呼ばれているようではカーに特別な関心を持てそうにもない。
2004/06/07



ORSON SCOTT CARD
オースン・スコット・カード



「アビス」（原題：THE ABYSS）上下巻
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥520+520 初版1999-11-10
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　言わずと知れたＳＦ界の大御所カードの作品。下巻の巻末には監督、著者、訳者の三者によるあとがきがあり、これは合計で30ページを超えるボリュームを誇る。カードのノヴェライズ（映画の小説化）に対する考え方やスタンスなども書かれており面白い。
　これは一応、同名のハリウッド映画の小説版である。だが、ノヴェライズと聞いて一般的な読者が抱いてしまうチープなイメージをこの作品に当て嵌めてしまうのは大きな誤りだ。まず、著者がオースン・スコット・カードであることからして、そのことは充分に証明されている。
　彼は後書きで自ら語っているように、その基本姿勢としてノヴェライズの仕事は受けない。だが、この映画の小説化を行うという契約書に例外的にサインをしてしまったのである。それはつまり、ノヴェライズという形ではあるが、自分で納得できるレヴェルの物語を執筆できるとカード本人が確信したことを意味する。だから、カードの実力を知っている人間は安心してこの本を手にとって良い。彼は世界でもっとも優れた技量を持つ作家の一人だからだ。
　本書は、いわゆる地球外生命体と人間との遭遇を描いたもの。ＳＦ小説の世界では、ファーストコンタクトものと呼ばれる類の物語だと言っていいだろう。
　この作品で扱われる不可思議な生物は一風変わっていて、海底奥深くでなければ生存できない、水と深い関わりを持った存在だ。その彼らが人間を知るため、海底油田のボーリング作業のために海中を訪れた人間たちに接触（コンタクト）を計ろうとすることから話は展開していく。
　だが、「アビス」という物語の核は、実はそこにはない。アビスは地球外生命体との接触や海底という極限状態の中で、人間同士がいかに付き合っていくか、どのように変わっていくか。そこに重点を置いて描かれている。要するに人と人との「絆」のあり方を中心に据えた話なのである。特に主人公であるバドと事実上の離婚状態にあるリンジーとの関係は見物。
　特に劇的な何かがあるわけではない。ファーストコンタクトものとしては、わりと地味な部類のストーリィ展開なのかもしれない。だが、カードはそれでも読ませる。登場人物に体温を感じるし、彼らの感じる痛みに共感させられる。
　著者の文章には少し癖があるし、ある種の人間にとっては読みにくい部分も持ち合わせていると思う。だがそれが気にならない方には、是非とも一読をお勧めしたい。
　誉めるばかりでは何なので、この作品が抱える短所や問題点などを最後に幾つか指摘しておきたい。まず、翻訳。ちょっと読点の使い方が奇妙であるように感じた。具体的に言うと、多すぎる。たぶん、適量を100％とすると130％は余分に使われているだろう。リズムを崩されることがあるので、少し読みにくく感じた。
　あと、何より大きいのがこの本がすでに絶版であるという事実だ。新品を普通の書店で入手するのはかなり困難だろう。古書店でならわりと見かけるので、そちらで探してもらいたい。……しかし名作の誉れも高き「ソングマスター」然りだが、オースン・スコット・カードの傑作を絶版扱いにしてしまうのは一種の犯罪だと思うぞ、出版社。
2003/11/28



NAOTAKE KAJI
加地尚武



「福音の少年 錬金術師の息子」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版ぺんぎん書房 値段￥1500 初版2004-01-05
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
<来訪> と呼ばれる悪魔との契約と、これにもとづく彗星の接近。これにより、人類が「魔法」と吸血鬼や狼男といった「人間の亜種」を得た――という、架空の世界を描くファンタジー長編。
　もし、20世紀初頭に人類が「魔法」の力を得ていたら。その仮定にのっとって、魔法使いや魔女が一般人の尊敬を集め、政府が人類亜種「インヴォルヴド・ピープル」の存在を隠蔽し、歴史が第二次世界大戦を回避したという、もうひとつの現代社会がこの作品の舞台。
　２段組のソフトカヴァーで500ページをこえるこの大型長編は、世界各地の神話を下敷きにしながら、魔女と錬金術師を両親にもつ平凡な中学生の少年、御厨恵（みくりやめぐむ）の成長物語として語られる。
　内容は大きく５部構成をとっており、連続はしているがそれぞれ独立したエピソードの積み重ねとして読めるようになっている。序盤では物語の方向性がまだ定まっておらず、主要登場人物と世界観の大まかな説明に終始している感があるが、中盤以降からクライマックスにむけて大きな方向性が見えてくると、物語は加速をつけてダイナミックに展開されていく。

　魔女や錬金術師が活躍する本書は、一時期のファンタジー･ブームの火付け役となった <ハリーポッター> シリーズに雰囲気が似ているため典型的なファンタジー小説だと思われがちだろう。しかし、その文法はむしろサイエンス・フィクション――すなわちＳＦに近しいものがある。
　というのも、魔法や亜人の存在を幻想的な存在として描かず、これに独自の法則や体系のなかにとりこみ、科学的に分析し、なにより一般社会に浸透した生活感をともなう存在として描いているからだ。
　そのため、荒唐無稽な基本設定ではあるが、作品世界のなかでは魔法や亜人の存在もどこかリアリティという衣をまとっているように見える。
　そのため「ダンセイニ風」の純・幻想小説として本書に触れるのは、姿勢として懸命ではない。

　面白いのは、われわれの知るものとは少し違った歴史をたどった現代社会を書いているため、実在する人物が魔法使いや狼男だとかゴム人間であったりする点か。
　たとえば、 <相対性理論> で有名なアインシュタインである。彼は、兵器として利用されていた魔法を、世界に秩序をもたらす力として位置づけした大魔法使い <ウィザード> のひとりとしてたびたび意味深に語られる。
　狼男のサダム・フセインは「亜人こそが真に神聖な人類」として、亜人の社会をつくるべく奔走する過激な独裁者として、「悪魔の辞典」でしられるアンブローズ・ビアスはＡＢなる亜人穏健派の長として登場。フセインのなだめ役、扮装の調停役として活躍する。
　この点からも本書は、いわば実在の人物と架空の歴史をネタにした、壮大な人類文明のパロディ小説であるともいえるだろう。

　また本書の魅力のひとつとして、各ジャンルから幅広い文化や知識、うんちくを取り入れていることが挙げられる。
　神話、宗教、科学、錬金術、ジャズ、オカルト、偉人の物語、民族問題とそのカヴァー範囲は広い。
　ただ、各方面から様々なネタを引っ張ってきているため、扱われるのは広く浅い知識に限定されるのが欠点。神話や宗教、オカルト関連については概論どまり、ジャズにかんしてもパーカーやセロニアス・モンクなどある意味で大統領より有名な人間の名前とスタンダード・ナンバーくらいしか登場しない。
　そのあたりを微笑んで受け入れられるか、薄っぺらなうんちくの塊としか見えないのかで本書の評価もかなり変わってくるかもしれない。ストーリィの本筋には直接かかわらないが、物語世界の雰囲気を演出するうえで重要な役割を果たすからだ。

　――ところで本書は、面白い経緯をたどって誕生している。
　もとはインターネット上で無料公開されていた「錬金術師ゲンドウ」というネット小説のひとつであった。
　これはＴＶアニメ <新世紀エヴァンゲリオン> を題材にした、一種のパロディ小説としてその筋に広く認知されており、本書を出版した編集者の目にもとまった。
　そこで「錬金術師ゲンドウ」からアニメの要素を抜き、オリジナル小説として書き直したのが本書。
　基本設定、人物描写、軽い文体などはライトノヴェルの範疇だが、無料公開されていたアニメ小説のころよりは技術的な進歩が見られる。頻繁な視点の切り替えはコミック的で、世界観も誰かがどこかで作っていそうな既視感を拭えないが、いきいきと動く等身大のキャラクターたちや勢いのある中盤以降の物語展開は一見の価値ありか。
　出版に至った経緯やライトノヴェル風の文体、漫画的な挿絵の数々に抵抗がなければ、面白いＳＦ（ファンタジー色のつよい）小説として読めるだろう。手にとって損はないと思う。出版元として「ぺんぎん書房」なる相当にマイナーな名前があがっているが、あつさと内容のわりに価格設定は良心的で、ソフトカヴァーのつくりも悪くない。
　なんでも本書、シリーズ化される予定であるとかで、既に第２作「図書館のキス―Good News Boy福音の少年」が刊行されている。第３作も発売予定。著者の運営する公式サイトでは、外伝的短編が無料公開されているので、本書を読了したかたにはそちらもお勧めする。
2005/07/07



KYOICHI KATAYAMA
片山恭一



「世界の中心で、愛を叫ぶ」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版小学館 値段￥1400 初版2001-04-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　純文学としては凡作、エンタテイメント系（大衆）文学としては駄作でありながら、宣伝と印象的なキャッチコピー、美しい装丁（表紙デザイン）の三要素を追い風として爆発的な人気を呼んだ、300万部超の大ベストセラー小説。
　 <セカチュー> なる略語も生まれ、これは2004年度の流行語大賞にも選出された。一時期みられた、いわゆる純愛ブームの牽引役、旗手的役割をはたした作品と見ることもできる。
　具体的な内容だが、主人公である高校生の少年・松本朔太郎とヒロイン廣瀬アキとの恋愛模様、そして難病でアキを失った朔太郎の心情を描いたものとなっている。
　タイトルやあらすじを見る限り、本書はオーソドックスな恋愛小説であるかのように受けとられがちである。その一方で、そうした青少年の恋愛や青春をフィルターとし、「死生観」「喪失」「克己」などをテーマとして描いた観念的作品であると解釈することもできるだろう。

　――ただ、どちらであったとしても特筆すべき要素をもたない、平々凡々とした小説であることに変わりはない。それどころか台詞がところどころ奇妙であったり、「給食のカレー・ビーンズのような混乱」「マドンナがバージンだったと言うような奇妙」など、洒落っ気を出すつもりだろうが上滑りしているとも見られがちな表現、手垢のついたテーマと平凡な味付けなど、短所も目立つ。
　興醒めなのは、メインテーマの１つが登場人物たちのセリフを通して直接的に語られている点だ。親しい人間を失った者の心の持ちようと前進。これについての終盤の表現は特に酷い。丁寧に描写を重ねて語るべきところを、キャラクターの口を借りて喋らせるだけ、というのはあんまりだろう。
　現在と過去が交錯する構成も――著者は練りに練ったつもりなのだろうが――これがベストであったのかには疑問が残る。

　それにしても、360万部という数字が大きすぎた。
　国内作家の小説としては史上最大の売り上げを誇る空前絶後の大ベストセラーとなった本書であるが、これは――繰り返しになるものの――やはり編集および出版サイドのプレゼンテーションとマーケティングの勝利と言わざるを得ない。
　たとえば、本書の初版8000部だった。最初に5000～１万部を刷るというのは、中堅どころの作家としては平凡な数字である。また、2002年に人気女優の売り文句「泣きながら一気に読みました」が帯に採用されるまでは、売り上げが10万部にすら届かなかったというデータもある。
　率直に言えば、その数字こそが「世界の中心で、愛を叫ぶ」本来の実力であり妥当な評価であったのだろう。
　そもそも、受賞暦と過去の作品を見ればわかるように、著者はエンタテイメント系の大衆小説作家ではなく、どちらかといえば純文学をてがける書き手なのだ。また本書も、同様に純文学的な手続きと文法を踏まえて形作られた感がある。
　つまり、もとから上手く宣伝し、ブームでもでっち上げなければミリオンセラーを記録できるような作品ではないのだ。
　また活字離れ、読書離れが進み、「10万部さばけば大ヒット」とされる昨今の出版業界において、360万という数字はあきらかに異常なものである。普段は活字にふれず、本も雑誌が精々――そういう「読書を習慣としない層」を動員しなければ、とても稼ぎ出せない値だといえる。

　装丁とキャッチコピーとしての女優のコメント、そしてマーケティング。本編の出来や内容をはずれた場所でもっぱら本書が批評されるのは、つまりそうした部分でのみ興味深い作品であることの証明に他ならない。事件的に面白い作品なのではなく、売れないはずの本を事件的に売った営業手腕こそが注目されているわけだ。
　ハリーポッター・シリーズの成功しかり、売れるか否かは作品の中身より、むしろプレゼンと宣伝の出来にこそ左右される。本書は、そうした現代出版界の事情を如実にかたる好例として歴史に名を残すだろう。

　ちなみに本書のタイトルは、アメリカＳＦ小説界の大物ハーラン・エリスンの短編小説「世界の中心で愛を叫んだ獣」の安易な借用。言い方を悪くすれば盗用ということにもなる。
　エリスンをオリジナルとするこの題名は、日本だとＴＶアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のサブタイトルとして使用されたとき、わりと広く知られるようになった。
　著者による本書のもとのタイトルは、「恋するソクラテス」であったという。これが印象的とはいえないという理由で、編集者につっぱねられた。「世界の中心で～」はその編集者によるネーミングであるという話。
2005/07/22



MINORU KAWAKAMI
川上稔



「パンツァーポリス1935」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版電撃文庫 値段￥544 初版1997-01-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　第３回電撃ゲーム小説大賞の金賞（グランプリ）受賞作。版元の「電撃文庫」は一〇代の少年をメインの対象読者とする――いわゆるライトノヴェル・ブランドで、 <電撃ゲーム小説大賞> は同文庫が主催する新人賞ということになる。
　なお、本書「パンツァーポリス1935」は著者のデビュー作であり、また後に <都市シリーズ> と呼ばれることになる架空都市を舞台とした長編群の頭を飾る作品でもある。
　内容は、宇宙船の開発に心血を注ぐ男たちを描いた、ＳＦ的な要素の強い冒険小説となっている。
　男たちの物語と書いたが、途中からヒロインである若い娘がこの私設宇宙開発隊に加わり活躍する――という事実は付け加えて記すべきだろう。彼女の目を通して描かれる「個人の生き方の追及」「夢を追うことの意義」といった精神的要素も本書を彩る大きなテーマのひとつになっていたりする。

　タイトルにある1935は、おそらく西暦における年度。ただし我々が知る1935年ではなく、現実世界とは少し違った歴史と法則とを持つもう一つの地球が舞台であるらしい。
　ところはナチスが台頭するドイツ、その首都ベルリン。史上最初の有人宇宙飛行が無惨な失敗に終わり、宇宙開発から各業界が手を引いたこの国で、それでも宇宙を目指そうとする男たちがあった。
　元軍属の技師パウルと、白衣の青年ヴァルター。彼らは自らの欠点を補い成長していく飛行船カイザーブルグを開発。誰もが夢と笑う宇宙を目指し、本格的に始動する。
　だが、大気圏脱出を可能とするカイザーブルグは、人類には早すぎる超技術の塊でもあった。
　信念から宇宙へ向かおうとする男たちに対し、そのオーヴァテクノロジを危険視するナチス・ドイツ。このカイザーブルグを巡る軍と科学者たちの熾烈な争奪戦が物語の大部分を占めている。

　できの方であるが、一〇代の少年を対象にした小説と考えるなら及第点といったところ。
　無機物である乗り物や道具が成長していくというアイディアは珍しくないし、キャラクターにも際立った目新しさはない。「大きな宝」を巡ったクライマックスの大きな仕掛けには目を見張る部分もありそうだが、文章技術や描写力といった技術面においても特筆すべき点はなし。
　夢や理想、生き方といったテーマも枚数制限に押されたためか書き込めてない印象があり、結果として人物の内面描写を中途半端にしている。
　それは、特にヒロインやナチス側のライヴァルキャラクターにおいて顕著にあらわれている。彼らは自らの生き方について苦悩、葛藤するが、その段階から結論に至るまでの流れが急すぎる。説得力と厚みを持たせるためにはもう少しジックリとやりたかったところだろう。
　これはスポットライトをあてるキャラクターを主人公、その相棒の技師、ヒロイン、敵となるナチス側の兵士――と欲張り過ぎたことによる技術的な失敗と言わざるを得ない。
　本作は350枚程度という枚数制限をもった新人賞に投稿されたものである。この制限と戦いつつグレードを上げるなら、焦点をあてるキャラクターを大胆に絞るべきだった。
　主人公も書きたい、相棒も、ヒロインもライバルも、あわよくば脇役たちも……といった欲張り方が内面描写の浅さにつながり、結果として彼らの掲げる主義や信条などが上滑りを生んでいるような感がある。

　とはいえ、ライトノヴェルでの人物描写として考えるなら必要充分な水準をクリアしているとも言える。一〇代の少年少女が濃厚な心理描写を求めているとも思えず、その点を鑑みれば本書のサジ加減はバランスのとれた素晴らしいものになるのかもしれない。
　また、方々にスポットライトを散らしすぎている――というのは、裏を返せば端役にまで個性と魅力をもたせようという努力がなされているということ。確かにライヴァル的な軍人の上司、ヒロインの父親、飛行機の老技師などに至るまで丁寧な描写が心がけれられている。この点は読者に少なからず好印象を与えるであろうし、本書のもつ美点のひとつと言えそう。
　あとは世界観や登場人物にどれだけ感情を移入できるか、といった個人的嗜好の問題となるだろう。
2006/06/19



CHOHEI KANBAYASHI
神林長平



「七胴落し」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥440 初版1983-02-28
 総合－
 ストーリィ☆
 技術☆
　神林長平を表現するなら、「鬼才」の二文字が適当だと思う。彼の凄さは、やはりそのイマジネーション（想像力）だろう。例えば本書『七胴落し』は、一種のテレパシー能力が実在する世界が描かれている。ただしそのテレパシーは子供だけが有する特殊能力であり、大抵の場合20歳を迎えるより前に失ってしまうというのが特徴だ。
　テレパシーで全てを理解し合える子供たちは、表面を飾るばかりの「言葉」を信用せず、言葉で成り立つ大人たちの社会を蔑む。逆に大人たちは、かつて自分が子供であったことを忘れ、テレパシーの存在を半ば否定しながら表裏のある言葉社会で生きて行く。この一種のジェネレーション・ギャップをメインに据えて、『七胴落し』の物語は展開していく。
　こういう紹介の仕方であると、「なんだ、もしテレパシーがあったら……というＩＦの物語か」と単純に片付けられてしまうかもしれない。そういう設定なら他にも腐るほどあると指摘され得るだろう。
　しかし神林長平の凄さは、そこから発揮される。現実世界に、有り得ないとされている「ＩＦ」の要素を持ち込んだらどうなるか。その仮定と材料を元に、柔軟な発想と想像力で世界を再構築してリアリティのある別世界を演出する手腕に優れているのだ。
　主観はそんなにあてになるものではない。客観だって、結局は主観でしか物を見られない人間が勝手に客観を主張しているだけのものに過ぎない。そうした認識や解釈の大前提から物事を疑ってかかり、考察する。だからこそ生まれるリアリティが、神林長平の描く物語世界に独特の空気を生んでいる。
　この『七胴落し』も、そうした著者の手腕が窺える作品ではあるのだが、なんだかラストが尻切れトンボっぽい。ここで終わるというのも理解できるが、むしろここからを描くからこそ面白くなるのではないか、と思わせるラストだった。そういう意味で、ちょっと消化不良を感じる。
　全体的に内向的で暗めの話であることも含め、あまり一般に広くお勧めできる作品ではないと判断して、総合欄には星をつけなかった。個人的には好きなんだけど……。2004/01/22



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－




I N D E X
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き(ki)行
作者別一覧
・ 木俣冬(2)
・ 桐野夏生(3)
・ スティーヴン・キング(1)



FUYU KIMATA
木俣冬



「TRICK 2」
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編連作
出版角川文庫 値段￥600 初版2001-12-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　2002年01月11日から同年03月22日まで、全11回放送されたテレビ朝日系連続ドラマ「トリック２」を元にした小説版。
　前作（トリック１）の小説化の際と同様、ドラマで演出を手がけた堤幸彦が監修。ただし小説化は、前回の百瀬しのぶから木俣冬に変わっている。因みにドラマの脚本は蒔田光治、太田愛、福田卓郎の三者。彼らのシナリオを元にこの小説版は制作され、2002年03月に角川書店より単行本として出版された。本書はその文庫版。
　ちなみに「トリック」には劇場版が存在し、これもノヴェライゼーションされたようだ。やはり担当は木俣冬だという。（未確認）
　前回と同様、小説化の出来には及第点をやれると思う。しかし繰り返しになるが、ドラマ本編を見たほうがこの物語の面白さは伝わりやすい。やはりドラマの理解を補完する意味合いで読むのが一番だろうと思う。
「六つ墓村」「100％当たる占い師」「サイ・トレイラー」「天罰を下す子供」「妖術使いの森」の５編収録。
2004/01/16



「TRICK 劇場版」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥400 初版2003-09-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　2002年に劇場公開された、人気ＴＶドラマシリーズ「トリック」の映画脚本を小説化したもの。2002年11月に同出版社から単行本として刊行されたものを文庫化したのが本書である。
　毎度お馴染み、売れない女流マジシャンである山田奈緒子と、日本科学技術大学のヘッポコ上田次郎教授の凸凹コンビは今回も健在。村に伝わるという財宝と、三文芝居によって得られる報酬に目がくらんだ山田が、300年に１度の周期で訪れる災厄から糸節村を救うという神になりすまそうとすることから、物語は大きく展開していく。なんと山田の他にも、神になりすまして村の財宝を狙おうという輩が複数いたのである。彼らは <神１> 、 <神２> と番号をふられ、互いに対決させられるのだが、山田は得意の気合とハッタリで無事に勝ち抜いていくのだった。だが、彼女に敗れた神たちが次々と不可解な死を遂げ、山田は窮地に追い込まれていく。
　果たして、糸節村を襲う災厄とは何なのか。村に伝わる神は実在するのか。山田は村の財宝をまんまと手にすることができるのか。そもそも上田はどうした。
　やはり、劇場版を素直に視聴した方が良いと思う。その補完的な意味合いで本書を手に取るのが正解だろう。
2004/01/16



NATSUO KIRINO
桐野夏生



「顔に降りかかる雨」
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥619 初版1996-07-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　桐野夏生の一般デビュー作にして、第三九回江戸川乱歩賞受賞作。一般デビューというのは、一般読者向けの本をはじめて書いたという意味で、純粋な作家デビューとは多少意味合いが異なる。というのも著者は、本作で乱歩賞を受賞する以前から野原野枝実というペンネームで活躍していた過去がある。この頃は若年層向けの少女小説を手がけていたようだから、一般的にはほとんど知られていなかった。
　本書は、乱歩賞受賞作に加筆修正を加え、一九九四年六月に講談社から単行本として刊行された同名小説の文庫版である。巻末の作品解説は松浦理英子氏。何者であるかは不明。

　さて、この「顔に降りかかる雨」だが、女性作家による女性を主人公とした本格ハードボイルドとしてその筋では高く評価されているそうだ。
　私は著者の性別には関心がないし、主人公が男であろうと女であろうとどうでも良い。そして、この作品がハードボイルドだとは全く考えていない。また星を見てもらえば分かるように、作品としても特別に評価するつもりはない。
　ページを捲り出すと止まらなくなる桐野マジックの片鱗はこの頃から既に窺えるが、それを除けば本書に魅力はほとんどないと言ってよいと思う。乱歩賞らしくはあるが、ミステリとしての魅力もそこそこ。ハードボイルドとしては明らかに失格（特に主人公が全くハードボイルドに向かない）。
　原稿の枚数制限と格闘した痕跡が如実に見える構成にも問題があり、人物描写も著者の非凡なものが窺える部分もあるが、総合的には中途半端。風呂敷の広げ方にも問題があるし、特殊な趣味を持つ人間たちの世界やネオナチの描き方や物語との親和性も不十分。完成度が低く、粗が多すぎる。
　特に酷いのは主人公、村野ミロ。慣れた人ならこの時点で構えるだろうが、まず名前の段階からして危ない。ミロの名前は、著者曰く、ジェィムズ・クライムリィの著作に登場する酔いどれの探偵「ミロドラゴヴィッチ」からいただいたものなのだそうだ。こういう奇妙な思い入れから自作のキャラに無駄に捻った名前をつけるような作品にはロクなものがない。今回もその例外ではないような気がする。

　孤独にいきるタイプだとか、他人との距離を置く種の人間だとかいう割には、村野ミロは相棒となる男に依存しきりだし、感情の処理が全く出来ていない。頭が悪く、基本的な確認事項を全く怠るから自分をどんどん不利な状況に陥れていく。感情の揺らぎが大きく、ショックを受けるたび最悪な選択しかとれない体育会系の人間なので、ちょっと情が傾くと相手の身元や信頼性を確認する前にぺらぺらと情報を漏らしてしまう（特にこの部分は探偵役として、ハードボイルドの主人公として最低だ）。
　男の腕力に潰されては泣き、昔の男を思い出しては泣き、友達の家が荒らされては泣きと、とにかく泣きまくる。
　ハードボイルドの主人公は、ろくでなしで良い。救いようのない愚かものであっても良く、手酷い失敗や不運の連続から人生のどん底に落ち込んでいても良い。しかし、必要以上に口を開きすぎる人間には務まらない。何かあるたびに涙を流していてはハードボイルドにならない。流す涙ももはや無い、という人間にこそむしろ相応しいのだ。そして、馬鹿には絶対に務まらない。頭が弱いと、一匹狼としてやっていけないからだ。そもそも事件を解決できないから物語が進展せず、小説として成立しない。
　ミロは探偵役を務めるには頭が悪すぎ、情にほだされすぎ、情報の管理が甘すぎ、ショックに弱すぎる。
　本作の欠点は主人公ばかりでなく、描かれる恋愛の突飛さなどにも現れている。大人の間でならどんな恋愛が成立してもおかしくない、という現実は分かるが、それを言い訳に無茶なラヴストーリィを描くのはどうかと思われる。事故は突然起こるものだ、と開き直ってストーリィ上の様々なご都合主義を「事故」として処理するようなものだ。











2004/03/11



「光源」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版文芸春秋 値段￥1619 初版2000-09-20
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　桐野女史の著作には本書で初めて触れることになったのだが、まず最初に驚かされたのは、その何とも形容しがたい筆力だった。展開は決して派手ではないし、冒頭に強烈な掴みの部分が用意されているとも思えない。なのに知らず知らず物語に引きこまれて、ふと気付くと表紙を開いてから随分と時間が経過していることに気付く。物語に深入りしている自分がいる。そうした吸引力の魔術のようなものを感じた。これをいきなり感じさせることのできる書き手は、もちろんプロの世界でも希少だ。
　確かにハードカヴァーの表紙をめくると、カヴァーの折り返し部分に著者の実力を客観的に証明する輝かしい受賞経歴が並べられている。1993年、「顔に降りかかる雨」で第39回江戸川乱歩賞を受賞。1998年には「ＯＵＴ」で第51回日本推理作家協会賞を、翌年発表の「柔らかな頬」では第121回直木賞を受賞している。本書はその直木賞受賞後の長編第１作となるとか。また「ＯＵＴ」は英語版も出版されていて、これが最近ＭＷＡ（アメリカ探偵作家クラブ）賞というアメリカの権威ある文学賞にノミネートされたことがＴＶニュースになったり、新聞に大きく掲載されていることも知っていた。
　基本的に、こうした受賞歴は「あまりアテにならないもの」として受けとめることにしている。今回もそうだったし、実際にその経歴にはあまり関心を払わず読み始めた。文学賞というのは、それがどんな歴史や社会的評価を有していようと、時として信じられないような（つまり正気を疑うような）作品に栄冠を授けることがあることを知っているからだ。
　だけど多分、桐原夏生という小説家は、これらの受賞経歴を誇るに相応しい技量と才能を持った書き手なのだろう。とりあえず、最後まで読み通し本を閉じた後でそう思った。
　著者の何が優れているのだろう。技術は文句なしに一流だと思うが、世界をリードする超一流には及ばない。情景描写は彼女より遥かに巧い人間がわんさかいる。心理描写も、故意にそうしている部分はあるにせよストレートかつ単純なもので、極品というほどではない。業界に関連する表現も、門外漢が資料を集めて構築したものなのではないかと疑わせる――無論、全くの勘違いかもしれないが――ところがないでもない。空行が多用しなければならない点や、人物にスポットを当てるタイミングなどを見る限り構成にずば抜けたものがあるわけでもない。
　じゃあ何が凄いんだ、ということになるが……要するに、世界を構築してそこに観客を引きずりこむ力に優れているのだと思う。桐野ワールドを形成して、それだけで人を魅せられる才能があるということなのだろう。

　――さて。大雑把にいってどのような内容の物語なのか、粗筋を語るとどのような感じになるか、その辺りを表現することが非常に難しい種の本というものがある。とてつもない枚数を費やした超大作は、話が複雑に入り組んでいたり主役級の登場人物が大勢いたりするので、とても一口にはその内容を語り尽くせないのだ。また、不可思議な雰囲気と捉えどころのない話の流れなどをウリとする作品も、他人に紹介するのが困難だったりする。本書もそんな１冊だ。
　乱暴に言ってしまえば、この本にストーリィはない。ある１本の映画制作に携わる、それぞれ野心と思惑を持ったスタッフたちの愛憎、対人関係などを描いたドラマだ。
　映画の成功に人生をかける女プロデューサーと、彼女に捨てられた過去のある撮影監督、プロデューサーに恩のある大型俳優に、自分の才能を信じて疑わない頑固な新米監督、芸能界での再起にかけた強かな元アイドル女優。映画制作を通して、彼らが展開する人間模様を描いたのが本作だ。あくまで主役は人間という名の彼らであり、ストーリィやその中で発生するささやかな事件・トラブルなどはそれを浮き彫りにする道具に過ぎない。
　妻に先立たれた男が北国を旅してフィルム１本分の写真を撮り、その完了と同時に自らの命を絶つ……という内容の、映画「ポートレイト２４」。果たしてその映画は出来あがるのか。その完成は、制作に携わった人々に何をもたらすのか。
　地味に、わりと大人しめに展開していく静かな物語。だが、静かだからこそ際立つ激しさやリアリティなどもあるようだ。万人にお勧めできるタイプの作品ではないが、ここまでのレビューで興味や関心を持てたのなら一読してみても良いかもしれない。
　ここでは図書館で借りてきた単行本（四六判上製カバー装）のデータを紹介しているが、本書は既に文庫化もされている。文春文庫から2003年10月10日に刊行されたものがそうで、値段は590円。432頁。
2004/03/11



「ＯＵＴ」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥2000 初版1997-07-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　1998年、第51回日本推理作家協会賞受賞作。2004年、ＭＷＡ（アメリカ探偵作家クラブ）賞候補作。著者自身の言葉によると、「死体をバラバラにした主婦と、死体解体業の中国マフィアが歌舞伎町で戦う」というアイデアを元に1996年夏から書き始め、８ヶ月間を費やして完成させた作品でもあるらしい。中国マフィアは出てこないが、死体をバラバラにする主婦たちに焦点を当てて描かれている作品であることは間違いない。
　弁当工場のアルバイトでチームを組む４人組がある殺人事件に巻き込まれ、その死体の処理に関して腐心することになる。結局、彼女たちは死体をバラバラに解体して生ゴミとして片付けることに半ば成功したわけであるが、この件がきっかけで死体解体を商売として請け負うようになるのだった。後戻り出来ない道を歩き始めた彼女たちは、やがて事件のことを嗅ぎまわる刑事、事件に巻き込まれ冤罪に落とし入れられた裏社会の男たちによって追い詰められていく。
　もう戻れないと知りながら、それでも状況や環境、そして自らの孤独に急き立てられてその道を進まざるを得なくなった人々の人間模様を迫真のタッチで描いた大作。

　著者は人間を観察する能力に長けているので、さも実在しそうな庶民を作品内でリアルに描き出している。そうした生きた人間たちがぶつかり合い、摩擦から確執や憎悪が生み出され、そして彼らが形作る社会や日常が崩壊していく様を書くのもまた上手い。
　ただ、どうなのだろう。市井の人々を描くことについてなら『邪魔』『最悪』などの奥田英朗の方が数段腕が立つし、「あれ？」と唐突に思わされる視点の切り替えの拙さも健在である。たとえば第２章の後半まで、話は香取雅子、山本弥生、吾妻ヨシエ、城之内邦子の主婦４人組の視点に絞られて進行していくのだが、１００頁を超えた辺りで唐突に十文字という馴染みのない金貸しの男に視点が入れ替わる。彼は後に重要な役割を担わされることになるキャラクターなのだが、この時点ではそうではない。
　これは「光源」の時もそうだったが、主人公だと思っていた人物たちから突然スポットがはずされ、脇役だとばかり思っていた人間に突然それが向けられる――という種の唐突さは構成上明らかにまずいし、改善の余地がある部分だ。同じような指摘は、複数の読者から上がっている。
　また、人物をこれとはっきり書き過ぎる点も個人的にひっかかった。たとえば、２６２頁に、『邦子の内部には、金を持ち、派手な格好をして目立ちたいという願望と、人目につかない暗がりで蹲っていたいという劣等感とが、コインの裏表のように存在している。』というようなストレートな描写があるが、これは邦子という人間の思想や言動などから読者にそう感じさせる方がより高度で効果的なやり方だと思われる。この人物はこういう人なのです、間違いありません――というような直接的な記述は、どこか押し付けのようにも感じられてしまうことがある。

　正直な話、ときに <クライムノヴェル> と呼ばれるような、この手の話はあまり好きではない。確かに人間の多様性や、社会や日常の脆弱さ、正気と狂気が紙一重であること、また現代社会が抱える諸問題などを鋭い切り口で描けるという長所はある。だが、それはあくまで現実社会の暗部を小説というフィルター越しに眺めさせるだけの行為に過ぎず、問題提起にはなっても問題の解決には全く結びつかない。読み終わって、社会問題や人間の抱える闇を鋭く抉る佳作だと感心することはあっても、それ以上には決してなり得ないからだ。
　そこには、エンタテイメントの形をとったのはあくまで問題に関心を持ってもらうための最良の手段だからであって、書き手の本心としては小説というエンタテイメントを超えたもっと身近な問題としてこれを真剣に捉えています……というような覚悟が感じられない。
　桐野作品はミステリでもなく、純文学でもない。それは両者のいずれにも属さない新しい種の小説であることを意味するのではなく、ミステリにも純文学にも成り得なかった――つまり半端な存在だという印象を拭い切れないことを意味するのだと思う。正直、その辺が本書延いては桐野作品を絶賛できない理由である。……まあ、好みの問題なのだろうけど。
2004/03/11



STEPHEN KING
スティーヴン・キング



「キャリー」（原題：CARRIE）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮文庫 値段￥520 初版1985-01-25
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　チェンバレンという小さな街に、ある少女がいた。彼女は幸運に――或いは周囲を取り巻く人間に――恵まれなかったが故に、その資格を充分に持ちながら幸せな生涯を送ることができなかった。
　少女の名はキャリィ。キャリエッタ・Ｎ・ホワイトといい、本作の主人公である。
　本書『キャリー』は、モダン・ホラー界の巨匠であり、その分野において恐らく世界で最も著名な小説家であるスティーヴン・キングの処女作である。本書巻末の永井淳氏の解説によれば、元は「ものになるはずがない」とゴミ箱に放りこまれていた原稿だったのだそうだ。当時のキングは、新人賞にことごとく蹴られた無名の物書きで、ハイスクールで英語の教鞭をとるかたわら細々と執筆していたそうだ。生活は貧しく、妻タバサの協力を得て何とか生活しているような状況だったらしい。
　そのタバサ夫人が、やがて夫とキャリィの両方を救うことになる。ゴミ箱に捨てられていた原稿を拾い上げ、夫の尻を蹴っ飛ばして最後まで書くように焚きつけたのだ。スティーヴン・キングはそれに大人しく従い、原稿を完成させた。やがてその原稿には2500ドルという値がつき、 <ダブルデイ社> に引き取られたのである。1974年のことだったという。
　また夫人に尻を蹴っ飛ばされたのか、キングは翌年に第２作目となる『Salem's Lot：呪われた町』を刊行。その２年後の1977年にはベストセラーとなる『Shining：シャイニング』を発表して、その地位を不動のものとしていった。キングのファンは、だから例外なくタバサ夫人の黄金の右脚に感謝しなければならない。唸りを上げたその脚がキングの尻に炸裂することがなけば、彼は走るのを止めていたかもしれないからだ。
　もし自分が誰かの妻で、夫がかつてのキングのように冴えない働きしかできていないのなら、タバサ夫人にならって彼の尻を蹴っ飛ばしてみるのも良いかもしれない。結果として左手の薬指から指輪が消えることになるかもしれないが、その一撃で目がさめて夫が2500ドル分余計に稼ぐ男になるかもしれない。結婚前の自分に人を見る目があったのなら、もしかすると彼が第２のスティーヴン・キングになる可能性だってある。……いや、多分ないだろうし、キングは１人で充分なんだけど。

　ともあれ、キングの記念すべき処女作として一読してみる価値はあるかもしれない。ホラーと聞いて想像するような恐怖感ではなく、キャリィという運に恵まれなかった少女の哀しさと切なさのようなものの方が強く感じられる作品であることを容認できれば。それからキャリィが不幸な16歳であり、酷い苛めを受ける娘であり、街をひとつ崩壊に導けるほどの強力な超能力者であるという設定を受け入れられることも、本書の読者となるための条件のひとつだ。
　逆にこれらの条件を満たせるのなら、その読者にとって本書は充分に楽しめる作品となるだろう。
　それから、この作品はハリウッドが1976年に映画化している。監督はブライアン・デ・パルマで、キャリィ役には後にアカデミー賞を受賞するシシー・スペイセクが起用された。原作は出版当初あまり話題にならなかったが、この映画の興行的成功と相俟って徐々に評価を上げていった。現在のキングは、この映画がなければ生まれていなかった可能性もある。
　その出来にはキングも非常に満足がいっているらしく、「原作よりも優れた表現が幾つか見られる」というような内容のコメントので寄せているそうだ。キングの作品はほとんどが映像化されているが、本人はこのキャリィがお気に入りの模様。というか、他の作品にはかなり辛めの評価をしている。彼が認める数少ない例外がキャリィだと考えて良い。
　その後、1999年にキャリィ２（原題：THE RAGE / CARRIE 2）が制作されたようだが、これは事実上のリメイクで原作者のキングは直接的には絡んでいない。
　ちなみに小説『キャリィ』の日本語版単行本は1975年05月20日に新潮社から刊行されたが、既に絶版となっている。翻訳は永井淳。
2004/03/12



I N D E X
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お(o)行
作者別一覧
・ 大藪春彦(1)
・ 乙一(1)
・ 小野不由美(2)



HARUHIKO OYABU
大藪春彦



伊達邦彦全集１「野獣死すべし」
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編連作
出版光文社文庫 値段￥590 初版1997-01-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　上記のデータは、「伊達邦彦全集１」として1997年01月に刊行された全９巻のうちの第１巻。収録されているのは角川版『野獣死すべし』（1979年06月）、『野獣死すべし　復讐篇』（同）、路書房版『歯には歯を』（1966年11月）の３篇。いずれも表題通り、伊達邦彦を主人公とするシリーズ作品。解説は作家・文芸評論家の野崎六助。
　『野獣死すべし』は1958年「青炎」５月号に初掲載された作品で、解説によると伊達邦彦誕生篇とも言える中編である。戦後間もない当時の日本では非常に斬新な方向性を持ったヴァイオレンス小説で、強盗、傷害、殺人など主人公が様々な犯罪に手を染め、他人を巧みに利用しながら巨額の金を掴みとって成功していく様を描いている。解説者曰く、「夢見る瞳を持つヒーローが悪のサクセス・ストーリーを貫徹しようとする」物語。
　学生時代（20歳前後の頃）に書かれたものだけあって、非常に青臭い。作者の妄想やら潜在的な願望やらをストレートに叩きつけたような作品で、それ故に主人公である伊達邦彦などの人間描写がかなり浅い。当時は既成概念やモラルなどに痛烈な批判を叩きつける作風が斬新だったかもしれないが、渋谷の女子高生が流行を生み、主人公伊達のような犯罪を繰り返す若者が珍しくない現代社会においてはとても通用するものではない。
　大藪春彦は、その名が文芸賞のひとつとして残る程度には著名な存在らしいが、本書を読む限りそこまで大した書き手ではなかった。半世紀前の社会では目立ったかもしれないが、現代の読者にそこを評価して金を出せ――と要求するのは無理だろう。内容はともかく筆力は素人レヴェル。お勧めはしない。

　ところで大藪春彦は <国内ハードボイルドの元祖> というような評価がされているようだが、これはハッキリ言って滅茶苦茶である。一般読者に「ヴァイオレンス」＝「ハードボイルド」という無茶苦茶な図式を植え付けてしまった弊害には呆れるばかりである。そもそも、大藪春彦は江戸川乱歩に拾われて作家になれた人間だ。そしてその恩師である乱歩はハードボイルド・ミステリの開祖であるダシール・ハメットの最高傑作『マルタの鷹』にこう寄せているのだ。「マルタの鷹は探偵小説にもなっていない、読んでいて退屈でしょうがなかった」と。ハードボイルドを創設した人間の著作を解さない人間が大藪を生み、その大藪がハードボイルドの大家と謳われる。滑稽な話だ。
　ちなみに著者は故人。1939年生まれ、1996年2月26日肝繊維症により他界した。
2003/11/23



OTSUICHI
乙一



「天帝妖狐」
形態文庫 種別ノヴェル 部門中編集
出版集英社 値段￥438 初版2001-07-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　最初に個人的な話をさせてもらうと、乙一に対する印象はあまり良いものがない。
　彼は１７歳の時に、集英社が主催する <ジャンプ小説・ノンフィクション大賞> を受賞して話題をさらった早熟な作家であった。
　確かにその独特なセンスと才能は人並みを外れているし、それに疑問を持ったことはない。
　しかし本来、プロフェッショナルとは人並みずれたセンスと才能とを兼ね備えた職人集団を指し示すものなのだ。彼は１７歳の時にその水準に達していただけのことであって、プロの中にあってさえ飛びぬけた存在だったというわけではない。
　大絶賛を受けた彼の処女作「夏と花火と私の死体」も、彼の才の片鱗を窺わせてくれる快作であり、高い完成度を誇る作品ではあるものの、それを１７歳の少年が書いたという話題性でクローズアップされなければ、正直な話どこかに埋もれて見向きさえされなかった可能性も高い。
　図書館で借りて読んだが、これは成功だったように思える。面白かったが、あれに金を出す気にはなれなかったのだ。
　プロとして５００円の本を買わせようとする以上、作者が１７歳だろうと９７歳だろうと、それが何の意味を持つというのだろう。
　過去に出版された、また今後され得る同じ５００円の傑作・名作と肩を並べて、決して劣ることのないクオリティの物語を提供する。それがプロフェッショナルだ。作者が若かろうと、それが何かの言い訳になるわけではない。５００円を払う価値がない、と思われてはその時点で駄目なのだ。

　そういうわけで、乙一に関する評判や噂はかなり割り引いて考える必要があると考えられる。
　それでなお、本作 <天帝妖狐> には星をつけた。「A MASKED BALL」と表題作の２本を収録したこの中編集は、作者が誰であろうと１つの娯楽作品として楽しめるものだったからだ。
　正直な話、乙一は物語そのものよりも彼の非凡な感性を楽しむタイプの作家だと思う。天才肌なのだ。
　ところがこの中編集では、そうした乙一らしさがあまりない。いずれの作品も、彼の感性がなくたって（彼でなくても）書けそうなものなのだ。その代わり物語にはオーソドックスな楽しさがある。
　不可思議な話だ。
　――ここで、本書の内容を少し解説しておく。収録されているのは１００ページ前後の中編が２本。どちらも分類するならホラー小説の名を冠することになりそうだ。
　先に収録されている「A MASKED BALL」は、ある高校のトイレの落書きから発展する奇妙な物語である。巻末解説の我孫子武丸も指摘しているが、『匿名性』『気軽に書きこめる利便性』『人々の稀薄な関係』などの点からも、この作品で扱われるトイレの落書きはインターネットの匿名掲示板をモデルにしていると思われる。
　拭けばメッセージを消すことができ何度でも書きこむことが可能となるため、一種の伝言板として機能している奇妙なトイレの壁。そのトイレの落書きを通して奇妙な交流を続けていた匿名の５人だったが、やがてこのうちの一人が学校内の不穏分子を排除して回ると宣言した。
　最初は空き缶が放置されるという理由で自動販売機を破壊する程度だったそれは、やがて生きた人間の粛清にまで発展していく。
　果たして過剰な行動に出た異常者は、５人のうちの誰なのか。何を起こそうとしているのか。匿名性を強調した設定を上手く利用し緊張感やスリルを演出しているあたりは見事な作品である。

　表題作の「天帝妖狐」は、コックリさんという遊びを切っ掛けに呪いを受け、徐々に怪物へと変貌していく男の苦悩を描いた物語といえそうだ。
　ただ単なるホラーではなく、苦悩する男と日常に生きる人間との触れ合いを通して、彼が抱くに至った唯一の救いにスポットを当てた心温まる作品に仕上がっている。衝撃を感じるほどの傑作ではないが、完成度が高いので安心して楽しめる作品だといえそう。
2004/09/22



FUYUMI ONO
小野不由美



「屍鬼」上下（文庫全５巻）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版新潮社 値段￥2200+2500 初版1998-09-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆☆
　今ではもうライトノヴェル部門だけに止まらず一般部門でもベストセラー作家と言ってしまえるだろう、小野不由美女史が書き下ろした渾身の大作。彼女の代表作でもある。
　単行本は上下巻構成で、総額4700円。文庫版は全５巻に分けられ、総額3372（743+667+590+743+629）円の買物となる。コストパフォーマンスを考えると文庫本がお勧めだが、解説者である宮部みゆき女史が勧めているように、本書はハードカヴァー（単行本）で読んだほうが雰囲気がでる。
　話の舞台は人口1300人、三方を尾根に囲まれた、未だに古い慣習と独自の地域文化の根付く「外場村」。ある夏、この閉鎖的な町で死者が続出する。生気を失ったように寝込み、やがて死に至るという同様の症例が流行り病のように広がりだしたのである。これは果たして異常気象の猛暑がもたらした偶然なのか、それとも恐るべき伝染病の類なのか――
　解説で宮部氏が指摘している通り、著者はスティーヴン・キングの熱狂的なファンで、本書もキングの代表作である「Salem's Lot」（邦題：呪われた町 ）へのオマージュとして創られた作品である。そのことは、中扉のタイトル脇に添えられた謝辞にあるTo Salem's Lotの文字からも明らか。しかし、キング作品とはまた違った面白さを備えた作品になっているので安心されたい。
　『魔性の子』しかり『黒祠の島』しかり、小野女史はこうした閉鎖された辺境の集落を描かせると非常に卓越した手腕を見せ付けてくれる。その空間特有の雰囲気、文化、思想、そこに根付いた人間それぞれの生活、これらの圧倒的な表現力は日本でも五指に入るだろう。というか、随一かも。
　結局のところ、この「屍鬼」の怖さは伝染病やら死人が甦る伝説やらよりも、そういった人間の本質や拭いがたい愚かさ、閉鎖的性格の弊害、社会システムの抱える諸問題などが圧倒的リアリティを以って演出しているような気がする。お勧め。
2003/11/23



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



I N D E X
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え（e）行
作者別一覧
・ 遠藤明範(2)



AKINORI ENDO
遠藤明範



「攻殻機動隊　BURNONG CITY 灼熱の都市」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥780 初版1995-11-06
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　士郎正宗原作の漫画「攻殻機動隊」のノヴェライズ（小説版）。カヴァー（表紙）イラストや挿絵に劇場版アニメーションとして公開され、世界的に極めて高い評価を得た同名映画作品のヴィジュアルが使いまわされているところをみると、「攻殻機動隊」シリーズのメディアミックス戦略の一環として刊行された作品だと思われる。
　ちなみに原作者はまったく本作の制作にタッチしておらず、著者が自らオリジナルストーリィとして書き下ろした作品である。これはクオリティや完成度に直接的に関与してくることだけに大きな意味をもつ。看板は「攻殻機動隊」であるが、中身が必ずしもそれであるとは限らないのだ。

　内容は原作にも登場したカウンターテロ特殊部隊である公安九課――通称「攻殻機動隊」の活躍を描いた近未来ＳＦ。主人公も原作や劇場版と同様に、「少佐」の渾名で知られる草薙素子がつとめる。彼女の同僚であるバトー、トグサ等といったお馴染みの面々、またマスコット的存在である思考戦車フチコマも登場、活躍している。
　ただし著者が攻殻機動隊の空気を読めていないのか、或いは解釈を誤ったのか、どうにも単なる電脳ＳＦ小説に成り下がってしまっている感が拭えない。なにより、主人公である草薙素子の描写には多々の疑問点が残る。
　この「灼熱の都市」を読んでいると、少佐の無能ぶりが目立つのだ。素人のようなミスを再三やらかし、それが危機の連続を呼んで物語を盛り上げているという構成にも不満が残る。これは下等な演出であり、主人公の能力を相対的に落として状況や敵の存在を大きく見せるという子供騙しに過ぎない。これでは攻殻機動隊の世界観を描けないし、草薙素子や九課の面々を活字として再現することは不可能である。
　また、大きなフォントと大きな余白を存分に使い、映画から切り取ってきた絵を挿絵としてふんだんに盛りこんでいるためページ数が無駄にかさんでいる。本編は約２４０ページに及ぶのだが、普通の文庫本に換算すると２００に及ぶかどうかといった程度だろう。総じてコストパフォーマンスは低い。
　なお、本書は絶版になっているようなので、今となっては入手が難しいかもしれない。もっともコレクターズアイテム程度としてしか価値を見出せない作品で、「攻殻機動隊」の名がつく物は全て収集したいという物好きだけが手触を伸ばしていれば良い物なのだろう。
204/06/19



「攻殻機動隊２　STAR SEED」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥760 初版1998-01-16
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　前作「攻殻機動隊　BURNONG CITY 灼熱の都市」に続く、士郎正宗原作「攻殻機動隊」の小説版。
　今回は宇宙工場で起こったテロの鎮圧と人質救出のため、公安九課「攻殻機動隊」が大気圏を飛び出して活躍するという話。
　暇つぶしになる程度は話も練ってあるが、これといってセールスポイントを持たない平凡な作品。「攻殻機動隊」の看板を掲げてなければまず売れそうにもない話である。
　とはいっても原作などと比較すると、主人公草薙素子（少佐）の口調や言動に違和感が絶えず付きまとい、世界観や全体的な雰囲気にもかなり齟齬が目立つ。小説技術も未熟で、素人が書いたような文章が続くのもマイナスポイント。
　そもそも、いくら作者個人が気に入っているからといって思考戦車「フチコマ」を表に出し過ぎなのである。これに随分と文字を費やしているから、主人公である草薙素子や九課の面々に描写が行き届いていない。

　大体、公安九課のトップに立つ少佐が、英語を話せないという設定からしておかしいのだ。「日本語を話せる人いないの」なんてボヤき、フチコマに翻訳してもらって外国人と会話するなどということが起こり得るわけがない。
　時にアンダーカヴァー（潜入捜査）を行ったりもするわけだし、カウンターテロ的な性格を持つ部隊だけあり、九課の隊員は海外から入ってきた犯罪者を相手にすることも多い。大体、原作でも草薙少佐はたびたび海外に飛んでいるし、外国人とも流暢に会話している。ＵＫの特殊部隊ＳＡＳにも出向ているではないか。本当に原作を抑えているのか、と著者に問いたくなってくる話である。
　しかも（これは著者に直接的な責任はないが）カヴァーイラストや挿絵などは、すべてＴＶゲーム版「攻殻機動隊」から引っ張ってきた画像の使いまわしという始末。前作と同様、熱狂的なファンのコレクターズアイテムとしてくらいしか売りこみ様がない。絶版になるのも頷ける話である。
204/06/19



I N D E X
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い（i）行

作者別一覧
・ 五十嵐貴久(1)
・ 井口樹生(1)
・ 岩井俊二(1)
・ 岩田隆信(1)



TAKAHISA IGARASHI
五十嵐貴久



「リカ」
形態単行本 種別ノヴェル 部門長編
出版幻冬舎 値段￥1500 初版2002-02-10
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　二〇〇一年の <第二回ホラーサスペンス大賞> における大賞受賞作。投稿段階で「黒髪の沼」とされていたタイトルを変更し、内容に加筆修正を加えた商品版。ちなみに選考員は、大沢在昌、桐野夏生、宮部みゆきの三氏。巻末に彼らそれぞれのコメントが二頁ずつあり。解説、あとがき等はない。
　今回は手元にある資料の関係でハードカヴァー版を紹介しているが、本書は後に文庫化され新しいエピローグを付け加えた <完全版> として販売されている。これから手に取ろうと考える読者には、そちらの文庫版をお勧めしたい。

　さて内容だが、出会サイトで知り合った女性との電子メール交換を趣味としていた男が、「リカ」という狂人の女に引っかかってしまう……という、もしかしたら現実に起こりうるかもしれない今日的な題材と、それによる恐怖を描いたホラー作品になっている。
　主人公である本間たかおは、四〇代の会社員。家族がおり、一人娘と妻を大変に愛してはいるが、変化のない日常と家庭に退屈しきっているという、現代日本のどこにでも転がっていそうな中年サラリーマンである。
　ある日彼は、大学時代の後輩から出会い系サイトを紹介され、騙されたつもりで面白半分に始めるが、次第にその魅力にとりつかれ、のめり込んでいく。そして何度かの成功と失敗を繰り返し味をしめた本間は、やがて知的かつ適度に遠慮深く、またメールのやりとりを楽しめる理想の相手「リカ」と出会う。
　順調に付き合いを深め、メールのやりとりから電話をつかった肉声でのコンタクトに移行することになった二人であったが、この頃から「リカ」の奥底に隠された異常性が明らかになってくるのだった。「リカ」の言動は徐々に常軌を逸したものになっていき、遂に彼女は本間の居所を掴んで執拗なストーカー行為をはじめるようになる。
　出会い系サイトに嵌まり込んでしまったばかりに、退屈はしていたが不満のない平和な自分の日常を壊されていく男。その悲劇と恐怖を、この作品は上手に描いている。出会い系サイトに関する取材も行き届いているようで、その辺りもなかなか面白い。

　ただ、途中から路線が露骨にかわってしまっているのが残念と言えば残念。
　ディティールにこだわり、一つ道を誤れば我々の身にも現実にふりかかってきそうなリアリティのある恐怖を序盤で丹念に描いていたのに対し、「リカ」の異常性を明らかにしてからのパートでは、ちょっと演出に走りすぎたＢ級ホラー的な恐怖を描くようになってしまっている。
　特に終盤の「リカ」は、現実には存在しない超自然的な化物的雰囲気を漂わせている。この前半と後半の乖離がどう判断されるか。読者によっても違ってくるだろうが、個人的には少しチグハグに感じた。
　得体の知れない異常者につけねらわれる恐怖か、誰の身にも起こりうる現実的・今日的な恐怖か。いずれかを徹底して突き詰めた方が効果的だったのではないだろうか。両者を上手く融合させ、相乗効果を期待できるようなものになっているならまだしも、片方が片方の良さを少なからず殺す結果になっているのは残念。一流のプロと新人との差だろう。
2005/03/10



TATSUO IGUCHI
井口樹生



「どちらが正しい？ことわざ2000」
形態文庫 種別参考書 部門－
出版講談社 値段￥940 初版1995-07-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術☆
　突然ですが問題です。
　――第１問
　「夢のまた夢」の意味として正しいのはＡとＢのどちらでしょう。
　Ａ．到底かなわない望み
　Ｂ．極めて儚いこと

　――第２問
　「目で殺す」の意味として正しいのはＡとＢのどちらでしょう。
　Ａ．眼光するどいこと
　Ｂ．色目をつかうこと

　日本語には「ことわざ」や「慣用句」といったものが多い。語句の意味を深く考察することのできない学の無い我々は、ときにこれらの意味を取り違え赤面ものの誤用を平然とやってのけてしまう。
　憧れの異性の前で格好をつけてみたは良いが、そのとき口にしたことわざの意味を取り違えて大恥をかいてしまった。逆に「頭が悪いやつだ」と軽蔑されなかったか心配で夜も眠れない……などという経験をしてからでは遅いのだ。
　自分の国語力に自信が無い者はすべからく本書を購入し、これを熟読しなければならない。
　特に上の２つの問題に正しい解答を返せなかった人間は、最優先事項としてただちにこれを検討する必要があるだろう。
　そんなわけで今回紹介するのが、約2000もの慣用句やことわざ、４文字熟語について解説している「どちらが正しい？ことわざ2000」である。

　冒頭でとりあげた問題も本書から直接引用したもので、こうしたクイズ形式で楽しく知識を習得できるような仕組になっている。読者はＡかＢのどちらが正しいのか考えながら、ゲーム感覚で理解を深めていくことが可能だ。
　もちろん、巻末には五十音順にことわざを並べた「索引」が用意されているから、ここから意味の分からない言葉を検索して調べ物をすることも可能である。こうした「ことわざ辞典」のような使用も出来る、ということだ。
　ちなみに、ページ数は400強と少し厚めの文庫本程度に落ちついている。それで1000円近い価格は少し高く感じられることもあるだろうが、上手い具合にまとめられている本書ならそれでも丸っきりの損ということにはならないだろう。
　余談だが、当方はこれを100円の古書として購入した。使いこんだ形跡が全くなく、新品として普通の本屋に並べられていても違和感のない極めて良好な状態であった。ことわざ辞典を売る人間は、総じて本書をそのようにしか評価しないものなのだろう。

　……冒頭クイズの答え？
　それは本書を購入して直接確かめるべし、というのは少し陰険過ぎるだろうか。
　第１問の正解はＢの「極めて儚いこと」である。Ａのような誤用が近年目立つが、本書いわく、本来の意味はＢであるらしい。
　露と落ち露と消えにし我が身かな難波のことも夢のまた夢――
　豊臣秀吉の辞世を言い表した言葉だ。全文通してみれば分かるが、確かにＢの意味で使われている。
　第２問の答えも当然ながらＢ。目で殺すというのは「色目を使う」という意味で、流し目や悩ましげな視線で異性を悩殺することである。日本語には「視線で人が殺せたら……」というような表現があるため、それと混同してＡと答えてしまったオポンチ者は罰として即座に本書を購入すべし。
2004/08/17



SHUNJI IWAI
岩井俊二



「ラヴレター」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥438 初版1999-03-25
 総合☆
 ストーリィ－
 技術－
　初読がいつだったかは忘れたが、少なくとも３年以内のことだったと思う。それにも関わらず、裏表紙に書かれているアウトライン程度の内容しか記憶に残っていない。
　面白くないことはなかったと思うのだが、数年で薄れてしまうような内容である。星はその辺りの事情も加味したもの。まあ、一読して損はないかもしれないよ、と他人に軽く勧められる作品ではあったかもしれない。……にしても、オチはどんな感じだっただろう。
　実はこの小説、松田悟志という若い俳優が絶賛していると聞いて購入を決めた。新品で買って読み終えた後、同じくらい状態の良い古書が100円という価格で――しかも大量に！――出回っているのを知って脱力したという思い出深い作品でもある。
　著者の岩井俊二は、そもそも「スワロウテイル」などの代表作で知られる映像作家。本書「ラヴレター」も中山美穂の主演で映像化されているらしい。1995年03月に角川文庫より単行本として刊行され、きっかり４年後に文庫化されたのが本書ということになる。
　物語の内容は、ざっと以下のような感じになる。雪山で死んだ婚約者、藤井樹への想いを３年経っても引きずっている渡辺博子は、その感情に決着をつけるためか、樹が中学時代を過ごした小樽へ手紙を出す。ところが、返ってくるはずのない樹からの返信が博子の元に届く。これを驚愕と不審の両方で受け取りつつ、再び博子は手紙を送る。こうして奇妙な文通が始まり、そのやりとりを通して亡くした藤井樹という男を再確認していく。――雪が演出する透明な空気の中で、どこか残酷さを感じさせる物語でもある。
　ところで松田氏は、この物語で感涙を流したそうだ。そういう人もいるかもしれない。そう長い話でもないし、読みやすいので興味があったら一読してみるのも良いと思う。
2004/01/27
　中山美穂主演の、映画版「ラヴレター」がＴＶ放映されたので観た。微妙に小説と異なる箇所が見られた（構成にも多少の変更あり）が、大筋は忠実に映像化されていたと思う。中山女史については殆ど何も知らないのだが、悪くない演技だった。ＤＶＤをレンタルして視聴するくらいなら、料金の元は取れるかもしれない。
追記：2004/02/17



TAKANOBU IWATA
岩田隆信



「医者が末期がん患者になってわかったこと」
形態文庫 種別ノンフィクション 部門長編
出版角川文庫 値段￥600 初版1998-11-25
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　それが小説であれ詩篇であれノンフィクションであれ、読了したとき内容の素晴らしさに「読んで良かった」と素直に思うことが出来る作品というものは確かに存在する。だが、「これは自分にとって読まねばならない本だった」と認めることが出来る書籍というのは長い人生の中でもそうそうお目にかかれるものではない。
　だが、本書を読み終えてそう思った。自分はこの本を読むべくして読んだのかもしれない、と思わされた。初めてではないが、やはり久しく抱く類の感傷である。
　――そのタイトルを見れば一目瞭然だが、本書は脳神経外科の専門医である岩田隆信氏が、自ら患ってしまった「悪性脳腫瘍」との闘いを綴ったノンフィクションである。
　1997年１月、氏は突きぬけるような突然の激痛を頭部に感じる。以後、慢性的な体調不良に悩まされ秘密裏に頭部を検査。ＭＲＩ写真で、自分の頭部にゴルフボール大の腫瘍が存在することを確認する。やがて様々な検査を経た後、それが悪性腫瘍の中で最も悪性度の高い <神経膠細胞腫> であることが分かる。
　それは５年後の生存率が１パーセントと言われる最悪のガンであり、現代医学では治しようのない正真正銘の不治の病だった。

　著者の岩田医師は、関東で５本の指に入ると言われた脳神経外科のドクターなのだそうだ。彼の仕事は脳内にトラブルを抱えた患者を相手にし１人でも多くの命を救うことであり、彼の使命は脳の病気、脳のガンと闘うことだった。
　しかし彼が想定してきたのは、医師の立場から脳のガンと向き合うことであり、自らが脳のガンに犯され闘病生活を送るという形での闘いではなかったはずである。だが望む望まないに関わらず、彼は不本意にもその立場に陥ってしまったわけだ。
　自らが研究題材としてきた脳のガンのことである。彼は自分の病気がどのような種のもので、どのような経緯を辿り、どのような結末に至るかを誰よりも熟知していた。自分の脳を撮影した写真を見るたび、自分がどれだけ死に近付いたかが分かる。
　専門医故に抱く闘病上の特殊な恐怖。患者側に回ることで初めて知った困難や痛み。著者は専門家としての確かな知識と客観性を保ちつつ、だが迫り来る確実な死に対する患者として、その闘病生活を生々しく描いている。
　彼の社会的地位や職業・職務へのこだわりは時に逃避や依存にしか見えないこともあるし、どちらかと言えば氏本人よりも彼を支え続けた規子夫人の人間的な強さの方が目立ったりもする内容だが、だからこそ不治の病と闘う岩田隆信という一人間の生き様が、その重みを伴って伝わってくるような気もする。
　彼が死の恐怖、夢半ばにして倒れるという挫折感、父親や家族の一員としてのコンプレックスなどと闘いながらも、なぜ本書をまとめあげたのか。最後まで読み通した者は例外なくそれを知り、その意思に敬意を払わずにはいられなくなるだろう。
　娯楽としては片付けられない内容であるため、万人に薦められる作品だとは思えない。触れてみれば確かに何かを得ることが出来るであろう、そんな１冊である。
2004/07/19
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う（u）行
作者別一覧
・ エミリー＆ジョン・ヴィッシャー(1)
・ コニー・ウィリス(1)
・ 上野正彦(3)
・ サラ・ウォーターズ(1)



EMILY B. VISHER & JOHN S. VISHER
エミリー＆ジョン・ヴィッシャー



「ステップファミリー」（原題：HOW TO WIN AS A STEPFAMILY）
形態単行本 種別啓発書 部門－
出版WAVE出版 値段￥1700 初版2001-07-26
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆
　夫婦のどちらか（あるいは両方）が一度結婚を経験し、なおかつ子供を設けた上で、再婚を果たして作った家庭があったとする。日本語ではこれを一言でなんと表現するか。残念ながら、適した言葉は今のところ存在しない。
　だがアメリカにはある。 <ステップファミリィ> がそうだ。
　本書はサブタイトルにもあるように、「幸せな再婚家庭になるために」必要な予備知識やヒントをまとめた教養書である。著者は、やはりステップファミリィの父母であるヴィッシャー夫妻。彼らはステップファミリィのためのサポート機関 <ＳＡＡ：ステップファミリィ・アソシエーション・オヴ・アメリカ> を設立者であり、エミリィは心理学博士、ジョンは医学博士であるそうだ。本書の原本に限らず、ステップファミリィに関連する書籍を数多発刊し、これらは境遇を同じくする多くの人々のいわばバイブルとして重宝されているという。
　日本語版を監修された春名ひろこ女史は、ヴィッシャー夫妻らに刺激を受け <ＳＡＪ：ステップファミリィ・アソシエーション・オヴ・ジャパン> を創設した人物であり、ステップファミリィ育ち、自らもステップファミリィを作った二児の母親でもある人物。翻訳は、棚橋朋子氏による。巻末に、監修者あとがきあり。

　よくよく考えてみれば、本書に書かれていることは人間が他人との良好な関係を構築していくために必要な、基本事項に過ぎない。どの章でも共通して主張されているのは、コミュニケーションの重要性であり、他人を思いやる気持ちの大切さ、ときには気分や物の見方を転換してみることの必要性である。
　だが同時に、これらは他人から指摘されてはじめて具体的に気付かされる、見落としがちな基本事項でもあるのだろう。
　自分が抱えている問題や苦悩が世界で唯一のものではないことなど知れているはずだが、やはり本書を通して「自分と同じことで悩んでいる人がこんなに大勢いるのだ」ということを改めて確認することは、精神的にも大きな救いとなるだろう。
　ステップファミリィのみならず、子供のいない再婚夫婦、また互いに初婚であるという夫婦にも多くの示唆を与えてくれる、まさにパートナーたち必携の書だ。

　ヴィッシャー夫妻は、ステップファミリィの成立を「企業の合併のようなものだ」と表現している。
　二つの会社が一つになる際には、様々な問題がつきまとう。会社が二つあったのだから、社長も二人、役員会も二グループある。だが合併となれば、二人のうちどちらかの社長は社長でなくなり、互いに違った社風や職場の雰囲気は必然的に変わらざるを得ない。
　合併にともない組織での自分のポジションが奪われたり、大きく変わったりすることは人にストレスを与える。特に子供はこれらに敏感に反応するだろう。再婚者のカップル同士は往々にして将来を楽観的にとらえ、楽しいこと、再婚のプラスの面ばかりに注目したがるが、その裏で喪失したものがあることにも注目しなければならない。
　少なくとも一方の家庭は、離婚前に住んでいた家を離れて新しい環境に放り込まれる。慣れ親しんだ生活空間の喪失。家族が増えることによる経済的な負担は、生活の制限にも繋がりかねない。これは、自由や趣味の喪失にも繋がる。そもそもステップファミリィは、一つの家庭の分解を経ずしてなりたたない家庭なのだから、そこには最初から大きな喪失感がついて回る――とヴィッシャー夫妻は指摘する。たとえ望んだものであれ、離婚は人の心理に大きな影響を及ぼす。大切な配偶者を死別という形で失ったならなおさらである。
　まずは自分や相手が何を失くし、どれだけ傷ついているかを理解しなければステップファミリィは次に進めないのだ。

　本書を読み進めていくと、ステップファミリィがいかに多くの問題や課題に直面し、複雑な事情を抱えざるを得ないかが良く分かる。ヴィッシャー夫妻は論理的にこれらを整理し、われわれ一般人には気付きにくかったり、上手く言葉にできなかったりすることを分かりやすく解説してくれる。
　ありがたいのは問題を提起するだけでなく、自分たちがセラピストとして関わってきた実際のステップファミリィの例などを持ち出し、あらゆる問題に解決の糸口やヒントを用意してくれていることだ。
「パーフェクトな解決法があるという幻想は持つべきでない」としながらも、彼らが示してくれる先人としての助言は、これからステップファミリィを築いていこうとする家庭にとっては宝石のようにも思える貴重なものとなるだろう。
　当事者や子供たちばかりでなく、時に祖父母たちがステップファミリィの大きな味方となったり、障害になったりする。優先すべきは、順に「Ｉ：個人としての独立」「Ｃ：幸せなカップルの成立」「Ｐ：良い親となる」であり、とくに夫婦の関係を円満にすることは子どものためにもなる。ステップファミリィを形成した後も、離婚した相手と子どもは定期的に会わせたほうが上手くいく。ステップファミリィの成立により、年頃の男女が出会った場合、彼らが互いを過剰に意識しあったり、異性として関係し出したりすることもある。子が義理の父母に性的な関心を持つといった問題も浮上しうる。……まさに経験者の口からしか出てこない情報が満載だ。
　我々は本書に触れることにより、我々は様々なタイプのステップファミリィが遭遇してきた問題を先取りし、その効果的な対処法に精通することが出来る。なにより、トラブルに直面しても、「あの本にあった状況だ」と思えることで半狂乱になる必要がなくなるのは有難かろう。

　構成の点から言うと、本書は全九章からなっている。ステップファミリィの形成を円滑に進めるため、その段階に沿った内容になっているのが特徴である。具体的には、「ステップファミリーとは」「新しいパートナーとの交際」「再婚の準備をしよう」「新しい生活――最初の数ヶ月」「新しい家族の関係を築く」「元の夫、妻との関係」「おじいちゃん、おばあちゃんとのつきあい方」「子どものためにできること」「幸せなステップファミリーになるために」……という並びになっている。
　本書に存在する唯一の欠点は、絶版となっていて入手が極めて困難であるということだ。初版刊行から四年が経過しても、本書は国内でほとんど唯一のステップファミリィ専門書なのだそうだ。にも関わらず絶版になっている、という状況が日本におけるステップファミリィへの理解度を如実に示しているような気がする。売れる売れないは別にしても、復刊を望みたい。
2005/04/07



CONNIE WILLIS
コニー・ウィリス



「リメイク」（原題：REMAKE）
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワＳＦ 値段￥580 初版1999-06-30
 総合☆☆
 ストーリィ☆
 技術☆☆☆
　想像してみてほしい。
　ある日、とても不可思議な少女――あるいは少年でもいいが、以下では便宜的に少女で統一する――と出会い、その人物に強い興味を持ったとしよう。もしかするとそれは興味という名の恋愛感情なのかもしれない。
　その彼女は、決して叶えられることのない大きな夢を持っている。自分自身と向き合って握手を交わそうというくらい無茶な夢だ。だから誰もが彼女の夢を笑う。実際に会えば、我々もきっとその一人になるに違いない。
　ところがある日、何十年も昔のヴィデオから彼女の姿が発見されたとしたらどうだろう。もちろん、彼女が生まれる遥か以前の古い記録映像から、である。
　それだけではない。そこでは今と変わらない彼女が、夢をかなえた姿で輝くばかりの笑みを浮かべているのだ。
　ヴィデオを見た人間は、きっと驚愕するに違いない。そして我が眼や正気を疑い、何が起こったのか様々な可能性を懸命に考えようとするだろう。彼女はどうやって夢をかなえたのか。どうやって時代を遡ったのか。そんなことがそもそも可能なのか。
　そしてきっと、じかに会って確かめるために彼女を探し始めるだろう。
　――本作 <リメイク> はそれを描いた物語である。しかもＳＦ界の女帝コニィ・ウィリスが、その天才的ストーリーテリングの手腕をいかんなく発揮して書き上げた作品なのだ。これで面白くないわけがない。

　時は21世紀初頭。編集技術の飛躍的進歩とＣＧ革命により、過去の俳優がデジタル化されて復活した時代。彼らデジタル・スターを使うリメイク映画ばかりが製作され、生身の俳優が演技する本物の映画が１本も撮られなくなったハリウッド。
　映画の映像編集に携わる青年トムは、とあるパーティの席で不可思議な少女アリスに出会う。50年以上前に活躍した伝説的タップダンサー「フレッド・アステア」に憧れる彼女は、死に絶えたジャンルである「ミュージカル映画」でアステアとタップを刻むことを夢見ていたのだった。
　今は死んだアステアをデジタル技術で復活させ、好きなように編集させることが出きる。ミュージカルなど忘れられた世界である。本物のダンスを知る人間も、ダンスを教える人間も、ミュージカルで踊ろうなどと考える人間も、全てが絶滅種となったハリウッドである。トムはアリスの夢の実現を信じなかった。
　だが、アリスが姿を消してしばらくしたある日、トムは編集中の古い映画の中にアリスの姿を見つける。何度も確認するが間違いではなかった。1950年代のミュージカル映画の中で、彼女は確かに踊っていた。
　彼女は本当に夢を叶えたのか。だとすれば、どんな方法で。
　トムは友人たちの助力を得ながら、アリスを探すためハリウッド中を駆け巡る――。

　ＳＦ界のビッグタイトルである <ローカス賞> の1996年度ノヴェラ（長めの中編）部門を獲得し、同年の <ネビュラ賞> 長編部門候補にも名のあがった本書は、1995年に女流作家コニィ・ウィリスによって発表された。
　訳者による後書きによれば、ウィリスは「いままで書いた中で１番良い小説だと思っている」そうだ。1992年にトリプルクラウン（３冠）を獲得した <ドゥームズデイ・ブック> をおさえて言うくらいだから、よほど思い入れのある作品になったのだろう。
　恐らく、この作品は読む人間を選ぶ。作中に映画関連の情報が恐ろしいほど氾濫していて、巻末にまとめてある100個を超えた注釈を参照しながらでないと内容を完璧に把握することは難しい。
　しかも単に配置してあるだけでなく、映画のタイトルや名シーン、名台詞、その役柄を演じた俳優などの事情が、本編中に登場するキャラクターたちの心理や立場を比喩的に表現するものとして利用されている。
　さらには映像関係の専門用語やＳＦ的語句までもが、特に説明が加えられることもなくポンポンと乱用されているのだ。こうしたスタイルの小説に慣れていなかったり、肌が合わない人間はきっと戸惑うはずである。ある意味、読み通すのに少しばかりの努力を強いられる小説だといえるだろう。
　だが、そこをおしてキチンと読み通していけば、本書はそれに見合うだけのものを我々に提供してくれるだろう。
　コニィ・ウィリスはそれだけの作家だし、訳者や編集者たちが40ページを超える巻末資料という形で職人技を披露してくれているからだ。（脇役――物知りヘッダなどの魅力的な脇役の存在も特筆せずにはいられない）
　最後のページをめくり終えたとき、きっと読者の胸は弾んでいるはずだ。そして翻訳担当の大森望氏が指摘しているように、無性にミュージカルを観たくなるに違いない。表紙を開く前は関心すらなかった <踊るニュウ・ヨーク> のアステアとエレノアのタップに興味津々でいることだろう。
（あとがきには日本でのヴィデオ販売はないとされているが、2003年に「踊るニューヨーク」と題したＤＶＤ版が国内で販売されている／ASIN：B0000ZP6EU）
　本書はそうした魔力を秘めた、ミュージカルでありＳＦであり、何よりラヴストーリィなのだ。
　本当のダンス・チャンス・ロマンスは <リメイク> を読まずして語れない。
2004/11/05



MASAHIKO UENO
上野正彦



「死体は語る」
形態単行本 種別ノンフィクション 部門－
出版時事通信社 値段￥1300 初版1989-09-20
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　監察医とは何か。その職務は。――こう問われて、的確な回答を瞬時に返せる人間は稀有だろう。
　本書は、30年を超える法医学のキャリアを持ち、前東京都監察医務委員長として活躍した上野正彦医学博士が、監察医としての経験をいかして、その職務や具体的に扱った事例、様々なエピソードなどを語ったノンフィクションである。
　監察医としての仕事は、死体の声を聞くことに他ならないと上野博士は語る。人が原因不明の不自然死、変死を迎えたときに彼は任務を与えられる。その人物がなぜ死亡したのか、病死なのか事故死なのか、それとも殺人なのか。検視や解剖によって正確な死因を究明し、死者の人権を保護すると共に社会秩序を守ることこそが監察医に課せられた役目だという。
　死者の２割は変死や不自然死だというから、我々一般人にも決して無縁な世界とは言い切れない。普通に生きていれば誰かを身近な誰かを看取ることもあるだろうし、そのうち10人に１人は監察医のような人々の世話になる死に方をする――というのが統計上のデータだからだ。
　参考までにと手に取ったが、なかなか興味深いエピソードが語られていて面白かった。しかし、素人を対象にした簡単なことしか書かれていないため、この分野の専門的なデータや具体的な資料を欲する人間のニーズには応えられない。また著者はあくまで法医学のプロであって、物書きのプロではないため文章表現にかなり稚拙な部分が見られる。
　そうは言っても、その道の第一人者が自らの経験を語るわけだ。一般人にとっては刺激に満ちた内容であることに変わりはない。
2004/01/27



「死体は生きている」
形態文庫 種別ノンフィクション 部門－
出版角川文庫 値段￥460 初版1996-11-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　「死体は語る」に続く、上野医師の監察医としての体験談を語るノンフィクション。体裁は「死体は語る」とまったく変わらない。単行本は1990年09月、角川書店から刊行された。ここで紹介しているのはその文庫版。
2004/01/27



「死体の証言」
形態文庫 種別対談集 部門－
出版光文社文庫 値段￥480 初版1995-04-20
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　元東京都監察医務委員長の上野正彦と日本推理作家協会理事の小説家、上村正夫との対談集。基本的に上村氏が質問者に回り、推理作家としての立場から時に子供の様に無邪気な質問を投げかけ、それに上野博士が経験と豊富な知識をいかして法医学的見地から応えていく――というスタイル。
「ある場所に殺したい人間を監禁し、山で取れるキノコや水だけを僅かに与え、長時間かけて衰弱しさせる。その死体を山に捨てれば完全犯罪は成立するか。法医学はそれを見抜けるか？」
「推理作家は面白いことを考えますね」
　……といったようなやりとりが面白い。本書は、1990年12月に光文社から刊行された単行本を加筆修正した文庫版。
2004/01/27



SARAH WATERS
サラ・ウォーターズ



「荊の城」（原題：FINGERSMITH）上・下
形態文庫本 種別ノヴェル 部門長編
出版創元推理文庫 値段￥940+940 初版2004-04-23
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　サラ・ウォーターズ。世界的な眼で見ても、近年これほどまでに評者・読者双方の注目を集めている女流作家は珍しい。日本国内だけに絞ってみてもその人気と評価は絶大で、最初に出版された「半身：AFFINITY」は <週刊文春ミステリーベスト10> 第１位、 <このミステリがすごい！04年版> 第１位、 <IN★POCKET文庫翻訳ミステリー総合> 第３位、 <Yahoo! ユーザーが選ぶベストミステリ2003> 第３位など様々なランキングの上位に顔を見せている。
　そのウォーターズが2002年に刊行した新作が、本書「荊の城」だ。これもまた中村有希氏によって翻訳され、2004年に日本語版が発売されるや高い評価を受けた。半身に続き <このミステリがすごい！05年版> の第１位を獲得しＶ２を飾ったほか、 <IN★POCKET文庫翻訳ミステリー総合> でも堂々の第１位を獲得している。また <ＣＷＡヒストリカル・ダガー（英国推理作家協会・歴史ミステリ部門）賞> も受賞、文学色の強いイギリスの <ブッカー賞> 最終候補にもあがったというから驚きだ。
　――とはいえ、この作品がミステリかと改めて考えると、少し微妙なものがある。殺人事件は発生するがそれは全体の比率からすれば小さなイヴェントに過ぎず、その謎や殺人に用いられたトリックを最大の関心事として物語を引っ張っていくような構成をとっているわけでもない。むしろ数奇な運命をたどる二人の少女を主人公とした冒険小説と言えそうな気もするし、この少女たちが憎みあい騙しあいながらも惹かれあっていく一風変わった恋愛小説のようにも思えてくる。

　ここで物語の内容を紹介しておこう。
　話の舞台は19世紀半のイングランド。シャーロック・ホームズが活躍し <ジャック・ザ・リッパー> が徘徊していたとされる――いわゆるビクトリア朝時代で、現代のように自家用車が一般的な存在ではなく、代わりに夜の霧の中を馬車が走り回っていた頃の物語である。
　主人公のスーザンは17歳になる下町の少女。貧しい犯罪者の巣窟で育ち、自らもスリとして生計を立てる彼女の元に、 <紳士> と呼ばれる男がある大きな仕事の話を持ちかけるところから話は展開していく。 <紳士> は莫大な財産を相続することになる娘をたぶらかし、彼女と結婚することでその財産をそっくり奪い取ろうという計画を立てていた。スウには侍女として令嬢に近づき、 <紳士> との結婚を上手く誘導する役割を果たして欲しいというのだ。
　莫大な報酬を約束されたこともあり、スウは <紳士> の計画に加わることになる。侍女として順調な滑り出しを見せたスウは、寂しく大きな城に半ば幽閉されたかのような令嬢とやがて心を通わせていくが、その裏で <紳士> の計画は着々と進行。スウは令嬢と計画とのあいだで揺れ動きながらも、自分の役割を忠実に演じていく。
　遂に計画は最終段階に入り、全てが <紳士> とスウの目論見どおりに幕を下ろそうとするが、事態はやがて思わぬ方向へと転がっていくことになる。

　とにかく話の展開が全く読めない。いや、ある意味で話は全く展開などしないのかもしれない。次々に衝撃的な過去や事件の裏の顔が見えてきて、読者の認識が幾度も覆されていくだけなのだ。白だと思っていたものが黒であったことが判明し、それを信じかけた頃に今度はそれが灰色であった根拠が投げかけられる。何を信じていいのか、何が真実なのか。キャラクターたちの役所の目まぐるしい変化、それに伴う大どんでん返しの連続こそが本書の最大の魅力なのだろう。
　19世紀の風俗を描写する著者一流の活き活きとした筆遣いも見事だし、17歳の少女同士の間に芽生える不思議な恋愛模様なども特徴的。
　正直な話、二大ヒロインともいえるスウ・トリンダーと令嬢モード・リリィには感情移入がしにくかった。どちらも決して賢いとはいえないし、中途半端に善良で生半可に優しい。対応できない事態に陥ると癇癪を起こして暴れ、状況と現実を冷静に把握して計画的に事を運ぶ能力に欠ける。それを実行するための覚悟も決められない。なんともハッキリしない連中であるのに癖が強いという、ある意味で最もなじみにくい人格の持ち主たちだからだ。
　だから彼女たちに心底同情するのは難しかったし――同情しかけても、途端にそれが冷めてしまうような冷徹で自己中心的な言動をとるのだ――、最後まで彼女たちの心情に深く共感することは適わなかった。が、そんな少女たちの間に成立した肉体的な意味も含めた愛情のようなものには、不思議と説得力を感じてしまったのも確かだ。女性同士の間に芽生えるレズビアン的な愛情というのは、ウォーターズ作品に共通する何らかのテーマの一つなのかもしれない。
　批評家や多くの書評ではあえてその部分に関する言及が避けられているように感じられるが、サラ・ウォーターズの著作を語る上で決して無視することのできない要素だと思われる。

　隅々まで計算しつくし、19世紀の英国を見事に描写し、息もつかせぬ展開で見事なストーリィテリングを披露してくれるサラ・ウォーターズは、まだ新人の部類に入る経歴の若い物書きである。それでこの完成度とは舌を巻くばかりだが、全く欠点が無いわけでのもない。本書は文庫本で800ページを超える大作だが、果たしてここまでの文量が必要だったのか。前半と中盤には、それぞれに少し冗長とも思われる部分がありもどかしさを感じた。あまりに言動が計算されつくされていて、キャラクターの誰にも感情移入ができなかったのも痛いといえば痛い。舞台やテーマなどは、もしかすると人を選ぶというようなこともあるだろう。ミステリとして評価されているが、いわゆる本格推理小説などからは程遠い存在でもある。そうした意味でも、ある種の読者に肩透かしを食わせることになるかもしれない。
　とはいえ、そうした短所になりかねない部分を綺麗さっぱり忘れさせてくれるようなパワーを備えた作品であることも確かだ。それは本書が受賞してきた文学賞の数を見ても分かるし、読者による人気投票の結果、書評家たちのレビューなどからも歴然としている。
　広くお勧めするようなことはしないが、ここまで読み進めて「荊の城」に興味を持ったという人々には是非手にとって欲しい作品である。ちなみに下巻の巻末には翻訳者によるあとがきがある。原題「FINGERSMITH」は荊の城というような意味ではなく、主人公スウ・トリンダーの職業でもある <スリ> をさす言葉。ただ令嬢の元にもぐりこむ際、スウは偽名として「スーザン・スミス」を名乗る。また令嬢のほっそりとした美しく白い指先は再三にわたって強調的に描写されている要素の一つだ。もしかすると――穿ちすぎかもしれないが――これらを暗示させるような意味も原題には含まれているのかもしれない。
2004/11/21



I N D E X
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あ(a)行

作者別一覧
・ ウイリアム・アイリッシュ(1)
・ 青林霞(1)
・ 秋山瑞人(6)
・ 麻生俊平(9)
・ 安達征一郎(6)
・ 我孫子武丸(8)
・ 綾辻行人(3)
・ 新井素子(4)
・ 有賀博之(1)



WILLIAM IRISH
ウイリアム・アイリッシュ



「幻の女」（原題：PHANTOM LADY）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥680 初版1979-03-31
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　ウイリアム・アイリッシュ。ミステリ愛好家にとっては、いまさら紹介されるまでもないグランドマスターの一人である。日本でも非常に人気のある作家で、特にこの <幻の女：PHANTOM LADY> は、「ハヤカワ文庫海外ミステリ・ベスト100」の人気投票でレイモンド・チャンドラーの傑作「長いお別れ」につぐ第２位につけている。
　そんなアイリッシュの最高傑作候補としてしばしば名前の挙がる本書は、1964年に発表されたミステリ長編としては４本目に相当する作品である。本格ミステリ（パズラー）に分類しても良いのだが、むしろこの作品が高く評価されているのはその優れたサスペンス性にあるのではないだろうか。

　主人公スコット・ヘンダースンは、妻との離婚交渉を進めている最中の若い株式ブローカーである。彼は何とか妻に離婚を受け入れさせようと彼女を夕食に誘うのだが、直前に大喧嘩をやらかし一人で家を飛び出すことになった。――ここから、彼の転落が始まる。
　ヘンダースンは腹いせに酒場で偶然出会った女性を誘い、予約を入れたレストランで食事をし、ショーを見て自宅に帰った。ところが、待っていたのは絞殺された妻の死体。離婚交渉で揉めていたこともあり、動機充分と見られてヘンダ―スンは逮捕、拘留されてしまう。
　もちろん、ヘンダ―スンには妻が殺された時間、現場にいなかったという証拠――すなわちアリバイを証明してくれる女がいた。その女を探すようヘンダ―スンは警察に要求するが、２人が立ち寄ったレストランのウェイターも劇場の受けつけ係も、タクシーの運転手もヘンダ―スンは１人であり、女の連れなどいなかったと証言。ヘンダースンは裁判で死刑判決を受ける。
　果たしてあの夜の女はヘンダースンの作り出した幻影だったのか、それとも彼は何らかの陰謀の犠牲となったのか。絶対絶命のヘンダースンは、幻の女の捜索を親友ジャック・ロンバートに依頼する。

　ざっと粗筋、しかも序盤のそれを紹介しただけだが、既にこの作品の楽しみ所は充分に伝わったことだろう。 <幻の女> の主題はそれほどシッカリしている。幻のように消え去ったヘンダースンの女は果たして実在したのか、妻を殺したのはヘンダースンなのか。もし彼の記憶が確かなのだとすれば、真犯人は誰なのか。幻の女はどこに消えたのか――。
　初っ端から作中最大の謎、それもとびきり魅力的な謎をガツンとぶつけ、読者がフラフラしている間にグイグイと引っ張って、いつの間にか物語に夢中にさせている。もちろん、これは計算し尽くされた完璧なプロットがなければ成し得ないわざだ。もちろん、予想もしえなかった驚愕のラストも用意されている。
　この心憎いばかりの完成度こそが、 <幻の女> を何十年経っても楽しめる歴史的名作に押し上げているのだろう。

　――ただ個人的な感想を言わせてもらえれば、この手堅さが本書唯一のウイークポイントにもなっているような気がする。行間からあふれ出てくる得体の知れない勢いや、荒々しいパワーが作り出す筆舌しがたい雰囲気のようなものが本書にはない。
　イチローが巧みなバット捌きでヒットを打っても、もはや誰も驚きはしないものだ。それよりも、フルスイングが信条で当たればホームラン、でなければ三振。何をしでかすか分からないというようなバッターを見ているほうが緊張感やワクワク感を得やすいものだろう。それと同じことだ。
　現代の読者は、その多くが <幻の女> は大傑作、国内で人気ランキングを行えば必ず上位に食い込む化物である……といような評判を聞いて表紙を開けるだろう。しかし、アイリッシュの成功を見て、これに類似するサスペンス風ミステリを書いてきた人間は大勢いる。大戦終結直後の世界で大フィーバーした本は、もう人に新鮮な驚きを提供することはできないのだ。
　人気投票で <幻の女> の名がトップに君臨し続けるのは、要するにリアルタイムでこの本に触れ、鈍器で殴られたようなショックを受けた者の支えがあるからであろう。
　とはいっても、本書が現代の人間の読書に耐え得る一級のエンタテイメントであることに間違いはないのだ。
2004/10/09



KASUMI AOBAYASHI
青林霞



「ポネット」（原題：Ponette）
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥640 初版1998-03-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1996年公開のフランス映画、「Ponette」のノヴェライズ。著者はジャック・ドワイヨン（ジャック・ドワイヨン＝著、青林霞・寺尾次郎＝編訳）となっているが、正式なクレジットを見る限りこれはどうなのだろう？　
　　Baced upon the screenplay by Jacques Doillon
　　Novelized by Kasumi Aobayashi
　　Published by Jiro Terao
　――本書に関わった人物と、その役割は上記した通りだ。これによると著者のように扱われているジャック・ドワイヨンは、元となった映画「ポネット」の脚本家兼監督でしかない。これを日本語に翻訳したのが、恐らく一番下にクレジットされている寺尾次郎氏、それを元に小説形式に書き下ろしたのが青林霞氏ということになるのだろう。となるとドワイヨンは単なる原作者、実質的な著者としてクレジットされるべきは青柳氏だと思われる。実際、映画を小説化して刊行された書籍ではそのように扱われるのが通例だ。
　蛇足となるかもしれないが、映画「ポネット」の主なスタッフを紹介しておこう。 監督、脚本はジャック・ドワイヨン。主演、ヴィクトワール・テヴィソル閣下（敬称）。製作、アラン・サルド。撮影、カロリーヌ・シャンプティエ。
　ちなみに主演のヴィクトワール・テヴィソル閣下（敬称）は、当時４歳であられた少女様であるが、この作品での極めて質の高い演技が評価され <ヴェネチア映画祭主演女優賞> の史上最年少受賞者となられた。……恐ろしい話だ。
　ポネットというタイトルは、彼女が演じたヒロインの名前。交通事故で母親を失い、失意に暮れる４歳の女の子である。父親や周囲の人からは、「お母さんは死んでしまった。もう会うことはできないのだ」と諭されるが、ポネットはそれが信じられないし理解しようと思わない。やがて父親の仕事の都合で叔母の家に預けられることになるなど環境の変化も経験するが、相変わらずポネットは母親の帰りをひとり待ち続ける。
「全能の神様　ママとお話がしたいんです　でもママは全然応えてくれません　あたしに応えてくれるようにママに伝えてください」
　４歳の少女が自分の言葉と感覚とで、母親の死という現実と必死に戦い、そして理解していく様を描いた物語。
　――これを淡々と文字で再構成していったのが本書なのだが、劇場版の魅力を完全再現しているかは怪しいところ。やはり原作となっている映画版を観たほうが賢明か。
2004/03/05



MIZUHITO AKIYAMA
秋山瑞人



「猫の地球儀」焔の章・幽の章
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版電撃文庫 値段￥510+530 初版2000-01-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　ジャンルは市場縮小の一途を辿っているＳＦ（サイエンス・フィクション）。もっともこれは一般部門での話で、中高生向けのライトノヴェル市場では、むしろファンタジーやＳＦが主流となっているようだからマーケティングとしては多分、間違っていないのだろう。
　初読から１年も経っていないはずだが、既に詳しい設定は忘れてしまった。いや基本設定は覚えているが、固有名詞を覚えていない。逆に言えば、この物語にはそうした物語独自の専門用語が数多存在する。まず、舞台設定からして（ＳＦ界では全く目新しくないが）変わっている。人間が一切登場しない、猫をはじめとする動物だけの世界が描かれているのだ。
　猫と言っても、彼らは文明を持ち、技術を持ち、人間と同等以上の言語と仁義を持つ。主人公となるのは、主に２匹のタイプの違った猫である。ひとりは、孤高の戦士「焔」。命を賭けて闘技に挑むスパイラルダイバーという種の猫で、彼はこれを通して戦うことに己の存在意義を賭けているような節が見受けられる。闘いのなかで生き、闘いのなかで死ぬことを理想とするクールでストイックな白猫だ。
　もう１匹の主人公は、名前を「幽」。人間で言うなら科学者で、思想家で、冒険家だ。彼はかつて地球が宇宙の中心であると信じられていた時代、ガリレオ・ガリレイが「中心にあるのは太陽で、地球はそれを回っているに過ぎない」と挑戦的に唱え続けたように、周囲の圧力をものともせず己の観測と仮説と信念に情熱を傾ける黒い子猫だ。戦闘に命を賭ける猫をスパイラルダイバーと呼ぶように、幽のような猫をスカイウォーカーと呼ぶ。
　第30何代目かのスカイウォーカーであるルーク――もとい幽は、地球の軌道上を周回しているんだかするトルクという世界から、地球に降りようと試みる。確か、それが彼の夢のひとつだったような気がするんだが記憶違いだったら面目ない。
　とりあえずそんな感じの挑戦者「幽」がクールでニヒルな「焔」と出会ったことから物語は展開していく。……いくのだが、個人的には陽気で健気で逞しくて一途な子猫「楽」が可愛かった。今、１番印象に残ってるのはそれ。
　完成度はさほど高くはない（細々した欠点は無数にある）が、軽い文体で綴られた、だが丁寧な描写といつも人類の歴史の根源に横たわってきたテーマ、それなりの含蓄などが感じられる良作。残酷さだとか非情さなども割りと容赦無く描かれているため、人によって評価が分かれるだろうが一読する価値はあるのではないだろうか。ちなみに上下巻構成で、上が「焔の章」下が「幽の章」となっている。上巻は2000年の01月25日に、下巻は同年04月25日にそれぞれ出版されている。
2003/12/04



「イリヤの空ＵＦＯの夏」全４巻
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版電撃文庫 値段￥2260 初版2001-10-25
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術☆
　鬼才（と一部で言われているらしい）秋山瑞人の長編シリーズ。全４巻で、第１巻は550円。以下２～４巻までは各570円。出版社の欄にある「電撃文庫」とは子供（中高生）向け小説を専門としたブランドで、本書もやはり思春期の少年少女を読者に絞った作品となっている。このような作品を一般的に「ライトノヴェル」「ジュニア向け」と呼ぶのだが、その中にあってはレヴェルの高い部類に入るであろう作品。
　著者は思春期の少年少女の日常を書かせると非常に巧い。この部分に関しては、一般向けの小説を手がける作家と比肩し得ると思われる。また、子供が初めて社会に対したときに抱き得る挫折感や無力感などを描き出す能力にも秀でており、それが現実の残酷さや無情さなどをきちんと演出している。故に多少の含蓄もあったりするので侮れない。
　シリーズ自体は、平凡な中学生である浅羽直之と、手首に銀色の球体が埋め込まれていたり、あからさまに軍との関係を匂わせたりするミステリアスな女子転校生、伊里野可奈（いりや・かな）との出会いと交流を描いたもの。
　この作品には、ストーリィを盛り上げる魅力的な脇役として、主役の二人さえ食いかねない存在感を持つ水前寺邦博や浅羽のクラスメイト須藤晶穂、ヒロイン伊里野と繋がりを持つらしき軍関係者などが登場する。しかしどうもキャラクターの立て方がアニメチックで低年齢向きの雰囲気を持っている。そこに一般読者や大人が耐え切れるかが問題になりそう。星はその辺りを加味して付けた。もし現役の中高生なら、星を各項目で１つずつ加算して考えてもらっていい。

▼その２
　初版は2001年11月25日。その１の直接的な続編。この巻では、ヒロイン伊里野と主人公、また主人公と彼に微妙な想い（恋心？）を寄せる須藤晶穂との交流などが、文化祭というイヴェントを通じて描かれている。ほかにも主人公・浅羽の妹のシナリオなど、秋山節の真価が「その１」よりもはっきりと示されているように思える。
　現役の中高生は正面から感情移入できるであろうし、大人は「そういえば中学生の頃はこんな雰囲気の世界に住んでいたのだな」と感傷的にさせられること請け合い。なんというか、卒業して久しい母校の教室を何十年かぶりに訪れたときに感じるような、そんな懐かしさを喚起させる作品である。

▼その３
　初版は2002年09月25日。ヒロイン対決とでも言おうか、伊里野可奈と須藤晶穂との直接的な交流を中心に両者が友人として付き合うようになるまで――またクライマックスに向けストーリィが急速に展開していくシリーズ第３巻。まさに起承転結の「転」にあたる。
　謎多き伊里野の実態も徐々に明らかになりつつ、相変わらず圧倒的な存在感を持つ水前寺の暗躍、穏やかな収束が期待できそうにもない波瀾を予感させる展開などみどころは多い。一気に最終巻へと雪崩れこんでいくシナリオは読者を引きつける。

▼その４
　初版は2003年08月25日。シリーズ最終巻。物語はこれで完結するが、編集部や出版社とのコミュニケーションが上手くいかなかったのか、どうも作者が当初予定していた地点とは別のポイントに着地してしまったような感じが拭えない。強引にそれなりとも思える纏め方でケリをつけているが、技術的な観点から見れば構成はかなり歪。回収され切れなかった伏線や、放置されたままのサブキャラクターたち（これは特に酷い）、前半と後半を比較したときのバランス（文量の比重）の悪さなど粗が多く、完成度としてはシリーズ中最悪の出来。あと著者が若いせいか、大人が大人気ない。
　それでも「こういう終わり方も悪くはないかもしれないな」と思わせないでもない纏め方は流石。終わり良ければ大方良し、と言ったところか。それでも――純然たる好みの問題なのだろうが――何か後味の悪さが残った。著者の別の作品を読んでみたいと思わせるだけのものは無かったように思える。
2003/11/17



SHUNPEI ASO
麻生俊平



「ザンヤルマの剣士」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版富士見Ｆ文庫 値段￥500 初版1993-03-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　主たる読者層を一〇代の少年（この場合、男児の意）とするライトノヴェル・ブランド <富士見ファンタジア文庫> 発の長編ファンタジィ小説。全９巻からなる壮大な「ザンヤルマの剣士」シリーズの幕開けを飾る作品であり、著者の代表作でもある。
　タイトルがもつ言葉の響きと、これが少年向けの児童小説であることを考え合わせれば、漠然とではあるがハイ・ファンタジィ――中世ヨーロッパ風の世界を舞台にした剣と魔法の物語といったイメージがわいてくるかもしれない。
　実際のところそれは部分的に正しく、本シリーズはある意味で「剣と魔法の物語」に他ならない。ただ、舞台が過去や中世ヨーロッパ風の異世界ではないのだ。現代の日本なのである。
　この意味でロー・ファンタジィ――我々の知る現実社会に剣と魔法の要素を持ち込んだ物語と分類することもできるだろうが、読者によってはファンタジィというよりはＳＦやオカルト的要素の強さを感じることもあるだろう。

　主人公は消極的かつ内向的な高校生、矢神遼。
　物語は、彼がとある出来事をきっかけに奇妙な短剣を手に入れることから展開していく。矢神遼が持つこととなったのは、過去に滅びたという超科学文明「イェマド」の遺産であり、世界を滅ぼす力を秘めるとされた恐るべき兵器 <ザンヤルマの剣> だったのだ。
　この <ザンヤルマの剣> をきっかけに、数あるイェマドの遺産を巡る人々の抗争に巻き込まれていく主人公は、自分の手にした強大な力に苦悩しつつも自分の歩むべき道を懸命に模索していく。
　自分に力をもつ資格があるのか。持ったとして、これを行使する権利はあるのか。そのことを考えず、強大な力を欲望のままに開放する人間を裁く権利は？　彼らに干渉することことの是非、他人を断罪し命を奪う資格。許し、見逃す権利の有無。
　強すぎる力を得た人間があらわにする暗黒面やコンプレックス。これらを目の当たりにした主人公の心の動き――苦悩や葛藤こそが、シリーズを通して <ザンヤルマの剣士> が貫く大テーマでもある。

　アトランティスやアスカ文明のような、現代の科学技術を凌ぐテクノロジを有したとする架空の古代文明。特に語るべきところをもたない平凡な青年。もちろん、この両者を組み合わせて紡がれる物語は決して珍しくない。はっきり言えばありふれている。ジュブナイル小説においては特にそうだろう。
　シリーズの頭を飾る本作を単品でみれば、凡作以上のものではないかもしれない。これから２作目、３作目を読みすすめていこうか少し悩ませるような出来ではある。
　反面、ひょんなことから手にした強大な力に戸惑い、傷つき、それを行使する権利うんぬんについて葛藤する主人公は――1993年の刊行当時に限って――かなり稀少だっただろう。
　この数年後に、この小説の読者として設定される年代を騒がせたＴＶアニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」が登場し、自己の存在理由や価値について苦悩する内向型の主人公の造形が大きな話題を呼ぶことになるが、その先駆け的存在と言っていい。
　読み手、書き手を問わず国内のライトノヴェル界に関わるものに、ある意味でかなりの衝撃を与えたのではないだろうか。
　その意味で、まだ予感のレヴェルに過ぎないが「ちょっと違う」「面白くなる可能性はゼロではない」といった何かを胸に覚える要素がないわけではない。
　事実、このシリーズは社会的要素――想像力を欠いた若年層の起こす犯罪、新興宗教やマインドコントロールの恐怖、現代社会の抱える暗部といったものを取りあげ、少年むけ小説としては類を見ない個性を放つようになる。


　それから、天然記念物級のお人よし少年である主人公を「ただ理想を叫ぶだけの頭の足りない坊や」で終わらせないだけの丁寧な人物描写、心理描写なども評価すべきポイントのひとつとして挙げていいだろう。
　聖人君子ではない我々が主人公の主張を丸呑みすることは難しいだろうが、彼の懸命さや真摯さを細かく描き出すことにより、部分的な理解や共感に至ることはさほど難しくない。
　この主人公の心理描写、特に巻を重ねるごとに重くなっていく社会的・人間的なテーマに対する苦悩や葛藤はシリーズを通して深くじっくりと行われている。明らかに本シリーズの特徴のひとつと言えるだろう。
　問題はヒロインの方で、こちらは「アメリカで都市型サヴァイバルを学んだ」という一言免罪符で、あらゆる超人的活躍を著者から許された不条理なスーパーガールになっている。
　確かに、彼女はなんらかの事件を経験したのだろう。そして、それをきっかけに高い自立性を意識するようになったに違いない。そのことを匂わせる描写は本編中にもある。
　が、それも１～２行程度の簡単なもので、明確な動機やそれを生んだ背景、積んできた鍛練の過酷さといったディテールが一切省略されているため全く説得力がない。
　驚くべきことに、彼女の過去や現在に至るまでの人格形成についての描写はシリーズ通してもほとんど無いに等しく、全てをかき集めてもページ５枚分にも至らない程度であったりする。
　個人的には本シリーズの致命的な欠点として、これを挙げざるを得ない。

　著者の中には割愛した彼女の過去の出来事や裏設定などがあるのだろうが、われわれ読者にはそれが全くない。その点の温度差とそれが生む説得力の欠如に気づかないまま、著者が一方的に物語を完結させてしまった、といった感じである。
　他にも、現実においては「危険なシチュエーションの回避」が護身とサヴァイヴァルの大原則であることを無視し、興味本位の野次馬根性から危険極まりない <イェマドの遺産> を巡る抗争に首を突っ込んでいく軽率さ、それを正当化する一方的な理屈の押し付けなどには大きな疑問を抱かざるを得ない。


重心がないため体感重量は倍にもそれ以上にもなると言われる意識を失った人間の運搬をあっさり一人でやりとげてしまう（レスキューのプロでも複数でやるよう訓練される基本事実）不自然さなど、


　ところで本シリーズ、今から全巻揃えようとするなら、かなりの苦労を強いられるかもしれない。
　というのも、本作をふくめ「ザンヤルマの剣士」シリーズは一部に熱狂的なファンを抱えつつも全てが絶版となっており、一般の書店で入手することが極めて困難である。図書館に助けを求めたがシリーズ中いくつかのタイトルが抜けており、しかも貸し出し中であることが多い。つまり、古書店を地道に回って地道に買い集めるしかなかったのである。
　ファンが復刊運動を進めているものの成果はあがっておらず、2006年６月現在に至っても入手の難しさは依然として変わっていない。まず、この点についてお断りしておく必要があるだろう。



2004/03/09



SEIICHIRO ADACHI
安達征一郎



「流人島の悪魔」少年探偵ハヤトとケン１
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版偕成社 値段￥600 初版1988-11
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆
　本書裏表紙のカバー下り返し部分に、このような売り文句がある。
「新ヒーロー、登場！　少年探偵ハヤトとケン　小学上級から」
　これを見ても明らかだが、これは探偵役がある犯罪の犯人とトリックを暴いていくという推理（ミステリ）小説であり、小学高学年を対象とした児童書である。だからといって、子供だましの幼稚な内容を想像されては困る。もしそうなら、わざわざ児童書を引っ張ってきてこのガイドに追加するはずもない。個人的な見解で恐縮ではあるが、本書は「この世には推理小説というものがあり、それはこんなに胸おどる面白いものなのだ」ということを子供に知らしめる入門書として、とびきり上等の存在であると思う。
　本書の主人公（同時に全１０冊からなるシリーズの主人公）は、お洒落でスマートな少年探偵 <ハヤト> こと秋丸隼人、そして普段はおっちょこちょいで冴えない少年だけれど、運の良さでは誰にも負けない <ケン> こと早野健一。同じ学校の小学６年生である。
　ある日ケンは、伊豆諸島の「八丈島」旅行が当たるクイズ懸賞に応募し、その強運で見事当選を勝ち取る。当然のように親友のハヤトを誘うと、意気揚々と旅支度にとりかかるケンだったが、相棒のハヤトは早速その話に難癖をつけ始めるのだった。――曰く、「自分も同じ新聞をとっているが、ケンが送った懸賞のチラシなど入っていなかった。……怪しい」「このクイズ懸賞の応募資格者は、なぜか世田谷区内在住の小学６年生男子であり、同級生の男の子と来れる者となっている。まるで自分たちを狙いすましたかのような条件だ。……怪しい」。
　果たしてハヤトの危惧は現実のものとなり、ふたりの少年探偵が八丈島に到着した途端に奇妙な殺人事件が発生する。死体のそばには、怪しげな <フグちょうちん> が。もちろん、我らが少年探偵ハヤトとケンは持ち前の推理力と強運を駆使して捜査を開始。犯人たちを追い詰めていく……というのが大まかな話の流れである。

　初読は、対象年齢とされている小学高学年より少し下――恐らく１０歳前後のことだったと思う。もう１５年以上前の、幼かった頃の記憶である。それでも、このシリーズが当時の自分にとって特別な小説だったことを未だに覚えているわけだ。
　確かに本書で扱われている犯罪トリックは、ショッキングで大掛かりなものでありながらも本格ミステリファンにはよく知られたものが多い。誰かが既に仕掛け、タネ明かしをしてしまったネタなのだ。だが、本シリーズで初めて推理小説に触れる小学生にとってそんなことは関係がない。彼らはカーもヴァン・ダインも、クリスティも知らないからだ。だからこそ、こんなに凄いトリックがこの世にはあるのだ、という衝撃が子供たちを襲う。そして彼らをミステリの虜にしてしまう。
　また本シリーズが素晴らしいのは、相手が子供だからといって手抜きや手加減をしていないところだ。児童書ながら伏線をきちんと張り、それらを綺麗に回収することで本格を名乗って恥ずかしくないミステリに仕上げている。この安直な子供だましに逃げない真摯な姿勢が子供ながらに理解できるからこそ、後々にまで記憶に残るものになるのではないだろうか。
　そうした大人の目から見た児童書としての評価、そして何より、子供の頃に胸を高鳴らせて読んだ時のファースト・インプレッションを大事にして星をつけた。惜しむべきは、既にこのシリーズが絶版となっている事実だ。
2004/03/09



「白い別荘の怪事件」少年探偵ハヤトとケン２
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版偕成社 値段￥600 初版1988-11
 総合☆☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆☆
　推理力抜群のハヤトと、強運の持ち主ケンが活躍する「少年探偵ハヤトとケン」シリーズ第２作目。個人的には、最高傑作候補に挙げたい。
<東大生殺人事件> や前作で語られた <八丈島殺人事件> などで、小学生ながら探偵として実績を上げている彼らの元に、夏の軽井沢から依頼が飛び込んできた。「かわいい孫娘が何者かに狙われているらしい。ぜひとも高名な少年探偵のお二人に力を貸していただきたい」
　ケンは快諾し、ハヤトと連絡をとって軽井沢へ飛ぶ。そこで出会った、依頼人の孫娘・川名由実は聖女のごとき可憐な少女だった。ハヤトとケンは俄然やる気なり、全力を尽くして彼女の身の安全を守ると誓うが、警察と連携し万全の体制で望んだある日のパーティで、由実の叔父である太吉が何者かに殺害される。やがてハヤトは卓越した推理力で犯人像を絞り込んでいくが……
　驚愕のラストが待ち受ける、シリーズ屈指の傑作。ヒーローも探偵も、負けることだってある。使命を果たせないこともある。……そんな衝撃が、子供心に強く残った話である。星による評価は、やはり小学生当時の、小学生による小学生のためのもの。絶版。
2004/03/09



「名探偵ＶＳ大奇術師」少年探偵ハヤトとケン３
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版偕成社 値段￥600 初版1989-01
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆☆
 技術☆☆
　推理力抜群のハヤトと、強運の持ち主ケンが活躍する「少年探偵ハヤトとケン」シリーズ第３作目。
　高名な理論物理学者である秋元博士が、夜の日比谷公園で焼身自殺に偽装されて殺された。容疑者として嫌疑をかけられた博士の長男・士郎は、アメリカの大学で犯罪学の教鞭をとる親友に助力を請う。それを受けて緊急来日した男こそ真の名探偵として知られる白王公紀だった。我が少年探偵ハヤトとケンは、助手として白王につき独自の路線で調査を開始する。やがて捜査線上に、秋元博士の次男であり大奇術師として著名な北上大光が浮上。事件は混迷の様相を呈していく。
　名探偵、大奇術師、そして少年探偵。小学生の心を鷲掴みにしてしまうキーワードばかりだ。そして物語は、想像だにしなかった仰天のラストを約束してくれる。シリーズで最も印象的な犯人が、本書に登場する殺人犯だったのを未だによく覚えている。残念ながら絶版。
2004/03/09



「幽霊の復讐」少年探偵ハヤトとケン４
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版偕成社 値段￥580 初版1989-02
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　抜群のファッションセンスと並外れた推理力が自慢のハヤトと、事件捜査に関するツキでは誰にも負けないケンの２人組が活躍する「少年探偵ハヤトとケン」シリーズ第４作目。
　今度の事件は、世界中から幽霊や魔女、怪物に関する美術品を集めた <幽霊資料館> で発生。資料館館長である花井氏の右腕、黒森氏が二重密室になった館内から他殺体で発見された。今際のきわ、被害者は「サメが出た」と残すが、これは何を意味するのか。人間が入りこむ余地のない <幽霊資料館> での殺人は、本当に幽霊が引き起こしたものなのか。ハヤトとケンは、花井館長の依頼を受け密室殺人の謎に挑む。
　本格ミステリと言えば、やはり密室。ハヤトも本編中で言っているが、密室殺人をといてこそ名探偵の仲間入りが果たせるのかもしれない。だが、シリーズ通して見るとこの作品の出来そのものは評価し辛い。「少年探偵ハヤトとケン」は、そのトリックもそうだが、やはり意外極まりない犯人と衝撃のラストが魅力であったと思う。少なくとも第１作目から３作目まではそれが貫徹されていた。しかし本作では、少しその辺りがパワーダウンしてしまったように思える。残念ながらこれも絶版。
2004/03/10



「暗号がいっぱい」少年探偵ハヤトとケン５
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版偕成社 値段￥580 初版1989-03
 総合☆☆
 ストーリィ☆☆
 技術☆☆
　推理力抜群のハヤトと、強運の持ち主ケンが活躍する「少年探偵ハヤトとケン」シリーズ第５弾。
　これまでの４作はその全てで殺人事件（時に連続殺人）を扱ったが、今回はそのタイトルからも見当がつくように、暗号解読をメインテーマに据えている。
　ところで主人公のひとりであるケンの実家は江戸前の寿司屋で、屋号は <浜鮨> 。古くからの固定客、常連客によって支えられる歴史あるお店である。その馴染み客の１人に、かつて宝石商を営んでいた富豪、中江光太郎という老紳士がいた。彼が急逝し、遺産の隠し場所を記した暗号文書を残したことから、この物語は幕を開ける。
　ケンは、中江氏の遺族の１人であり、同級生の母親でもある小山田夫人から、この暗号解読を依頼された。何故ならその暗号は寿司通の中江氏のものらしく、全てが <寿司用語> によって記されていたからだ。寿司屋の息子としてのメンツ、そして学校のアイドル的存在である小山田夫人の一人娘へのアピールも兼ねて、ケンはハヤトの手も借りず単独でこの暗号に挑んでいく……というのが大まかな話の流れ。
　殺人事件と比較すると、遺産のありかを示した暗号の解読という事件は、いささか刺激に欠けたものに見えるかもしれない。だが小学生にとっては必ずしもそうではないのだ。子供の頃、宝の地図を巡った冒険、凄い秘密の隠された暗号文書の解読といった物語に胸躍らせた経験は誰にでもあるだろう。友達が隠したガラクタを、宝探しと称して探し回って遊んだ記憶を持つ者も少なくないと思う。
　本書の題材は、そうした子供心を刺激するスリリングなものなのだ。しかも、単なる暗号解読には終わらない。小山田夫人には弟という強力なライバルがいて、それぞれが探偵を雇い先に遺産を見つけ出してそれを独り占めしようと画策している。互いに妨害工作やスパイ工作をしかけ合う熾烈なお宝争奪レースが、物語を盛り上げるのに一役買っているのだ。他にも、中江氏は昔巷を騒がせた宝石強盗で、彼の遺産はその盗品なのではないか――といった疑惑などもストーリィを盛り立てる。単なる暗号解読と宝探しに終わらない、様々な要素がこの作品を面白くしているのだろう。絶版。
2004/03/10



「ゴリラの逆襲」少年探偵ハヤトとケン６
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版偕成社 値段￥600 初版1989-06
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　優秀な警官を輩出する家系に生まれたエリート探偵「ハヤト」と、持ち前の強運で重要証拠をかぎつけるのを得意とする「ケン」のふたりが活躍するシリーズ第６弾。
　今回彼らが挑むのは、夜の動物園で発生した奇妙な事件。ゴリラの飼育係が何者かに惨殺された姿で発見された。現場に残された体毛や死体に残った歯型、怪力による殺害方法などからゴリラによる犯行ではなかろうかという見方が強まる中、ハヤトとケンはこれを人間による殺人事件と見て調査を始めていく……というのが大筋。
　個人的にゴリラのような怪力を持つ類人猿が登場するミステリというと、オランウータンだか何だかが登場したポーの短編を思い起こすのだが、それはともかくとして全１０作のシリーズから見ると少し刺激にかける内容だったと思う。やはり、早々にゴリラ犯人説を否定してしまう構成に問題があるような気がする。結局、ゴリラの犯行でないとするなら、この事件は人間による平凡な殺人事件（こういう表現が適当ならば、だが）ということになる。その辺りが、他のシリーズ作品と比較して多少見劣りする原因となっているような気がした。絶版。
2004/03/10



TAKEMARU ABIKO
我孫子武丸



「人形はこたつで推理する」
形態文庫 種別ノヴェル 部門短編連作
出版講談社 値段￥520 初版1995-06-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　名作「かまいたちの夜」でサウンドノヴェルと呼ばれる新種のゲームを普及させた功績を持つ、我孫子武丸のユニークなミステリ。……とは言っても、「かまいたちの夜」「サウンドノヴェル」共に一度も耳にしたことがない、という人間のほうが圧倒的多数なのだろうが。
　本作は1990年に角川書店から単行本として刊行され、５年後に何故か講談社より文庫化された。上記のデータはその文庫（講談社）版のもの。解説は夏来健次。ちなみにこの解説でもサウンドノヴェルのことは触れられているので、ご存知ない方は参考にされたい。
　巷では「人形探偵シリーズ」と呼ばれているらしいが、確かに本書の探偵役は人形である。人形が喋り、人形が推理するわけだ。ちなみにこの人形、男の子で名前は鞠小路鞠男（まりこうじ・まりお）という。彼の正体は、二重人格の主人公「朝永嘉夫」が操る腹話術師の人形なのだが……この二重人格という部分が上手く作用して、本書を非常にユニークな設定のミステリに仕立て上げていることは間違いない。詳しくは本編を読んで欲しい。
　この作品は連作短編集というやつで、表題作「人形はこたつで推理する」をはじめ「人形はテントで推理する」「人形は劇場で推理する」「人形をなくした腹話術師」の全４篇が収録されている。基本的に１話完結の短編が４本ということになるが、設定と話は連続しているので一気に読んでしまうことも可能だろう。
　本書の魅力は本格に分類されるであろうミステリそのものと、内気で奥手な主人公とヒロイン「おむつ」こと妹尾睦月との微妙な関係の行方というやつにもある。お互いにそれとなく気持ちは打ち明けあっているのに、彼らの仲は全く進展しない。放っておけば１年も「お友達」関係を続けてしまうという小学生ばりの純愛カップルの行きつく先にも注目したい。……恐らく連中、手すら繋いだことありませんよ。
　個人的に、これはライトノヴェルだと思う。気楽に読める娯楽作品。お勧め。
2003/11/28



「人形は遠足で推理する」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥480 初版1995-07-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　「人形はこたつで推理する」に続く『人形探偵シリーズ』の第２作目。前作が連作短編集であったのに対し、今度は立派な長編になっている。単行本は1991年４月に角川書店から発刊されている。文庫版の解説は斎藤肇。
　人形探偵シリーズは３作目まで読んだが、この「遠足で～」が１番面白かった。星の数は変わっていないが、個人的な評価は本作が最も高いと思ってもらって良い。何しろ星０～３までの４段階評価なので、１つ分の領域が広いのだ。
　ストーリィは、ヒロインである保母の妹尾睦月（人呼んで「おむつ」）が勤め先の保育園のイヴェントで遠足に行く途中、バスジャックに巻き込まれるというもの。もちろん、主人公の朝永とその相棒・鞠男も一緒に拳銃を持った男に占拠されたバスに乗り込み、おむつと運命を共にすることとなるのだが、このバスジャック犯というのがまたワケありらしく――といったもの。
　馬鹿で熱血漢で、相当お間抜けなバスジャッカーが笑える話。やはりライトノヴェルと考えて良いだろう。いずれにしても気軽に読める快作であることに間違いはない。お勧め。
2003/11/28



「人形は眠れない」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥480 初版1996-04-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　恐らくシリーズ最終巻となるのであろう、おなじみ朝永＆鞠男、そしてヒロインおむつが活躍する『人形探偵シリーズ』の第３作。単行本はやはり角川書店から1991年９月に出版されている。文庫版の解説は本書の漫画化を進めている河内実加。
　河内女史は続編を熱望しているようだが、個人的によほどのことがない限り著者は続きを書かないと思う。事実、関係する短編こそ１本あるようだが、以後続編は何年も発表されていない。期待しないわけではないが、この３作目で終わってしまっても良いような気もする。そう思わせるような綺麗なラストだった。
　我孫子武丸は女性なのか――？　そんな疑問が囁かれるほど、彼（著者は男性）はこのシリーズでヒロイン妹尾睦月の心理を上手に描いている。物語はシリーズ通して睦月の一人称で進むのだが、これは多くの女性に共感を呼ぶようなものであるらしい。そういう意味で、女性にお勧めできる１冊と言えるかもしれない。
　この３作目では、シリーズ通しての見所の１つであった朝永と睦月の主人公カップルの仲に大きな変化らしきものが見られる。それが何を意味するのか、どんな形で現れるものなのかは自分の目で確かめて欲しい。感想は、気に入った点も含めて解説の河内女史とほとんど同じといったところか。もっとも自分は、彼女ほど続編を熱望してはいないけど。
　これは著者自身も指摘してることだが、３作目に至ってかなりミステリ色が薄くなっている。話の焦点が、主人公カップルの恋愛関係（主にヒロインの動向）の行方にシフトしてしまったような感じだ。一応は連続放火事件などに首を突っ込むことになるのだが、前二作と比較すると物語におけるその辺りの比重は軽め。ミステリファンとしては若干の不満が残る内容になっているかもしれない。
2003/11/28



「人形はライブハウスで推理する」
形態新書 種別ノヴェル 部門短編連作
出版講談社 値段￥780 初版2001-08-05
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　上の「人形は眠れない」の時に、恐らくこれ（第３巻）が最終巻になるだろうと書いた。よほどのことがないかぎり続きが書かれることがないだろう、とも書いた。が、現実にこうして第４巻が観光されてしまった。
　何故か。簡単である。本書巻末の特別対談のコーナーでも登場している、腹話術師「いっこく堂」が出現したからである。最初にこのシリーズを執筆していた頃、著者は「いっこく堂」のような腹話術師が現実に現れ、全国区の知名度を勝ち取ることなど想像だにしていなかっただろう。
　ところが彼は来た。著者、我孫子武丸にとってこれは大いなる衝撃であっただろうし、大いなる刺激にもなったであろうことは想像に難くない。
　かくして、著者はこの「人形探偵シリーズ」の執筆を1998年から再開した。同年08月にはメフィストで表題作ともなっている「人形はライブハウスで推理する」を、翌年のメフィスト01月号では「ママは空に消える」を発表している。更に同誌の同年05月号に「ゲーム好きの死体」、翌年01号に「人形は楽屋で推理する」、09月号に「夏の記憶」が刊行された。これに書き下ろしの「腹話術紙志願」を加えて本書は刊行された。漫画化を担当している河内実加女史などは狂気乱舞したに違いない。
　内容は結構バラエティに富んだ短編集になっている。設定も連続しているので読みやすい。また前作と比べて本格ミステリとしての色合いも濃くなっている。――まあ、前回が薄過ぎただけで、今回は標準的な水準に戻っただけという気がしないこともないが。
　上記したが、新書ということで巻末解説はないものの腹話術師「いっこく堂」と著者との対談が収録されている。ちなみに著者あとがきによると、彼は続きを書いていくつもりがあるらしい。ファンは続刊に期待してもいいのだろう。
2003/11/30



「ディプロトドンティア・マクロプス」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥495 初版2000-06-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　上のデータは文庫版のそれだが、先に新書サイズの「講談社ノベルス」の形で出版されている。その初版は1997年07月。一応、裏表紙の簡単な解説（？）ではハードボイルドと謳われているが、これは半分妥当で半分詐欺である。詳しくは読めば分かるが――本書は前半部と後半部に大きく分けられると思う。前半は文句なしにハードボイルドの雰囲気を持っているのだが、問題は後半だ。これは人によって受け止め方も違うだろうが、下手をするとコメディだとかギャグだとかに思われてしまう雰囲気と内容になってしまっている。これをどう解釈するかで、本書の評価は大きく違ってくるだろう。
　個人的にはハードボイルドの新しい形式というには少し型破り過ぎるし、新しい試みとして考えられるポジティヴな面より、ネガティヴな面のほうが目立つような気がした。「ハードボイルド」というのは本来、“固ゆで卵”を意味するのだが、その固ゆで卵だと思って齧りついてみると中から黄色いヒヨコが飛び出てきました――といったような感じの作品になってしまっている。
　あくまで固ゆで卵であることを期待して本書に触れた読者の中には、このびっくり仰天のギミックを不快だと思う者もあるだろうし、憤慨する者、落胆する者なども少なくないと思う。その辺は、実際に読んでみて判断すれば良い。
　物語は、独立して落ちぶれかけた私立探偵の元に２件の捜索依頼が舞い込んでくることから始まる。一件は、失踪した遺伝子研究の大家である大学教授の父を探してくれという、妙齢の女性。もう一人は報酬が期待できそうにない小学生程度の少女で、行方不明になったカンガルーの「マチルダさん」を探してくれというものだった。
　探偵はもちろん、人間の失踪の方を優先して調査を開始するのだが、何故かカンガルーの失踪も気になる。そして全くの別件だったはずの両失踪事件が微妙な関連要素を匂わせはじめ……といった感じが大まかなアウトライン。
　いささか破天荒で荒唐無稽な話だが、大らかな広い心で受けとめてやればそれなりに楽しめると思う。
2003/12/04



「８の殺人」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥500 初版1992-03-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　著者のデビュー作となる長篇ミステリ。1989年３月に講談社ノベルス（新書版）として刊行されたものの文庫版。巻末には著者あとがきのほか、ミステリ作家である島田荘司の15ページに及ぶ解説『本格ミステリー宣言』が収録されている。
　いわゆる新本格に属すると思われるミステリ小説で、８の字型をした奇妙な館で発生した連続殺人を題材としている。本来、本格ミステリ（パズラー）と呼ばれる小説は、その奇想天外な犯罪トリックで読者の度肝を抜くことを最大の使命とするわけであるが、本書はこれに加えて個性的な魅力的な登場人物たちの活躍という面でも楽しませてくれる。
　主人公は警視庁捜査一課の警部補である速水恭三を長男とする、速水三兄妹。恭三は体育会系の不器用な男で、頭を使うより身体を動かすほうが得意という種の典型。ところが彼の弟である慎二と末妹であるいちおは、熱狂的な推理小説マニアで論理先行の頭脳派ときている。このでこぼこ三人組がコメディタッチのどたばた劇を繰り広げながら、そこそこ鮮やかに難事件を解決していくというシリーズものの第１作でもある。
　基本的に、その本質は若者向けのライトノヴェルに近しい。キャラクターの味付けもアニメーション（或いは漫画）風だし、作者自身が若いこともあって比較的低めの年齢層に一番マッチする話の組み方になっている。そこを是とするか否かでこの本の評価は分かれそうな気がする。
　ちなみにパズラーとしては、ちょっと力不足かもしれない。犯人は別にしてもトリックは大体予想がつくものであるし、仮に全く何も考えず読んだとしても仰天トリックが飛び出してくるわけではない。愉快な登場人物をどれだけ愛せるかにかかっている……と言っても過言ではないかも。
2004/04/17



「０の殺人」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥400 初版1992-09-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　無骨な警部補速水恭三と、その弟妹であるミステリマニアの
2004/04/17



YUKITO AYATUZI
綾辻行人



「十角館の殺人」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥571 初版1991-09-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　20世紀末の本格ミステリ・ブームの立役者のひとり、綾辻行人のデビュー作。元は『追悼の島』というタイトルで江戸川乱歩賞（ミステリ系新人賞）に応募されたもので、これは第１次審査を通過するに止まり、結果としては落選。しかし、これに大幅な改訂が施されタイトルを『十角館の殺人』と改めたものが、1987年に <講談社ノベルス> として刊行された。本書はその文庫版。
　物語の舞台は、半年前に凄惨な連続殺人が発生したという曰くのある九州の孤島。ここにひっそりと建つ奇妙な屋敷 <十角館> に、互いを「著名なミステリ作家の愛称」で呼び合う大学ミステリ研究会の七人が訪れることから、話は動き出す。
　やがて彼ら七人のメンバーが次々に殺害されていく。閉ざされた孤島の中で、仲間を殺しまわっているのは同メンバーの誰かなのか？　次に狙われるのは誰か。犯人は何者なのか。何が目的なのか。
　ダイナミックで奇抜な犯罪トリックと、それがもたらす驚愕と衝撃を売りとする本格ミステリだけあって、ラストのどんでん返しは見物。本格ミステリは数が限られているので、ファンにはたまらない一本になるだろう。
　しかしデビュー作ということもあってか、人間は壊滅的に描写できていないし、そもそも筆力は低いしで、純粋に活字を用いた作品としての完成度はかなり低い。というか、プロとしての及第点に届いていない。その技術的な拙さを内容の新鮮さと衝撃とで押し切れるか。そこで評価は真っ二つに割れそう。
2004/02/27



「水車館の殺人」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥563 初版1992-03-15
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1988年に新書版（ノベルス）として刊行された、同名本格ミステリの文庫版。デビュー作『十角館の殺人』と露骨な共通点を持ったタイトルだが、それもそのはず、著者は <館シリーズ> を謳う探偵役と基本設定を共通させた物語を今後展開していくことになる。
　ちなみに第３作は『迷路館の殺人』、第４作は『人形館の殺人』、シリーズ最高傑作とも囁かれる第５作目は『時計館の殺人』と名付けられている。そしてシリーズ全作に通じて言えることだが、刊行順などにこだわらず何をどの順序で読んだとしても、独立した長編としてきちんと楽しめるように設計されている。
　今回の話の舞台は、古城を連想させる異形の屋敷「水車館」。これだけなら良いのだが、ここからの設定がまた凄くて、館の主は以前の事故で傷を負ったという理由で顔面を仮面で覆って生きる、車椅子の怪しげな男。さらにその妻は、半ば幽閉されたような生活を送る深窓の美少女と来ている。
　ここに一癖も二癖もある客人たちが訪れ、役者が揃ったところで恒例の殺人が発生。もちろん、この館では過去にも奇怪な殺人事件が起こったという事情があり、本件もこれに密接に絡んでいくような気配を見せるわけである。
　リアリティより、殺人謎解きゲームの完成度を追及するのが本格ミステリの使命ではあるのだが、それにしたってチャンドラーが顔を真っ赤にして批判の声を上げそうな設定と内容である。
　小説を楽しみたいというよりは、推理ゲームやナゾナゾを楽しみたいという種の読者に向く話だろう。
04/02/27



「暗黒館の殺人」
形態新書 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥1500+1500 初版2004-09-05
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　鬼才を誇った建築家「中村青司」が手がけた風変わりな建築物。全国各地に散りばめられた青司由来の館には、常に血生臭い事件のつきまとう。九州の山深く、外界から隔絶された湖上に建つ通称「暗黒館」もまた例外ではなかった――。著者を代表する本格ミステリ <館シリーズ> の第７段。
　前作「黒猫館の殺人」から実に12年の空白を経てリリースされたファン待望の一作だったのだろうが……このブランクに起因するのかどうか、とにかくこれまでの <館シリーズ> とは少し毛色の違った作品に仕上がっている、というのが読了しての第一印象である。
　これまでの <館シリーズ> といえば、「新本格」という言葉を文芸界に誕生させたほどガチガチの本格路線が特徴だった。驚愕をもたらす大がかりな犯罪トリック、意外性のある犯人などを売り物にする、海外でいうところの「ハズラー」であったのだ。
　ところが今回はオカルト風の雰囲気を重視した「ゴシック・ホラー」とでもいおうか、そうした物語としての印象のほうが強いのである。重視されているのは光を飲み込んでしまうような漆黒の館と、そこに住まう異形の人々、そして場と住人たちのもたらす邪教的、黒魔術的な空気。これらの描写だろう。犯罪トリックやそれを探偵役が見破り、論理的に事件を解明していく知的なスリルなどは脇に押しやられている。
　おおまかな物語の筋は以下のようなものだ。

　住人にまねかれ暗黒館「浦登邸」を訪れた学生・中也は、当主の息子の勧めを受けて一族の宴 <ダリアの日> に参席することになる。だが、中也が目の当たりにしたのは、自らを <魔女> と称していた故・浦登ダリアに由来する、おぞましい黒魔術の宴であった。
　一方、暗黒館の建つ九州地方には台風が接近。暴風と雷雨、追い討ちをかけるように発生した地震の影響で中也たちは外界との連絡手段を断たれる。それからというもの、記憶喪失の青年が意識を失った姿で発見され、さらには屋敷の住人たちが次々に他殺体で発見されるという事件が続発。
　無意味とも思える殺人を繰り返していくのは誰か。その目的は。外界から隔絶された暗黒館の中、独自の調査に乗り出した中也は、やがて浦登家で発生し闇に葬られたという18年前の殺人事件、そして魔女ダリアに連なる一族の忌まわしき秘密を知ることになる――。

　素材そのものは悪くないが、いかんせんこれは長すぎというものだろう。２段組で約1300ページ。原稿用紙換算で2500枚。読みきりの推理小説としては極めて長い部類にはいる。
　この点、著者はみずから「無駄に長いわけではない」と太鼓判を押しているが、どうみても無駄に長い。（そもそも、その長さが無駄であったか合理的であったかを判定する資格を持つのは読者であり、著者にはない）
　その主な原因となっているのが冗長な情景描写である。暗黒館とその住人に不気味な雰囲気を持たせようと情景描写をくどいほどやり、しかもそれを反復し、とにかく物量で押し切ってしまおう。ついでに、潜ませている伏線の存在をそれでボカしてしまおう、という技法（というほどご立派なものではないが）が導入されているため、こうした長さになってしまっている。
　もう少し筆力の高い書き手なら、彼の半分の文量で同じだけの迫力ある描写が行えただろう。上下巻に分けることなく１冊でまとめきり、かつスピード感のある作品に仕上げることができただろう。
　あとがきにおいて、「この物語はちょっと自分の手に余るのではないか」というような迷いをもった、というような告白がなされているが、少なからず似たような印象を読者も受ける可能性がある。

　綾辻行人という作家はもともと文章の上手な作家ではなく、また小説的な技量の達者な書き手ではない。彼が成功したのは本格ミステリの肝ともいえる犯罪トリックを発明する能力が突出しており、他のさまざまな欠点をそれでカヴァーできたからである。
　今回の題材は、まさにそうした彼の欠点がもっとも如実に浮き出てしまう類のものだったのではないか。
　結局、謎やトリックは簡単に済ませ、雰囲気や文章力・表現力で勝負する作風は彼に向かない。
　脇にやられたならやられたで、そのわずかなミステリ的要素に鋭さや光るものがあったのならまだ救いもある。が、今回はそれすらない。あまりに長すぎる文章も災いし、クライマックスで浦登家の秘密や謎を明かされても「もうどうでもいい」「なにを今さら」という倦怠感のほうが先に来てしまうのだ。何度も行われる同じ描写の繰り返しも最初の数度こそ有効に働くが、そのうち受け手に疲労を蓄積させるようになる。
　なにより脱力したくなるのは、結局これだけの枚数を費やしてやろうとしたことが単なる「間違い探し」であった……と知ったときだ。
　恐らくは「ヴラド＝ドラキュラ」からもってきたと思われる浦登（うらど）の姓なども陳腐で、相変わらずセンスが悪い。

　色々と書き連ねてきたが、とにかく大小ふくめて粗が多すぎる。読了に達成感や充実感が伴わない。結果として、長い <館シリーズ> の中でも三指に入る出来の悪さ、というような評価を下すのを避るわけにはいかないだろう。
　個人的に <館シリーズ> は文庫本で全巻収集しようと考えているが、本書は値段が値段、内容が内容である。恐らく古書店で100円前後の値がつかない限り手にとることはあるまい。そういう作品だった。
　本新書版の場合、上下を合わせると3000円の買い物になる。正直なところお勧めはまったくできない。3000円出すならば、内容にもう少し保証のある別のハードカヴァーが２冊くるからだ。
2006/03/20



MOTOKO ARAI
新井素子



「二分割幽霊綺譚」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥400 初版1986-03-15
 総合☆
 ストーリィ☆
 技術－
　若者向けの含蓄に富んだライトノヴェル。著者あとがきによれば、21歳の春に執筆された通算10作目となる作品らしい。単行本の初版は1983年03月15日。
　最初に読んだ新井作品だが、やはり彼女のスタイルは一貫している。主題やそれに対する著者の主張がストレートに語られていて、ある意味で説教くささがある。これは彼女が16歳という年齢でデビューし、若い頃から多くの著作を残していることに関係があるのだろう。何にしても目の付け所が面白いし、頭の良い人だと思うから思春期の少年少女には良い刺激になるのではないだろうか。
　物語の舞台は、「第13あかねマンション」という風変わりな賃貸マンション。ここには何故か変わった人間（？）ばかりが集まってくるようで、仮性半陰陽の主人公「俺」（俺といいつつ女性）、ヴァンパイアの美少女「砂姫」、大食いのもぐら女王などなど枚挙に暇ない。そんな彼らが一堂に集うあかねマンションで何も起こらないはずもなく、様々な騒動が勃発する――といったもの。
　まあ実質ライトノヴェルだから気軽に読めるし、それなりに得られるものもある。特に中高生にはお勧めできる１冊。
2003/11/26



「･････絶句」上下巻
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版ハヤカワ文庫 値段￥500+520 初版1987-04-10
 総合－
 ストーリィ☆
 技術－
　著者名の新井素子は結婚以前の本名なのだが（改姓後は手島素子）、本書の主人公の名も新井素子である。と言うより、これは著者自身が主人公として据えられていると考えて良いだろう。
　作中の主人公である新井素子はＳＦ作家志望の19歳。物語は、締め切り間近の「新人賞」に応募する予定だった『絶句』なる小説を執筆していたところ、その作品の登場人物が実体化してしまったことから展開されていく。
　無敵のヒーローである「一郎」、マッドサイエンティスト「信拓」、超能力美少女風の少年「拓」、素子そっくりの猫娘「美弥」などが次々に実在の人物になってしまい、様々な騒動を巻き起こす。やがてそれが国家規模の大問題へと発展していき……というのが大まかな粗筋か。
　一般向けのハヤカワ文庫から発刊されてはいるが、事実上のライトノヴェル（中高生向け小説）だと考えていいだろう。14歳のときに原案を起こし、22歳のときに執筆したというこの作品は、やはりそれらしい主張に溢れている。それを感心しながら受けとめられる人間はまだ若いし、青臭いと苦笑いする人間は失ってしまったものに嫉妬しているだけだろう。そういう意味で、今の自分を計るのにはもってこいの作品かもしれない。
　この著者の作品には、いつも明確な主張がある。時にストレートに彼女はその想いを語り、読者に訴えかける。それは誰もが一度は考える問題であったり、著者の優れた発想から生まれた独創的なものであったりもするだろう。そういった部分が気に入るか入らないか。結局のところ、著者の作品に対する評価はそこにかかってくるのではあるまいか。――ちなみに本書、絶版になっている可能性あり。
2003/11/18



「ふたりのかつみ」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版角川文庫 値段￥500 初版1996-05-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　1991年05月に「カドカワノベルズ」からも刊行されているライトノヴェル。
　主人公の勝美は、姉との些細な喧嘩の腹いせに押し入れ前のセーラー服に飛び蹴りを敢行してしまう（笑）。するとどういうわけか、気付けばそこは並列世界――パラレルワールドでした、という物語。その別世界で出会ったもう一人の自分は、なんと男だった。しかも容姿はそっくりでも、性格は真逆。これは何かに上手く利用できるのではないかと考えた二人は、お互いに入れ替わって別世界での生活を満喫してみることにする。
　自分と同じ姿でも、性格が違えば周囲の反応も大きく変わってくる。セーラー服に飛び蹴り入れてやつあたりする少女が、いきなり楚々とした控えめな娘に変貌すればそれは誰でも驚くだろう。そういったことをきっかけに、勝美たちは改めて自分という存在を省みることができたようだ。なるほど、擬似的にＩＦのケースを再現できるわけである。己を客観視するには絶好の機会だったのだろう。
　この風変わりな経験を通して勝美たちが成長していく有様を上手く描写しているように思えた。佳作。だが、イマイチ盛り上がりにかけるので星には結びつきそうにない。一応、シリーズ化する予定だったらしいが、続編が刊行された気配はない。
2003/11/18



「タイトル」
形態文庫 種別ノヴェル 部門長編
出版講談社 値段￥648 初版2003-08-15
 総合☆
 ストーリィ☆☆
 技術－



HIROYUKI ARIGA
有賀博之



「BIO HAZARD THE BIGINNING」
形態単行本 種別ノヴェル 部門短編
出版CAPCOM 値段非売品 初版1997-07-25
 総合－
 ストーリィ－
 技術－
　セガサターンの人気ＴＶゲーム「BIO HAZARD」初回限定特典として配布された非売品の本。ハードカヴァーで150ページ超を数えるが、実際の文量は市販の文庫本１冊分に及ばない。本の正確なタイトルは「BIO HAZARD -The True Story Behind BIO HAZARD-」で、サブタイトルが示す通りゲーム本編のバックグラウンドを補完するような内容になっている。コンテンツは『トレヴァーの手記』という掌編、『Storyboards from BIO HAZARD』と銘打った数ページの設定資料、メインとなる『BIO HAZARD THE BIGINNING』、そしてプロデューサーのゲーム制作秘話という構成。
　メインの小説は、ゲームの主人公クリス・レッドフィールドの一人称形式で進行するハードボイルドになっている。特にこれといったものはないが、まあ読んでおくと本編であるゲームをする際、主人公に感情移入がしやすくなるであろうとは思える。無料特典だったことも考えると悪くないものなのではないだろうか。星は、このハードボイルド小説のみの評価。コストパフォーマンスは考慮してない。
2003/11/30
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▼著者名・五十音順
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行
い行 き行 し行 ち行 に行 ひ行 み行 り行
う行 く行 す行 つ行 ぬ行 ふ行 む行 ゆ行 る行
え行 け行 せ行 て行 ね行 へ行 め行 れ行
お行 こ行 そ行 と行 の行 ほ行 も行 よ行 ろ行





▼オレミシュランとは

　ガイドブックとして世界的有名な「ミシュラン」に倣って、星による評価でもののグレードや特徴などを示し、一般に参考データとして提供しようという試みです。
　ただし本家ミシュランが「レストラン」のガイドを行っているのに対し、ここで行うガイドは「書籍」がメインとなります。――つまり、本のミシュランをやってしまおうという割りとトンデモない企画です。


▼評価項目

 総合 総合的な評価
 ストーリィ 話の面白さ、シナリオの質の評価
 技術 文章力、筆力、構成力などの評価

　評価項目は以上の３種です。
　「ストーリィ」の項目は、シナリオのレヴェルの評価です。物語の内容がどれだけ面白いか、手に汗握らせる物語や驚愕させるようなラスト、琴線に触れる感動などの要素が含まれると高く評価されます。
　「技術」の項目は、日本語の上手さ、人物や情景描写の巧みさ、物語の組み立てや構成、キャラクターの造形に至るまで広い意味でのテクニックを評価します。
　「総合」とは、ストーリィや技術面、娯楽性、コストパフォーマンスなど、その作品の持つ様々な要素を加味した総合的な評価です。


▼星について

 ★★★ それを目的として購読する価値あり
 ★★ それを期待して購読する価値あり
 ★ 優れた水準にある
 －（星なし） 平均的か、それ以下（お勧めはしない）

　星の数量が示す意味とその基準は以上の通りです。
　たとえば「技術」の項目に最高ランクの「三ツ星」がつけられていた場合、それは非常に卓越した技術力の持ち主によって著された本であり、内容がどうであれ、その芸術的な技巧を堪能するためだけに購入を検討する価値があることを示します。技術、ストーリィ、総合、どの欄にであれ一箇所でも「三ツ星」がつけられていたら、その作品は当方が絶賛する大傑作だと考えてもらって構いません。だからこそ、よほどのことがない限り「三ツ星」はつけません。
　「二ツ星」は、「三ツ星」には及ばないまでも、非常に高い水準にあることを示します。「技術」にこの評価が下してあれば、その本に技術的な魅力を求める価値があることになります。「総合」に二つ星があれば、良作と評価していることになります。
　「一ツ星」は、一般的な水準から見るとやや優れたものが見られることを意味すると考えてください。佳作です。
　「星なし」の場合は、プロの作品として平均的かそれ以下、手馴れたアマチュア程度の実力や魅力しか感じさせないことを意味します。個人的にお勧めしません。
　なお、これらの評価は編集者の独断と偏見に基づくものであり、普遍的なものではありません。



▼書籍データについて

[１]
形態 [２] 種別 [３] 部門 [４]
出版 [５] 値段 [６] 初版 [７]
[８]

[１]　書籍の「タイトル」です。翻訳である場合は、原題も表記しています。
[２]　書籍の「形態」です。文庫サイズ、新書サイズ、ハードカヴァー（単行本）など大きさを示します。
[３]　ジャンルのことです。小説、ノンフィクション、学術書、エッセイ、雑誌などの分類を示します。
[４]　内容の長さ・文量です。主に長編、中編、短編、掌編に分けています。
[５]　書籍を発刊している「出版社」です。書店で買い求める時などの参考になります。
[６]　その本の値段です（基本的に税別価格）。時代によって変動します。冊数が複数の時は「+」で繋いであります。
[７]　最初に出版されたのがいつだったかを記載しています。この欄を参考にすれば、その本がどの時代に刊行されたものかが分かります。ただし、翻訳や新装版の本は原書が存在し、ここに記載されている初版発行日のデータが参考にならない場合があります。その場合は、作品紹介の中に別途記述されています。
[８]　その書籍の簡単な内容説明と解説です。

Posted at 14:56 in
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