風祭玲・駄文シリーズ






「河童の沼」

作・風祭玲





ザ ザ ザ ザ ザ

国道から脇道に逸れ、やがて舗装もなくなった山中の砂利道をしばらく走ると、 その沼突然出現する。

地元では河童が出ると言う噂のためか人が寄りつかず、寂しい沼だが

僕にとっては大事な人と出会えることが出来る大切な沼だった。

「ちょっと、早く着きすぎたか、」

時計を見るとまだ5時を過ぎたばかり、 天気は快晴だが陽は大きく傾きあたりは既に夕方の風景へと変わっていた。

僕は沼のほとりにクルマを止めると、シートを倒して静かに時間が来るのを待った。

助手席をふと見ると、そこには先日小学校の入学を済ませた娘の写真が一枚あり、

それを手に取ると「美耶子もおどろくだろうなぁ」と僕は独り言を言った。

夕暮れの日はやがて山並みに飲まれるようにその姿を隠し、

オレンジ色の空も時が経つにつれ紫色なりそして星空へと変わった。

やがて東の空から真円の月が顔を出し、 沼の色は静かな銀色の光沢を放つようになった頃

僕は「そろそろか…」とつぶやくと、クルマを降り沼のほとりに立った。

静かな時間が流れる。

ふわっ

風が急に変わった。

空を見上げると星空だった空に雲が沸きだし、やがてポツリ・ポツリと雨が降り出した。

僕は濡れるのを構わずに沼のほとりに立っていた。

ザーっ

雨は本降りになった。

バシャ!!!

突然沼の中で水の音がした。

「ん、来たか…」

僕は音がした方を見ると、沼の中に小さな丸い影

「おーぃ、こっち。」僕はその影に向かって手を振る。

影は僕に気づくとスーっと近づいてきた。

岸に近づくとその影は人の形をつくり、そして

バシャバシャバシャと水の音をあげながら僕に近づいてきた。

最初は黒い人影だったが、 徐々に近づくにつれてその人物の様相が見えてくる。

その人物は服と呼べるモノは何も身につけていない裸身で、 一見するとヒトのように見えるが、

肌の色は粘液質の緑黄色、
背中には黒い輝きを持った甲羅が光り
手には4本の指とそれをつなぐ水掻き、
嘴状に尖った口と 坊主頭には見開いた眼を見開いたような窪んだ皿がある。

そう、一般には「河童」と呼ばれる妖怪…そのものだった。

しかし、「それ」は妖怪ではなく僕の妻・美耶子であり、

そして彼女は自ら進んで「河童」になったのだった。



…その事件が起きたのは、今から約3年前の夏。

僕と美耶子は3才になったばかりの娘・沙耶をつれて、夏休みにこの沼に ほど近い貸別荘に滞在していた。

都会での暮らしを離れての生活は毎日新鮮で、心身共にリラックスしたのもだった。

その日は僕は沙耶を連れこの沼で1日中釣りをして楽しんだが、なぜか成果はさっぱり

日が傾きはじめると、さっさと店じまいして沙耶を呼んだ。

しばらくして沙耶が戻ってくるとさかんに沼の中に人がいると言ったが、

僕が見てみると誰もおらず「何かの見間違えじゃないか」と彼女に言ったが、

それでも、沙耶は「人がいたんだ」と譲らなかったので。

「じゃぁ、明日また探してみよう」と宥めることでその場は一旦収まった。

しかし、その日の夕食のあと沙耶が忽然と姿を消した。

僕と美耶子は探したが、いくら探しても沙耶は居ない。

やがて、手分けして探すことになり僕と美耶子は別れて探し始めた。

美耶子はイヤな予感がして、昼間僕と言い争いになった沼へと向かった。

沼に着いた美耶子は沼の周囲を探しが、

何処にも沙耶の姿は見えず、 ココには居ないのかと思った瞬間、沼の水面に浮かんでいるモノが目に入った。

「まさか…」

美耶子は服のまま沼にはいるとそこへと向かった。

「そ、そんな…」

浮かんでいたのは沙耶だった…

美耶子が無我夢中になって沙耶を抱くと、

「お願い、神様、この子を死なせないで、この子が生き返るのなら私は何でもします。」 と美耶子が懇願すると、

そのとき、沼の中から声がした。

「駄目だよ、もぅその子の尻子玉を抜いてしまったから…」

美耶子ははっとしてその声の方を見ると、

そこには一人の人物が水面から顔を覗かせていた。

「だれなの」美耶子がその人物に言うと、

「ぼくは、この沼の主の使い…人間達には河童と呼ばれているけどね。」

と言って美耶子に音もなく近づいてきた。

確かに声の主は妖怪のマンガなどでよく見る河童そのものだった。

河童は美耶子に近づくと「その子はもぅ死んだので、尻子玉を抜いたよ。」と言って 彼女に一つの玉を見せた。

「そんな…」美耶子は愕然としたが、

「お願いします、この子を生き返らせてください、何でもしますから。」 と河童に懇願すると、

河童は考える振りをして「う〜ん、困ったなぁ…」と困惑した。

そして「方法は一つだけあることはあるんだけどねぇ」と言った。

「えっ、方法って…」美耶子が聞き返すと河童は、

「それは、あなたの尻子玉をその子の替わりにこの沼の主に差し出せば、 その子は生き返るよ」と言った。

「あたしの尻子玉を…」美耶子は河童を見つめて復唱した。

すると河童は目をそらし「でも…」と付け加えた。

「でも…って」美耶子が河童に尋ねると、

河童は「生きている人が尻子玉を抜かれると…河童になってしまうんだ。」 と言った。

「河童に?」美耶子は聞き返した。

「うん、しかも、河童になったら、永遠にこの沼に縛られてしまって、

満月の夜でしかココから出ることは出来なくなっちゃうんだよ…」

河童の意外な発言に美耶子は愕然とした。

そして、「あたしが河童になれば、この子は助かる…」

そう考えた美耶子は一つの決心をした。

美耶子は河童を見つめると、

「河童さん、あたしの尻子玉を抜いて、その替わりこの子を助けて…」 と懇願した。

河童は「いいの?、尻子玉を抜いたら、戻れなくなるよ」と念を押すと、

美耶子は「この子のためなら、河童にでもなんでもなるわ。」と真顔で河童に答えた。

河童は「わかった……」と言うと、

「じゃぁ、僕の方にお尻を向けて…」言った。

美耶子は「ちゃんと、沙耶を生き返らせてね」と言うと、

河童は「約束は守るよ」と言った。

美耶子は沙耶を抱いたまま河童の方に尻を突き出すと「これでいい?」と聞いた。

しばらくして河童から「じゃぁ、いくよ」と声がすると、

美耶子の下着がおろされ、そして、彼女の臀部に河童の手が触れた。

美耶子は河童の冷たい手の感触に一瞬ビクっとした。

「本当にいいんだね」と再度念が押されたが、

美耶子は「早くして」と言うだけだった。

一瞬のためらいの後、河童の両手が性器と肛門の間を突き刺すと 美耶子の体の中に入ってきた。

激痛に美耶子は喘いだ。

河童の手は美耶子の体の中で蠢き、そして何かを探すようにまさぐった。

美耶子は激痛に喘ぎながら「ま・だ・な・の」と河童に訪ねた。

「もぅ少し待って」と美耶子の尻子玉を賢明に探した。

やがて…

「よし、あった」っと河童がつぶやくと、

河童の手が何かを掴んだ感触が美耶子にも伝わった。

「じゃぁ、抜くよ」っと河童が言うと。

「お願いします」と美耶子は答えた。

瞬間、河童の手がスルっと美耶子の身体から離れた。

そのとき体中を電気が流れたようなショックに美耶子は襲われ、 その場に倒れそうになった。

はっと気がつくと、美耶子は沼の中に沙耶を抱いた状態で立っていた。

沙耶を見るとかすかに息をしている…助かったんだ…

美耶子はほっとすると同時に自分の身体を見た…

別に何も変わったところはない、

具合の悪いところも、

気分が悪いところも無かった。

「あれは、夢だったのか?」

美耶子がそう思ったとき、

「違うよ」と言う声がした、

美耶子が振り向くとそこにはさっきの河童がいて、

「あなたの尻子玉をこの通りもらったから、 その子に尻子玉を返してあげたよ」と言った。

「あたし、何も変わっていない…」と美耶子が言うと、

河童は「変わっていないのは見た目だけだよ、あなたはもぅ河童になっているんだよ」 と言った。

そして、 「今は人の姿をしているけど、だんだんと姿が変わっていって

日が昇るころには僕と変わらない姿になるよ…」と付け加えた。

美耶子は河童に「この子を病院に連れていくことは出来るの」と聞くと、

河童は「ぼくと同じ姿になるまでなら、自由に動けるよ。」と言った。

すると、美耶子は急いで沼を離れると沙耶を抱いたまま貸別荘へと走った。

僕は沙耶を見つけることが出来ず、貸別荘に戻った頃、

美耶子がずぶ濡れになって沙耶を抱きかかえて戻ってきた。

そしてぼくを見ると「救急車をよんで」と言った。

僕は急いで救急車を呼び、そして沙耶は病院に収容された。

医者の診察では沙耶は多少の水は飲んでいるものの、命には別状はなく数日で退院できるとのことだった。

僕と美耶子は医者の診断にほっとし別荘に引き上げた。

別荘に帰る途中僕は美耶子にいろいろ話しかけたが、何故か彼女は暗く僕に話しかけにただ頷くだけだった。

そして「戻ったら大事な話があるの…」と言った。

別荘に戻ると、何故か美耶子は部屋に引きこもりなかなか出てこなかったので、

「おぃ、話があるんじゃないのか」と戸の前で言うと、

「もぅ少しまってて」と言う返事が返ってきた。

仕方がないのでリビングで待っていると、ふいに背後に人の気配がした。

「美耶子、話ってなんだ?」と僕が振り向かずに言うと、

彼女は急に後ろから抱きついてきたので、

「おいおい、なんのマネだ」と言って彼女の手をふりほどこうとして腕を見ると肌の色が鮮やかな緑黄色をしていた。

「どうした、これ」僕は振り向き美耶子を見た。

すると、美耶子は「さっ」っと顔を伏せた。

しかし、彼女の横顔も髪の毛の隙間から見える首筋も 肌の色が黄緑色になっていた。

「何があったんだ」僕が問いかけると、しばらくして

「あたしが、身代わりに、なるって…」っと彼女が小さな声をだした。

「身代わり、ってなんだ」僕が再度尋ねると。

美耶子は伏せていた顔を僕の方に向けると、

「あたしが、沙耶の替わりに河童になるのよ」っと強い口調で言った。

「河童に…」僕が信じられないような声を出すと彼女は、

「沙耶は、あの沼で溺れて、あたしが来たときには、もぅ死んでいたの」 っと、

美耶子はあの沼で起きた出来事を僕に話した。

話し終わって、「なぜ、僕に相談してくれなかっただ」と言うと、

「だって、時間が無くて…それでとっさに」と美耶子が言って黙った。

僕はやるせない想いと焦りから大きく息を吐き、

「で、これからどうなるんだ」と彼女に言うと、

「あたし、もぅすぐ河童になるの、 そうしたら、あの沼に行かなくてないけないの」と言った。

「沼に…」ため息混じりに僕が言うと、

突然美耶子は服を脱ぎ始めた。

僕は「おい、何をするんだ」と聞くと、

彼女は笑って「だって河童には服はいらないでしょう…」答えた。

彼女の肌はすっかり緑黄色に変色していて、さらに粘液が分泌されて いるためか下着がネットリと濡れていた。

ふと美耶子は僕を見ると、

「お願いあたしを抱いて」と言った。

僕は無言で彼女を抱き寄せた。

抱き寄せると、粘液質の肌が僕にベタっとつく、

そのまましばらく抱いていると、

美耶子から「あたしの背中を触ってみて」と言ったので、

彼女の背筋を触ってみると、胸の後ろに小さな膨らみがあった。

僕が「これは…」と聞くと、

「たぶん…甲羅…」と美耶子が答えた。

僕がその膨らみをさわっていると、美耶子は静かに目を閉じた。

そして「あっあっあっ」と喘ぎ声と上げ始めた。

「感じるのかい?」僕が尋ねると。

「お願い、そっと触って」と言った。

しばらく触っていると、それが徐々に広がりだした。

やがてそれは彼女の背中全体を覆うと、ビシっと言う音とともに背中の皮膚 を引き裂き表に出てきた。

それは、出てきたばかりでまだ柔らかいが、ツルリとした河童の甲羅だった。

甲羅は顔を出すと徐々に面積を広げ、やがて彼女の背中を覆った。

美耶子の変化は時間が経つごとに進み、

両手の指はそれぞれ1本が取れ落ちると4本指となり、

さらに指と指の間には水掻きが幕を張るように出来上がった。

背中の甲羅は縁が大きく張り出して黒い輝きを放つようになるころ、

ふと、急に窓の外を雨が叩き出した。

「ん?雨?」と思って僕は外を見た。

すると「優…」美耶子が僕の名前を呼んだ。

振り向くと美耶子は自分の口を水掻きが張った手で押さえていた。

その手押し出すように突き出しさらに手からはみ出ている両頬に一本の筋 が走ると、

それが徐々に裂け始め、やがて耳元まで大きく裂けた。

彼女が手を離すと嘴のように尖った口が耳もとまで大きく裂けていた。

やがて髪の毛が木の葉が舞い落ちるように抜け落ちると、 程なく美耶子は坊主頭になった。

しかし、その坊主頭の上には水袋のようなブヨブヨした固まりがあり、

しばらくしてそれが裂けて破れると、そこには不思議な輝きを持った「皿」が 姿を現した。

こうして、美耶子は河童へと変身した。

美耶子は河童と化した自分の姿を鏡で確認すると大きく息を吐き、

「じゃ、優、行って来るね」と言ってペタペタと歩き出した。

「待てよ」僕は美耶子の手を握ろうとしたが、ヌルリと粘液にかわされてしまった。

美耶子がドアを開けると、雨の中に数人の小人が立っていた。

よく見ると、それは本物の河童だった。

「迎えに来たよ」河童の一人が言うと、

美耶子は「えぇ、行きましょう」と言って外に出た。

雨が美耶子の身体を濡らすと、彼女の緑色の肌がうっすらと輝きだした。

僕は夢中で美耶子の後を追った。

河童は途中で空を指し「この雨、君が沼に着やすくするために降らせたんだよ、

河童の身体は乾くと動けなくなるからね。」と言うと、

美耶子は河童に一言「ありがとう」と言い、

そして「あたしもこういうことが出来るようになるかなぁ…」と言った。

沼のほとりに着くと、河童達は次々と沼に入りそして美耶子に早く入るようにせかした。

美耶子は沼のほとりで一旦立ち止まった後、振り返り走って僕のそばにくると僕に抱きついた、そして、

「沙耶をお願いします」と一言言うと、沼の中へと走って行った。

バシャバシャと水の音とともに美耶子の身体は足から腰・そして胸と沈んでいき

そして頭が没する直前、 「満月の夜に会えるから、絶対に会いに来てね。」と叫んだ。

僕は「あぁ必ずくるよ」と叫ぶと、彼女は安心したように水中へと没して行った。

彼女の肌が放つ明かりが水中から消える頃、降っていた雨は上がり日が昇った。

こうして、美耶子はこの沼の河童となり、僕にとって忘れられない夜は明けた。



…僕が美耶子と別れた頃のことを思い出しているウチに 彼女は雨の中沼から上がり僕のそばに来ていた。

「優、来てくれたのね…」

美耶子はそういうとそっと僕に抱きついた。

「あぁ、来たよ」と僕は言うと彼女の身体を抱きしめた。

長い水中生活のためか、彼女の身体は冷たく、

また、あのときは柔らかかった 甲羅も堅く締まり水苔が生えていた。

僕が「この雨君が降らせたのか」と言うと、

「ようやく、雨を降らせられるようになったわ」と彼女が答えた。

「そうだ、今日は君に見せるモノがあるんだ」と僕が言うと 助手席に置いてあった、一枚の写真を見せ、

「沙耶」が小学校に上がったぞ、

と言って美耶子に渡した。

彼女は写真を愛おしそうに眺めると、

「もぅ小学校かぁ」と言った後。

「あたしのこと、何か言ってる?」と付け加えた。

僕は何も言わなかった。

沙耶には美耶子は事故で死んだと言い聞かせていた。

それは後日美耶子とココで話し合って決めたことだったが、

僕は口を開いて「沙耶がコトの詳細が判断できる様になった頃、 本当のことを話すことにしている」と一言言った。

美耶子はしばらく考えて「そうね、それがいいかもね」と同意した。



その後も、降りしきる雨のなか、僕と美耶子は愛し合った…
やがて、夜明けを迎える頃。

美耶子は「じゃぁ、そろそろ戻らなくっちゃ」と言って沼に戻ろうとしたとき、

「じゃ、またな」と僕が言うと、

美耶子はふりかえり「じゃ、またね」と言って沼へ飛び込み、消えていった。

やがて雨は嘘のように上がると、山の稜線から朝日が顔を出した。


「さて、じゃぁ帰ろうか…」

僕は沼にしばしの別れを告げた後、そこを去った。





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