風祭玲・駄文シリーズ






「力士」

作・風祭玲





「いやよ!!」

香川弥生は大声を上げて怒鳴った。

「もぅ弥生にしか頼る相手はいないのだよ、頼む」

弥生の足下で畳に頭がめり込むくらいに頭をつけ懇願しているのは、

弥生の父親 でもあり、また相撲部屋「男山部屋」の親方でもある香川大介であった。

「弥生ちゃん、ここを潰さないためにもお願い人肌…じゃなかった、一つお父さ んの力になってあげて」

と弥生に頼み込むのは弥生の母でもあり「男山部屋」おかみさんでもある香川良子 だった。

「何度、頼まれてもイヤと言ったらイヤよ」

両親に懇願されてもかたくなに拒む香川弥生は現在17才東和女学園高等部2年に在籍し、

新体操部のキャプテンとして部を全国大会へと導いた功労者だった。

その弥生に青天の霹靂といえる事態が発生していた。

弥生の父香川大介は、かの男山部屋に所属してた大関・男錦で横綱にこそなれなかっ たが、5回の優勝を経験を持つ名大関だった。

先代親方の娘であった良子を娶ったために引退後男山部屋の親方になったが、

部屋全体の成績は徐々に下がり、先代から引き継いだときには幕内力士を輩出 していた男山部屋も今では弟子は0。

棟続きの稽古場から四股を踏む音が途絶 えてかれこれ1年以上たとうとしていた。

もしもこの春に新弟子を獲得しなければ、この男山部屋は閉鎖、大介に与えら れていた年寄り株を返上しなければならない。

と言う大問題に直面していた。

むろん、大介もじっと手をこまねていたわけではなかった。

全国を渡り歩き、有望な人材を集めようとしたが、一人逃げ二人逃げと結果は 惨憺たるものだった

追いつめられた大介はついに一人娘の弥生を男山部屋の力士にすることでこの 危機を乗り越えようと考え始めていた。

この話を大介から聞かされた妻の良子は最初大反対をしたが、

弥生の体格の良 さや新体操の傍らでやっている柔道での成績を考える内に考えを徐々に変えてきていた、

だが、弥生は学校を辞め、新体操を捨て、男と偽り、裸体に廻し一丁の出で立 ちで屈強の男達と相撲を取るのは死んでもイヤだった。

当然弥生は大反対だった。

両親の説得はひと月続いたが弥生の姿勢は変わらなかった。

その弥生が態度を変えたのは、

ひと月続いた説得の翌朝トイレに起きた弥生が、ふと誰もいない稽古場を覗いてみたとき、

大介が首をくくろうとしてのが目に入 った。弥生は大慌てに大介のもとに駆け寄りやめさせようとしたが大介は、

「ここを潰すくらいなら死んだ方がマシ」と言って聞かなかった

騒ぎを聞きつけた良子も駆けつけ、やっとのことで大介を引きずりおろすと大介は土俵の上で方をふるわせて泣いた。

そんな父の様子を見た弥生は「わかったわ…相撲を取ってあげるわ」と言って 自分の部屋に戻っていった。

その日弥生は学校を休んだ。

翌日、大介は弥生の学校へ弥生の退学届けを提出した。

勉学と相撲との2足草 鞋は出来ないことはないのだが、

女であることと隠して力士になるのためには、弥生を女子校に通わせるわけにはいかなかったためである。

学校関係者は弥生の突然の退学届けに一応に驚きそして真意を大介に尋ねたが、

大介は弥生の一身上の都合を押し通して受理させた。

フリーの身になった弥生はその日生まれて初めて相撲廻しを締めた。

大介に呼ばれ弥生が稽古場に行くと、桟敷に戻ってきた大介と良子が座り大介 の前に黒い布束が置いてあった。

布束は相撲の廻しだった。

弥生が稽古場に入ってくるなり大介は弥生に着ているモノを総て脱いで前に立 つようにと言った。

弥生は一瞬ためらったが、大介に即され仕方なく総てを脱いで大介の前に立っ た。

弥生は恥ずかしさのあまり目を背けていたが、大介はそんな弥生の事など構 うことなく黙々と弥生の身体に廻しを締めた。

良子の見守るなか、大介によって締められた真新しい廻しは幕下力士用の黒染 めされた木綿の廻しで、

廻しは堅いのが普通だがこれは染めの工程が入っているために柔らかくなっていたので、弥生の肌に負担がかからなか った。

弥生にとって廻しはかつて部屋が活気に溢れていた頃、

興味を持ったことがあったが女の子のさわらせてもらえるモノではなく、

いつもじっと眺めているだけだったことを、自分に締められた廻しを見てふと思いだした。

廻しを締めた後、弥生はバスルームに向かうと鏡で自分の体を眺めた。

鏡には見慣れたレオタード姿ではなく黒い廻しをビシっとしめた半裸の女体が映って いた、

弥生はしばらくの間自分の廻し姿をじっと見つめそして稽古場へと向かった。

稽古場に戻ると廻し姿の大介が土俵の上に立っていた。

そして戻ってきた弥生に

「女であることを忘れろ。相撲以外のことは考えるな。勝つことのみを生き甲 斐にしろ。」

と言うと早速、弥生に相撲の基礎である四股とすり足・鉄砲等を教え、それか らぶつかり稽古を始めた。

しかし、引退して時間がたっているとはいえ、 大関まで行った大介を弥生が一歩も動かすことが出来なかった。

弥生に相撲を取らせることに成功した大介達の次の悩みは弥生を新弟子検査に パスさせることだった。

新弟子検査をパスさせるのには身長170cm・体重70kg以上なくてはな らないのだが、

弥生は身長では何とかクリアしているものの

体重が不足してい る上に新体操で鍛えているとはいえ、

元々女である弥生の胸には女の証である2 つの膨らみと隆起した乳首が目立っていた。

そこで、一計を案じた大介は弥生の食事に密かに男性ホルモン剤を混ぜ、弥生 に与えた。

とたんにホルモン剤の効き目が現れ、

弥生の細い女の体は泰介との猛稽古も刺 激となって見る見るうちに筋肉が盛り上がり、

女性の華奢な身体から力士の ガッチリした身体へと変貌していった。

その弥生の変貌ぶりは大介をも驚かせるモノだった。

さらに、大介を一歩も動 かすことが出来なかったのが、

今では大介と互角の相撲を取ることが出来ると ころまで成長していった。

また、いままで廻し姿のまま稽古場から出るのをためらっていた弥生が、

廻し一つでランニングするのが平気になってきた。

しかも、近所の人たちが廻し一つでラ ンニングしている人物が、

数カ月前までセーラー服を着ていた女の子だったと いう事にも気づかなかった。

その甲斐あって新弟子検査の前日には弥生の体重は90kgを超え、

また乳房 も厚く盛り上がった胸板に溶け込み目立たない程度になっていった。

弥生は無事新弟子検査に合格し、力士として次の場所でデビューすることになった。

それから毎日のように弥生の稽古は続いた。

場所初日、大介は弥生と軽く稽古を付けると国技館へと向かった。

国技館の支度部屋にはすでに大勢の新弟子達が訪れていて、廻しを締めたり 四股を踏んでいたりして準備をしていた。

大介と弥生はあいている一角に落ち着くと、

弥生は早速浴衣を脱ぎ大介の手伝い で廻しを締め始めた、

弥生の廻しはこれまでの稽古による汗と砂ですっかり色が 落ち白灰がかっていたが、

それは弥生の猛稽古の証でもあった。

やがて、新場所1日目が始まり支度部屋で待機していた新弟子達は2人づつ土俵 に向かい、勝者と敗者に分かれていった。

そしてとうとう弥生の番になった、大介は土俵に向かう弥生の肩をパンッとたたいて送り出した。



『東・香川弥生・東京出身・男山部屋』


これが、レオタードを脱ぎ捨て、廻しを締めた少女が大相撲にデビューした瞬間 だった。




後日談

弥生の初場所の結果は、初日相手に土俵際までに攻められたが、すかさず下手投 げで初白星。

2日目は残念ながら黒星になってしまったけど場所としては9勝 6敗とまずまずの成績だった。

それから数場所後再び国技館に戻った場所から弥生が帰る途中で、 セーラー服姿の東女の女の子達が乗り込んできた。

弥生は反射的に目をそらしたが、彼女たちは弥生の大柄の身体に気づき、

「わっ、見てみて、おすもうさんよ」

と一瞬ざわめいたがすぐに別の話題へと移ってしまった。

弥生は窓ガラスの反 射した彼女たちの姿を眺めているうちに、

彼女たちの中に知っている顔を2・ 3見つけた、

弥生は懐かしさに一瞬話しかけようとしたが、

手に持っている廻 しの入った包みに気づくと彼女たちに背を向けた。

やがて、電車は弥生の下車駅に着くと弥生はそそくさと電車から降りようとし た瞬間、女の子の一人が

「ねぇ、香川さんのその後誰か知ってる?」と言った。

弥生はハッとして振り向いたが、電車のドアは閉まり彼女たちの答 えを聞けないまま電車は走り去っていった。

弥生は戻ると、もぅ着ることができなくなった、東女時代のセーラー服や新体 操部のレオタードを取り出して

そっと「あたしはここにいるよ」とつぶやいた。





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